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小雛ゆかり、TOKYO SWEEPER。

 今日は例の延期になっていたドラマ[TOKYO SWEEPER]の放送日だ。


「そろそろ時間ね」


 変装をした私は、最寄りの映画館へと向かう。

 このドラマは全国の映画館とコラボしていて、放送開始と同時に全国各地の映画館でも上映されるからだ。

 私はタクシーから降りると、雑居ビルの間にある古い建物の階段を降りる。


「この映画館、とっくの昔に潰れたかと思ったら、まだあったのね」

「ひひっ、そういうあんたこそ、すぐに泣きべそかいて辞めるのかと思ったら何やら賞をとったみたいじゃないか。泣き虫の、ゆ・か・り・ちゃ・ん」


 私は帽子をとってサングラスを外すと、この映画館の主へと改めて視線を向ける。

 中学生の時、友達ができなかった私はしょっちゅうこの映画館に通ってた。

 この映画館は、いわゆる私が女優になるきっかけを作った原点でもある。


「ふん、今にもくたばりそうな感じなのに、元気そうじゃない。それだけ減らず口叩けるなら香典の準備はまだしなくても大丈夫そうね」

「はっ、あんたみたいなジャリガキに心配されるほどよれちゃいないさ。むしろこの肌のハリを見ておくれ。10歳くらい若く見えるようになっただろ? 最近、医者にも言われたけど肝臓と腎臓の数字がいいんだ。これも大スタァのあくあ様のおかげかね。ひひっ」


 ふん! ばあさんってば、あいつのファンなの? 趣味が悪いんじゃない?

 それこそあいつのファンなんかやってたら、早めにホゲるわよ

 私は支払いを済ませようとスマホを取り出す。


「うちは現金だけだよ」

「相変わらず不便なところね。いい加減、電子マネーにくらい対応しなさいよ」

「ひひっ、携帯電話なんて便利なものが出てきてから、小説も映画もクソつまらなくなったじゃないか。だからいまだに昔の頃の作品は色褪せる事なく面白いだろ? それこそあんたが賞をとった映画も、ケータイなんてものは出てこなかったじゃないか」


 あー、やっぱこのババアとの会話は腹立つわ。

 なんでこの私が会話の主導権を握られなきゃいけないのよ。

 私はポケットからお財布を取り出す。


「世の中、便利なもんがあった方がそりゃいいさ。でも、不便だからこそ愛おしいものもある。だからいつかは、あんたみたいな不便な女でも愛してくれる男が現れるよ」


 私は頭をポンポンと叩くババアをキッと睨みつける。


「余・計・な・お・世・話・よ!」

「ひひっ、大女優様に怒られちまった。こりゃ、あの世でいい話のネタになるね」


 私は大人料金1200円を払おうと、1000円を先に手渡す。

 するとばあさんは私に子供料金の800円分だけとって、200円のお釣りを返してきやがった。


「ちょっと、私、もう大人なんですけど?」

「あれー? そうだったかのぉ……。私にはあの頃から胸以外はちっとも成長しとらんように見えるが、気のせいじゃったか?」


 もーーーーー!

 なんで昔から私に対してだけそうなのよ!

 阿古っちときた時は、全然違うかったじゃない!!


「ムキーっ! あの頃から1cmも身長伸びてなくて悪かったわね!!」

「ひひっ、成長しとらんのは本当に身長だけかのぉ」


 あー、もう! 知らない!

 私はばあさんとの会話をぶち切ると、そのまま奥のスクリーンへと向かう。


「誰もいないじゃない。この映画館、本当に潰れるんじゃないか心配になってきたわ」


 もちろん私が座るのはど真ん中のどセンターだ。

 私はいつもの席へと向かう。するとその席の隣に先客が来ていた。


「阿古っち……来てたの」

「ええ。だから今日は貸切にしておいたわ」


 なるほど、だから他に人が居ないのか。

 って、それならあのババア! さっきの800円返しなさいよ!!

 何が子供料金でいいよ! 普通に二重取りじゃない!! ムキーっ!!


