雪白えみり、お茄子の妖精。
「それじゃあよろしくお願いしまーす」
「うぃー」
私は阿古さんから回された仕事でとあるスーパーに来ていた。
「あ、お茄子の妖精、ナスニーだ!」
「ママ、ナスニーちゃんだよ!!」
お茄子のキャラクター、ナスニーの着ぐるみに身を包んだ私は子供達に向かって手を振る。
やっぱり子供は素直で可愛いな。ちょっと待ってろよ。すぐに美味しいお茄子を食べさせてあるからな。
私は用意してくれたホットプレートを使って、茄子をジュージューと焼く。
「はーい、みんなが大好き、焼きなすだよー」
ほら、いっぱいお食べ。
私は優しい顔をしながら子供達に焼いた茄子を配っていく。
いわゆる試食販売ってやつだ。
「奥さん、毎日のお供にお茄子どうですか?」
「えー、どうしよっかなー」
私は着ぐるみの中からキラリと目を光らせる。
間違いない。彼女はこちら側の人間だ。
「お茄子は焼いて良し、揚げて良し、浸して良しの栄養価満点のお野菜ですよ。これ一個で何通りもの料理が作れます。今ならあの捗るが書いた茄子料理の本もおつけしますよ」
「あの捗るの!? か、買います!」
「ぐへへ、毎度あり〜」
奥さん、今晩は茄子料理で1発決めてくださいね。
私は隠れて奥さんにお茄子と一緒に本を手渡す。
あれ? そういえばこの本って自費出版だから、これを配ったらバイト代がマイナスになるような……まぁ、いっか! 茄子の伝道師、雪白えみりはこまけー事は気にしない女なのだ。
私は子供達に揚げ茄子を振る舞いながら、次のターゲットを探す。
おっ、あれは!! 私は1人の女子高生にターゲットを絞って近づく。
「奥さーん、お茄子、どうすっか?」
「ナスニーちゃん!? って、その声、どこかで……」
しまった! いくらポンコツとして定評のあるポンなみさんでも、私の声はわかってしまうか。
私は慌てて声色を変える。
「お茄子の妖精ナスニーちゃんだよ! ほら、この大きなお茄子とかちょうどいいですよ」
「えっ? あ……確かにおっきい」
ぐへへ、私はお茄子をポーッとした顔で見つめる嗜みに詰め寄る。
「ほらほら、お茄子の方からポンなみに買ってほしいって……」
って、アレ? そんな顔をして、嗜みどうかしたのか?
「えみり先輩……こんなところで何やってるの?」
ええっ!? なんで私だってバレたんですか!?
仕方ない。観念した私は全てを喋る。
「金欠だから阿古さんに紹介してもらったバイトやってるんだよ。だから、ほら、お前も買え。なんなら全部買い占めたっていいんだぞ」
「流石にそれは他のお客さんの迷惑になるでしょ」
確かに。
「とりあえず一つ買っていくね。あと、あんまり変な事しちゃだめだよ」
「へーい」
嗜みがナスニーちゃんと写真を撮りたいって言うから一緒に写真を撮ってやる。
お前、本当にこういうの好きだね。
「ほら、せっかくならこの茄子が美味しく食べられるセットを買えばナスニーのキーホルダーも貰えるぞ」
「じゃあ、それで」
しめしめ、あいつはこういうのをちゃんと買ってくれると思ってたよ。
私はついでに嗜みのバッグの中へと本を滑り込ませる。
「毎度ありー」
よーし、次のターゲットを探すか……。おっ! アレは!!
私は失敗しないように、今度は声色を変えて声を掛ける。
「そこのデカ・オンナーさん。この大きなお茄子を……グヘェ!」
「えみりさん、何をやってるんですか?」
な、ナゼェ、バレタンディス?
私は姐さんにナスニーちゃんのお顔が中央に寄るくらいの力加減で顔面を鷲掴みにされた。
「あ、阿古さんの紹介で、お茄子の試食販売を……」
「なるほど、そういう事ならいいんです」
ふぅ、助かった助かった。
姐さんに解放された私は、真ん中に寄ったナスニーちゃんの顔を左右に引っ張って元に戻す。
「ところで、他には変な事をしてないですよね?」
「え、あ……はい」
私はスッと視線を逸らす。
「変な事はしてないですよね?」
「は……ふぁい」
なんで聞き直したんですか!?
