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月街アヤナ、なんかこいつムカつく。

「はは……」


 スターズでまだ選挙が終わってないのに、あくあが帰ってくるというニュースを見た私は苦笑いを浮かべる。

 なんかこう、私が言う事じゃないのかもしれないけど本当にごめんね……。


「ほら、私の言った通りじゃん。あいつが全部悪いのよ」


 ゆかり先輩は、まろん先輩が作り置きしてくれていたカレーをパクパクと食べる。

 お子様カレーじゃなきゃ嫌だとゆかり先輩がごねた事もあって、味付けは辛味ゼロの超甘口だ。


「あ、そろそろかも」


 阿古さんが何かを思い出したように呟く。あ、ほっぺたにお米ついてますよ。

 食べ終わったカレーのお皿を置いて帰ってきた阿古さんは、テレビのチャンネルを変える。

 あぁ、そういえば今日から黛君主演のドラマが始まるんだっけ。


[Nocturnal Darkness]


 今日から始まる新ドラマは主要キャストの発表で黛君主演であくあやハーちゃん達が出る事は分かってるけど、それ以外の情報が何も明かされていない。

 それでも先行公開されたPVと、あのあくあが悪役を演じるというリークから世間での期待値がすごく高まってる。

 悪役のあくあってどうなんだろう? ちょっと想像できないだけにすごく興味がある。

 私達は食器を片付けるとワクワクした気持ちでテレビへと視線を向けた。


「「「あ、始まった……!」」」


 鳴り響くサイレン。

 夜の街を1人の男が走り抜ける。

 さっきチラッと顔が見えたけど石蕗さんかな?

 主要キャストに名前がなかったから1話限定のゲストかもしれない。


『俺は悪くねぇ! 俺は何も悪くねぇんだ!!』


 男はビルからビルへとパルクールを駆使して飛び移っていく。

 帽子を深めにかぶって顔を見えないようにしているのは、女の人が石蕗さんの代わりにスタントをしているからだろう。あくあ以外にそんな事ができる男優なんて普通にいないし、ドラマではよくある手法の一つだ。


『くそっ! くそおおおおおおおおお!!』


 失礼を承知で言うと、ほんと石蕗さんて主人公に向いてなかったよね。3枚目とかこういう悪役っぽいキャラだと演技も凄くイキイキしているし、本人も楽しそうだ。

 石蕗さんの叫び声と共に映像が深夜の繁華街から日中の警察署のシーンに変わる。

 うん、まだ始まって最初のシーンだけどなかなかいい感じ。細かい息遣いとかサイレンと効果音、サウンドにまでちゃんと拘っているし、深夜のこの時間帯に映像と雰囲気があっている。一人の役者として良い作品になりそうな予感がした。


『被害者の名前は柏木彩香、38歳、夫1人、娘1人の3人暮らし、国営の特殊能力研究所であるステラ・ネットワーク勤務。昨日の夜10時過ぎ、仕事からの帰り道に見知らぬ男から刃物で脅されてついてくるようにと言われたそうだ。その後、柏木彩香は容疑者と揉み合った時に怪我を負ったものの、偶然通りかかった人の悲鳴もあって男が逃亡。現在は怪我の治療と心理的なケアのために都内の病院に入院している』


 なるほどね。

 それがさっきの冒頭のシーンに繋がるわけか。

 後、舞台は現代だけど特殊能力が存在する世界観なのだと頭にインプットする。


『犯人の目星はついてる。男の名前は戸田次郎、28歳無職、現在逃走中。戸田の目的は柏木彩香が持っているステラ・ネットワークの研究データへのアクセスキーだろう。その証拠につい最近、戸田がどこかの国の工作員と都内の喫茶店で密会しているところを監視カメラに撮られている』

『どこかの? それって、スターズじゃないの?』


 会議に参加していた1人の刑事がにやけた顔で茶化す。

 残念ながらもうこの世界にスターズは存在しないんだよね。

 ドラマを見ていた阿古さんが現実を直視して頭を抱える。


『どこかの、だ。上層部がそう判断したのだから、特定の国の名前は出さないように』

『はいはい、了解』


 会議の進行を見てメガネをかけた1人の女性がため息を吐く。パスカードがアップされると花咲美鈴と書いてある。花咲美鈴を演じているのはヘブンズソードで共演したトラ・ウマーの中の人、淡島千霧さんだ。

