佐倉ゆかな、解決ナイトカウンセリング3。
『ないな』
『あ、あれ?』
『しかし、引っ掛からなかっただけで実際は入っている可能性もある。一応こういう時のためにファイバースコープも用意してきたぞ!』
『おーっ!』
天我さんはスタッフからファイバスコープを借りて隙間へと差し込む。
すごーい。結構くっきり見えるんだ!
あれ? でも、カードなくない?
天我さんはファイバースコープの位置をずらしたりしたけど、モニターにポイントカードは映らなかった。
『うーん、もしかしたら落とした場所がここではないとか?』
『えぇっ!?』
依頼主の田村さんは青ざめる。
これ、もしも本当になかったらどうするんだろう?
え? でもVTRあるし、ないことなんてないよね?
『もしかしたら、こっちの隙間とかしれないから、他にも可能性があるところも見ていくぞ』
『は、はい』
天我さんは他にも隙間が空いてる場所へとファイバースコープを差し込んでいく。
それから数十分というテロップと共に、色々な場所を捜索する天我さんの映像がダイジェストで流れる。
『うむ、やっぱりないな』
『すみませんでした!!』
田村さんは秒で天我さんやスタッフの皆さんに謝る。
結局どこにもなくて財布もチェックしたけど、それでもポイントカードは見つからなかった。
えっ? もしかしてこれで終わり? こんな依頼もあるってこと!?
『すみません。私の勘違いで、どっか違うところで落としたのかもしれません……』
『いや、せっかくだし、もう一回、最初のところを見てみよう』
天我さんの提案でもう一度ファイバースコープを最初の隙間に差し込む。
うん、やっぱり何度見てもないよね。
『ん?』
天我さんが何かに気がつく。
えっ? あった!?
『これ、ここからさらに隙間があるのだが……』
あっ、本当だ!
最初で見た時はわかりづらかったけど、さらに隙間があって反対側に繋がってるように見える。
『あり得ない話だが、奇跡的にここを通って反対側に落ちてるかもしれないな』
『見てみます!』
反対側のリビングに回り込んだ天我さんと依頼主の田村さんは、置いていた小さな台を退ける。
『もし、あの隙間に落ちたのなら、この壁の向こう側に入ってる可能性が高いと思う』
『なるほど……』
うーん、流石にここまでかな。
これ以上は、壁を壊さないと無理そう。
『わかりました。この壁を壊しましょう』
『いいのか? 番組のことだったら気にしなくてもいいんだぞ?』
『……はい! 大丈夫です!』
田村さん、すごい。でも、どうやって壁を開けるんだろう?
『というわけで、業者の人にお願いしました』
『どうもー、聖女建設の雪白えみりです』
ちょっと!? え? 相談員じゃなくて!?
えみりさんは手慣れた手つきでありそうな場所の壁板を破壊する。
『はい、そういうわけで業者の方に壁を一部、破壊してもらいました』
天我さん、まさかのスルー!?
小雛ゆかりさんの、そこもっと弄るかツッコミなさいよって声が入る。
本当だよ! これが白銀あくあ相談員ならここで10分は尺使ってるって!
天我さんは何事もなかったかのように隙間の中へと手を伸ばす。
『あっ』
『ありましたか!?』
天我さんはニヤリと笑うと一気にカードを引き出す。
『これだあ!』
『やったー! って、あ、あれ? これ違います。私が前に無くした運転免許証です。うわー、みつかないと思ったらここにあったんだ。うわー、写真が若い』
そんな事ある……?
え? これだけやって、家の壁まで破壊して、出てきたのが全然違うカードとか嘘でしょ。
天我さんは再び隙間へと手を突っ込む。
『もう1枚あるぞ!』
今度こそきた!
私とういとけいとは前のめりになる。
『これだー!』
『あっ、そ、それは……!? 無くした私の銀行カードじゃないですか!! いやー、再発行してもらったのに、こんなところにあったんですか』
田村さーーーーーん! 私達、視聴者の心のツッコミが重なる。
あなたそこでいくつ落としてるの!?
