白銀あくあ、初めての人。
停学が解けた俺は、土曜日曜に開催されたベリルカフェのイベントにBERYLの一員として正式に参加した。
本当は土曜だけ参加する予定だったけど、仕事が楽しくてついつい日曜まで勝手に参加しちゃったんだよな。
そんな事をしてるから停学で強制的にお休みさせられたわけなんだが、1週間も休んだ反動だから許して欲しい。
『そういうわけでみんなには心配かけたけど、ようやく明日から学校に行けます!!』
俺は日曜夜に突発で配信をする。
停学中は配信もできなくて夜はみんなとイチャイチャするか、筋トレするくらいしかなかったんだよな。
ただ、停学中は小雛先輩から呼び出されても、自分停学中ですからで全部断れたのはよかった。今後も小雛先輩にだけはずっと停学してますって言い続けておこうかな。
【停学明けおめでと〜!】
【もう停学になっちゃダメだよ】
【ずっと待ってました】
【配信ありがとう!!】
【ベリルカフェ行きました!!】
【やったー! 復活だー!】
【ゆかりご飯:マイニングクラフト起動して】
【↑こいつ何やってんの?】
【悲報、小雛ゆかり配信中】
マイニングクラフト?
嫌な予感がするな。とりあえず気が付かなかったフリをしておくか……。
【ゆかりご飯:早く来て】
【ゆかりご飯:ゲーム起動した?】
【ゆかりご飯:まだ?】
【ゆかりご飯:マイニングクラフトね】
【ゆかりご飯:まだ?】
あっ、琴乃? この人、配信からBANしといて。
ったく、そういえばさっき配信やってるって他の人がコメントで言ってたな。
俺は気が付いてないふりをしながらサブPCで小雛先輩の配信を確認する。
『ちょっと! 全然終わらないんだけど!?』
んん? 何やってるんだ?
ハードモードで終焉竜討伐とかじゃないの?
俺は配信のタイトルへと視線を向ける。
[ベリル本社ビルとその周辺の完全再現配信。w/鞘無インコ、雪白えみり、白銀カノン、森川楓、桐花琴乃、白龍アイコ、羽生治世子、那月紗奈、白銀あくあ]
ちょっと! 勝手に人の名前を追加しないでくださいよ!!
【これ、絶対に朝までかかるやつw】
【朝までかかっても終わらない企画やってて草www】
【普通に参加してるカノン様が違和感なくて草】
【↑それな!】
【カノン様と姐さんは建築プロ勢だから外せないよ】
【悲報、私達の総理。建築のセンスが無さすぎて土木に回される】
【あれ? 紗奈ちゃんがいる。ついに小雛先輩にだる絡みされるようになった?】
【↑初めての役者であの演技力に羽生総理の娘、おもちゃにならないわけがない!!】
【この女、あくあ様が明日学校だってわかってて誘ってるだろw】
【↑それが小雛ゆかりです】
って、よく見たら俺の嫁達が普通に参加してるじゃん!
みんなー? その人は関わっちゃいけない人だよー?
『ちょっと、みんな手が止まってるわよ! あいつの配信が始まったからって休んじゃダメ。耳で聞きながら手は動かす! そうじゃなきゃ朝が来ても終わんないわよ!!』
『ひぃーっ』
小雛先輩のキャラが総理とインコさんと楓のキャラをしばく。
確かに総理とインコさんのキャラは止まってたけど、楓は普通に働いてたのに巻き添えでしばかれて可哀想だ。
『建築プロ勢で空いてる人いる?』
『行けます!』
カノン!? 明日学校だよ!?
ほら、時間見て時間。もう君は寝てる時間でしょ!
『じゃあ、駅の方お願い』
『わかりました』
しかもその駅、クソでかいからめちゃくちゃ時間かかるよ!!
俺は一旦配信部屋を出ると、ペゴニアさんにカノンだけでも寝かせるようにお願いした。
『代わりにやります』
『はい、よろしくね』
琴乃も大丈夫か?
