表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

405/734

黛慎太郎、この想いを届かせろ!!

 お昼休みの誰もいない屋上で、僕は停学になったあくあと電話をしていた。


「慎太郎……俺、停学になっちまった。はは……どうしてこうなったんだろうな?」


 すまない、あくあ。

 もう何度もその話はニュースで見たが、はっきり言って僕もよくわからない。

 むしろ僕の方がどうしてそうなったのかと聞きたいくらいだ。

 まず最初に、どうしてうどんが出てきたのか、そこからして理解できない。もしかしたら他の人はわかっているのか? 俺だけがわからないのか? 今度、恥を忍んで天我先輩やとあにさりげなく聞いてみるか……。

 とあは僕よりもしっかりしてて色々知ってるし、天我先輩は頭が良いし僕よりもずっと大人だから、きっとその答えを知っているはずだ。


「あ、あとさ、こういう時、やっぱり母さんとかに言った方がいいのかな?」

「そうだな。一応もうお前は結婚してるけど未成年である事には変わらないし、報告くらいはしといた方がいいんじゃないか?」


 あくあは少しだけ思い悩んだような唸り声を上げる。

 どうした? あくあでも悩む事があるのだろうか。


「怒られるのは別にいいんだけど、逆に泣かれたらどうしよう……俺、そういうのはちょっと弱いんだよな」

「その時はもう素直に謝るしかないと思う」


 自分の胸がチクリと痛む。

 そんな事、母さんを悲しませたお前があくあに言える事じゃないだろって思った。


「ああ、うん、そうだな……。ありがとな。慎太郎」

「いや、俺の方こそ話を聞く事くらいしかできなくてごめんな」

「そんな事ないって、俺はお前のそういうのにだいぶ助けられているからな。ほんと、いつもありがとな」


 そんな事ないだろ。僕の方がよっぽどお前に助けられてるよ。

 僕はお前が居たからこそ救われたんだ。


「それじゃあまたな慎太郎!」

「あぁ! またな」


 僕は電話を切る。

 あくあの声、いつもより元気がなかったな。

 やっぱりあくあも停学は堪えたのだろうか。

 天鳥社長から聞いたけど、今回の停学はあいつを強制的に休ませるための方便だと聞いている。

 そうじゃないと春休みが無しの状態で、そのまま新学期に突入してしまうからという理由らしい。

 あくあの場合、休みがあるとどんどん仕事を入れる癖があるからな。

 この前も森川さんの番組に素人として会場に行ってたけど、あいつは多分ジッとしていられないんだろう。

 僕は電話を切ると、校舎の屋上から教室に戻る。


「どうだった?」

「ちょっと元気なさそうだった」


 教室に入るとすぐにとあから話しかけられた。

 なんであくあから電話がかかってきたのだとわかったのだろう?


「もー、それなら僕にも電話かけてくればいいのに、あくあったら都合の良い時にしか電話かけて来ないんだから。僕の事、都合のいいやつって思ってるのかな? 慎太郎はどう思う?」

「うーん……とあにはあまり心配をかけたくないんじゃないのか? ほら、とあも雑誌とかテレビとか色々と仕事が入ってるから気を利かせたんだと思う」

「そうかな? じゃあ、そう思う事にする」


 とあは少しだけ機嫌を良くすると自分の机へと帰っていった。

 それを見てカノンさんが俺の方へとやってくる。


「黛君、いつもありがとね」


 とあといいどうしてわかるんだ? カノンさんはペコペコと頭を下げると、本当にごめんね。これからもよろしくねと言って自分の席に帰っていった。

 続けて月街さんが僕の方にやってくる。


「黛君、あくあどうだった? ゆかり先輩にあんまり甘やかさない方がいいわよ、すぐに調子に乗るからって伝えて欲しいって言われたんだけど……」

「普通に落ち込んでたし大丈夫だとは思うが……」

「じゃあ、そう伝えておくね。ありがとう」


 月街さんは、それだけ伝えると自分の机へと帰っていった。

 みんなどうして僕があくあと電話をしていたってわかるんだろう。

 もしかして僕達の携帯を盗聴されてたりとか……流石にそれはないか。

 席に着いた僕は午後の授業を受けた。

 授業が終わった僕が教室から出ると、担任の杉田先生に話しかけられる。


「黛、白銀の様子はどうだ? 落ち込んでたりとか……」

「大丈夫ですよ。先生。少し落ち込んでいましたけど、すぐに復活すると思います」

「そ、そうか。それならいいんだが、何かあったらすぐに言ってくれよ。黛、いつもありがとな」


 杉田先生は白銀を頼むぞと一言添えるとそそくさと職員室へと戻っていた。

 みんな何か大きな勘違いしてないか?