たまたまポイントカードを落とした時に気がついたからいいものの、今までそこで落としてたのに全然気が付かなったって事よね……。
『ん? まだもう1枚あるぞ!!』
今度こそ頼むわよ!
みんなが画面の前で手を合わせて拝む。
って、なんでこんなくだらない事に拝まなきゃいけないよ! と、自分でツッコミを入れた。
『あったー! ポイントカードだ!!』
『うおーーー! やったーーーーー!』
田村さんと天我さんの2人は手を取り合って喜ぶ。
って、あれ? えみりさんはどこ行ったの?
そんな事を考えていると画面の下にテロップが表示される。
【雪白えみりさんは、次の現場があるので早々に帰りました】
小雛さんの、え? 番組の仕込みとかじゃなくて、本当にバイトで偶々ここに来たって事!? っていう声と、お腹を抱えて笑うあくあさんの笑い声が入る。
『さて、ポイントカードが見つかりました。どうしますか?』
『期限が今日までなので、今からポイントを使って家電を買いに行きたいと思います!!』
天我さんは田村さんに同行して、一緒に地元の家電量販店へと向かう。
『天我くん!?』
『こんなところにTENGA様が!?』
『アキラ君のジャージ姿かわいい!』
『番組の撮影!?』
うん、お客さんは普通にびっくりだよね。
今まで芸能人になった男子は、人の目のあるところになんてうろつかなくて、お店を貸切にして買い物したりするのが普通だった。
でも、なんとかあくあとかいう危機感をどこかのゴミ箱に放り捨てて来た奴が出てきて、BERYLのみんなも普通にお外で買い物したりする姿が目撃されたりしている。
そういうのを見ると時代が変わったなと思った。
まぁ、それでも白銀なんとかさんみたいに、停学処分明けの満員電車で女子に挟まれて嬉しそうな顔をしているところが聖白新聞に激写されるような人はまだ他にいないけどね。あんなので喜ぶ男子なんて生まれて初めてみたよ。
ああいうのを見ると、小雛ゆかりさんがあくあさんに挨拶で、あんたバカでしょって言うのは当然だと思う。
『何か買いたいものはあるのか?』
『はい! 実は娘が大学を卒業して4月から新生活を始めるので、ロボット掃除機を買ってあげようかなと思って……。うちの子、掃除が苦手なんですよ』
なるほどね。でも、ロボット掃除機って汚い部屋だと意味ないよ。
けいとの部屋に導入したロボット掃除機なんて、一日でクビになって今は私の後ろをスイーっと動いている。
『おっ! あそこにあるのがそうじゃないか。どうも、こんにちは』
天我さんは店員さんに声を掛けると、おすすめのロボット掃除機を聞く。
店員さんはここぞとばかりにおすすめの商品を持ってくるので、結局、田村さんは新生活セットとロボット掃除機の二つを購入する事になりポイントをオーバーする事になった。
『良い買い物ができました。ありがとうございます!!』
『感謝する!』
2人はロボット掃除機だけを持って、家電量販店を後にした。
って、あれ? なんで天我さんもロボット掃除機持ってるの?
『本当に良い買い物ができた。ジョニーにも会えたしな』
ジョニー!? そのロボット掃除機、ジョニーって名前なの!?
