森川楓、日暮れのデート!?
「本番まで後1分です!!」
私はカメラの前に立つと、気合いを入れる。
そういえば昔、気合いを入れる時に頬をビターンと叩いたら赤くなって、SNSで放送を見た視聴者から爆笑された上に、鬼塚パイセンにめちゃくちゃ怒られたっけ、はは……。
私は黒歴史から目を背けつつ、目の前のカメラに集中する。
「みなさんこんばんは! 国営放送の知性担当、インテリジェンス系アナウンサーの森川楓とは私の事です!!」
目の前のスタッフが何人か首を傾ける。
私はそれを無視してどんどん進行していく。
「はい、そういうわけで今日はここ北海道にやってきました」
私はブルっと体を身震いさせる。
「みなさん。春だからといって北海道を油断してはいけません。夏を先取りしてオシャレなお姉さん感を出そうした結果、ノースリーブのワンピを着て死にかけてるアナウンサーの姿がこれです。昼間は結構あったかかったんですけどね……」
目の前にいるスタッフ達が歯茎を見せてニヤニヤする。
いやいや、冗談じゃなくて本気で寒いんですよ。
「え? なんで北海道にいるかって? よくぞ聞いてくれました!!」
私はわざとらしいリアクションと共に右手をバーンと広げる。
「BERYLのコンサートがあるからです。そしてここ札幌の商店街では、そのBERYLのコンサートに合わせて様々なイベントが行われています!」
カメラが商店街の様子を映すと、私の方へと戻ってくる。
「今からこの商店街を散策しようと思うのですが、その前に今日の散策に同行してくれる方を紹介させてください。BERYLの白銀あくあさんです」
「どうも。BERYLの白銀あくあです」
私とあくあ君は一瞬だけ見つめ合う。
それを見たスタッフ達がにやけた顔をする。
もー、そういうのいいってば!!
私だってにやけそうになってるのを我慢してるんだから、みんなも我慢してよ。もう!
「今日はそういう感じでいくんですか?」
「えっ?」
プライベートで見せるようなあくあ君の微笑みを見てどきっとする。
「台本にはなんかプライベートな感じでって書いてあるけど」
私はあくあ君が持ってた台本へと視線を落とす。
視力12.0を超えて測定不能と言われたこの私が見落としてたなんてありえない!
「えぇっ!? あっ……本当だ。私のには書いてなかったのに!」
はかったな!
私はスタッフに向かってほっぺたを膨らませる。
「森川アナ、どうします?」
「ここは普通でやります!!」
私がそう言い切ると、スタッフから「えーっ!?」という声が返ってくる。
そういうのいいからもう!
「それじゃあ、さっそくこのBERYL仕様のコンビニに入ってみましょうか」
「了解です」
私とあくあ君はスタッフを無視して、さっさとコンビニの中に入る。
「いらっしゃっせー!」
中に入るとやたらと軽い店員が居た。よく見ると知り合いだった。
「え? ここで、何やってんの? えみり」
「先輩……この制服を見てわからないんですか? セイジョーマートの店員です」
ああ、そっか。ここ北海道だもんね。
ん? セイジョーマート? そんな名前だったっけ?
私は訝しむ。
あっ! そういえば最近、名前が似てるからとどこかに買収されてたような……うーむ、まぁ、細かい事はいっか。
「今、セイジョーマートでは、BERYLの全国ツアー、北海道公演の開催を記念して北海道全土でBERYLとコラボしたグッズを販売してます。ライブが終わってもキャンペーンは続くので、テレビの前のみなさん、北海道に来た時はセイジョーマートにきてくださいね!!」
こ、こいつ、この前、デビューしたばかりなのに、ベテラン芸人さん並みにバラエティ慣れしてやがる。
私は同じ知的枠のライバルとして危機感を抱く。えみりも私と同じメアリーだし、インテリジェンスなお姉さんとして私とキャラが被ってるからな。バラエティの仕事を奪われないようにしないと!!
「おっ、これいいね」
そう言ってあくあ君が手に取ったのは、お馴染みの個包装された四角いチョコだ。
「あっ、包装紙がBERYLなんだ!」
「ですね。ちなみに俺のはビスケットが入ってる奴です。実はこれが一番好きなんですよ」
へー、そうなんだ。
とあちゃんがミルク味で、天我先輩がコーヒー味、黛君がクッキーアンドバニラ味ね。
鬼塚パイセンにお土産として買って帰るか。
私はカゴの中にポイポイとチョコを入れる。
「ちなみにお弁当もコラボしてて、ほら、白銀あくあの握り飯弁当!! これ、おすすめです!」
おにぎりをメインに茶色いおかずばかりで組まれたドカもり弁当きたー!
