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白銀カノン、友達は大事、絶対。

 あくあがスターズに旅立って3日が経ちました。

 まだ1週間も経ってないのにあくあがいない家は少し寂しくて、私はあくあが使っているベッドの上で夜な夜な持て余した自分の体を……。


「って、何を言わせるのよもう!」


 私はほっぺたをぷくーっと膨らませると、耳元で勝手に私の気持ちを囁くペゴニアを睨みつける。


「お嬢様は寂しくないのですか? あの騒がしい事が取り柄みたいなえみり様もいませんし、ペゴニアは少しだけお嬢様の事が心配です」

「寂しいか寂しくないかで言えば寂しいわよ。でもね、ペゴニアや楓先輩、るーな先輩、宮餅先生、結さんや姐さんも居て、白龍先生も様子を見にきてくれるし、メアリーお婆ちゃんが近くに居て、ココナちゃん、リサちゃん、うるはちゃん達も来てくれるし大丈夫だよ」


 本音を言えば、あくあが居ないのは寂しい。

 でも、あくあは私が寂しくないように私の周りに人を増やしてくれた。

 小雛先輩、アヤナちゃん、らぴすちゃん達白銀家のみんなや妹のハーミーだって私を心配して私の様子を見に来てくれる。だから私は大丈夫だって、胸を張って言えます。


「ふふ、お嬢様は愛されてますね」

「そうね……」


 愛される……か。

 スターズに居た時の私はまだ子供だったから、愛されるという事が毒にも変わってしまう事を知りませんでした。

 いつの間にかお姉様との関係がギクシャクして、それに気がついた時はもう全てが手遅れだった事を思い出す。

 あくあと結婚した私は王家から離脱し、スターズを離れたけど、お姉様との関係はあの日のままだ。

 妊娠した時もどうしていいのかわからなくて、そっけないメールくらいしか送れなかったし……。


「お嬢様、どうかしましたか?」


 ペゴニアに名前を呼ばれてハッとする。

 いけないいけない。私はペゴニアを心配させないように気持ちを切り替える。


「ふふっ、なんでもないから。ちょっと昔を思い出しちゃってセンチメンタルになってただけだよ」


 ペゴニアに笑顔を見せる事で、私は自分の感情を誤魔化した。


「でしたら今日のお昼は、おうどんでも食べて旦那様に思いを馳せますか」

「そうね。それはいいかも」


 おうどんかー。私は少しだけ遠い目をする。

 遠く離れたスターズでも、あくあがウドンインパクトを起こしたニュースにみんなが頭を抱えた。

 朝のニュース番組でも楓先輩が言ってたけど、今やスターズでは空前絶後のウ・ドゥーンブームがきているらしい。いくらSNSが発展したからといって1日くらいでそんな事になるなんて、油断してただけに久しぶりすぎて動揺した。


「それじゃあリビングに行こっか。あんまり待たせちゃ悪いしね」

「はい」


 私はペゴニアと一緒に自分の部屋を出るとリビングへと向かう。

 リビングに入ると、ソファに座ったらぴすちゃんとアヤナちゃんがお煎餅を齧っていた。


「あ、カノン義姉様。大丈夫でした?」

「うん」

「溢れたところは一応拭いておいたから」

「2人ともありがとう。ごめんね。飲み物を服にこぼしちゃったせいで待たせちゃって」

「それくらいいいって。うちの2人に比べたら、もう全然……はは」


 アヤナちゃんはそう言って遠い目をした。

 あくあが出ていって3日、アヤナちゃんにも何かがあったのかな?


「あ、そろそろ時間みたいですよ」

「もうそんな時間か。楽しみだね」

「はい!」


 今日はコロールのランウェイショーがある日です、

 私はあくあのショーを一緒に見るために2人を自宅に招いた。


『えーと、それでは只今よりコロールのランウェイショーが始まります。いやー、楽しみですね森川アナ』

『はい! 本当は私も現地に行きたかったんですが、空港でパスポートを忘れた事に気がついちゃいまして。あはは……。付き添いで見送りに来てた鬼塚アナが、そのまま私の代わりにスターズに飛んでいっちゃったんですよ』


