ヴィクトリア、悪いと思うなら責任とってよね。
スターズの長い歴史が終わった。
そうして代わりに生まれた大饂飩帝国もわずか数時間で終わりを迎える事になる。
「はいはいはい! 雪白えみり、大饂飩共和国に移住しまぁす!」
「はいはいはい! 森川楓、私も大饂飩共和国に移住しまーす!!」
はぁ……。
私は目の前で両手を挙げて白銀あくあへと迫る雪白えみりと森川楓の2人を見て頭を抱える。
ちょっと、誰かこの2人を止めなさいよ。え? 止められる人がスターズに来てない?
白銀あくあといい、鎖のついてないモンスターを3人もスターズに送ってくるなんて、それが日本のやり方なの?
え? トドメに小雛ゆかりが来なかっただけ良かったと思って欲しい? はあ……丸太で突っ込んでいくやつといい、貴方達の国って一体どうなってるのよ……。
「ちょっと、2人とも落ち着いて!!」
羽生総理が雪白えみりと森川楓を制止する。
冷静な大人、いえ、まともな人が居て良かった。
さすがは一国の総理ね。
羽生総理は事態を収束させるために、真剣な顔をして白銀あくあと向き合う。
「差し上げます」
「えっ!?」
ちょっと!
差し上げますって何よ!
スターズを勝手に上げないで頂戴! ほら、白銀あくあだって困惑してるじゃない。
「日本、差し上げます!」
「はあ!?」
ちょ、ちょっとまちないさいよ!
え? 差し上げますって、そっち!?
周りにいる人達は止めなくていいの!?
私は日本人たちの居る方へと視線を向ける。
「さすがは総理です!」
「これが0.0秒で即断即決する私達の羽生総理だ!」
「迷わない! さすがです!!」
「総理、私たちもついて行きます! さぁ、大饂飩共和国をみんなで盛り上げましょう!!」
ちょっと! この国にまともな奴っていないわけ!?
私は比較的まともそうな顔をしている日本人の女性へと近づく。
「あはは、世界が、世界が混沌に満ちていく……!」
あっ……。1番まともそうな感じの人が1番危ない人でした。
人って本当に見かけによらないんですね。
この人は近づいてはいけない人だと判断した私は距離を取る。
私はこの状況を解決できそうな唯一な人物、メアリーお祖母様へと近づく。
きっとお祖母様の事だから、この悲惨な現状を嘆き悲しんで……。
「あらあらまぁまぁ、これからスターズはどうなっちゃうのかしら。楽しみねぇ」
ませんでした! あ、あれ? もしかしてこの空間でまともなのって私だけしか居ないんじゃ……。
私は反対側に居たナタリアと目が合う。良かった。どうやら彼女だけは私と同じ気持ちのようです。
「いやいやみんな一旦落ち着いて、大盛りウ・ドゥーン帝国なんてただの詭弁ですから!」
「あくあ様、大盛りウ・ドゥーン帝国じゃなくて、大饂飩共和国です。表記が一個もあってません! 後々ややこしい事になりかねないので、そこはしっかり!」
「いやいや、もうそこは大盛りでも海老天盛りでもなんでもいいよ!」
「海老天!? 茄子天派と戦争が起きますよ!?」
白銀あくあと……確か、鯖兎みことだっけ。あそこは何をやってるのでしょう……。
あ、白銀あくあと目が合いました。白銀あくあは私の存在に気がつくと、一目散に私のところへとやってくる。
ちょ、ちょっと、何? 何をするのよ!?
白銀あくあは私の後ろに回り込むと、両腕を掴んで自分の前に突き出した。
「はい、クーデターはこれでおしまいです。解散! 大饂飩共和国のものはヴィクトリア様に返しますから!」
「えーっ!?」
「なんでーっ!?」
「もうスターズの国旗の赤い筋をうどんに変えたのに……」
「いや、あそこはむしろ十字をおあげにして、茄子天がクロスする形の方がいいんじゃ」
「そうそう。で、白い余白をうどんの麺にして、青い所は色が悪いからお出汁の色に変えよう!」
「完璧じゃないか! はい、もう国旗できたよ!!」
「それじゃあ国歌はシロくんとたまちゃんのおうどんの歌ね!!」
私は頭を抱える。
もう、なんなのよこいつら。いや、こいつ!!
他人の母国を好き勝手に引っ掻き回しておいて、私にスターズを返す?