 僕はメガネをかけているが、僕よりもなんでもできるあくあの方が普通にしっかりしてると思うぞ。

 学校から出た僕はとあと一緒にマネージャーの花房さんが運転する車に乗って、そのままテレビ局へと向かう。

 今日は音楽番組で僕が出るドラマの主題歌を歌う予定だったけど、ボーカルを務めるあくあがいなくなったから、みんなで歌える代わりの曲をみんなで歌う予定だ。


「「よろしくお願いしまーす」」


 ビルの裏口で名前を書いて入館した僕達は、スタッフさんの案内で用意してくれた楽屋の中に入る。

 楽屋の中では天我先輩の他にもマネージャーの垣内さんや、スタイリストチームのみんなが集まっていた。


「あっ、天我先輩、もう来てたんだ」

「天我先輩、こんばんは」

「2人ともよくきたな。さぁ俺の採ってきたお茶を飲め」


 天我先輩はとあと僕に温かいお茶を出す。

 そういえば春香さんと一緒に春休みの終わりにお茶摘み体験に行ってきたって言ってましたね。


「わぁ、甘くておいしい!」

「天我先輩美味しいです」

「そうだろうそうだろう。できればもう1人の後輩にも飲んで欲しかったのだがな……」


 天我先輩はしょんぼりとした顔をする。

 それもあって楽屋の中がちょっとだけ暗くなった。

 なんともいえない空気感とは逆に、慌ただしい足音が外から聞こえてくる。


「お邪魔しまーす!」


 あ、全員で振り返ると楽屋の入り口に小雛ゆかりさんが立っていた。

 その後ろで越プロの社長が両手を合わせてすみませんすみませんとヘコヘコする。


「ゆかりちゃーん、流石にまずいって!」

「いいじゃんいいじゃん。あんたは気を遣いすぎなのよ。それよりも黛君いる?」

「あっ、はい」


 月街さんも言ってたけど、あくあの事かな?

 小雛ゆかりさんはズンズンと俺の方に向かってくる。


「あんたさ。もっと自分の感情を内に溜めなさい。性格的にそういうの得意でしょ? そしたらキャラに深みが出てもっと良くなるわよ。あとはセリフの間とか歩き方とか作り込みの細部もちゃんと丁寧にやる事。それこそ睦夜星珠なんて、そういうのが得意ないいお手本がいるんだから参考になるでしょ。それと淡島さんは結構ちゃんと道筋つけてキャラクターを仕上げてくるタイプだから、もっとそういうのも聞いた方がいいわよ。でも、1話は今まで上手くできてたんじゃない? はい、私からのアドバイス終わり! 後の細かいところは周りに任せる!」

「あっ、は、はい……あ、ありがとうございました?」


 小雛ゆかりさんは凄い勢いで自分の言いたい事だけ捲し立てると、ターゲットを変えて天我先輩の方へと詰め寄る。


「あんたはあんたでもっと黒木舜の事を、そしてそれを演じる黛慎太郎の事を考えること! アクションはすごく良かったけど、普段の所作から合わせるようにして、ちゃんと黒木と黛君に寄せる努力をしなさい。身長や体格はある程度仕方ないけど、そういうのはカメラワークでどうにかなるから細かいところを雑にせずに大事になさい。でも、アクションはいいわよ。スタントじゃなかったら合格をあげるわ。はい、私のアドバイス終わり! それ以上は専門のニコさんに聞きなさい!!」

「う、うむ。あ、ありがとう……ございました」


 僕達全員が呆気に取られている間に、小雛ゆかりさんは楽屋の扉をバタンと閉めて自分の楽屋へと戻っていった。

 凄いな。あくあに負けず劣らず嵐のようというかなんというか、とにかくすごかった。

 僕達全員の視線が1人残された越プロの社長へと向けられる。


「え、えーと……要約するとですね。あくあ君の演技が良かったから、ゆかりちゃん的に作品の完成度を上げたいそうです。はい……。それじゃあ私も失礼しますね。本当にすみません。お邪魔しましたぁ!! あっ、ゆかりちゃん待って、自販機と喧嘩しないで! そこの自販機、昨日から故障してるからぁ!!」