「ほら、はじまるわよ」


 仕方ないわね。私は阿古っちの隣に座ると、スペシャルドラマが始まるのを待つ。


「ねぇ、覚えてる? 中学生の時、こうやって二人で映画を見た事」

「ええ」


 あの日を忘れた事なんて一度だってないわよ。

 親との事、お婆ちゃんとの事、学校の事、悔しくて、辛くて、泣いて、ぐちゃぐちゃになって、それでも私はこの道に行くって事を決めた。


「まさかあの時は、阿古っちが芸能事務所の社長になるなんて思ってもいなかったけどね」

「私だってそうだよ。自分がこんなことになるなんて想像していなかった」


 私は今までの事を思い出しながら目の前のスクリーンを見つめる。


【1987年4月6日 月曜 19:00】


 スクリーンに新宿の駅が映される。

 人が行き交う交差点、走り抜けて行く車のヘッドライト、その中にポツンとある掲示板。

 そこに書かれた文字が映し出される。


【誰か助けて、もう後がないの】


 シーンが切り替わると、一台の真っ黒なバンが新宿の狭い小道を爆走する。

 その運転は荒く、人がいる事などまるでお構いなしのようだ。

 暴走する車に気がついた人達は咄嗟に左右に避けてなんとか難を逃れる。


『きゃあっ!』

『うわあ!』

『危ないじゃない!』


 真っ黒なバンはアスファルトにタイヤ痕を切り付けていくような勢いで急カーブする。


『僕ちゃん、ごめんね』

『ふひひ、ちょーっとだけ大人しくしてくれたら何もしないからねぇ』

『大丈夫、痛い事なんて何もしないから……ふひっ』


 目出し帽をつけた女性達は、下卑た笑みを溢しながら縛られた少年を見下ろす。

 後ろ手に縄をつけられ口にガムテープを貼られた少年を演じているのは、とあちゃんだ。

 涙目になったとあちゃんは絶望的な表情を見せる。いい演技だ。

 現実で本当に苦しい思いをしたからこそ、とあちゃんのこういうシーンにはリアリティがある。

 役者はそういうものだ。苦しさ、辛さ、もどかしさ、それら全ての経験を演技に還元する。私だってそうしてきた。


『なんだ?』

『どうした?』


 逃げ惑う人々、その中で一人の人物だけが動こうとせず、向かってくるバンのヘッドライトの光に照らされる。


『誰かいるぞ!』

『いいからそのまま轢き殺しちまえ!』


 ドライバーはアクセルを踏み込む。

 ヘッドライトを浴びせられた人物は、冷静に両手でピストルを構えると、正確無比な射撃でタイヤに向かって撃つ。


『ぎゃあ!』

『うわあ!』


 タイヤがバーストした事で、コントロールを失った車が横転して生垣にぶつかる。

 銃を撃った人物は無言でバンに近づくと、ハッチバックを開けて少年の方へと手を伸ばす。


『大丈夫か?』


 まだ顔は見えない。それでも声だけであくあだとわかる。

 銃を撃った人物を演じるあくあは、とあちゃんの口を塞いでたガムテープを外す。

 セーラー風の衣装にショートパンツ、それにハイソックスか。衣装担当、自由にやっていいからってとあちゃんの衣装に自分の趣味を押し付けてない? まぁ、可愛いし、これなら攫われてもおかしくないからある意味では納得だけどね。


