白銀あくあ、女の子って強いんだな。
スターズで貴族によるクーデターと、神聖スターズ正教による人質立て篭もり事件が同時に発生した。
ホテルに居た俺達がそのことに気がついたのは、ちょうど部屋でテレビを見ていた時である。
「事情は後で説明します。ここは危険なので日本の大使館に移動しましょう。問題はどうやって移動するかですが……」
「それでしたら私達にお任せください」
俺達が声の方へと振り向くと、りのんさんが見覚えのある人を伴って部屋に入ってきた。
確かあの人は、楓が懇意にしている部族の部族長だったはず……。
え? 部族長は楓に譲ったから今は副長だって? へぇ〜。
「ナタリア様の判断は正しいです。クーデターを起こした勢力があくあ様に手出しする事はないと思いますが、孤児院を占拠した神聖スターズ正教の動きは分かりません。一旦、大使館に避難するのが最善だと思います。さぁ、こちらへ。既にホテルから脱出の手筈は整えております」
俺達は楓が懇意にしている部族の人達のおかげでホテルを脱出すると、日本の大使館へと逃げ込んだ。
「彼女達の言うように、もし、日本大使館で何かがあれば大きな外交問題になるので、ここが1番安全だと思います。しばらくはここで事態を静観して、タイミングを見て日本へと帰国しましょう」
俺はナタリアさんの言葉に頷く。
大使館では鬼塚アナの姿は確認できたけど、クレアさんの姿が見えなかった。
無事だといいんだけど、連絡がつかないから心配になる。
俺はおぶっていたみことちゃんを、用意してくれた部屋のベッドに寝かせた。
みことちゃん、大丈夫かな? いきなり倒れたらしいけど、お医者さんに見せたほうがいいんじゃないだろうか?
「大丈夫で候。びっくりして失神しただけでござる」
うーん、それならいいんだけどね。一度ちゃんとお医者さんに見せたほうがいいよ。
りんちゃんが面倒を見るからというので、俺はりんちゃんにみことちゃんを預けて、りのんさんに話しかける。
「りのんさん。えみりさんは……」
今日は撮影がお休みだった事もあり、えみりさんはアンナマリーちゃんと一緒に孤児院へと出掛けて行った。
その最中に神聖スターズ正教による立て篭もり事件に巻き込まれてしまったらしい。
「……えみり様は神聖スターズ正教の立てこもり事件に巻き込まれたので間違いがないようです」
くっ! 俺がえみりさんについていけば……!
人質の中には、仲良くなったアンナマリーちゃんやオニーナちゃんもいる。
何か……俺に何かできる事はないのか!!
はっきり言って俺は男で、相手は女の子ばかりだ。
単純なフィジカル勝負なら100%負ける事はないだろう。例え相手の女性が鍛えてたとしても、男性である俺の腕力や身体能力には勝てない。それは楓を相手に証明している。実際、俺は楓に腕相撲で負けた事がない。
それこそ女性としては結構強いらしいペゴニアさんと組み手をした時も、単純な身体能力の勝負になれば俺の勝ちだ。しかし相手が武器、それも銃などを持っているなら話は別である。そうなると腕力ではどうしようもない。ワンチャン、銃弾1発なら反射神経と動体視力と相手の視線を読んだ先読みの回避能力でどうにかできそうな気がするが、サブマシンガンやショットガンなんて持ってこられたら無理だ。
何より、俺が勝手に動くと周りに迷惑がかかるだろう。
「結局、俺は何もできないのかよ……!」
俺は自らの無力さに腹が立って、ソファで項垂れる。
そこに、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
「あくあ君、部族の人達が通信障害を受けない場所からカノンさん達へと無事を伝えてくれたそうよ。それと本国から羽生総理達が迎えに来るから、それまでここで待機しましょう」
「わかりました。ナタリア先輩、色々とありがとうございます」
ナタリアさんは凄いな。こういう時でも冷静にやるべき事をやっている。
本当に俺にできる事は無事に日本へと帰る事なのか?
