佐倉ゆかな、解決ナイトカウンセリング。
「けいとー! そろそろ始まるわよー」
「うん」
この前のベリルカフェでエネルギーチャージできたのか、けいとはまた狂ったように仕事をし出した。
本当は休んでもいいし、ゆっくりしてもいいんだけど、けいとは一度筆が走り出したら止まらなくなるタイプだから、私が何を言っても止まらない。
ま、流石に本気でやばそうな時は抱え込んででも止めるけどね。この前もベリルカフェから帰ってすぐに仕事しようとしたから、あくあくんのおやすみボイスを聞かせて強制的に眠らせた。
「ふっ……自分の才能が恐ろしい。これが天才か」
けいとは部屋から出るとものすごいドヤ顔をした後に、にへらと笑った。
あー、この感じはもう限界かな。テレビ見ながら食事とらせて、お風呂入れさせた後に寝させよ。
というかあんたの原稿なんて元から100点なのに、それを200点とか300点とかにしようとするからダメなのよ。商業作家なら100点中の100点でいいじゃない。むしろ100点取ろうとして100点を連発できる作家なんていないわよ。妥協して100点の作品書けるならそれでいいじゃないと思ってしまう私はクリエイターに向かないのだろう。
「ほら、もう始まるわよ」
私はけいとを椅子に座らせる。
今日は楽しみにしてた特番が始まる日だ。
「はい、けいとお姉ちゃん。今日は麻婆茄子にしたよ」
「うん、ありがとう!!」
けいとはご飯の上に麻婆茄子をかけるとパクパクと食べる。
もー、家の中ではいいけど、お外ではお行儀が悪いからそれやっちゃダメだよ。
私は別々に食べる派なので、けいとのように麻婆茄子をご飯にかけるのはちょっと理解できない。
「あっ、始まった」
ういの言葉で、私とけいとはテレビに顔を向ける。
『初めまして皆さん。解決ナイトカウンセリング、初代室長の小雛ゆかりです』
始まった!!
今日から始まる解決ナイトカウンセリングは私の好きな小雛ゆかりさんが出演する番組だ。
あれ? でもおかしいな? 小雛ゆかりさんって相談員って書いてなかったっけ?
『異議あり!! なんで小雛先輩が室長なんですか!?』
あっ、白銀あくあさんの声だ。
『室長は俺! 小雛先輩は顧問でしょ!?』
青いジャージを着た白銀あくあさんが出てくる。
よく見るとジャージの胸元に白い生地が貼り付けられており、そこには【あくあ】と書かれていた。
『はあ!? あんたに室長なんて100年早いわよ。そもそもあんたに権力持たせても、どうせ秘書に鼻の下伸ばしてデレデレしてるだけでしょ!』
『ぐぬぬぬぬ!』
がっくりと肩を落としたあくあさんは完全に言い負かされて、トボトボと帰っていく。
こういうところよね。大体の女子はこれを見て、慰めてあげたい。可哀想。とか、可愛い! なんて言っちゃうのよ。私は騙されないけどね!
「あくあ君可哀想! 小雛先輩の鬼! 悪魔!」
居たわ。めちゃくちゃ騙されてるうちの妹が私のすぐ隣に。
ほら、けいと、ほっぺたに麻婆がついてるわよ! あと食べながら喋らない!!
お行儀が悪いでしょ!!