『は、はい。あの……貴方は……?』

『君のお姉さんから依頼を受けて君を助けにきた』


 あくあはとあちゃんを抱き抱える。

 目出し帽を被った女性の一人がその事に気がつく。


『ま、待て!』


 目出し帽を被った女性の一人が、二人に対して銃を向ける。

 しかし、彼女が引き金に手をかけるよりも早く、あくあの撃ったピストルの弾が彼女の銃を弾き飛ばす。


『っ!』


 手を押さえ悶絶する女性。

 それを無視して、あくあはとあちゃんを抱き抱えたままバンから離れていく。


『くっ、ま……あっ!』


 先ほどの火花で引火したのか、車体が燃えて爆発した。

 あくあは爆発を背にしながら、安全なところでとあちゃんを下ろす。


『コウ君!』

『あ……お姉ちゃん!』


 走ってきた女性……桐花琴乃マネがとあちゃんに抱きつく。

 用意していた子が風邪で来れなくて、急遽、桐花マネがちょい役で出る事になったのよね。

 現場ではこういう事もよくある。


『ありがとうございます。ありがとうございます!』


 桐花マネ演じるお姉さんは何度も何度もあくあに頭を下げた。

 ここで視聴者にもわかりやすいように少し前の時間軸に戻って回想に入る。


『どうか、弟だけでも助けてください。お願いします!』


 お店を経営していた彼女には、たった一人の弟が居た。それがとあちゃん演じるコウ君である。

 彼女の弟に目をつけた悪い奴らが、桐花マネ演じるお姉さんの経営するお店の営業を邪魔して、彼女を闇金の借金漬けにした。借金の形にコウ君を手籠にしようと思ったからである。

 どうしようもなくなったお姉さんは、せめて弟のコウ君だけでも助けて欲しいとあくあに依頼を出した。

 しかし、あくあが駆けつけるよりも早く、彼女達は強硬に出る。我慢できなくなった女達は性欲の赴くままコウ君を攫ったというわけだ。


『あの、お金は……』

『依頼料ならもうもらってるだろ?』


 ここで初めてあくあの顔が出る。

 笑みを見せるあくあに対して、とあちゃんと琴乃マネは顔を見合わせて目をパチクリとさせた。


『君の弟君に向ける笑顔さ』


 あー、蕁麻疹が出てきそう。

 でも、こいつ……本当に腹が立つくらいかっこいいわね。

 特に童貞じゃなくなってから、演技にものすごく色気が出てきた。

 男の色気っていうのかしら、私達、女の色気とは違う包容力というか、安心感というか、そういうのがすごく感じられるようになった気がする。


『ま、待ってください!』


 その場を去ろうとしたあくあを、コウ君演じるとあちゃんが呼び止める。


『貴方は一体……』


 あくあはゆっくりと振り返ると、コウ君とお姉さんに銃を向ける。


『俺の名前は冴島リョウ』


 リョウが引き金を引くのと同時に、バタンと誰かが倒れる音が聞こえる。

 コウ君とお姉さんが後ろに振り返ると、バンから脱出して後ろから二人に近づこうとしていた目出し帽の女が肩を撃たれて悶え苦しんでいた。


『只のしがない街の掃除人さ』


 リョウは、なおも手を伸ばして二人に危害を加えようとした目出し帽の女性に向かって銃を撃つ。

 それと同時に番組のタイトルが出る。


【TOKYO SWEEPER】


 Oの部分が銃の弾で撃ち抜かれてひび割れると、シーンが翌日へと切り替わる。

 普通のよくあるマンションのリビングだ。

 今は亡きブラウン管テレビの画面がクローズアップすると、見覚えのあるアナウンサーがアップになる。

 ゲストで出演した楓が、アナウンサーとして昨日の事件の原稿を読み上げていく。


『以上で、昨日のニュースについて終わります。それでは、ここで緊急ニュース速報です。来日中のスターズ共和国のジーナ王女殿下が急遽、明後日の午後に帰国する事になりました』


