白銀あくあ、謎の外国人に絡まれる。
本日3話目です。
月9の撮影に続いて、特撮ドラマの方の撮影がスタートした。
どちらのドラマも製作陣の配慮のおかげもあって、俺が登場するシーンの多くは夏休み中の7月中旬以降から8月中旬に固められている。これも阿古さんの細やかな手配があってのことだ。
阿古さんには感謝ばかりしているけど、今回も感謝しないといけないな。
最近はその阿古さんも忙しいらしく、この前の顔合わせの時も現場に来れなかった。
それくらいやらないといけない事が多いらしく、見かねたしとりお姉ちゃんがバイトとして阿古さんの仕事を手伝っているらしい。らしいと言うのは、母さんから聞いた話で、まだ実際に俺が現場や事務所でしとりお姉ちゃんと会ったわけではないからだ。
母さん曰く、しとりお姉ちゃんだけじゃなくって、らぴすも休日に事務所を掃除したり、放課後に消耗品を買い出しに行って届けたりしてくれてるらしい。家族の見えないところでの支援に俺は感謝の気持ちでいっぱいになった。
早くいっぱい稼いで、安定して人を雇用できる資金を貯めてみんなを楽にしないとな、と俺は決意を新たにする。
そんなある日、俺が撮影場所の近くでご飯を食べた帰り、道を歩いていたら一人の外国人に声をかけられた。
「oh……YES!」
ものすごいハイテンションな外国語で捲し立てる怪しげな外国人女性三人組に取り囲まれる俺。
悪い人ではなさそうだからいいけど、一体全体どうしたっていうんです?
俺が固まっていると、そのうちの一人がカタコトの言葉で話しかけてくる。
「アナタ、モデル、デスカ?」
「ノ、ノー、アイアム、アイドル」
俺の言葉が通じたのか、外国人の女性三人組は喜ぶ。
テンションが高すぎて、周りの人が全員こっちを見ている。
中には通報しましょうかと声をかけてくれた優しい女の人もいたけど、今のところは危害を加えるつもりもなさそうなので大丈夫ですと答えた。
「オー、メイシ、イタダケマスカ?」
「え……えっと……」
俺は少し躊躇した。
一応阿古さんからは事務所所属のアイドルとしての名刺を貰ってるけど、それを正体もわからない人に渡してもいいのだろうか? すると三人の中の一人の人が名刺を差し出してきて、文字が書かれたところを指差す。
John Slimane
一見して男性の名前が書かれているように思えるが、声をかけてきたのは外国の女性三人組だ。
さらに謎が深まる。
「ワタシタチ、モデル、サガシテマス。ユー、イメージ、ピッタリ。イッショ、シゴトスル、キョウミアル、レンラク、クダサイ」
一人がペンを取り出して、自らの差し出した名刺の裏に連絡先の電話番号を記入する。
どうやら彼女たちはモデルを探しているようだ。つまりは興味があったら連絡をくれという事なのだろうと思う。
この件は後で阿古さんに相談するとして、一応俺は、自分の名前とベリルエンターテイメント所属だと言うことを女性達に明かしておいた。
そして後日。
名刺を見せた阿古さんは固まってしまった。
「あああ、あくあくん、こここの人の名刺いいい一体どこで?」
明らかに動揺した素振りを見せる阿古さん。
俺は阿古さんに謎の外国人女性三人に囲まれた事の経緯を説明する。
「なるほど。あくあ君、この名刺の人の事は……?」
阿古さんの問いかけに対して、俺は首を左右に振った。
すると阿古さんは手に持っていたタブレットに何かを打ち込み、画面をスワイプさせて俺の前にそれを提示する。
「ジョン・スリマンさんは、スターズの世界的なファッションブランド、コロールのデザイナーさんです」
阿古さんに手渡されたタブレットの画面を見ると、数十万もするような服や、数百万もするようなバッグなどの画像がいくつも並んでいた。誰がどう見ても明らかに高級ブランドと呼ばれる類のものである。
「確か本国、スターズのファッションショーは6月末だったはずですが……」
阿古さんは考える素振りを見せた後に、俺の方へと視線を向ける。
「あくあ君、ジョン・スリマンさんはコロールのデザイナーとしても有名ですが、あのトラッシュパンクスの服のデザイナーでもあります」
俺は阿古さんに前に見せてもらったトラッシュパンクスの服のデザインを思い出す。
阿古さんに教えられた後に、いくつかのトラッシュパンクスの動画を見たが、どの曲も素敵で強く引き込まれた。
そして彼らが着た衣装、そのどれもが洗練されたデザインで、曲に込められた世界観をうまく作り出していたと思う。
「彼は多くのアーティスト、それも超大御所の舞台衣装を手掛けたりもしていますが、今までただの一人も、アイドルの衣装を手がけたことはありません。もし……もし、彼があくあ君の舞台衣装やMVで着る服をデザインしてくれたら、きっととんでもないことになります」