「ふふっ、相変わらずあくあ君は可愛いなあ」
まぁ、ういは仕方ないわよね。
ういは元々そんなに前に出るタイプじゃなくて、誰かの後ろに引っ付いていくような女の子だった。
それなのに子供の時から発育の良かったういは小学生の時から胸が大きく、それを男子に馬鹿にされた事がきっかけで引きこもりになりかけた事がある。
その時に仲良くしてくれた紗奈ちゃんと、るーなちゃんのおかげでういは不登校にならずに済んだけど、それでもういにとってはその大きな胸がコンプレックスだった。
高校に進学して3年生になったある日、そんなういが満面の笑みで学校から帰って来た時の事を思い出す。
『どうしたのうい?』
『えへへ、ゆかなお姉ちゃん、実はね……文化祭のミスコンで、あくあ君が私の体型を見て綺麗って言ってくれたんだ。そ、それに、私の事を抱きしめたいって……』
その頃から私は、白銀あくあという男性に一目を置いていた。
もちろん、ゆうおにへの出演とか芸能界での活動は知ってたけど、それはあくまでもテレビの中での話である。
実際はそんな事なかったりする男だって多々いるけど、彼はちゃんと本物だった。
特に最近は色々と隠さなくなったし、彼はこの世界の女子が望む理想の男子そのものである。
女の子に優しい。見た目だけじゃなくて行動もかっこいい。ちょっとバカっぽいところというか子供っぽいところが可愛くて母性本能を刺激するし、無防備なところが庇護欲を掻き立てる。
まぁ、日本の女の子で惚れない女なんていないわよね。
私は再びテレビに集中する。
『もう、仕方ないわね。これってどうせ次もあるんでしょ? 秘書とか顧問もローテするって言ってたし、次はあんたが室長やって、私が相談員やればいいじゃない』
『本当ですか!?』
さっきまでしょんぼりしてたあくあさんがまるで飼い主に構ってもらったよう子犬のように笑顔になる。
単純だなぁって言葉が頭に思い浮かぶ。
「うっ、うっ、あくあ君良かったね。小雛先輩優しい! 天使!!」
だから、けいとはご飯食べるか、喋るか、泣くか、どれかにしなさいよ!
それと、けいとの感情がジェットコースターすぎてついていけないのは私だけ!?
ていうか、今のに泣く要素ある!? あと、あんな複雑な話書けるのに、なんでリアルのあんたはそんなに純粋で単純なのよ!!
「あくあ君、嬉しそう。良かったね、良かったね……!」
ちょっと!? けいとのせいで、ういまで涙ぐんでるじゃない!?
って、もしかしてこれ、泣いてない私がおかしいのかな……?
いや、絶対にそんな事はないはずだ。お願いだから誰か私は間違ってないと言って欲しい。
『え、えーと、そろそろ次に行っていいかな? あっ、本日の秘書を担当させていただく月街アヤナです。よろしくお願いします』
あっ、アヤナちゃんだ! 可愛い!!
『先ほど小雛先輩にネタバレされたけど、実は秘書もローテーション制になってます。カノンさんとか、えみりさんとか、らぴすちゃんとか……が次回の候補らしいですよ』
『ちょっと待った!!』
え? またここでストップがかかるの?
今度は誰って一瞬だけ思ったけど、声だけで誰かわかった。
『ここに国営放送のアナウンサーがいるのに、そういう話を一度も聞いてないんですけど!? 普通、室長の隣にいる美人秘書系の枠は私のような落ち着いた美人アナウンサーって相場が決まってるじゃないですか!!』
あっ、森川さんだ……。
森川さんも、あくあ君と色違いで【かえで】と書かれたワッペンのついた緑色のジャージを着ていた。
『あんたなんか秘書より絶対にそっちの方が面白いからに決まってるからでしょうが。それと落ち着いたとか美人ってどこの誰が言ったわけ? 初めて聞いた気がするんだけど? だからもう諦めなさい。はい、次、次』
『ぐぬぬぬぬ!』
やっぱり小雛さんは最強だ。あの森川さんやあくあさんでも一瞬で撃退して見せた。
私が小雛ゆかりさんに憧れたのは、そういう彼女の強い部分に惹かれたからである。
ういちゃんが虐められた時、私は妹2人を守れるように強いお姉ちゃんになりたいと思った。
私が小雛ゆかりさんを知ったのもちょうどその時期にあたる。
小雛ゆかりさんは私とそう変わらない身長で、男性の役者に対しても言いたい事をズバズバ言っていたその姿に憧れたし、その後に批判されても確固たる実力と演技でわからせていった事にもかっこいいなと思った。
私も彼女のような強い女に、いや、人間になりたい。
それが私が小雛ゆかりさんのファンになったきっかけだった。
『まぁ、そんなに秘書やりたいなら私から後でプロデューサーに言っといてあげるわよ』
『ありがとうございます!!』
森川さんもわかりやすいなあ。
でも、候補がそれだけいたら回ってくるのは当分先じゃないかなと思った。
『みんな元気かー!? 小雛ゆかりさんが室長がやりたいって言うから、急遽繰り上がりで呼ばれた顧問の鞘無インコや! 今日はほんまよろしく頼むで!!』
インコさん、乙女ゲームの配信じゃ結構きてた感じだったけど、元気そうで良かった。
周りの人達はデモ版の乙女ゲームしろって急かしてたけど、もう普通の乙女ゲームさせてあげなよ。可哀想だって思うのは私だけかな?
