小雛ゆかり、停学したバカと停職してるアホの代行。
オンエア中を告げる赤いランプが点灯した瞬間、私は目の前にあるカメラを睨みつける。
「何? これもう始まってんの?」
私は目の前でしゃがんでいるADへと視線を向ける。
相変わらずここのスタッフはMCに似てぼーっとした顔の奴が多いわね。
始まるなら始まるって言いなさいよ。私が気がつかなかったら、放送事故になってたかもしれないじゃない!
私は目を細めるとADの書いたカンペを読む
「えー、テレビをご覧の皆さん。今日の森川楓の部屋はMCの森川楓アナウンサーが停職、ゲストの白銀あくあさんが停学中のために、今回は私、小雛ゆかりが急遽、代理でMCを務める事になりました。はい、拍手!」
全く、何やってるのあのおバカコンビは!!
あんたたちがスターズでうどんがどうたらとかふざけた遊びをしたせいで、せっかくの私の貴重な休日が潰れちゃったじゃない!
うちの社長も、ゆかりさん暇だからいけるでしょ! じゃないわよ!! 私だってねぇ! 忙しい時くらいあるのよ! 確かに今は暇だけど!!
「何よ! えっ? 全部、声に出てるって? いいわよもう!」
私はプロデューサーを睨みつける。
「あんた。そう、そこにいるあんたよ! 明日からこの看板も小雛ゆかりの部屋に変えといて。もういいでしょ。こうなったら暇だからずっとこの番組に出てやるわ!!」
いやー、それはちょっと……じゃないでしょ!
え? ゲスト来てるから早く紹介しろ?
もー、仕方ないわね。
「えーと、それじゃあ今日のゲストはこの方です。どうぞ!」
そういえばあいつの代打って誰? 私、何も聞かされてないんだけど?
舞台袖の方へと視線を向けると、ゆっくりと扉が開いていく。
「ど、どうも」
「あら、らぴすちゃんじゃない」
らぴすちゃんの登場に死にそうな顔をしていた観客席も湧く。
本当に可哀想なのはこの人達よね。せっかくあくあに会えると思ってきたのに、会えないんだから。
「失礼します」
らぴすちゃんは長いソファの1番端っこにちょこんと座る。
あら、かわいい。観客席からもかわいいと声が飛ぶ。
「ほら、そんな端っこに座ってないでこっちにいらっしゃいよ」
そうそう、もっとこっちに寄らないとカメラに収まりきらないでしょ。
「取って食ったりなんてしないんだから、ほら」
ちょっと! 誰よ今、嘘だっ! って言ったやつ!
なんかどっかで聞いた事がある声だったわよ!!
「って! 普通にいるじゃん!!」
私はカメラさんに向かってあっちを映してと指をさす。
「いやいや、小雛先輩、ダメですって! 一応、自宅でゆっくりしてる事になってるんだから!」
「はあ!? 私があんたの都合なんて考えるわけないでしょ!!」
スタッフに紛れるあくあの存在に気がついた観客席がキャアキャアと甲高い声でざわめく。
「じゃあ、なんであんたがここにいるのよ?」
「せっかく観客席に当選したのに会えないファンの子達に申し訳なくて、一応この収録が終わった後に握手くらいはして帰ろうかなと……それとプロデューサーとして、らぴすの事も心配だったんでね」
ふーん、なるほどね。
あくあの回答に歓喜して涙を流すファンの子達が目に入った。
なるほど、こうやってまた狂信者みたいなファンが量産されていくのか……。
普通に生きてきて、こんなに優しくしてくれる男の子なんてまずいない。それもこの世界にいる史上最高の男がこんなにもファンを想ってくれているのだ。そりゃ、ファンはますますファンになっちゃうわよね。
でもね。あんた達は騙されてるの。私はあいつのファンに向かって声を荒げる。
「みんな騙されないでくださいー。そもそもあいつが停学になってなかったらみんな普通に会えてますー。こんなのどう考えてもマッチポンプ、自作自演じゃない!!」
「ちょっと、小雛先輩!?」
私がドヤ顔で本当の事を言ったら、ファンの子達からえーって大きな声を返された。
「こっちが、えー、よ! あんた達も簡単に騙されるんじゃない!! これがこいつの手口なのよ!! だからスターズの時だって……え? ストップ? ADあんた……って、よく見たらあんた森川じゃない!! どっかでみた事のあるホゲーっとした顔の女がいるなと想ったら、めちゃくちゃ知り合いじゃないの!!」
え? 停職中になってるから黙ってて?
あんた達の都合なんて私が知るか!!
