白銀あくあ、月9ドラマの顔合わせ。
本日1回目、今日は6回更新します。
ドラマ、優等生な私のお兄様。
俺はこのドラマの主人公、佐田沙雪の兄である佐田一也の役を演じることになった。
今日はそのドラマに出演するキャストとの顔合わせである。
「主人公、佐田沙雪役の、小雛ゆかりです。よろしくお願いしまーす」
小雛さんは俺の妹、つまりは高校一年生の16歳を役として演じるが彼女の実際の年齢は24歳だ。
元々幼さの残る童顔で、らぴすとそう変わらない体型もあってか、会場に入ってきた時から妹感を出しまくってる。
天真爛漫な小雛さんの笑顔に、会議室の中もとても和やかだ。
その一方で、そんな小雛さんとは対照的に冷えた空気を出していた女性がいる。
「沙雪のライバル役、笠道莉奈役を演じる月街アヤナです。よろしくお願いします」
そう、何を隠そう俺の同級生でクラスメイトでもあり、隣の席に座っている月街さんである。
月街さんの名誉のためにも言っておくが、彼女の周りが冷えているのは月街さんが別に態度が悪いとかそう言うのではない。
ただ彼女の周りのピリッとした空気が、周囲の空気感に緊張感をもたらしているのだ。
ちなみに俺はそういう仕事に対して真摯な月街さんの雰囲気は嫌いじゃない、むしろ好きだと言える。
「沙雪の兄、佐田一也の役を演じさせて頂くことになった、白銀あくあです。今回はこのような大役に選んで頂けたことを感謝します。しっかりと一也になりきれるように頑張りますのでよろしくお願いします!」
俺が挨拶すると少し部屋の中がざわめいた。
男性俳優はこんな感じの作品にはあまり出ないらしいから、物珍しくて騒いでるのだろうと思う。
「やば……実在したんだ」
「都市伝説だと思ってた」
「私はてっきりパナソニーの最新CGかと」
俺はスッと頭を下げて着席した。
その後も次々とキャストの人が挨拶をする。
全員の挨拶が終わると、隣の席に座ってた小雛さんが肘で俺の腕を小突いた。
「どうかしましたか小雛さん?」
「むっふー、あくあ君は見た目通り、真面目だねぇ。もっとリラックス! って言ってあげたかったけど、へぇ、結構、落ち着いてるんだ。ふぅん?」
小雛さんは観察するように、俺の顔を覗き込む。
こうやって近くで見ると、本当に俺より年上なのか疑わしいと思ったくらいだ。
「小雛さんなんてよそよそしい感じじゃなくって、私のことは親愛を持ってゆかりお姉ちゃんと呼んでくれて良いんですよー」
小雛さんはなんか、お姉ちゃんというより妹みたいな感じに近い。
身長だって中学生のらぴすとそう変わりないし、らぴすと比べてもどこか子供っぽいというか……。
俺は段々と目の前のこの人が高校生役を演じる事が不安になっていく。
「あっ、あくあ君ってば、こーんな綺麗なお姉さんが高校生みたいな子供っぽい役ができるかどうか不安に思ってるんでしょ?」
いえ、逆です。
「ふっふーん。仕方ないなぁ。そんなあくあ君にお手本を見せてあげよう」
一瞬にして小雛さんを中心視とした空気感が切り替わる。
「お兄様……沙雪の事はお嫌いですか?」
小雛さんの演じる佐田沙雪は貞淑でおとなしい深窓のお嬢様という役柄だ。
そんな沙雪が今まさに俺の目の前にいる。
この人は、本当にさっきまで俺の目の前にいた人と同じ人なのか?
