白銀楓、結婚式に遅刻するやつ。
結婚式当日、私は食パンを咥えながら猛ダッシュで結婚式会場に向かっていた。
「遅刻だ遅刻!!」
朝起きたら、何故か私の枕元で目覚ましがバラバラになってた。
私が寝てる間に、一体何があったというのだろう。
鍵はかかってたし、窓ガラスも壊れてなかったし、誰かが侵入した形跡もなかった。
これって、もしかして幽霊かな? そうじゃなきゃ目覚ましが粉々に破壊されていた説明がつかない。
「いてて……」
私は赤くなった右手をさする。
何故か朝起きたら右手が痛かった。
多分、寝てる時にイタズラしに来てた幽霊に気がついて、無意識のうちに私が殴って退治したんだと思う。
うんうん、我ながら完璧な推理だ。これは間違いなく名探偵だと心の中で自画自賛する。
「はぁはぁ、はぁはぁ……間に合った……」
私が遅刻した時のために、あくあ君が自宅から近い場所に結婚式場の予約を入れておいてくれて助かった。
って、あれ? 時間的にもう参加者の人が来てるはずなのに、周囲を見渡すと誰も見当たらない……。
もしかして私、会場、間違えちゃいました!?
ガクガクと震える私のところに見知った顔がやってくる。
「ふぁ〜、あ、楓パイセンじゃん。ちーっす」
「えみり!」
おま! めちゃくちゃ良いタイミングで登場するじゃん!!
心細くなっていた私は、えみりに抱きつく。
「うわあああん、会場間違えちゃったかも!」
「いや、ここで合ってるよ」
え? 本当に? お前も私と一緒にホゲってたりとかしない?
私はえみりが指差した看板へと視線を向ける。
【白銀あくあ様、森川楓様の結婚式会場はこちらです。一般宿泊客の皆さんも別室の会場にて映像をスクリーンでご覧になられながら同じ食事を楽しむ事ができます。またご両名より素敵なプレゼントをご用意してますので、本日ご宿泊される方はこぞってご参加くださいますようお願い申し上げます。※ご祝儀に関しましては、両名の希望により白銀財団を通して未来ある子供達や病気や怪我に苦しむ方を支援する機関に寄付されます。なお参加費は無料でございます】
あ、本当だ。ちゃんと書いてある。
って、事は……私の結婚式だからみんなドタキャンしたとか!?
森川の結婚式とかどうでも良いだろって、そういう類のアレですかあ……。シクシク、私、泣いても良いですか?
「ちなみに人がいないのは、まだみんな来てないからだよ。だって集合時間までまだ1時間もあるし」
「へ?」
え? どういう事!?
あ……もしかして私の時計がホゲってたとか!?
ほら、最近なんか太陽から出てるフレ、フレ……うーん、忘れた。ともかくホゲウェーブみたいな何かでサバちゃんがダウンして掲示板落ちたりしたし、そういう事?
「あー、そういえば楓パイセンは絶対に本番で遅刻するから、一人だけ集合時間を2時間くらい早めに伝えとけって鬼塚アナが言ってたっけ」
鬼塚パイセン……。私は今、喜んで良いのか、悲しんで良いのかわかりません。
いや、鬼塚パイセンが私の遅刻を信頼してくれた事をポジティブに受け取りましょう。
パワー教では深く考える事は禁止されているし、あくあ君も黛君にお前の信じる俺を信じろって言ってたから、同じようなものだと思う事にした!
「で、私は良いとして、えみりはなんでこんなに早くにいるの?」
「楓パイセンの結婚式が始まるまでの間、結婚式の設営とかのバイトしようかなって……」
嘘でしょ。
え? お前、そんなに金ないなら私達に言えばいいじゃん。水臭いぞ〜。
流石に私も7億円とかはポンと出せないけど、7万円くらいならもう寄付だと思ってあげるよ。
どーせ、えみりの事だからギャンブルとかじゃなくて、誰か他人のために使ったりしたんだろ? わかってるって! 私はお前のそういうところに結構憧れてるんだ。絶対に調子に乗るから死ぬまで言わないけどな!
私はバッグの中にあるお財布に手を伸ばす。
それを見たえみりは、本当に申し訳なさそうな顔をする。
「いや、ごめん。冗談です。あまりにも普段からバイトしすぎてるから、こういうのもネタにできるかなって思ってたんだけど……ダメだった?」
「普通に心配したわ……」
はー……私は出しかけた財布をバッグの中に引っ込めると、ホッと一安心する。
「あ……ごめん。それは本当にごめん」
「いや、うん。困ってないなら別にいいよ」
って、この微妙な空気感、何!?