助けてもらっておいてなんだけど、このまま白銀あくあの思い通りに事が運ぶのは何かすごく嫌です。
私は白銀あくあに向けてニコリと微笑む。
「い・や・で・す」
「ちょ! ヴィクトリア様!?」
ふふ、この私が拒否するなんて思っても見なかったでしょう?
慌てふためく白銀あくあを見て、少しはスーッとした気分になる。
だって、私の大事な妹だけじゃなくて、お祖母様や、スターズですらも私から奪っていったんですもの。これくらいの仕返しくらい可愛いものでしょ? ねぇ。
「よし! わかりました。俺も腹を括ります!」
「「「「「「「「「「おぉっ!」」」」」」」」」」
白銀あくあは腕を組んで暫し考えた後、何か名案が思いついたのかカッと目を見開く。
「只今より私は大饂飩共和国の名称を、大スターズ共和国に変更します!」
「「「「「えっ?」」」」」
「それと同時に、大スターズ共和国の代表を辞任します!!」
「「「「「えぇっ!?」」」」」
「そして私の後任は国民投票による選挙で決めたいと思いまぁす!!」
白銀あくあの提案に周囲がざわつく。
私の方を見た白銀あくあはニヤリと笑みを浮かべる。
い、嫌な予感がします。それもとてつもなく。
「俺はこの場を借りて、自らの後継者にヴィクトリア王女殿下を指名しまーす!!」
「はぁっ!?」
こいつ! 何してやったみたいな顔をしてるのよ!!
ちょっと! それじゃあ何も変わらないじゃないの!!
「俺は俺の我儘で、カノンのためにスターズから王政を無くします! だって、全ての責任をたった一つのお家の人に押し付けて、周りが好き勝手言うのって普通に考えておかしいじゃないですか!! 王族に生まれた時点で誰か王様をやらなきゃいけなくて、全員がやめーた! なんて言えないんですよ。男性に自由な未来をって言ってるのに、王族にだけそういう自由がないのはおかしいでしょ!! そのせいでカノンもヴィクトリア様も悲しい思いをしたんです!!」
えっ? そっち!?
みんなに対して優しい白銀あくあの事だから、王族による独裁より市民による選挙の方が公正だから、そっちの方が市民にとっては健全だって言うのかと思っていました。
それなのにこの人は、市民ではなく私達の事を考えて王政の撤廃を望んだのである。
しかも王家のことを、ただの一般家庭のお家のように……ふふっ、この男、なんて面白いのでしょう。
ほら、お母様なんてびっくりしすぎて口ポカーンとしています。あんなボケた顔のお母様初めてました。
なるほど、あれが日本で流行っているホゲるという現象なのですね。
「そして俺は日本人に戻ります……!! クーデターを起こした件、日本大使館を占拠した件については羽生総理に政治的な取引を求めます!!」
「その案、呑んだ!!」
羽生総理はニヤリと片方の口角をあげた。
なるほど……これが噂の羽生マジックですか。
先ほど日本を差し上げますというのは、こうなる事を見通しての発言だったのですね。
結果、日本は白銀あくあに対して、何か一つ言う事を聞かせる権利を労せず手に入れたのです。
ふぅ……。彼女のような有能な政治家を見ると、私がいかに凡庸だったかを思い知らされる。
「これがラッキーの羽生、絶対に何も考えてなかった」
「あるある。明らかに偶然だけど、何かやってるように見えるんだよね」
「世界を騙しているという意味では羽生マジックとも言える」
「しーっ! 世界にはまだバレてないんだから静かにして!!」
日本の政治家達も羽生マジックを見てどよめいていました。
なるほど、こうやって後継が育っていくわけなんですね。
「よしっ! それじゃあ、私はフューリア前女王陛下を推薦しまぁす!!」
「なっ!?」
雪白えみりの提案にみんながびっくりした顔をする。
ほら、お母様なんてついに目が点になってしまいました。
雪白の血族は一体どうなってるのよ!?
