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小雛ゆかり、もっこりって何?

 独房の中でしょぼくれるリョウの元に、誰かが近づいてくる。


『あ、紗枝さん!』

『冴島さん、シロを助けてくれてありがとう。それと妹の玲奈がごめんなさい。玲奈はその……少し潔癖症なところがあるから』


 えみりちゃんが演じる刑事の紗枝はリョウを独房から出す。

 もー、紗枝は甘いわね。こいつなら三日位閉じ込めておいたって良いでしょ。


『冴島さん、本当にありがとう。はい、これ、約束の依頼料ね。それと、このお詫びをさせてください』

『お詫び!?』


 リョウの目が輝く。

 ほーら、すぐに調子に乗る!


『冴島さん、私に出来ることがあったらなんでも言ってくださいね』


 紗枝はリョウに身体を預けるように密着する。


『な、なんでもぉ!?』


 鼻息を荒くしたリョウを見て、私はジト目になる。

 これ、演技? それとも素? 司先生、いくらお祭りスペシャルドラマだからって、普段のあくあのキャラクターにリョウを寄せすぎでしょ。


『ほっ、本当になんでも良いですか?』


 リョウはキリッとした決め顔をする。

 こいつ、声色までちょっとイケボに変えてふざけてるにも程があるでしょ。

 でも、こういうところは声優としての経験が生きてるなと思った。

 そういえばザンダムの主演じゃ常にイケボだから、またヘラってる厄介女ファンが大量発生してるけど、ちゃんと面倒見切れるの? まぁ、そのヘラってる厄介女のトップヲタはあんたの正妻なんだけどね。

 そういう意味じゃ、あくあとカノンさんの二人はちょうど良いところに収まったのかなと思った。


『じゃ、じゃあ、今度、ホテルのレストランで二人きりで食事とか!?』

『はい、私で良ければご馳走させてください』


 はいはい、よかったわね。

 ニヤニヤした顔のリョウが警察署を後にして、自宅までスキップで帰っていく。

 本郷監督はかっこいいカメラワークが得意だけど、こういうコミカルなシーンのカメラワークも上手になったなと思う。

 この脚本にしても普段の司先生の脚本と比べると、かなりコミカルな部分が多い。はっきり言って、司先生はそういう感じの脚本は苦手だと思ってた。これは私がそう感じているだけじゃない。それが世間一般の評価だった。

 もとより素晴らしい能力を持っていた二人が、白銀あくあという大きな輝きに出会った事で、誰しもが想像してなかった方向へと成長している。

 あくあにしたってそうだ。あんなにかっこよかったら、こんなに演技を磨かずとも、その顔と声だけである程度のものができてしまう。役者の幅を広げなくても、ただカメラの前に立っているだけで、男という付加価値がなくてもあの雪白美洲と同じくらいの存在感があるのだから。

 私は阿古っちの方へと視線を向ける。


「ゆかり、どうかした?」


 私の視線に気がついた阿古っちと目が合う。

 もし、あくあが組んでいたのが阿古っちじゃなかったら、どうなっていたのかな?

 あの時、絶対に私なんかとかは共演させなかっただろうし、リョウや槙島みたいなキャラクターは演じさせなかったと思う。

 ふふっ、私は思わず笑みが溢れる。


「なんでもない。ただ……阿古っちって、やっぱりクレイジーだなって思っただけ」

「私が? 私なんか全然普通だよ。それこそ、ゆかりの方が絶対にクレイジーだと思うけど!?」


 そうかしら?

 私みたいなちんちくりんが女優になろうとしてるって、聖クラリスでいじめのターゲットにされそうになった時、私の友達を馬鹿にするなって、ヘッドバットかましたのはどこの誰だっけ? 阿古っちが覚えてるかはわからないけど、私は今でもずっとあの日の事を覚えてる。

 あの時、阿古っちが私の夢を笑わないでいてくれたから、今の私があるんだよ?


