ナタリア・ローゼンエスタ、白百合の誓い。
「ナタリア、貴女に今回のリーダーを託します」
今日はあくあ様がスターズに旅立つ日です。
私はあくあ様の正妻でもある親戚のカノンから、今回の旅に同行して欲しいと言われました。
つまり私は本国や撮影地に巣食う肉食獣から、あくあ様を護る騎士のお役目を受けたわけです。
我がローゼンエスタ公爵家は代々女騎士の家系で、いつだって最前線で戦ってきました。
『ナタリア、もし、私が女王になるような事があったら、貴女が私の筆頭騎士になってね』
幼き頃のカノンとの約束。白百合が咲き誇るあの花畑で女王と騎士の真似事をした記憶が蘇る。
あの時の約束はもう永遠に果たす事は出来なくなってしまいましたが、今こそ私達2人の白百合の誓いを果たしましょう。
カノン……貴女の大事な人はこの私が必ず守ってみせます。
「ローゼンエスタ公爵家次期当主筆頭、ナタリア・ローゼンエスタの名に於いて、この命に代えてもそのお役目を見事に果たしてみせましょう」
私の返した言葉にカノンは少しびっくりした顔を見せる。
ふふっ、どうやら貴女もあの時の誓いを覚えているようですね。
でも、あの時は子供のお遊びだったけど今は違います。
私も己の家名をかけてこの任務を全うしてみせましょう。
だから貴女はここで子供の事を1番に考えてゆっくりとしてなさい。
「ありがとうございます。ナタリア・ローゼンエスタ。白銀あくあの妻として、ただの白銀カノンとしてお礼を申し上げます」
優雅で華麗な所作と溢れ出る気品、やはり貴女ほどスターズの女王に相応しい人は居なかったと思います。
それでも貴女の親戚として、貴女がただのカノンになれた事を嬉しく思う。
カノンの中から溢れるその暖かさは、きっとこの国に来たからこそ得る事ができたものだ。
桐花琴乃、森川楓、そして雪白えみり……カノンの友人になれた彼女たちの事をたまに羨ましく思う事がある。
私と貴女は子供の頃からお互いの立場を弁えていたから、そういう関係にはなれなかったでしょうしね。
「ふふ、固いのはここまでにしておきましょうか。ナタリア、あんまり無茶はしないでね」
私とカノンは硬い表情を崩すとお互いに笑顔で抱き合った。
「わかったわ。でも、貴女の大事な人は必ず守ってみせるから」
カノンがスターズに帰国した時、私はローゼンエスタ家から渡航禁止命令と謹慎処分を出されていたから動く事ができなかった。でも、それはただの言い訳にしか過ぎません。
あの3人とあくあ様は困難な状況にも関わらず、スターズに渡航してカノンを救い出したのだから。
なるほど、やはり私ではどう足掻いてもカノン、貴女の騎士にも友人にもなれなかったのですね。
あの時のあくあ様のお姿は王子様のようでもいて、私の理想とする騎士そのものでもありました。
「ありがとう。ナタリア。それじゃあ同行するメンバーを紹介するわね」
「ええ」
カノンの入ってきて頂戴という言葉の後に、3人の見知った女性が入ってきた。
「もう知っていると思うけど、うちのメイドの風見りんちゃんと鯖兎みことちゃん、そしてあくあのSPである神狩りのんさんです」
「「「よろしくお願いします」」」
聖あくあ教の信徒として十二司教でもある3人の事は事前に聞かされていましたが、本当に白銀家のメイドやSPとして働いていたのですね。
私は何度か白銀家にお呼ばれしていたので、その距離感で挨拶を返す。
ペゴニアさんがカノンのために残るのはわかっていたから、観測手が選ばれる事は確定だろうと教団から聞かされていましたが、るーな先輩を含めた3人の中から誰が選ばれるのはわからないと聞いていました。
しかし結果はるーな先輩を除く十二司教全員が選ばれたわけです。ここまでは順調、いえ、計画通りという事でしょうか。さすがは聖あくあ教です。
「それともう1人いるんだけど……」
「わりぃ! 遅刻した!!」
大きな声に私とカノンが視線を向けると、ずぶ濡れになった雪白えみりさんが立っていた。
え? なんでそんなに濡れてるんですか? 雨なんて降ってませんよね? おまけによく見たら泥だらけだし、どうなってるんですか?
