白銀あくあ、俺がこの世界で一番恐れる男。
「いやあ、あくあ君助かったよ。えみりちゃんとは連絡がつかないし、どうしようかと思ってたんだ。ありがとう」
「うんうん、あくあ様と連絡がついて良かったね。弾正君」
俺は目の前でご飯をパクパクと食べる弾正さんとのえるさんの2人をにこやかな目で見つめる。
2人とも今日、帰国したのはいいけど、えみりさんと連絡がつかなかったらしい。
そこでカノンに連絡があって、暇だった俺が迎えに行ってちょうど朝ごはんがまだだったこともあり、帰り道に3人で食事をしにきた。
「あくあ様もお忙しいのに本当にありがとうね」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
えみりさんのお母さん、のえるさんはいかにも姉御って感じの人だ。
えみりさんはどちらかというと美洲お母さんに似てるけど、かっこいい時の表情はお母さん似だなって思う。
「あくあ君、ところで最近はえみりちゃんとどうなのかな?」
ニコニコする弾正さんに俺もにこやかな笑みを返す。
弾正さんはなんというか、すごくほんわかとした人だ。
癒されるというか、俺の目がおかしくなければ二頭身のぬいぐるみのように見える。
「えみりさんとですか? そうですね……最近も一緒にドラマの撮影をしたりとか、番組に出たりしましたね。えみりさんはすごく器用だし、スター性もあって、何をやっても絵になるんですよ。えみりさんの活躍を見てると、俺もウカウカしてられませんよ」
「ふーん、そっかあ……」
あ、あれ? なんか思ってた反応と違うな。
もうちょっと喜ぶと思ってたのに、想像してたよりそっけない反応に俺は訝しむ。
子煩悩っぽい感じがしたのは、俺の気のせいだったか?
「例えば、デートでどこかに行ったりとか」
「デート……? ああ!」
そっか。ステイツに居たから、解決ナイトカウンセリングを見れてないけど、番組でデートしたって話だけは聞いたのか。なるほどなるほど、その話が聞きたかったなのね。
「3月に解決ナイトカウンセリングで沖縄にデートに行きましたよ。あの時のえみりさんはすごくかっこよかったですね。俺も間近で見てて普通にかっこいいなと思いまし」
あの時のえみりさんはかっこよかったな。
沖縄でデートをしたいって言われた時はびっくりしたけど、事情を後から知って納得した。
普通に番組だって説明してくれたらよかったのに、えみりさんは気を遣い過ぎたのかそういう所が不器用なんだよな。だからこそ気になるというか、ほっとけないんだけど……。
そういう意味じゃ、アヤナと阿古さんとえみりさんの3人は似てるなと思う。
みんな不器用なところがあって無理をするタイプだから、ちゃんと見ておかなきゃなって気がする。
「ふーん、そっかぁ……」
あ、あれー? またなんか思ってた反応と違うぞ。
もう少し喜んでくれると思ったんだけどな……。
「あ、あくあ様、そういうのじゃなくて、こう、もっと別の……」
のえるさんは何かを訴えかけるように、俺へと視線を飛ばす。
ああ! もしかして、聞きたかった情報はそっちじゃなかったのか!
俺は2人にもう一つ前のデートについて話す。
「志摩のスターズ村でデートした時は楽しかったですね」
「それはプライベートでかな?」
「あ……はい」
弾正さんは信じられないくらい満面の笑みを見せる。
あー、そっか。聞きたかったのはそこの話なのかとようやく俺は理解した。
「あの時はあんまり時間がなくて少ししかできなかったんだけど、すごく楽しかったですよ」
「うんうん、うんうん」
俺は2人にどういうデートをしたか説明する。
弾正さんもずっとニコニコと嬉しそうに俺の話を聞いてくれた。
「そういえば、その後、2人はスターズに行ったんだよね?」
「はい!」
大饂飩……スターズでは色々とあったけど、仕事面ではすごく充実した日々だった。
「弾正さん、のえるさん。えみりさんには女優としての才能がありますよ!」
俺は2人が喜ぶと思って、えみりさんには美洲お母さんに負けないくらいの才能があると熱弁を振るった。
「ふーん、そっかぁ……」
あ、あれぇー? またなんか思ってた反応と違うぞ。
もしかして俺、また間違えましたか?