「どーせ、あんたもあいつと一緒で、観客の子達の事を考えてきたんでしょ? だったら最初から停職や停学にならないようにしなさいよ! それなのに森川さんやさしー? はあ!? いい加減にしろって言ってるのよ!!」
はあはあ、はあはあ、さっきまで寝てたから大きな声出したら疲れたわ。
あー、お腹空いたな。そういえばまだご飯食べてなかったんだった。
「ちょっと、そこで暇してる奴。焼きそばパン買ってきなさいよ。ほら、財布は私の持って行って良いから」
あくあは本気ですかって顔してたけど、私は顎をクイっとさせて社長に財布を渡すように指示をした。
よし、これでお邪魔虫はいなくなったわね。
私は改めてらぴすちゃんの方へと視線を向ける。
「え? やっぱり私って大怪獣ゆかりゴンに食べられちゃうんですか?」
「食べないわよ!」
私達のやり取りに観客席のみんなも笑ってくれる。
良いわよ。ちゃんと話の流れが読めてるわね。
これで、ぼーっとしてたらどうしようかと思ってたけど、ちゃんとあいつの妹だけあってわかってるわ。
「らぴすちゃん、ちょっと立ってみよ」
「あ、はい……」
「そうそう、クルッと回ってみて」
あらー、可愛いじゃない。
ちょっと大人びたモノトーンのワンピースがいいわね。
観客席からも脳が溶けたような女の声で、可愛いという言葉が飛んでくる。
「どう、芸能界は慣れた?」
「んー……まだなんか夢見てるみたいでふわふわしてます」
あーーー。らぴすちゃんの笑顔を見てるとこっちもふにゃんとした顔になっちゃう。あいつがバカになる理由もわかるわ。
もし、あくあがこんなコメントを返してきたらはったおすかもしれないけど、らぴすちゃんだから許しちゃうんだよね。
芸能界ってそういうところがあって、そのキャラクターに合ってるコメントなら別にいいのよ。まぁ、ドラマの現場で腑抜けた演技してたら私も怒るけどね。
「プロデューサーはどう? チェンジしなくても大丈夫? 私が代わりにやろうか?」
ちょっと! なんで観客席がえーーーーっ! って大きな声で反応するのよ!
こう見えて、私にだってちゃんとプロデュース能力くらいあると思うんですけど!?
「なんか変な事されてたりとかしない?」
「えー、特にはないと思うんだけど、ちゃんと育ってるなって言いながら、私達の事を見ながらうんうんと頷いていた時の兄様はちょっと気持ち悪かったです」
あいつ、絶対にアホでしょ!
「それと、私とかくくり様、スバルちゃん、フィーちゃん、ハーちゃんを見てもしらーっとしてるのに、みやこちゃんのだけはちゃんとしっかり見てます」
「後で私がカノンさんと2人で言っとくから安心して」
観客席から可哀想、許してあげてって声が飛んでくる。
あんた達がそうやってあいつを甘やかすのが良くないのよ!
その結果が停学なんだと理解しなさい!
「他にどう? なんかある?」
「他に……ですか? えっと……」
らぴすちゃんはテーブルに置かれたカードをチラチラと見る。
「あのー、これってしなくていいんですか?」
「どーせ、この番組のスタッフが書いた企画なんて、しょーもない事しか書いてないんだから、いーのいーの。ねぇ、みんなだってもっとあいつとかベリルの話を聞きたいわよね?」
私が観客席に向かってそう言うと、大きな拍手と大歓声が返ってきた。
全く、あいつのファンってあいつに似て調子がいいんだからもう!
「たとえば普段のあいつってどうなの? 槙島みたいに退学になるレベルの悪い事とかしてないの?」
「うーん。兄様が実家に居た時は後ろから目を隠されて、だーれだってされたりとか小さいイタズラが結構多かった気がします」
観客席にいるモンスター達からうぎゃああという叫び声が聞こえてきた。
なんかあんた達ってすごく幸せそうよね。なんか逆にその能天気さが羨ましくなってきたわ。
「小雛先輩は、兄様にやり返されたりとかしないんですか?」
「あいつの仕返しなんて可愛いものよ。お弁当が急に日の丸弁当と煮物ばっかりになったりとか。でも、私は白米も煮物も大好きだから全然オッケーよ」
あいつの煮物って田舎のお婆ちゃんが作ってくれたみたいな味がして好きなのよね。
梅干しだってわざと塩辛くて酸っぱいのを入れたのかもしれないけど、私は蜂蜜の梅干しとか今流行りの塩分10%とかのより、そういう体の健康に悪そうな梅干しの方が好きだ。
「兄様の手料理って何食べても美味しいですよね。私もセロリとか苦手だったんだけど、兄様が作ってくれたセロリの天ぷらは美味しかったなあ」
「へぇ、そうなんだ。私もグリーンピース嫌いだったけど、あいつの作ってくれた豆ご飯だけは食べられるわ」
ん? なんかお腹が鳴る音が聞こえるわね。誰よ?
音が聞こえた方に視線を向けると、涎を垂らした森川さんが居た。
プロデューサー、聞いてる? こいつ、もう1週間停職でもいいんじゃない?