『そもそもこれ、大阪局の制作やろ? なんで出演者に関西の人間が少ないんや! もっと増やしたってもええやろ!!』
これ大阪局の制作なんだ。
へー。
『せっかくやし司圭先生とかも顧問に呼ぼ。あの人、確か聞いた噂によると関西出身やで』
『えっ? そうなの? 意外なんだけど』
そうなんだよね。私達の実家はそっちだ。
麻婆丼を食べ終わったけいとがキリッとした顔を見せる。
「出たい……出たいけど顔出しは嫌だ!! そもそも素面で生のあくあ君と同じ空間内に居るのが無理すぎる……!」
「けいとお姉ちゃん……」
うーん、編集者としては普通に面白そうだからやって欲しいけど、姉としては無理なのもよくわかる。
この前はけいとが限界ギリギリだから良かったものの、通常のけいとだと多分一言も喋れずに終わると思うんだよね。じゃあ、限界ギリギリにさせてから出演させればって話になるんだけど、それはそれでイメージが崩れるから、出版社の方から出演NGにさせられそうだなと思った。
『じゃあそれも私が後でプロデューサーに……って、何よ? え? 尺がないから早くしろって? うっさいわね。あんた小雛ゆかりの部屋見てないの!? 私と森川とあいつが出てる時点で予定されていた撮影時間内で番組が終わると思うんじゃないわよ!! え? 他局の話はNG!? あんたたちの事情なんか知るか!! もー、わかったわよ。はい、それじゃあ、相談員の皆さんでーす。時間はないので自己紹介はカットしまーす』
『ちょっと!!』
『横暴だ!!』
『弾圧はんたーい!』
すぐに前に出てきたあくあさんと森川さん、そして黄色のジャージを着た雪白えみりさんを見て小雛さんはニヤニヤした顔を見せる。
あー、これでまた長くなるなと私はすぐに察した。
カメラが相談員の方に向けられると、天我アキラさん、猫山とあさん、黛慎太郎さんらの姿が映し出される。
「バラエティ慣れしてる森川さんとあくあ君の反応の速さは流石だけど、雪白えみりさんの反応もすごいな。さすが小ネタ王選手権であくあ君と優勝を争っただけの事はある」
うん……。
それはそうなんだけど、バラエティ慣れしているアイドルと、バラエティ慣れしてる国営放送のアナウンサーってなんだろうなって思った。
『もー、仕方ないわね。それじゃあ私が1人ずつ紹介するわよ。はい、自称アイドル、白銀あくあさんです』
『ちょっと、自称ってなんですか!? 後、あっさりしてない!?』
この世界で白銀あくあさんに対してこの扱いができるのは、きっと小雛さんだけなんだろうなって思う。
『いまだになんでこいつがアナウンサーやれてるのか不思議で仕方ないけど、相談員の森川楓さんです』
『私の会社への悪口はやめてもらっていいですか?』
回り回って会社じゃなくて森川さんへの悪口だと思うけど、それは黙っておいた方がいいのかしら?
『フリーターの雪白えみりさんです』
『それはそう』
その説明で納得するんだ!?
これにはけいとだけじゃなくて、ういも吹き出した。
『そしてBERYLの天我アキラさん、黛慎太郎さん、そして猫山とあさんの3人です』
『『『よろしくお願いしまーす!』』』
んん。3人はきっとスタッフさんに気を遣ったんだろうけど、ここは雑にまとめないでって、突っ込むところじゃないかな? 小雛さんもそれ待ちだったと思う。
ただ、そういう素直で優しいところはそれはそれで良いと思った。
だって3人はお笑い芸人さんじゃないもの。むしろ前の3人がおかしいのである。
『それと本日の相談員見習いの、山田丸男さん、黒蝶孔雀さん、那月紗奈さん、白銀らぴすさんです』
『『『『よろしくお願いします!!』』』』
へー、見習いなんてのもあるんだ。
わー、なんか初々しくていいな。
「山田君とらぴすちゃんは緊張してるな。その一方で孔雀君と紗奈ちゃんは普段通りって感じがする」
「だね」
私もけいとの言葉に頷く。
相談員のジャージが色付きなのに対して、ジャージの色がグレーなのは見習いだからかな?