 楓の演技は意外と……ていうか、現実の仕事をそのままやらせるのは、それはそれで作品にリアリティが出ていいのよね。

 テレビから聞こえてくるアナウンサーの言葉をバックミュージックに、テーブルの上に置かれた依頼書を見た私がため息を吐く。


【次やったら離婚だって言われたのにパートナーに浮気がバレた。もう後がないから助けてください】

【会社の金を使い込んでいたのがバレた。もう後がない。助けてくれ!】

【三浪しました。もう後がないんです。助けて!!】

【猫がずっと見つからなくて困ってます。もう後がないので、よかったら探すのを手伝ってください】

【この国の事をもっと知りたいです。この機会を逃すともう後がないので、明日の昼、喫茶店で私とお話ししてくれませんか?】


 もう後がない。これが依頼に必要なワードだ。

 このワードを入れて、新宿の駅にある特定の掲示板に書き込む事で秘密裏に依頼を出す事ができる。


『ちょっと! 何よこれ! 今日もろくな依頼がないじゃない!!』


 私は机をバンと叩くと立ち上がる。

 その音を聞いて、あくあの演じるリョウが銃を持って風呂場から飛び出てきた。


『カチコミか!?』

『そんなわけないじゃない!』


 リョウが銃を下ろすと、水に濡れて普段よりもセクシーに見える鍛えられた上半身がクローズアップされる。

 ばあさんは大丈夫かしら? こんなの見たら刺激が強すぎて一瞬で天に召されちゃうんじゃない?


『人騒がせな……』

『人騒がせなのはこいつらでしょ! 浮気!? 使い込み!? 浪人!? 猫探しに話し相手? そんなの知るか!! 私達は便利屋じゃなくて掃除屋なの!! もーーーーーっ!』


