白銀カノン、夜明けのシグナル。
4月28日、私はBERYLの全国ツアーに参戦するために、みんなと一緒に桜が咲き始めた北海道の函館に来ていた。
「えーと、Tの473、Tの473……」
「あ、ありました。お嬢様、こちらです」
北海道ツアーの初日に行われるライブのチケットは、各旅行会社から販売されているパックのツアーを購入して手に入れた。
普通のツアーパックは瞬殺すぎて無理だったけど、旅行会社が株主枠で用意していたVVVIP席の抽選申込みでなんとか手に入れる事ができたのは本当に幸運だったと思う。
「お、オレンジジュースが6000円もするで候……拙者、水でいいでござる」
「りんちゃんりんちゃん、水も5000円するよ!! これがVVVIP席、しゅ、しゅごいぃ……」
みことちゃんが値段表を見て白目を剥く。
実際フェスのVVVIP席なんかでもそういう値段だよね。
メニューをよく見るとフライドポテトで2500円、お酒になるともう余裕で数万とか超えてる。一番高いのがシャンパンで25万……。明らかに暴利な値段だ。
最初はびっくりしたけど、国民的なアイドルとして地域に密着したいというあくあの考えを元に、お金持ち専用のVVVIP席で出た利益を地方活性化や財政に苦しむそれぞれの地方に還元、つまりは開催地に利益を寄付する仕組みだとツアーに申し込んだ時に説明で聞いている。
だから私もあくあの正妻としてちゃんと貢献しないとね。
「りんちゃん、みことちゃん、お金は気にしなくていいから好きなの頼んでいいよ」
「わかりました、お嬢様。そういう事でしたら、私はこの25万のシャンパンを所望します。本当は業務中にお酒を飲むなど侍女長として失格ですが、社会貢献のために仕方なく……!」
仕方なくという割にはものすごく嬉しそうな顔してるけど!?
ペゴニアは少しくらい遠慮しなさいよ。まぁ、別にいいけどね……。
「それなら拙者はコークでお願いするで候。これは人類が開発した最強の飲み物で候。これを飲むために忍びを抜けたでござる」
「じゃあ、私はセイジョ・エナジーにしようかな。そろそろ燃料を補給しないとバッテ……なんでもありません」
「あ、私もセイジョ・エナジーで。それとセットで水もお願いします」
「ん……私はオレンジジュースで。あとお腹がすいたから何か食べるものが欲しい」
りんちゃん、みことちゃん、りのんさん、るーな先輩も次々に飲み物を注文する。
もちろん食べ物も頼んでいいからねー。
「結さんと白龍先生はどうしますか?」
「私はビールで、初手はキンキンに冷えたビールって決めてるんだよね」
「そういう事なら私もビールで。白龍先生お付き合いします」
二人はビールのグラスをカチンと鳴らして乾杯する。
まだライブが始まる前だから、こういうのも全然OKだ。
「このフルーツの盛り合わせ、とっても美味しいですわ」
「本当……あ、二人のピザ、ここに置いとくね」
「フライドポテトもホクホクだよ。ちゃんと北海道のお芋使ってる」
ふふっ、リサちゃん、ココナちゃん、うるはさんの3人もツアーに誘われた時は萎縮してたけど、今は楽しそうにしてて良かった。本当はナタリアとかも誘いたかったけど、別件で忙しいって断られちゃったんだよね。
ナタリアとは、また別に機会があったら一緒に観に行きたいな。
「後、3分か……」
私は周囲をキョロキョロと見る。
あ……クレアさん。って、なんで今にも死にそうな顔してるの!? 大丈夫!?
んん? よくみたらクレアさんの両サイドがメアリーお婆ちゃんとくくりちゃんだった。
さらにそれを挟むように蘭子お婆ちゃんやキテラまでいる……。
一瞬どういう集まりなんだろうって思ったけど、すぐにあの頭のおかしい宗教のグループの集まりなんだと理解した。
うん、今日はあくあが出るのはもちろんのこと、えみり先輩もサプライズで出演するらしいし、そう考えたら普通に観に来るよね。私もそれがすごく楽しみでやってきた。
『そ、そういうわけだからよろしく』
あくあと揃って報告しにきた時にえみり先輩を思い出して私は表情を綻ばせる。
ふふっ、ああいう純粋に照れたえみり先輩って結構レアだと思うんだよね。
嬉しくなった私は、照れたえみり先輩を思わずぎゅっと抱きしめたんだっけ。
本当にどうなるかと思ったけど、えみり先輩があくあと結ばれて私もすごく嬉しい。
これからもずっと4人で一緒にいられるんだって思った。
『初めまして、三度の飯よりおいなりが好き。おいなりソムリエのティムポスキーです』
『いいからさっさとク……92です。ただの92です』
『どーもどーも、右手は恋人、左手は添えるだけの捗るです』
『……えっ? 3人とも私よりお姉さんなんですよね。ネットでそんなコテハンつけてて恥ずかしくないんですか?』
ははは……。
よく考えると最初の出会いがこれで、よくこんなにも仲良くなれたなって思う。
私はまだ中学生で、えみり先輩は高校生、楓先輩は大学生で、姐さんはまだにじゅ……ゴホンゴホン!