カメラが月街アヤナさんの方へと戻る。
『解決ナイトカウンセリングでは、悩める人達からの相談を受けて相談員を派遣し解決に当たる事を目的とした番組です。番組のHPでは皆様からのご依頼を募集しておりますので、よろしければそちらの方もお願いします』
へー、面白そう。何やる番組かわからなかったけど、BERYLの人達が相談員で来てくれたら嬉しいんじゃないかな。森川さんが来たらどうしようって思うけど……。
『というわけで最初の相談員は森川!? え? あんた大丈夫なの!?』
『何を言ってるんですか室長。この私、森川楓相談員に任せてください。バッチリ解決してきましたよ』
小雛さんは鬼塚アナ並みに困惑した表情を見せる。
多分多くの視聴者が今だけは小雛さんと同じ気持ちだと思う。
『本当に? アヤナちゃん、後で番組に苦情来てたりとかしない?』
『ちょっと! 大丈夫ですって!! ほら、VTR見てくださいよ。バッチリ解決してきましたから!!』
『わかったわよ。それじゃあ、アヤナちゃんよろしく!』
『はい! それではVTRどうぞ』
あっ、そのウィンクかわいい!
番組が切り替わるタイミングであくあさんの、『くっそー、やっぱり俺も室長が良かった』という声が入って吹き出しそうになる。間違いなく今のはカットできたはずなのに、スタッフさん達はわざとでしょ。
『はい、相談員の森川楓です。えーと、依頼主さんの……』
『石田です』
『そう、石田さん!』
なんか最初から不安だなあ。
ワイプにハラハラした顔の小雛さんの表情が映し出される。
森川さんは、あの小雛ゆかりさんにこれだけ心配させられるってある意味ですごいと思った。
『石田さん、今日の依頼は?』
『これです』
石田さんはテーブルの上に梅干しの入った瓶を置く。
『これの蓋が開かなくなったんです』
『なるほど……』
えっ? そんな依頼でいいの?
そういうので良かったら、みんなすぐに応募すると思う。
ぶっちゃけ自分で叩き割るなりしてどうにかしろって思うけど、そうできない理由でもあるのかな?
『実は先月お婆ちゃんが亡くなりまして、そのお婆ちゃんが漬けた梅干しがこの中に入ってるんです』
『あぁ……それはご愁傷様です』
『はい……』
石田さん、ごめん。事情も知らずに瓶を叩き割ればいいじゃないなんて思っちゃった。
よくみたら瓶にはシールが貼ってあって、それ自体も思い出の品だとわかる。
『えーと、ということは、この瓶にもやっぱり思い入れがあるわけなんですね』
『はい。私が子供の時から使ってた瓶で、そのお婆ちゃんとかお母さんとの思い出があるわけなんです。それでその……お母さんがお婆ちゃんが亡くなってから落ち込んでて、その、是非ともこの思い出の梅干しを食べさせてあげたくて依頼しました』
森川さんは涙ぐみながらも胸をドンと叩く。
『そういう事ならこのパワー担当、森川楓に任せてください! 0.3秒で開けて見せます!!』
確かに森川さんより適任はいないと思う。
森川さんは瓶を持つと、蓋に手をかけてグッと力を入れる。
『あっ……』
何かを悟った顔をした森川さんはそっと瓶をテーブルの上に戻した。
えっ? もしかしてもう開いたの!? 私達はテレビに前のめりになる。
『ダメです』
『あぁ……やっぱり』
えっ!? 森川さんでもダメなの? それってこの世界に開けられる人間いるのかな?