 私とらぴすちゃん、アヤナちゃんの3人は顔を見合わせるとなんとも言えない悲しげな表情をする。

 鬼塚さん、もしもの時の事を考えてパスポートとかを空港に持って行ったんだろうなあと思うと居た堪れない気持ちになった。国営放送は楓先輩だけじゃなくて、鬼塚さんにも特別ボーナス出した方がいいよ。うん……。


『も〜り〜か〜わ〜』

『ヒィッ!』


 鬼塚アナの声に反応した楓先輩が画面から消える。

 何やってるんですか。


『ばーか、怒ってないわよ。むしろ今回は役得みたいなところあるしね』

『本当に!?』

『とはいえ、あんたがやらかして私がカバーした事実は変わらないんだから、帰ったら牛丼の一杯くらいは奢りなさいよ!』

『鬼塚パイセン、あざーっす!!』


 ほんと、牛丼一杯で許してくれるなんていい先輩だよ。

 鬼塚さん本当にごめんね。あと生放送中にあざーすはダメでしょ!


『というわけで私は今、コロールのランウェイショーが行われる会場に来ています! 後もう少しで始まるので、それまで会場に白銀あくあさんが登場した時の様子をご覧ください』


 映像が切り替わると、車から降りてレッドカーペットを歩くあくあが映し出された。

 元気そう。私はあくあの姿を見てほっと胸を撫で下ろす。


『きゃー! 来たわよー!』

『あくあ様ー! こっち向いてー!』

『お願いだから結婚してーーー!』

『一度でいいから私とハグしてー!』


 あくあはレッドカーペットを挟む両サイドのファンをスルーして、会場へと向かっていく。

 ファンを大事にするあくあがファンサしないなんて珍しいな。警備の問題からホテルでファンサしなかった事を一部のメディアが取り上げていたけど、今回も警備上の問題で止めるように言われたのだろうか。

 会場の入り口に一歩足を踏み入れたあくあは、ぐるりとターンする。


『なんてね、嘘だよ』


 ペロリと舌を出したあくあに詰めかけたファンから歓声が沸く。

 ふーん、とあちゃんみたいなことするじゃん。

 私は余裕のある表情を見せる。周りからはポンなみだなんて不名誉な名前をつけられたけど、私だっていつまでもポンなわけじゃない。流石にね。もう慣れてますよと私は優雅な所作でティーカップを手に取る。


『それとも……この前みたいにスルーした方が君達にはご褒美だったのかな?』


 ふぁっ!?

 悪い笑みを浮かべたあくあを見た私とアヤナちゃん、らぴすちゃんの3人は手に持っていた物を落としそうになる。あっぶな! もう少しでまたお着替えしなきゃいけない事態に陥るところでした。

 も、もー! あくあってば、たまにそうやって新しい面を見せて私達の癖を捻転させないで欲しい。身構えてない方は大変なんだからね!!

 特にスターズはまだ慣れてない子が多いし、簡単に身体が反応するから、若い女の子はみんな大変だと思う。


『こ、これは……!』

『私達を弄んでいらっしゃる!?』

『なるほど、これが焦らしプレイというやつですか』

『くっ……この私が男性に調教されているですって!?』


 本当にあくあはこういうのがうまいよね。

 今ので前回スルーした事も逆手にとって、ファンサービスに変えてしまったんだもん。

 あくあとしてはそういうファンサは不本意かもしれないけど、あの時、何もしてあげられなかったファンのみんなの事を考えてそう言ったんだと思う。

 今頃、前回詰めかけたファンのみんなは、スルーがファンサという事で身体が大変な事になってるんじゃないかな。らぴすちゃんなんて誰よりもあくあと接してるのに完全にフリーズしちゃったもん。

 あくあは再び最初の場所に戻るとファンの人達と握手をしたり、サインを書いてあげたり、写真を撮ってあげたりしていく。


『いやー、相変わらずでしたね』

『私達と違ってまだスターズの皆さんは白銀あくあさんに慣れていませんからねー』

『まぁ、慣れたところで対策なんてしようもないし、耐性なんてつかないんですけどね』

『ははは、あるあるですねー……』


 ははは……テレビの中と外で乾いた笑い声が響く。

 心配しなくても結婚しても変わりませんからというツッコミを入れようとしたけど、ものすごく虚しい気持ちになりそうだったのと、周りから悲しい目で見られそうだったからやめておきました。


『あっ、アナウンスがありましたね。そろそろ始まるみたいです』

『はい。それではみなさま。しばしの間、ショーの映像をお楽しみください』


 映像が正面のカメラに切り替わるのと同時に音楽が流れランウェイショーが幕を開けた。

 最初に出てくるのは誰だろう? あくあかな? それとも前回出演したチャーリー君かな?

