白銀あくあ、初めての天我。
すみません。
予約投稿ミスです。
マスク・ド・ドライバー ヘブンズソード。
俺はこの作品で、剣崎総司というキャラクターを演じる事になった。
剣崎の設定年齢は20歳で、俺が月9で出る予定の主人公の兄の役も18歳。
どちらも今の自分の年齢より少し高めなので、そこをどう演技で埋めていくのかが鍵になるだろう。
今の俺の見た目は16歳なので、やはり20歳当時の自分を知っていると、その頃と比べて少しあどけない感じが残っているように思う。
また、年齢とは別に、剣崎を演じる上で俺はもう一つの問題を抱えていた。
生身でバイクに乗るシーンの多い剣崎を演じるためには、法律の問題から普通に中型の免許が必要なのである。
特撮ドラマのアクションシーンではスタントを代わりにしてくれる人がいるが、俺はアクションシーンもできる限りは自分で演じてみたいと思っていたので、なんとか時間を作って免許を取ってきた。
「あ、相変わらず行動力がすごいな白銀は」
その話をたった今、目の前の黛に伝えたら笑顔を引き攣らせていた。
ちなみに家族や阿古さんからも同じ反応を見せられたばかりである。
「じゃあそのバイクは買ったのか?」
「ああ、バイトしてたし、雑誌の出演料とかも振り込まれたしな」
俺は買ったばかりの愛車、kasaharaのFLAMMAのシートを撫でる。
心に火をつけるというキャッチコピーそのままに、炎を連想させる真紅の車体に俺は一目惚れした。
最新のタッチパネル式のコンソールモニターに加えて、バイクに搭載されたAIと連動した同系色の時計がセットになっていたりするのも購入を決めた理由の一つである。
「ほい」
黛は俺に渡されたヘルメットを被る。
俺だって本当は最初は女の子とタンデムしたかったが仕方がない。
実は最初に家族の誰かをと思ったが、誰が後ろに乗るかで争いが始まってしまった。
みんな、よっぽど免許取り立ての俺のバイクの後ろに乗るのが怖かったんだろうな……。
俺がじゃあ最初は黛を乗せるよって言ったら、泣き出してしまったほどだからよっぽどだろう。
ちなみに前世ではバイクの二人乗りは免許取得から1年経過が必要だが、この世界にそんな法律はなかった。
「生まれて初めてバイクに乗ったが……これはいいものだな。風が気持ちいい」
「だろ? 黛も免許取れよ。一緒にツーリングしようぜ!」
俺はシフトペダルをかきあげて減速してからコーナーを曲がる。
このバイクは市販のバイクと違って逆シフトが採用されているから、減速するためにはシフトペダルを上に上げないといけない。
「そうだな。俺も……白銀みたいに頑張ってみようかな」
「おう! もし黛がバイク買ったら、俺が後ろにとあちゃん乗せるし、三人でどっか行こうぜ。海とか山とか」
「ふっ、それは楽しそうだ」
俺は信号待ちのタイミングで、時計をチラリと見る。
今日は珍しく道が混んでいるので、このままだと待ち合わせ時間に少し遅れてしまいそうだ。
「ナビゲーション、スタジオビアード」
俺の声に反応して、時計の画面が時刻を表示されたものからナビゲーションソフトのものへと変わる。
ちなみにスタジオビアードとは、モジャさんのスタジオの名前だ。
スタジオの名前にまで髭を入れるなんてモジャさんはよっぽど髭が好きなんだなぁ。
『ナビゲーションを開始します』
半機械的なAIの言葉と共に、俺が被っていたヘルメットのシールドに矢印が表示される。
俺はAIがGPSを用いて指し示す最適な経路を辿って、スタジオへとバイクを走らせた。
AIの正確なナビゲーションのおかげもあって、俺と黛は時間内にスタジオに到着する。
俺はナビを閉じる時にサンキューとAIに礼を言った。