「それに、私なんかより全然あくあ君の方がクレイジーでしょ!」

「そいつを抱えてる事務所の社長はどこの誰だっけ?」


 あーあ、本当はいつの日か阿古っちに私のマネージャーになってほしかったのにな。

 そう考えたら、私の阿古っちを独占してるあくぽんたんの事がちょっとムカムカしてきた。

 あんた、私の阿古っちを独占してて、アヤナちゃんにも好かれてて、この私に気をかけられてるんだから、ちょっとは感謝しなさいよね。私はスクリーンに映ったあくぽんたんを見て、心の中でそう呟いた。


「それは私だけど……私は普通だもん。二人みたいにすごい才能なんてないしね」


 頬を膨らませた阿古っちは、プイッとスクリーンの方に顔を背ける。

 この私と白銀あくあなんて、この世界でもトップクラスに面倒臭い二人に好かれてる女が普通にしてる時点で、普通なわけがないじゃない。

 ああ、そういえば、世間様にはバレてないけど、私と同じ年の阿古っちも悪夢の世代なのよね。世間のみんなはいつ、その事に気がつくかな?


「その、阿古っちの普通に私もあいつも救われてるのよ」


 だから、これからもよろしくね。

 私は心の中でそう呟くと、目の前のスクリーンへと視線を戻した。


『ただいまー、薫ー、帰ってきたぞー』


 家に帰ってきたリョウは、さっきまでのニヤけた顔から一転して真剣な顔つきにかわる。

 あーあ、今頃、これを見てる馬鹿なファンが「あくあ様かっこいい」とかって騒いでいるんでしょうね。

 リョウは壁に身体を張り付かせると、水の音がする浴室の方へと近づいていく。


『落ち着け、リョウ。お前は何度もこういう死線を潜り抜けてきたじゃないか』


 このオチを知っている私は、呆れた顔で画面を見つめる。

 このシーン、絶対に要らなかったでしょ。早く終わらないかしら。

 リョウはゆっくりと脱衣所の扉を開けると、物音を立てずに中に侵入する。


『むっ、あれは……』


 脱衣所に置かれた洗濯籠をロックオンしたリョウは、一番上に乗せられていた下着を手に取る。

 もちろんこの下着はちゃんとした新品だ。


『うっひょー! 薫の奴め。いつからこんな清純な下着を穿くようになったんだ!? も、もしかして、今晩、期待してもいいって事ですかあ!?』


 目の前のリョウと、あの槙島、夕迅、剣崎、一也、晴明を演じている役者が同じ役者だとは思いたくはない。

 そういう意味ではこいつも成長してるのかと思った。


『どれ、ここはじっくりと……』


 リョウが真剣な顔つきをする。

 その瞬間、脱衣所と浴室の間を閉ざしていた扉がゆっくりと開いていく。


『え?』

『ん?』


 見つめ合うリョウと薫……じゃなくて、侍女のリーシェ。

 もちろん、リーシェの体はバスタオルでぐるぐる巻きにされてて、肩以外は何も見えない。

 そうじゃなきゃ嫌だとあくあが駄々を捏ねたからだ。

 リョウは手に持っていたものをすぐにポケットの中にしまうと、キリッとした顔でリーシェへと近づいていく。


『お嬢さん、こんなところでどうしましたか?』


 どうしましたか? じゃないでしょ!

 そのポッケの中に入れた下着をさっさと放り出して、あんた自身もさっさと外に出なさいよ! このおバカ!!