「出発前にシロと最後の散歩に行ってたら、土手側の川で溺れてる子がいてよ。それで飛び込んだらこのザマです」
「あ、うん。それはすごくいい事したね。でも、あんまり無茶したらダメだよ」
な、なんという行動力なのでしょう。
もう3月も半分を過ぎましたが、まだ川の水は冷たいし、人が溺れていたからといってそう簡単に飛び込めるものではありません。
えみりさんはペゴニアさんに濡れた上着を脱がされると、カノンは手に持ったハンカチで彼女の顔を拭く。
「ところでその子は大丈夫だったの?」
「ふっ……忘れたのかカノン、いやカエル姫のカノン、メアリーが誇る四大スイマー、ゴリラクロールの森川とマーメイドバタフライのえみり様を舐めてもらっちゃ困るぜ!」
「あー、そういえばそんな事を言われてたような気がする。それと私が平泳ぎ得意だからって、カエル姫のカノンって呼ぶのはやめてくれる!?」
そんな変な名前で呼ばれてたの!? 後、ゴリラクロールって何!?
どうやらこの国には私の知らない泳ぎ方があるようです。
それと残り1人は誰なのでしょう? え、ネットで調べたら普通に出てくる?
あ、本当だ……潜水魚雷の羽生って書いてあります。
「へっくしょい! さっぶ!」
えみりさんは身体が冷えたのか、ガクガクと震え出す。
「もー、ほら、風邪を引く前にお風呂に入ってきてくださいよ。まだ時間はありますから」
「す、すまねぇ」
「どうぞ、こちらです」
なんかこう、嵐のようだった。
あくあ様とはまた違う感じだけど、えみりさんは同じくらい騒々しいというか、なんというか……。
でも、そこで飛び込めるような人だから、私と違ってカノンを助けに行く事ができたんだろう。そんな気がします。
「というわけで彼女が最後の5人目です」
「な、なるほど……」
できれば5人全員が聖あくあ教ならば動きやすかったのですが、こればかりは仕方がない事です。
聖あくあ教の敬虔な信徒の1人として、何かがあった時はあくあ様の次に一般人のえみりさんを守るようにしないといけませんね。
私はカノンがえみりさんのいるお風呂場に向かった後に残った十二司教の3人に対してそう提案したら、何故かものすごく微妙そうな顔で、あー、うん、みたいな反応をされました。どうしてでしょう?
「それではみなさん、私達も空港に参りましょう」
どうやらあくあ様はベリルの本社にお顔を出しているらしく、後から空港の方へと向かう予定だそうです。なので私達はペゴニアさんの運転するバンに乗って、先に8人全員で空港の方に移動しました。
「ごめん。思ってたより道が渋滞してて少し遅れたわ」
「大丈夫大丈夫、私たちもさっき来たところだから」
それから少しして、あくあ様が天鳥社長、桐花マネ、そしてもう1人の女性を伴ってやってきました。
あくあ様は私の方を見ると、少しびっくりしたお顔をされる。
「あれ? ナタリアさん? どうしてここに?」
私が説明しようとするよりも早く、カノンが前に出る。
「ナタリアは私の親戚でスターズでは顔が利くし、語学が堪能だから里帰りを含めて同行してもらう事になったの」
「へー、そうなんだ」
さすがはスターズの叡智と言われたカノンだけはあります。うまい言い訳を考えましたね。
純粋で無垢なあくあ様に本当の事を言えるわけがありませんもの。