 なるほどな。越プロの社長さんの話を聞いて腑に落ちた。

 小雛ゆかりさんが自販機と喧嘩をしている理由は理解できなかったが、あくあのために僕達にアドバイスをしたのか……。あの人は本当にいつだってあくあの事を考えてるなと思う。

 それなのにあくあは、あんまり有り難がってなさそうに見えるのは僕の気のせいだろうか?

 いや、あくあはああ見えて小雛ゆかりさんにだけは恥ずかしがるところがあるから、そういうのを他の人に見せないようにしている気がする。だからきっと本当は誰も見てないところでちゃんと感謝しているんだろうなと思った。


「すみません。ちょっとお手洗い行ってきます」


 僕は楽屋を出るとお手洗いのある方へと向かう。

 その途中で偶然にも彼女と出会った。


「淡島さん、こんばんは」

「あっ……黛君、こんばんは。あれ? こんなところでどうしたの? 打ち合わせ? それとも収録か何かかな?」


 淡島さんの朗らかな笑顔に僕の表情も自然と綻ぶ。

 2つのドラマで共演した淡島さんとはヘブンズソードでの役柄もあって、現場ではよく話すようになった。

 淡島さんは良く気が利く人で、撮影現場でも端っこからみんなを見ている。そして何かがあったら、すぐに周りに声をかけていく優しい人だ。


「今日は音楽番組の生出演できました。淡島さんはどうしたんですか?」

「あー……」


 ほんの少しだけ淡島さんは僕から視線を逸らす。

 どうしたんだろう? 僕は少しだけ違和感を感じた。


「私は次に出るドラマの打ち合わせ……かな」


 ほんの少しだけ淡島さんの笑顔が曇る。

 それを見た僕は淡島さんの手を掴んでいた。


「ま、黛君!?」


 僕は淡島さんをあまり人が来ない場所へと連れ出す。

 なんでそうしたのかはわからないけど、気がついた時にはそうしてた。


「すみません。でも……その、ちょっと気になって……あの、僕が聞いていい事なのかわからないけど、何かありましたか?」


 淡島さんは誤魔化すように少しだけ笑うと、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね。年下の男の子の黛君にまで心配かけちゃうなんて、私、先輩失格だなぁ」

「そんな事ないです。悩みに年齢とか性別とか関係ありませんから。僕で良かったら聞くくらいならできると思うんです。その……聞くのは得意ですから」


 もっと気の利いた言葉を言ってあげられたら良かったが、僕は誰かにアドバイスができるような人間じゃない。

 きっとあくあならもっとこう良い事をいえたりするんだろうな。あいつはいつだってかっこいいから。


「まぁ、女優特有のあれってやつですよ。女優としてもだけど、女の子はね、25前後くらいの年齢って結構ターニングポイントなの」


 僕は少しだけ首を傾ける。淡島さんは今人気も出てきてるのに、何を悩む事があるのだろう。


「私さ。多分、主演とかはあんま向いてないんだよね。そもそも私自身がそういうタイプじゃないし……。だからさ、今はいいけどこれからはどうしようかなって思って、女優をやるのは楽しいけど歳を取れば取るほど上手い人はたくさんいるから、ちょっと色々と考えちゃったんだよね。それこそ憧れるけど、誰だって美洲様やレイラさん、小雛ゆかりさんになれる訳じゃないから」


 そういえばそんな話を花房さんから聞いた事がある。

 男優と違って女優は歳を取れば取るほど需要は少なくなっていく。それは業界の構造上、仕方のない事だと聞いた。

 淡島さんは近い年に小雛ゆかりさんや玖珂レイラさんがいるし、下からは月街さんや音さんが迫ってきてる。ドラマで共演した那月元会長の演技もすごかった。


「それもあってさ。私、結構器用だから後進の育成とか、普通に事務所の仕事を手伝うのもありかなーと思ったんだよね」

「そう……なんですか……」


 本当はそんな事がないって言ってあげたかった。

 でも僕は淡島さんよりも全然下手だし、役者としての経験もない。

 そんな僕に、果たしてそんな事を言える権利があるのだろうか?