これで税込721円なんだ。ん? 721円? どこかで見覚えのある数字だな。うーん、忘れた! まぁ、いっか。
パッケージを見ると、白銀家のレシピを採用。みんなも白銀家で飯を食おうと書かれていた。
あくあ君の紹介で色々とコラボしてる商品をざっと見て回る。
「前、失礼しまーす」
あ、ごめんなさい。って、えみり、普通に品出ししてるし、手慣れてるし、え? まさか、ガチでバイトしてるの!? よくみたら名札のところにセイジョーマート名誉店長と書かれていた。うそーん。
「そういえば雑誌もコラボしてますよ」
「あ、本当だ」
って、表紙がとあちゃんとあくあ君!?
また、ネットがざわつきそうな雑誌を出しやがって!!
これは買って帰ろう。
「それとコラボには全然関係ないんだけど、セジョマのソフトクリームおすすめです。俺はもう三つ食ってます」
「三つも!?」
じゃあこれも買って帰ろっと。
私はカゴに商品をぶち込むとレジに持っていく。
「はい、ただいまー」
チッ! せっかくえみりの居ないところに並んだのに、背中をグイッと押されて強制的にカウンターに連れて行かれた。
「あっ……」
雑誌を手に取ったえみりは、これはまずいという顔をしながら左右をキョロキョロと確認する。
ん、どうかした?
えみりはカメラの様子を伺うように、私だけにコソッと話かける。
「生放送中にこんな本を買って大丈夫なんですか?」
「えっ? これ、そういう本なの!?」
私は食い入るように表紙を見つめる。
「中身はまだみてないけど、表紙がとあちゃんとあくあ様ですよ。確定でやばやばなやつです」
「ふぁ〜」
私達の会話が聞こえてないあくあ君が首を傾ける。
「念の為に年齢確認お願いします」
「はい」
私はできるだけスマートに年齢確認のボタンをぽちっと押す。
「あれ? 年齢確認の必要な商品ってありましたっけ?」
「いやあ……ははは」
私とえみりは顔を見合わせると示し合わせたかのように笑顔を見せて阿吽の呼吸で誤魔化す。
「こちら温めますかー?」
「あっ、は……って、雑誌とアイスは温めないでしょ!」
チッ、バレたか! じゃないでしょ!!
もーっ! えみりって、そういうくだらない冗談を絶対に入れてくるよね。
「お客様、他にはいいんですか?」
「え?」
「もっと店の商品がなくなるくらい大量に買っていってください」
「いやいや、流石にそれは営業妨害でしょ!」
えみりと私のやりとりを見てあくあ君が笑う。
はぁ、なんでレジするだけでこんなに疲れるのよ。
私はレジを済ませるとさっさと店を出る。
「次のところに行きましょう」
「はい」
あくあ君の案内で次の店舗へと向かう。
へぇ、いろんなところでBERYLコラボキャンペーンやってるんだ。
すごいなあ。
掲示板で、ベリルとタテジマーズは日本の経済すら動かすってインコちゃんが言ってたけど、確かになと納得する。
私とあくあ君はいろんな店舗で買い食いしながら、目的の建物へと向かう。
「ここがそうですね」
「おー。BERYL EXPO 2023 in 北海道展!!」
建物の中に入ると、BERYLのみんなの衣装や、撮影に使ったアイテムや私物などが展示されていた。
すごいなー。って、私の使ったマイクも展示されてるじゃん。
このマイク、持ち手のところにサインを頼まれて書いたはいいけど、疲れていた時だったから間違えて森川じゃなくてティムポスキーって書いちゃったんだよね。サイン文字でグチャってるおかげで誰にもバレてないからいいけど、バレたら絶対にバカにされるから、みんなにはバレないようにしなきゃ!
「あれ? これ、よく見たらなんか名前違うくない? なんて書いてあるかわかんないけど、森川じゃなくてティって書いてあるような……もしかして、パチモン展示してる?」
「ちょ! あくあ君、しーっ! それ、私が名前を間違えて書いただけだから!」
「えっ? 自分の名前を間違うとか、そんな事ってあるの?」
「あっ……」
痛恨のミスに私は項垂れる。まさか自分から全部バラすとかホゲってるにも程がある。
私は何事もなかったかのように、次の展示コーナーへ行くようにあくあ君の背中を押す。
「「こんにちはー」」
あっ、とあちゃんだ! それに、スバルちゃんもいる!!
しかもお揃いのサイバーパンクな衣装が可愛い。
「さて、お客様に問題です!」
「どっちが本物の猫山とあかな!?」
は!?
私は二人の顔を見て固まる。
えっ? あっ? えっ?