『きゃ……』

『きゃ?』

『きゃああああああああああああああああああああああ!』


 辺り一体に聞こえるような叫び声に、通りを歩いていた人達がびっくりする描写が入る。

 次の瞬間、勢いよく玄関の扉が開く音と共にドタドタという大きな足音が聞こえてきた。


『リーシェさん、大丈夫!?』

『あ……薫さん』

『ん? 薫?』


 振り向いたリョウと、買い物から帰ってきた薫の目が合う。


『こっの! 見境なしのおバカあああああああああああああ!』

『ちょ、まっ、違う! 薫、いや、薫様、これは違うんだ!』

『何が違うのよこの助平! バカ! あほ! もっこり茄子!!』


 私が演じる薫は、近くに置いてあった黄色に赤文字が入った洗面器をリョウに投げつける。

 それを飛んで回避したリョウは、リーシェさんの腕を掴んで後ろに隠れた。


『きゃっ』

『女の子の後ろに隠れるな。この卑怯者おおおおおおおおおおおお!』

『うぎゃー!』


 薫は脱衣所に置いてあったメガトンハンマーと書かれたハンマーでリョウの頭を殴り飛ばす。

 あー、今思い出してもこのシーンは最高だったわ。

 最初は映像を合成するからと言ってたのに、あくあがリアリティが出るからと実際にやる事になったのよね。

 勿論、メガトンハンマーは怪我しないように発泡スチロールで作られているけど、ものすごくスッキリしたわ。

 ただ、このシーンの後にオフレコで、カノンさんやアヤナちゃんにメガトンハンマーで叩かれて嬉しそうな顔をしていたあくあはちょっと気持ち悪かった。あそこは特典シーン行きだろうけど、ファンのためにも絶対にカットしておいた方がいいわよ。

 画面が一旦ブラックアウトすると、瞼が開いていくような描写でぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしてくる。


『あ、目が覚めましたか?』


 リーシェを演じるカノンさんがリョウの事を心配そうな顔付きで見下ろす。

 これは、薫が料理を作り終わるまでの間、リーシェが気絶していたリョウを膝枕して介抱していたからだ。


『いいえ、俺はまだ夢の中かもしれません』

『えっ?』


 あくあがキリッとした顔を見せる。


『だって、目の前にこんなにも美しい女神様がいるのだから』

『あ……』


 リーシェさん、そこにあるメガトンハンマーでもう一発くらい殴っといていいわよ。


『馬鹿言ってんじゃないわよ。リョウ』


 リョウの目が覚めた事に気がついた薫が呆れた顔で作った料理をテーブルの上に置く。

 このシーン、ドラマでは私演じる薫が作った料理って事になってるけど、実際に料理を作ったのはリョウを演じるあくあだ。だって、私にこんなの作れるわけないもの。

 もちろん用意された料理は、欲しがるスタッフの間抜け面をおかずにして私が美味しく頂いた。ま、流石にかわいそうだからちょっとだけあげたけどね。


『リーシェさんも、この馬鹿の戯言は聞かなくていいから』

『は、はい』


 薫はリョウに対して、食事をしながらリーシェさんの事と依頼の内容について説明する。


『なるほどな。そういう事なら明日は俺に任せてくれ!』

『本当ですか?』


 リョウの言葉にリーシェは喜ぶ。

 王女として不自由な暮らしをしてきたリーシェにとっては、外の世界を見れる事は楽しい事なのだろう。

 この作品のすごいところはキャスティングというよりも、あらかじめこの子にはこのキャストって当てはめた台本よね。

 司先生はこれがお祭り作品だと聞いてたから、ある程度、このキャラはこの人にやらせようと思って書いたのじゃないかしら。だから、演者としては素人かもしれないけど違和感とか荒さが表に出ない。

 私の性格も理解してて、下手な演技をしないようにキャスティングしたって事も考えられるわね。私が映画賞を受賞した時の脚本家、志水キスカ先生も言ってたけど、そこまで読んで脚本を書くところも司先生の恐ろしいところだ。


