森川楓、XXXが好きな女。
本日4回目です。
「森川さーん、後、本番まで10分です」
「あっ、はーい」
私は本番を前にして、スタッフから手渡された台本や資料を何度も読み込む。
今日は渋谷のスクランブル交差点を封鎖して、ファッションショーが行われる日だ。
このイベントは国同士が絡んだ催しという事もあって、私の勤務する国営放送のテレビ局は相応の金額でもって放映権を買い取ったらしい。
入社2年目のアナウンサーである私、森川楓は幸いにも若い人を起用したいという国の方針もあって、現場を中継するアナウンサーの一人に抜擢されたのだ。やったね。
「森川さん、前倒しで画面変わります。行けますか?」
「はい、大丈夫です!」
私はそう答えると、スタッフの一人に資料と台本を手渡した。
そして呼びかけの音を拾うために、イヤホンに耳を傾ける。
「森川さーん、現場の森川楓さーん。こちらスタジオです。聞こえますかー?」
「あっ、はーい。こちら現場より中継の森川楓です! みてください、この光景! 会場の交差点付近はもう大勢の人達でひしめきあっています!」
私が手を広げると、カメラマンさんがターンして、人で混み合っている様子の会場をわかりやすく引いて映す。
「すごい人ですねー」
「はい! そうですね。招待されたスターズのハイブランドからは、海外の男性モデルの人が複数人出演する予定ですし、国内のブランドからも何人かの男性モデルが参加することが公式HPやSNSで告知されていますから、それを楽しみにご来場された方がかなりいるみたいです」
スターズと我が国の関係はとても友好的で、多くの政治家の人たちが粘り強く働きかけてくれたおかげもあってこのイベントは実現することができた。
おそらく私の歳の離れた友人……スターズの王女様がこの国に滞在している事も関係しているのだろう。
「海外の男性モデルがこんなに大勢来訪する事は珍しいですから、みなさん一目見ようと、この無料のイベントに詰めかけてこられたみたいですね」
このイベントは無料だが、イベントを観覧するためには参加券に応募して当選しなければいけない。
つまり抽選で当選した限られた人数しか、規制線が張られた内側には入れないのだ。
「こちらをご覧ください。規制線の外にはもっとたくさんの人がいます」
「うわぁ、すごい人ですね」
私がそう言うとカメラは大きくターンして、遠く離れた規制線に阻まれた先に詰めかけた女性たちを映す。
「楓ちゃん、コメンテーターの山崎です。規制線の外からはどうなんですか? ショーは見れたりするんですか?」
「いやぁ……私も、数時間前に双眼鏡を持って、規制線の外から見てみたんですけど、ちょっと難しいんじゃないでしょうか」
実際、遮蔽物や人混みもあったりして、見えたとしても一瞬、米粒くらいのサイズだろうなと思った。
例えそうだとしても、こんなイベントもしかしたらもう2度と開催されないかもしれない。
だから、ほんの一目でいいから海外から来たモデルさんを見たいと思って、規制線の外側に詰めかけた女性たちの気持ちは痛いほど良くわかった。
「なるほど、それなら規制線の外で見るよりも、テレビで見たほうがいいかもしれませんね」
「はい! そうですねー。中には諦めて、自宅の大きなテレビで見ますって言った人もいました」
実際に姿を見るだけなら、規制線の内側であっても特別席の最前列や前の辺の席でもない限り、はっきり言ってテレビで見た方がモデルさんの顔はよく見える。
それでもみんながここに詰めかけるのは、彼らと同じ空気感をライブ感覚で共有したいからだ。
ちなみに空気感と言っても、決して私のように、好きな男性の吐いた空気を吸って間接キスしたいとか、そういう変態的な意味ではない。彼らと同じ時間を近い場所で共有したいという意味である。
「くぅーっ、楓ちゃん羨ましい! 私も本音を言うとコメンテーターじゃなくて、そっちに行きたいです!!」
「ずるいですよ山崎さん。私だってスタジオでアナウンスするより森川さんみたいに現場でアナウンスしたかったです」
「はは……すみません。それでは、ちょっとインタビューの方に移りたいと思います」
私はキョロキョロと人を探す素振りをして、事前に許可をもらった近くの人にマイクを向ける。
「すみませーん。国営放送の森川ですー。インタビューよろしいでしょうか?」