『うるせー、嗜みちゃん大勝利とか言ってる痛い中坊に言われたくないですー』
『何よ! オ、オ、オ……』
『んんー? よく聞こえないなあ。もしかして王女様はお子様なんですかあああああ?』
『そっ、そんな破廉恥な事をお外で言うような高校生なら、痛い中坊でいいですー。そ、そもそも、そういうのは大っぴらに言う事じゃないもん!』
ふふっ。あの頃から本当にえみり先輩は変わってないよね。
私はほんの少しだけ遠い目をする。
「あ」
そんな事を考えていると、一斉に会場のライトが落ちた。
ライブが始まる! それまでワクワクしていた気持ちが一気に加速してドキドキする。
「きゃー!」
「あくあくーーーん!」
「あくあ様ー!!」
ライブが始まるとわかった観客達が一気に盛り上がる。
会場に反響するギターの音。それと共に、一筋のスポットライトがステージの中央を照らす。
「えみり先輩!? こんな序盤で……!?」
私はステージの中央に一人立ったえみり先輩を見て目を大きく見開く。
サプライズだって聞いてたけど、スタートと同時に出るなんて聞いてない。
スポットライトが広がると、周りにいたBERYLのメンバーが映し出された。
ドラムはとあちゃん、ベースは黛君、そしてギターは天我先輩とあくあ。
デュエットオーディションの時に発表してた構成そのままだ。
それを見た観客席が、これはデュエットオーディションを勝ち抜いて得た権利の一つなのだという状況を理解してざわめく。
「イイゾ〜!」
離れたところにいる聖あくあ教のボックスシートが一気に盛り上がる。
そして私のドキドキはさらに加速していく。
『何のために生きてるの? 決められた人生、私の願いは何?』
えみり先輩が歌い出した瞬間、私は違和感を覚える。
あれ? 作詞ってとあちゃんじゃなかったの?
ほんの少しだけ自分と歌詞が重なる。
『望む事すらも叶わずに、ずっと周りの視線に囚われてた』
違う。そうじゃない。これはえみり先輩の歌詞だ。
私は一瞬でそう理解する。
『コンプレックス、パワー、乙女の心を胸に。全てが私にとっての宝物』
姐さん、楓先輩、そして私……。
初めての出会いから今日までの日々が呼び起こされて、鮮明に思い浮かんでいく。
『そっか、私も全てを曝け出していいんだ』
同じ……私も同じだよ。えみり先輩。
私も楓先輩も、姐さんも……えみり先輩だから自分を見せることができるんだよ。
『そんな心地のいい日々が、ここでは日常になった』
そんなの無理だって思ってたのに、永遠にこの時間が続けばいいと思ってた。
私の視界にギターを掻き鳴らすあくあの姿と、シャウトするえみり先輩の姿が重なる。
そんな不可能を……ううん、私の夢みたいな我儘を現実にしてくれたのがこの二人だった。
『後ろを振り返ると失敗してきた事なんて星の数ほどあるよ』
そうだね。私も失敗してきた事なんてたくさんあるよ。後悔した事なんていっぱいある。
だって今でもお母様とどう向き合えばいいのか、わからないんだもん。母親になろうっていうのに、私自身がお母様とどう向き合っていいのかわからないなんて滑稽だよね。
それこそ私よりも女王である事を優先したお母様の事を嫌いになろうと思った事もあったけど、私にはそんなの無理だった。
だからえみり先輩が、失敗したからこそやり直せるってお母様の心を救ってくれた時、すごく嬉しかったの。
ヴィクトリアお姉様から、女王を辞めたお母様はすごく心が穏やかに過ごせていると聞いた。
それはきっと、えみり先輩と、お母様から女王という重みを外してくれたあくあのおかげなんだって思う。
『それでもやってこれたのは仲間達のおかげさ』
今の私があるのは検証班のみんなのおかげだ。
苦しい時は、楓先輩の明るさに何度も救われたよ。
辛い時は、大人な姐さんにはいっぱい甘えさせてもらった。
それに……寂しい時はえみり先輩が何度も抱きしめてくれたよね。
『誰かに愛されたい、誰かを愛したい、それって只のわがままかな?』
気がついたら涙が溢れていた。
私は瞬きする事も忘れて、私の大好きな人と、私の大好きな人が魅せる最高のセッションを目に焼き付ける。
『矛盾だらけの自分自身に嫌気がさす』
仕方ないよね。だって、私たちは今を生きてるんだもの。
私はね。そんな矛盾だらけのえみり先輩だからこそ心を開く事ができたんだよ。
だって私もそうだから。
『本当にいろいろなことをやらかしてきた』
そのやらかしで救われてる人もいる。
でも、それを言ったら調子に乗りそうだから言わないけどね。
『だから私は教会で懺悔するよ』
ふふっ、そうだね。えみり先輩は聖女なんだから毎日懺悔した方がいいと思うよ。
私も一緒に懺悔してあげるから、ね。
『ここに気分がハイになるビスケットは置いてませんか?』
もー!! 全然、反省してないじゃん!!