 誰しもが期待に胸を膨らませる。

 その中で先陣を切って出てきた人物を見て私は大きく目を見開いた。


「は!?」


 びっくりした私はソファから思わず立ち上がってしまった。


「えみり先輩……?」


 私が驚いたのはえみり先輩がランウェイに出て来た事もそうだが、着ていた服装がメンズのスーツだったからだ。

 メンズのスーツを着こなしたえみり先輩は、すごく麗しくてまるで王子様のようだった。


「「えみりさんかっこいい……」」


 アヤナちゃんとらぴすちゃんの2人はポーッとした顔で画面を見つめる。

 うん、2人の気持ちはよくわかるよ。普段からえみり先輩を見慣れてる私だってびっくりしたもん。


「って、そうじゃなくて、なんでえみり先輩が出てるの!?」


 何があったらそんな事になったのよ。


「現地でスカウトされたとか?」

「えみりさんならあり得そう」

「私はお嬢様がえみり様を同行させると行った時点から、こうなるのを予測してました」


 だったら止めてよ!! いや、今回は別に悪い事はしてないし、止める必要はないのか……。

 私の中でえみり先輩が何かやってると、ろくな事をしてないというイメージが先行しすぎていました。そこは反省しないといけません。


「あ、玖珂レイラさんだ。綺麗、大人のお姉さんって感じです」

「ほんと、身長あるしスタイルいいし、これ見たらアクション映えするのも納得よね」

「うんうん」


 そういえば今回の映画はレイラさんと共演するって言ってたっけ。

 レイラさんもえみり先輩と同様に男装をしていたが、とても似合っていた。

 それに続くようにスターズの有名モデルや、インフルエンサー、女優達が華麗な男装姿を披露する。


「あくあ、なかなか出て来ないね」

「兄様に、何かトラブルでもあったのでしょうか?」

「むしろ旦那様がトラブルを起こしているの間違いでは?」


 うーん、大丈夫だとは思うけど少し心配になる。

 あと、ペゴニア。それはみんな思ってるけど言っちゃダメでしょ。めっ!