あんまり無理しちゃダメだよとメッセージを送っとく。
『白銀キングダム完成しました!!』
『ナイスよ。えみりちゃん!!』
白銀キングダムって何?
えっ? あの巨大公園にそんなのできたんですか!?
えーっと、阿古さんからは何も聞いてないし、きっと俺には関係のない別の白銀さんの話だな。きっと、そう。
【あそこ完成したんだ……】
【何? 東京って今、そんなのできてるの?】
【あれ? あそこって私が見た時は風雪なんとか城って書いてたような……】
【すみません。地方在住なんですけど、白銀キングダムってベリルが今作ってるテーマパークのことですか?】
【↑違うよ。そっちはベリルインワンダーランド。夏休みに開業する方な】
【↑は!? 発表から開園まで早すぎない!?】
【↑日本各地から集まった精鋭達が人海戦術で24時間ローテーション組んでずっと建築してるから】
【工事の騒音問題は周囲の住民達にアーリーチケット渡すって条件で解決したって本当?】
【↑そうだよ。だからアーリーチケット込みの中古マンションの販売価格がバブル期みたいに高騰してやばい事になってる】
配信の状況を確認した俺は、そっと画面を閉じる。
よしっ! 見なかった事にしておこう!
『みんな本当にベリルカフェに来てくれてありがとな。俺は明日に備えてそろそろ寝るよ。お休み! みんなもあまり夜更かしするなよー!』
俺はそう言って配信を終わらせた。
「ふぁ〜っ、流石にハッスルしすぎて疲れたし、今日はもう寝るかー」
っと、寝る前にちゃんと小雛先輩対策で携帯は切っておかないとな。
俺はアヤナにあとは任せたとだけメッセージを送って眠りにつく。
『朝だよー。起きてー。起きなきゃぶっ飛ばすわよ!!』
「ひぃっ!」
はぁはぁ、はぁはぁ。小雛先輩の怒鳴り声で俺は飛び起きる。
思い出した。そういえばこの目覚まし、最初はカノンとらぴすに朝だよーと、起きてーを録音してもらってただけだったのに、その後に小雛先輩が勝手に俺が居ない間に追加でボイスを収録してたんだった。
後でらぴすとカノンにお願いして、録り直してもらお……。
「ふぁ〜っ」
目が覚めた俺は携帯で配信サイトをチェックする。
『ちょっと、もう朝よ!! えっ? 停職明けで臨時国会があるから落ちる? ふざけるな! そんなのよりこっちの方が重要でしょ!! どうせしょうもない押し問答するだけなんだし、そんなのサボりなさいよ!!』
すげぇわこの人、もう俺は一生この人に勝てなくてもいいやという気分になってきた。
俺は朝イチから小雛先輩の配信を開いた事を深く後悔する。
[※あくあ君見て♡ 今日も今日とて朝から顔出しで揉み活育成中♡]
すぅ……。とりあえずチャンネル登録して、無言で投げ銭しておこうかな。
こういう素晴らしい配信にちゃんと投げ銭をして育てていく事もコンテンツクリエイターとしては重要な事だ。
【あくあ様!?】
【本当に釣れてて草】
【これは流行るぞ!】
【あくあ君、無言だったらバレないって思ったんだろうな。かわいー】
【↑ねー。全部わかってるのにw】
【雪白えみり:もう建築やだ。私もそういう配信やりたい】
【↑えみり様!?】
【悲報、えみり様。終わらない駅建築に頭がおかしくなられる】
やっべ。バレた。やっべ。
俺はそっと配信を閉じる。
あっ、でもえみりさんが揉み活配信する時は呼んでくださいね。
上限まで投げ銭しますから。
「おはよう。みんな」
「「「「「おはようございます」」」」」
さすがメイド組のペゴニアさん、りんちゃん、みことちゃん、るーな先輩とりのんさんは早朝から全員揃ってる。
俺は久しぶりに朝からランニングで汗を流すと、カノンやみんなと一緒に朝食を摂った。
「いってきまーす!」
久しぶりの学校でテンションMAXな俺は1人で家を出る。
停学になった事を深く反省した俺は、初心に帰って電車通学から新学年をスタートしようかなと思ったからだ。
カノンも一緒に電車で登校すると言ってたけど、無理はさせたくないので通常通り車に乗って行ってもらう。
「あ、あ、あくあ様!?」
「あくあ君が駅に!?」
「えらいこっちゃえらいこっちゃ!」
「掲示板に書き込まなきゃ!!」
「あっ、親衛隊の人達がいる」