でも、そういうところがどうしようもなくえみり先輩らしくて愛おしく感じる。
センチメンタルでさえもどこかに吹き飛んで、流していた涙のベクトルが反対側に振り切れていく。
観客席からは笑い声が起こり、聖あくあ教のボックスシートだけ全員が涙を流していた。
『立ち止まったって、後ろを振り返ったって、時間は止まってくれない』
その中で人は妥協する。私だって多くの事を諦めて妥協してきた。
だけど、この二人は違う。妥協もしないし諦めない。
『それなら前に進むしかないよね』
ああ……そっか。
えみり先輩とあくあって、どうしようもなく似てるんだ。
退路を断って、脇目も振らずに、ずっと前だけを見据えてる。
その背中にみんながついていきたいと思った。この人なら見た事のない景色を見せてくれるんじゃないかって思ったから。
ベリルエンターテイメントも、聖あくあ教もそうだけど、この二人のカリスマ性に惹かれて多くの人達がついてくるのはそういうところだと思う。
『自分の存在を世界に証明するために。たまには根性を見せますか』
私は大きく頷く。
あくあもえみり先輩もいつかはこの国から羽ばたいていく。
ううん、世界すらもこの二人とっては狭い庭だ。
宇宙を超え、歴史を超え、そしていつかは次元だって超える。
私達の想像すらも超える遥か彼方へと、私達を拐っていって欲しい。
『だから私は一歩を踏み出す、何も見えない未来に向かって』
みんながえみり先輩の事を知ったら、きっとみんながえみり先輩の事を好きになる。
だから私はみんなに知ってほしい。私の大好きなえみり先輩の事を。
でもね。本当は少しつまらないんだ。だって、私だけのえみり先輩じゃなくなるんだもん。
『だって自分を輝かせられるのは雪白えみりしかいないの。だから見てて! この刹那の瞬間を、私の生きた証を、存在の理由を!!』
えみり先輩のシャウトと共にステージが大歓声に包まれる。
スタートから最後まで圧巻のパフォーマンスだった。
間髪入れずに次の曲に切り替わる。
『Good luck have fun fxxking go gilrs、びびってんじゃねぇぞ。MNK』
ふぁっ!? 度肝を抜くような歌詞にびっくりする。
って、これFPS用語?
『外行き用のツラを被って、内面の欲望を隠すんです』
まんまえみり先輩だよねと心の中でツッコミを入れる。
いや、私も含めて少なからずみんなそういうところはあるんだけど、えみり先輩の猫被りは私達検証班の中でもレベチだと思う。
『欲望に素直、煩悩の言いなり、君に右往左往』
君にのところでえみり先輩があくあを指差す。
これには観客達からも同意の笑い声が起こった。
『気がついたら今日が終わってる……はぁ、なんで私ってこうなんだろう?』
ふふっ、ステージはもう完全にえみり先輩の独壇場だ。
あくあはギターを持ったままステージを飛び降りると観客席の間を駆け抜けていく。
こっちもこっちでやりたい放題だった。
『ない頭を使うな。いいか? 物事はいつだってシンプルだ。まっすぐ行ってぶん殴る。バカが余計な事を考えるな』
楓先輩のモノマネをするえみり先輩を見て会場が爆笑する。
それを見た楓先輩が舞台袖から飛び出てこようとしたが、あっという間に姐さんに取り押さえられた。
もう、ステージの上で何やってるのよ。
『やべぇ、今日もやらかした。秒で謝る』
舞台袖に体を向けたえみり先輩は二人に頭を下げた。
そして後ろのモニターに、森川楓、白銀あくあ結婚おめでとうという言葉が映し出される。
これには観客席からも拍手が起こった。
ふふっ、こういうサプライズ好き。
『失敗を秒で忘れるし、反省はどこかにおいてきた』
えみり先輩が再びこちらに体を向けると、まるで反省してないような顔を見せる。
もー、また怒られるよ!