「あ、全員出てきました」

「えっ? これで終わり?」

「あくあは!?」


 私達が口を開けてポカーンとしていると、ショーに出てたモデルさん達が全員で出てきて左右に分かれる。

 彼女達は観客席に背を向けると片膝をつく。あ……あくあが出てくるんだ。

 私もらぴすちゃんもアヤナちゃんもあくあの気配を感じて前のめりになる。


「えっ?」

「あ……」

「は?」


 あくあが出てきた瞬間、画面をジッと見ていた私達が揃って間抜けな声を出す。

 私たちが驚くのも無理はない。

 何故ならあくあは男性ではなく、女性のドレスを身に纏ってショーに出てきたからだ。

 私達は女装あくあの凄さを知っているけど、スターズの人達にはそんな経験がありません。

 バタンバタンと数人が倒れそうになるが、ショーを中止にさせまいと近くの人達がそれを支えて事なきを得る。


「ふふふ……やりますね」


 ペゴニアの目がキラリと光った。

 そういえば、あくあお姉様の始まりってペゴニアなんだよね。

 ペゴニアはこの私が軽く引くくらい、あくあを女装させる事に並々ならぬ意欲を持っています。


「兄様……いえ、姉様。とってもお綺麗です」


 らぴすちゃんは女装したあくあを見て目を輝かせる。

 誰も指摘しないけど、らぴすちゃんってまだ中学生なんだよね。

 そんな多感な時期にあくあを触れさせていいのかなって思う。

 まぁ、もう全ては手遅れなんですけどね。なむ〜。


「絵になるわね……」


 アヤナちゃんはお姫様になったあくあと、そのお姫様をエスコートするえみり先輩の姿を見てため息をついた。

 わかるよ。この2人、見た目だけじゃなくて内面から溢れるオーラというか、隣に並んだ時の相乗効果がすごい。

 私の胸を見てグヘグへ言ってる2人とはまるで違う。


「なるほど、今回のショーは男女逆転というわけですか。いや……どうやらそういうわけではないようですね。今度は女性の服を着た人達が出てきました」


 あっ! 本当だ!! レイラさんを筆頭に、ドレスを着た女性陣達がランウェイに登場する。

 それと入れ替わるように、あくあとえみり先輩が男装したモデル達と一緒に後ろに下がった。


「あっ、さっきまで男装をしていたお姉さん達が今度は女性の服装を着て出てきました」

「これってメンズのコロールオムとレディースのコロール、両方のステージって事?」

「多分そうじゃないのかな?」


 あ、今度はドレスを着たえみり先輩が出てきた。

 男装していた時とは違って女性らしい体のラインを強調するドレスは、女性の私が見てもドキドキするくらいの色気があります。


「はー……外国人のモデルに混じっても存在感ありすぎでしょ」

「えみりお姉さんキレー……本物のお姫様みたいです」


 本当に黙って余計な事をしないとお人形さんみたいに綺麗だよね。

 まぁ、黙ってないし余計な事をするからえみり先輩なんだけど……。


「あ」

「あっ」

「あ!」


 その後ろから今度は男装をしたあくあが出てきました。

 なるほど、今度は逆ですか。

 あくあはえみり先輩をエスコートするように、ゆっくりとランウェイを歩く。

 その間に今まで出てきたモデル達が、男装と女装でコンビを組んで左右に分かれる。


「あ、ランウェイの中央にあったラインが消えました」

「なるほど、ボーダーレスがテーマだったのね」


 性別に関係なく好きなファッションを楽しもう。

 多分これがコロールのテーマだったのではないでしょうか。

 男性にとっての女装の歴史を紐解くと、自衛のために始めたのがきっかけでした。

 女性にとっての男装もまた、男性が少ないからこそ増えてきたという歴史があります。

 今回のコロールのショーは、あえて世界が変わっていくかもしれないこのタイミングだからこそ、みんなに好きなファッションを楽しんで欲しいと思ってやったのだと理解しました。

 あー、やっぱりジョンさんは稀代の天才、いえ、BERYLとあくあの理解者です。


「あ、ジョンさんが出てきました!」


 観客達からのスタンディングオベーションに、ジョンさんは照れた顔を見せた。

 私たちもテレビを通してジョンさんに拍手を送る。


『いやー、すごかったですね。現場で見ていた鬼塚アナ、すごかったんじゃないですか?』

『そうですね。白銀あくあさんの女装姿にも驚かされましたが、雪白えみりさんの男装姿にもびっくりしました。半年前に森川アナが空気感がすごいといった意味が、ここにきて初めてその言葉がわかった気がします。私、正面から見させてもらっていたんですけど、近づいてくる時の空気感、圧が違いました。空気が揺れるというか。これが白銀あくあと雪白えみりなんだと……以前、雪白美洲様とお会いした事がありますが、その時と全く一緒でしたね』


