千聖クレア、教育コンテンツ。
ソファで踏み台昇降運動をしながら狂ったように、びっしょりぬれぬれアークアと10分ほど叫んでいたらご近所さんに通報されてしまった。
大饂飩共和国からはじまりフライデイに襲撃した事件、そして槙島先生のトリプルコンボが私をおかしくしたんだと思う。今になって思えばなんであんな馬鹿げた事をしてしまったんだろうと反省するばかりだ。
だけど一つだけ言わせて欲しい。悪いのは私じゃなくて、私をおかしくさせるあくあ様なんですよ!!
なんでそんな事になるの!? 私のようなただの人には理解できない事でいっぱいです。
学校から停学処分を下された私は、反省の意味を込めて乙女咲……というかメアリー様から、何かあったらいけないからと、とある課外授業に参加するようにと命じられた。
私は指定場所にあたる廃校の教室に入ると周囲の様子を伺う。
「一体何があるんでしょうか?」
「さあ……?」
「貴女、何か知ってまして?」
「い、いえ、私は興奮したお母様から今日の授業に参加するようにと言われただけで何も……」
うーん、どうやらこの課外授業が何なのか、周りにいる人達も誰も知らないようです。かくいう私も今日、ここで何があるかは全く聞かされていません。行けばわかるってなんなんですか?
それとここに集められた彼女達の制服や所作を見ていて気が付きましたが、どうやらこの授業には全国各地からお嬢様ばかりが集められているみたいですね。ちらほらと書類上で見た顔があります。
羽生総理やメアリー様が関わっているという事は政治に関する事でしょうか? そう考えると彼女達が集められた理由も理解できます。将来の地盤固めとして上流階級の子女達を集めて何かをする……それこそ我らが聖女党の代表として次の選挙に出馬する黒蝶揚羽さんが講義みたいなものをされるのかもしれません。
うん、きっとそうだ。周囲の警備が厳重なのもそういう理由からでしょう。
私がそう確信すると、外からこちらの教室に向かってくる足音が聞こえてくる。
それに合わせて教室内に居た全員の視点が入り口の扉へと向けられた。
「はい、おはようございまーす」
は?
スーツを着てメガネをかけたあくあ様が髪を七三分けにして入ってきました。
それを見た全員が状況を理解できずに固まってしまう。
「どうした、みんなー? 声が小さいぞー? はい、もう一度、おはようございます!」
「「「「「「「「「「お、おはようございます!!」」」」」」」」」」
ここで、ようやく思考が回り始めたのでしょう。
いつもは楚々としたお嬢様達が、普通の女子高生達のように表情を綻ばせたりはしゃいだりする。
中には生のあくあ様に感極まったのか涙を流し始めた人までいました。
彼女はいいですね。信徒になる素養があります。後で部下を使ってスカウトしましょう。
それとその隣にいる拝んでいる彼女も素養がありますね。
「はい、今日の授業を担当する白銀あくあです。よろしくお願いしまーす」
あくあ様のお言葉に対して、私達もよろしくお願いしますと返した。
喋り方と言い、今日のあくあ様はどこか芝居がかってる気がします。
「みなさん、なんで先生がここに居るのかわかりますかー?」
女学生達は近くの席の人達と顔を見合わせた後、首を左右に振る。
「結論から言うと先生もわかりません!! 先生、なんも悪い事してへんやろ!!」
急な関西弁と教卓を台パンするあくあ様に対して、お嬢様達はどう反応していいのか分からずにみんなで困った顔をする。
あくあ様の行動は正しかったと全面的に私は肯定しますが、国旗と国歌に関しては謝罪するべきだと思いました。流石に世界大会とかであれは可哀想でしょ。この私でさえもスターズの皆さんに深く同情します。
「あっ、今のは鞘無インコさんのモノマネですよー。皆さん、今は笑うところです」
1年A組……じゃなかった。歴戦の戦士の如く鍛えられた2年A組のみんなだったらきっと笑っちゃうけど、ここにいるのは育ちの良いお嬢様ばかりです。
あくあ様もその事に気がついたのか、黛君のようにメガネをクイっとさせて誤魔化す。
「はい、それじゃあ今から授業で使う冊子を配るから、前の人から一冊ずつ受け取って後ろに回してください。それと筆記用具やノートもちゃんと机の上に出しておけよー。先生は剣崎並に黒板を消すのが早いからな」
私は言われた通りに筆記用具とノートを机の上に出すと、配られてきた冊子の表紙を開く。
そこに書かれていた文字を見た私は固まってしまう。
「はい、それでは最初のページを開いてください。えー、今日はみなさんに白銀あくあの叡智定理について勉強してもらおうと思います」
「「「「「叡智定理!?」」」」」
何人かの女生徒がびっくりして頭をふらつかせる。
いやいやいや、槙島先生を見た後の私達にこういう授業はどう考えてもアウトでしょ!