一部の界隈でカノンはポンなみだのと不名誉な名称を与えられていますが、彼女はちゃんとすればちゃんとできる人なんですよ!! それなのに、あの捗るとかいう不届きもののせいで本当に、もう! スターズなら不敬罪でギロチン首チョンパですよ。
「ナタリアさん、ありがとね」
「いえ、あくあ君は、那月元会長の事でも私の我儘を聞き入れてくださいましたから。これぐらいの事は当然の事です。むしろ、先輩の私の事をどんどん頼ってくださいね」
「そんな我儘だなんて、全然そんな事ないですよ。あの時は俺の方こそありがとうございます」
やはり、あくあ様は他の男性とは違います。
今でこそ多くの男性達も変わり始めていますが、それもあくあ様あってのこと。
あくあ様が道を切り開いてきたからこそ、この国は他国の人間である私から見ても良くなってきているのです。
だからあくあ様はこれから先もずっと前だけを見ていてくださいね。その前に転がる障害は私達、聖あくあ教が全てを蹴散らして見せますから。
「って、えみりさんも一緒に行くの? えっ、どうして……?」
「え、えーっと……」
えみりさんはすーっとカノンの隣に近づく。
「おい、カノン、私にもこうなんかうまい言い訳とかないのか?」
「ないです。あったとしてもえみり先輩はなんかこう変なミラクル起こりそうだし、自分でこう、なんかうまい具合に考えてください」
「ひでぇ、こいつ私の事を見捨てやがった!」
何を喋っているのでしょうか?
残念ながら私の居る場所からは聞こえません。
「え、えーっと、そのぉー、そうだ! え、演技の事とか、ほら、その、勉強したいなと思って、あははは……」
「そうだったんですね! そういうことなら一緒にいっぱい学びましょう!! あ……でも、ベリルの仕事とかは?」
「え、あ、うん、それは……」
えみりさんは桐花マネの方をチラチラと見る。
桐花マネはほんの少しだけため息を吐くと、ポケットからスケジュール帳を取り出す。
「一応予定は入ってないので大丈夫ですよ。そもそもこうなるのは聞いてましたから……ね」
「は、はいぃ! そうでしたぁ!!」
えみりさん、汗がダラダラと出ていますが、大丈夫ですか?
もしかしたら川に飛び込んだ事で風邪をひいたのかもしれません。これは少し心配ですね。
「あ、ちなみにシロは私よりしっかりした人に預けてきたから大丈夫です」
「えみりさん、いつもありがとね」
シロとはあくあ様が助けた猫の事ですね。
確かえみりさんが自宅で面倒を見ていたはずですが、誰に預けたのでしょうか。
一瞬だけ友人の森川アナの事かと思いましたが、しっかりしているという単語が事実であれば彼女ではないのが確定ですね。同様に小雛ゆかりさんの可能性も完全に消えました。この2人だと確実に猫さんが可哀想な事になります。となると可能性が高いのは、黒蝶揚羽さんのところでしょうか。うん、ありそうですね。
「それとりんちゃん、みことちゃん、りのんさんがそっちに同行するからよろしく」
「ああ、うん。わかった。でも3人も大丈夫?」
「うん。あくあが不在の間はリサちゃん達3人がお泊まりしに来てくれる事になったから。それにるーな先輩や、宮餅先生もいるしね。だから、あくあは安心して行ってきて」
「そっか、わかった」
あくあ様はカノンの事をギュッと抱きしめる。
ああああああああああああ! こんな特等席から甘い2人を見られるなんて最高です!!
ほら、ここにあるのは壁だけですから。もっとこう、イチャイチャしたりとかしていいんですよ?