 あ、うん。やっぱり鬼塚アナが現地に行って良かった、というか、最初から鬼塚アナを現地にいかせておいて良かったんじゃないのかと思いました。

 これが楓先輩なら、「すげぇ」の一言で終わってた気がします。


『鬼塚アナありがとうございます。それではそのシーンをもう一度だけ見ましょう』


 映像が切り替わって、えみり先輩やあくあ、レイラさん達が登場したシーンが流れる。

 おそらくこの間に鬼塚さんが舞台袖に回っているのでしょう。

 あ、映像が戻りました。


『それでは今からダメ元でインタビューをしたいと思います。森川アナじゃないから無理だったらごめんなさい』


 そんな事を言いながら、鬼塚アナはスターズのメディアをパワーで押し退けて前に出る。

 あっ、なるほど、もう現地での格付けは完了してるって事ですか。

 若い時やんちゃしてた鬼塚アナは楓先輩と同じパワー系だったと、えみり先輩のお母さん、のえるさんに暴露されて顔を真っ赤にしていた事を思い出す。


『あっ、雪白えみりさーん!』


 鬼塚アナに声をかけれらたえみり先輩は、遠くから困った顔で手を振る。

 どうしたのでしょう? なんかもう立ってるだけでも一杯一杯に見えます。

 いつもなら普通に近づいてきそうなのに、一歩たりとも微動だにせずに立っていました。

 大丈夫かな? 体調が良くないのかもしれないと心配になります。


『鬼塚アナ』

『あ、白銀あくあさん。インタビュー大丈夫ですか?』

『はい』


 あ、あくあの方から鬼塚アナに近づいてきました。


『ランウェイショーはどうでしたか? 女装をするって聞かされた時のお気持ちなど伺えればと思います』

『はは、びっくりはしたけど、実はカノンと初めてデートした時も女装してたし、文化祭の前日祭とかでもやっていたので、その時の経験が役に立ちましたね。それとショーはすごく楽しかったです。まるでミュージカルをやっているような、そんな雰囲気があるんですよね』


 うんうんわかるな。

 ジョンさんの衣装ってエレガンスって感じがすごいもの。

 ただアヴァンギャルドなだけじゃなくて、品があって大人な感じがします。


『それと、雪白えみりさんが登場した時には日本の皆さんもすごくびっくりしたと思います。どうしてショーに出る事になったのでしょうか? 初めから決まってたんですか?』

『いや、それが俺もよく分からないんですよね』


 俺もよく分からないってどういう事!?

 あくあに分からない事が私たちに理解できるのだろうかと思った。


『うどんを啜っていたえみりさんを見て、ぴーんときたらしいです。俺にはただおうどんを美味しそうに食べてるだけにしか見えなかったんですけどね……。ジョンはこれが最後の晩餐かなどと口走っていました』


 ジョンさん、それすごく見た目に騙されてます……。

 そのギャップの沼トラップにハマると、もう2度と帰って来れなくなりますよ!!


『な、なるほど……。それでは最後に何かコメントを貰えませんか?』

『それじゃあ日本に居るカノンにメッセージを送ってもいいですか?』

『もちろんですとも! むしろそういうのを待ってました!!』


 ちょ、ちょっと! 鬼塚アナも何やる気になってるんですか!

 あわあわあわ、私は心構えがうまくできないままテレビに映ったあくあの顔を見つめる。


『カノン元気にしてるかー? 俺はもう、ちょっとだけそっちが恋しいよ』


 あ……あくあの言葉に心がポカポカとする。

 だって、あくあも私と同じ気持ちなんだもん。会いたいのは私だけじゃなかったんだ。


『カノンは寂しがり屋さんだから、1人で泣いてたりしてないかな?』


 やっぱりあくあは私の事なんてなんでもお見通しなんだね。


『だからカノンが寂しくないように、スターズから超、超速達でプレゼントを送りました! 夕方には届くはずだから楽しみに待っててねー!』


 うわー、嬉しいなー。何を贈ってくるんだろう?

 やっぱりスターズのお菓子とか、スターズの本とか小物かな?

 うーん、何を贈ってくれたとしても、あくあの贈ってくれたものならなんだって嬉しいな。


「カノンさん良かったね」

「カノン義姉様良かったですね」

「ありがとうアヤナちゃん、ありがとうらぴすちゃん」


 私は2人に「後で何が贈られてきたか連絡するね」と言ってその日は解散した。

 どうやら2人ともこの後に仕事が入ってるみたい。

 入れ替わるようにして姐さんが帰ってきた。


「姐さん、大丈夫? 最近忙しいみたいだけど無理したらダメだよ」

「はい。社長からも、残業禁止だって言われてしまいました」


 さすがは阿古さん、姐さんが無茶する人だってわかってるから、ちゃんと釘を刺してくれました。

 私は姐さんと一緒に録画していたランウェイショーを見返す。

 姐さんは会社で見てたけど、私と同じで一緒に見てアレコレ言いたかったみたいだ。

 こういう時、趣味が似通ってると本当に話が弾むんだよね。

 気がついたら夕方になってました。


「あ、チャイムの音だ!」


 もしかしたらあくあからの荷物が届いたのかもしれません。

 私は自分で受け取りたかったから、自分で玄関へと向かう。

 ものすごくワクワクした気持ちで扉を開けると、見知った顔の人が立っていました。


「ちわーっす、国営放送でぇーす。受信料契約はお済みですかー?」

「あ、大丈夫でーす」


 私は笑顔で対応すると、そのまま見なかった事にして扉を閉めようとする。

 するとゴリ押しで足を捩じ込まれた。ちょ、危ないって!