映像が切り替わると、天我先輩の足元をコツコツするジョニーの姿が映し出される。
あぁ……これで懐いてると思って買っちゃったんだ。天我さんって、こういうところかわいいよね。
『それじゃあ、娘さんが帰ってくるまで待ちましょうか』
天我さんとスタッフは、田村さんが購入したロボット掃除機を抱えて隣の部屋に隠れる。
暫くすると帰宅した娘さんの姿が設置された定点カメラに映った。
『ただいまー』
『おかえり』
ニヤニヤする田村さんの顔を見た娘さんが笑顔を見せる。
『何、どうしたの?』
『んー。実は、前にあの新生活セット買おうかって話してたじゃない』
『うん、したした。それがどうかした?』
『買って来ちゃった』
『えぇっ!? 本当に?』
『うん。それでね……実はそのついでに、あんたの入社祝いも買って来たの。欲しい?』
『えっ? 欲しい! お母さん、大好き!』
『もー、そういうところ、ゲンキンなんだから!』
田村さんは天我さんが隠れている方向へと顔を向ける。
『それじゃあ、持って来てください!』
『えっ?』
娘さんは意味がわからずにキョトンとした顔をする。
天我さんは合図を受けて扉を開けると、ロボット掃除機を胸に抱えて2人のいるリビングへと入ってきた。
『どうも』
『えっ? あっ? えええええっ!?』
あ、うん。普通はそうなるわよね。
「こういうのって事前に聞かされてないと心臓に悪いよな」
「わかる」
私もけいとの発言に頷く。
『初めまして、BERYLの天我アキラです』
『存じてます! っていうか、めっちゃファンです!!』
娘さんはバッグを広げると中にある天我さんグッズを見せる。
あぁ! あの玄関に飾ってあったグッズは娘さんのだったのね!
『えっ、めっちゃ嬉しい。正直、ロボット掃除機より普通に嬉しい』
『ちょっと!?』
スタジオの笑い声が聞こえる。お母さんには申し訳ないけど、私達もうんうんわかるよと頷いた。
天我さんは娘さんにどうして自分がいるのかの事情を説明する。
『なるほどね。ってか、お母さんのこの運転免許証の写真わっっっか』
『でしょ』
2人は楽しそうに笑顔を見せながら、拾った運転免許証を見つめる。
その後、天我さんはみんなと一緒に記念撮影を撮ったり、娘さんにサインを書いたりしてあげた。
『最後に一つ聞きたいのだが……田村さんはBERYLの中では誰が好きなんですか?』
『あっ』
言葉を詰まらせた田村さんは視線を逸らせる。
そういえばあの玄関のグッズは娘さんのだったけど、リビングの中には違う人のが置いてあったよね。
天我さん、私も見ていて気がつきましたよ。
『正直に!』
『すみません。一番好きなのはあくあ様です。ごめんなさーい!!』
これには天我さんも笑い声をあげた。
ここでVTRが終わると、真剣な顔をした小雛さんの表情が映る。
ど、どうしたんですか?
『田村さん、これは芸能人としての私からの率直なアドバイスだけど、そいつだけはやめといた方がいいわよ』
『ちょっとぉ!?』
これには隣に居た秘書の月街さんも口元に手を当てて笑う。
『それはそうとして、あんたはなんでバイトなんかしてたのよ? あれってネタじゃなくてマジでしょ』
あっ、そういえばそうだ。カメラが雪白えみり相談員へと向けられる。
『沖縄に行った時、結局、旅費は番組が経費で立て替えてくれたんですけど、みんなにお土産買った分は番組の経費で落ちなかったんですよね。なのでバイトしました』
あ……そうなんだ。なんかものすごく居た堪れない気持ちになる。
『そこまでしてお土産買わなくていいじゃない!』
『カノンに……カノンにどうしても沖縄名物のちんすこうを食べさせたかったんです!! カノンが美味しそうにちんすこうをパクパク食べてる姿を想像しただけで頑張れました』
『しょーもな!!』
カノンさんのツッコミが聞こえてきた。
その言葉に小雛さんもうんうんと頷く。
『アヤナちゃんは、どう思う?』
『えーっと……お土産で頂いたちんすこうは美味しかったです。確かマンゴー味だったかな』
ふーん、そんな味のちんすこうもあるんだ。
小雛さんは呆れた顔をすると、顧問の鞘無さんに話を振る。
『大阪にいるおかんのことを思い出しました。帰ったら久しぶりに電話かけようかなて思ってます』
『それがいいわよ。仲が良いのならね』
小雛さんのお母さんってどんな人なんだろう?