「っと、俺からも1人紹介しておくよ」
あくあ様の後ろにいた目力の強いスレンダーな体型の美人な女性がゆっくりと前に出る。
確か彼女はデュエットオーディションの事前審査の時に居た……。
「カノンとえみりさんは知ってると思うけど、うちの人事部長をしている有栖川アビゲイルさんだ。今回は琴乃も阿古さんもしとりお姉ちゃんもついて来れないから、彼女が俺のマネージャー兼窓口として同行してくれる事になってる。だからみんなも仲良くしてくれると嬉しいな」
「みなさん初めまして……とは言っても、ナタリア・ローゼンエスタさんとはデュエットオーデション以来ですね。お久しぶりです」
「あの時はお世話になりました。今日からしばらくの間、よろしくお願いします」
私と握手を交わしたアビゲイルさんはニコリと微笑む。
「こちらこそ、ローゼンエスタ家の方が今回の旅に同行すると聞いて安心しました。ハーちゃん……ハーミー殿下に同行してもらう事も考えていましたが、彼女は今、ちょうど忙しい時期でして……。ローゼンエスタさんが協力してくれると聞いた時は本当に助かりました」
「いえ、そんな……」
いかにも仕事ができるって感じの女性から褒められると、なんというかこう、照れ臭くなってしまいます。
「ふふ、あ、それと私の事はどうぞアビーと呼んでください」
「わかりました。それでは私の事も気軽にナタリアとお呼びください」
アビーさんは、りのんさん達とも丁寧に挨拶を交わしていく。
カノンから、ベリル側が臨時のマネージャーとして誰を用意するのかちょっとわからないと聞いていましたが、アビーさんとならうまくやっていけそうな気がします。
「それじゃあ、あくあ君、頑張ってきてね」
「はい、阿古さん。行ってきます!!」
「みなさんも、あくあ君の事をよろしくお願いします」
「「「「「「はい!!」」」」」」
私達7人は空港に用意してもらった控室から出ると、藤蘭子会長が所有しているチャーター機へと向かう。
すると入口の前で見知った顔が待ち受けていました。
「ク、クレアさん?」
「クレア?」
「げげっ!?」
私とあくあ様、そしてえみりさんの声が重なる。
どうして彼女がここに……。しかもクレアの後ろにはスターズ正教が主教、シスター・キテラが控えていた。
「実は私達2人もスターズに用事があって一緒に乗せてもらう事になったんです」
「そっか、そういえばクレアさんって藤蘭子会長とすごく遠い親戚なんだっけ? 前に言ってたよね」
「はい、すごくすごくとてつもなく遠い親戚です」
へぇ、そうなんだ。クレアがあの藤蘭子会長と遠い親戚とは初耳です。
ですが問題はそちらではありません。
私は視線をクレアから隣に居たシスター・キテラの方に向ける。
彼女はカノンの後見人にもなっていましたが、立場的にはあのスターズ正教の主教です。
あくあ様がスターズに行くタイミングでスターズに戻るなんて、明らかに怪しいし、何かを企んでいるとしか思えません。ここはあくあ様の騎士である私が、シスター・キテラが味方なのか敵なのかが判明するまでちゃんと警戒しておかないといけませんね。
カノンに対して酷い事をしようとしたあのスターズ王家を、私はまだ完全に信頼したわけではありませんから。
「さぁ、ここではなんですから中に入りましょう」
「うん、そうだね」
私は再び視線をクレアに戻すと、彼女が手に持っていたアタッシュケースを見つめる。
うーん、あのアタッシュケース、どこかで見た事あるんですよね。なんかこう、円形状のものが入っていたような……。ダメですね。どこかで確実に見たはずなのですが、全くと言っていいほど思い出せません。
「ナタリアさんどうかした?」
隣の席に座ったあくあ様が私の様子を見て話しかけてくれました。
ああ、なんてお優しいんでしょう!
「い、いえ、スターズに帰るのは久しぶりだなと思って、ちょっと思いを馳せていました」
「そっか、それは楽しみだね」
「あ、はい」
私は笑顔で誤魔化した後、責任者として周囲をぐるりと確認する。
えみりさん、なんかさっきより顔色が悪くなっていませんか? やはり、川に飛び込んだ事で風邪を引いてしまったのではないでしょうか?