「はーい」
私は近くにいた姉妹に声かける。お姉さんは大学生か社会人っぽいが、妹さんはまだ中学生くらいの少し歳の離れた姉妹だ。
「今日はどうしてこちらに?」
「えっと、実は妹の誕生日が近くて、なんか思い出になる事でもプレゼントできないかなって、試しに応募したらたまたま当選しちゃったんですよね」
お姉さんの方は少し照れながら妹さんの方をチラチラと見ながらコメントする。
きっと歳の離れた妹さんが可愛いんだろうなぁと思って、私や撮影スタッフの人たちは微笑ましい気分になった。
「えー、すごーい。妹さんは、お姉さんからのプレゼント、嬉しかったですか?」
「ひゃっ、ひゃい! お姉ちゃんは、その、いつも優しくって、小さい時から面倒見てくれたり遊んでくれたりとかよくしてくれるんです」
緊張しているのかな? 可愛いなーと見ているこちらの気分まで微笑ましくなる。
私の知っているどこかの国の王女様なんて、初めて会った時、まだ中学生だったくせに、圧とかプレッシャーが半端なかったからなぁ。まさか王女が来るなんて思ってもいなかったし、今みたいに中身が残念だって気がついてない時だから、当時の出会いは背筋に冷や汗をかいたことしか覚えてないわ。
あの中でもちゃんとしていた92姐さんも一人の大人としてすごく憧れたけど、相手が超大国の愛され王女だろうといつも通りだった捗るは、今でもやっぱり頭がおかしいと思う。
「へぇー、優しいお姉さんなんですね。羨ましいです」
「はい! その……この前も、私のために頑張って並んでビスケットを買ってきてくれたりとか……」
あー、はいはい、あのビスケットね……。
私もあくあ君のクリアファイルだけは地方に出張したときに、田舎の24時間開いてないおばあちゃんが経営しているコンビニで何とか全種類コンプリートしたんだよね。
あとはできる限り商品購入して応募しまくってはいるけど、果たして当選なんてできるのだろうか。
「そっかー、それじゃあ今日はお姉さんと一緒に、いっぱい楽しんでくださいね!」
「はい」
お姉さんとはぐれないように手を繋いだ妹さんは、元気よく私に挨拶を返してくれた。
「インタビューありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
私が感謝の言葉を伝えると、お姉さんはペコリとお辞儀をして自分達が当選した席の方へと向かう。
「いやぁ、森川さん。微笑ましい姉妹の二人だったですねー」
「楓ちゃん、スタジオで見てる私たちも心がポカポカしてきましたよー」
「はい、そうですね。それでは、次の方にインタビューしたいと思います」
今度は逆方向へと視線を向けた私だったが、そこにはインタビューをする予定だった人たちがいつの間にか消えてしまった。
えっ……? 焦る私に対して、スタッフの一人が文字を書いたカンペをこちらに向ける。
適当に、新しい人探して声かけて、ダメでもいいから。
私はそのカンペを見て、わざとらしく首を左右に向ける。
するとそこに、三人組の女子が通りかかった。
「すみません。国営放送の森川です。インタビュー、よろしいでしょうか?」
もはや、ダメもとである。私が声をかけると、三人はこちらに振り向いてくれた。
「はい」
三人の中で一番年長者っぽい女性が私の呼びかけに応じてくれた。
「今日はどうして、こちらに?」
「実は友人が幸運な事に今日のショーのチケットを持っていまして、ご相伴に預かった次第なのです」
そう言って彼女は微笑んだ。
テレビを前にしても一切緊張しないその姿といい、まるでどこかの高級クラブで働く女性のようである。
インタビューに答えてくれた彼女は、一緒に同行していた女性の一人へと視線を向けた。
私もその動きに合わせて、視線を向けられた女性へとマイクを向ける。
「すみません。三人はどういった知り合いなんでしょうか? 聞いても大丈夫ですか?」
「えっと……今年、同じ高校に入学した同級生なんです」
おい、まじか……思わず私は、最初にマイクを向けた女性の方へと顔を振り向きそうになった。
こちらを撮影するカメラマンさんも肩をピクリと震わせて、思わずカメラを回してしまいそうになっていた姿を見てしまう。あんな高校一年生がいていいのかとも思ったが、私は闇が深そうな気がしたので知らなかったふりをする。