 彼女……最近、黛くんといい感じだって噂になってるのよね。真偽は不明だけど私のところにもそういう噂話がきている。

 それもあって、このドラマは放送前から話題性が高い。

 場面が再び切り替わると、事件の事を報道しているニュース番組が映ったモニターがアップになる。


『戸田次郎……。カーリ、そいつで間違い無いんだな?』


 リムジンの中、モニターから視線を外した黛くんは目の前に座った人物へと視線を向けた。

 黛君がメガネをしてないのはすごく新鮮だけど、メガネがない事で自然と目つきが悪くなっていつもとは全然違った印象を受けます。


『ヤー』


 カーリ役を務めるのはカノンさんの妹、ハーミー殿下だ。

 彼女、ほんとお人形さんみたいに綺麗よね。若い頃のカノンさんやメアリー様にそっくりだって聞いたけど、きっとこの子も将来美人さんになるんだろうなぁ……。ほんと、絵画の中から出てきた妖精さんみたい。

 それも感情表現が乏しいからか、余計に人ならざぬ何かを感じる存在感がある。


「あー……いるいる。存在感だけで演技力とか関係なく全部ゴリ押してくるやつ。この子の演技の幅はわからないけど、当面はこれだけで引っ張りだこになりそう。阿古っち、ちゃんと仕事は選んだ方がいいわよ。どういう方向に鍛えるかで受ける仕事も全く違ってくるから」

「はいはい、わかってますよ」


 ゆかり先輩に認められるほどの存在か……。いいなぁ……。

 存在感、私が欲しくして欲しくてたまらないものの一つだ。

 ただ美女だから美少女だから、それこそ男だからという理由でだって絶対に手に入らない。

 雪白美洲、玖珂レイラ、白銀あくあ、雪白えみり、後、役者じゃないけどカノンさんとかメアリー様を見ていると、世の中に公平なんて事は一個もないんだなと思い知らされる。とはいえそこで諦められない私も往生際が悪いなと思った。

 私は意識を切り替えると再びドラマに集中する。


『スターズも狙ってる。だから……先に、押さえて』


 抑揚のない落ち着いたトーンの喋り口調、何を考えてるかわからない無表情、ミステリアスな雰囲気、おまけに美少女で個性的にも関わらず、この特別な存在感を風景に溶け込ませる事ができる……。え? 普通にすごくない? あくあは身内に甘いけど忖度はしないタイプだから、オーディション番組から彼女のこの才能を見抜いていたのかなと思った。

 なるほど。スターズの人達がヴィクトリア様よりもカノンさんやハーミーちゃんに惹かれるのもわかっちゃうな。私としては圧倒的なカリスマ性を持った妹2人に嫉妬しないヴィクトリア様が逆にすごいって思っちゃうけどね。

 だって、私、あくあに嫉妬しない事なんてないもの。好きだけど、好きだからこそ嫉妬する。でもそれ以上に憧れてるし、勝ちたいと思う気持ちの方が強い。だから私はあくあに嫉妬するし憧れるし好きだ。

 地下に入った車が停車すると、扉が開いて1人の女性が入ってくる。


『相変わらずここは辛気臭いわね』


 確かメインキャラの1人、鷹見久乃(たかみひさの)だっけ。

 その役を務める睦夜星珠(むつみやせいじゅ)さんは、ポケットの中からタバコの箱を取り出すと、トントンと叩いて一本だけ取り出して口に咥える。

 流石は女帝と呼ばれるだけの事はあるなと思った。

 たった一つの仕草や行動だけでも視聴者を作品へと引き込ませてくる。


『何?』


 口に咥えたタバコを黛君に奪われた久乃は怪訝な顔を見せる。


『子供の前でタバコを吸うな』


 黛君は奪ったタバコを握り潰す。

 なるほど、ぶっきらぼうだし怖い雰囲気はあるけど、ちゃんと優しいところもあるキャラなんだね。


『相変わらず、お人形ちゃんにもお優しい事』

『人形じゃない……カーリだ』

『名前なんて個体識別コードでしかないじゃない。私のこれだって偽名だし、それにお人……この子もそう長くないわ。まだ若いのに能力を酷使したせいで、もうほとんど何も残っちゃいないじゃない』