私が近づこうとしたら、隣に座ったクレアに、えみりさんは私が見てるから大丈夫と言われた。
へぇ、2人は知り合いなんですか。そういう事ならクレアに任せておけば大丈夫でしょう。彼女はしっかりしてますから。
『ご搭乗の皆様にご案内いたします。この飛行機は間もなく空港より離陸いたします。お手数ですがシートベルトをもう一度お確かめ下さい。また座席の背もたれ、テーブル、足置き、を元の位置にお戻し下さい。繰り返します……』
ここからスターズに到着するまで半日はかかる。
その間は特にトラブルもないでしょうし、しっかりと休ませてもらいましょう。
私はアイマスクをつけるとそのまま眠りに入った。
十数時間後、目的地に到着した私達はチャーター機から降りるために入り口に集合した。
「それでは、私達が先に出ますから、あくあ君はナタリアさんとえみりさんの2人を連れて降りてください。いいですね?」
「わかりました」
ふぅ、私は手鏡でもう一度自分の姿を確認する。
今日は軽めのシンプルな膝丈の白いコートに黒のニットとスカート、110デニールの黒タイツとショートブーツという装いです。モノトーンでシンプルな装いにしたのは胸元に取り付けた虫除けのアイテムを目立たせるためだ。
「それじゃあ2人とも行こうか」
「「はい!」」
私はあくあ様やえみりさんと共に飛行機に接続されたタラップの上に出る。
外で待機していた多くのカメラが一斉に私たちの方へと向いた。
『出てきたぞ!』
『あくあ様、こっちを向いてください!!』
『おい、あそこにいるのはローゼンエスタ家のご令嬢ではないか?』
『あ、あれは、雪白美洲様!?』
『バカ、あれはご親戚の雪白えみりさんだ!』
私はメディアの皆さんに向かって、胸元に目立つようにつけたカノンの瞳と同じ色のアクアマリンがあしらわれたブローチをアピールする。私の反対側では、えみりさんが胸元につけた皇の象徴でもある牡丹菊のブローチを輝かせていた。
これはあくあ様にはカノンがいるしバックには皇家がついているんだから、変なちょっかい出してくるなよというアピールです。
『何か一言お願いします!』
『映画の撮影だという噂は本当ですか!?』
『少しだけでいいのでお願いします』
『こっち向いてくださーい!』
タラップの下まで降りたところでアビーさんが近づいてくる。
「今から3社ほどインタビューを受けます。私の方でチョイスするのでお願いできますか?」
「わかりました」
「ナタリアさんとえみりさんはあくあ君の隣で笑っていてください。それだけで牽制になると思いますから」
「「はい」」
アビーさんの誘導に従ってメディアのいる場所へと近づく。
なるほど、そういう事ですか。どうやら最初からインタビューを受ける会社とは何らかの取引をしているようですね。
『SBCです。今回の渡航は映画の撮影だという噂がありますが、本当の事でしょうか? よろしければ渡航の目的についてお伺いできればと思います』
あくあ様は質問の内容についてアビーさんに聞き取りが間違ってないか確認する。
びっくりしました。もしかして、スターズのお言葉を勉強されたのですか?
『あー……友人のジョンがデザイナーをしているコロールのランウェイに出るよ。それ以外はちょっとまだ答えられないんだ。ごめんね』
うわぁ! 聞き取りだけじゃなくて、ちゃんとスターズの言葉でインタビューに答えています。
もしかして撮影があるから勉強したのでしょうか?