姐さんは至近距離から私を見つめる。
ちょ、ちょ、お客さん、着ぐるみの隠し穴から中の人を覗こうとするのは御法度ですよ!
「はぁ……仕方ありませんね。ともかく、変な事だけはしないように。後でチェックにしきますからね」
「了解でーす」
ふぅ……今度こそ助かった。
私は姐さんにお茄子の袋を一つ手渡す。
姐さんは身長が高いからな。この長いやつがサイズ的にぴったりだろ。ぐへへ!
「ナスニーのキーホルダーは?」
あ、それはちゃんともらうわけね。それならこの茄子セットを買ってくださいよ。
私は姐さんに茄子セットを押し付ける。
「それじゃあ、くれぐれも……わかってますね?」
「わ、わかってますって」
私が姐さんを見送ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ、ナスニーだ!」
「ぐへぇ!」
トラックがぶつかってきたかのような衝撃に思わず転がりそうになる。
し、死ぬかと思ったぜ。まさか野生のトラックがぶつかってきたのかと思って振り返ったら、めちゃくちゃ知ってるやつだった。
「お前、少しは手加減しろバカ」
「バカ!? って、その声は捗……んぐぐ!」
お前、本当にバカか!
私は慌ててホゲ川の口を塞ぐ。
こいつ、本当にメアリーの特待生か!? 私も嗜みみたいに乙女咲に転校しとけばよかったと後悔し始める。
「いいか楓パイセン。ここでバレたら、お前の正体もバレるんだぞ?」
私の言葉にホゲ川は無言で首を縦に振る。
まぁ、国民全員、お前の正体を知ってるけどな。
バレてないと思ってるのはお前1人だけだ。
「というわけでお前も茄子を買っていけ」
「でも、私、料理できないよ?」
お前、毎日ご飯って番組やってるんだろ!?
私は呆れた顔で、カットしたお茄子を焼く。
「ほら、これならお前にもできるだろ。なんなら生で齧れ、お前ならきっと大丈夫だ。お茄子を生で食ってる人なんて見た事ないけど、お前ならいける。私の信じるお前を信じろ!!」
「確かに! そういう事なら買っていくよ」
へい、毎度ありー!
焼きすぎて炭になるのだけは注意しろよー!
私は寄ってくる子供達に茄子の素晴らしさを説きつつ、次のターゲットを探す。
おっ、ちょうどいいやつがいたぞ。
「おい、お茄子買ってくれ」
「えっ? えみりさん? こ、こんなところで何やってるんですか?」
私はクレアの体にお茄子をグイグイと押し付ける。
って、どうした? 顔が青褪めてるぞ。
「また、変な事とかしてないですよね!?」
「大丈夫大丈夫、これ、ベリルの仕事だから」
クレアはベリルの仕事と聞いてホッと息を吐く。
「良かった。変なお薬の治験とかじゃなくて、あの時は本当に大変だったんですからね」
あー、そういえばそういうバイトもあったな。
「というわけで茄子を買ってくれ」
「そういう事なら別に構いませんけど……」
えーと、どれがいいかな?
おっ、これなんか良さげだな。
「ほら、この黒光りした奴なんてどうだ?」
「く、黒光り……」
ぐへへ、お前、こういうのが好きなんだろ?
心配しなくても私はちゃんと、お前の事をわかってるからな。
「じゃ、じゃあこれを買って帰ります」
「おぅ。あんまり捗りすぎるなよ」
あっ、ついでに漬物用のポリ袋も買って帰れよー!
クレアの背中を暖かい母のような目で見送った後、また知り合いを見つける。
「あら、お茄子……」
ぐへへ、揚羽お姉ちゃん発見!!
「奥さん、この大きく反り返ったお茄子とかどうですか? ぐへへ……」
私は無害なお茄子の妖精、ナスニーを装いながら揚羽お姉ちゃんに近づく。
「そうねぇ。生姜を買ったから今日は茄子のお浸しにしようかしら。ああ、思い出したわ。切れてた鰹節も買っておかなきゃ……」
私は至近距離からじーっと揚羽お姉ちゃんを見つめる。
うん、こんなに若く見えるなら、全然あくあ様とだっていけるな。
私は早く攻勢をかけろよと、自分の事は棚に上げて揚羽お姉ちゃんの体をお茄子でグイグイと押す。
「ちょっと、貴女! わざとでしょ!!」
やっべ。やりすぎた。
怒った揚羽お姉ちゃんが私の腕を掴む。
「こっちにいらっしゃい」
うひー、これはまずい。どうにかしないと!