あくあ様が停学どころか退学になっちゃいませんか!?
「えー、みなさん。悶々とした時、まずどういう行動を取りますか?」
頬を赤らめたお嬢様同士が顔を見合わせる。中には恥ずかしがって俯く子もいた。
その一方で息を荒げるお嬢様がいたり、熱の籠った視線や、うっとりとした表情であくあ様を見つめるお嬢様もいます。
一気に教室内が危うい雰囲気になってきました。
「はい、それじゃあ出席番号019番、聖クラリスの千石白百合さん! 千石さんが男の子とHしたいなと思った時、まずどういう行動に出ますか?」
あくあ様はキリッとした顔で千石さんを見つめる。
うんうん、物静かなお嬢様にいきなり攻めるとかさすがは悪あ様です。私の中のスイッチが入りそうになる。
「えっ、えっとえっと……その、男の子の事を攫う……とか?」
うわーお。千石さんみたいな深窓のご令嬢がノーステップでいきなり誘拐ですか……。
でもわかるなー。カノンさんは例外として、ああいう病弱そうなタイプが1番やばいんですよ。
「なんて、うらやま……そういうのは先生に……じゃなかった。えー、そういうのはいけませんよ。誘拐はちゃんとした犯罪ですからね。そういう時は誰かを攫う前に先生にすぐ相談してください」
悪ーあ様、本音がお漏れになっていますよ。ああいう幸薄そうな守ってあげたくなる系だけど、ウブなフリして自分から行く女性がお好きなんですね。
私はノートに、あくあ様はお嬢様に前のめりに来られるのが好きとメモをする。
あっ、隣の人も同じようにノートに書いてました。
私達は目を合わせるとニッコリと微笑み合う。
「えー、そうですね。まずそういう気分になった時どうするか。それは恋人を見つけるところから始まります。つまり恋人を作るためにですね。異性と知り合う。お話をして仲良くなって2人きりでデートをする。告白。恋人になるというステップを踏まなければいけません。良いですか? 合法的にお付き合いをするためには、こういった面倒だけど不可逆的な行動をとってください。先生はこれを白銀あくあの叡智定理と名付けました」
「「「「「おぉ〜」」」」」
会場から拍手が起こる。
あ、黒板を消される前にこれもメモしなきゃ。
みんなで必死にノートを取る。
「もちろん、これらの行程の途中には様々な誘惑がみなさんを襲います。気持ちがふわふわしたり、ソワソワしたりする日もありますよね? そういった混沌とした気持ちを先生は叡智トロピーと呼んでいます。あ、ここ、テストに出ますよ。ちなみに今年の保健体育の教科書は先生の仲間であり共に戦う戦友でもある黛慎太郎先生の協力もあって、先生が全て1から監修しました!!」
黛君乙……という心の声が辺り一帯から聞こえてきます。
「この叡智トロピーというのは非常に厄介なものでして、理性で抑えられているうちはいいのですが、その限界を越えると暴走してしまうんですね。それこそ千石さんのように、手っ取り早く攫ってしまうという結論に至ってしまう人もいるんです。じゃあ、それを防ぐためにどうするか……。誰かわかる人はいますか?」
「はぁい!!」
大半のお嬢様が戸惑う中、1人だけ勢いよく手を上げた人が居た。
「えーと……出席番号072番、メアリー高の白雪みりえさん?」
んん? 声色は違うしメイクとか髪で容姿を誤魔化していますが私には1発で正体がわかりました。
間違いなくあのえみりさんです!! というか名前がわかりやすすぎる!!
こんなのに素直に騙されてくれるのって、純粋なあくあ様と思考停止の掲示板民とポンポンカノポンさんとホゲに毒された森川さんくらいですよ!!