あー、もういいって。そんな申し訳なさそうな顔するなよ!
「で、本当は何のためにこんなに早くにきたのさ?」
「ワンチャン、楓パイセンが早く来てたら困るだろうなと思って先に来た」
どうやら姐さんやカノンも来ようとしたらしいけど、二人は妊婦だからえみりが止めてくれたらしい。
私は検証班の絆にジーンとする。
「楓パイセン、ここじゃなんだし、ホテルの人に早めに来た事を伝えておこう。どのみち、新婦は来れるなら早めに来てくださいねって言われてたんだろ?」
「あー、うん。そういえばそんな事をホテルの人が言ってた気がする」
正直、結婚式の打ち合わせの時は幸せマックスで嬉しすぎて、どういう話をしてたのかなんも覚えてない。
隣にいたあくあ君の顔をじーっと見てたのは覚えてるけど、今思い返してもそれ以外の記憶が何一つ残ってないんだよなあ……。あれー?
私はえみりの後に続いてホテルに入る。
「あのー、今日、結婚する予定の森川楓と付き添いの雪白えみりです」
「あ、お話は伺っております。こちらへどうぞ!」
ホテルの従業員さんが出てきて、私達を控え室へと案内する。
おー、なんかようやく今日、結婚するんだなって実感が湧いて来た。
「ありがとうございます。それと予定より早めに来てすみません」
「すみません!」
私はえみりに続いてぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、早めに来てもらった方がこちらとしてもやり甲斐がありますから。どうぞ」
控室に案内された私達は、そのまま隣の部屋でプロのエステティシャンの人からエステを受ける事になった。
どうやらホテルのご厚意で付き添いのえみりの準備も一緒にやってくれるらしい。
「あっ、あの時のおねーさん!」
「あら、久しぶり」
ん? えみりの知り合い?
ああ、あのプロムでデートが中止になった時に知り合った、えみりが予約してたエステの人ね。
へー、読唇術が得意なんだー。そういえば掲示板にも読唇術が得意なネキがいたなぁ。
私達はあくあ君の事で会話に花を咲かせる。
「「ふひー」」
二人でツヤツヤになる。
やっぱプロはすげーや。
私達はホテルの人が用意してくれた美容にいいドリンクを飲む。
「本日のヘアメイクを担当させてもらう美容師の草津伊香保です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。って、あれ? またしてもあの時のおねーさん!?」
え? また、えみりの知り合いだって?
あー、さっきと同じ理由で知り合ったのか。ふーん。
私達は草津さんともおしゃべりを楽しむ。
「私、タイミング悪くって、そのシーンだけお風呂に入ってて見れてないんですよねー……」
はは、そういえば掲示板にもタイミング悪くて見逃してる風呂ネキっていたなあ。
あれ? まさか同一人物? 流石にそんなわけないか。
「衣装をお持ちしました」
「あ、はーい」
どうやらあくあ君と一緒に選んだウェディングドレスが藤百貨店から届いたようだ。
その時に担当してくれたお姉さんが、私の目の前にウェディングドレスを持ってきてくれる。
「あ、あの時の……」
「あ……」
えみり……またかよって思ったけど、そういえば、あくあ君も言ってたっけ。
私はヘアメイクをしてもらった後に、二人で選んだウェディングドレスをうっとりとした目で見つめる。
えへへ、カノン達と同じ白を着るか、私の好きな黄色を着るかで悩んでたら、あくあ君が両方着ればいいじゃんって言ってくれたんだよね。
本当はもうすぐにでも着たいけど、汚しちゃいけないから直前まで我慢我慢……。
急に暇になった私は外野からえみりの着る服を一緒に選ぶ。
「それなんかいいんじゃない?」
「おっけー、せっかくだし楓パイセンが選んでくれたのを着るよ」
えみりが着替えているのを観察していると、通路から複数の足音が聞こえてきた。
「あ、二人とも来てたんだ。おはよー」
「えみりさん、来てたなら連絡してくださいよ」
「森川さん、綺麗!」
「わ、ウェディングドレスだ」
カノン、姐さん、結さん、白龍先生の嫁ーズがやってきた。
私達は楽しくおしゃべりしながらあくあ君の到着を待つ。
途中で結さんと白龍先生の二人が受付をするために席を離れる。
二人とも、今日はありがとね。
入れ替わるようにしてまた足音が聞こえてきた。
「森川ー! おめでとおおおおお!」
「鬼塚パイセン!」
私は鬼塚パイセンと抱き合う。
ちょ、パイセン。せっかく綺麗にしてきたのに、泣いちゃったらメイクが崩れるよ!