そんな事を考えていたら、ピンクと黒の地雷ファッションに身を包んだやべー女が近づいてきた。
「揚羽お姉ちゃん、何してるの?」
「あ、くくりちゃん」
おお! ナイスだくくり!!
私は今のうちに逃げ……られない!
揚羽お姉ちゃんにがっつりと腕を握られていた。
「この子が、さっ……さっきから、わ、私の、体を押すから、その……」
ぐへへ、サーセン。つい調子に乗ってしまいました。
「揚羽お姉ちゃん、着ぐるみは視認性悪いし、中の人だってきっとわざとじゃないよ」
「え、えぇ、そうよね。私の考えすぎだったかしら? お仕事中だったのに、ごめんなさいね。お茄子の着ぐるみさん」
ぐへへ、お茄子の妖精ナスニーです。
私は自分の名前をアピールしつつ、ぺこりと頭を下げる。
流石に調子に乗りすぎた。反省しなきゃな。最初の一回で満足するべきだった。
すぐに調子に乗って何回もやってしまうのは私の悪い癖だと思う。
まぁ、わかってたところで、どうにもできないんだけどな! ははは!
「えみりお姉ちゃん、これで貸し一つね」
ひぃっ!
こ、こいつ、ナスニーの正体が私だって気が付いてやがる!!
私は着ぐるみの中で汗をダラダラと流しながら、2人を見送る。
そのタイミングで姐さんが再び様子を見に戻ってきた。
「じーっ……」
し、心配しなくても、変な事なんてしてませんって……えへへ。
私は姐さんからスッと視線を外す。
「あら、お茄子よ」
「いいわね」
「うちもお茄子にしようかしら」
おお!! 誰かと思ったら、あくあ様と黛君、とあちゃんのお母さん達じゃないですか!
私は新しい試食品として準備した茄子の味噌炒めを提供する。
「んー、美味しい」
「あらあら、いいわね。でもこれがメインだと男の子にとっては不満かも?」
「やっぱり今晩はこれにしようかしら、でも確かに男の子にはボリューム不足かも知れませんね」
私はそういう時のために、茄子の肉味噌炒めのアレンジを勧める。
うーむ、あくあ様がママ旅団を相手にタジタジになるのも理解できるぜ。
「奥様達、良かったらこちらもどうぞ……」
私は3人に例の本を配布すると、満足げに3人のママ達を見送った。
「あ、ナスニーちゃんだ」
お、この声はトップアイドル、月街アヤナさんじゃないですか!
私は手揉みをしながらアヤナちゃんに近づく。
「な、ナスニーが手揉み? なんか怪しい……」
おっと、あの胡散臭い不動産屋でバイトしてた時の癖が出ちまったぜ。
「へぇ、美味しい。これなら私にもできそう」
そうでしょう。そうでしょう。このセットに入っている調味料があれば、簡単にお料理できますよ。
私も一度あの地獄のシェアハウスにヘルプに入った事があるけど、あの家でまともに家事ができるのはアヤナちゃんだけだ。
だからこそ、アヤナちゃんには頑張って欲しい。
アヤナちゃんが倒れた瞬間、あの家は2人のポンコツ、阿古ポンとゆかポンの2人によって簡単に崩壊する。
「あ、セットを買うとナスニーのキーホルダーも貰えるんだ」
ぐへへ、今ならセットでこのナスニー本もついてきますよ。
私はアヤナちゃんにコソッと本を手渡す。
「あ、あ、ありがとうございます」
赤くなって可愛いなぁ。ほら、今のうちにバッグに入れな。
アヤナちゃんはトートバッグの中に、こそっと本を入れる。
「また買ってねー」
いやー、いい事したわー。
私は満足感に満たされる。
「あっ、ナスニーちゃんだ」
ぐへへ、この可愛い声はらぴすちゃんですね。
よく見たらスバルちゃんやみやこちゃんも一緒か。
3人ともお菓子を買いに来たのかな?
「良かったら3人とも、これをどうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「なんだろう?」
「えっ……? あ……」
ナスニーのキーホルダーはセットを買わなきゃ上げられないけど、私が執筆したこの本は無料だ。
「あ、ありがとうございましゅ」
私はらぴすちゃん、スバルちゃん、みやこちゃんの3人を笑顔で見送る。
いやー、大人の女性として、すごく良い事したわー。
「じーっ」
あっぶね! 姐さん、まだ帰ってなかったんですか!?