頭の中にカノンや家族達の顔、まだ見ぬ子供達の顔がチラつく。
俺に何かあったら皆を悲しませる事になる。
だから俺が勝手に動くわけにはいかないんだと、何度も自分に言い聞かせた。
「うっ……」
どれくらいの時間が経ったのだろう。
気がついたら俺はそのまま寝てしまっていた。
「変な体勢で寝ていたせいか身体が痛いな……」
俺は軽くストレッチした後、部屋を出る。
すると、何かが俺の体にぶつかってきた。
「あくあくーーーん!」
「楓!?」
びっくりした。
俺だからよかったものの、貧弱なやつなら大事故になってたかもしれない。
正直、風で鉄板が飛んできたのか、寝ぼけてて電信柱に激突したのかと思った。
「って、ん? ちょっと待ってくれ。なんでここに楓がいるんだ!?」
「えへへ。総理やメアリーお婆ちゃん、ヴィクトリアさんと一緒にこっちに来たよ」
どういう事だろう? 俺は楓からここに至るまでの経緯を聞く。
その中で一つの疑問点が浮かんできた。
「なるほどな……。それはいいとして、みんなが来るのが早くないか?」
事件が起こったのはお昼手前、今は夕方くらいだ。
日本からスターズまで普通に飛行機で移動するだけの時間でも半日がかかる。
普通に考えて不可能じゃないか?
「藤重工が開発した、最新の超音速旅客機KAMIKAZE1号っていうのに乗ってやってきたよ。なんかよくわかんないけどターボジェットエンジンで加速してロケットに切り替えてどうのこうのって言ってた」
蘭子お婆ちゃんの会社か……。
そういえば前に会った時、俺が海外に行っても日本にすぐ帰ってこれるようにするね。海外の仕事も日帰りでできるようにするからって言ってたのはこういうことかと理解する。
日本からスターズまで3時間なら、この件が解決したらカノンも気軽にお姉さんに会いに行けるなと思った。
「総理とメアリーお婆ちゃんが言うには、明日は二手に分かれて同時進行で片付けるみたい。えみりは私が助けるから任せておいてよ! まぁ、あいつならワンチャン自分でどうにかしちゃいそうだけど……」
「え? 楓も参加するの?」
楓ってただの国営放送のアナウンサーだよな?
そもそも、そんな危険なところに女の子がいっちゃダメだろ!
「あくあ君、私は大丈夫だから! メアリーのゴリラと呼ばれている私に任せておいてよ!」
「いやいや、ゴリラって……それはみんなのネタでしょ! 楓は普通の可愛い女の子だから!」
俺の言葉に楓は顔を赤らめる。ちょっと待ってくれ。今のどこにそんな要素があった!?
「やっぱりあくあ君だけだよ。私の事をちゃんと女の子扱いしてくれるのは……。だから任せておいて! 大事な後輩の事も、もう1人の大事な後輩が大好きなこの国も絶対に私が守ってみせるから!!」
あ……。楓はそれだけ言うと、大きく手を振って羽生総理達のところへと行ってしまう。
本当は止めなきゃいけないのに、覚悟の決まった楓の表情を見たら何も言えなかった。
1人取り残された俺はもやもやした気持ちのまま大使館の敷地内にある庭に出る。
「あら……」
庭に出るとヴィクトリアさんが居た。
「貴方に会ったらお礼を言おうと思ってたの。色々とありがとう。久しぶりにカノンやハーミー、お祖母様と会えて、穏やかな時間を過ごせて楽しかったわ」
どうやらカノンとの間にあった蟠りも無くなったみたいだ。
ヴィクトリアさんの笑顔を見て良かったなと思う。
「いえ、俺は何もしてませんから……」
俺はヴィクトリアさんの隣に立つと夜空を見上げる。