っていうか、泣くの早すぎ! 鬼塚パイセンって姐さんと一緒で他の人からは怖がられるけど結構、涙脆いんだよね。休日に2人で一緒に映画を見に行った時も、子供向けのアニメでも普通に泣いてたもん。
実は日曜朝にやってる魔法少女ものが好きで、前に自宅にお邪魔をした時にクローゼットに衣装があったのを見て驚いたっけ。あれって1人で着てたりとかするのかな? そういえば姐さんの箪笥の奥にも魔法少女の衣装が……んんっ、いけないけない。姐さんからその記憶は消去しなさいって本気の三白眼で睨まれた事を忘れてた。
私は場を和まそうと「鬼の目にも涙ですか」と、冗談を言ったら、こんな時にまで叱られたいのかと怒られる。結局叱ってるじゃん! 解せぬ。
「森川が結婚かあ……。嬉しいと思う反面、少し寂しくなるよ。いずれお前もお母さんになって、私に叱られたりする事もなくなるのかな」
私は遠い目をする鬼塚パイセンの横顔を眺める。
鬼塚パイセンには散々迷惑をかけたからなあ。
先輩の立場からすると、
「それじゃあ、パイセンもあくあ君のお嫁さんになれば?」
「はあ!? わ、わわわ私みたいなアラサーなんか絶対無理でしょ!」
私は無言で姐さんを指差す。
なんなら受付に行けば白龍先生もいるし、最近嫁ーズの間で実は愛人にしてるんじゃないかって噂している黒蝶揚羽さんだっている。
「え、あ、う……」
私とえみりは顔を見合わせると、赤面した鬼塚パイセンを両脇から攻める。
「お姉さん、その胸部についたものを使えばあくあ様なんてイチコロですよ」
「あくあ君なら、鬼塚パイセンの年上の包容力? って、奴で甘やかしただけで自分から転がりにきますよ」
私達の攻めに対して、鬼塚パイセンがますます顔を赤くする。
これは結婚を機に、鬼塚パイセンと私との関係がついに逆転しちゃいますか!
それを見たカノンと姐さんが調子に乗った私達を止めに入る。
「2人とも、ストップ」
「それ以上はかわいそうですよ」
姐さんがキャパオーバーした鬼塚パイセンを慰める。
ごめんごめん。鬼塚パイセンを赤くさせるなんて事が滅多にないから、ついつい調子に乗っちゃった。
私とえみりはちゃんと鬼塚先輩に謝る。
「森川さん、そろそろ」
「あ、はい」
私は藤百貨店のお姉さんに手伝ってもらって、白いウェディングドレスに着替える。
どっちを最初にしようか悩んだけど、やっぱり最初は白だよね白。カノンが着てたのを見た時からずっと憧れてた。
「それじゃあ、私達、外で応対するから」
「うん、ありがとね。カノン」
「楓さんはここでじっとしててください」
「うん、姐さん、わかったよ」
「というか楓パイセンは大人しく座っとけ」
「えみりに言われなくてもわかってるって」
「私も司会の打ち合わせがあるからもう行くね」
「鬼塚先輩、今日は司会を引き受けてくれてありがとう」
カノン、姐さん、えみり、鬼塚パイセンの四人を見送ると私は控え室で1人になった。
すると少しして足音が聞こえてくる。
あくあ君が来たのかな? そう思ったけど、来たのは違う人達だった。
「あらー、綺麗になったじゃない」
「うっ、うっ、森川さん良かったね」
「ドレス、よく似合ってるわよ」
「もう一着の方も楽しみにしてるからね」
メアリーお婆ちゃんや羽生総理らのグループに祝福される。
えへへ。みんな、ありがとー!
「楓ちゃーん! きちゃった!」
「楓さん、すごく綺麗です」
「ふふっ、無事に着いたみたいで安心したわ」
続いて白銀家のみんなに祝福される。
らぴすちゃん……私のこともお姉さんって呼んでいいんだよ?