『本当にこんなところで良かったのか?』

『はい』


 翌日、リーシェを連れたリョウは都会の喧騒から離れた長閑な場所に来ていた。

 真っ赤なミニサイズの車を路肩に停めた二人は、外に出て自然の美味しい空気を吸い込む。


『昔、少しだけ住んでいた田舎の事を思い出します』

『へぇ』


 前を歩くリーシェの背中を見ながら、リョウが後ろをついていく。


『せっかくだし、少し周囲を散歩しませんか?』

『ああ、いいとも』


 二人は畦道を歩きながら会話に花を咲かせる。

 途中あった川で水切りをしたり、リーシェの帽子についたてんとう虫を見て笑い合ったり、なんとも微笑ましい感じだ。


「ねぇ、これって普通にあくあとカノンさんがデートしてるだけじゃない?」

「はは、確かに……」


 私の問いに阿古は苦笑する。

 まぁ、でも、幸せなこの二人を見るのはそう悪い気分じゃないわね。

 棘しかない私の心も、この瞬間だけは柔らかくなる。

 楽しかったデートも、やがて日が傾きかけ、終わりへと近づいていく。


『わー! 男の人と外国人の綺麗なお姉さんがデートしてる!』

『本当だ!!』


 二人に気がついた子供達が駆け寄ってくる。

 もちろんその中には、私が特別賞をあげたしぃちゃんの姿もあった。

 うんうん、順調に成長してるようで何よりね。


『デ、デート』


 純粋な子供達の言葉にリーシェは顔を赤くする。

 こういう初心っぽいところもカノンさんっぽいのよね。

 結婚して半年近く経ってて、もう妊娠までしてるのに、いまだにこうなのが逆にすごいなと思う。

 子供達の騒がしさに気がついた農家の人が作業を中断して、二人に近づいてくる。


『あんたら、こんな何もねぇところでどうした?』


 近づいてきた人物が麦わら帽子を持ち上げる。

 その姿を見たリーシェさんがびっくりした顔をした。


『男の人……』


 農家の役を務めるのは、実家でも農家をしている天我君だ。

 天我君は目を細めると顎髭にそっと触れる。

 確か、この撮影のために実際に顎髭を伸ばしたんだっけ。あっ……でも伸びる速度が間に合わない上に、コンサートで剃らなきゃいけないからって、結局は付け髭になったとあくあから聞いた事を思い出す。


『立ち話もなんだ。寄ってきな』


 天我君が演じる農家の男性は二人を自宅へと招待する。


『男が農家をしてて驚いたか?』

『あ……すみません』


 現実ならありえない事だ。

 リョウやさっきの喫茶店のマスターもそうだけど男性が働いている方が珍しい。

 それこそリョウの性格もそうだが、普通に見たら違和感が多いはずなんだけど、あくあやBERYLのおかげでここまで違和感なく見れている。その事に気がつく。


『いや、いいんだ。自分でもそれはわがってる事だからな』


 ストーブの上に乗せたやかんで麦茶を沸かした農家の人は二人分の湯呑みに茶を注ぐ。


『でも、女にだって色々いるように、男にだって色々いるんだ。俺は土いじりと野菜に話しかけるのが好きだから、ごの仕事をやってる』


 農家の男性はリョウの方へと視線を向ける。


『あんだもなんかやってるのか?』

『ああ、俺はこう見えて綺麗好きだからな。東京って汚れた街を掃除しているのさ』

『東京……そうか。そりゃ大変なごった』


 天我君が演じる農家の男性は、ズズズと音を立ててお茶を啜る。

 それに合わせて二人も出されたお茶を飲む。

 リーシェは二人の男性へと視線を向けると、疑問に思ってる事をぶつける。


『この国の男性は、その……頑張ってるんですね』

『ん? ああ、バブルだがなんだがしらねぇけどよ。それのおかげで、俺らみたいなのが居ても許されてるんだ』


 なるほど、だからこの時代設定にしたのか。

 確かこの時代設定の2年前、1986年に制定された男女雇用機会均等法って法律のおかげで、社会進出する男性が出てきたって聖クラリスに居た時に習ったわね。でも、それも一時期だけで、バブルの崩壊と共に男性の社会進出は極端に減っていった。

