白銀あくあ、布教活動。
送信:小雛ゆかり
宛先:あくぽんたん
件名:重要重要重要重要重要、見ないと呪われます。
本文:アヤナ キトク スグ カエレ
俺は開いたメールを一瞬で閉じた。
うん、小雛先輩はどうでもいいけど、アヤナは少し心配だな。
俺はeau de Cologneのキャプテン、まろんさんにちょこっとだけ様子見に行ってくれないかとお願いのメールを送った。よし、これでいいだろう。
スマホをポケットの中に入れた俺は、隣にいるナタリアさんへと視線を向ける。
「ナタリアさん大丈夫? 疲れてない?」
「あっ……はい。大丈夫です」
俺とナタリアさん、えみりさんの3人は撮影に加えて、ロケ地となった場所でパーティーやイベントに毎日のように参加している。
その半分はベリルとしての仕事だけど、残りの半分はヴィクトリアさんが本来行くべきはずだった予定の公務だ。
今頃、カノンはヴィクトリアさんと再会して打ち解けているだろうか。きっと楓ならきっかけを作ってくれるだろうと思って、助けて欲しいとお願いしてたが、それ以降の音沙汰が全くない。
なるほど、鬼塚さんが社会人なんだからちゃんと結果を報告する! と、楓を叱っていた意味がよくわかった。
俺は席から立ち上がると反対側のソファで体を横にして寝てしまったえみりさんの体に毛布をかける。
表向きは紳士な行動に見えるだろうが、さっきからえみりさんのたわんだものが目に入って、他の事が考えられなかったからだ。全く、えみりさんは無防備にも程がある。俺が悪い男なら毛布をかける時に偶然を装って何かしちゃってますよ。
「みんな、今日はお休みにします」
アビーさんもさっき通路で寝てたからお姫様抱っこして部屋に運んだし、みんな明らかにオーバーワークだ。
俺は大丈夫だったとしても、これ以上は周りに迷惑をかけられない。しっかりと休んで欲しい事をみんなに伝える。
幸いにも今日のスケジュールはアビーさんやナタリアさん、えみりさん達が居なくても俺1人で問題ない。
というわけで俺はナタリアさんを説得して、最初の目的地となる孤児院に到着した。
「お待ちしておりました。あくあ様」
「キテラさん、それにクレアさんも今日はよろしくお願いします」
俺は2人にぺこりと頭を下げると、孤児院の外観をじっと見つめる。
ここがそうか……。周りを見る限り綺麗にしてあるし、建物は質素だがしっかりとした造りをしている。
街からは離れた山の中にあるが子供達が外で遊べる場所が広いし、通りにあまり車が走ってないのもいいと思った。
「どうぞ。中に」
「はい」
カノンがスターズに居た時、慈善事業にすごく力を入れていたと聞いている。
この孤児院への支援もその一つだ。今もカノンは継続的に支援の援助をしているらしいけど、その代わりに慰問とかができなくなった事をすごく気にしてた。
ヴィクトリアさんの公務を引き継いだ事で知ったけど、カノンが居なくなった後はヴィクトリアさんがこっそりと引き継いでくれていたらしい。
それを聞いた俺は色々な意味で嬉しくなった。
ヴィクトリアさんがカノンを想っている事も嬉しかったけど、やっぱりヴィクトリアさんは優しい人なんだと知る事ができたから。
『みんな、こんにちは』
『『『『『こんにちはー!!』』』』』
俺は子供達がいる大広間に入ると全員の顔を見渡す。
うん、子供達は痩せ細っているとか、虐待されているとかそういう感じはないし、職員の大人達もやる気に満ち溢れた顔をしているから大丈夫だろう。そもそも、ヴィクトリアさんはそういうところはカノンより甘くなさそうだから、ちゃんとしてそうな気がしてる。
それなのにヴィクトリアさんがあまりスターズの人から支持されてないと聞いてびっくりした。
あんなに良い人なのに、なんでだろう? アピールするのが下手くそなのかな? うーん、なんかそんな感じがして来たぞ。
よし! それなら俺が勝手にヴィクトリアさんの良いところをいっぱいアピールしていこう!! うんうん、自分で言うのもなんだけど、なんだかすごくよくなる予感しかしないぞ!!