「ほっ、それなら大丈夫そう」
えーっと、この家からだとこの電車に乗らなきゃいけないんだっけか。
まぁ、間違った時は間違った時だ。
俺はホームに到着した電車に乗り込む。
「あくあ様が電車!?」
「お前ら触るんじゃないぞ!!」
「匂いは!? 匂いを嗅ぐのは不可抗力ですよね!?」
「くっそ、一年経っても無防備か!!」
「この男、停学になってもまるで変わっていない!」
「もうここまで来たら一生そのままでいて!」
あっ、そういえば男性専用車両があるんだっけ。
でも、今更移動するのもなんだし、このままでいっか。
俺は吊り革を掴むと、目の前の座席に座ったお姉さんに笑顔を見せる。
「はわわわわ」
ん? よく見ると目の前のお姉さんのハンドバッグの持ち手に、ねねちょさんがデザインした猫耳姿のとあと俺が描かれたキーホルダーが付けられている。
BERYL猫のグッズは2月22日の猫の日を記念して作られた限定品で、ベリルショップや駅、商業施設等に置かれたガチャで手に入れる事ができた。その中でもとあと俺の2人が描かれたアイテムはレアに区別されているらしい。
ただでさえレアなのに、社員さんが天我先輩のストラップだけ桁を間違えて発注したために余計にレアになったんだっけ。あの時はSNSにハチワレ天我しか出ないってワードがトレンドに上がって、俺も炎上するのかと思ったけど、面白がったネット民が逆に天我先輩の猫を集めて謎のTENGA猫ミームを流行らせてくれたおかげで事なきを得た。
「ふっ」
俺はお姉さんに対抗するように黒猫姿の黛ストラップを取り出す。実はこの黒猫黛、通常はメガネ仕様なのだが、俺が持っているのはメガネなしの目つきが悪いレアバージョンである。
仕事でベリルショップに行った時に、試しに自分で引いたら当たってしまったやつだ。
「メガネ無し仕様だと!?」
「存在したのか!?」
「ネットでは見るけど現実ではみない奴!!」
「都市伝説かAIのフェイクだと思ってた……」
「TENGA猫なら家に100匹いるのに!」
「あくあ君が黛君のアイテムを持ってるだって!?」
「くっ! 私の心臓ががが」
っと、そんなくだらない事をしていたら、目的の駅に到着した。
「あくあ様が無事に到着したのを確認しました。どうぞ」
「よし、ちょうど時間通りだ」
「協力者に事前の電話をありがとうって言っておいて」
「ここから学校までの道筋は私たちが守ってみせるわよ!」
「オト学の新入生達がびっくりしてるわね」
「それに比べてさすがは2年、3年といったところかしら。あくあ様の多少なやらかしではもう微動だにしないわね。顔を見たらわかるけど、2年生、それもA組の面々は面構えからして違うわ」
「ほら、あの子なんて特に……」
ん? あれは……。
俺は駅に着いてすぐに知り合いに遭遇した。
「おーい! クレアさーん!」
「あっ……あくあくあくああ君。どうも」
そういえばクレアさんもなぜか停学だったんだよな。
課外授業の時に見かけてびっくりしたよ。
「せっかくだし、一緒に学校行かない?」
「は、はい、喜んで」
俺はクレアさんと一緒に駅を出ると、商店街を抜けて乙女咲へと向かう。
「こちら聖女親衛隊、ワーカー・ホリックがあくあ様を確保した」
「さすがはナンバー1。ごく自然な形で接触したな。我らも見習わなければ」
「あのメアリー様やくくり様を配下にする女だぞ。やはりものが違う」
「さっきの慌てた素振りもきっと演技に違いない!」
「うーん、なんか本当に偶然出会ってびっくりしただけのように見えるんだけどなぁ」
「ちっちっち、お前は新人だからわかってないのさ。あのワーカー・ホリックの恐ろしさをな……」
チラホラと見た事がない子達がいるな。彼女達が新入生か。
それにしてはこう、ちょっと大人びた子も混じっているような……。
その女性に複数の女性達が詰め寄る。
「お姉さん、学生証を確認させて貰えませんかー?」
「はい。逃げないでねー」
「私は去年も取り締まりをやってますからね。春になるとこういうのが出るってわかってましたよ」
あっ、学生服を着たセクシーなお姉さんがどこかへと連れ去られて行った。
どうしたんだろう? い、いじめとかかな?