前に同業者の人に聞いけど、小雛さんへのインタビューで唯一NGなのが家族の話なのよね。
カメラは再び天我さんへと戻る。
『ちなみに、この後、お母さんも同じロボット掃除機を買ったそうです』
はは、そうなんだ。お母さん的にも娘さんが手を離れて寂しくなっちゃったのかな?
そういう背景が見えるから、これはこれでいい話だと思った。
『でも、その後、一人暮らしをした娘さんが部屋が汚すぎて、ロボット掃除機が動くスペースがなくなったので、現時点で田村家に帰って来たと聞きました。つまり、田村さんのお家には、今、2台のロボット掃除機があります』
嘘でしょ!? まさかのオチにみんなが笑った。
『後、私もジョニーを買って帰ったのですが、翌日、家の近所のJYOSEIで山田達の家電製品を見に行ったら、半額セールで投げ売りされてました……!』
あはははは! あるある。散々いろんなところを見て回って買ったのに、買った翌日に安くなってるの見つけちゃうんだよね。わかる!
『そういえば小雛室長ってあんま掃除しないイメージあるけど、実際どうなん?』
鞘無さんが小雛さんに話を振る。
『するわけないじゃない』
『それならロボット掃除機、ええんちゃう?』
『いらないわよ。うちには全自動掃除機あくぽんたんがあるもの。しかも洗濯、炊事機能付きよ!』
『ぐはぁ! そうやった! 今、思い出したわ』
そういえば、あくあさんって小雛さんのお家に通い夫してるんだっけ。
ん? 小雛さんの隣で月街さんが疲れたような顔をする。大丈夫?
『まぁ、それはいいとして、次の依頼に行きましょうか。天我アキラ相談員はありがとうございました』
『うむ!』
月街さんはコホンと軽く咳払いして調子を整えると、送られてきたお手紙を開く。
『初めまして相談員の皆さん。依頼主の松村と言います。私は運動音痴の高校生です。それもかなりの運動音痴です。実は学校の体育の授業で最後にダンスの発表会があるのですが、そこでヘブンズソードの激化boisterous danceのダンスを披露してみんなを驚かせたいのです。お願いします。どうか、こんな私のダンス練習に付き合ってくれませんか? という内容なのですが……この方が依頼の解決に当たってくれました』
『あくあじゃなくて、すみません。黛慎太郎です』
ええっ!? あくあさんじゃなくて黛君なんだ!?
これには小雛ゆかり室長も心配そうな顔をする。
『BERYLの中で一番ダンスが下手な僕が行く事に皆さん不安だと思いますが、ご安心してください。僕が一番不安でした』
はははははは!
黛君がそんな冗談言うなんて思わなかったので、めちゃくちゃウケた。
『そういうわけでVTRをどうぞ!』
映像が切り替わると黛君と、依頼主の松村さんと思わしき女性が2人が立っていた。
『初めまして、BERYLの黛慎太郎です』
『い、依頼主の松村みひろです』
うん、松村さんも心なしかちょっと不安そう。
『あくあじゃなくてすみません』
『いえ、もう、その、来て頂いただけでもう、その、普通に嬉しいです』
『正直、僕はBERYLの中で一番ダンスが下手です。後、歌も。それでも、あくあの代わりに、あいつとBERYLの名に恥じないように精一杯頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします』
『あっ、はい。ありがとうございます……!』
黛君って本当に誠実だよね。
スタジオにいる小雛さんの、みんな見てるー? あくあより黛君の方がいいわよーという声が入る。
うん、わかる。わかるけど、私達女の子が弱いのは圧倒的にあくあさんなんだよね。
なんかもう的確に女子の急所を狙い撃ちしてくるというか、白銀あくあに弱くない女子なんていないでしょ。だって、あの小雛さんにすら女の子の顔をさせる時があるんだもの。そんなの彼以外には無理だよ。
『それじゃあまず、踊ってみましょうか』