「それとね。ラッキーな事にちょうどお見合いの話も来ててさ。今度出るドラマのスポンサーの会社の息子さんがどうかなって。ははっ、本当は嬉しい事なんだけど、結婚するなら役者はやめて欲しいって言われたんだよね」


 僕は今、どういう顔をしているのだろうか。

 淡島さんが誰かとお見合いすると聞いて、自分でも想像してなかったくらい動揺した。


「そう……ですか。それは……おめでとう、ございます」

「ふふっ、ありがとう」


 本当にその言葉で良かったのだろうか?

 でも、僕にそれ以外の言葉を吐くだけの何かがあるとも思えなかった。


「ありがとう、黛君。黛君に話せて気分が楽になったよ。私、そろそろ打ち合わせだから、歌番組、頑張ってね」

「は、はい。また、撮影現場で」

「うん、またね!」


 僕は目の前から去って行く淡島さんの後ろ姿を目で追った。

 ただそれだけだ。僕はまだ学生で彼女より一回り近く下で、彼女に役者として何かをアドバイスできるだけの経験も実力もない。仕事だってベリルだから、あくあの友人だからオファーがあるけど、自分がまだ至らない未熟者であるのは自分が1番知っている。

 だから僕が彼女に対して何か言える事はない。それなのに心がすごくざわついた。


「僕は……僕は……」


 淡島さんの姿があいつと、あくあの後ろ姿と重なる。


『どうしてそんなに自信があるかって?』


 前に一度だけあくあに聞いた事がある。

 自信がない僕は、どうしてあくあがいつもそんなに自信満々なのかを知りたかった。

 その理由を知れば、僕も少しだけ自分の事が信じられるんじゃないか。そう思ったからだ。


『自信なんてねーよ。だから自分にずっと嘘をついてる』

『嘘?』

『ああ、知ってるか慎太郎? 嘘って最後まで吐き続けたら最後は本当になるんだよ。いや、自分で嘘を本当にするんだ』

『自分で嘘を……本当に……』

『ああ! だから俺はいつだってお前らの望んだ白銀あくあになれるんだよ』


 果たして僕にそんな事はできるのだろうか?

 いや、僕はあくあとは違う。自分で自分が何者でもないと知っている。


『僕にはそんな風には思えないかも知れない』

『それなら俺が勝手にそう思ってる事にするよ』

『勝手に……?』

『ああ! 慎太郎。俺はいつだってお前を信じてるからな。黛慎太郎がやる男だって誰よりも俺が1番知ってる。それでいいだろ。だからお前は自分が信じられなくなったら俺の事を信じろよ。お前が例え自分に自信がなくったって、俺がお前を信じてる。それでいいんだよ。だからお前は自信をもってやりたい事をやればいい。それでダメだった時は俺が一緒に怒られてやるよ!』


 信じていいのだろうか。僕にも何かがあるって。

 さっきの淡島さんの曇った笑顔が、中学生時代の僕に向けた母さんの表情と重なる。


「くっ……! これじゃあ、あの時と何も変わらないじゃないか!」


 そんな自分から変わりたいって言ったのは他でもない自分のはずだ。

 それなのに僕は自信のなさを理由にして、自分に嘘をついてしまった。

 それもあくあのような前向きな嘘とは違う。逃げるための後ろ向きな嘘だ。

 お手洗いで顔を洗って気合いを入れ直した僕は、みんなのいる楽屋に戻る。

 どうやら僕が居ない間に、天鳥社長も合流していたようだ。僕の存在に気がついた天鳥社長が口を開く。


「あっ、黛君、ライブの事だけど……」

「天我先輩」


 僕は天鳥社長の言葉を遮るように口を挟むと、この曲を作ってくれた天我先輩と向き合う。


「今日の曲……あくあの代わりに僕に歌わせてください」


 とあや天鳥社長だけじゃなく、花房マネや垣内マネ、スタイリストチームのみんながびっくりした顔を見せる。

 天我先輩は俺の目をじっと見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「その理由を聞いていいか?」

「……この曲の歌詞は、物語が始まる前の弱虫だった頃の舜が友人に向けての誓いを立てた時の言葉が元になってます。だけど……僕はこの歌詞を書くときに、僕自身とあくあを重ねたんだ。そうすればいつか自分も舜のような強い人間になれるんじゃないかって思ったから」