「ところであいつ遅いわね。どこまで焼きそばパン買いに行ってるのよ」
あっ、噂をすればあくあが戻ってきた。
ほら、早くそのお皿に乗せた焼きそばパンを渡しなさいよ。
「焼きそばパン売り切れてました」
「はぁ!?」
じゃあ、その手に持ったものは何よ!!
「だから作ってきました。パンも袋麺の焼きそばも市販品だけど……」
嘘でしょ……。
私はソファから立ち上がると、カメラに映らないように配慮しながら焼きそばパンが2つ乗ったお皿を受け取る。
「うわぁ。美味しそうです」
うん、そこだけは完全に同意するわ。
私は半分にパンを千切ると目の前でお腹を空かせた野生のゴリラ……じゃなかった、森川さんに半分あげる。
「いただきまーす!」
ん? 私が焼きそばパンを食べようとすると、全員の視線がパンの方へと向けられる。
私は面白がってパンを左右に動かせて遊ぶ。ふふっ、みんなバカみたいに口をぱくぱくさせて、鯉に餌をあげてる気分になれるわね。面白いからずっとこうしてようかしら。
「欲しい?」
私がそう問いかけると全員がうんうんと頷いた。
「でも、あーげない!」
私がパクリとパンに齧り付くと、観客席から悲鳴が聞こえてきた。
んー、美味しい! みんなには悪いけど、私だってお腹すいてるもんね。
「はい、どうぞ。全員には渡らないし少しだけど……一口だけ食べて次の人に回してね」
らぴすちゃんは、自分の持っていた焼きそばパンを観客席の人に渡した。
いい子ねー。でも、それをすると行き渡らない人もいるんじゃない?
だから私は全部自分で食べちゃうけど。
「今から追加で焼きそばパン作ってきます!! 小雛先輩のお金で!」
「ちょっとぉ!!」
あいつふざけてるにも程があるでしょ。
まぁ、別にいいけど、出演者も観客も生放送中に焼きそばパン作って食べるとか前代未聞にも程があるわ。
よく見たら番組のプロデューサーが泡吹いてたけど、私は見なかった事にして先に進める。
「ベリルはどう? 阿古っちにパワハラとかされてない? 寝ずに働けとか」
「ないですないです! って、小雛先輩、さっきからベリルを潰そうとしてませんか!?」
チッ、バレたか……。
「みなさん普通に優しくしてくれて、そのおかげでみんな楽しくやれてます」
「ふーん。BERYLのメンバーとかどうなのよ?」
観客席からおおおおおおおという盛り上がるような声が飛んできた。
ほらほら、観客席のあんた達もそういう話が聞きたいんでしょ?
「あー、天我先輩とかすごく優しいです。いつも黒い飴とかぺろぺろ舐めるキャンディーとかくれます」
「あるある。私も前にもらった事があるわ」
そういえば前に、天我君が私にぺろぺろ舐めるキャンディをくれた事があったわね。
多分、私の身長が小さいから子供と間違えたんだろうけど、あの時はすごく気まずそうな顔をしてた。
私、ああいうお菓子、結構好きだから別に気にしなくていいのにね。
「とあちゃん、あ……とあちゃん先輩とは、普通に一緒にお話ししたりとか」
「確かにとあちゃんはよく女子会トークしたりしてるの見るわ」
なぜか私とは女子会トークしないけど、もしかして私ってとあちゃんに女子と思われてないのかしら?
今度さり気なく、とあちゃんに私も女子ですよ女子トークしましょうってアピールしておくか。
「黛先輩には、会うたびに兄様がお世話になってますって平謝りするんですけど、向こうも謝ってきてなんかこうお互いに謝罪合戦みたいになったりとか」
「そういう時はあくあが悪いって2人で言っとけばいいのよ」
実のところ、カノンさんや阿古っち、お母さんやファン達よりも黛君が1番あくあを甘やかしてる気がするわ。
黛君がなんでもいいよいいよってあいつに付き合っちゃうから調子に乗ってる気がする。
なんとなくだけど停学中に私の知らないところでとんでもないバカやってそうなのよね。
あぁ、そういえばこの前、あいつとえみりちゃんに同じ日に声かけたら用事あるって言ってたし、えみりちゃんに聞いたらなんか知ってそう。後で詰めるか……。
「カノンさんはどう、仲良くやってる?」
「カノン義姉様はいつもお優しいです。毎日だって遊びにきていいんだよって言ってくれたりとか……」
え? 私なんてあくあに毎日邪魔しに行っていい? って聞いたら、止めてくれって本気でお願いされたんだけど!! その差はなんなの!? ぐぬぬぬぬ、解せぬ……!
「ん?」
なんかいい匂いがしてきたわね。
あ……あくあが焼きそばパン持ってきたのか。
「え? ここで一旦、CM? 仕方ないわね。せっかくだし私もその間にもう一個焼きそばパン食べよっと」
私はCMに入ると同時に、あくあの所に焼きそばパンを強奪しに行った。
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もっと色々できるの考えてたけど、これしかなかったんだよね。
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