その後も流れで本郷監督とか、BERYLのみんなとかが訪ねてくる。
「ふひー」
あれ? まだ結婚式が始まってないのに、もう満足感がある。
ちょっと疲れた私がだらけて座っていると通路から足音が聞こえてきた。
今度こそあくあ君かな? 私はあくあ君に少しでも綺麗なお姉さんとして見られたいので、背筋をピシッとする。
「あ……」
扉を開けた人物を見て私はホッと息を吐く。
「お母さん」
「ごめん。ここら辺ほとんど来たことないから迷っちゃった。外、すごい人だったわよ」
久しぶりにお母さんの顔を見たら、なんか急に懐かしくなってセンチメンタルな気分になる。
ここ一年、特にあくあ君が本格的に活動しだしてから本当に忙しくて、ほとんど実家には帰れてなかったから尚更だ。
メッセージとか電話では何度かやりとりしてたけど、こうやって顔を見ると感傷的になる。
「まさか楓が結婚するなんてね。それも相手があのあくあ君だなんて、正直、思ってもいなかったわ」
「はは、私だってそうだよ」
私とお母さんは普段会ってなかった分、会話に花を咲かせる。
仕事の事とか、友達の事とか、昔の事とか、どうでもいい世間話とか、あくあ君の事とか、話す事はいっぱいあった。
「それにしても相変わらず、えみりちゃんとカノンちゃんの2人は綺麗だったわね。見てるだけで目の保養になるわ。一瞬あっちが今日の主役かと思っちゃった」
「はは、確かに……」
お母さんは私の顔を見て、そっと身体を寄せる。
「でも、今日だけはうちの娘だって負けてないんだから」
「……ありがとう。お母さん」
お母さんにこうやってちゃんとしたお礼を言うのなんて、就職した時以来かも。
私はちょっとだけ実家に帰ってきた気持ちになった。
「それにしても、生のあくあ君、本当にかっこよかったわー……」
お母さんはうっとりした顔をする。
あれ? お母さんってあくあ君に会った事あったっけ?
「あくあ君なら、ご挨拶が遅れてすみませんって1人で来たわよ。忙しいのに時間作ってくれて」
「ちょっと待って、私、それ知らない……」
お母さんが私に対してジト目になる。
「誰かさんなんて仕事が忙しいから、電話だけで済まそうとしたのにねぇ」
「ご、ごめんって」
あくあ君は2人で行こうって言ってくれてたけど、予定が合わなくて無理だったんだよね。主に私のせいで……。
それなのにあくあ君はちゃんと1人で報告に行ってくれたんだ。胸の奥がキュンとする。
「そろそろお時間です」
「あ、はい」
私はお母さんと一緒に式場の入り口へと向かう。
あれ? そういえばあくあ君は……?
私の顔は一気に青ざめる。
ま、ままままま、まさか、私じゃなくてあくあ君が寝坊しちゃいました!?
いや、カノン達がこっちに来てるのに、流石にそれはないか。
そういえばみんなにあくあ君の事を聞いたら、なんかニヤニヤしてたんだよね。
アレは絶対に何かを隠してる顔だ。
私は何かが近づいてくる気配を感じて、そちらへと視線を向ける。
「ごめん。楓、控え室に迎えに行ったら、もう行ったって聞いて……」
あ、あくあくあくあくあ君!
タキシードを着たあくあ君がかっこよくて動揺する。
私はカノンが結婚式の時、瞬きもせずに隣のあくあ君をジッと見つめていた意味をようやく理解した。
なるほどなー、これを見てみんなニヤニヤしてたのかー。私はそう理解する。
「楓、すごく綺麗だよ。やっぱり白も選んでよかったね」
「あくあ君、ありがとう」
「むしろ俺の方こそお礼を言わせてくれ。俺の我儘で両方着てくれてありがとな。どっちの楓も見られるなんて俺はすごく幸せだよ」
はー、好き。もう、全部、好き。
世の中の男性がこんなセリフを吐ける事なんて、たとえ男女比が正常だったとしても未来永劫ない気がする。
「お義母さんも、今日は来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ、私の大事な一人娘を、楓を幸せにしてくれてありがとう」
あー、お母さんに優しいところを含めて好き。
どうしよう。ここに来てもまだ好きって気持ちで溢れちゃう。
「ところで実は今日、2人に紹介したい人がいるんだ」
どういう事だろう? 私とお母さんは顔を見合わせる。
あくあ君は後ろを振り向くと、こっちに来てくれと声をかけた。
「どうも、初めまして……なのである」
身長、でっか! スキンヘッド、こっわ! 髭、すっご!