 リョウは私に近づくと、その中から猫探しの依頼が書かれた写真を手に取る。


『まぁ、こういう日もあるさ。俺はこれに行くから。薫は話し相手に行ってこいよ』

『ふんっ、仕方ないわね』


 町野薫、それが私の演じるキャラクターの名前だ。

 掃除屋として働くリョウのビジネスパートナーで、プライベートでもパートナーという設定である。

 私の演じる薫が顔を背けると、後ろに回り込んだリョウが薫の腰に手を回す。


『薫……』

『リョウ……』


 私とあくあは薫とリョウを通して見つめ合う。


『というわけでここは景気付けに一発』

『なんで朝からあんたとそんな事しなきゃいけないのよ!!』


 薫は台所に置いてあった竹刀でリョウの頭を叩く。

 竹刀をよく見ると、煩悩退散と書かれたお札が巻きつけられていた。


『いってぇ! 何するんだよ。ちょっとくらいいいじゃんか』

『ちょっともクソも、昨日、依頼人のお姉さんに鼻の下を伸ばしてた見境のない助平なんか、こっちからお断りに決まってるじゃない!!』

『うっ』


 リョウはバツが悪そうな顔を見せる。

 こいつ、顔が良い癖にこういう演技が板についてるところがちゃんと腹立つわ。

 三枚目を演じる事の多い石蕗さんには良い勉強になるでしょうね。

 単純にコミカルな役ができる人は女優にもたくさんいるけど、あくあのように二枚目でありながらコミカルな要素を違和感なく出せるような役者はあまりいない。


『ちぇ、それなら昨日の夜に謝っただろ』


 拗ねて床であぐらをかきながら頬杖をついたリョウの背中に薫が腰掛ける。

 今思い出しても、このシーンはいいわね。あいつを尻に敷いて椅子にするなんて最高のシーンよ。


『仕方ないわね。今日の依頼をちゃんと終わらせて帰ってきたら、ハグくらいはしてあげるわよ』

『かっ、薫、本当か!?』

『うわっ!』


 急に立ち上がったリョウのせいで薫が前に転がる。


『ちょっと! 私が尻で敷いてるのに急に立ち上がらないでよ!』

『いや、そんな事よりも、さっきの言葉は本当かと聞いている』


 リョウはキリッとした顔で、薫の両手の上から自らの手を重ねる。

 普段からやってるだけあって、この辺りのあくあの演技は完璧だ。

 最初はポーッとしていた薫だけど、視線が下がっていくにつれ違う意味で顔が赤くなる。


『は、は、は……』

『は?』


 床に落ちた一枚のタオルが映る。つまり、リョウは今、腰に何も巻いてないということだ。

 動揺する薫に対して、リョウは攻め時だと思ったのか、更にカッコをつけた顔を見せる。

 ワナワナと体を震わせた薫は、再び煩悩退散と書かれた竹刀を手に取った。


『この破廉恥助平ーーーーーーー!』

『いってぇ!』


 リョウの叫び声と共に次のシーンに移行する。


『くっ、薫の奴め。本気でしばきやがって』


 リョウは頭のたんこぶを手で摩りながら依頼主の待っている場所へと向かう。

 そこに立っていた女性の後ろ姿を見て、リョウはすかさず声をかける。


『猫を探して欲しいという依頼を出したのは君か?』

『あっ、はい』


 ああ……嫌になるわ。

 たったこれだけの演技で、その圧倒的なまでの存在感を画面を隔てたこちら側にわからせてくるのが狡すぎる。

 雪白えみり……あの雪白美洲の若い時にそっくりなのは見た目だけじゃない。

 あの女にも下積み時代なんてものは一切なかったけど、えみりちゃんもきっと同じでしょうね。

 それくらいの高い能力を最初から持っている。ううん、なんなら幅の狭い雪白美洲と違って、雪白えみりの演技の幅は、下手したら演技の幅が広いとされている私やあくぽんたんよりも広いかもしれない。

 もちろん演技の幅だけじゃなくてえみりちゃんは演じるって事が上手いし、それでいて自然だ。そう、まるで普段から何かを、それこそ雪白えみりである事を演じているように……あっ! そうか。そこがキーポイントなのだという事に気がつく。

 もし、彼女の本性があのラーメン捗るだとしたら、彼女は何十年という長い年月、普段から雪白えみりである事を演じてきた。私でさえ、えみりちゃんの本当の性格がああだって気が付かなきゃ、この事実に辿りつかなかっただろう。

 演技に違和感がなく説得力があるのは、普段から演じる事をやり慣れている結果ってわけか。私はそう納得する。 


『おお!』


 えみりちゃんを見たあくあ……じゃなくて、リョウが目の色を変えた。

 その一方で呼び出したえみりちゃんの方は申し訳なさそうな顔をする。


『あの、すみません。掃除屋さんの人に猫ちゃんを探してくださいなんていう依頼、普通にダメですよね』

『お嬢さん、そんな事ありません! 今日から掃除屋は廃業して便利屋になります!!』


 こいつ……。演技だってわかってるけど、なんかこう……無性にイラッとした。


『えっ? そんな……それは申し訳ないです』

『いえいえ、そんな事よりも猫ちゃんの特徴を聞きたいので、どこか落ち着いて話せるところに、あっ! あのご休憩と書かれた場所ならゆっくり話せそうだなあ!!』


 リョウ……ううん、あくあはえみりちゃんの腕を掴むと、政府公認のホテルに連れ込もうとする。

 えみりちゃん、さっさとその助平から逃げてー。そう思った瞬間に、どこからともなく現れた一つの影が、二人の行く手を阻む。


『ちょっと! そこのおにーさん。うちのお姉ちゃんを変なところにつれて行かないでよ!』

『お姉ちゃん!?』


 アヤナちゃんの可愛さに私は一瞬で癒される。

 やっぱり今日もうちのアヤナちゃんが世界で一番可愛いわ!

 アヤナちゃんが演じるのは上野玲奈、えみりちゃんが演じる上野紗枝の妹だ。


『えっ? こんなちんちくりんが紗枝さんの妹さんなんですか?』

『誰がちんちくりんよ! おにーさんこそ、胡散臭そうな風貌だし、本当は何やってる人なんですか!?』


 さすがはアヤナちゃんが演じる玲奈ね。ちゃんとリョウの中の人の本質まで見抜いてるわよ!!