『今日はヴィクトリア王女殿下の代わりにここにやって来ました。白銀あくあです』
俺の言葉に職員の人たちや、先に現地に来ていたスターズから派遣された政治家や貴族の人達はびっくりした顔を見せる。
おそらくほとんどの人はカノンの代わりにと言うと思っていたのだろう。
でも今回は資金援助ではなく慰問なので、慰問を引き継いだヴィクトリアさんの代わりで間違ってはいないはずだ。
『このような素晴らしい機会を頂けた事をヴィクトリア王女殿下には感謝いたします。そういうわけでみんな、よかったら今日はお兄さんと一緒に遊んでくれよな!』
『『『『『わーい!』』』』』
『お、大人の遊びもありですか? はぁはぁ?』
ん? なんか1人だけ息が荒い女児がいるような……俺の気のせいか。
そんな事より、まずは何をして遊ぼうかな。俺は首を左右に振って周囲をキョロキョロと確認する。
おっ! ピアノがあるって事は、みんなと一緒に例の歌が歌えるぞ!
『みんな、今から一緒にお兄さんとお歌を歌おう!』
『『『『『やったー!』』』』』
『タダでライブ!? いゃったー!』
なんか1人だけやたらと元気な子がいるな。いいぞ! お兄さんはそういうの嫌いじゃない。
俺はニヤリとすると、事前に準備していた歌詞が書かれた用紙をみんなに配る。
『よし、みんなに行き渡ったみたいだし、いっくよ〜! みんな元気な声で歌ってくれよな!』
俺はピアノを弾き始めると首を左右に揺らしながら大きく口を開けて笑顔で歌う。
『わたしにさからうわるいこは、ふんじゃうわよ。ふんじゃうわよ。きょうもじだんだふんで、みちのどまんなかをドスドスとあるく。なぁに? なんかわたしにもんくあるわけ? きょうからこのみちはわたしのみちよ』
白銀あくあプレゼンツ、大怪獣ゆかりゴンを世界で流行らせようプロジェクトをついに実現する時がきた。
日本でやるとすぐにバレて強制的に中止させられる可能性があるが、ここはスターズだ。流石の小雛先輩もここまで手を出して来る事はないだろう。しめしめ。
アヤナからはバレたら怒られるわよって言われてたけど、大丈夫、バレなきゃいいんです!!
『わたしにさからうわるいこは、ひをはいちゃうわよ。ひをはいちゃうわよ。きょうもだれかをくろこげ。なぁに? あなたもわたしにもやされたいわけ? わたしにさからったらどうなるか、そのみをもってわからせてやるわ』
この曲を完成するのにあたって、歌詞は慎太郎、作曲はとあ、編曲は天我先輩に手伝ってもらった。
3人は謙虚だからそれまで一緒になってノリノリで作ってくれたのに、完成した途端に全部あくあが作った事にしたらいいよって急に水臭い事を言い出したんだよな。
心配しなくてもちゃんと歌詞がプリントされた用紙には、作曲、猫山とあ、作詞、黛慎太郎、編曲、天我アキラと書いてあるぞ! だって俺達は仲間だろ? へへっ、こんな恥ずかしい事を言わせるなよ。
そういえば俺が居ない間に、小雛先輩が俺の代打で3人と一緒にバラエティに出る事になってるけど大丈夫かな? ま、アヤナも出演する番組だから何かあったらきっと助けてくれるだろ。うんうん、そうに違いない。
『ムカつくやつはふんじゃうわよ。もんくがあるならくろこげだ。わたしはだいかいじゅうゆかりゴン〜!』
素晴らしい合唱だった。思わず感動で涙がこぼれ落ちそうになったくらいだ。
俺は子供達と職員の一人一人に、しっかりとこの歌を繋ぎ広めていってほしいとお願いする。
ヒットのためには地道な草の根活動が必要なのだ。
『みんな、お兄さんと一緒に歌ってくれてありがとねー』
『『『『『ありがとうございました!』』』』』
『ネタゲット! 後でスターズの掲示板に拡散しといたろ。ぐへへ……!』
よかった。みんなも喜んでくれたみたいだ。
例の元気な子なんかは満面の笑みで喜んでいる。
「流石にこれはしーらないっと……」
ん? クレアさん、何か言いましたか?
