白銀あくあ、この国で俺に勝てるやついる?
『どうも。初めましてBERYLの白銀あくあです! ナタリア先輩にはいつもお世話になってます!』
『ナタリア・ローゼンエスタの母、パトリシア・ローゼンエスタです。こちらこそ、娘と仲良くしてくださって、ありがとうございます』
俺はパトリシアさんとお互いに礼をして握手を交わす。
パトリシアさんは何というか、かっこいい感じの人だな。レナータさんといい、パトリシアさんといい、何ならカノンのお母さんのフューリア女王陛下や、メアリーお婆ちゃん、ヴィクトリア王女殿下も含め、スターズの貴族ってキリッとした感じの人が多い印象がある。
そう考えるとカノンって見た目というか、こう、中身からして結構ほんわかしてるなと思った。
もしかしたらだけど、日本に来た事がカノンのそういう部分に影響を及ぼしていたりとかするのかもしれない。
俺は隣に居るえみりさんへと……って、あれ? えみりさんどこ?
「肉、にく、ニク……じゅるり」
あ、いつの間にか、えみりさんがお肉ビュッフェの所に居た。
うわー、いいなぁ。俺も肉食いてぇ! 実はもう結構お腹空いてるんだよね。
『ここには美味しそうな“お肉”がたくさん集まっているから、周りの若い子達が特に少し騒がしいみたいね』
へぇ、さっきからやたらと周囲が騒がしいと思ったら、やっぱり肉ですか。
遠目から見ても美味しそうだもんな。
『貴族の若い子達は自尊心が強いから、美味しそうな“お肉”を見ると若い衝動で激ってしまうのでしょうね』
ほう……スターズの貴族をも激らせるほどの肉料理ですか。
きっとすごく上質なお肉を使っているんだろうなあ。焼き加減やソースなんかにも拘ってそうだ。
腹減りの俺は一歩前へと踏み出す。
『なるほど……俺も今、美味しそうなお肉を見て激っています』
『えっ!?』
パトリシアさんはびっくりした顔を見せる。
もしかして……パトリシアさんってお肉をあんまり食べない人なのかな?
『か、彼女達を見ても何も思わないの……?』
彼女達……?
ああ! もしかしてお肉を美味しそうに食べている女子達の事ですか?
パトリシアさんの視線の先を追うと、女性グループの側で肉に手を伸ばすえみりさんの姿があった。
『思いますよ。やっぱり、お肉を美味しそうに食べる女の子っていいですよね』
『ほへ!?』
俺はえみりさんの背中に熱い視線を向ける。
大きく背中の開いたドレス、うなじから肩にかけてのラインと綺麗な肩甲骨に自然と息を呑む。
無人島で水浴びをしているえみりさんはすごく綺麗だった。その時の事を思い出す。
……お肉もいいが、お肉を食べている女子たちも同じくらい良いな。
むしろ両方パクリといきたい気分だ。
『むしろ俺の方からガブリと食っちゃいますよ』
『俺の方からぁ!?』
俺は無意識のうちにペロリと舌舐めずりをする。
あっ、しまった。食いしん坊なのが周りの人にバレちゃったかな?
俺は素知らぬ顔をして周りの様子を伺う。
『……肉食男子いいっ!』
『うっ! 急に心臓が……!』
『えっ? 待って待って、だめよそんなの。私達が狩る側なのに、これじゃあ私達が狩られる側じゃ……』
『あっ、あっ、あっ、らめぇ! 変な扉が開いちゃううう!』
『なるほど……これが今、日本で流行ってるわからせという奴ですか』
『え? 本当に待って、こんな感情、私知らない……』
『きゅ、急に恥ずかしくなってきましたわ』
『どうしましょうどうしましょう。私、自分が食べるより、食べられる方が好きかもしれません』
『あぁ、あくあ様が舌をペロリとした瞬間、全身を舐めまわされたようにゾクリときましたわ』
『これが視線だけでもメスを堕とす男、白銀あくあなのね!』
女子達は何やらきゃっきゃうふふと盛り上がっていた。
よし! 俺が食いしん坊なのも、えみりさんの事をそういう目で見ていたのも何もバレてないな。セーフ!