『はい!』
松村さんは曲に合わせて一通り最初から最後まで踊ってみせる。
うん、テンポはズレてるし、動きはぎこちないし、一目でダメだってわかった。
でも、ちゃんと、どこでどういう振り付けなのかは頭では理解してるみたいなんだよね。
だからタイミングに合わせて体さえ動けばって気がする。
『これはリズム感だな』
『リズム感ですか?』
『あぁ、僕も一瀬先生に指導されたからわかるけど、そのやり方をやってみようか』
黛君は松村さんに付き合ってメトロノームを使ったリズム練習を繰り返す。
その上で、もう一度通して踊ってみる。
『うん、さっきより良くなったと思います』
『そ、そうですか?』
確かに最初より全然良くなったと思う。
でも、側転とかはできてなかったし、これではまだ依頼主さんが望むクオリティのものじゃないと思った。
というか、激化boisterous dance難しすぎでしょ。それもあくあさんのパートが異常すぎる。
本人が簡単そうにやってるから気が付かなかったけど、普通に運動できる人だって難しいよ。
『本当は僕1人でどうにかしたかったけど、流石にそれは無理そうなので助っ人を呼びました』
『えっ?』
『BERYLの振り付けを担当している一瀬美澄先生です』
『どうも〜』
あっ、一瀬先生だ。
『私から提案があるのだけど、あくあ君そのままは流石に難しいと思うの。特に最後の体を捻りながらバク転回し蹴りして着地するところとか……』
『確かに……』
『だからなんだけど、前半の簡単なところだけあくあ君パートで、後半からは黛君のパートでやってみない?』
『なるほど……』
松村さんは黛君の方をチラリとみる。
『うん。前半は様になってきてたし、後半の僕のパートなら練習すれば間に合うと思う。そこなら僕も教えられるしね』
『わかりました。黛君、一瀬先生、よろしくお願いします!』
妥協する事も時には重要だ。
本人は悔しいだろうけど、それでも限られた時間の中でできる事をする選択肢の方が私も良いと思う。
そういうわけで、黛君も付き合ってダンスの練習をする。
がんばれー!! そして翌日……。
『それじゃあ、頑張ってください』
『大丈夫、いつも通りでいいからね』
『はい! 一瀬先生、黛君、本当に2人ともありがとうございました!!』
どうやら相談員の黛君と一瀬先生はここまでみたい。
松村さんはスタッフさん達と一緒に学校へと向かう。
授業を受ける松村さん、その裏でスタッフさん達は学校側に事情を説明して撮影許可を取って準備する。
そしてダンスを披露する体育の時間が始まった。
『それじゃあ、最後に松村!』
『は、はい!』
うわぁ、みてる私達まで緊張しちゃった。
「がんばれ! がんばれ!」
「私も運動苦手だから、松村さんに頑張ってほしい!」
私もけいとやういと一緒にがんばれと声をかける。
そうしてイントロと共に曲が流れ始めた。
『激化していく世界で繰り返される自問自答。正解のない答えを探して戦い続ける。いつかこの戦いに終わりが来ると信じて』
そういえば体育の授業って、今、普通に歌を出していいんだ?
確か、ジャス……いや、カスなんとかって会社が鼻歌とかも禁止してるんじゃなかったっけ?
「ゆかなお姉ちゃん、その会社ならとっくの昔にベリルができた時に潰れたよ」
「謎の隕石が降ってきてな。確か、あくあ君がみんなにも自由に歌ってほしいって言った翌日だったと思う」
へー、そうなんだ。いい世の中になったなぁと思った。
私は画面に集中する。
『理想と現実の間で燻り続ける葛藤。終わりのない戦いの中で俺達は何を見る? 加速していく世界は止まらなくて。巻き戻せない過去と悲しみを乗り越えていく』
いいよ! 今のところはミスなくできてる!!
ていうか普通にいい感じ!
『俺が、僕が、目指した、現在を掴み取れ!』
あっ……セーフ! ぎり、踏みとどまった。ヒヤヒヤするー!