「叡智トロピーを発散させるために運動で発散をしまぁす!!」
「正解!! 良いですか? 先生はこれの事を歓喜を表すhurrahという言葉と、人との交わりを表すmingleの言葉を掛け合わせて、フレーミングルの右手の法則と名付けました」
うわー。すごいドヤ顔です。
でもあくあ様が楽しそうにしているので、それを見た私たちもすごく笑顔になりました。
えみりさんはすかさずもう一度挙手して立ち上がる。
「先生、私、左利きです!!」
「大丈夫。左利きの人のためにフレーミングルの左手の法則もあります!! 良いですか。みなさんも叡智トロピーが溜まった時や理性を超えそうになる前に、フレーミングルの右手の法則や左手の法則を使って発散させてください。これが未然に犯罪を防ぐ最も効率的な手段です」
あくあ様はとてもお優しいお顔をすると、再び千石さんの方へと視線を向ける。
「千石さん」
「は、はい!」
「千石さんは宿題として明日から毎日フレーミングルの法則を利用して叡智ロピーを発散してください。もちろん、サボっちゃダメですよ? ちゃんと先生が宿題をチェックしますから、その映像を記録して先生のSNSからダイレクトメッセージで送信してくださいね。あっ、ちゃんと全体が映る角度で撮影してくださいよ。ここ、重要です。ちゃんと運動しているかチェックしますからね」
「はい……!」
女生徒達が次々と手を挙げると、白銀先生、私の宿題もチェックしてくださいと声を上げた。
お優しいあくあ様は勉強熱心な生徒達に対して涙を浮かべ、ありがとうありがとうと何度も呟きます。
私はすかさずノートに、あくあ様は女の子がランニングしたりスクワットしたりする運動の動画が大好きと書き込みました。
「ぐぬぬ……」
ん? えみりさんはなんであんな悔しそうな顔をしているのでしょうか?
……ああ! 偽名と詐称で授業に参加しているから動画を送れないんですね。可哀想に……なんて思う事もなく、私は普通にバカだなぁという顔をした。
「それではまず、どうやって異性と知り合うか。この事についてお話をしたいと思います。はい、次のページを捲ってください」
私はあくあ様に言われた通りにページを捲る。
・男性とご近所さんになる。
・男性と同じ学校・職場に通う。
・政府主催や公的機関が主催するお見合いパーティーで知り合う。
※非合法団体が主催する詐欺のお見合いパーティーには参加しないでください。
・政府が開発した新しいマッチングアプリで男性と出会う。
※政府が関与していない非合法なマッチングアプリにはご注意ください。
・地方自治体にある結婚相談所を通じて紹介してもらう。
・地方自治体などに設置される予定の出会カフェで出会う。
※繁華街の中にある非合法な出会い喫茶や結婚相談所を見つけた場合は通報してください。
下4つは今、羽生総理が中心となって政府が1番力を入れているところですね。
「あっ……!」
教科書を大きく開いたあくあ様は口を開くと、あっちゃー、やらかしたという顔をする。
どうかしたのでしょうか?
「すみません。先生も今初めて教科書を見て気がついたのですが、印刷ミスなのか1つ抜けてますね」
えっ? 他にまだ何かあるの?
あくあ様はわざとらしく咳払いをする。
「男女の出会いにはもう一つ、ナンパという手段があります。お手本を見せますので出席番号092番、黒百合女学園の綾小路静音さん。前にどうぞ」
「は、はいっ!」
綾小路さんは緊張した面持ちで前に出る。
私は嫌な予感がして自然と胃の辺りに手を置く。
「綾小路さんは学校の帰り、1人で居る時はいつもどうしてる?」
「え、えっと、本屋さんに行くとか……」
「へぇ、例えばどういう本のジャンルが好きとかある?」
「え、えっと恋愛小説とか、その白龍先生の」
「OK! それじゃあこの黒板を本棚だと思っていつものように振る舞ってみて」
「はい」
黒板の方に体を向けた綾小路さんに、我らが悪ーあ様が近づいていく。
綾小路さんが本を取ろうと手を伸ばした瞬間、あくあ様が剣崎並の反射神経で同じ方向へと手を伸ばす。
それに気がついた綾小路さんがスッと手を引いた。
「あっ、ごめん」
それを見たあくあ様がすかさず綾小路さんの顔を覗き込むようにして謝った。
「い、いえ、こちらこそ……」
あくあ様はにっこりと微笑むと、本を取り出して綾小路さんに手渡す。
「はい、どうぞ。もしかして、白龍先生の作品、好きなの?」
「は、はい……!」
近い近い近い近い! 明らかに顔が近すぎます!