 久乃は人差し指でカーリのほっぺたをぷにぷにと押す。

 いいなぁ。ハーミーちゃんのほっぺた普通に柔らかそう。


『私達、女の能力者はあんた達、男性の能力とは違う所詮は借り物の能力よ。この人ならざる力を使う度に命をすり減らしているの。そう、このタバコと一緒、吸い終わったら吸い殻が残るだけ。だから居なくなる奴らの事なんか気にしない方が気が楽よ」


 ふーん。この人も言葉は悪いけど、悪い人じゃないのかもと思った。

 久乃は胸の谷間から記録媒体を取り出すと黛君に手渡す。


『はい、これ。すでに警察は動いてるからさっさとした方がいいわ』


 警察の捜査資料が入った記録媒体を黛君に手渡した久乃は、車の扉を開けて再び外に出る。

 彼女はそのまま車を背に歩き出すと、新しいタバコを取り出して煙を燻らす。


『相変わらずクソまずいわね。でも……まだ、ちゃんと味がする』


 いい演出だと思う。今のカットで久乃も本当はタバコが嫌いだけど、何かの理由のためにタバコを吸ってるっていうのが十分に理解できた。

 またシーンが切り替わると見覚えのある女性が壁に打ち付けられる。


『本当……あんたって鈍臭いわよね。真衣!』


 あ、那月さんだ……。

 髪を女の子に掴まれた那月さんは怯えた顔で周りにいた女子たちを見上げる。

 よく見たら制服は汚れてぐちゃぐちゃだし、メイクだろうけど手の甲とか肌に擦り傷ができていた。


『そうやって鈍臭いふりしとけば、男に構ってもらえると思ってるんじゃないのぉ?』

『あるある。あんたってばA組の坂下君だけじゃなくて、赴任してきたばかりの保健室の先生にまで色目使ってるしね』

『そういうのがウザいのよ!!』


 那月さんは女の子から頬を思いっきり叩かれる。

 って、赤くなってるけど、これガチで叩かれてない? 明らかによくあるカメラの角度で誤魔化す手法とか、寸止めとかじゃない。


『あはは、髪の毛毟っちゃった。でもあんたが髪長いのが悪いのよ』

『ねぇ、それならさぁ。いっそのこと、髪切っちゃえばよくない?』

『あら、いいじゃない。それなら私達が綺麗に切ってあげるわ。ほら、遠慮しないで?』


 嘘……でしょ?

 女の子達に無惨に髪を切られた痛々しい姿の那月さんが映し出される。

 卒業式の時、那月さんの髪が短かったのってそういう事だったのか……。

 って、那月さんは主要キャストに名前がなかったから、このキャラは1話限定って事だよね? それって、たった1話のゲストキャラクターのために髪を切ったって事?

 すごいな。普通に背筋がゾクゾクした。


「流石にこれには私もびっくりしたわ。那月さんって、あくあ君と一緒でこれやったらよくなるって思ったら、それをする事に躊躇いがないのよね」

「ふーん。いいじゃない。ベリルは私好みの気合いが入った子が多いわよね。シゴき甲斐がありそうだし、なんなら私もベリルに移籍しようかしら。あっ、それこそベリルがうちの事務所ごと買収しなさいよ」

「やめて。ただでさえ何をしでかすのかわからないあくあ君、森川さん、えみりちゃんだけでもいっぱいいっぱいなのに、ゆかりまできたらうちの社員の心労が……」

「それならうちの社長を下っ端で使っとけばいいのよ。きっと喜んでやるわよ。ドMだし、なんなら新入社員よりへこへこしてるわよ」


 はは……。私は阿古さんとゆかり先輩の会話を聞いて苦笑いを浮かべる。

 もちろん冗談ですよね? うん、阿古さんのためにも冗談って事にしておこう。

 那月さんは女の子が居なくなった後、壁で打った腕を押さえながらも何とか立ち上がった。

 その後ろ姿を見ている私が頑張れって思っちゃってる時点で、那月さんの演技力の高さが窺える。


「そうよ! あんな奴らに正義なんてないんだから負けちゃダメ! 頑張れ!!」


 ふふっ、ゆかり先輩って本当にドラマとか映画が好きだよね。

 下手くそな役者が出たらずっと文句言ってるけど、この作品は演者のクオリティが高いからちゃんとのめり込んでいる。


『柏木……?』


 あっ!