「大丈夫だと思いますよ。この時期は不審者も多いですから」
不審者!? 俺が停学になってる間に随分と物騒になったな……。
俺は久しぶりに下駄箱で靴を履き替える。新学年で靴箱が変わって身が引き締まる思いだ。
よーし、ここは先輩らしく。後輩達にかっこいいところを見せてやろうじゃないか。
俺はゆうおにの一也のように颯爽と風をきって自分の教室へと向かう。
「あっ、ちょ、あくあ君、待って」
珍しくクレアさんが慌てた素振りで俺へと手を伸ばす。
しかし暴走特急白銀あくあは一度動き出すと止まれないのだ。
俺は勢いよく1年A組の教室の扉を開ける。
「みんな、おはよう!!」
ん? なんかみんな反応が悪くないか?
新学年からそんなテンションだと1年持たないぞー。
って、教室に居る生徒達の顔をよく見ると、知らない人ばかりだった。
「あっ」
しまった……。そういえば2年になって教室が変わったんだっけ。
普通に1年生の教室に来てしまった。
これは恥ずかしい。だからクレアさんは必死に止めようとしてくれたのか。
「し、失礼しました〜」
俺は何事もなかったかのように後退りしようとする。
すると背中に何か柔らかいものがぽよんと当たった。
「あっ、ごめん」
「いえ、こちらこそ」
俺は体をぶつけた事を謝罪しようと後ろを振り返る。
するとそこには俺の憧れの人、明星リリィが明星リリィになる前の祈ヒスイちゃんが立っていた。
「あっ、ヒスイちゃん」
「あくあ様、停学が解けたんですね。2年生の進学、おめでとうございます!」
「ありがとう。ヒスイちゃんこそ入学おめでとう」
なんかこう……彼女と話していると、どうしていいのかわからなくなる時がある。
俺が知ってるリリィさんはもう20を超えてたし、それに比べると15のヒスイちゃんは幼い感じが残ってて、そこが違和感というか変な感じがするんだよな。
後、俺なんかが彼女の指導をしてもいいのかなっていうのもある。
元々、俺のスタイルはアイドルだった彼女の輝きに憧れて、その真似っこから始まったものだ。
だからそんな俺が彼女にしてやれる事なんて何もない。
俺が知りうる限りの彼女の未来を再現してそれを伝える事も考えたけど、それは本来、彼女が自分で作ったものだ。だから俺が変な事をしない方がいいんじゃないかなと悩んでいる。
「やっぱり一度相談してみるか」
しかし相談するにしてもどうしたものかな。小雛先輩は俺が前世持ちなんて知らないわけだし、そんなの急に言ったら本気で病院に連れていかれそうだし、そこは隠した上でうまく説明しなきゃいけないなと思った。
「相談?」
「ああ、ごめん。なんでもないから」
ヒスイちゃんは不思議そうな顔で首を傾ける。
どうやらつい声に出してしまっていたようだ。
俺はヒスイちゃんに笑顔を見せて誤魔化す。
それにしても、ヒスイちゃんといい、アキコさんといい、前世で知ってた人にこちらの世界でも遭遇する事がたまにあるな。もしかしたら小保原先輩とか、他にも前世で会った事がある人と出会う事もあるのだろうか?