何かボソボソっと聞こえた気がするけど、俺の気のせいか。
俺は改めて子供達の方へと視線を向ける。
『天気がいいし、みんなお兄さんと一緒にお外で遊ぼう!』
『『『『『はーい!』』』』』
『ふ、不可抗力で体に触れるのってアリですか!? いやいや、やっぱりそれはまずいよね。オニーナ、踏みとどまるのよ!』
どうしたんだろう? さっきまで元気だった子が腕を組んで百面相をしている。もしかしてお外で遊ぶのがあまり好きじゃないのかな? 俺は近くの職員さんに聞いてみる。
『オニーナちゃんはお外で遊ぶの好きな子だから大丈夫ですよ。多分、あくあ様が来たことが嬉しくて戸惑ってるんじゃないでしょうか。あの子は発育も良くてこの孤児院の中でもお姉さんだから、自分のオヤツを小さい子にあげちゃったりするんですよ』
なるほど、お姉さんだから我慢する口か。
前世の児童養護施設では俺もお兄さんだったから、その気持ちはよーーーくわかるぞ。
俺はゆっくりとオニーナちゃんに近づく。
『オニーナちゃん、お兄ちゃんと一緒に警察でみんなを逮捕しよっか?』
『えっ? 警察に逮捕!? ついにその時が……でも、あくあ様と2人なら牢獄の中でもハッピーです!』
逆、逆! 俺達が警察に逮捕されるんじゃなくて、俺達が警察で逮捕をするんだよ。
おまけになんで最初から俺もオニーナちゃんも逮捕されてる設定なの!? 俺とオニーナちゃん、なんかやらかしてたっけ!?
俺は気を取り直して子供達にルールを説明すると、警察と泥棒に分かれて遊ぶ鬼ごっこを始める。
『はい、捕まえた』
『きゃー、捕まっちゃった』
3人目あたりから気がついたけど、君達、わざと捕まりに来てないかい?
ほらほら、泥棒さんなんだからちゃんと逃げて。
『ぐぬぬぬぬぬ! みんな、いいなぁ。オニーナも合法的にお兄ちゃんに触れられたかったのに! こうなったらお兄ちゃんより早くみんなを捕まえるんだから』
おお! オニーナちゃんがやる気だ。
這い寄るような動きで相手を逃げ場のないところに追い詰めて、立て続けに3人を牢屋にぶち込む。
この子、頭いいな。さっき知ったばかりのルールを理解して、最適解の方法をとってる。
『おっ』
俺は目の前にある大きな木の後ろに、この前の歓迎パーティーで知り合ったアンナマリーちゃんの姿を見つける。
彼女は自分と歳がそう変わらない子達が家庭の事情でここに預けられたり、俺みたいに生まれた時から両親がいない子供達がいるという事を知って、それからずっとこういう支援活動に対して熱心に取り組んでいるらしい。
アンナマリーちゃんは、いつか生まれや育ちに関係なく高い教育を平等に受けられるようにするのが目標だと、俺のおうどんを食べながら言っていたっけ。らぴすより年下の女の子がそんな事を言っているのを聞いて、普通にすごいなと思った。
俺は逃げるアンナマリーちゃんを後ろから捕まえると、両腕で軽く抱き上げた。
『はい、捕まえた』
『つ、捕まってしまいましたわ。あくあ様は、本当にハントがお得意なのですね』
はは、一緒に狩猟をしましょうって言われた時はびっくりしたけど、アンナマリーちゃんのいう狩猟はインモンハンターの事でも、本当の狩猟の事でもなく、ただの鬼ごっこの話だった。
そういうところが子供らしくて、なんかいいなって思う。
『それじゃあ檻に入りましょうか。お嬢様』
『は、はひ……』
ん? アンナマリーちゃん、顔が赤いけど大丈夫?