見た事もない男の人に私はびっくりする。
「あ……」
「お母さん?」
お母さんはその人の顔を見て動揺した素振りを見せる。
え? もしかしてお母さんの知り合いの人ですか?
「吾輩の名前は、内海隼人と申します。森川椛さん、覚えていらっしゃいますか?」
「は、はい!」
あ、やっぱりお母さんの知り合いなんだ。
私は改めて内海さんの方へと視線を向ける。
よく見ると猫柄のネクタイに、シロくんとたまちゃんが描かれたポケットチーフ……見た目は怖そうに見えたけど、チョイスが可愛すぎていいなって思った。
「楓……この人がその、あなたのお父さん、生殖細胞を提供してくれた方よ」
「へー……ってぇぇぇええええええええええええええええええ!」
やば。びっくりすぎて顎が外れそうになった。危ない危ない。あともう少しで物凄いホゲ顔で、結婚式に出席しないといけなくなるところだった。
「私もマッチングの時に、職員の方からお写真を見せて貰っただけだから、こうやってお会いするのは今日が初めてなんだけど……だから、その、今、すごくびっくりしてる」
あ、そうなんだ。そりゃ、びっくりするよね。
会話に詰まった私達三人は全てを知ってそうなあくあ君へと視線を向ける。
「実は内海さんとは知り合いでさ。話をしてる時に、もしかしたらって思ったんだよね」
「吾輩も忘れていたから、担当官の人に当時のデータを調べてもらったのである。本当は生殖細胞を提供しただけの吾輩がここに来ていいのかどうか悩んだが、ミスターあくあにこんな機会滅多にないからおいでよと誘われてな……」
あー、そうなんだ。
お母さんはまさかのサプライズに涙を浮かべる。
そっか、そうだよね。お母さんの世代じゃ、これが普通だもん。
もちろん男女で結婚して幸せになった人もいるけど、9割以上の人はそうじゃない。
あくあ君が出てきてその流れも大きく変わってきたらしいけど、お母さんの世代やそれよりもっと上だと、難しい時期を過ごしていた期間の方が長いから、私にはわからないほどの苦労があったんだと思った。
「ありがとう。あくあ君、本当にありがとう」
あくあ君は泣いたお母さんの背中に手を回して背中をポンポンと叩いてあげる。
あー、こういう自分の周りの人に優しいところも好き。
「森川椛さん、1人の子育ては大変だったと思うが、ここまで彼女を育ててくれたことに感謝する。そして森川楓さん、子育てをしていない私が言うのもなんだが、ご結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
そっかー、この人が私のお父さんかー。
なんか、今は結婚式が幸せすぎてふわふわしすぎてるせいか、あまり実感がないけど、生まれて初めてお父さんって存在に出会えて嬉しいんだと思う。
お母さんと私、そして内海さんの三人は連絡先を交換する。
今度、ちゃんと落ち着いたら三人で、ううん、あくあ君を入れた四人でご飯でも食べようという話になった。
「それじゃあ、いこっか」
「うん」
私は式場の入り口の前で隣に立ったあくあ君の顔を見つめる。
「あくあ君、ありがと……それと、好きだよ。大好き!」
「ああ、俺も好きだよ、楓。こんな俺と結婚してくれてありがとな」
あー、どうしよう。まだチューの時間じゃないのに、チューしたくなっちゃった。
えーい、もうチューしちゃえ!
私は爪先立ちをすると、そのままあくあ君に不意打ちでチューをする。
その瞬間に式場の扉が開いた。
「それでは新郎新婦のご入場えええええええええええ!?」
びっくりした鬼塚パイセンの声が会場中にハウリングする。
「響子さんしっかりしてください!」
すぐに姐さんが鬼塚パイセンに近づく。
「さすがは楓パイセンだぜ! 結婚式じゃなくて夜の運動会が始まっちゃうんですか!? そこに痺れる憧れるうううう!」
えみりは目をキラキラと輝かせて1人盛り上がる。
「うん、楓先輩のそれすごくわかっちゃうなー。私もお色直しの時にしちゃったもん」
カノンはその時の事を思い出して唇に指を這わせる。
「ん」
私は唇を離すと、あくあ君にごめんねって謝る。
するとあくあ君は私の両手を握って、自分の方へと抱き寄せた。
「俺のほうこそごめん」
そう言ってあくあ君は私の唇を強引に奪った。
それを見た観客席が大きく湧く。
こうして私達、2人の結婚式が始まった。
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