 僕の言葉に天我先輩はニッと笑みを見せる。


「よしっ! いいだろう! そういう事なら我に任せろ!! みんなもそれでいいな?」


 天我先輩の言葉にみんなも頷く。


「そういう事なら任せておいてよ!」

「わかったわ! みんなでやるだけやってみましょう!」


 天鳥社長はスタイリストチームのみんなを集める。


「そういう事だから、みんなまたしても急な予定変更だけど、衣装とメイク対応してもらえるかしら?」

「任せてくださいよ!」

「いつもあくあ君で慣れてますから!」

「こういうのがみたくてベリルに入ったんですよ。対応できなくてどうするんですか!」


 みんな、本当にありがとう。

 僕はゆっくりと頭を下げた。


「花房さん、お願いがあるんだけど……」

「はい、なんでしょう?」


 僕は花房さんにお願いして、淡島さんが観客席からライブを見れるようにお願いする。

 この曲は、この先の将来に悩んでる淡島さんにとってもきっと力になるはずだ。


「そういう事なら任せておいてください!」


 よしっ! あとは僕がやるだけだ。

 みんなが失敗する事なんてない。あくあが僕を信じてくれているように、みんなが僕を信じてくれたように、僕もみんなを信じている。

 僕達は時間と同時に用意されたステージの上に立つ。


「えーと、実はあくあ君が停学中らしくて、今日はなんと特別に黛君が歌うそうです」


 観客席から驚きの声が上がる。

 僕はマイクの前に立つと周りをゆっくりと見渡す。

 これまでもみんなと一緒に歌ってきた事はあったし、1人で舞台に立つこともあったけど、あくあの代役として立つと途端に重みが増した。

 やっぱり、あいつはすごい奴だよ。

 だって、いつもこのプレッシャーの中でやってるんだ。

 みんながあくあに期待してて、それでもいつだって最高の白銀あくあをみんなに魅せてる。

 僕もいつかはそうなれるのだろうか? いや、僕もそうなりたい。そう思ったから僕はここに立っている。


「みなさんこんばんは。みなさんは何かに挫けそうになった事はありますか? 僕にはあります。いつだって自信がなくて、だからこそ僕はそんな自分から変わりたいと思ってました。この曲の歌詞にはその想いを込めています。よかったら聴いてください。僕はこの曲を、落ち込んでいる親友と、何かに悩んでる人、自信のない人、迷っている人たち、そして今まさに努力している人、何かに向かって立ち向かおうとしている全ての人に対して歌います。BERYLで未熟な果実」


 天我先輩のかっこいいギターイントロに合わせて、僕はハッと声を出して気合いを入れた。

 もちろんギターは天我先輩、ドラムはとあで、僕はベースと兼任してボーカルを担当する。


『尤もらしい理由を見つけてきて、自分には無理だって言い聞かせてきた』


 力を溜めるように言葉に吐き出す。

 ダメでもいいじゃダメなんだ。今だけでも僕は自分にできるって嘘を吐く。


『現実からも逃げて、向き合わなきゃいけない人からも逃げて、ただ逃げているばかりだった』


 やっぱり楽器を演奏しながら歌うのは難しい。

 それでもやるしかないって想いが全てを上回る。

 だってそれくらい練習してきたじゃないか。努力で積み重ねた部分は絶対にゼロじゃないはずだ。


『俺はそんな自分から変わりたかった。だから俺はお前の手を取ったんだ』


 観客席を見渡すと淡島さんの姿が見えた。

 聞きにきてくれたんだな。ありがとう。


『その大きな背中に置いて行かれたくないから、俺はお前を必死に追いかけるんだ』


 僕はもう一度みんなの方を見つめる。

 誰しもがハラハラドキドキした顔で僕を見ていた。

 だから僕は思い切って観客席に向かって笑顔を見せる。

 大丈夫。僕を信じてくれ!!