風邪をひかせたらいけないと、俺はアンナマリーちゃんのおでこに自分のおでこをくっつける。
うーん、ちょっとだけ微熱があるような。
『あわあわあわ』
あ、気絶した。
おーい、大丈夫かー?
『白銀あくあ様。アンナマリーお嬢様をお預かりします』
『あ、うん。よろしくお願いします。できたらお医者さんとかに見せた方がいいかも……』
え? 休めば大丈夫? お医者さんに診せた方が……えっ!? 医者では逆立ちしたって解決できない問題!? そうなのか……。アンナマリーちゃんはそんな素振りを見せていなかったけど、もしかしたら結構重い病気にかかってるのかもしれない。メイドさん達もそれはそれはとても重い病ですって言ってたしな。
俺はアンナマリーちゃんをお付きのメイドさんに手渡すと、鬼ごっこに復帰する。
「おっ」
シスター服を着たクレアさんを見つけた。
よっしゃ、合法的にクレアさんに抱きつくチャンス! なんていうのは冗談で、真面目にクレアさんを捕まえる。
「はい、捕まえた」
「捕まってしまいました」
あ、ごめん。手が滑ってちょっとだけ強めに手をひいちゃった。
ん? どうしたの? なんか様子がおかしいけど、どうかしましたか?
俺は一瞬だけ考えた後、試しにもう一回強めに手をひいてみる。
「んっ」
ふぅ……これはもしかして、そう念の為に聞いておきますが、今、ちょっとだけアレな声が漏れ出てませんでしたか? えっ? 俺の気のせい? うーん……俺は試しにもう一度クレアさんの手を強めに引いてみる。
「んんっ」
こーれ、確実にアレな声が漏れてます!! そんな口元を手で覆い隠してもダメですよ。ぐへへ。
楽しくなった俺は、クレアさんを強引に抱き寄せる。
「クレア……俺から逃げられると思うなよ」
なーんちゃってね! クレアさんも夕迅が好きだってカノンから聞いてたから、夕迅がヒロインに言ったセリフを再現してみたんだけど、どうでした?
……。
あれ? 反応がない。
誰かが俺が着ている服の袖を引っ張る。
「気絶してるで候。拙者が預かるでござる」
あ、本当だ。
りんちゃん、悪いけどお医者さんを……えっ? お医者さんに診せてもどうにもならない? 少し休めば治る? 本当かな……。
アンナマリーちゃんといい、最近はそういう病気が流行っているのだろうか。うちのカノンや琴乃、結やアイは大丈夫かな? 心配になる。後でメールしとこっと。
俺はりんちゃんにクレアさんを預けると鬼ごっこに復帰する。
すると目の前にとんでもない大泥棒を見つけてしまった。
「おっふ」
なんてどでかいんだと思っていたら、キテラさんだった。
ついつい俺の封印されし両手が空気をモミモミしてしまいそうになる。
「キテラさん、早く逃げないと捕まえちゃいますよ」
「あらまぁ、どうしましょう」
お、おぅ……。キテラさんや目隠しシスターさんをみてるとたまにシスター服ってこんなんだっけって思っちゃう。とにかく健全な男子高校生の俺にとっては目に毒だ。
俺のためにもここは早く捕まえないとな。
『捕まえた』
あ、俺がまごまごしている間に、横から出てきたオニーナちゃんがキテラさんを捕まえてしまった。
残念だったような、助かったような、やっぱり残念だったような複雑な気持ちになる。
『やったー。私たちの勝ちー!』
『イェーイ!』
俺はオニーナちゃんとハイタッチする。
最後は自分から捕まりにくる女の子達に揉みくちゃにされてすごかった。
あれ? これってそういうゲームだっけ?