「そうか、このメンバーだとツッコミ役がいないんですね……。私、頑張れるかしら」
ん? アビーさん、なんか言いましたか?
隣に居るアビーさんへと視線を向けると、とあやアヤナのように俺の事をジトーッとした目で見ていた。
うっ、バレたか!? バレてないか!? バレてないな! うん、バレてない事にしよう。
白銀あくあは常にポジティブなのである。
俺はキリッとした顔をすると、ゆっくりとした歩調で肉料理が置いてあるところへと向かう。
『嘘でしょ。自ら肉食獣の方へ……。ナタリア、想像以上だわ。あれが日本の白銀あくあなのね!』
『なんかこう絶妙に噛み合ってない気がしたけど、問題なさそうだし、もうこのままでいっか……』
さーてと、どの肉を食べようかな。
おっ、美味しそうなお肉が……って、違った。あれはお肉じゃない。
うーむ。なんでこっちの方のドレスってあんなに膨らみが強調される形をしているんだろう。
やはり腰のくびれ強調したりするデザインをしているせいだろうか。
健全な男子高校生にとってはものすごく目に毒だ。
『わ、私達の事を見ていますわ』
『はあ? そ、そんな事あるわけないでしょ』
『私、殿方からあんな熱い視線を向けられたの初めてで、どうしていいのかわかりませんわ』
『男性なんて私達が目を向けただけで、いつも逸らしてしまわれるのに……』
『ああ、猛烈なオスの視線に奥から身体が熱ってきましたわ』
『と、とりあえずみんなで固まりません事? きゅ、急に不安になってきましたわ』
『そうしましょう、そうしましょう』
『狩られるって、もしかしてこういう事なのかしら?』
『お母様から殿方はハントするものだと聞かされていましたのに……』
『あぁ、どうせならもっとお淑やかなドレスを着てくればよかったですわ』
左から、I、P、P、A、I、O、P、P、A……Iだとぉ!?
俺の頭の中にある脳内カウンターが大量の膨らみを計測しすぎて爆発する。
何というパイパワーだ!! これがスターズか!!
俺は歴史のテストで出題されるスターズ建国の1081年を覚えるために、しょうもない語呂あてで覚えた事を思い出す。
そのテクニックをカノンにドヤ顔で披露したら、ものすごく冷えた目で見られながらやっぱり大きいのが好きなんだと言われたっけ。
ふぅ、今、思い出しても俺とカノンの離婚の危機はそれだけだったな。
あの時はペゴニアさんが協力してくれたおかげで、俺がカノンをマッサージする事でなんとか丸く収めた。
『あ、あの……』
ん? 肉料理のそばに立っていた女性陣の1人、くるくる縦ロールの少女が前に出る。
この子は慎ましやかなAの子か……って、わっか!
よく見たらこの子、メイクとかで誤魔化してるけど、らぴすより年下なんじゃないか。
縦ロールの少女は俺の方をチラチラと見ながら、手に持った扇子で口元を隠す。
『しゅ……狩猟はご興味がおありで?』
狩猟? それって一狩り行こうよで有名なインモンことインモラルハンターの事ですか?
それなら任せてくださいよ。全インモンをコンプレートしたインモンマスター白銀あくあとは俺の事です。
カノンもインモンをやってたし、やはりこの国でもインモンが流行っているのだろうか?