『確実に開くけど、私が開けるとほぼ100%の確率で瓶ごと破壊して中身をぶちまけます!』
そっち!? これにはワイプの月街さんとらぴすちゃんも驚いた顔をする。かわいい。
『ちょっと、スタッフもやってみて』
スタッフの人たちも瓶の蓋を外そうと四苦八苦したけど、その蓋はぴくりとも動かなかった。
『蓋を温められたらいいんだけど……これ、蓋にもシールを貼ってるから、できたらそこも剥がさずに開けたいよね』
『はい……!』
森川さん達は輪ゴムを使ったり、ゴム手袋を使ったりしてなんとか蓋を開けようと試みるが無理だった。
ワイプに映った小雛ゆかりさん達も心配そうな顔でVTRを見つめる。
『あの……もう、壊してもいいですよ。それか蓋を温めてみましょう』
うん……。残念だけど、もう、そうするしかないよね。
こういうのって決められた撮影時間とかあるし、依頼した石田さんもこれ以上の迷惑はかけられないと思ったんだろう。
しかし森川さんは首を縦に振らなかった。
『まだ諦めちゃダメだよ!』
『えっ?』
森川さんは石田さんの両手を握る。
『私の大好きなあくあ君は、どんな状況でだって諦めたりしないもの! たとえ些細な事でも私達が諦めちゃダメでしょ!!』
『あ……は、はい!』
森川さんの言葉に胸が熱くなった。
確かに彼女のいう通りである。どんな状況でも諦めない。それを私達、日本国民に教えてくれたのがアイドル白銀あくあだ。
たった1人、彼1人が立ち上がった事で、日本は、いや、世界は変わろうとしている。
「森川さんのいう通りだ! 諦めるな。がんばれ!!」
「うん……うん!」
ういとけいとはテレビに向かって、がんばれ、がんばれと連呼する。
森川さんはポケットからスマホを取り出す。
『ちょっと1人、心当たりがあるので電話かけてもいいですか?』
『あっ、はい』
森川さんはどこかへと電話をかける。
一体、誰にかけているのだろう?
『あっ、もしもし森川楓です。お世話になってます』
『琴乃です。楓さん、どうかしましたか?』
電話に出たのは桐花マネだった。
もしかして桐花マネに瓶の蓋を開けて貰うようにお願いするのかな?
『今、解決ナイトカウンセリングっていう番組で依頼主の家に来てるんだけど……』
『はい』
桐花マネの声のトーンがお仕事モードに切り替わる。
森川さんは桐花マネに依頼の内容を一から説明した。
『というわけなんです。それで……』
『私に蓋を開けて欲しいと?』
『うん、それでもいいんだけど……その、ベリルの誇る最高の頭脳をお借りしたくて電話かけました』
『なるほど、そういう事ならお任せください』
ベリルが誇る最高の頭脳? 何の話かしら?
私はけいとやういと顔を見合わせる。
『というわけで最高の助っ人に来てもらいました。まずはベリルの桐花琴乃さんです。私が知る限り力が制御できてパワーがあるのはあくあ君と姐さんだけです』
『どうも……ベリルの桐花琴乃です。よろしくお願いします』
桐花マネは依頼主の石田さんと握手する。
『そしてもう1人、ベリルの……いや、日本が誇る最高の頭脳! あのアルティメットハイパフォーマンスサーバーの産みの親、鯖兎こよみさんです!!』
『初めまして、ベリルの鯖兎こよみです』
えええええええええええええええええええ!?
あ、あの、落ちないと有名なアルティメットハイパフォーマンスサーバーの開発者さんですって!?
うわー、すごい。初めてみたけど、こんな若い人が作ってたんだ。
確かミルクディッパーに所属しているみやこちゃんのお姉さんなんだよね。
ふーん、なるほど……。目の下に隈があって不健康そうに見えるけど中々の美人さんだ。
それにみやこちゃんのお姉さんだけあって大きい。
「これはあくあ君好みだね」
「私もそう思います」
私もういとけいとの発言に頷く。
『こよみさん、これなんです。どうにかなりませんか?』
こよみさんは手に持った瓶をじっくりと確認する。
『……恐らくは梅に含まれた塩分が蒸発するときに蓋にくっついて、それが結晶化した事で接着剤のようになってしまったんだと思う。なのでその接着した部分を外す事ができたら蓋が開くのではないだろうか』
『『『おおー』』』
私たちも森川さんと同じように声を上げる。
なんか蓋が開きそうな気がしてきた。
『というわけで普通にドライヤーで開けましょう』
『『えっ?』』
そうだった……。
温めるって別に熱湯じゃなくてもいいんだ。
こよみさんは軍手を石田さんに手渡すと、ドライヤーで瓶の蓋を温める。
『どうぞ。熱くなっているので気をつけてください』
『はい! んんんんんんっ!』