「待って! 冗談だってば!! 閉じないで!」


 楓先輩、世の中には笑える冗談と笑えない冗談があるんですよ。

 災害や戦争等、有事の際に何があっても国民全員へと確実に情報を伝えるために国営放送をやってるのに、それでお金を取るのはおかしな話だってなって、来月から受信料の徴収もやめるって言ってたじゃん。

 その代わりランウェイの高画質映像とかを販売したりとか、面白い番組を作ってそれを販売する事で利益を稼いだりとか、匿名での寄付を受け付けたりする事で公平性を保ちつつやっていくって、森川楓のゴリラでもわかるパワーニュースでやってましたよ。

 私がそう説明したら、楓先輩が初めて聞いたみたいなびっくりした顔をしていた。え? 冗談だよね? 自分のニュース番組で何を聞いてたの? って、あ、その回って確か急遽トラブルがあって本人不在だったんだっけ。


「イマ ハジメテ キイタ……」


 いやいやいや、例えそうだったとしてもだよ。なんで社員の、しかも今や国営放送のエースって呼ばれてる楓先輩が知らないんですか!? 普通に考えておかしいでしょ!!

 あー、これは鬼塚アナが頭を抱えるのもわかります。


「ま、まぁ、ここではなんだし、中に入ったらどうですか?」

「あ、うん。っと、あのさ、さっき下で1人拾ってきたんだけど……良かったのかな? なんか入りづらそうにしてたからさ、つい……」


 拾ってきた? そんな野良猫を拾うみたいな感覚で人を拾ってこないでくださいよ。

 どうせ小雛先輩とか小雛先輩とか、小雛先輩でしょ? 私は入り口を大きく開ける。


「えっ?」


 私は楓先輩の斜め後ろに立っていた人物を見て固まる。


「お……姉様?」


 どうしてお姉様がこんなところに……?

 あまりにも予想外な事態に頭が混乱する。


「久しぶりね……カノン。元気そうで何よりですわ」


 お姉様……。

 私がどうしていいのかわからずに固まっていると、楓先輩がわざとらしい咳をする。


「とりあえず、ここはなんだし2人とも中に入らない?」

「あ、うん。そうだね」

「お邪魔しますわ」


 って、お姉様、日本語上手!

 いつの間に……あ、でも今の日本の事を考えると喋れた方がきっといいよね。

 多分、将来、女王になった時のために勉強したんだと思いました。


「……」

「……」


 空気が重い……。

 お互いに何を喋っていいのか分からずに固まる。

 あまりの空気の重さに耐えかねた楓先輩が立ち上がって一芸を披露しようとした瞬間、姐さんに睨まれてすぐに腰を下ろした。

 ご、ごめんね。


「……妊娠したんですってね。おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 そこでまた会話が途切れる。

 せっかくお姉様の方から話しかけてくれたのだから、今度は私が頑張らなきゃ。


「お姉様……その、どうしてここに? 公務でその、訪れたのでしょうか?」


 もっと他に聞きたい事があったのに、つまらない事を聞いてしまいました。


「公務ね。本当はそう、公務があったのよ」

「え?」


 お姉様は軽くティーカップに口をつけると、淹れてくれたペゴニアを褒める。


「あなたの夫と友人の2人が私のお母様と取引をしたの」


 あくあとえみり先輩が?

 私は姐さんや楓先輩と顔を見合わせる。


「2人とナタリア、それにキテラが私の代わりにパーティや会食、イベントに出席したりするから、この私に春休みを与えてくれませんかって……。3週間の休みなんてどうしたらいいのか分からなかったんだけど、ちょうど、日本にチャーター機が帰るからどうですかって言われたのよ。そう言われたら……その、来るしかないでしょ。どうせあっちに残ってても公務がなくて暇なんだし」

「お姉様……」

 

 もしかしたら、あくあはお姉様との事を見透かしていたのかな?