 その声がした瞬間、私と阿古さん、ゆかり先輩の3人がほんの一瞬だけ顔を見合わせる。

 あくあだ……。


『槙……島、先生』


 那月さんが振り返ると、白衣を着た眼鏡姿のあくあが立っていた。

 髪はウィッグか何かかな。色素の薄い金髪で以前のあくあの髪よりも少し長い。

 20代の役を演じている事もあってか、晴明を演じた時と同じような大人の色気を感じた。

 さっき女の子が言っていた保健室の先生はあくあの事だったのかと理解する。


『柏木、こっちにきなさい』


 那月さんの姿を見たあくあは察する。

 あくあはそのまま那月さんの手を取ると、保健室へと連れていく。


『ほら、これに着替えて。それとこれで体を拭きなさい』


 あくあは予備のジャージと汚れを拭き取るためのシートを手渡す。

 やっぱりドラマの中でもあくあは優しいな。

 でも、どうしてだろう。なんか……なんかよくわからないけど、いつものあくあの演じるキャラの優しさとは違う気がする。なんて言ったらいいのかわからないけど、優しいというよりもただの優しい男を演じているように感じた。

 あくあ演じる槙島先生は、着替え終わった那月さんの手当てをする。

 学生証には柏木真衣と書かれているけど、さっき襲われたって言ってた柏木彩香さんの娘さんになるのかな?


『ありがとうございます』


 何だろう。この纏わり付くようなモヤモヤは……。

 あくあが演じる槙島は本当に優しく見えるのに、何故か私の心が落ち着かない。


『柏木、その髪はどうしたの……?』


 俯いた真衣は微かに唇を震わせる。

 それを見た槙島が、真衣の髪にそっと触れた。

 違う。あくあはそんな髪の触れ方をしない。

 槙島の姿はどこかあくあと重なって見えるけど、あくあとは違う何かを感じる。

 それがどうしようもなく怖かったし嫌だった。


『槙島先生……私、私……!』


 真衣の強く握りしめた拳の上にポタポタと涙が落ちる。

 槙島はその拳の上にそっと優しく手を重ねた。


『大丈夫。ゆっくりでいいから……ね』


 槙島はただ静かに真衣の話を聞く。どうやら槙島は何度もこうやって虐められた後の真衣に声をかけ続けていたらしい。

 真衣が虐められたきっかけは小学生の時、リレーのアンカーで転けて負けたのに、男子に慰めてもらったのを見た女子のやっかみだった。

 髪を実際に切るなど物理的な補助があるとはいえ、那月さんの演技力もあって、彼女の口から語られるいじめの数々に心が痛くなる。


『柏木……やっぱり警察に行こう』

『だめ。先生! わ、私……両親に迷惑かけたくない。それに……』


 真衣の瞳が昂った感情で揺れる。


『無……理矢理、万引きとかさせられて……そ、の……姿を撮影されて……』


 うわぁ、最悪じゃん。本当にサイテーな人達だと思った。

 真衣は自分の手を強く掻き毟る。

 最初はイジメによる怪我だと思っていたのに、あの手の甲の傷跡が心を痛めた事による自傷行為だと知って余計に胸の奥が苦しくなった。


『柏木……』

『触らないで!』


 真衣は自傷を止めさせようとした槙島の手を払い除ける。


『先生……ご、ごめんなさい。でも、私……私! 汚れてるから……!』

『大丈夫だよ。柏木……いや、真衣』


 槙島は外したメガネを机の上に置くと白衣を脱いだ。

 うわぁ、ここぞとばかりにあくあはかっこいい顔をする。

 でもなんかいつものあくあの笑顔とは違う。まるで本当に作ったみたいなかっこいい顔だ。

 あくあが見せる本当にかっこいいあくあの顔じゃない。


『君の手は汚れてなんてない』


 そう言って槙島は真衣を抱きしめる。

 ちょ、ちょ、保健室の先生がそんな女子生徒となんていいの?