完成した新曲二つのクオリティは、素晴らしい出来だった。そのクオリティを視覚的にも更に向上できるのであれば、もっと素晴らしい作品ができるのではないだろうか。それを想像すると鳥肌がたった。
「まだどういう仕事内容なのかはわかりませんが、あくあ君が興味があるなら、仕事の内容だけでも確認してみませんか? デザイナー本人に会う最初のきっかけさえあくあ君が作ってくれれば、あとは私に任せてください。そこから先は私の仕事ですから」
俺は阿古さんの提案に頷いた。
「はい、お話だけでも聞いてみたいと思います。せっかくみんなが作ってくれた曲、それを更にいいものにするためなら俺は努力を惜しみません。阿古さん、協力してくれますか?」
「もちろん、任せて! 小林さんにも確認とっておくわね」
「はい! ありがとうございます!!」
阿古さんから連絡を受けたモジャさんは直ぐにOKを出した。
モジャさんも、こんな機会は誰にでも与えられるチャンスじゃねぇと言っていたらしい。
そして改めて阿古さんが名刺に書かれた電話番号に連絡すると、翌日、借りているスタジオに揃って来てほしいとお願いされた。
「本日は忙しい最中によく来てくださいました。ありがとうございます」
「こちらこそ当社所属のアイドル白銀あくあに、お声がけしていただいてありがとうございます」
向こうのスタッフの人と、お互いに流暢な外国語で言葉を交わす。
もちろん会話に応じているのは俺ではなく阿古さんだ。
「それではこちらへどうぞ」
スタジオに到着した俺たちは、奥の部屋に招かれる。
すると、そこには坊主姿のカジュアルな姿の細身の男性が席の中央に座っていた。
事前にネットで見た画像で顔写真を確認したが、彼こそがデザイナーのジョン・スリマンである。
「よろしくお願いします」
俺は事前に教えられた通りに、向こうの言葉で挨拶を交わした。
「今日はよく来てくれたね。悪いけど、少し歩いてもらえるか? 誰か、彼に衣装を」
デザイナーのジョンさんの見た目は少し怖そうな感じの人だったが、思っていたよりも人当たりが良さそうな感じの人だった。喋っている言葉は早口すぎて半分も理解できなかったが、なんとなくだがどういう事を言っているのか理解できる。
「おいで」
スタッフの人に呼び出された俺は、別室で与えられた衣装に着替える。
俺は手渡されたショート丈の細身のジャケットを纏い、肌に吸い付くような細身のスキニージーンズを穿く。
モノトーンのカラーリングで、より強調される細身のスタイルに息を呑む。
やはり数十万するような服だけあって、鏡に映った服のラインの美しさが普通の服とは違って見える。
服を着替えた俺がすぐに元の部屋へと戻ると、ここに立ってと言われた位置に立たされた。
「手を叩いたら、この場所からあのバツ印の所まで歩いて、ポーズを決めて、ターンしてここに戻ってくる。そしてターンして前を向く、OK?」
「サンキュー、イエス、オーケー!」
説明してくれた人が身振り手振りで教えてくれたおかげでなんとか理解できた。
俺は息を吐くと体をリラックスさせる。
「ハイ」
パンっと手を叩いた時の乾いた音が部屋に鳴り響く。
俺は合図に合わせて歩き出すと、言われた通りのアクションをして元の位置へと戻る。
「ノン!」
否定をしめす言葉に、俺はドキッとした。
すると先ほどの人が、また小走りでこちらへと向かってくる。
「私の動きを真似してみて、トレース、ミー」
その人は、俺の隣のレーンで手本を見せるようにウォーキングした。
俺は具にその動きを観察する。
ここにくる時も自分なりに映像を見てやってみたりはしたが、こうやって隣で見せつけられると自分のやっているウォーキングとは全然違って見えた。
「ハイ!」
俺は手を叩く音に合わせて、再びウォーキングを披露する。
つま先から頭のてっぺんまで全神経を集中させて、この服がより綺麗に見えるようにと意識した。
「……」
デザイナーのジョンさんは、口に手を当てて真剣な表情でこちらを見つめる。
「クリス」
クリスと呼ばれたのは、さっき俺に手本を見せてくれた男性だ。
その人は、ポーズを取る部分に立って俺を手招きする。
クリスさんはいくつかのポーズの取り方やターンを見せながら、身振り手振りを交えながら説明を続けた。
簡単な言葉なら俺でもわかるが、難しい用語を交えられると流石に細かいところのニュアンスはどうしようもない。
それに気がついた阿古さんは俺に近づくと、クリスさんの言葉を阿古さんなりに解釈して翻訳してくれた。
「オーケー」
クリスさんはそういうとまたその場から離れる。
俺は最初の位置に戻ると再び合図を待った。
「ラスト」
ジョンさんのこれが最後だと言った言葉に、ピリッとした緊張感が走る。
俺は一瞬目を閉じると、先ほどまでの2回のウォーキングを思い出した。
デザイナーであるジョンさんの目の動き、彼がどこを見ていて、どこを判断しているのか。