 その一方で、この政策を逆輸入して男性の社会進出を増やしていった国がある。それがスターズだ。

 実際、スターズの女王、メアリー様は当時、何もないのに急遽来日して世間を驚かせている。

 その目的はいまだに不明とされているけど、なるほど、その話を利用してこの話を考えたのか。

 こういうところで話にリアリティを持たせて謎の説得力で唸らせてくるところが、いかにも司先生って感じがして納得した。


『俺は都会で生まれて、そこで育って、あの煌びやかな生活に疲れたんだ。そんな時に、偶然ここにきて俺はこの仕事に出会った。気がついたらこっちに移住しでたよ』

『そうでしたか……』


 リーシェはリョウに視線を向ける。

 リョウはリーシェに一瞬だけ視線を返すと、何もないところへと視線を向けた。


『俺は……』


 リョウが目を細めると画面がブラックアウトして、過去の回想シーンに入った。

 暗闇の中、ただただ土砂降りの雨の音が聞こえてくる。


『町野! おい!! しっかりしろよ町野!!』


 新宿のビルの隙間にある小道、ずぶ濡れになったリョウが必死な顔で誰かに叫び続ける。

 リョウが町野と呼んでいるのは薫の事じゃない。薫の弟、町野幸秀のことだ。


『幸秀!! こんなところで、こんなところで終わりとか嘘だよな!? 薫を1人残して先に逝くつもりか!?』


 町野幸秀の役を務めるのは黛君だ。

 血塗れになったスーツ、生気のない顔、だらりとした腕、割れたメガネ……彼はきっと助からない。

 町野幸秀は、誰が見ても助からない状態だった。

 それに気がついているリョウの顔が歪む。

 雨のせいでリョウが泣いているのかどうかはわからない。でも苦しくて辛そうな顔だった。

 ああ、シンプルにこいつ上手くなったなとわかって腹が立つ。黛君の演技力も上がってきてるから褒めてあげたいのに、こいつの演技の上手さにムカついてそれどころじゃない。


『幸秀、頼む……! 目を、目を覚してくれ……!』


 リョウの呼びかけに、幸秀は微かに指先をピクリと動かせる。

 二人の後ろに微かに見える大通りに何台ものパトカーが通り過ぎていく。

 それと共に、パトカーのサイレンの音がけたたましく鳴り響いてた。


『リョウ……ヘヴンズ……トリップに気をつけろ……』

『ヘブ……? おい! 幸秀!! しっかりしろ!!』


 幸秀は片方の手をリョウの胸に当てると、残る力を振り絞って彼を突き飛ばす。


『ゴフッ……行け。リョウ……。姉を……薫の事を頼む!』

『幸秀!』


 遠くから、こっちに誰かいるぞという声が聞こえてくる。


『くそっ! 生きろよ。幸秀! 生きてさえいれば、俺が必ず助けに行くからな!!』


 リョウは幸秀をそこに残したまま、声が聞こえてきた方向とは逆方向に走り出した。

 ここで回想シーンが終わる。


『俺はずっとあの街に囚われている。昔も、そして、今も……』

『冴島さん……』


 リョウの横顔を見つめるリーシェは心配そうな表情を見せる。

 そこに男女の色はまだ感じないけど、少なからずリーシェにとって、リョウは気になる男なのだという事が読み取れた。

 あー、ヤダヤダ。なんでこいつフィクションの世界でも現実の世界でもモテてんのよ。ふざけるな。

 農家の男性はリョウの事をまっすぐと見る。


『逃げたいって思った事はあるか?』

『そう思わなかった日はないさ。それでも俺はしがみつくしかないんだ。あの街にな』


 農家の男性はその答えを聞き無言で立ち上がると、土間のある方へと向かう。

 暫くすると農家の男性は野菜のたくさん入った箱を持って戻ってきた。


『持って帰れ。あの街から逃げ出した俺が言える事じゃねぇけどな。辛い時は美味い飯を食え』

『ありがとな』


 リョウとリーシェは農家の男性にお礼を言うと、彼の家を後にして置いてきた車の方へと向かう。

 野菜の箱を抱えたリョウは、前をいくリーシェの背中を見つめる。


『さっき、私が田舎で暮らしてたって言ってた事を覚えてますか?』

『ああ、覚えてるよ』


 リーシェは立ち止まると空を見上げる。


『あの頃は良かった。お婆様も居て……お母様も……』


 そこで言葉を詰まらせたリーシェは、少し間を置いてリョウの方へと振り返る。

 ああ、いいわね。カノンさんは見た目も役者向きだけど演技も悪くない。王女として自分を偽っていたおかげかしら?