「あれ?」
モジャさんのスタジオに到着すると、駐車場に一台の黒いバイクが停まっていた。
流線形の美しいデザインに加えて、ゲーミングマウスのように発光するパーツが男心をくすぐる。
俺が購入を検討したもう一つのバイク、レガシーだ。
「どうやら先客がいるみたいだけど、誰のだろ?」
モジャさんはバイクを持っていなかったはずだ。
だからこれはお客さんのものだろう。
「どうする白銀?」
「うーん、つっても待ち合わせの時間だしな。とりあえず挨拶してくるわ」
「そうだな」
俺と黛はバイクから降りると、スタジオの中へと入る。
「お、きたか!」
スタジオの中に入るとモジャさんが俺たちを待っていたのか、早くこっちにこいと手招きした。
「で、今日お前たちにきてもらった理由はだな……っと、おーい! そんなところで何してやがる」
モジャさんが視線を向けた方へと俺たちも視線を向ける。
するとそこには、一人の男がいた。
そう、一人の男がいたのである。
しかもスタジオの扉から半分だけ顔を出した状態で。一見するとホラーである。いや、ホラーでしかなかった。
「……」
男の人は扉の隙間から俺たちをみて、何やらボソボソとつぶやく。
かろうじて口が動いているので何かをしゃべっているのはわかるが、何を喋っているかまでは理解できない。
距離が遠すぎるから聞こえないというよりも、明らかに声が小さくて何を言っているのか聞こえないのだ。
「何やってんだ! 早く来い天我!!」
モジャさんに急かされた天我と名前を呼ばれた男性はゆっくりと扉を開いて、そろりそろりと足音を立てずにこちらに近寄ってくる。
天我さんの第一印象は一言で言うと黒い。そう黒いのだ。
全身黒尽くめの衣装でブーツや手袋を穿いていて、長ったらしい前髪で片目は隠れてるから、ほとんど素肌が見えていない。
そろそろ夏が来るというのに、なんだかみてる方が重苦しいような暑苦しさを感じてしまうほどだ。
「ククっ、いいだろう。我の名前は天我アキラ、天を我のものにすると書いて天我だ。よろしく頼むぞ人間どもよ」
あっ……この人、普通に痛い人だ。
全てを察した俺は隣の黛と顔を見合わせる。
すると黛は天我さんの厨二病にびっくりとしたのか、口を半開きにして間抜けな表情を見せていた。
こんな黛の姿が観れるのはなかなか珍しい。
「なーに、またわけわかんねぇこと言ってんだ、オメェさんもおんなじ人間だろうが」
モジャさんが天我さんをペイっと軽く叩いてツッコミを入れる。
的確なモジャさんのツッコミに俺は感心した。
「ほれ、普通に自己紹介しろ、年下をびびらすんじゃねぇぞ」
「ぁ……はぃ、あの、自分……天我アキラって言います。20歳の大学生で、その……一応、作曲してます……」
声ちっさ! 良く見たら天我さんは背中にギターケースを背負っていた。
俺は軽く咳払いすると天我さんに向かって自己紹介する。
「アイドルをやってるベリルエンターテイメントの白銀あくあです。よろしくお願いしますね。天我先輩」
「あ……えっと、自分は白銀の友人で、黛慎太郎って言います。アイドル白銀あくあの作詞担当で、近いうちにベリルエンターテイメントに所属するつもりです。よろしくお願いします、天我先輩」
俺たちの自己紹介を聞いた天我先輩は急に胸を押さえて悶える。
もしかして心臓が痛いとか? 俺と黛は慌てて天我先輩に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか天我先輩?」
「天我先輩、救急車呼びますか?」
なぜか隣にいたモジャさんは、焦るどころか両手を広げて呆れた表情をしている。
すると天我先輩は、俺たちの肩をがっしりと掴むと、握り拳を作って親指を持ちあげた。