『ええ、もちろんですとも。貴女も狩猟がお好きなのですか?』
『え、あ……はい』
勘が鋭い俺はここでピンときた。
インモンは今、とある人、そうあの大怪獣……じゃなくって大女優、小雛ゆかり大先輩と絶賛コラボ中である。
そのミッションはかなりハードルが高く、多くの人が挫折していると聞いた。
でも、それならこの俺、インモンマスター白銀あくあに任せてほしい。
『ほ、本当にお好きなのですか?』
『はい。やっぱり狩りっていいですよね』
飛行機での移動の最中も、俺はえみりさんと2人で大怪獣ゆかりゴンを討伐してきたばかりだ。
大怪獣ゆかりゴンは難敵だが、倒すと白銀の雫というアイテムを落とす。
特に何かがあるわけではない討伐記念アイテムだが、これをとある人に預けて錬成をしてもらうと、シンプルな指輪を作る事ができる。
俺も一個作ったけど、誰かと繋がっている気配がするという謎のワードが出てくるだけだった。
もしかしてあれって後々何かあるのかな? 確かアイテム名は……なんだったっけ? エン、あ、思い出した。エンゲージリングってやつだったと思う。エンゲージって書いてあるし、もしかしたら召喚とかテイム系の指輪かもしれない。
『登山家が山に登るのと同じ事です。そこに山があるから登る。そこに獲物がいるから狩るんです。目の前に美味しそうな獲物がいるのに狩りに行かないのは、ハンターとしてのマナーに反しますから』
『ほへぇ』
くんくん、くんくん……ふぁ、焼きたての肉のいい匂いが漂ってきた。
じゅるり、腹が減った俺の眼光が自然と鋭くなる。早く、早く肉が食いたい。
まどろっこしいのが苦手な俺は、あえて自分から少女の意図を汲む。
『よかったら今度、俺と夜のハンティングを楽しみませんか?』
『夜のハントォ!?』
大怪獣ゆかりゴンは夜行生物だ。
昼間は巣でダラダラと過ごし、夜になると巣から出て食事のために闊歩する。どこかの誰かに似た、そんなふざけたインモンだ。
一見すると狩るなら昼の方が簡単そうに見えるけど、寝ぼけてるせいで地団駄事故や、丸焦げ事故に遭う確率がかなり高く設定されている。だからプロは夜にこそ大怪獣ゆかりゴンを狩りに行く。食事前に襲えばパワー半減で地団駄をする回数が減ったり、火を吐いても小さい火しか出ないからである。
『大丈夫。俺がちゃんとリードしますから。ね。安心してこの俺に身を委ねてくれれば、(巣穴の)天井にできたシミを数えてる間に全部終わってますよ』
『ふぁ〜っ』
おっと! 後ろに倒れそうになった少女の腕を掴んで引っ張ると、もう片方の手を腰に回して体を抱き止める。
ほっそ! この子、めちゃくちゃ腰回りが細いな。ちゃんとご飯食べてるのか?
肉を食え肉を! 俺の中にあるお兄ちゃん属性が顔を覗かせる。
『あ、アンナマリー……伯爵家のアンナマリー・ナナ・ラヴィエンティスです。年は12歳になりますわ。わ、私のことは気軽に名前でお呼びくださいませ』
『白銀あくあです。日本からやってきました。俺の事は好きに呼んでください』
やっぱり、らぴすより年下だったか。
育ち盛りの中学生なんだから、ここは先輩としてもっとお肉をつけさせないといけないな。
俺は肉のコーナーへと視線を向ける。
『アンナマリー嬢、良かったら一緒にお食事でもどうですか?』
『は、はい……』
俺は近くに居た女性陣にもニコリと微笑む。
皆さんがさっきからこっちを見ている事はわかってるんですよ。
つまり貴女達も、お肉を食べたいって事ですよね!!
うんうん、きっとそうに違いない!