『がんばれー!』
『みひろー!』
『いいよいいよ!』
同級生の子達も松村さんを応援する。
ワイプにも、応援する月街さんの顔をが映し出された。可愛い!
『激化していく世界で繰り返される自問自答。正解のない答えを探して彷徨い続ける。本当にこれでいいのか』
いい! サビの出だしからの流れがかっこよく決まった!!
生徒達からもきゃーという声援が飛ぶ。
『力だけでは何も解決しない。想いだけじゃ誰も救えない。激化boisterous dance』
やったー! ここまでできたら十分でしょ!
あとはもう後半の黛君パートを踊り切るだけだ。
そう思っていたら、このタイミングで3人の男性が舞台袖からステージに出てくる。
『どんなに願ったとしても、悔やんだとしても』
山田君!? 3人の登場と同時に女の子の歓声が響く。
『失ったものが帰ってくる事はない』
孔雀君は黛君のパートを歌う。
『心の隙に差し込む悪魔の囁き』
そして、最後に出てきたのは黛君だ!
『俺はこの弱さを乗り越えられるのか?』
びっくりした松村さんだったけど、マイクを渡された勢いであくあ君のパートを歌う。
『きゃあああああああ!』
『マユシンくーん!!』
『孔雀様ー!!』
『丸男くんがむばれー!!』
もう生徒達だけじゃなくて先生達も立ち上がって大騒ぎである。
『疑うな。迷うな。俺たちの、理想を貫け!』
どうやらここから先は歌もダンスも天我さんのパートを孔雀君が、とあちゃんのパートを山田君が、黛君のパートを依頼主の松村さんが、そしてあくあさんのパートを黛君が担当するみたいだ。
『やると決めたら決して後ろを振り向くな。前だけを見続けろ。もう俺達には進むしかないんだ』
うわー、黛君がこうやってちゃんとあくあさんのパートを担当しているのとか、なんか初めてみたかも。
それと2人の見習いってこういう事だったんだ。
『理想を捨てたくはない』
松村さんと黛君が背中合わせになる。
観客席からはいいなという声が聞こえてきた。
『現実を見捨てたくない』
向き合ったまま歌い合う山田君と孔雀君をみて何人かの女子が倒れそうになる。
大丈夫かな?
『葛藤Ambivalent heart』
2番が終わると、そのまま3番へと入る。
会場のボルテージはもうマックスだ。
『俺は乗り越えなければならない。例えこの世界の針を止められなくても。挫けるな! 立ち上がれ! 突き進め!』
全員でバトンタッチするように歌とダンスを繋いでいく。
『理想を掴み取るために!』
それを松村さんが綺麗に決める。
黛君のシーンはここが一番最後の要なので何度も練習した。
そこがうまく決まって私達も3人で飛び跳ねる。
『この先の未来に何が待ち構えていたとしても。そこに希望があると信じて前を向いて歩いていく。何が正解かなんてわからない。それでも俺たちは1人じゃない。共に歩む仲間がいる! 理想を追い求めろ、現実と戦い続けろ、激化boisterous dance』
そして最後のシーン。私達も、体育館に居た人達も、スタジオで見守っていた人達も全員が目を見開いた。
なんとあの黛君が、一瀬先生に再現不可と言われたあのバク転ドライバーキックをやってのけたのである。
これには席から立ち上がってガッツポーズしたせいで、ワイプで完全に顔が見切れてしまったあくあさんも大喜びした。
『はぁはぁ、はぁはぁ……』
黛君は呼吸を整えると、マイクを持つ手に力を込める。
『松村さんの頑張る姿を見て、僕も何かに応えなきゃと思って必死に練習してきました』
映像には前日の夜に1人練習したり、当日、松村さんを見送った後に練習する黛君の姿が映し出された。
もちろんその後に一瀬先生と練習する山田君と孔雀君の映像も流れる。
すごーい。やっぱりみんなちゃんと努力してるんだね。
『だから松村さん』
『は、はい!』
黛君は松村さんに近づくと、優しく手を握った。