 なんか禁断って感じがしてドキドキする。


『ほ……本当に……?』

『本当だよ。ほら、柏木の手はこんなにも綺麗じゃないか』

『槙島……先生……』


 それにしてもすごいな。

 たった1話だけど、その1話限りのゲストでここまでやれる那月さんを私は対等な1人の同じ役者だと認識する。

 少なくともここにいる私と、私の隣で楽しそうに笑ってるゆかり先輩は彼女を1人の女優だと認めた。


『大丈夫。僕だけが君の味方だから』


 槙島が真衣の手に自分の手を重ねる。

 その言葉に感情が揺れ動いたのか俯いた真衣の背中が微かに震えた。

 槙島はその姿を見ながらほんの少しだけ口元をニヤけさせる。

 なんとなくその表情が、毒を吐く時の蛇と重なって見えた。

 再びシーンが切り替わると、病室にいた柏木彩香とその夫の姿が映し出される。


『彩香、もう大丈夫なのか?』


 この人が夫の柏木隆明さんか。演じるのは賀茂橋さんね。

 1話から男性キャスト2人をちょい役で使えるなんて改めてすごい時代が来たなって思った。

 石蕗さんといい2人ともまたあくあ君と共演したいって言ってたし、それがすぐに叶ったみたいで良かったなって思う。


『うん、もう大丈夫だから。ごめんね、心配をかけて……』

『気にするな。それよりも彩香が無事で良かったよ』


 ああ……理想の夫婦って感じがする。

 こういう旦那さんが欲しいなと思うくらいに良いシーンだ。

 賀茂橋さん、本当にいい演技をするようになったな。


『それよりも、もう明日、普通に退院しても本当に大丈夫か?』

『うん、大丈夫。それよりも真衣はどうしてる? 落ち着いた?』

『ああ、ただ……』


 隆明は何か気にかかる事があるのか戸惑ったような表情を見せる。


『どうかした?』

『真衣は元々物静かな子だけど、なんというか最近は様子がおかしい気がするんだ。僕の杞憂であればいいのだが……』


 ふーん、ちゃんとお父さんは娘に何かがあった事には気がついてるみたい。

 問題はそうなった時にちゃんと親がそれを聞けるかどうか、子供が自分から言えるかどうかだよね。

 私もお母さんは私へのイジメに気がついていたのかもしれないけど、私自身が大丈夫ってずっと突っぱねていたから、それが原因であんな事件まで起こってしまった。

 あの時、私も素直に親に甘えれば良かったのかな? でも素直に甘えてたら、そこで芸能界は諦めなさいって話になってたと思う。その未来にはきっと、ゆかり先輩やあくあは居なかった。

 だから私はあの時、意地を張ってでもこの世界に残って良かったと思う。

 それが正解とはいえないけど、物事はそれくらい複雑で人生は常に選択の先に違った未来があるんだろうなと知った。ただ、イジメをする奴はクソだけどね。そこだけは自信を持って言えるわ。


『わかった。そういう事ならこれを機に長い休みを取って家に帰るね。1週間のほとんどずっと会社に居て、子育てを貴方に任せっきりにしてたし、少しは私も母親として頑張ってみますか』

『彩香は十分にお仕事を頑張ってくれてるだろう。それよりもごめん。僕がもっと早い段階で真衣の異変に気がつくべきだったんだ』


 うん、良い感じ。これならいじめの問題も大丈夫そうね。

 あくあ演じる槙島との事は気になるけど、今のところはなんの問題もないように見える。

 ここでまたシーンが切り替わると、美鈴を中心とした捜査班が戸田の住むマンションを捜索するシーンが映し出された。


『証拠は何も残ってないかー』


 白衣を着た女性がガックリと項垂れる。

 その隣で美鈴は黙々と書類に目を通す。


『かなえ、サボるんじゃない。少しでもアイツが逃げた先の手がかりを見つけるんだ』

『美鈴は真面目だねぇ。そんな事を言ったって証拠なんて出るわけないじゃん。初動で逃げられて後手踏んでる時点でダメでしょ』

『それでもだ』

『へいへい』


 2人は同僚でもあり仲のいい友人でもあるのだろう。美鈴とかなえの距離感に、そういう気兼ねのない空気を感じる。

 かなえは座ったまま手を伸ばすと、不精して自分が背にした本棚からノートを取り出そうとした。でも、いい加減に本棚からノートを出してしまったせいで、それが仇となって自分の頭上に本やノートが落ちてくる。


『いてっ!』

『全く、何をやっているんだ、お前は……』


 美鈴は軽くため息を吐くと、落ちた本を拾い上げようとした。すると、その間から一枚の写真が落ちてくる。


『これは……』


 かなえは立ち上がると、写真を見つめる美鈴に顔を近づける。


『あれ? 篠崎じゃん』

『知り合いか?』

『うん。大学で同じ研究室にいた子なんだけど……どこだっけ? ああ! 思い出したわ。確かこの子、ステラ・ネットワークに就職したんだよ』

『何?』


 なるほどね。

 最初のターゲットで失敗したから、次のターゲットを狙うってわけか。

 そう判断した美鈴たち捜査班は、数人を残して篠崎の方へと向かう。

 その様子を見ていた一匹の猫が映し出される。

 って、あれ? これってあくあがえみりさんに預けてるシロじゃない?