最初は少しつっかえていましたが、後半はすごくスムーズでした。
『他の質問なら答えられたんだけど……例えば機内でどう過ごしていたのかとかさ』
『空の旅はどうでしたか?』
『映画を見ていました、スターズウォーのね』
何というサービスでしょう……。
これには質問をしたメディアの人も顔を綻ばせていました。
周囲に居た他のメディアの人からも感嘆の声が漏れます。
『もし、スターズウォーに出るならやはり騎士ですか?』
『そうだね。やっぱりみんなブォンブォンしたいでしょ』
剣を回すそぶりを見せたあくあ様に対して、周りから歓声が沸く。
『すみません』
ここでアビーさんが少し前に出ると、次に行きましょうと言ってSBCからの質問を打ち切った。
流石にこれ以上はダメという事ですね。了解です。
『ムンド・エスパーニャです。どれくらいの期間をこちらで滞在するつもりなのでしょうか? 我が社のあるイベリア半島地方には来られますか? よろしければお聞かせ願えないでしょうか?』
むむ! これはちょっと癖のある言葉、いわゆる方言ですね。私でも聞き取るのが少し難しかったです。
流石にあくあ様も困った様子、ここは私が手助けをした方が良いかもしれません。
そう思っていたら、隣にいたえみりさんがあくあ様に耳元に顔を近づける。
「多分だけど、どれくらいの期間を滞在するか。イベリア半島の方には来るかって聞いてます」
「ありがとう。えみりさん」
ふぅ……さすがはカノンと並んでメアリーの二大才女と呼ばれるだけの事はあります。
そういえば、えみりさんもかなりのハイスペックでしたね。
『前回より長くいるつもりだよ。ただ、スターズにどれだけいるかは俺も少しわからないかな。実は他のところにも行くつもりなんだ。それとイベリア半島に行く予定にしてるから見かけたらよろしくね。バモ!』
おお! 最後の言葉には質問したメディアの人たちもびっくりしすぎて固まってしまいました。
しかも舌を出してウインクまでするところがお茶目なあくあ様らしいです。
『ありがとうございます! よろしければ立ち寄った際には、是非とも我が地方の伝統料理を食べていってください』
『もちろん! 本場のパエリアやトルティージャを食べてみたいと思っていたんだ。帰ったらカノン達に作ってあげたいしね』
『それはとても素敵な事だと思います! 貴重なお時間をありがとうございました』
『こちらこそ。グラシアス!』
はい、これでもうあの地方の人達は落ちましたね。
熱狂的な人が多いから、簡単でもああやって地方の現地言葉を喋られるとみんな喜んでくれます。
それにあっちの方の女性って、あくあ様みたいなノリのいい男性にはすごく弱いんですよね。
『パリ・オートクチュールです。ずばり今日のファッションのテーマは?』
『ジャパニーズ・パッション!』
あくあ様はそう言うとカメラにバッグを見せる。
どっからどうみても海苔をまいた三角のおにぎりにしか見えないけど、よく見ると有名なブランドの名前が小さく書かれていました。
『可愛い。それどうしたの?』
『実はファンの人からバレンタインにプレゼントされたんです。いいでしょ?』
へー、そうなんですね。
あくあ様は、小雛先輩も好きそうだから同じの買ってプレゼントしようかなーなんて呑気な顔でインタビューで言ってるけど、そこのブランドのバッグなら間違いなく20万近くしますよ。
『ところで今回の渡航ではコロールオムとの契約を延長するのではなく、コロールを管理する会社との包括的な契約を新たに結び直すのではと噂されていますが、その点はどうなのでしょうか? 前に発売した白銀あくあさんの香水の契約だけで90億円を超えているのではないかと言われていましたが、実際のところはどうなのかも教えていただければと思います』
いくつかの専門用語を交えて捲し立ててきたので、今度は私があくあさんの耳元で専門的なところを翻訳する。
あくあ様は一瞬だけアビーさんの方へと視線を向けると、小さく頷いた。
『君達も既に知っている事だけど俺はコロールオムと契約してるし、今年の3月31日まではコロールの専属モデルなんだ。だから契約の事については俺にも守秘義務があって答えられないんだよ。ごめんね。いずれベリルのプレスリリースでも発表する予定だから、その時を待っていてくれたら嬉しいかな』