石田さんがグッと蓋の蓋に力を加える。
すると、パカっと音と共に瓶の蓋が開いた。
『やったーーーーーーーーー!』
『開いたあああああああああ!』
森川さんと石田さん、そして桐花マネとこよみさんは4人で抱き合って喜ぶ。
良かった。よかったねぇ。私もけいとやういと抱き合って喜んだ。
そうして……。
『ただいま……えっ!?』
依頼主の石田さんのお母さんは帰宅してびっくりする。
そりゃそうだよ。家にカメラが来てて森川さん達が居たら誰だってそうなる。
依頼主の石田さんはお母さんに、どうしてカメラが来ているかの事情を説明した。
『というわけで、こちらがお婆さんの梅干しになります』
『あぁっ!』
お母さんは食卓に並んだ料理を見て驚く。
どういう事? って、思ったら、すぐに回想のVTRが流れる。
『せっかくだし、おばあちゃんの得意だった料理と一緒に食べてもらいたいんです』
あぁ、なるほど、そういう事だったのね。
依頼主の石田さんはお婆ちゃんの味とレシピを思い出しながら、森川さん達と協力しながら料理を作ったみたいだ。
『食べてみて』
『うん』
石田さんのお母さんは料理を食べると、感動で涙を流した。
『どう? 美味しい?』
『うん。お婆ちゃんの味だ……。すごい。よく頑張ったね。森川さん達も……ありがとう。本当にありがとう……!』
最初は瓶の蓋を開ける只のしょうもない依頼だと思ってた。
それが、こうなるなんて誰が予測しただろうか。
私もういもけいとも涙を流した。
『うぅっ……』
画面が切り替わると涙する小雛ゆかりさんの顔が映し出された。
えぇっ!? 演技以外で小雛ゆかりさんが泣くなんて思いもしなかったから意外すぎる。
『私、おばあちゃんこなのよ。だからやめてよね。こういうの最初に持ってくるの』
へー、そうだったんだ。あまり家族の話とかテレビとか雑誌のインタビューでしないから初めて知った。
『どうですか室長』
『よかった……。けど、冷静に考えたら、ドライヤーで開くんなら最初からそうしておきなさいよ。あんた本当にメアリーで成績優秀だったの!? 実は鉛筆転がしてただけなんじゃない?』
小雛さんの言葉でドッと笑いが起きる。
森川さんがスポーツ推薦とかじゃなくて、一般入試で成績優秀者の特待生だったのは、確かメアリーの七不思議なんだっけ。
『まー、それは置いといてよかったわよ。ねぇ?』
『はい』
隣のアヤナちゃんもハンカチで目尻を拭く。
相談員のみんなもうんうんと頷いて、喜び合う。
よくみたら涙ぐんでいる山田君に隣の孔雀君がスッとハンカチを手渡していた。
『ええ話や! でも、ドライヤーで開くのに、あのアルティメットハイパフォーマンスサーバー作った凄い人を呼び出さんくても良かったんちゃうんか!?』
『それはそう。もうちょっと他にいたでしょ!』
確かにね。良かったのは良かったけど、普通に電話でよかった気がする。
『実はその件で一つご報告がありまして……鯖兎こよみさんには、今後も当番組の科学技術担当の先生を務めてもらう事になりました!』
『『『『『えぇ〜っ!?』』』』』
いやいや、もっとこう下といったら失礼かもしれないけど、その人じゃなくても大丈夫でしょ!!
この番組にこよみさんは明らかに勿体なさすぎる!!
『こよみさん、ほんま申し訳ない!』
『顧問の言う通りよ。こよみさん、しょうもない話だったら普通に断ってね!!』
インコさんと小雛さんの2人がカメラに向かって頭を下げる。
『えーと、それじゃあ次の依頼に行きましょうか。次の依頼の担当相談員は……』
『この私、雪白えみり相談員です』
雪白えみりさん、本当に美洲様の若い時みたいに綺麗。
森川さんと違って、えみりさんなら大丈夫でしょ。
『アヤナちゃん、お願い』
『はい。それではご依頼主様からのお手紙を読ませて頂きます。拝啓、解決ナイトカウンセリングの皆様、私の名前は長原と申します。私が小学生の時、友人にバスケットボールを貸しました。しかし、それを貸した事をつい最近まで忘れていました。どうにかしてそれを返してもらう事はできませんか? お願いします』
ふーん、なるほどね。
そのバスケットボールも何か思い出の品だったりするのかな?
『なるほどね……。借りパクはダメよ。借りパクは。ちゃんと取り立ててきたんでしょうね?』
『もちろんです。この取り立て屋えみりにお任せください』
雪白えみりさんはどこからともなくポケットからサングラスを取り出してかける。
すごーい。取り立て屋というよりもどこかのステイツのスター女優さんみたいだ。
『それではVTRどうぞ!』
アヤナちゃんの投げキス!?