そして先ほどのクリスさんの説明、阿古さんの解釈してくれた言葉、それら全てをクロスワードパズルのように当てはめて自分なりの答えを見つけ出す。
きっと、動きを真似しただけではダメなんだ。
何故ならクリスさんが見せたウォーキングは、クリスさんがジョンさんの服を着たらどうやって魅せるかを考え抜いた末のウォーキングだからだ。それを真似したとしても、俺とクリスさんは、見た目も体型も全然違う。
だったら俺は、俺なりのウォーキングで、この服の美しさ、ジョンさんのデザインの魅力や、そこに込められた世界観を見ている人に伝えないといけない。
時間にしてほんの数秒だったと思う。
揺れる袖の振り幅や、翻るジャケットの裾にまで気を配って、この服の素晴らしさを目の前に座ったジョンさんだけではなく、この会場で見ている360度全ての視線に伝えるように俺はウォーキングして見せる。
アイドルであれば会場のどこから視線を飛ばされても、視線をちゃんと返さなければいけない。
だったらその技術がこのウォーキングにも使えるはずだと思ったのである。
俺のウォーキングが終わって、元の立ち位置でターンする時には、ジョンさんは椅子から立ち上がって俺の方を見ていた。
そしてゆっくりと俺の方に向かってくると、手を差し出したのである。
「あくあ白銀、君と仕事ができることを光栄に思うよ。良かったら俺のデザインした服を着てくれないか?」
「イエス!」
即答だった。なんの仕事かも確認せずに答えてしまったが、彼と仕事をしたいと思ってしまった。
俺たちが握手を交わしたのを見て、すぐにジョンさんのアシスタントをしていた隣の席の人と、阿古さんが話し合いを始める。機嫌を良くしたジョンさんに、俺は更に奥の部屋へと案内された。
そこにはいくつも衣裳があって、もっと色々と着て見せてほしいとジョンさんにお願いされる。
俺がいくつかの服を着て、自分の解釈でポージングを取ったりウォーキングをしてみせるとジョンさんはすごく喜んだ。そうして俺たちは片言の言葉を織り交ぜつつ、親交を深めていく。そのうちに自然と、お互いのことをジョン、あくあと呼び捨てするようになった。
「あくあ、本当は君を6月に行われる本国のスタコレのショーに出したいと思ってるけど、この短い期間ではおそらく政府が許可を出してくれないだろう。君のことを調べたけど、この国では結構な有名人みたいだしね」
俺たちは部屋にあった段差のようなところに座って、隣で語り合う。
不思議なもんで、ずっと一緒にいると身振り手振りでなんとなくどういうことを言っているのかなんとなく理解できる。
「実は俺がここに来日したのは、本国のショーに先駆けて来週渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で短いショーをするためなんだ。良かったら、そこで歩いてくれないか? ずっとイメージに合うモデルを探してたんだ」
ジョンの話によると、国賓としていくつかのスターズのブランドが本国のショーに先駆けてこの国に招かれているらしい。
「そこで俺は、新しいメンズのラインを発表したいと思ってる」
他のブランドもメンズのラインを発表するみたいだが、どこのブランドも向こうから連れてきたモデルを使うらしい。でもジョンは、あえてこの国のモデルを使ってみたいのだと思ったそうだ。
しかし、そううまくモデルが見つかるわけもなく、最悪の場合はスタッフであるクリスさんか自身がウォーキングをしようと思ったらしい。
「お願いだ、あくあ。君は俺の世界観を表現するのに必要な最後のピースなんだ」
ジョンの熱い思いに俺も自然と胸が熱くなった。
「ジョン、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。君の芸術に俺を協力させて欲しい」
結局、この日は昼前にスタジオに入ったにも関わらず、お昼ご飯を食べることも忘れてお互いに語り合った。
二人とも片言の言葉だったが、案外どうにかなるもんで、終わる頃には阿古さんのアシストもあって、俺のデビュー曲の衣装はもちろんのこと、ライブの演出、アートディレクションなど、自分が在籍している間だけでもいいからコロールと専属契約して欲しいという事までお願いされた。
幸いにもジョンは、ノブさんとも仕事を何度か一緒にした事があるらしい。ジャケットや写真撮影などは、先に専属契約を結んでいるノブさんでも大丈夫だという許可も得ることができた。
「ありがとう、あくあ、君に出会えた事を感謝する」
「こちらこそ、ジョン、来週を楽しみにしているよ」
俺たちはハグを交わして、その日は解散する。
気がつけば外は真っ暗だったが、俺は来週の週末が楽しみで仕方がなかった。
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