待って待って、私は目を見開くと瞬きもせずに二人を至近距離から確認する。
うーーーん。わからん! お互いに中間になるようにメイクで寄せてるせいもあって、どっからどう見ても双子に見える。
あっ! 片方がスカートで、片方がショートパンツ……って事は、ショートパンツの方がとあちゃんだ!!
私は、ショートパンツを穿いたとあちゃんを指さす。
「こっちがとあちゃんです!!」
私の回答に、二人は笑顔を見せる。
「あくあは」
「どっちかわかるかな?」
「こっちでしょ」
え? あくあ君はスカートを穿いたスバルちゃんの手を取る。
チッチッチ、あくあ君は甘いなぁ。ちゃんと全身をくまなくチェックしなきゃ! そういうチェックの甘いところがまだまだ子供で可愛いなって思った。ふふっ、嗜みもまだお子様だし、えみりは論外だし、姐さんはああ見えて純粋だから、これからは私のような知的で大人なお姉さんがしっかりしないとネ!
私は正解を聞く前から鼻を高くしてカメラの前にドヤ顔を決める。
「えー、なんでわかるのー。つまんないーーー」
ふぁっ!? 私はカッと目を見開くと口を大きくあんぐりと開けた。
「はは、そりゃ、ほぼ毎日顔見てるから当然だろ。それに、俺がとあの顔を見間違えるわけがないって」
「むー」
音もなく倒れようとしたスタッフを咄嗟に近くのスタッフが支える。
ナイスキャッチ!
BERYLの撮影で人が倒れるのは当たり前だ。だからこういう事態にも慣れてる。
ただ、さっきみたいな不意打ちは、どうしようもないけどね。
私は散っていたスタッフに心の中で敬礼を送る。
「ところでとあちゃんとスバルちゃんの二人はここで何してるの?」
「あぁ、それはですね。ここ、BERYL EXPOでは空いてる人がこうやって店舗に出てるんです。今日出てるおにぃみたいに、運が良ければBERYLのメンバーにも会えるのでチャンスがある人は明日が期限なので、それまでに会いに来てねー」
スバルちゃんってまだ中学生だっけ?
なんか心なしか私よりしっかりしてる気がしたけど、気のせいって事にしておこっと。
私とスバルちゃんの会話に、横からとあちゃんが顔を出してくる。
「あ、ちなみに、展示会自体はもう少し長くやってるし、学生組以外は明日以降も顔を出す時があるからね!! SNSで確認してください!」
とあちゃんとスバルちゃんはカメラに向かって手を振る。
本当はまだまだ中を見ていたいけど、時間の関係から放送できるのはここまでだ。
くっ、セイジョーマートの時間、絶対にもっと短くて良かったはずでしょ!
私とあくあ君は展示会場を後にすると、次の目的地へと向かう。
「へい、らっしゃい!」
ん? 私達一行は聞き覚えのある声に反応する。
「ラーメン竹子、北海道出張店だよ!!」
あっ、えみりだ。無視しよ無視。そもそもラーメン竹子なんて今日の予定に入ってないよね。
私はフラフラとラーメン竹子の方へと向かうあくあ君の腕を掴んで止める。
「今ならチャーシュー増量中ですよ。そこの森……あっ、逃げた!」
絶対にあそこで最低三十分使うと確信した私は、えみりを無視して次の場所へと向かう。
「次はここですね」
「おっ、ベリルカフェだ。って、北海道店ってまだオープンしてないんじゃなかったっけ?」
「はい。だから実は期間限定で仮店舗としてここに先行オープンしちゃいました!」
私はあくあ君を連れてカフェの中に入る。
「良く来たな」
「あっ、天我先輩」
天我君は、人差し指を左右に振る。
「ここではマスターと呼んでくれ」
「あっ、はい」
私はマネージャーに目で合図を送って、私のスマホで天我君の写真を撮ってもらう。
天我君が写真を送ってない可能性もあるので、後で春香さんに送ってあげよっと。
それに天我君の場合、SNSを見たらわかるけど写真をあげてもやたらと手ブレの多い写真が多いんだよね。
だから前にあくあ君と撮ったのを春香さんに送ってあげたらすごく喜ばれたのをよく覚えている。
こういう妻同士の交流があるのもカノンがちゃんとやってるおかげだ。
カノンって、こういうところがすごいなあって思う。
「マスター、おすすめのコーヒーは?」
「ブラックだ」
いや、普通そこは何産の豆とかじゃないの?
というか私、ブラック苦手なんだけど……。
「じゃあ、ベリルカフェ北海道限定の北海道ミルクコーヒー二つで」
「了解した」
おすすめ聞いててブラックたのまんのかーい!