『そこにいる皆さんも、どうですか?』
『『『『『『『『『わ、私達も!?』』』』』』』』』
俺はコクリと頷く。
食事はみんなでした方が楽しいしね。
『はい、俺達のために、料理人の皆さんがこんなにも美味しそうな料理をたくさん作ってくれているのです。それをみんなで談笑しながら美味しくいただくという事こそが、料理を作ってくれた人や食材を調達してくれた人、パーティーを運営してくれる人、そして食材への最大限のリスペクトだと思いませんか?』
それっぽい事を言ってるようだが、要約すると腹が減ったので早くご飯が食べたいという事である。
もちろんそんな事を感じさせないためにも、俺はかっこいい顔をしてゴリ押しで真意を誤魔化す。
小雛先輩からもスターズに行く前に、なんかあったらいつものようにかっこいい顔をしてわかってないフリでゴリ押していけば大抵の事はどうにかなるわよ。って言われたしな
『あらあらまぁまぁ、まさか貴族でもない異国の、それも男子に貴族がなんたるかを説かれるとは……彼は、想像以上ですわね』
『パトリシア……あまり悪い事を考えてくれるなよ? 私と血は繋がってないが、あくあ君は私の大事な親友達の子供なんだ。そして私の大事な2人の娘達の大事な兄でもある。もしもの時は私も容赦しないからな?』
『ふふっ、心外ね。レナータ。私がそこまで愚かな女に見えるのかしら? それなら娘のナタリアが彼と寝室を共にする関係になるように、母親として全力アシストした方がよっぽど効果的だわ。カノン様が好きになった方ですもの。趣味の近いナタリアの好みだって事は、母である私が1番わかっているのです』
『はは、お前って本当にバカ親だよなあ……。娘からはミリも気づかれてないみたいだけど、私はお前のそういうところが好きだよ脳筋卿』
『ちっちっち、レナータ、貴女、古いわよ。日本にはパワー教という素敵な宗教があるそうですわ。確か教祖の名前はモリ……ゴリラだったかしら? そんな名前の人よ。やはりパワーは全てを解決してくれるのですね』
『何その頭の悪そうな宗教? どこの誰がやってるのか知らないけど、うちの娘達がそんな頭の悪そうな宗教に入らないようにメール送っとかなきゃ』
俺は肉を食いながら、後ろで楽しそうに会話をするレナータさんやパトリシアさんに視線を向ける。
いいっすね……。何を話しているかは聞こえないけど、大人なお姉さん達が取り繕った外行きの仮面を外して、学生時代のように談笑する姿はなんとも言えない魅力がある。
俺は大きな肉の塊を押し付け合いながら至近距離で会話をする2人の大人なお姉さんの姿を鑑賞しながら、ガツガツと何度も肉をかっくらった。
『ああ! あんなにもワイルドにお肉をおたべになって……』
『なんて素敵なお姿なんでしょう』
『どうしましょうどうしましょう。あんなにかっこいいのに、子供のような可愛らしさもありますわ』
『あくあ様ってきっと純粋で無垢なのね』
『胸がドキドキしてお肉が喉を通りませんわ』
『あ、あれってもしかして私達の事を全部美味しくいただきますのサインでは!?』
『『『そ、それよ! きっとそうに違いないわ』』』
『あわあわあわ』
ん? アンナマリーちゃん大丈夫? さっきからお箸が進んでないけど、いっぱい食べなきゃ大きくなれないよ?
お兄さんは別に小さくてもいいと思うけど、パイマスター白銀あくあのセンサーがこの子は将来、絶対に育つっていう電波を受信してるんだよね。
『ほら、これとか美味しいよ。アーン』
『あーん!?』
あー、上手上手、大きく口を開けられてえらいぞー。
俺はアンナマリーちゃんの口の中にお肉を放り込む。
『美味しい?』
『は、はひ……』
あぁ、離れ離れになったらぴすの事が恋しくなる。
週一実家に顔を出しては妹のらぴすを甘やかしていた日々を思い出して、センチメンタルな気分になった。
ほらほら、アンナマリーちゃん、たーんとお食べ。
「ねぇ、ナタリアさん」
「はい、なんでしょう? アビーさん」
「あくあ君に護衛っていりましたか?」
「さ、さぁ? ここは逆に考えてはどうでしょうか?」
「逆?」
「はい、耐性の全くないスターズの民をあくあ様の衝撃から守るために護衛がいるのだと思えば良いのです」
「ああ、なるほど……って、護衛、そっちなんかーい! そもそも、既にもう被害者がでてるんですけど!? あわあわあわ、琴乃さんや天鳥社長になんて言えば……」
あっ、ナタリアさ〜ん! アビーさ〜ん!