「あくあ先輩」
「あっ、くくりちゃん」
くくりちゃんの先輩呼びに俺はジーンとする。
しかもツインテの後輩だなんてくくりちゃんはわかってるよ。
「もしかして、私に会いにきてくれたんですか?」
くくりちゃんは俺に向かってウインクする。
おお! さすがはくくりちゃんだ。
彼女をミルクディッパーに入れた理由の一つが、この気の利き方なんだよ。
くくりちゃんのおかげで、俺が間違えて1年の教室に来てしまった事を誤魔化す事ができた。
「あれ、絶対に間違えて来てたよね」
「くっ! 普段はかっこいいのに、たまに抜けてるのが可愛い」
「小雛さんはあんた達が可愛いなんて言って甘やかすのが良くないって言ってたけど、無理だよ。私の方が年下なのに甘やかしちゃう!!」
「しかもそれで誤魔化せてると思ってそうなところが、最高に可愛いんだよね」
おっ、後輩達が俺の事をチラチラと見ているな。
やっぱり1年生からみると、2年生の俺は大人に見えるんだろう。
ここはキリッとした顔をして頼れるかっこいい先輩を演出しておく。
「あの……」
「ん?」
声の方向に顔を向けると、マスクをつけた派手な女子が立っていた。
って、確かこの子って女優の音ルリカさんじゃなかったっけ?
へぇ。乙女咲に入ったんだ。
「BERYLの白銀あくあです。音ルリカさんですよね。初めまして」
「初めまして、1年の音ルリカです。教室に入りたいので、そこ、どいてもらっていいですか?」
「あ、うん。ごめんね」
俺が横に移動すると、音さんは丁寧に会釈してありがとうございますと言って自分の席へと向かっていった。
クールだなぁ。ファッションも自分の世界を確立してる感じだし、かっこいい子だなと思った。
どこかの自称クールビューティーのお子様、玖珂レイラさんとは大違いである。
ん? 今考えたら結構子供っぽい美洲お母さんといい、小雛先輩といい、レイラさんといい、うちの国が誇る女優トップスリー全員、お子様じゃね? 大丈夫かこの国。
「あくあくううううううううん」
「うぉっと! イリアさん、出会い頭に突貫してこないでくださいよ」
って、その制服。本当に乙女咲に入学したんだ。
できれば嘘だと言って欲しかったよ。
いや、別に年上のお姉さんが制服を着てくれるの個人的には吝かではないのだけど、イリアさんはどっからどう見ても本当に女子高生にしか見えないからなぁ。高校1年生で時を止めた。私はそういう能力を持ってるのって言ってた時は頭が痛くなったけど、あながち冗談じゃない気がする。
その後ろからクレアさんがトテトテとやってきた。
「あくあ君、その……もうSHR始まっちゃうよ」
「あ、うん。さっきは止めようとしてくれてありがとな……」
俺はくくりちゃん、ヒスイちゃん、イリアさんの3人にまたなと声をかけるとクレアさんと一緒に自分の教室に到着する。
あれ? 教室に入った瞬間、とあに呆れられた顔をされた気がするのは気のせいだろうか?
まさか俺が間違って1年の教室にいってしまった事がバレてたりとかしないよな?
そんな事を考えていたら、誰かが俺の肩をポンと叩いた。
なんとなくだが、俺の長年の勘が振り向いちゃダメだと俺に告げる。
俺はその言葉に従った。
「あ〜く〜あ〜」
「ひぃっ!」
アヤナ、いや、アヤナさん。ごめんなさい。
小雛先輩を押し付けて本当にごめん。
「冗談よ。私もそうだけど琴乃さんとか那月さんとか普通に寝たし、森川さんとかえみりさんとかインコさんとか羽生総理は普通に朝まで付き合わさせられてたけど」
そういえば寝起きに配信を見た時にアヤナは居なかったな。
ていうか、総理はやっぱり寝ずに朝までやってたんだ。今日、国会だけど大丈夫かな……。
「おはよう、あくあ君!」
「あくあ君、おはよう」
「ココナ、うるは、おはよう!」
あれ? リサは? って、居た。
2人の後ろでげっそりしたリサを見てびっくりする。
「リサ、どうしたの!?」
「あっ……その、ちょっと業界の……」
「業界?」
「えぇっと、そうじゃなくて、会社は違うんだけど、その……先輩というか、先輩のような人に呼び出されまして、夜にちょっと工事を……じゃなくって、その、ごめんなさい」
先輩? 工事? 夜に呼び出されて?