「それじゃあ1ヶ月近くスターズに居たのに、2人でデートとか……」
「ないです」
俺はキリッとした顔で答える。
はっきり言ってそんな暇なんかなかった。
スターズに居られる期間も限られていたし、小雛先輩から向こうはレベルが高いから刺激が多いわよって聞かされてたから、出来るだけ撮影とか仕事も詰め込んでたんだよな。
えみりさんもえみりさんで慣れてない仕事が多かったし、突発的にスターズウォーに出演する事になったから疲れているかもしれないからと気を遣って誘わなかった。
「本当に……?」
あ、あれ? 俺は目を擦る。
弾正さんって、そんな上半身が筋肉でパンパンに膨らんでましたっけ?
「だ、弾正君、2人とも忙しかったし、えみりもああ見えて真面目だから、きっと2人して仕事に集中してたのよ」
「はい」
俺はのえるさんの言葉に高速で頷く。
「そっかあ……そうだよね。うん。あくあ君は真面目な好青年だし、えみりちゃんも仕事熱心だから、そういう事もあるか。もー、2人ともたまには息を抜かなきゃダメだよ」
あー、よかった。やっぱり、俺の気のせいだったか。
最近疲れてるのかな? 一瞬だけ弾正さんが古き良き海外の大作アクション映画に出てくるムッキムキのアクションスターみたいに見えた気がした。
それこそアキオさんや天我先輩より高身長に見えたけど、そんな事があるわけないよな。と、自分に言い聞かせる。
「あ、あくあ様、冷めないうちに食後のコーヒーを飲んだ方が……」
「あ、はい、そうですね」
あれ? おかしいな。カップを持つ手が震えるぞ。
とりあえずカフェインを摂取して落ち着こう。
俺は一旦チルするために、コーヒーカップに口をつけて傾ける。
「あくあ君、ところでえみりちゃんとの結婚式はいつかな?」
ブフォ!
思わず飲んでたコーヒーを噴き出しそうになったが必死に耐えた。
俺がアイドルだったからギリ耐えられたものの、これがお笑い芸人なら躊躇なくあっつあつのコーヒーを弾正さんの顔面に向かって噴き出してたと思う。
いやー、本当にアイドルで良かった。
「あぁ、もしかして2人は……結婚式はしないのかな? 残念、えみりちゃんのウェディングドレス姿見たかったかなあ……」
弾正さんはしょんぼりした顔で俯く。
ちょ、ちょ、ちょ、待ってほしい。
誰と誰が結婚って? 俺は念の為に確認を取る。
「えっと、その結婚っていうのは、誰と誰が……」
「?」
弾正さんが不思議そうな顔で首を傾ける。
「そんなの、あくあ君とえみりちゃんのに決まってるだろう?」
え? そんな話、ありましたっけ?
完全に俺の初耳なんですが……あれ? もしかして俺って記憶喪失になってたりしない?
俺が言い淀んでいると、弾正さんの表情がみるみるうちに険しくなっていく。
「あくあ君、まさかとは思うけど、私としたあの約束を忘れたとか……?」
「いえ、そんな事は微塵もありません!!」
俺は弾正さんの言葉を即座に否定する。
何故なら全く記憶になくても、あの約束? 一体、なんの事です? なんて、言える空気感じゃなかったからだ。
目に見えているものの情報が理解できなかった俺は、幻を見ているのかと思って何度も目を擦る。
「そうか、それならいいんだ。ん、あくあ君、どうかした?」
「い、いえ……なんでも」
あっ、また二頭身に戻った。
よかったあ……。一瞬だけ目の前にいる弾正さんが格闘漫画に出てくるみたいな世紀末感の漂うムッキムキのマッチョに見えたけど、俺の気のせいだったか。
もしかして疲れてるのかな? ちょっと阿古さんにお願いして休み入れてもらおうかな。ははは……。
「そうか……それならいいんだ。あくあ君が実直な男の子で本当に良かったよ」
俺はこれまでにないほどのキリッとした顔を見せる。
思い出せ。思い出すんだあくあ。どこで、そういう話になった?
俺は記憶を呼び起こして、初めて弾正さんとお会いした時の事を思い出す。
『初めましてお父さん。俺の名前は白銀あくあです。娘さんを俺にください!!』
言ってたわあー! めちゃくちゃ普通に言ってたわぁ!!