『ねぇ、冴島さん。もし私が逃げ出したいって言ったら、どうしますか?』

『……それが依頼なら遂行するまでだ』


 野菜の入った箱を両手で抱えたリョウはリーシェの横を通り過ぎる。


『でも、君は逃げない。俺と一緒で、そこでの生き方しか知らないからだ』

『……つまんない』


 そう呟いたリーシェは、追い越して行ったリョウの方へと振り向くと、その背中をギュッと抱きしめる。


『冴島さん。そういう時は嘘でも攫うって言ってくれなきゃダメじゃない』

『ごめんな。でも……君に守るべきものがあるように、俺にも守らなきゃいけないものがあるんだ』


 アヤナちゃんは今頃、家で一人、このシーンを見て悔しがっているだろうなと思った。

 この二人の関係性ゆえか、それともやっぱりカノンさんが上手いのか、ううん、その両方か。

 間違いなくこのシーンはいいシーンだ。そして、今のアヤナちゃんにこのリーシェは演じられない。

 私も役者だからわかるけど、自分ができない演技を見せられる事ほど屈辱的な事はないもの。


『んん……』


 その日の夜、みんなが寝静まった後に一つの影が動く。

 隣で見ていた阿古は、誰かに襲撃されるのかと思って緊張した面持ちで画面を見つめる。

 ごめんね。阿古。先に謝っとくわ。


『むふふ、お子様は寝たか? 夜の茄子もっこりタイーム!』


 グヘグヘした顔のあくあが映る。

 あのシーンの後に、これだもん。

 嘘でしょ……。さっきの切ない気持ちとかを返してほしい。


『お邪魔しまー……』


 リーシェの部屋へと忍びこもうとするリョウ。

 しかし、その瞬間、急に真面目な顔になる。

 瞬時にドアを蹴破ったリョウは、パジャマのズボンの中に手を突っ込んで銃を取り出す。

 それと同時に、誰かがサッシの窓ガラスをぶち破ってベランダから部屋の中に侵入してくる。


『きゃあっ!』


 物音で起きたリーシェが叫び声を上げる。

 一緒のベッドで寝てた薫は、体を前に入れてリーシェを庇う。


『うっ!』


 リョウに眉間を撃ち抜かれた襲撃犯が倒れる。しかし、何者かによる襲撃はそこで終わらない。

 窓からの襲撃に合わせて、新たな襲撃者達が玄関を強引にこじ開けて入ってきた。


『くそっ!』


 リョウは玄関から突撃してきた襲撃者達と銃撃戦を繰り広げる。


『冴島さん!』


 リーシェの声に反応して、冴島がさっき割られたサッシの方へと視線を向ける。

 するとそこからまた新たな襲撃者が侵入してきた。


『このおおおおおおお!』


 私が演じる薫は、ベッドに下に隠していたモーニングスターを引き摺り出すと、その勢いのまま相手に向かって殴りつける。

 本郷監督に、これでリョウを殴っていいかと聞いたら、それは可哀想だからやめてあげてとお願いされたのよね。


『薫! そっちは任せたぞ!!』

『任せなさい!』


 リョウも薫も強いが、流石に限界がある。戦えば戦うほど、二人はジリ貧になっていく。

 玄関の襲撃者達とリョウが銃撃戦を繰り広げる後ろで、薫が敵にモーニングスターを取られてピンチになる。


『薫!』

『くっ』


 絶体絶命のピンチ、そこに助っ人が現れる。


『二人とも、大丈夫?』

『瞳さん!』


 レオタードに身を包んだ玖珂レイラ演じる瞳がベランダに居た敵をのしていく。

 相変わらず腹立つくらいアクションがうまいわ。

 どんなに私が足掻いたところで、玖珂レイラのようにはなれないとわからせられる。

 高い身長、しなやかで見栄えのする外国人的な体型と長い手足、そしてそのフィジカルから繰り広げられる圧倒的なアクションシーン。その姿にリョウも見惚れていた。


『ぐわああああ!』


 玄関から聞こえてきた声に、リョウは意識をそちらに戻す。


『警察よ! 手をあげなさい!!』