「我、感無量……先輩、いい響きだ」
天我先輩は目頭を抑える。
俺と黛は天我先輩の大丈夫そうな様子を見て再び顔を見合わせた。
もちろん二人とも微妙な顔をしている。
ともかく、なんもなかったことを喜ぶべきなのだろうか。
隣にいたモジャさんは、特大のため息を吐いていた。
「うん、まぁ、そういうわけでよぉ。天我もその、なんだ、悪いやつじゃねぇんだよ」
「あ……はい」
「だからまぁ、その、なんだ……白銀、黛これからも仲良くしてやってくれ」
「あ、はい……」
俺とモジャさんが会話している最中に天我先輩は復活したのか、前髪をふぁさぁと派手なリアクションで掻き上げる。
「任せろ、白銀、黛、ククッ、若輩者を導くのもまた先達の務め、我に全てを委ねるが良い」
「若輩者も何も、オメェもあんまり歳変わんねぇだろうがよ……」
モジャさんの的確なツッコミに、俺たちは心の中で頷く。
「まぁ、それは置いといてだ。この天我だけどよ。あの時、白銀に聞かせたデモ曲Bの作曲者が何を隠そうこの天我だ」
あー……俺は心の中であの時の曲を思い出して納得した。
かっこいいけど独りよがりなギターサウンドと、厨二病が強いクセのあるサウンド。
間違いなく天我先輩が作曲したものだと確信した。
「そういうわけでだ、黛、出来たか?」
「あ……はい!」
黛はバッグの中からノートを取り出すと、テーブルの上に置いた。
それをモジャさんと天我先輩の二人が覗き込む。
「うん……いいんじゃねぇか」
モジャさんは歌詞を見てリズムをとりながら頷く。
この反応は黛の歌詞が相当気に入っている証拠だ。
俺は心の中で頑張ってよかったな黛と呟く。
「クッ……!」
その一方で歌詞を見た天我先輩が、再び崩れ落ちた。
しかし今度は胸ではなく腕を抑える。
「わ、我の左腕が聖詞に反応して疼く、静まれ、静まるんだっ!」
「いや、それ右腕だろ」
モジャさんに指摘された天我先輩は、腕を変えて何事もなかったかのように演技を続ける。
「クッ……このままではここが大変な事になってしまう。この疼きを封印するためにも演奏するしかないようだっ!」
直訳すると黛の歌詞がよかったから天我先輩は演奏したいってことだよと、黛の耳元で囁く。
黛はポカーンとした顔をしていたが、自分が誉められている事に気がつくと喜んだ。
「あ? いいんじゃねぇか、白銀、歌えるか」
「はい、大丈夫です、いけます!」
レコーディングスタジオに入った俺は、天我先輩のノリに乗ったギターサウンドの勢いに乗せて一気に歌いきった。
はっきり言って粗もあったし、これが本収録になるわけではないが、曲を歌い終える頃には、全員のテンションが上がったと言っても過言ではないと思う。歌い終わった後には、全員でハイタッチしたほどである。
その後、細かいところを調整、修正しつつ、俺たちは無事、特撮に使う新曲を完成させることができた。
next round。
それが完成した曲のタイトルだった。
今までは子供向けに脚本を作られていたマスク・ド・ドライバーだったが、次回作は子供と一緒に視聴する親世代も取り込むために重厚感のある深いお話も多いと聞いている。
だから俺たちは、わかりやすく新作ではネクスト、次の新しい所で戦うのだとそういうタイトルをつけた。
「ククッ、なんとか我の右腕は封印できたが、その代償に右腕が疼く……」
「そりゃそうだろうよ。あんな激しく最初からクライマックスでギター掻き鳴らしてりゃ、腕もいてぇんじゃねぇか」
最後までモジャさんのツッコミは的確である。
あと、先輩、さっきは左腕って言ってませんでしたっけ? と思ったが、俺はその言葉を心の奥にそっとしまった。