『こんな私だけど、それでもいい?』
おぉ……。
急にキュルルンって感じの雰囲気を出されて、見てるみんながドキドキする。
へー、えみり先輩ってそういう媚びた感じの事もできるんですね。だったら、なんでそれをあくあに使わなかったんですか? ほんの少しだけ心が毒舌になる。
『いいって言えよ。ばあああああああか!』
えぇっ!? 急に逆ギレ!?
感情も曲もジェットコースターすぎる。
『Good luck have fun fxxking go gilrs、ちびってんじゃねぇぞ。2MNK』
MNKってマウスとキーボードのことだけど、えみり先輩は絶対に違う意味で使ってるよね。
そんな気がする。
『絶対絶命のピンチ、でも私はまだ舞えるんです。諦め悪くて上等、最後の悪あがき、ソロで孤軍奮闘。ハイドにコクセ……んっ! なんでバレるの!?』
はいはい、今、バトロワで流行ってるやつね。
えみり先輩、コクセユ大好きだもんね。よくそれで自滅してるけど。
『恋愛にウォールハックやエイムアシストなんてねぇんだぞ! 立ち回りを研究してキャラコンを駆使する』
うんうん、そこまでわかっててなんであくあと結ばれるのにそんなに時間がかかったのかな?
私は首を傾ける。
『やばーい、人力チーターだ。逃げろ! 流れるキルログと見覚えのある名前、アイツがきたぞ』
えみり先輩が再びあくあを指差して観客席が爆笑する。
もー、言いたい事はすごくわかるけど、うちの旦那で遊ばないでもらえますか?
『恋愛にブースティングはありますか? 周りの子達とチーミング。みんなで一緒に轢き倒そうぜ』
えみり先輩は検証班と聖あくあ教のタッグに小雛先輩まで総動員してチーミングしてもダメだったけどね。
本当にどれだけ私達が苦労したことか……。別の意味で感慨深いよ。
『Good luck have fun fxxking go gilrs、なえてんじゃねぇぞ。3MNK。シグナルは未点灯、勝負は最後の最後まで分からないんです。武器を再確認、大丈夫、この大きな武器さえあればどうにかなるでしょ。そう思ってた時代が私にもありました……お願い。誰か私を勝利に導いて』
本当にね。なんでそれがあってえみり先輩がモタモタしてたのか、付き合いの長い私にも分からないから教えて欲しいくらいです。
DPS最強の武器持ってるのに、エイムが悪くてガバってるって、こういう事なんだろうなって思った。
『やっちまった。What the Fxxk!! 初動死だ。出会った瞬間から愛してる。分の悪い勝負だってわかってる。それでも諦めきれなかったんだよおおおおおお!』
えみり先輩のシャウトに全ての女子が心を重ねる。
うんうん、あくあに出会った瞬間、全ての女子は初動死してるよね。
惚れた方が負けっていうけど、本当にその通りだと思う。
『Good luck have fun fxxking go gilrs、ひよってんじゃねぇぞ。4MNK』
4MNK? ちょっと待って、もしかして、これって私達、検証班の事を歌ってるってこと?
『ついに巡ってきた大勝利のチャンス、私がチャンピオンだ。有利ポジで集中砲火、四方八方、ヘイトを買いすぎた』
でもいつだってヘイトを買いすぎてるのはえみり先輩、ううん、捗るだけだからね。
だって、私も楓先輩も姐さんも、そんなに叩かれた事ないもーん。
『最後はバグでグリッジ……いいえ、これは仕様です。We are champions!』
なるほど、最後は大勝利ね……。って、それ、私のセリフじゃん!
えみり先輩って、自分が捗るだって隠す気あります?
それとも、自分からバラそうとしてるのかな?
まぁ、いいや。そこはもう好きにして。
『BERYLファンの皆様、最後までご静聴ありがとうございました。前座の雪白えみりです!!』
えみり先輩のMCにBERYLのファンも声援で答える。
『デュエットオーディションのご褒美で用意してもらった曲、その二つのうち一つと、新たに書き下ろしてくれたもう一曲を披露させてもらいました。肝心のあくあ様とのデュエット曲は次の広島で披露する予定なのでよろしくお願いします! 改めて、今日は前座である私の曲を最後まで聞いてくれてありがとうございました!』
えみり先輩が観客席に向かってぺこりと頭を下げると全員が暖かな拍手を返す。
みんな笑顔だけど、聖あくあ教のボックスシートだけが泣いていた。やっぱり、あそこの空間だけ異常だと思うのは私だけかな?
『それじゃあ、ここから先はよろしく! BERYLのみんな』
えみり先輩の掛け声と同時に観客席が沸く。
そして舞台が暗転すると、着替えた4人がステージに飛び出てくる。
そして私のドキドキはさらに加速していった。
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