『コホン……妹ちゃん、いや、玲奈ちゃん、お兄さんは新宿の街を綺麗にする清掃のお仕事をしてるんだよ。だから決して怪しい者なんかじゃないんだ』

『ふーん、怪しくないのに、おにーさんはお姉ちゃんをホテルに連れ込もうとしたんだ』


 腰に手を当てて前屈みになった玲奈は、ジト目でリョウの事を睨みつける。


『い、いやぁ……あはは……』


 リョウの目が泳ぐ。


『ほ、ほら、そんな事より迷子の猫ちゃんを探そうか!』


 あ、誤魔化した。

 こいつもうここまで来ると演じてるっていうより素でしょ。

 普段のこいつとあんま変わんないじゃない。

 ここでシーンが切り替わると、喫茶店らしき建物の看板がアップになる。


【喫茶キャットマウンテン】


 静かで雰囲気のいいちょっと大人な店。

 そこに見るからに怪しげな外套を被った少女二人が座っていた。


『話がしたいって聞いたんだけど?』

『すみません。それはただの口実なんです……実はお願いがあってやってきました』


 外套を被った少女はキョロキョロと周囲を確認する。

 お店の中には三人の店員しかおらず、薫達以外のお客さんはいなかった。


『大丈夫、ここの店はこういうのが専用のお店だから』

『わかりました。そういう事なら……』


 二人の少女は外套を外して薫に正体を明かす。


『私はスターズ共和国の王女ジーナです。そしてこちらは侍女のリーシェと申します』


 王女ジーナ役を務めるのは、デュエットオーディションに出ていたカノンさんの親戚のナタリア・ローゼンエスタさん。そして侍女のリーシェ役を務めるのはカノンさんだ。

 あえて二人の中間点を狙うようにメイクとかしてるんだろうけど、こうみたら本当に双子に見えるわよね。


『王女様ぁ!? って、えっ!? えっ!?』


 薫は首をブンブンと振って、後ろのテレビに映った王女と目の前にいる王女を何度も見比べる。


『ニュースを見たらわかるように、明後日、私はスターズ共和国に帰国します。だからそれまでの間、この私の代わりに侍女のリーシェを連れてこの街を見てきて欲しいのです』

『は、はぁ……』


 まぁ、このキャスティングの時点でホゲった視聴者も気がついてるだろうけど、本当の王女ジーナは侍女のリーシェの方だ。

 インターネットどころか携帯電話でさえも普及していなかった時代。王女ジーナは、この国の事を知るために侍女のリーシェと入れ替わって、実際にその目で友好を育む国の現状を見ようとしたのである。


『わ、わかりました。そういう事ならお受けいたします』


 まさかの王族からの任務に緊張した面持ちの薫の前に、温かいコーヒーの入ったカップが置かれる。


『あ、瞳さん』

『薫さん、珍しく今日は一人なの? もしかして冴島さんと喧嘩した?』


 喫茶店のアルバイト店員、麻生瞳役を務める玖珂レイラの顔がアップになる。

 その隣に喫茶店の店員、一文字希美役を務める雪白美洲が並ぶ。

 全く、嫌になるくらい存在感のある二人だわ。


『ふふっ、瞳ちゃん、あまり薫さんを虐めちゃダメよ。可哀想じゃない』


 ほんと、いくらスペシャルドラマだからって、このキャスティングは豪華を通り越えてお祭りにも程がありすぎるでしょ。あくあと共演したかったからか知らないけど、安易に二つ返事でこの仕事を受けた二人も二人よ。

 ま……一昔前なら、こういう仕事は引き受けなかった私がいうのもなんだけどね。

 でも、たまにはいいじゃない。女優賞とったし、私にだって少しくらいご褒美があったっていいはずだ。

 それに、あくあやアヤナちゃんと共演できる機会があるなら、たったの一つだって逃したくない。私から二人に何かを伝えられる期間はそう長くないと思うから。特に、あいつに関してはね。


『はい、王女様と侍女さんもどうぞ』

『あ、ありがとうございます』

『感謝します』


 三人が淹れ立てのコーヒーを嗜んでいる奥で、一人の男性が台所でグラスを磨く。

 スキンヘッドにサングラス。この喫茶店のオーナー役を務める内海隼人さんだ。

 この前の楓の結婚式で、楓のお父さんだって知った時はびっくりしたわ。

 あくあの紹介で見学に来ていた彼を見つけた本郷監督が、立っているだけでいいからとエキストラでの出演をお願いした。それで受けてくれるんだから、本当に時代が変わったわよね。