「へー、そうなんですねー。高校生活にはもう慣れましたか? 楽しいですか?」
三人は顔を見合わせると大きな声で、はい、と答えてくれた。
多くの女性は、高校に入った段階で大きく挫折をすると聞く。
同級生の男子に冷たくあしらわれた。
小説や漫画、アニメやドラマのような甘い男女の関係なんて存在しなかった。
そもそも学校が底辺すぎて同級生に男子がいなかった。
挫折するその理由の大半がこうである。
かくいう私も、こんな感じの理由で挫折しそうになった。
それでもこうやって希望を捨てずに頑張っている三人の姿を見て私も元気をもらう。
私は、三人組の最後の一人の方へとマイクを向ける。
「高校生活はすごく楽しくてぇ、クラスメイトの男の人も優しいし、クラスの雰囲気がすごくいいんですぅ」
へぇ。男子のクラスメイトがいるだけでも有難いのに、彼女たちはかなりの当たりくじを引いたようだ。
男子の中には、比較的態度の柔らかい人もいるし、女子に対しても優しい人だって少しはいる。
そういった子たちと同じクラスになれる子は、かなり良い方だと思う。
ふと気がついたけど、そういえば私のあくあ君もまだ高校生だ。
世の中には、そのあくあ君と同級生の女子たちもいるのである。
同い年に生まれたのですら奇跡なのに、そんな幸運を賜れるなんて、一体、彼女たちは前世でどれだけの徳を積み上げたのだろうか。
もしそんな幸運な子たちを見つけたら、私は目から血を流して羨ましがるだろうな。
「へぇー、そうなんですね。それじゃあ今日のこのショーも、友達との楽しい思い出の一つになるといいですね」
「はい!」
私のイヤホンに声が入る。
「森川さん、森川さん。インタビューありがとうございます。それとインタビューに答えてくれた三人の高校生たちもありがとうございました。一旦、スタジオに映像戻します」
「あっ、はい!」
私はカメラに向かって手を振る。
高校生の三人も提示されたカンペを見て、カメラへと手を振ってくれた。
「ご協力ありがとうございました。すみません、お手数ですが連絡先と同意書の方、こちらの用紙に記入していただけませんか?」
「あっ、はい。大丈夫ですよ」
突然のインタビューに嫌な顔をせずに答えてくれた三人の高校生たちに、私たちは何度も何度も頭を下げた。
するとお仕事大変だけど頑張ってくださいね。いい記念になりました、ありがとうございます。と、彼女たちはスタッフにも激励の声をかけてくれた。
偶然とはいえ、彼女たちに声をかけたのは正解だったと思う。
本来インタビューする人たちも、人混みに流されちゃってはぐれてしまったと後で謝りに来てくれたし、みんな良い子ばかりでよかったなぁ。私はホクホクとした表情で、自らの仕事の余韻を味わう。
しかし今日の私の仕事はまだまだ続く。ぼーっとしてるわけにはいかない。
「森川さん、次の出番の間までに移動しましょう」
「あっ、はい!」
私はスタッフの人たちに促されて移動を開始する。
その途中で、ショーの最前席に居座った友人の姿が目に入った。
主催が我が国とスターズの合同の時点で、来ているだろうとは思ってたけど、まさか見つけてしまうとは……。
「あ」
偶然にも私が友人へと視線を向けると、向こうも私の方へと振り向いた。
そして私の存在に気がつくと、手を振って何やら口を動かす。
お、し、ご、と、お、つ。
なんかさ、嗜みがお仕事乙とか言っても、さっきの子たちと違って、煽っているようにしか聞こえないんだよね。
それは私の心が汚れてしまっているからだろうか?
が、ん、ば、っ、て、ね。
私は友人の素直なエールに苦笑する。本当は良い子なんだけどなぁ。
携帯を取り出した私は、少し歳の離れた友人へとありがとうとメッセージを送った。
「森川さん、どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないです」
どうやら私の気持ちの悪い笑顔を隣を歩いていたスタッフに見られてしまったようだ。
さて、そろそろショーが開幕する時間かな?
私はあくあ君一筋だけど、盛り上がるショーの雰囲気にテンションが自然と上がっていく。
さぁ、私の仕事はまだ始まったばかりだ。残りも頑張るぞー!
私は気合を入れ直して、次の中継地点へとスタッフさん達と一緒に駆け足で移動した。
次21時更新です。
あと2回!