あくあさんの、心臓を撃ち抜かれたような『ぐわあああ』という叫び声と共に画面が切り替わる。
『依頼主の長原さんですね。どうも、雪白えみりです』
『わっ、えみり様だ……! すごい。依頼的に森川さん辺りが来るかと思ってたので嬉しいです』
スタジオにいる森川さんの『ちょっとぉ!』 って声が入る。
ふふっ。思わず笑っちゃった。
『小学生の時、友人に貸したバスケットボールを返してもらいたいと……』
『はい。でも、本当の目的はそっちじゃなくて……』
依頼主さんはそこで言い淀む。
『実は私、今度、プロのバスケットの選手になるんです』
おぉ!! よく見たら依頼主さんの着ているユニフォームに沖縄プラチナクイーンズって文字が書かれてある。
確かめちゃくちゃ強いところだよね? すごーい。
『その友達が引っ越す時に、お互いにプロになって会おうねって約束したんです。でも学生の大会でも見かけないし、その……引っ越した先から連絡がつかなくて……今、どうしているのか知りたかったんです』
『なるほど、わかりました。そういう事なら、まずその友人の北村さんが、引っ越した先に行ってみましょうか』
『はい!』
2人は車で移動すると、北村さんが引っ越した先の場所へと向かう。
しかしそこには違う表札がかかっていました。
えみりさんはピンポンを押す。
『すみません。解決ナイトカウンセリングの雪白えみりです。ちょっと、お話を伺ってもよろしいですか?』
『解決ナイトカウンセリング……? って、雪白えみりって、あのえみり様!?』
『はい、スターズで職業欄にフリーターって書いてたあの雪白えみりです』
普通そうじゃないでしょ。
美洲様とかあくあさんの親戚のっていうんじゃないの?
住民の人が慌てて出てくる。
『美洲様の大ファンでその。あ……ほんと、若い時にそっくり。素敵、キャ〜!!』
あー、これは美洲様のガチファン勢の人だ。
そういう人からすると、えみり様はたまらないんだろうなと思う。
えみりさんは住民の人と握手すると、しばらく落ち着くまで待ってあげてから北村さんの話をする。
『前の住民の方……』
『どこかに行ったとかは知りませんか?』
『うーん……あ、でも、学校でわかるんじゃないかな?』
『なるほど、そうですね。ちょっと行ってみます。ありがとうございました!!』
『こちらこそ、頑張ってください!』
えみりさんと長原さんの2人は中学校へと向かう。
当然の如く、学校でえみりさんを見かけた生徒達は大騒ぎする。
『きゃあああああああああ!』
『本物のえみり様だ!!』
『ちょ、ちょ、撮影!? 撮影!?』
『解決ナイトカウンセリングって書いてある』
2人は学校の受付に行くと、北村さんの事に関して話を聞く。
『すみません。確かに北村という生徒はこの学校に在籍していました。でも、その……本当に申し訳ないんですけど、守秘義務で生徒がどこに引っ越したとかはちょっといえないんですよね』
『仕方ありません』
えみり様はポケットから一枚の写真を差し出す。
『カノンの寝顔写真です。これでどうにかなりませんか?』
『ちょっとぉ!?』
スタジオからのツッコミに笑い声が起きる。
カノン様、画面には映ってないけどスタジオ見学に来てたんだ。それとも二本撮りかな?