熱を出したせいで記憶があやふやになって夢だと思ったんだろう。
そのまま普通にコロッと忘れてたわ。
「あのー、もし、そう、仮にもしですね。わざとじゃないんですよ。熱に浮かされてて忘れちゃってたりとか、何かこう不幸な行き違いとかがあったりしたら……」
「殺す」
ひぇぇぇえええええええええええ!
弾正さんが見せた本気の殺気に、俺は息を呑む。
間違いない。あの殺すは、本気の殺すだ。
「もちろん、あくあ君はそんな私の大事な一人娘の気持ちを弄ぶような男の子じゃないよね?」
「もちろんですよ。弾正さん、いや、お義父さん!! 俺に、そう、この白銀あくあにドーンと任せてください!!」
勢いにだけは定評のある俺は勢いよく自分の胸を叩く。
こ、こうなったらどうにかするしかない。
今すぐにでもえみりさんとデートしてお付き合いしてプロポーズしないと!!
「いやー、えみりちゃんは幸せ者だなあ。あくあ君のような誠実を絵に描いたような男性に好かれて」
「ははは、ははははは」
もう笑うしかできない。
とにかく今は笑って誤魔化そう。
「えみりちゃんはね。本当はすごく寂しがり屋さんなんだ。だから、お友達と一緒だって聞いてすごく安心したよ。カノンさんも楓ちゃんも琴乃ちゃんも、みんないい子ばかりだから安心してお嫁に出せるよ」
俺は一旦心を落ち着けるために、コーヒーを飲んでカフェインを摂取する。
落ち着け。落ち着くんだ白銀あくあ。一旦問題を遠ざける事ができた。ここからどうにかして時間をかけて……。
「で、さっき聞きそびれたけど、結婚式はいつなのかな?」
ブフォ!
はぁはぁ、はぁはぁ……俺は外に噴き出しかけたコーヒーを逆流させてなんとか耐える。
ぜっんぜん問題を遠ざけられてなかった。いや、遠ざけたと思ってたら向こうのほうから追い詰めてきやがったぜ。
「え、えっと……」
ここは誠実に、そう誠実に対応すればどうにかなるはずだ。
しかし、さっきの弾正さんが脳内にちらついて言葉が出ない。
「弾正君。あくあ様は楓ちゃんとの結婚が先に控えてるから、今はそっちに集中してるんじゃない?」
のえるさーーーーーーん!!
お義母さん、いや、どうか、姉御と呼ばせてください!!
「あっ、そっか。ごめんね。あくあ君。あくあ君にもあくあ君の事情があるよね」
「もー、弾正君ったら、親バカなんだから」
「えへへ。えみりちゃんの事になるとつい熱くなっちゃって、本当にごめんね。あくあ君」
「いえいえ、俺もお父さんになるので、その、気持ちはわかります」
うん、弾正さんの立場になって考えるとそうだよな。
俺もどうにかしなきゃなと思った。
少なくとも俺はえみりさんに好意を抱いている。
最初トマリギでお客さんとして来てくれた時も、下心がなかったとは言えない。なんならチャンスがあったら外でデートできたりしないかなと思って話しかけていた。
「そっかぁ。あくあ君と一緒にパパ談義出来るなんて、僕も楽しみだなあ」
「はは、俺もですよ」
弾正さんの嬉しそうな顔を見るといい加減な事や不誠実な事はできないと改めて思った。
俺達3人は食事を終えるとお店を出る。
そのタイミングで、のえるさんがコソッと話しかけてきた。
「ご、ごめんね。あくあ様、あの時、熱が出てたから、もしかしてと思ったんだけど……」
のえるさん、気がついてくれていたのか。
だから手助けしてくれてたんだなと納得した。
「いえ、全然大丈夫です。俺も、気がないのにデートしたりとかしませんから」
「あくあ様……!」
のえるさんの嬉しそうな顔を見て、俺は改めてちゃんとしないとな思った。
何よりも、えみりさんの悲しんでいる顔を想像したら胸が痛む。
そうだ。あくあ。物事はいつだってシンプルなはずだろ?
お前はえみりさんが俺以外の男と幸せになっていいのか? 否。
俺じゃない男の隣で笑っているえみりさんを見たいのか? 否!
それとも1人で年老いていくえみりさんの姿を見たいのか? 否ッ!!
な? つまりはそういう事だ。
「のえるさん。えみりさんの事は俺に任せてください」
「はい!」
俺も覚悟を決めた。
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診断メーカーで新年のおみくじ作りました。
もっと色々できるの考えてたけど、これしかなかったんだよね。
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