まぁ、楽しかったし、こまけー事は別にいいか!
楓がモーニングパワーニュースで下手に脳みそを使うと脳みそが筋肉痛になりますって真剣な顔で言ってたし、細かい事なんて考えない方がいいな。うんうん。
『おーし、みんな遊んだ後は、お昼寝の時間……の前に、手洗いうがいをして、いつもお姉さん達がやっている事を手伝おう!』
俺は子供達と一緒に手洗いうがいをすると、洗濯物を取り込んだり夕方に食べるカレーうどんのためのカレーとおうどんを一緒に作ったりした。もちろんその最中にだいかいじゅうゆかりゴンのお歌を歌って念入りに布教する。
『みんなよく頑張ったね』
褒められるっていうのはいつになっても嬉しい事だ。
俺は褒めて伸ばすタイプだから、頑張った子は絶対に褒めると決めている。
『オニーナちゃんも、小さい子に教えながらお手伝いするなんて偉いぞ』
俺は隣にいたオニーナちゃんの頭を撫でる。
オニーナちゃんは特に頑張ってたからな。お兄ちゃんはそういうのちゃんと見てるぞ。
俺も児童養護施設に居た時は、お姉さんにそうやって褒められて嬉しかった。
年上のお姉さんが好きになったのも、前世のそれがきっかけだったからな。
『えへへ』
オニーナちゃんにとっても、きっとこの経験は後で必ず役に立つだろう。
俺のこの家事スキル全般も、年下の子供達の面倒を見ていたおかげで身についたものだ。
だからこうやって今、そのスキルを発揮してみんなを笑顔にできている。
オニーナちゃんは器用だし、面倒見がいいからきっといいお姉さんになるだろうなと思った。
『さてと、みんなよく頑張ったね。それじゃあちょっと遅いけど、お昼寝の時間にしようか』
俺はここで持ってきた絵本を開く。
これは俺が身銭を切って制作した大怪獣ゆかりゴンの絵本だ。
イラストをねねちょさんに描いてもらい、文章はアイが忙しそうだったから、司先生に書いてもらっている。
2人の先生にメールでお願いしたら司先生もねねちょさんも物凄くノリノリで書いてくれた。
ちなみにまだ読めてないから、今日初めて読めるのを楽しみにしてたんだよな。俺はページをパラリと捲る。
『むかぁし むかぁし あるところに だいかいじゅうゆかりゴン がいました』
ぼっちの大怪獣ゆかりゴンは友達もいなくて、いつも1人だった。
くっ、もう最初のページから涙が出てくるぜ。
俺が熱くなった目頭を押さえていると、隣に居た女の子におにーちゃん大丈夫? と心配された。
『あるひ だいかいじゅうゆかりゴンは ちかくのむらびとたちが そだててるはたけを がいじゅうが あらしているのを みつけました。それをみた だいかいじゅうゆかりゴンは がいじゅうを おっぱらうために ひをふき たいじします』
しかし、悲しい事にそれを見た村人達は大怪獣ゆかりゴンが火を吹いて畑をあらしていると勘違いしたのです。あぁっ! なんて悲しいお話なんだ! もうこの時点で俺の頭の中に、映画化待ったなしという文字が浮かぶ。
『またあるひ むらのちかくで かじがおきました。それにきがついた だいかいじゅうゆかりゴンは ひが ほかのいえにもえうつらないように じだんだをふんで あきやをこわしました』
それを見た村人達は、家を壊していると勘違いして、大怪獣ゆかりゴンに恐怖を抱くようになる。
もうこれは間違いなく全世界が泣いたね。なんなら俺はもう今の段階で泣いて、隣に居たオニーナちゃんにハンカチで涙を拭ってもらっている。
『だいかいじゅうゆかりゴンは ほんとうはやさしいかいじゅうだってしってる そんちょうのアコは むらびとひとりひとりを せっとくしてまわった。そんなときに ひとりのわかものが むらをたずねてくる。そのわかものは みずからを ゆうしゃアヤナ となのった』