何をしているんですかー!? ほらほら、早くこっちに来て一緒にお肉を食べましょうよ〜!
「みこと、あの子、排除する?」
「うーん……あのアンナマリーって子は、さっき、ナタリアさんとかの悪口を言っていた他の女性陣を窘めようと後ろでモゴモゴしてたし、多分悪い子じゃないから大丈夫だと思うよ。あくあ様ってそういうセンサーだけは確実に働いているから、そこは信用して大丈夫だと思う」
「承知!」
「みこと、周囲の様子はどうなってる?」
「外にはまだマスコミがたくさんいるけど大丈夫じゃないかなあ。それこそあくあ様なら、きっとサファリの中に放り込んでも戦地のど真ん中に降下しても大丈夫だと思うよ」
おっ、あそこもなんか隅っこに固まってるな。
りんちゃーん! みことちゃーん! りのんさんも!
こっちこっち! 早くしないと俺が全部お肉を食べちゃうぞー。ぐへへ!
「くっ……!」
ん? 隣に居たえみりさんがむしゃむしゃと草を食ってた。
アレ? どうしたの? さっきまでお肉食べてたんじゃ……。
「こ、ここ最近、草ばっかり食べてたから、さっきお肉を食べたら胃がびっくりしちゃって……」
しゅんとしたえみりさんをみて、俺もしゅんとする。
いいのか、あくあ? 目の前で悲しんでる女子がいるんだぞ?
お肉が食べられるずに泣いている女の子が目の前にいるのに、1人で肉をパクついていて、お前は剣崎に顔向けができるのか?
て……TENGA先輩!?
いや、違う。これは天我先輩がスターズに残してきたポイズンチャリスの魂が俺に話しかけてきているんだ!!
ふっ、天我先輩、すみません。俺とした事が目の前にある肉をハントする事ばかりを考えていました。
アンナマリーちゃんのお肉を育てようとしたように、えみりさんのお肉を守るのもハンターとしては重要な事なんですね。
この世に存在する全ての胸を守護する騎士として、俺がえみりさんの膨らみを守って見せます!!
『すみません』
俺は天我先輩がやるようにかっこよくジャケットを脱ぐと、近くにいたライブキッチンのシェフに声をかける。
『は、はい、なんでしょうか?』
『この俺に……女の子を笑顔にするために、調理場を貸してくれませんか?』
『え、えーと……?』
シェフは困ったように周囲にキョロキョロと視線を向ける。
突然の申し出に困惑させてすまない。でも、これはえみりさんのおっ……人類の宝を守るために、とても緊急を要する事なんだ。
『貸してあげればいいじゃない』
ん?