『運動音痴だからって諦めないで。僕も運動音痴だったけど、練習してどうにかできた。あくあのと比べたら全然捻れてないし、足だって上がらなかったかもしれないけど、それでも努力は嘘をつかないから』
『はい……はい!』
確かにあくあさんのと比べて見るとそうかもしれない。
でも、挑戦した事ややり遂げた事に意味があると思った。
黛君はニコリと笑うと、山田君や孔雀君も含めた4人で手を繋いで横に並ぶ。
『BERYLの曲で激化boisterous danceでした。みなさん、ご声援ありがとうございました!!』
ぺこりと頭を下げた4人に対して惜しみない拍手が送られる。
そこで映像がスタジオに戻った。
『ポイントカードで油断したあ〜〜〜』
涙目になった小雛さんの言葉にみんなが爆笑した。
『アヤナちゃん、同じアイドルとしてどうだった?』
『すごく良かったと思います……! 私も子役からアイドルに入った時、何度も何度もダンスを練習しました。その時の事を思い出したというか、懐かしくなったというか……頑張る松村さんとか黛君とかの姿を見て、私も改めて1人のアイドルとして一から初心に返って頑張ろうって思いました』
アヤナちゃんの言葉にみんなが拍手を送る。
『そういえば顧問のインコもライブでダンス踊るんでしょ? そこらへんどうなのよ?』
『ダンスって難しいよなぁ。うちも3Dでやる時にダンスやるけど、リアルだともっと誤魔化しがきかんから難しいやろなって思う。だから普通に松村さんも黛君もうちより凄いで。逆にうちはもっと頑張らんといかんと思った。うん。次のライブではうちもバク転ドライバーキックやるわ!!』
鞘無さん大丈夫? その場の勢いで言ったのかもしれないけど、それ、後に絶対やらされるやつだよ。
ただでさえ乙女ゲーで大変なのに、頑張ってくださいね。
『はい、それじゃあ……』
『ちょ、ちょ、俺のコメントは無しですか!?』
『えー? あんたのコメントいるー?』
あはは。本当にあくあさんへの扱いが雑すぎる。
普通ならこれだけで炎上すると思うんだけど、小雛さんの場合、炎上しすぎてもう消し炭になってて火がつかないんだよね。
『松村さんの最初の状態から1日でここまでやれるようになるのは、相当な努力があったと思います。でも、それ以上にコツを掴んだらグングン伸びてたので、才能がないなんて事は絶対にないんです。だから練習すれば、もっとよくなると思いました。だからもっと頑張って、いつかは俺のパートができるようになったら今度こそ、俺と一緒にやろうな!』
うわー。松村さんもこれは頑張るしかないよね。
『それと慎太郎。やっぱ、お前は凄いよ! 今度のライブは2人でバク転ドライバーキックと、側転からの回し蹴りドライバーキックやろうな!!』
『あぁ、そうだな! って、側転の方も一緒にやるのか!?』
黛君、大変だけど頑張ってね。
多分、そういう時のあくあさんは本気だよ。だって顔がすごく本気なんだもん。
「次のライブって北海道だっけ? あー、行きたい。行きたいよー!!」
「落ち着いて、けいとお姉ちゃん。ネット配信でも見れるから。ね?」
駄々を捏ね出したけいとをういがあやす。
全く、どっちがお姉ちゃんなんだか……。
「でも、生の方がいいもん……」
もー、仕方ないわね。
「そんな事を言ってもダメでしょ。一応コラボツアーの枠があったはずだけど、もう売り切れでしょうし、無理なものは無理よ」
「わかってるって。それでも行ってみたいって思ったんだもん」
ふふっ、まぁ、けいとの気持ちはわかるけどね。
私だって、さっきのを見て行きたいなって思ったもん。
「ほら、まだ番組終わってないんだし一緒に見よ」
「うん!」
私達は再びテレビへと視線を向けた。
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もっと色々できるの考えてたけど、これしかなかったんだよね。
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