それに釣られるように、ヴィクトリアさんも顔を上に向けた。
「そんな事ないでしょ。少なくとも私は貴方の行動のおかげで救われたわ。もちろんカノンもね」
「でも……俺がそうしたせいで、ヴィクトリア様がスターズを離れたからこういう事が起こったのかもしれないし……」
もしかしたらクーデターを起こした勢力も、立てこもり事件を起こした神聖スターズ正教も、それがきっかけになったのかもしれないと思った。
「そうね。その可能性はあるわ。でも……それがわかっていたとしても、私は日本に行っていたでしょうね。だから本当に貴方が気にする事は何もないのよ」
俺が顔を横に向けると、ヴィクトリアさんも俺の方へと体を向けた。
「らしくないわね。何を思い悩んでるのか知らないけど、今までみたいに思ってる事があるなら言えばいいじゃない」
「……それを言ってしまったら、周りに迷惑をかけるかも知れないから言えないんじゃないですか!」
最後少しだけ声を荒げてしまった。俺はヴィクトリアさんにすみませんと謝る。
「貴方ってそういうところがカノンと似てるのね。私はたとえどんな時でも思ってる事は全部言うわよ。言わずに後悔するより言って後悔した方がいいもの。それでダメなら誰かが止めてくれるし、逆に止めてくれるような人が居なくて失敗したら、所詮自分はそこまでの人間だったって事よ」
ヴィクトリアさんの覚悟の決まった視線に気圧されそうになる。
どうやら日本に行った事で完全に吹っ切れたというか、心に憂いが無くなったように感じた。
「少なくともカノンや貴方のお嫁さん達、友人達や仕事仲間は、そんな貴方だから好きになってついてきてくれてるんじゃないのかしら」
「そう……なのかもしれません」
でも、今回の話は別だ。
仕事やプライベートで自由にやるのと、危険が伴う事で自由にやるのは違う気がする。
「いいかしら。人間の寿命って大体70から80くらいしかないの。その中で本当にやりたい事がやれる時間って限られてるのよ。だから貴方も短い人生を好きに生きればいいじゃない。自分がどう生きて、どこで果てるのかを決めるのは最終的に自分なのだから」
ヴィクトリアさんはゆっくりと俺に近づくと、ポンと肩を叩いた。
「カノンから伝言よ。あくあ……あ、あ、あ」
「あ?」
どうしたんだろう?
ヴィクトリアさんは急に言葉に詰まったかと思えば、年相応の女性のように顔を真っ赤にした。
「あくあ、愛してるわ。真っ直ぐなあくあの事が好き。だから、あくあのやりたい事をやって……だそうよ。もう一度言っておくけど、これはカノンの言葉なのだから、勘違いしないように!」
どうやらカノンは俺の考えている事なんてお見通しのようだ。
俺はその言葉に甘えていいのだろうか?
「あと、貴方のところの社長からも伝言。ねぇ、最初にした約束、覚えてる? 絶対に生きて帰る事。それ以外なら何やってもいいわよって、言ってたわよ」
阿古さんにも敵わないないなあ。
最初にした約束、俺がやりたい事をやれって言っているんだなとすぐにわかった。
「少しはマシな顔になったわね。それじゃあ私は明日早いし、もう寝るわ。それじゃあ、おやすみ」
「あ、はい。あの……ありがとうございました! おやすみなさい」
ヴィクトリアさんはふっと笑みを見せると俺の肩を叩いて建物の入り口へと移動する。
その途中で何かを思い出したのか、ヴィクトリアさんは扉の前で立ち止まった
「あぁ、それともう一個だけ伝言があったわ」
もう一個だけ? なんだろう?