 えみり先輩も……2人ともすごく鈍感な癖に、こういうところだけは敏感なんだから。

 こう言うと、えみり先輩ならきっと、「はい、私の身体は敏感です」とかしょうもない事を言うんだろうなと思って思わず笑みがこぼれる。


「……嘘よ」

「えっ?」

「半分は本当の事だけど、半分は嘘」


 お姉様は観念したように息を吐くと私の事をじっと見つめる。


「……貴女と話がしたくて私が我儘を言ったの。ごめんなさい。迷惑……だったわよね」

「そんな事ありません!」


 私はソファから立ち上がる。

 気を利かせてくれたのでしょう。

 いつの間にか姐さんと楓先輩、ペゴニアの3人が姿を消していました。


「私も、私もずっとお姉様とお話がしたかったです。あんな針の筵みたいな場所じゃなくて、2人きりで」

「カノン……」


 お姉様は立ち上がるとそっと私の事を抱きしめてくれた。


「ごめんなさい。私がもっと優秀だったら貴女にこんな想いをさせなくて良かったのに……」

「そんな! 私が、私が逃げ出したりするから余計にお姉様は……」

「ううん、貴女は何も悪くない。何も悪くないのよ」


 お姉様の顔を見上げると、うっすらと目尻に涙を溜めていた。


「本当は貴女に会ってその頃の事を謝罪して昔のお話をしようと思ってたけど、今の貴女を見たらそんな事どうでもよくなったわ。ねぇ、今の貴女の話を聞かせて? 日本に来てからどうだった? 今は楽しい? 体調はどう? 無理してない?」

「お姉様……私もお姉様の話を聞きたいです。お辛くないですか? 無理はしていませんか?」


 私はお姉様と一緒に同じソファに腰掛ける。

 2人だけのゆっくりとした時間、その中で私達はお互いの事をいっぱい話した。

 まるで幼い時の頃のように。


「それにしても貴女の旦那様は無茶苦茶ね。由緒ある宮殿でおうどん茹で出した時はどうしようかと思ったわ」

「はは、本当にごめんなさい。でも、おいしかったでしょ?」

「ええ、とっても。こんな心が温まるような料理を作れる人なら、きっとカノンも幸せだろうなって思ったわ」

「お姉様……」


 お姉様は会話の途中で何かを思い出したのか、持ってきたバッグから封筒を取り出した。


「ところでこれ、貴女宛の手紙を預かってきたんだけど……」


 お姉様から4通の封筒を受け取る。

 差出人は……全部えみり先輩? 封筒をよく見るとAから順に開けるようにと書かれていた。

 どうしたんだろう? 私は封筒を開封すると中から便箋を取り出す。


【拝啓、白銀カノン様。私は今、あなたのベッドの上で枕にうつ伏せになりながら、ロイヤルでまだ純潔の乙女だった頃の貴女の匂いをクンカクンカーしながらこのお手紙を書いています】

「ちょっとぉ!!」


 この手紙、もう捨てていい? いや、むしろ焼いていいですか?

 そもそもなんで私の部屋にえみり先輩が忍び込んでるのよ!

 えっ? もしかして私の祖国って警備がザルだったんですか?


「カノン……お付き合いするお友達は考えたほうがいいですわよ」

「お姉様……」


 くっ、なんも言い返せない。

 本当はそんな事ない。えみり先輩には良いところがたくさんあるんです。そう言いたかったのに、えみり先輩本人のお手紙のせいで出鼻をくじかれてしまった。

 もー、本当に何やってるのよ!

 私は気を取り直すと、再び手紙へと視線を落とす。


【体調の方はいかがですか? 貴女の体の中には新しい命が宿っているのですから、あまり無理をしてはいけませんよ】


 えみり先輩……。


【私もこの前、急な腹痛に見舞われて、もしかしたら妊娠をしているのかもと勘違いしてぬか喜びをしましたが、そもそもあくあ様とはそういう行為をしていませんし、普通にただの腹痛でした。どうやら賞味期限の切れたサラダで腹痛を起こしたようです。お酢をかけたら大丈夫だろうと思っていたのですが、オーガニックなお野菜はちゃんと加熱処理をしないといけないですわね。おほほ】


 ねぇ、この話いる?