『どうやら捜査班は篠崎の方へと向かったようだぞ。全く、まんまと罠に嵌められて……まぁ、そっちの方が動きやすいか』


 えぇっ!? この猫喋るの!?

 いや口は開いてないからこれは心の声かな?

 首につけた首輪がキラリと光る。

 なるほどそれが通信機になってるんだ。


『わかった……。舜』


 またシーンが切り替わると、隣あう槙島と真衣のシーンが映し出された。


『先生、私……本当はこうやって、ずっと誰かに甘えたかった……』

『真衣は頑張り屋さんだし、いっぱい頑張って耐えて本当に辛かったよな。でも、大丈夫。僕だけが真衣の事をわかってるから』

『先生……!』


 あぁ……。この感じはなんかすごくよくない気がする。

 せっかく両親が真衣と話をしようと思ってたのに、なんでこんなにもタイミングが悪いんだろう。

 もし両親がほんの少しでも早く真衣に話を聞いていたら、こういう事にはならなかった気がする。


「真衣、そいつだけは絶対にやめときなさい!! 子供の弱みにつけ込んで言葉巧みに自分の支配下に置こうとしてる大人なんて絶対にクソよクソ!!」


 ゆかり先輩の言葉に私と阿古さんがうんうんと頷く。


『真衣は悪くない。悪いのは……誰だと思う?』

『……私の事を虐めている女の子達』

『そうだね。でも、真衣が虐められているのに周りの大人達はどうだった? 1ヶ月前に産休に入られた先生の繋ぎでこの学校に赴任してきたばかりの僕が気がついたのに、周りの大人達が気が付かないわけないよね?』


 真衣の瞳が大きく揺れる。こいつ……好きなあくあが演じてるけど嫌いだって確信した。

 だって私が1番嫌いなタイプの大人だもん。

 槙島は真衣の髪を指先ですきながら優しく語りかける。


『真衣がこんなになるまで放置していた大人達とこの世界は本当に悪くないのか? だって、真衣はこんなにも助けて欲しいって俺にSOSを出していたのに、学校の先生、親……それに同級生達だって、みんな知っていたのに真衣を見捨てたんだ』

『ひどい……。私、私、こんなにも1人で耐えたのに、今日だって痛かったのに誰も助けに来てくれなくて……トイレの前に人だって通って声が聞こえてたはずなのに! 私、許さない。自分の事を見捨てた同級生達も、大人達も……お父さんだってお母さんに構いっぱなしだし、お母さんだって仕事ばっかりで私なんてどうでも良いんだ!!』


 僕から俺に変わった瞬間、ほんの一瞬だけど槙島の本心が垣間見えた気がした。

 そして画面には一瞬だけ、トイレの前で壁に寄りかかった槙島の回想シーンが映し出される。


「ちょっと、こいつ本気でムカついてきたわ! あんただって真衣を見捨ててるじゃん!!」

「ゆかりストップ!」


 阿古さんと私でゆかり先輩を抑え込む。

 あー、これは完全に作品にのめり込んでる時のゆかり先輩です。


『真衣、僕はね……そんなクソッタレたこの世界を変えたいんだ。だから僕に協力してくれないか?』

『わ、私が……?』

『うん、真衣じゃなきゃダメなんだ。だから……ね。真衣、僕と一緒に行こう』

『はい、槙島先生……!』


 槙島は真衣に向かって貼り付けたような笑顔を見せる。

 でも、その目は真衣を見ているようで、どこも見ていないような空虚の目だった。

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診断メーカーで新年のおみくじ作りました。

もっと色々できるの考えてたけど、これしかなかったんだよね。


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[一言] なるほど憑依型やな ペルソナとも言う(かも知れない)
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