カツンカツンと部屋に響くヒールの音に振り返ると、そこには見覚えのある女性が立っていた。
『ヴィ、ヴィクトリア王女殿下……!』
ああ、カノンとハーちゃんのお姉さんか。
あんまり似てないというか、結構きつい感じがするんだよな。いつも俺の事を睨んでくるし、きっと妹2人を取られて俺の事が嫌いなんだと思う。
まあ俺としては女性から睨まれるのはご褒美だし、美人にジッと見られて悪い気なんて全くしないから、どんどん見てくれていい。なんならその高いヒールで俺の事を踏んでくれてもいいんですよという笑顔も見せる。
『何をするのか知らないけど好きにすればいいわ』
『で、ですが……』
『くどい。主催者の私がいいって言ってるんだから、好きにすればいいじゃない』
ヴィクトリア王女殿下はふぁさぁと手で髪を横に流す。
できればそのまま俺の事をゴミ虫を見るような目で蔑んでほしいという欲望が沸々と溢れて出てくるが、俺の個人的な趣味に関する事なので我慢する。
『ありがとうございます。ヴィクトリア王女殿下』
俺は最大限の謝辞を述べるために床を膝につくと、ヴィクトリア王女殿下の手を取って自らのおでこに近づける。
ちなみにこれはスターズにとっては最大限の謝意を伝えるやり方であって、決してヴィクトリア王女殿下のご立派なものを下から見上げたいなあなんていう欲望はミリもない。
でも、その一連の所作による不可抗力で見えてしまうのは仕方ないよなー。うんうん、仕方ない、仕方ない。
「えみりさん、少し待っていてくれませんか?」
「は、はい……」
俺はえみりさんにジャケットを預けると、キッチンの前に立ってシャツの袖を捲り上げた。
まずはボウルの中で塩を溶かした水に薄力粉をぶち込む。
粉がつかなくなるまで何度も捏ねると外に出して、打ち粉をした板の上でまた捏ねる。
表面が滑らかになるまで捏ねた後はラップで包んでその場に寝かせた。
本当なら長い時間を寝かせたほうがいいんだが、今回はこれでいい。それにこれはこれで結構美味しいんだよな。
『長ネギと鶏肉はありますか?』
『はい、こちらに! と言いたいところですが、長ネギはなくて、近いのでしたらスプリングオニオンなら……』
『じゃあ、それで!』
俺は生地を寝かしている間に、長ネギもどきと鶏肉を包丁で食べやすいようにカットする。
よし、これで準備はOKだ。本当はお揚げも欲しいが、流石にスターズにはそんなもんないよな。
俺は寝かせていた生地をラップから取り出すと、板の上に打ち粉をして綿棒で十字に引き伸ばしていく。
よし、これくらいの厚みでいいな。俺は水を入れた鍋に火をかける。
お湯を沸騰させている間に、平たく伸ばした生地に打ち粉をすると、折り畳んだ後に包丁で細めにカットしていく。最後に麺をほぐしてまた打ち粉をして準備は完了だ。
『それでは麺を湯掻きます』
俺は沸騰した頃合いを見計らって大きな鍋の中にさっきの麺をぶち込むと、最初に少しだけ掻き回してから湯掻く。
その間に隣のコンロで出汁を作る。さて、問題はここからだ。この国には、鰹節もなければ椎茸もないしいりこもない。つまり出汁を取るためのものが何もないのである。
普通ならここで諦めるところだが安心してほしい。俺は白銀あくあ、あのうどんの県から親善大使を命じられた男なのである。
「えみりさん。俺のジャケットの内ポケットに入ってるものを取り出してくれませんか?」
「ぐへへ……」
「えみりさん?」
「あっ! は、はい!」
アレ? 今なんか俺のジャケットを抱きしめて匂い嗅いでませんでした?
いや、流石にそれは俺の気のせいか。えみりさんがそんな俺みたいな事するわけがないよな。
きっと幻影が見えてたんだろう。
『そ、それは……!?』
『これは……出汁です! 日本が生み出した最高の調味料ですよ』
スターズに出汁がないとカノンに聞いた時から、日本で買って準備しておいた出汁の素である。
あらよっと! 俺はもう一つの鍋に出汁の素と鶏肉と長ネギもどきを入れる。ふぅ、これで鶏肉やネギもどきの野菜出汁も出るし大丈夫だろ。
俺は湯掻いた麺を沸騰した出汁の中に入れて煮詰める。途中で蓋を開け、さらに卵を落とし込んで蓋を閉じてまた煮詰めて完成だ!!