はい、勝った。阿古さんとアヤナが出てきた時点でもうこれは勝ち確ですよ。
間違いなく興行収入一位だね。例えガラガラだったとしても俺がレビューサイトなどで高評価連投して、映画館を満席にして見せるぜ。
『ゆうしゃアヤナは だいかいじゅうゆかりゴン をさがしていた。だいかいじゅうゆかりゴンは まえのむらや そのまえのむらでも かんちがいされて すむばしょをおわれていたからである』
しかし、後から真実を知った村人達が、勇者アヤナに、大怪獣ゆかりゴンに謝罪とお詫びをしたい事、そしてもし許してくれるのなら戻ってきて欲しいという事を伝えて欲しいとお願いした。
それを聞いた大怪獣ゆかりゴンは悩む。しかし、そんな彼女の目の前に1人の悪魔が現れる。
『ははは おれのなまえは まおーアクポンタンだ! だいかいじゅうゆかりゴン おれがおまえのともだちになってやる』
ぷっ、魔王アクポンタンとか、こいつアホみたいな名前してるな。
よく見たら顔もデレデレしてるし、すごく弱そうだ。おまけに魔王に括弧で自称までついてやがる。
自称魔王のアクポンタンもまたこの世界のあぶれものだった。
アクポンタンは大怪獣ゆかりゴンに、俺たち2人でも暮らせるようなところに旅立とうと声をかける。
『おれも おまえと おなじだ。だから つかれた。でも ぼっちは さびしい。いっしょに しずかなところで くらそう』
アクポンタンの提案に対して、大怪獣ゆかりゴンは昔、他の村から追われた時に、この村の村長であるアコに怪我を手当してもらった時の恩義があるからと、首を縦に振らなかった。
ふむふむ、なるほどな。
そこに勇者アヤナと村長のアコがやってきた。
勘違いした2人と一触即発な雰囲気になるが、アクポンタンがあまりにも弱かった事とすぐに本音で事情を説明した事でなんとかその場は収まる。
『だったら いっしょにいこう。わたしも もうやるべきことはやった。むらは わかいひとに まかせるよ』
うおおおおおおおおおおおおお! 俺は絵本を読み聞かせしていたのに、村長アコの言葉に熱くなってガッツポーズをした。
『わたしも そのたびに どうこうしてもいいかな?』
聞くところによると勇者アヤナは本物の魔王を討伐した後らしく、王都や自分の生まれ育った村では英雄扱いをされ、他の街でもそんな感じだったから生きづらさを感じていたらしい。
『そうして よにんは よにんが しずかにすごせるばしょへと たびだちました』
第1章、大怪獣ゆかりゴンの旅立ち編、完……。
俺は静かに本を閉じると、目尻に溜まった涙を拭った。
司先生とねねちょさんに頼んで本当に良かったと思う。
「あのー……」
もし、この作品が映画化するなら、お金は俺が全部だそうじゃないか。
なんなら消去法で俺がアクポンタンの声を当てたっていい!!
日本に帰ったら蘭子お婆ちゃんをサ店デートに誘って、言葉巧みに藤でどうにかできないかと聞いてみようと心に誓う。
「あのー、あくあ様?」
「ん? あぁ、ごめん」
俺はみことちゃんが俺の肩をトントンと叩いていた事に気がつく。
よく見るとみんな疲れていたのか、孤児院の子供達やアンナマリーちゃんも眠っていた。
俺は自分の腕にしがみついていたオニーナちゃんの腕を解くと、そっと体に毛布をかけて頭を撫でる。
『ぐへぐへ……あくあおにーさん』
幸せそうな顔をしているから、きっと何かいい夢を見ているんだろう。
俺はみことちゃん達と一緒に部屋を出る。
『今日はお世話になりました。オニーナちゃんにもありがとうって伝えておいてください』
『はい。こちらこそありがとうございました。オニーナ・ハッカドールにもそのように伝えておきましょう』
ん?