 あと、そこら辺に生えてる草に賞味期限も何もないし、そもそもお酢をかけたくらいじゃ殺菌になってないからね!!


【話は少し逸れましたが、貴女のお姉様が貴女とお話をしたいようなので、そちらに送ります】


 肝心な事が書かれてなーい。何一つ重要な事が書かれていませーーーん。

 どういう流れでそうなったのかとか、こっちが知りたいのはそういう話なんですよ!


【追伸 お姉様との会話に悩んだらBの封筒に入ったものを使ってください。女性同士、会話に悩んだ時はこれさえあればきっと大丈夫です】


 えみり先輩……。やっぱり私の事をちゃんと考えてくれてるんだ。

 えへへ、嬉しくなった私はちょっとだけ照れくさそうに笑うと、ルンルン気分でBの封筒を開封する

 ん? 本? 私は封筒の中から一冊の本を取り出す。

 えーと、なになに……。


[スターズ芸術の歴史]


 へー、えみり先輩にしてはまともなチョイスですね。

 あれ? この付箋は何でしょうか? 私は付箋の貼られたページを捲る。

 って、裸夫画じゃないですか! それにこっちの付箋は男性の彫刻だし、もおおおおお! ほんの少し前まで感心していた自分を殴りたくなった。


「カノン、お付き合いするお友達は考えたほうがいいですわよ」

「はい……」


 ん? お手紙にはまだ続きがありました。


【それとスターズでカノンの好きそうな本を見つけました。Cの封筒に入れておきます】


 また変なのを送ってきてないでしょうね?

 私はCの封筒を開封すると、恐る恐る中を覗き込む。

 今度はまともなのでありますよーに!

 私は警戒しながらゆっくりと封筒から本を取り出す。


[ピンクのバラ、改訂版]


 うわあああああああああ!

 これ、改訂版のスターズ語翻訳バージョンだー! しかも帯付きの初版?

 やったああああ! 嬉しい!!

 お姉様がいなければ立ち上がってガッツポーズで嗜みちゃん大勝利と叫んでいたところです。

 えー、どこで売ってたんだろ? 私は再びえみり先輩の手紙に視線を落とす。

 今にも潰れそうな裏路地の本屋でさっきのえっ……な本を買う時に見つけたので、ついでに買っておきましたと書かれていました。今にも潰れるは余計じゃない!?

 あーもー、えみり先輩も最初からこういうのでいいんだよ。絶対にその前の芸術史の本は要らなかったよ!


【それとこのお手紙を書いていた時に偶然に見つけてしまったのですが、それも一緒に送ります】


 なんだろう? あ、これか。

 私は最後の封筒を開封すると中身を取り出す。


[わたしのりそうのおうじさま かのん・すたーず・ごっしぇないと]


 見覚えのある黒歴史ノートを見て私は固まる。

 

【貴女の部屋に忘れてあったので、ついでに送っておきました。もちろん変なものを送るわけにはいかないので、中身はちゃんと私の方でしっかりと確認した後に送付しております。ロイヤルロリカノンの甘い匂いがしまた。ぐへへ!】


 くっ、殺せ! 殺してください!!

 テーブルに突っ伏した私を見て、お姉様は苦笑する。


「ふふっ、カノン、お付き合いするお友達は考えたほうがいいですわよ?」


 はい、お姉様……。

 私は項垂れながらそう呟いた。




◇◇◇◇◇


 一方その頃スターズでは……。


「くっ、腹がいてぇ。一歩でも動いたら漏れそうだ……! 現地の草を味見をしようとした私がバカだった……」


 お腹を壊して一歩も動けない美女が居たとかいないとか。


「お、お腹が、イタタタ、イタ……」


 その近くで別の意味で胃を痛くしている人が居たとかいないとか。

明けましておめでとうございます。

去年はお世話になりました。今年もよろしくお願いします。

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[一言] 普段から雑草で鍛えられてる捗るの胃腸破壊するとは それベニテングタケとかじゃねーのんか(゜д゜)
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