『えみりさん、これならきっとお肉も食べられますよ』
俺はえみりさんの目の前に、くたくたに煮込んだお腹に優しい肉うどんのはいったお椀を置く。
本来であれば肉うどんと言えば甘辛にした牛肉を使うのだが、今回はお腹の調子が良くない人や風邪を引いた時に一般家庭で作られる鶏肉や豚肉を使ったヘルシーな肉うどんに仕上げた。
「うっうっ、お、お肉が美味しいです……」
うんうん、やっぱりえみりさんの食べる姿はいいな。
本当に心の奥底から食べるって事に感謝をしているようだ。
「んっ?」
視線を感じた俺が周囲を見渡すと、みんなが俺の方を見ていた。
まさか……お前たちも俺のうどんが食べたいのか?
いいぜ! 俺がスターズの人達をおうどんなしでは生きていけない体にしてやるよ!!
『へぇ……初めて食べたけど美味しいわね』
ヴィクトリア様、いい食べっぷりですね。
お上品な見た目なのに、ズルズルと音を立てて麺を啜る姿に親愛と興奮を覚えました。
『おかわりをいただけるかしら?』
おー、パトリシア様はちゃんとお出汁まで飲み切ったんですね。
高貴な雰囲気で誤魔化そうとしているけど、もうこれは完全にうどん星人の顔をしてますわ。
「はは、昔、日本で病気になった時に、まりんちゃんに作ってもらったのを思い出したよ。ありがとう、あくあ君」
レナータさんは愛おしそうにうどん麺を見つめては、思い出に浸るようにゆっくりと味わって食べていた。
その姿を見て俺も思わず涙がこぼれ落ちそうになる。やはり、うどんだ。うどんは全てを救ってくれる。
『美味しい……! ホッとする感じがして私、これ好きですわ』
そうだろうそうだろう。アンナマリーちゃんもターンとお食べ。
『エクセレント! クリスも食べてみなよ』
『おー、これはうまいな。ジョン!』
へへへ、ジョンとクリスも俺のうどんを食べて綻ばせた表情を見せる。
『チャーリー様、これ、すごく美味しいですわ』
『そうだね。うどんじゃないけど、あくあさんと食べたラーメン竹子を思い出してまた行きたいなって思うよ』
おー、こいこい。今度はベリルの男性陣も全員連れてみんなでラーメン竹子行こうな。
「胃に、傷んだ胃に染み渡る……!」
アレ? クレアさんいつの間にここに来たんですか?
誰かから招待状とか貰ったのかな。ま、細けー事はどうでもいいか。そういうのを考えるのは他の奴に任せる。
俺はうどん職人としてただひたすらに麺を打ち続けるだけだ!!
『すみません。俺が麺を打つから、湯掻いてくれませんか?』
『わかりました! 任せておいてください!!』
俺は再び麺の生地を捏ね始める。
これはあるな……。うどん外交という新たな手段を見つけた俺は、パーティーに参加していた外務省の職員さんを通じて羽生総理に緊急の電報を送ってもらう。
ダシ、フソク!
スグ、オクレ!!
この翌日、出汁のパックが大量に詰め込まれたダンボール箱が政府専用機に乗せられて、スターズの地に降り立った。
◇◇◇◇◇
一方その頃の日本では……。
「あくあ君のせいで出汁の素不足の可能性!? すぐに対応して!!」
「天鳥社長! 大丈夫です。出汁のメーカーからうちはもういつでも対応できますからという連絡がありました!」
「あー、もう半年以上前になるのね。例のうどん危機問題……」
「全国のスーパーから茄子とうどんだけが消えていくあの異常な光景。今でも普通に覚えてるわ」
「桐花さん! 製麺所さんからも、うちはすぐに対応できますと連絡がありました!!」
「さすが鍛えられた会社は緊急時でも違うわね。これがウドンインパクトの影響ですか」
などとベリルの社内が昔の事を思い出して昔話に花を咲かせていたとか、いないとか……。
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