もー、心配しなくても大丈夫ですって。ほら、もうさっさと帰ってくださいよ。
ほら、私も、もう上がる時間ですから!
「私は帰りますけど、最後までくれぐれも気をつけて」
「はい」
私はどんよりした顔で姐さんを見送る。
って、もうそんな時間か。
後、1人くらいにこのお茄子のセットを押し付けたいな。それで完売だ。
そんな事を考えてたら、子供が近寄ってきて試食に用意した茄子の味噌炒めをパクりと食べた。
「ふーん、使ってるお味噌の味が私好みじゃないわね」
ちょっとぉ! どこのガキンチョだ!? って思ったら、世界一関わっちゃいけない人だった。
「何、あんた、私になんか文句あるわけ?」
ないでーす。私は小雛先輩から目を逸らす。
こんなのと関わってたら命がいくらあっても足りない。
私はさっさと撤収するためにブースを片付ける。
「ちょっと、なんで片付けるのよ!」
関わりたくないからです!
私は無言でせっせと片付ける。
イベントの撤収をバイトで経験しておいて良かった。
私は周囲をちょろちょろする大怪獣ゆかりごんを無視する。
「ねぇ、このナスニーのキーホルダーって、どうやったら貰えるの?」
私はPOPを指差すと、無言でお茄子セットとキーホルダーを手渡す。
うちのカノポンと違って、ゆかポンは勘が鋭いからな。声を発しただけでもバレる可能性がある。
「ん? あんた、どこかで……」
嘘だろ!? あの鈍感な事に定評のあるあくあ様の師匠なのに、なんでこんなにも勘が鋭いんだ!!
「ちょ、ちょっと!」
私は片付けた段ボールを台車に乗せて、スタコラサッサとバックヤードに逃げた。
「ふぅ、やばかった……ん?」
メッセージの着信、誰からだ?
私はメッセージアプリを開いて新着のメッセージを確認する。
小雛ゆかり
なんで逃げんのよ!!
それはこっちのセリフですよ。
なんでバレてるんですか?
え? そんなバレるような要素とかあった?
そんなことを考えていたら、小雛先輩から私が書いたナスニー本の画像が送られてくる。
い、いつの間に……っていうか、気が付いてるならそのタイミングで言ってくださいよ。もう!
私は用意してくれた控え室で着替えると外に出る。
「きゃ、えみり様よ!」
「素敵!」
「綺麗!」
「かっこいい!」
すれ違う女達が私を見て目を煌めかせる。
ふぅ……正体がバレないように、ここからはちゃんと仮面をかぶらなきゃな。
自分で言うのもなんだが、私がこの見た目で中身が捗るだなんて他の奴らだって知りたくないだろ。
小さい時に、自分を隠す術を教えてくれたママにはすごく感謝をしている。
あくあ様だって、私が思ってるような女性じゃないって知ったら絶対に絶望するはずだ。
ん? また、メッセージ? 誰だろう?
雪白のえる
弾正君と一緒に帰国したわよ!
連絡がつかなかったから、カノンちゃんにお願いしてあくあ様に迎えに来てもらっちゃった。
そのままえみりちゃんのアパートに行こうとしたんだけど、紫苑の婆ちゃんのところでお世話になる事にしたからよろしく。
あっ……2人とも今日、帰国したんだ。
ていうか、ママもパパも帰ってくるなら帰ってくるって事前に連絡してよ!
『報・連・相、あくあさんもそうですが、えみりさんもちゃんとしてくださいね?』
あー……私は契約の時に姐さんに言われた一言を思い出す。
美洲おばちゃんもそうだけど、うちの一族がそこら辺を怠っているのはきっと遺伝だ。ごめん、姐さん……。
メッセージアプリを見つめていると、また新着のメッセージが飛んできた。
今度は誰だろう? 私はメッセージを開く。
白銀あくあ
えみりさんの代わりに、のえるさんと弾正さんの2人を藤堂紫苑さんの所に送り届けました。
ところで、今晩空いてます? 良かったら一緒に晩御飯どうですか?
ふぁ〜っ!
あくあ様からデートのお誘いだ!!
これは行くっきゃねぇ!!
そうなると問題は服だ。
前に藤でカノンに買ってもらったあの一張羅を着て行くか。
よーし、そうと決まればまずは家に帰って準備しなきゃな!!
私は竹子さんから受け継いだバイクに跨ると、自分の家を目指して走り出した。
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