「人は失敗から色々と学びます。クーデターを起こされ一度失敗したフューリア様だからこそ、私はもう一度立ち上がるべきだと思うんですよ!! 良いですか。世の中に完璧な人間なんて居ないんです! だから一回失敗したからと言ってクヨクヨする必要なんて何もありません。そして今度は1人じゃなくて、みんなで考えて失敗しないようにすれば良いんですよ!!」
私は雪白えみりの言葉に嬉しくなった。
最初は何を言い出すのかと思って戸惑いましたが、きっと彼女の言葉はお母様の心を救ったはずです。
その証拠に、ホゲった顔から復活したお母様はハッとした顔をしていました。
「全く学ばない人が、一体何を言ってるんだか……ていうか、聖女エミリーでもないのに雪白えみりの方でも信奉者を増やすの止めてもらって良いですか?」
「うんうん。クレアさんわかるよ。2度3度どころか同じ失敗を100回くらいしてその度に姐さんに叱られてるもん。まぁ、私もなんだけどね。あっはっは!」
ん? あそこはコソコソと何を話しているのでしょうか?
私の視界に、1人の女性が猛ダッシュで森川楓の元へと向かって行くのが見えた。
「も〜り〜か〜わ〜、やっと見つけたわよ! 勝手に突撃して、危ない真似してないでしょうね!?」
「お、鬼塚パイセン、大丈夫っすよ。ははっ、ははは……」
あ、もう1人まともそうな人がいました。
なんとなくですが、あの人も色々と苦労してそうな気がします。
「ふふっ、それじゃあ私は誰を推薦しようかしら……。そうね、パトリシアや若いナタリアも悪くはないですが……キテラ、どうですか?」
「ありがとうございます。メアリー様、元より私もそのつもりでしたから」
お、お祖母様、正気ですか!?
キテラはあの聖あくあ教とかいう世界で1番頭のおかしい男を奉る頭のおかしな女の集団ですよ!?
な、なんとしてもあの女がトップになるのは阻止しないと……! 私は気合を入れる。
「あ、あのさ……僕たち男性側から1人出るのもアリじゃない」
「おっ、おお! ベンジャミンの言う通りだ」
「そうだそうだ。僕達が立候補したっておかしくないよな!」
「だ、誰を出す? チャーリー君とか……?」
「えーっ!? 僕はあくあさんと一緒にお仕事したいから、いーやーだー!」
男の子達の話し合いを見て思わず笑みがこぼれそうになる。
はは……。そっか、男の子が政治家になったっておかしくないよね。
そんな事、まるで考えてもなかった女性達は男の子の話を聞いて驚いた顔をする。
その中でただ1人、白銀あくあだけがうんうんと頷いていた。
「それじゃあ、早急に選挙を行いましょう。で、選挙を公正にするために俺じゃあ素人だから、申し訳ないけど代わりに第三者の羽生総理が選挙管理委員会を運営をしてくれませんか?」
「わかった。ただしこれは私個人としての協力だから、そのお礼として私の言う事を一つだけ聞いてくれる?」
「もちろん!」
ふぁ〜っ! 羽生マジックしゅごいぃ〜。脳が溶ける〜。
国家として白銀あくあに貸しを一つ作るだけじゃなくて、羽生総理個人としても貸しを一つ作ってしまいました。
あー、無理無理。こんな国にどこが勝てると言うのですか。羽生プラス白銀あくあ=最強の方程式です。それに雪白えみり、森川楓が居て、まだ小雛ゆかりが居るんだから想像しただけで震えてきました。そりゃ、私の優秀な妹、カノンだって日本に行ってポンの子になるはずです。
「あっ、総理、1人だけずるい!」
「あくあくん! 私も手伝うからお願い……ううん。ライブのチケットでいいから融通して!!」
「さすがは光速の谷川議員、寄せが早い!!」
「ちょ、私もグッズで、サイン入りグッズでいいから!!」
議員達が我先に手伝おうと手をあげる。
動機がすごく不純なのですが、これはいいのでしょうか?
「じゃあ、そういう事で」
「うん、あとは私達に任せておいて!」
「あくあ君は映画の撮影とかお仕事頑張ってねー!」
「うひひ、早く仕事終わらせてあくあ様の撮影に見学行っちゃおっと」
「そうそう、それが目的でついてきたようなもんだしね」
「いやあ、最高の議員旅行ですなぁー」
「カメラさん、あそこちゃんと撮っておいてくれる。後で絶対に問題になるから」
「鬼塚アナ、了解です!!」
白銀あくあの言い出した事がきっかけとなって、話はあっという間にまとまってしまった。
選挙は1週間後、白銀あくあはそれを見届けてから帰国するらしい。
私は大広間を出ると、祝杯をあげていた人達のテーブルからアルコール度数の高いお酒と飲み物を何本か手に取って、夜風に当たるためにバルコニーへと向かう。
「はあ……」
私はため息をつくと。ストレートでお酒をラッパ飲みする。
喉が焼けるように熱い。でもその痛みが心地よかった。
少しだけ自暴自棄になっているのでしょうか?