 確か出演料はなくていいから、喫茶店の名前をキャットマウンテンにして欲しいだっけ? 世の中、探せばあくあ以外にも変わった男って、たくさんいるのねと思った。

 見てくれのインパクトがあるし、意外と神経が太いのか堂々と演じていてエキストラなのに存在感あるのよね。


『それじゃあ、リーシェさんいこっか』

『はい、よろしくお願いします』


 薫役の私はリーシェ役のカノンさんを連れて喫茶店を後にした。

 そこでまたシーンが切り替わる。


『おーい、猫ちゃーん!』

『シロー! どこにいるのー?』


 猫を探すリョウと玲奈の姿が映し出される。

 どうやら姉の紗枝は緊急の仕事が入ったらしく、妹に任せて先に帰ったようだ。

 ここからは街を散策する薫とリーシェのほんわかとしたターンと、猫を探すリョウと玲奈のコミカルなターンが交互に映し出される。


『見つけた!!』


 猫を見つけた玲奈が指を差す。

 この猫、えみりちゃんが飼ってるらしいけど、相変わらずムカつく顔してるわね。

 私のお昼に食べる予定だった塩サバの恨みはずっと覚えてるんだから!!


『おにーさん、シロが降りれなくなっちゃったみたい。どうしよう』


 どうやら猫は高いところに登ってしまって、降りれなくなったらしい。


『そういう事なら俺に任せろ』


 リョウは器用に高いところを登っていく。


『ほーら、怖くないからこっちにおいでー』


 猫まで後一歩というところで、リョウは手を伸ばす。

 しかし猫は、リョウの腕に飛び乗ったかと思いきや、そのままの勢いでリョウの顔面に張り付くように飛びつく。


『うわぁっ!』


 そのせいでバランスを崩したリョウが高いところから落ちる。


『おにーさん!? 大丈夫ですか!?』


 心配した表情の玲奈がリョウに駆け寄る。

 あー、やっぱりアヤナちゃんはいいわね。癒される。


『いてて……大丈夫大丈夫、ほら、それより猫ちゃん捕まえたぞ』


 玲奈はリョウを起こそうと手を差し出す。

 リョウは顔に猫を貼り付けたまま、その手を掴んで立ちあがろうとする。


 むにゅん。


 いかにもな効果音である。


『あ、あ、あ……』


 顔を赤くした玲奈がプルプルと震える。


『ん? この感触は……間違いなく……』


 リョウは掴んだものを何度も揉みしだく。

 あんたソレ、絶対にわかっててやってるでしょ。

 顔に張り付いてたシロがぴょんと飛び降りて、玲奈の綺麗な足に頭のてっぺんを擦りつける。


『間違いなく……何ですか?』


 前が見えるようになったリョウは状況を把握した後に、キリッとしたかっこいい顔を見せる。

 いやいや、あんた、自分が揉んでるってわかってて、いつまでお腹に手を置いてるのよ。


『おにーさんの不潔! 馬鹿! 変態! 助平! 破廉恥!!』

『いてぇ!』


 玲奈はリョウの腕を掴むと、そのまま捻って組み伏せる。

 いいぞー! もっとやれーーーーー!!


『おにーさん……ううん、冴島リョウ! 貴方を強制わいせつの現行犯で逮捕します!!』

『れ、玲奈ちゃん、こ、子供が冗談でそんな事を言っちゃダメだよ』

『子供じゃありません!!』


 玲奈はポケットを取り出すと、持っていた警察手帳をリョウに見せる。


『嘘だろ!?』

『おにーさんには、これから玲奈と一緒に署に来てもらいますから!!』


 ざまあ! 只のドラマだけど、あくあが捕まってるのを見て胸がスカッとした。

 あいつは本当に一回くらい何かで捕まっといた方がいいわ。


『少しはそこで反省してくださいね!!』

『そ、そんなぁ〜! 玲奈ちゃーん! 待ってー!』


 シーンが切り替わると、警察署内の独房に入れられたリョウが映し出される。

 あはははは! これを見るためにわざわざ大きなスクリーンのある映画館に来た甲斐があったわ!

 私はニヤニヤした顔をしながら、目の前のスクリーンを食い入るように見つめた。

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― 新着の感想 ―
[一言] エンディングの入り方大事ぞ
[一言] タイヤを切りつけそうなドラマだ…
[一言] キャスティング担当楽しすぎやんけ(゜д゜)
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