さっきまでの小雛さんの元気なイメージは一掃され、まさに誰しもがイメージした沙雪の姿がそこにはある。表情の動かし方、まつ毛の先まで考えられた目の動きや、指の先まで沙雪らしさをその身に纏った仕草、そこに違和感など何一つない。
たった一つの台詞、たった一回の仕草、時間にしてほんの数秒だったが俺は、この人が自分より上の次元で演技をしているのだと悟った。
かといってここでやり返さないほど俺だって大人じゃない。
俺は改めて小雛さんの方を見つめると、自分と一也をほんの少しだけ重ねる。
「沙雪、そんな事はないよ。俺が沙雪の事を嫌いになるなんてことあるわけないだろ?」
手を伸ばした俺は、小雛さんの茶色がかった長い髪に触れると頭の上をぽんぽんと叩いた。
これは実際に一也が沙雪を嗜めるときのシーンの再現である。
「ふぉぉおおお、一也っぽい! やるねーあくあくん」
さっきまでの沙雪が嘘のように、小雛さんはそれまでの自分に戻る。
小雛さんはにんまりと嬉しそうに笑うと、俺の腕を掴んで自分の方にグイッと引っ張った。
「でも……あくあ君は、女の子にそんなに気軽に触れちゃって大丈夫なのかなー?」
俺を手繰り寄せたゆかりさんは、一瞬にして表情と雰囲気を作る。
「ゆかりお姉ちゃんはこんな見た目だけど、ちゃんとした大人の女性なんですよ?」
年齢以上の毒を孕んだような視線と、あどけなさの消えた表情筋、小雛さんの唇の動きには先ほどまでカケラもなかった色香が漂う。ほんの一瞬で大人の女性へと成り代わった小雛さんに、俺はドキッとさせられた。
さっきまでの小雛さんに懐疑的だった自分を殴り飛ばしたくなる。この数十秒の間に、小雛さんは俺に三つの顔を見せた。流石は月9の主役に抜擢されるだけのことはある。これが本物の役者なのか……。
俺はアイドルであって役者ではないけど、だからと言ってドラマの仕事をするならもっと上を目指したいと思ってる。この人の演技は俺にとって参考になるかもしれないと思った。
そんな俺たちの会話を遠巻きに見ていた周りの人がざわめく。
「ゆかり姐さんマジ勇者」
「あの人、誰に対してもあの距離感だから」
「でも今のリアルな兄妹感、ありがとうございます」
「いや……姉弟も悪くないかも。一度で二度美味しい女優と言われた小雛ゆかり、さすがだわ」
その後は、ほんの少しだけ脚本の読みあわせをして、その日は解散になった。
俺はみんなに挨拶をすると、楽屋からバイクを止めてある駐輪場へと向かう。その途中で、俺は目の前を歩く月街さんの存在に気がついた。
「月街さん」
俺に名前を呼ばれた月街さんは、後ろに振り向く。
「白銀君、何か私に用かしら?」
「あ……いや、月街さんも同じドラマに出るなんて奇遇だなって」
月街さんは、三人組アイドルユニット、eau de Cologneのセンターでもありながら、ソロでモデルや女優としても活躍してる。前回CMの撮影の時に気になって、後で家に帰って調べたんだよな。
同じアイドルだったことには驚いたが、あのレベルの高いクラスの中でも飛び抜けて可愛かったから、月街さんがアイドルと知ってすごく納得した。
「そうね……もう面倒だから最初に言っておくけど、私、貴方と馴れ合うつもりはないの」
月街さんは俺に近づくと、鋭い目つきで俺のことを睨みつける。
「男だからって遠慮するつもりなんてないから」
あぁ……なるほど。
俺は月街さんのこの言葉で全てを察する。
今まで研究のために幾つかのドラマや映画を見たけど、確かに男性の演技はひどいものばかりであった。
男性だからと甘やかされ優遇され、その結果どうなるかを予想するのはそう難しい事ではない。
だから月街さんの言葉は、俺に対してというよりも、俺を通して男性そのものに対して向けられたものだ。
おそらく月街さんはここに来るまですごい努力を積み重ねている。
メインのターゲットが女性ばかりのこの世界で、女性アイドルとして売れると言うことは、相当ハードルが高いことだ。月9ドラマに出るということを考えたら、かなりのことだろう。そしてそれは、月街さんがそれだけの努力を積み重ねている証拠でもあった。
俺がここで他の男性の役者とは違う。そんな言葉を吐いたところで薄っぺらいものでしかない。