何故か俺の後ろに居たクレアさん、りんちゃん、みことちゃん、りのんさん、キテラさんが全員揃ってずっこけた。
あれ? みんな大丈夫?
「い、いえ大丈夫です……」
はは、みんな、鬼ごっこで頑張りすぎちゃったんでしょ。無理はダメですよ。無理はね。
孤児院の外に出ると取材許可を出していなかったのに、多くのメディアが詰めかけていた。
『白銀あくあさん、今日の訪問はカノン様のご意向でしょうか!?』
『カノン様は子供が産まれたらこちらに戻ってくる可能性がおありなのでしょうか? お答えください!』
俺は自分の唇に人差し指を押し当てると、小さな声でシーッと呟いた。
『今、孤児院の中で子供達が寝てるから静かにしようね。それともみんなは、俺を怒らせたいのかな?』
小雛先輩は、周囲を黙らせたいならその周囲全てを自分のテリトリーにしろと教えてくれた。
ここの領域では自分が王様であり、支配者なのだとわからせるように俺は圧を強める。
『ねぇ、君はどこの誰?』
『あ、わ、私は……』
俺は一人ずつ記者を捕まえてその人達の名前と会社、その上司を名乗らせる。
それを聞いた俺はみことちゃんへと視線を向ける。
さすがはみことちゃんだね。俺が言わなくてもちゃんとメモしていた。
『俺から言える事はただ一つ。今日はヴィクトリア王女殿下の代わりに来ました』
『え? そ、それって……』
『俺はヴィクトリア王女殿下がやっておられる事を全面的に支持します。王女殿下は思慮深く、しっかりと物事を判断してから決断を下せる人です。その一方で早く動かなければいけない時には、素早い決断ができる人でもあります。確かにそこに派手さはないかもしれません。しかし王女殿下はカノンと同じで常に誰かに寄り添った判断ができる人だ。俺はカノンの事を誰よりも……いや、ペゴニアさんやえみりさんや琴乃、楓の次に彼女の事をよく知っているし、ここ数日ヴィクトリア王女殿下の仕事をやってみたからこそ二人が本質的に似てるって事も分かるんです。ただ、物事にはわかりやすくて、分かりづらい事があるのもまた事実でしょう。だからこの本を持って帰ってよく読んで勉強してください』
俺は報道陣の中でも遠巻きに静かにしていた人に大怪獣ゆかりゴンの絵本を手渡す。
『君は確か……』
『ザ・セイントの記者です……』
ああ、そうだ。思い出したぞ。
確か何度か見かけた事がある。
『この本には大事な事が書いてあります。この本を読んで、一つの出来事でも見方が違えば全然違うんだという事を知って欲しい。君たち報道陣は正確な情報を伝えるという義務と責任、そして使命があるはずだ。それをもう一度ちゃんと思い出して欲しい』
俺は彼女に大怪獣ゆかりゴンの絵本を手渡すと用意していた車に乗ってその場を後にする。
これで少しは色々な面から物事を見てくれると、ヴィクトリア様にとってもいいんだけどな。
ん? 俺はスマホのアラートが点滅してる事に気がつく。
送信:小雛ゆかり
宛先:あくぽんたん
件名:重要重要重要重要重要、見ないと呪われます。
本文:大怪獣ゆかりゴンの絵本ってなに?
あ、あれ? なんでバレ……えっ? さっきの映像が生中継されていたのを俺の自宅で見た?
俺のインタビューを聞いたヴィクトリアさんが顔を赤くしてもうお嫁に行けないって言ってたって?
うそーん。生中継されてるなんて流石に俺も聞いてないですよ!
俺はそっとスマホをポケットの中に戻すと、全てを後回しにして知らなかった事にした。
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