それって昨日少しコメント欄でも話題になってたけど、ベリルインワンダーランドの工事かな?
えみりさんが時給に釣られてバイトに行こうか悩んでたけど、もしかしてリサもお金が必要なのだろうか。
もしかしたらお父さんの会社が大変だったりとかするのかもしれないと思った俺は、リサの手を取って両手で優しく包み込む。
「リサ。お金に困ったら言ってくれ。君のご両親も俺に取ってはもう家族みたいなものだから。ね?」
「は、はひ……」
あれ? かっこいいところを見せようとしたら、余計にリサがぐったりとした。
おーい、大丈夫かー? その様子を見たココナとうるはの2人がコソコソと何かを話す。
「今のは徹夜で小雛ゆかりさんに帝都劇場を作らされてたリサちゃんにとってはオーバーキルだよ」
「ふふっ、リサちゃん、よかったね」
俺はリサに保健室に行くかどうかを確認する。
本人は大丈夫と言っていたが、あまり無理するなよと声をかけた。
「おっ、白銀、学校に来たのか」
俺は杉田先生の前でビシッと敬礼する。
「白銀あくあ、恥ずかしながら2年A組へと帰って参りました!」
「はは、何だそれ。ほら、冗談言ってないで席に着け」
あー、この感じですよ。
ちゃんと俺にも面倒くさがらずに相手してくれる杉田先生は最高です。
小雛先輩は、案外こういう人に弱いというか、知り合ったら甘えそうな気がするから、杉田先生のためにも一生紹介しないでおこう。
「あくあって本当に楽しそうだよね」
「おう!」
俺はカノンに声をかけてから自分の席に着席する。
「よーし、それじゃあSHR始めるぞー!」
「「「「「はーい!」」」」」
久しぶりの学校は、はっきり言って楽しかった。
午前中の授業を終わらせた俺は、お昼休憩中に配信サイトを確認する。
『はあ!? 区画がズレてる!? ふざけんな。誰よここ測量したの!!』
まだやってる……。
しかも、そこ測量してたの小雛先輩ですよ。俺、昨日の夜、寝る前に小雛先輩が測量してたのを見てたから間違いないっす。
ちゃんとコメントに書き逃げしておこっと……。
「リサちゃん、大丈夫?」
「次の授業まで保健室で休ませてもらったほうがいいよ」
どうやらリサが限界らしい。
ココナとうるはの2人がリサを心配する声が聞こえてきた。
「リサ、保健室行こっか」
「ひゃっ!?」
俺はリサをお姫様抱っこすると、そのまま保健室へと連れて行く。
道中、それを見た1年生達が衝撃で固まる。あー、なんかこういう感じ、懐かしいな。
その一方で2年と3年、先生方は慣れてきたのか微笑ましい顔でこちらを見ていた。
「失礼しまーす」
あれ? 保健の先生居ないのか?