ヴィクトリアさんは軽く咳払いすると、此方に体を向けて俺を指差す。
「アンタの脳みそは飾りみたいなものなんだから、シンプルに前だけ向いてろバカ。アンタがやりたい事やっとけば、あとは周りが全部うまいことどうにかしてくれるわよ。だって、一字一句間違いなく伝えといたからね」
は、はは……。なんとなく誰が言ったのか想像がついて片方の口角がヒクヒクする。
「えーと、名前はなんだっけ、小熊……いや、小狸だっけ? 日本語って難しいわよね。まぁともかく、そんな名前の人からの伝言よ。それじゃあ、今度こそおやすみなさい」
「あ、はい。本当にありがとうございました」
ヴィクトリアさんが居なくなった後、俺はもう一度空を見上げる。
俺はどうしたい? どうすれば、クーデターや立てこもりを止めさせる事ができるんだろう。
こう、なんか、後少しで、良い案が閃きそうなんだけどな。うーん、うーん。
俺が地べたに座って頭を悩ませていると、後ろから誰かの気配を感じた。
「あくあ君」
「あ……ナタリアさん」
ナタリアさんは俺に寄り添うようにして、隣に座った。
「私、明日はヴィクトリア様と一緒に、クーデターを阻止しに行きます」
「えっ?」
ナタリアさんがどうしてと疑問に思ったが、ナタリアさん曰くローゼンエスタ家は騎士の家系だから、有事の際には最前線に出て戦う事が定められているらしい。
それがこの国の貴族としての、ローゼンエスタ家の次期当主としての矜持なのだと言った。
「怖くはないんですか?」
「怖いわよ。死ぬかもしれないのに、怖くないなんて言ったら嘘になる。それでもこの国が荒れて困るのは罪なきただの市民達なの。このままクーデターが成功すれば、政情はますます不安定になるわ。だから私もヴィクトリア様も戦うのよ」
ヴィクトリアさんといい、ナタリアさんも強いなと思った。
そんなナタリアさんに対して、危険な真似はやめてくださいなんて言えるわけがない。
俺は何を言ってあげたら良いのかわからなくて言葉を詰まらせる。
「……だから、明日戦いに行く前に、どうか私の願いを一つだけ叶えてくれませんか?」
「願い?」
俺ができる事なら、なんだってしてあげたいと思った。
ナタリアさんは俺の事をジッと見つめると、視線を外して自嘲気味に笑みを浮かべる。
「ごめんなさい。やっぱり、今のはなしです。だって、いくらなんでも狡すぎますもの。だから忘れてください」
ナタリアさんはそう言って立ちあがる。
俺は思わずナタリアさんの手を掴んでしまった。
「狡くても良いじゃないですか。ナタリアさん、俺の出来る事ならなんだってします! だから言ってください!」
握ったナタリアさんの手が微かに震えていた。
やっぱり怖くないわけないよな。
この恐怖を和らげるためなら、俺はなんだってしてあげたいと本気でそう思った。
「だ、だったら……今晩、私と一緒に過ごしてくれませんか?」
「えっ!?」
ちょっと待って、どういう事?
もしかしてこれって、映画とかで良く見る吊り橋効果って奴ですか!?
「ちょ、ナタリアさん、一回、そう、一回落ち着きましょう」
「や、やっぱり……いくら似てるとはいえ、私の方がカノンよりきつい顔してるし、優しくて可愛いカノンと違って、私にはそこまでの魅力がありませんよね」
ナタリアさんの言葉に俺のスイッチが入る。
「そんな事、あるわけないじゃないですか!」
俺は声を荒げた。
「ナタリアさんはカノンに似てるとか、そういうのに関係なく普通に1人の女性として魅力的です。見た目もそうだけど、ちょっとクールな感じとかも俺的には普通に好みだし、お姉さんっぽい仕草とかグッとくるし、ともかく、ナタリアさんは素敵な女性なので、もっと胸を張ってください!!」
あ、あれ? 俺は何を言っているんだ?
冷静になった俺は、ごめんなさいと謝ろうとする。
「じゃ、じゃあ、いい……ですよね?」
くっ、そこまで女の子に言われたら、男としてはもう応えるしかない。
そもそも俺が自爆したのが悪いのだ。そう、小雛先輩も言っていたけど、俺が全部悪いのである。
「もちろんです!」
「じゃあ、その……よ、よろしくお願いします」
ええい! ままよ!
俺はナタリアさんを抱き上げると、自分の部屋へと連れていく。
大事な作戦決行日前に何をやってるんだと思うけど、それがナタリアさんのためになるなら俺も男としてやるべき事をやるだけだ。
こうなったら、やるっきゃねぇな。
俺が……いや、俺ならこの戦争を止められるはずだ。
世界最強のアイドルを目指すなら、クーデターやテロ活動を止められなくてどうする。
スターズの人たちには申し訳ないけど、俺は俺の大事なものを守るために、俺で好きにやらせてもらおうと思った。
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