『歯を食いしばれ、ここがお前の限界か? 甘ったれた気持ちなら、もう捨ててきただろ? 呼吸を整えろ、俺の限界はここじゃない。一歩でも前に、少しでも前に、目の前の背中に手を伸ばせ』


 止まっていた時間が動き出すように一気に曲が加速する。

 僕とあくあが出会ってからのように。


『土砂降りの雨が降ろうとも、嵐のような向かい風が吹こうとも、俺の中にある熱は焦がれたままだ。どんなに俺が必死に追いかけても、お前と俺の差は広がっているのかもしれない。でも俺は今日も確実に一歩を進んでいく。そしていつかはお前に追いつく』


 あくあ……。

 お前に出会ってからの毎日は目まぐるしくて大変だけど、毎日がすごく楽しいよ。

 ただ死んだように生きてたあの頃よりも、今を生きてるって事を実感してる。

 サウンドは激しいのに、僕の中ではゆったりとした時間が流れるように落ち着いていた。


『お前は前だけを見て、ここまで駆け抜けてきたけど、俺はずっとお前の背中を見て、必死に食らいついてきた』


 最初は僕1人だけが置いていかれたくなかったからだ。

 でも、今は違う。僕は自分が望んでここにいるんだ。


『力を振り絞れ、ここで振り切られていいのか? ただ着いて行くだけが俺の望みじゃないだろ? 根性を見せろよ、喰らいつくんだ。そしていつかは、その背中に手を届かせる』


 僕は、あくあが思っている以上に、今を楽しんでる。

 歌詞を書いたり役者をしたり、こうやって歌ったり、テレビに出たり、自分なんかにできるわけないってずっと思ってた。

 でもそうじゃないんだよ。できないって決めつけてたら一生何もできないって事をお前が教えてくれたんだ。


「黛君、ごめん!」


 間奏中にベースのコードが断線したのか、ベースの音だけが消えた。

 どうする? 最悪ベース無しでも……そう思った瞬間、スピーカーからベースの音が聞こえてくる。

 目なんか合わせてないのに、僕と天我先輩、とあの視線があった気がした。

 間違いない。あくあだ。あくあが裏で演奏している。実際に姿を見たわけじゃないけど、俺達にはなんとなくわかった。

 そうだよな。あいつならたとえ出演できなくてもきちゃうよな。


『お前にはお前のストーリーがある。俺には俺のストーリーがある。他の誰でもない、これは俺の物語だ』


 ああ……できない事に挑戦するってこんなに楽しいんだな。

 僕はあんまり出来が良くないから、あくあに比べたら全然ダメだと思う。

 それでも少しずつ成長してるって実感してるんだ。

 だったら、いつか……そう、いつかはお前に追いつけるんじゃないかって思ったんだよ。

 無謀だってわかってる。僕とお前の差は努力だけじゃ埋められないってわかってるんだ。

 でも、それが挑戦しない理由にならない事を教えてくれたのはお前だろ?

 いつだってお前はそうやって道を切り開いてきたんだから。


『You only live once. Relish the moment』


 たった一度きりの人生を楽しまなきゃ損だろ?


『I want to be who I want to be』


 だから僕はなりたい自分になるんだ。


『俺はお前を1人にさせたりなんてしない』


 男は誰も白銀あくあに勝てない。

 本当にそうだろうか?

 僕にだって1個くらいあくあに勝てるところがあるはずだ。

 少なくとも僕やとあ、天我先輩はそう思ってる。


『顔を上げろ、この現状に満足しているのか? 自分の道は自分で切り拓いていくんだろ? 理屈はいいから走り出せよ、ただがむしゃらに。戦う事から逃げるなよ!』


 あくあ、僕はお前の友達になりたいんだ。それは、ただの友達なんかじゃない。


『Because i want to be your best friend』


 僕はお前と本当の親友になりたいんだ。


『俺はいつか必ずお前の隣に立つよ』


 お前が見ている景色を一緒に見たいから。


『You can go ahead. I'll catch up to you』


 だから先に行けよ親友。僕は必ずお前に追いついてみせるから。


『だからお前は前だけ見てろ。後ろなんか振り返るなよ!』


 届いたか親友?

 だからお前はそのままのお前で駆け抜けて行けよ。

 僕が、いや、僕達がお前を1人になんかしない。

 それが僕達BERYLだ!!


