白銀あくあ、友人の思いを知る。
本日2話目です。
「はぁ……」
学校の休み時間、俺は大きなため息を吐く。
実はあの後も俺はめげずに歌詞を考えていた。
何か良い閃きはないだろうかと、目の前のノートをパラパラとめくったが、そう都合がよく何かを思いつくのであればここまで苦労はしないだろう。
このノートには、俺が感じた曲の印象だったり、使いたい言葉や自分の想い、とにかく思いついた事を片っ端から書き殴ってある。
モジャさんからは作詞の才能がないと言われたが、伝えたい事をちゃんと歌詞に落とし込めれば、どうにかなるんじゃないかと俺は考えた。
何よりこの手詰まりの状況のまま、ジッとしている事なんて俺にはできそうにない。
だったら、できる努力は全部するというのが俺の方針だ。
「うーん」
俺がノートと睨めっこしていると、目の前のノートに影が差した。
「白銀、さっきから様子がおかしいがどうしたんだ?」
話しかけてきたのはクラスメイトで友人の黛だった。
「あ、いや……実はちょっとな」
最初は守秘義務に当たるから言うかどうするか悩んだが、このままどん詰まりならこの曲はお蔵入りになってしまう。最悪、その事態だけは避けたかった俺は、藁をも掴む思いで黛に相談を持ちかけた。
「ここじゃなんだし、お昼、裏庭のベンチでちょっと話さないか?」
「わかった」
俺たちは午前中の授業をこなし、お昼休みになるとすぐに裏庭のベンチへと向かった。
「実は今、新曲の作詞をしてるんだけど、うまくいかなくってさ」
俺はノートを黛に手渡す。
「僕が中を見ても良いのか?」
「もちろん」
中を見られるのは自分が覗かれているみたいで恥ずかしい気もしたが、背に腹はかえられない。
ノートを手渡された黛は、ページをめくってゆっくりと書かれている言葉を読み込む。
「白銀……この、ピューっとなって、パァーっていうのは……?」
「えぇっと、そうだな……なんかこう目の前がパッてほらさ、よく見えるっていうか」
俺の説明を聞いた黛は頭を抱えて何やら考え込む。
「なるほど……ところで、このノート、何も書いてないところを使ってもいいか?」
「ん? 別に良いけど?」
黛はノートの白紙のページに、サラサラと文字を書き込む。
「それじゃあ次にこの、小さなポワッと光がって部分なんだけど……」
「あぁ! そこはほら、小さな光がこうふわふわーっとだな」
黛はまたしばらく何かを考え込むと、ふむ、なるほど……と小さく呟き、何やらノートに書き込む。
俺と黛は10分ほどこういう会話を何度も繰り返した。そして……。
「白銀、原曲を聞いたわけではないからなんとも言えないが……これでどうだ?」
黛は先程まで自分が書き込んでいたページを開いて俺に見せる。
そこに書かれていた歌詞を見て、俺は思わずベンチから立ち上がってしまう。
これは……いや、これこそが、俺が伝えたかった歌詞だ。
俺は黛の手を取って、感謝の気持ちを伝える。
「ありがとう黛! これだよ、これ、これが俺の表現したかった言葉なんだ!!」
「そ、そうか……少しでも白銀の手助けになったのなら良かったよ」
はっきり言って、この歌詞は素晴らしいがまだ未完成だ。
何故なら黛は、まだ原曲を聞いてないからである。
この歌詞をそのまま原曲に当てはめるとなると、やはり少しは違和感があるのだ。
だからその違和感をなくすために、黛の協力が絶対に必要なのである。
「黛、頼む! 放課後、俺と一緒にモジャさん……プロデューサーのいるスタジオに一緒に来てくれないか?」
俺は黛に頭を下げる。
安直な行動かもしれないけど、俺はこの方法しか知らない。
とにかく頭を下げて、自分の真剣な思いを相手に伝える。俺が真剣なのだと訴えかける相手にわかってもらうには、これが一番だ。
そんな俺の様子を見て、黛は慌てふためく。
「白銀、頭を上げてくれ。もちろん僕でよければ協力するよ。だ、だって、僕と白銀はその……友達、だろ?」
黛は少し照れくさそうに人差し指で頬をかく。
俺は黛の優しさに感動して身震いした。
「あぁ! もちろんだとも! ありがとうな黛!!」
放課後、俺たちは学校が終わるとすぐにモジャさんのスタジオへと向かった。
「なるほどな……」
モジャさんは俺のノートに書かれた黛の歌詞を見て、考え込むような仕草で声を唸らせる。
「悪くねぇ、悪くねぇが、白銀のいう通り、これじゃあまだ未完成だ」
モジャさんは黛のことを鋭い眼光で見つめる。
「オメェさん、本気でやってみるか? もし……ちょっとでも無理だと思うなら、ここで断ってくれてもかまわねぇ。それでもやってみてぇって思うなら、俺が全面的にケツ持ってやる」
黛はモジャさんの真剣な眼差しに一瞬たじろぐも、目を閉じて数十秒深く考え込んだ。