俺はリサをベッドに寝かせると、お布団をかける。
「午後の授業が始まる頃には起こしてあげるから、ほら、ちょっとだけでも眠りな」
「は、はひ……」
俺はリサの体をお布団の上からぽんぽんと叩く。
するとそのリズムが心地よかったのか、疲れが限界だったのか、リサはスゥスゥと寝息を立てる。
よし、これで大丈夫だろう。
「あら、誰か来ているのかしら?」
俺はその声を聞いて固まった。
「こんにちは」
その優しくも甘い声に誘われて、俺はゆっくりと後ろに振り向く。
「あら……。貴方は白銀君ね」
俺はその人の顔を見て固まる。
間違いない。彼女は俺が知っている、いや、よく知っている彼女そのままの姿だった。
アキコさんのように性別が逆転するわけでもなく、ヒスイちゃんのように若返る事もない。
俺が初めて自分が男だと知った時の、その姿のままで立っていた。
「初めまして。実家の都合で休職している山辺先生の代わりに入った、根本音子花です」
「保健の……先生?」
俺はもしかしたらと思って、一度だけ根本音子花……ねぇねを探した事がある。
でも、俺が彼女と初めて出会った児童養護施設はこの世界にはなくて、ネット上でも名前が出なかったので全く消息が掴めなかった。
「はい! 山辺先生が復帰するまでの間だけど、この4月から乙女咲の養護教師になりました。よろしくね。白銀君」
俺は目の前で動いているねぇねを見て固まる。
児童養護施設にお世話になっていた時、ねぇねはいつも俺に優しくしてくれた。
俺が年上の女性を好きになったのも、俺が大きな女の人が好きになったのも、俺が目覚めたのも全ては彼女がきっかけである。
まさかそのねぇね先生とこういう形で再会するなんて誰が想像しただろう。俺はどうしていいのかわからずに戸惑った。
「えっと、ところでその子は……」
「あっ、すみません。ぼーっとして」
俺はねぇねにリサが寝不足で体調が優れていなかったので、ここで休ませた事を説明する。
「そっか。それでここまで運んでくれたんだね。ありがとう。でも、そういう時は先生を呼んでくれていいんだからね? 全部、自分1人でやろうとしたら、今度は白銀君にばかり負担がかかっちゃうでしょ。ね?」
こうやって優しく諭しながらも、俺を注意するところが本当にあの時そのままだ。
「……あくあ」
「えっ?」
「あくあって呼んでほしい」
あの時と同じように……。
って、何を言ってるんだ。俺は!
今のをなしにしようとした瞬間、ねぇねは優しい顔で俺に微笑んだ。
「そっか。カノンさんも白銀姓だしややこしくなっちゃうよね。じゃあ、改めて、よろしくね。あくあ君」
あぁ……本当にあの時のねぇねそのままだ。
大人になってこの世界に転生して、それでもまだあの時の事は鮮明に覚えている。
この世界の貴女は覚えていないだろうけど、それでも俺が貴女を知っているんだ。
「はい。よろしくお願いします。ねぇね先生」
「あれ? あくあ君ってば、私がねぇねってみんなに呼ばれてるの知ってたの?」
「いや、なんとなく」
そう、なんとなくだ。
今更どうって事はない。
俺は気を取りなおすと、リサが寝ている間、少しだけねぇねとお話しした。
「鷲宮さん、大丈夫?」
「は、はい! すみません。ご迷惑をおかけしました」
ん。どうやらリサの体調も少しは回復したようだ。
一応午後も様子見て、やばそうならカノンに頼んでうちに連れて帰ろうかな。
リサも含めた3人とは将来的には結婚するけど、今は恋人関係を楽しみたいという理由で話は纏まってるからみんな変わらず実家暮らしをしている。でも、たまにはこっちにお泊まりしたっていいはずだ。
俺もリサやココナ、うるはと一緒にいるのは楽しいしな。
「ねぇね先生、お世話になりました」
「ふふっ、あくあ君も体調が優れない時は無理しないでね」
「はい」
ねぇねの顔を見て自然と笑みが溢れる。神様、ありがとな。もう2度と初恋の相手だったねぇねには会えないと思ってただけに、すごく嬉しかったよ。だって前世のねぇねは……。いや、そんなのはどうでもいい。それはあくまでも前世の話だ。今のねぇねは幸せそうな顔をしている。俺にはもうそれだけで良い。
俺は午後の授業を受けるために、リサと一緒に保健室を後にした。
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診断メーカーで新年のおみくじ作りました。
もっと色々できるの考えてたけど、これしかなかったんだよね。
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