『大人しくなさい!』


 えみりちゃん演じる紗枝と、アヤナちゃんが演じる妹の玲奈がご近所さんの通報で駆けつけたようだ。

 これで一件落着かと思いきや、外からヘリの音が聞こえてくる。


『嘘……だろ?』


 ベランダから見えたヘリはその銃口をこちらへと向ける。


『大丈夫。来ます』


 瞳の言葉と共にシーンが切り替わる。

 街中を駆ける四駆の軍用車、それを運転するのは喫茶店に居た楓のお父さんだ。


『見つけたわ。大入道、あのヘリよ!』


 双眼鏡でヘリを見つけた雪白美洲演じる一文字希美が、今まさに旋回を始めたヘリを指差す。


『希美、運転を変われ』

『わかった!』


 助手席から身を乗り出した希美はハンドルを握る。

 大入道は後ろの座席に手を伸ばし、自分の身長くらいあるバズーカを肩に担ぐとヘリに向かって発射した。


『伏せろ!』


 リョウは薫とリーシェの上に覆い被さる。

 次の瞬間、大きな衝撃音と共に空中でヘリが爆散した。

 その爆発の衝撃で周囲の建物の窓ガラスも割れる。

 コントロールを失ったヘリの残骸は、そのまま近くの公園へと墜落していく。


『きゃあっ!』

『何? 何が起こったの?』


 紗枝は妹の玲奈を爆風から守る。


『ここで警察に捕まったら厄介だ。今の隙に逃げるぞ!』


 リョウの合図で瞳は薫を抱き抱える。


『ちょ、逃げるってまさか……』

『そのまさかよ。薫さん』


 嫌な予感がした薫は、ぎゃあと叫びそうになるのを抑えるように口元を両手で押さえる。

 このシーン、スタントじゃなくてガチだったから本当に怖かったわ。


[なんだ? 小雛ゆかりは怖いのか?]

[はあ? そんなわけないでしょ!!]


 すぐに挑発に乗るのが私の良い癖だ。でも、この時ほど挑発に乗った事を後悔した事はない。

 瞳は足を怪我した薫を抱き抱えたままベランダから下に飛び降りる。

 綺麗に着地した瞳は、リョウにハンドサインを送る。


 この先の通りで大入道達の車と合流するから。


 瞳はリョウにその事を伝えると、怪我した薫を抱き抱えて先に合流地点へと向かう。


『しっかり掴まってな』

『は、はい!』


 リョウはリーシェを抱き抱えて飛ぶ。

 このシーンはカノンさんの代わりにナタリアさんがスタントを務めた。

 普通、あくあもスタントじゃなきゃおかしいはずなのに、過去にあくあの作品に携わったスタッフばかりだったから、あいつが飛びたいと言った時に誰も心配してなかったのよね。


『くっ!』


 着地の際に飛び出てきた野良猫を回避しようとして、リョウは足を挫く。


『冴島さん!』

『リーシェ、俺を見捨てて先に行くんだ! 大丈夫! 捕まっても相手は警察だ。命までは取られない』


 リーシェは一瞬だけ迷ったが、自分ではどうしようもない事と、自分がここで警察に見つかってしまえば国際問題になりかねないと言う事を理解して、瞳の走っていた方へと向かう。


『冴島さん……』

『どうせ捕まるなら美人な刑事がいいなと思ってたんだ』


 相変わらずこいつは本当に……! と言いたくなる。

 紗枝に捕まったリョウは、再び独居房へと戻された。

 そこに足音が聞こえてくる。


『冴島リョウ……君は我が国の国民か?』


 リョウは声の方向へと視線を向ける。


『どうも、日本国内閣総理大臣を務めさせてもらっている羽生です』


 本人の役を務める羽生総理がリョウに笑いかける。

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診断メーカーで新年のおみくじ作りました。

もっと色々できるの考えてたけど、これしかなかったんだよね。


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