「……やります。僕にこの仕事をやらせてください!」
その時の黛の表情は、吹っ切れて何かを決意した男の表情だった。
俺は無粋かもしれないが、確認を兼ねて黛に再度訪ねる。
「良いのか黛?」
俺の問いかけに、黛は笑みを見せた。
その笑みは、俺が見た黛の笑顔の中でも一番晴れやかなものだったと思う。
「ああ! もちろんだ!!」
黛はメガネをクイっと持ち上げると、俺とモジャさんの顔を交互に見つめる。
「同級生の女の子たちは……僕が男だから働かなくたって良いっていうんだ。私たちが養ってあげるから、黛君は好きなことをしてて良いって。学校の先生も黛は別に勉強なんて頑張らなくても、好きな学校に入れてくれるって……でも、それじゃあダメな気がするんだよ」
確かに黛の言うように、この世界の女子たちはそうやってすぐに男子を甘やかす傾向にあるのだ。
俺の家族だって、未だに芸能活動が辛くなったらお部屋に引きこもって良いんだよって、簡単に逃げ道を用意しようとしてくる。この世界は、俺のいた前世とは似て非なる世界だ。だから、それはそれで良いのかもしれない。でも……中にはそうじゃない男だってきっといるはずなんだ。
黛は握りしめた拳に力を込める。
「白銀は、男なのにバイトしてるし、今だって時たまヘルプに入ったりしてるって聞いてる。部活だって三つも掛け持ちしてるのに、暇を見つけては顔を出してるよな。勉強もできるし運動だって……。それなのに、アイドルになりたいって、夢に真っ直ぐと向かって行く白銀の後ろ姿を見たらさ、僕だってなんかできるんじゃないか、頑張らなきゃいけないって、白銀の頑張る姿に背中を押された気がしたんだ」
黛の話を聞いて、俺の胸の奥が熱くなる。
俺は黛がそんな風に俺の事を思ってくれていたなんて知らなかったからだ。
「白銀、頼む! 僕に……アイドル白銀あくあの歌詞を作らせてくれないか?」
「もちろんだよ黛! 俺にお前の作った歌詞を歌わせてくれ!!」
俺は黛とガッツリと両手で握手を交わした。
それを見たモジャさんは、目を細めてポツリと呟く。
「……この世界は美しい」
「えっ?」
モジャさんはそう呟くと、俺の方へと視線を向ける。
「この曲のタイトルだよ、この世界は美しい。随分と皮肉が効いてるとは思わねぇか?」
モジャさんはニヤリと片方の口角を持ち上げる。
「だってよぉ、この歌詞は一見してこの世界の美しさ、男女の純粋な愛情だけを切り取って表現しているようにも取れる。曲調だってそうだ。綺麗なピアノサウンドとメロディライン、でもこの曲はそれだけじゃねぇ、心に深く響くような重さがある。猫山はそういう音をわざと入れてきてるんだ。そして、この美辞麗句な歌詞を深読みしていくと、逆に今のこの世界の状況、男女の関係に疑問を投げかけているようにも取れるんじゃねぇか?」
俺と黛は顔を見合わせる。そしてすぐにノートに書かれた歌詞へと視線を落とした。
確かにモジャさんの解釈で歌詞を読み込むとそのように取れる。
黛もそこまで意識していなかったのか、目を見開き驚嘆していた。
「良いじゃねぇか、この曲のPVもそっちの方向で行く。今、俺が決めた。黛、白銀、まだ時間はあるか? この勢いで歌詞を完成させて録音する。最後まで付き合えよ?」
「「はいっ!」」
俺と黛は直ぐに家族に連絡を入れた。もちろん俺とモジャさんは阿古さんにも連絡を入れる。
遅くなっても大丈夫なように、阿古さんが帰りを迎えに来てくれたのと、阿古さんがすぐに黛のご家族の人に頭を下げに行ってくれたおかげで、俺たちはギリギリまで制作する事ができた。
おかげで完成した歌詞を録音することができたが、俺は改めて阿古さんに迷惑をかけてしまったなと反省する。
でも、阿古さんは、そんな俺に対して、ちゃんと直ぐに相談してくれて良かった。まだ子供なんだから、もっと周りの大人を頼りなさい、それに所属タレントの無理を通すのが私の仕事だと言って笑って誤魔化してくれたのである。
「阿古さん……」
俺は多くの人に助けられている。阿古さんだけじゃない、モジャさんにも、ノブさんにも、黛にも、とあちゃんにも……そして家族にも、今回は黛の家族の人にだって助けられた。俺は改めて、支えてくれる全ての人に、感謝の言葉を口にする。
「ありがとうっ……!」
阿古さんの車の後部座席に乗った俺は、窓から外の景色を眺める。時間は夜8時、街を歩く人たちの姿はまばらで、夜の街灯が暗闇に光を照らす。対向車線を走るヘッドライトの流れ星、それは俺の居た世界とは何ら変わり映えのしない風景……ただ、そこを歩く人たちの姿は女性ばかりだ。その光景を見て、俺の心に火がついた音がした。