私はお酒を嗜む程度ですが、今日は酔いたい気分なのかも知れません。
「何よあの国旗、本当におうどんじゃない」
私はお城に掲げられたアホみたいな国旗を見て噴き出した。
ほんっっっっっと、あの男ってば、無茶苦茶なんだから。
私は1本目を飲み干すと、2本目のビールへと手を伸ばす。
日本で結、琴乃、アイコの大人組4人で日本のお酒をしっぽりと飲んだ時の事を思い出した。
歳の近い友達なんていなかった私にとって、あの時間は結構楽しかったな。みんな苦労してそうだったし、そう言うのも楽しい理由の一つだったと思います。
「ふふっ、選挙に負けたら、日本に行くのもありかも知れませんね」
お母様やお父様を誘ってみんなで日本に行くのもいいかも知れません。
白銀あくあだって、カノンのためにって言ってたし……。んん? あの時は私もホゲってたから気づきませんでしたが、白銀あくあはどうして私を推薦したのでしょうか?
カノンのためを思うなら、私を日本に送ったように、私を推薦しなかったはずです。
私はその理由がどうしようもなく気になってしまった。
「本人に直接聞くしかないわよね」
私は酔い覚ましのためにペットボトルの水を飲み干すと、覚悟を決めて白銀あくあの部屋へと向かう。
「あれ? ヴィクトリアさん、どうかしたんですか?」
こいつ、2人きりになるとちょっとだけ砕けた感じになるのよね。
大勢の前じゃ私の事を様付けで呼ぶくせに。
「どうしたもこうしたもないでしょ。このまま部屋に入らせてもらうわよ」
私は白銀あくあの泊まる部屋に押し入ると、そのままベッドにダイブした。
本当はソファに座ろうと思ってたけど、酔っているのかそのままお布団に突っ伏してしまう。
「ちょ、ヴィクトリアさん、風邪引いちゃいますよ」
私は布団をかけようとしてくれた白銀あくあの手を払うと、うつ伏せになった体勢から仰向けになって天井を見上げる。
「ねぇ、なんで私の事を推薦したの……?」
私は白銀あくあの方へと顔を向ける。
「それは……カノンと違ってヴィクトリアさんは、自分からやりたがってるように見えたからです。カノンの事を考えたら、ヴィクトリアさんが日本に来てくれた方が喜ぶと思うんだけど、カノンが1番喜んでくれるのは、ヴィクトリアさんが望む事をさせてあげる事だって思うんだよね。だから選挙は任せてください。俺が全力で応援演説します!!」
何よ、こいつ……。
本当にカノンの事が大好きなんじゃない。
姉としては嬉しいけど、女としてはこんなに愛されているカノンの事が羨ましくなった。
「じゃあ、責任とってよ」
「えっ?」
私は白銀あくあを手招きする。
「ヴィクトリアさん、本当にいいんですか……?」
「さん付けはやめて」
私は白銀あくあの唇に人差し指を当てる。
そういうのは盛り上がらないから、私のことも呼び捨てにしなさいと言った。
「貴方は私の事を推薦したんだから、責任取るのが筋ってもんでしょ」
屁理屈だけど私はそれでゴリ押した。
こうして夜が更けていく。
「私、貴方の事が嫌い。だって私からカノンだけじゃなくて、スターズまで奪っちゃったんだもの。それなのに私の事がわかってて、そういうのがなんかムカつく」
白銀あくあは私の話をずっと無言で聞いてくれた。
だから言ってやったの。そういう優しいところも嫌いだって……。嘘、本当はすごく好き。
でも、絶対に言ってなんかあげないんだから。
それにこうやって向き合ってお話しした事でなんかこう色々と吹っ切れた気がします。
私は気持ちを新たに選挙を頑張ろうと思いました。
「よしっ! もう一度、頑張るわよ!」
私は拳を突き上げて気合を入れる。
その後、選挙は無事に終わりスターズはスターズ共和国と少しだけ名前を変えて戻ってきたけど、国旗と国歌は戻ってきませんでした。
どうやら私達は死ぬまでこのふざけた国旗を掲揚し、バカみたいな国歌を歌い続けなければいけないみたいです。
国民が大喜びする一方で、私はほんの少しだけ絶望した。
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