実際に俺がこの場所に立てているのは、男性優遇の社会と、阿古さん達支えてくれる人たちのバックアップがあってこそのものだ。
だからこそ俺は、月街さんに証明しないといけない。演技を通して、俺が本気なのだという事を。
「そういうわけだから、お先に失礼しますね。白銀君」
月街さんは2、3歩後ろに引くと、いつものように作った笑顔を浮かべてくるりと反転する。
そして何事もなかったかのように、颯爽と俺の目の前から去っていった。
「ぷーくすくす、あくあ君、アヤナちゃんに嫌われてるんだぁ」
俺は自分の隣の下の方から聞こえてきた声にびっくりする。
声の主である小雛さんは、口元に手を当てて悪い子の表情で悪戯っ子な笑みを浮かべていた。
「小雛さん……」
いや……彼女に何を言っても無駄なのは先ほどの顔合わせの時に十分に理解した。だからここで俺が取るべき行動は無視する、それ以外の選択肢はない。俺は小雛さんをスルーして、スタスタと愛車を止めてある駐輪所の方へと向かう。
「あー! あくあ君ってば、好青年のフリをして先輩のこと無視するんだ。いーけないんだ、いけないんだ!」
「くっ……」
この人、完全に俺のことを弄んでやがる……。
小雛さんはこの世界の女性にしては、月街さんとは別のベクトルで珍しいタイプかもしれない。
今までの現場もそうだが、同級生の女の子たちとは違って現場で接する大人の女性たちはどこか一歩を引いているような感じの対応をしてくる人が多かった。その中で、小雛さんだけが最初から俺の事を近所の知り合いの子のように、ちょっかいをかけて絡んでくる。それは同級生の女子たちの絡み方とは少し違って見えた。
「あー、えーっと、小雛先輩、今日はお疲れ様でした。ありがとうございます。それじゃあ俺はここで……」
「ふーーーん、あくあ君は現場の大先輩に対してそういうそっけない態度とっちゃうんだ。さっき、あんなに近い距離で見つめあった仲なのにな……あれは遊びだったの?」
小雛さんは可愛らしく目を潤ませて上目遣いで俺の事を見つめてくる。
「ぐぅっ!」
ダメだ、どう足掻いてもこの人に勝てそうなビジョンが思い浮かばない。
「後であこっちに、あくあ君がゆかりお姉ちゃんの事を無視するのーってチクっちゃおうっかなー」
「あこっち?」
俺は何だか聞き覚えのあるワードに反応してしまう。
「あこっちはあこっちだよー。天鳥阿古、私の小学生からの友達でー、あくあ君が所属するベリルエンターテイメントの社長さんね!」
おい、まじか……。そんな事、一言も聞いてないぞ阿古さん。
「ふふふ! 実は内緒にしといてって言ったんだよね。私自身の目で直に見極めたかったからさ」
小雛さんは俺を追い抜くと、スタスタと駐輪所の方へと向かう。
何だか嫌な予感がするのでついていくと、小雛さんは俺の愛車のシートにストンと座る。
小雛さんが何で俺の愛車を知っているのかは謎だが、彼女ならまぁ、何故かわかっててもおかしくない気がした。
「ほらほらー、今から事務所に戻るんでしょ? ゆかりお姉ちゃんも一緒についてってあげるから早く行こ?」
思わず小雛さんの両脇に手を突っ込んで、愛車から下ろそうとしたが止めた。
そんな事をしたら、次は何を言われるかわかったもんじゃない。
俺は小雛さんにヘルメットを渡すと、自らもヘルメットを装着する。
「一応、免許取り立てですから、ちゃんと掴まっててくださいね」
「うん!」
俺の背中に小雛さんがぎゅーっと抱きつく。
小雛さんはどぼーんとしていたシルエットのワンピースを着ていたからわからなかったが、この人……どことは言わないが、身長の割に、ちゃんとある……。
いや、むしろ、150cmもない事を考えると、結構なサイズじゃなかろうか。
ぐっ……ぱっと見の見た目が小学生か中学生くらいなのに、押し付けられたものに反応して嬉しくなってしまう男の性に涙が出そうになった。
「白銀……女の人の胸には気をつけろよ」
アキオさん、気をつけてもどうしようもないんですがどうしたらいいですか?
俺は心の中で、今は会えない師に言葉を投げかけた。
本編から少し変えました。
こっちの方がいいなら差し替えるかも。
次はお昼の12時更新です。