「「「「ありがとうございました!」」」」


 演奏の終了と同時に僕達は観客席に向かって頭を下げる。

 スピーカーからはあくあの声も聞こえてきた。

 番組が終わった後、僕は淡島さんとさっきのところでまた会う。


「黛君、すごかったよ! 私、まだドキドキしてるもん」


 元気になった淡島さんを見て俺も笑顔が溢れる。

 よかった。こんな僕でも少しくらい彼女を元気づけられたのかもしれない。

 それだけでもう満足だった。


「……」

「……」


 僕は淡島さんと無言で見つめ合う。

 何か言わなきゃと思ってたら、どこからか聞き覚えのある足音が聞こえてきた。


「ん? 黛君、こんなところで何してんの?」


 小雛ゆかりさん……。なんでよりにもよってこのタイミングで来るんだ。

 彼女は視界に淡島さんが入ると、さっきと同じように大股でズンズンと詰め寄ってくる。


「あんたってさ、なんで中途半端な助演しかしないの?」

「えっ?」


 小雛ゆかりさんの言葉に淡島さんはびっくりした顔を見せる。


「言っとくけど、あんたは私が戦いたい奴の1人だからアドバイスなんてしたりしないわよ。だからさっさと同じ土俵で私と戦いなさい。キャスティングするプロデューサーの都合のいい女優なんかになるな。そのための実力はもうしっかりとつけたでしょ。美鈴に関してはまだ保留だけど、トラ・ウマーのあんたの演技、最高によかったわよ。それだけ言いたかったから。じゃあね」


 小雛ゆかりさんは去り際に僕の方へと視線を向ける。


「やっぱり、カノンさんよりも、まりんさんよりも、阿古っちよりも、黛君がダントツで1番あいつを甘やかしてる気がするわ」


 小雛ゆかりさんの目力に耐えられなくなった僕は視線をスッと逸らす。

 僕にもあくあみたいに都合のいいように聞こえてないふりとかできないだろうか。


「でも……あの曲、あくあ用なんだろうけど、気合が入っててよかったわ。私はね。気合の入ってるやつは嫌いじゃないの。楽しみにしてるのあいつだけじゃないからね」


 ニカっと笑った小雛ゆかりさんは手をひらひらとさせながら、あいつどこにいるのよ! と叫びながらどこかへと向かって行った。そこを越プロの社長と天鳥社長に見つかって拘束される。

 なんとなくだけど、良い女っていうのは彼女のような人の事をいうんだろうなと思ったけど、違ったかな?

 僕は再び淡島さんへと向き直る。


「そっか……そっか。うん。そっか!」


 小雛ゆかりさんに褒められて嬉しかったんだろうな。

 淡島さんは少しだけ吹っ切れた顔を見せた。


「黛君、お互いに壁は高いけど頑張ろうね」

「はい!」


 僕はそう言って淡島さんに笑顔を見せた。

 今はこれでいい。いや、良くない。

 僕はそっと淡島さんの手を握る。


「ま、黛君!?」

「淡島さんからすると僕は子供かもしれないけど、僕だって一応男ですからね。だからさっきお見合いするって聞いて、そいつに少し嫉妬しちゃいました」


 顔を赤くした淡島さんを見て僕はそっと手を離す。

 少しでいい。ほんの少しでいいから彼女に意識して欲しかったからだ。


「だから僕の事を見ていてくれませんか?」

「……はい」


 今の僕に言える精一杯の気持ちだった。

 もう少し自分に自信をつけたら、その時はと、僕はそう1人胸に誓う。

 見つめ合った僕たちは……。


「あーっ! 居たー!!」

「ゲゲゲッ! コヒナセンパイドウシテココニイルンディスカー!」


 ほんと、あの2人は何してるんだよ。あと、あくあはなんか声がチジョーになってるぞ。

 僕と淡島さんは再び顔を見合わせると、誰の目を気にする事なく2人で大笑いした。

Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。


https://mobile.twitter.com/yuuritohoney


診断メーカーで新年のおみくじ作りました。

もっと色々できるの考えてたけど、これしかなかったんだよね。


https://shindanmaker.com/1191474?c=1

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
マユシンまじで好き! ギャグ続きだったので、急にフォーカスされて不意打ちすぎて横転土下座二礼二拍手一礼です。 淡島さんも好きなので、今後女優をやめてしまう未来が……!?それでマユシンが嫁に取ったってそ…
[良い点] 慎太郎ぉぉぉー! (*´ー`)b
[一言] ナヅェミテルンディス!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