綾小路さんもそうだけど、見ている私達の方までドキドキしてきました。
「へぇ。俺も好きだよ。これとか」
「あっ、私も好きです」
あくあ様は本を開く素振りを見せる。
「この初めて主人公の事を意識した時のシーンとかいいよね」
「あああああ! 私も、私もそこが1番好きです!」
あくあ様は本を閉じると、自然と綾小路さんを本棚に追い詰めるようにして壁ドンをした。
その瞬間、女生徒達からの黄色い悲鳴が教室の中に鳴り響く。
「俺、白銀あくあって言うんだ。君の名前を聞いてもいいかな?」
「あ、あにゃのこうじしじゅねっていいましゅ」
がんばれ! がんばれ! 女生徒達は祈るように綾小路さんにパワーを送る。
なんとかここを耐えて、この素晴らしい寸劇の結末を私達に見せてください!!
「静音、よかったらこの後一緒に2人でお茶でもどうかな?」
「は、はい……! 是非、2人だけで……」
あくあ様はこちらを振り向くと急に真顔になる。
「えー、これが基本的なナンパの流れです。ちなみに行けそうだと思った時は、一気に個室のカラオケとかに誘うのもありですね。例えば2人で静かに休憩できるところがあるんだけど、どうかな? って具合です。でも、最初なのでまずはお茶をするところから誘ってください」
「私はもう最初からカラオケでも一向に……」
綾小路さん、わかります。
世の中の大体の女性はあくあ様が相手なら最初からカラオケOKですよ。
そこで拒否するのなんてフューリア様くらいしかいないんじゃないかな。
「ちなみにこれは関東バージョンです。関西の一部地方では、よー、そこの綺麗なおねーちゃん、俺と一緒にそこの茶店に茶しばきに行こうぜ。になります」
へー、そうなんだ。
そういえば鞘無さんが配信でよく茶をしばきに行ってくるって言ってた気がします。
あれって、お茶を飲みにいくって事なのでしょうか?
「ちなみに今のを白銀あくあの攻撃3倍の法則といいます。いいですか? ナンパする時は、守りに入ってはダメなんですよ! 突破口を見つけたら自分の持っているものを全てベットして、最大火力で叩き込んでください! ちなみに反応が良くない時は引くことも大事です。これが引く事を覚えろという先生が白龍先生やユリスと一緒にCreamRAWカップに出場した時のチーム名の由来にもなってるんですね」
へぇ〜、そうなんだ。今、初めて知りました。
私達は必死にノートに書き込む。
「そして男女の仲を深めるためにはさっき先生がやったように、相手にとって興味のある会話をしないといけません。決して一方的に会話をしてはいけませんよ。会話の中でお互いに興味がある事を探っていくんです。これを先生は会話のピック定理と名付けました。いいですかー? ここテストに確実に出ますよ」
あくあ先生は指し棒で黒板をトントンと叩く。
「くっ、あの指し棒で先生にほっぺたツンツンされたい……!」
えみりさん自分の願望が出てきてますよ。溢れ出る叡智トロピーをちゃんと理性で抑えてください。
「そしてお互いにデートを重ねて仲を深めて行くとその先に待ち受けるのが告白です。みなさん、告白は怖いですか?」
あくあ先生の真剣な言葉にみんなが頷く。
「先生も怖いです。誰しも告白したら振られたくなんてないですよね? 大丈夫。先生もみなさんと同じです。そこで先生は考えました。いいですか。今から先生が黒板に書く事をノートに取ってください」
あくあ様はチョークを握ると黒板に文字を書く。
・2人きりで会う頻度と回数。
・相手の言葉に異性としての好意を感じられるかどうか。
・お互いの物理的な距離感。
・デートでは自分の好意を相手に対して隠さない。
なんであくあ様って文字は綺麗なのに、絵はあんなのでしょうか。
「いいですか、これを告白における4つの法則といいます。例えばまだ1回しか会ってないのに告白するのと、4、5回2人きりでデートした人では告白の成功度は大きく変わってきますからね」
なるほど。私達はあくあ様のおっしゃった言葉をノートに書き込んでいく。
その後も授業は滞りなく進んでいきました。
「はい、それじゃあ最後に今日の授業についてのアンケートをとっておわりです」
もちろんみんな最高評価です。
「はい、皆さん今日は最後までありがとうございました!!」
「「「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」」」
こうして無事に白銀あくあ先生の課外授業は終わりました。
皆さんちゃんと政府が厳選したメンバーが集まっていたのか、特に暴走する人もなくよかったです。
「やっぱり槙島より本物でしたわね」
「ええ、あくあ先生……最高でしたわ」
うんうん、私は帰りの下駄箱で聞こえてきたお嬢様の会話に何度も頷く。
こうして本物のあくあ先生のおかげで無事に槙島先生を卒業する事ができた私は、そそくさと会場を後にした。
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