『それは見たいですけど……本当に申し訳ありません!』
『そうですか。わかりました。こちらこそご無理を言ってすみません』
えみりさんと長原さんの2人はトボトボと出てくる。
その後も2人は聞き込みを続けるけど、何も情報は得られなかった。
流石に無理かと諦めかけた瞬間、スタッフの元に電話がかかってくる。
『えっ? さっきの住民の人から電話?』
えみりさんはスタッフから携帯電話を受け取る。
『もしもし、お電話変わりました。雪白えみりです』
『あっ……! えみり様、その実はですね。この家を買った時の不動産会社の人に事情を説明して、前の所有者の人に連絡をとってもらったんです。それでその、一応住所を教えてくれたそうなんだけど、今、メモできますか?』
『はい、大丈夫です!!』
まさかのミラクルが起きた。
「やっぱりファンサはしっかりしておくべきなんだな。ファンの力は偉大なんだよ」
「だねー」
うんうんと私は頷く。
通話を終えたえみりさんはスタッフさんに携帯を返す。
『えー、住所がわかりました』
『本当ですか!?』
依頼主の長原さんは飛び跳ねて喜ぶ。
『沖縄です』
『沖縄!?』
えみりさんの言葉にスタジオのみんなもテレビを見ていた私達もびっくりした。
単純に遠いっていうのもびっくりだけど、依頼主の長原さんが契約したプロチームがある場所というのも何かの縁を感じる。
これに驚いて慌てたのはスタッフも一緒だ。
『え、えーっと、沖縄までの旅費出るかな?』
『いや、流石にそれは……どうなんだろう? ちょっと、確認しないと……』
あぁ、予算的な問題か。大阪局だもんね。現場だけの判断で出せる金額じゃないから、すぐにポンとは出せないのかもしれない。
『そういう事なら私が出します』
『えぇっ?』
えみりさんの言葉にみんなが驚く。
ポケットからスマホを取り出したえみりさんはどこかへと電話をかける。
『あっ、天鳥社長、実は給料の前借りをしたいんだけど……はい。お願いします! お茄子の着ぐるみを着るバイトでもなんでもやりますから!!』
お茄子の着ぐるみを着るバイトって何!? そんなのあるんだ……。
『というわけで沖縄行きが決まりました。というか、事情を説明したら社長が立て替えてくれました! 本当にありがとうございます!!』
さすがは天鳥社長ね。小雛さんが好きな女性だけあるわ。
みんなに夢を与えてるベリルエンターテイメントの社長をやってる人はそうじゃなきゃ!
テロップに後日、許可を取って番組の制作費から旅費をお返ししましたという一文が出る。
まぁ、仕方ないよね。こればかりは。
『それじゃあ、行こうか。沖縄に!』
『はい!!』
2人は飛行機に乗ると、本当に沖縄に到着した。
え? そのまま沖縄に行ったのマジ?
『はい、というわけでもう夜です。えー、実はですね。お家の方と連絡をとって、先に私が北村さんと会う事になりました。そういうわけで、バスケットボール。取り立ててきますね!』
えみりさんはサングラスをかけると、北村さんと待ち合わせをしている体育館へと向かう。
そこで呑気にテレビを見ていた私たちは目を見開いた。
『えーと……北村さんですか?』
『はい』
車椅子に乗った北村さんは膝の上にバスケットボールを抱えていた。
え? え? どういう事?
『あの……言いづらい事だったら申し訳ないんだけど、その、車椅子は?』
『実は中学の時に事故に巻き込まれて、そこからはずっと車椅子の生活をしています』
スタジオに居たみんなも、私達もどう言っていいのかわからなくて言葉に詰まる。
『はっきり言って最初は辛かった。大好きなバスケットができなくて……それでも、なりちゃんと約束したこのボールが私にもう一度、私に立ち上がる勇気をくれたんです』
北村さんはそう言うと、着ていたスウェットを脱いでバスケットのユニフォーム姿になる。
『今は地元の車椅子バスケのチームに入ってプレーしています。そしていつかは日本代表になって世界で戦ってみたいなと思っています!!』
『そっか……そっか!』
えみりさんは北村さんと抱き合う。
もう隣にいるけいともういも泣いている。
もはやバスケットボールを取り立てるだなんてどうでもいい依頼をみんなが忘れていた。
『あの、番組の事を聞きました。それでその……良かったらなんだけど私からの依頼を聞いて頂く事はできますか?』
『もちろん! この相談員、雪白えみりにお任せください!』
北村さんはありがとうと感謝の言葉を述べる。
『私の依頼はただ一つ、なりちゃんにこのバスケットボールを返して、あの時と同じように一緒にバスケットをプレーしたいです』
『わかりました!! その依頼、この雪白えみりが叶えて見せましょう』
えみりさんの顔が一瞬だけあくあさんと被って見えた。
ただの親戚だからとかそう言うのじゃない。この2人は本質的な部分ですごく似てるんだと、そう思った。
えみりさんは電話をかけると長原さんを呼び出す。
こうして小学生の時、2人でプロになると誓い合った少女達が数年の時を経て再会した。
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診断メーカーで新年のおみくじ作りました。
もっと色々できるの考えてたけど、これしかなかったんだよね。
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