そしてブラックじゃなくてもいいんかーい!
空耳でインコちゃんのツッコミが聞こえてくる。
私とあくあ君は出されたミルクコーヒーを飲んだ。
「あっ……ホッとする」
コーヒーの風味を残しながらも苦味を濃いミルクがまろやかにしててすごく美味しい!
苦いのが好きって人にはどうかと思うけど、私はこっちのまろやかな方が飲みやすくて好きだ。
「おっ、これ美味しいな。というかベリルカフェのドリンクメニューで一番好きかも。でも、北海道限定かー……。帰るまでにもう一回きます」
これで明日、偶然を装ってあくあ君に会おうと店に人が詰めかけそう……。
「天我君……じゃなかった、マスター、ありがとうございました」
「うむ!」
ん? あくあ君、どうかした?
あくあ君は周囲をキョロキョロと伺うと、コソッと天我君に話しかける。
「先輩、非常に言いづらいんですが……」
「なんだ後輩? 我とお前の間に言いづらい事なんて何もないだろ。さぁ、我に全てを打ち明けてみろ」
おおっ!? なんかこうBERYLの熱いイベントみたいなのあります!?
私もスタッフの人達も二人に期待の眼差しを向ける。
「先輩……逆っす」
「逆?」
「はい、エプロン逆につけてるっす」
「あっ……」
天我君は視線を落とすと、丸見えになったタグを見つめる。
ふぅ……。私とスタッフのみんなは何も見てないフリをして誤魔化した。
「先輩、今なら誰も見てないっす」
「うおおおおお!」
天我君はエプロンを脱ぐとすぐに付け替える。
ああああ、今度は紐が捩れて変な事に……。
「……森川アナ、もう行きましょう」
「あ、うん」
「マスター、ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!」
私とあくあ君は何事もなかったかのように店を出る。
さーてと、次の店舗でラストだったかな?
「あ、そこの二人、良かったらお土産買っていってください!」
また……ですか。
えみり先輩の声が聞こえてきた方向へと視線を向ける。
白銀の愛人?
北海道のプラチナのような雪をイメージして作りましたあ!?
絶対になんかのパチモンじゃん。
それとなんか怒られそうだし、無視無視!
私はあくあ君の背中を押して最後の店舗へと向かう。
「はい、それじゃあ最後はここです」
「どうも」
店に入るなり黛君が出迎えてくれる。
えーと、なになに? ここって画廊? えっ、白銀あくあ展!?
「はい、実はこの画廊では今、白銀あくあ展を開催しています!! 慎太郎には申し訳ないけど、今日は作品の解説としてバイトで入ってもらいました!」
嘘……でしょ? 私は黛君に対して申し訳なさそうな顔を見せる。
カノンが謝れない代わりに、私が代わりに黛君に謝っておこうと思った。
私は近くにある絵に視線を向ける。
もはや何を描いているのか、凡人の私には理解不能だった。
「慎太郎、解説を頼む」
「えーと……これはイカ、いや、タコだったかな。あくあが旅館で出てきた北海道のタコに感動して、近くにあったナプキンに書いたタコの絵です」
え、じゃあ、何? こののびたラーメンみたいな足がタコって事? あっ、確かに8本ある。イカなら10本だよね。
「いや、これはラーメン屋のやつ、タコはあっち」
「あっ……」
黛くーーーん!! 本当にごめんねええええええええええええ!
ていうか、のびたラーメンって私の解釈あってた!?
もしかして私も結婚を前にして、あくあ君への理解が高まって嫁力が上がってきてますか!?
「じゃあこれは、北海道の牛の絵だ!」
「いや、それは十勝の豚です。というかチャーシューです」
ええっ!? この柄って牛じゃないの!? え? チャーシューの脂身!?
そんなのわかるわけないですよ……。
嫁力が上がったのかと思ったけど、どうやら勘違いだったようだ。
私は絶望して真っ白になる。
「あっ、そろそろ時間か。慎太郎、最後に白銀あくあ展でお前がおすすめする作品を紹介してくれ!!」
「えっ? あ……じゃあ、この北海道の大地で地団駄を踏む大怪獣ゆかりゴンで」
「残念! それは日帰りラーメンツアーで寒さに震える小熊先輩です! それではみんな、またねー!!」
あっ、番組おわた。ぐだぐだの中、番組が終わった。
え? もう早速本社にクレームの電話が来てる? ちゃんと白銀の愛人とラーメン竹子にもいけって?
いやいや、そんなとこ行ってたら確実に日付跨いでるでしょ。
私は全てを聞いてなかった事にしてその場を後にする。あと、黛君には後日、白銀の愛人を渡して平謝りした。
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