あくあ様は困った顔で申し訳なさそうにそう答えると、表情を緩めて笑顔を見せる。
『ただ、これからも俺とジョンの友情は続いていくし、ビジネス、いや、同じパッションを持ったパートナーとしても一緒に仕事をやっていくつもりだ。俺から言えるのはこれくらいかな』
『それを聞いてジョン氏と白銀あくあさんの1人のファンとしてもとても安心しました。難しい質問に対しても真摯に答えてくれた事を感謝します。アリガトウゴザイマシタ』
『こちらこそ、メルシー! それと最後の日本語、とっても上手だったよ』
あくあ様はメディアの人と握手をするとその場から離れる。
アビーさんがこれで終わりですと小さな声で囁くと、滑走路内に止まっている車へと案内する。
「アビーさん、まだ時間ある?」
「あるにはありますが……10分だけですよ」
「OK!」
車の前で立ち止まったあくあ様は後ろに振り返ると、集まったメディアの人に笑顔を見せる。
『あー……他に何か聞きたい人はいますか? あまり時間がないのですが、2社だけ質問に答えたいと思いますので、挙手をお願いします。あっ、それとできればだけど、一社5分以内だとありがたいかな』
多くの記者達が手をあげて会社の名前や自分の名前を告げる。
おそらくここの中に入ってこれた時点である程度は選定されてはいると思いますが、答えづらい質問や踏み込んだ質問をしてくるような方にあたらない事を祈ります。
『それでは、そこの赤いコートを着た方、どうぞこちらへ』
あくあ様に指名された記者は撮影班を呼んで慌てて近くに駆け寄る。
予定外の出来事だけにそうなるのも仕方がありません。
『デイリースターズです。今回、ナタリア・ローゼンエスタさんと、雪白えみりさんを連れての渡航ですが、お二人とはどういうご関係なのでしょうか?』
デイリースターズか……。ここはゴシップ記事が多いんだよね。
あくあ様は左右に首を振ると私とえみりさんに優しく微笑んだ。
『ナタリアさんは同じ学校の先輩でカノンの親戚でもあります。今回は大事をとって不参加だったカノンの代わりに、スターズの事を色々と教えてもらうつもりで同行をお願いしました。この場を借りて、ナタリア先輩には改めてお礼を申し上げさせていただきたいです。ありがとうナタリア先輩。そして雪白えみりさんは、カノンが前に通っていたメアリーの先輩で俺とも少し離れた親戚になります。また、同じベリルに所属する仲間でもあり、今回は演技の勉強のために同行しました』
あくあ様はカメラに向かって少し照れた表情を見せる。
『そういうわけで同じ会社の先輩としては俺の方がえみりさんを助けないといけないのに、さっきは俺の方がえみりさんに助けられてしまいました。いやー、わかったふりをして恥をかかないで助かったです。えみりさん、ありがとう』
あくあ様のお茶目な回答にメディアの人達も笑い声を上げる。
ふふっ、黙っていたらバレなかったのに、そこも笑いに変えてしまうところがあくあ様らしいです。
『ありがとうございました。あ、できれば最後にどこか行きたいところとかもあったら、言ってくれたら嬉しいです』
『あの伝説の天我像は時間があったら見に行きたいです。こちらこそ、ありがとうございました』
あー、あのポイズンチャリスの……。
私の隣にいたアビーさんは手に持ったタブレットでスケジュールを確認する。
ふふっ、ちゃんと行ける時間があるかどうか確認してあげてるんですね。やっぱりベリルの人は優しいな。
『それでは、そこのキャメルのコートを着たご婦人、こちらにどうぞ』
『はい』
次に選ばれた人がこちらへと近づいてくる。
『ザ・セイントです。ずばり聖……雪白えみりさんとご結婚の予定はございますか!?』
うわー、なんかすごくグイグイくる人が来ました。
大丈夫かなあ。
『えみりさんと? い、いや、それは今のところないですね』
『そ、そうですか? でも、この機会に親密になったりする予定があったりとか!?』
ちょ、もう完全に手に持ったマイクであくあ様のほっぺたぐいぐい押してるじゃないですか!
完全にアウト寄りのアウトです。もー、この品のないメディアはどこの国ですか!?
え? スターズ本国の? 勘弁してよもう!
『そうですね。じゃあ、逆に質問なんだけど、どうしたらえみりさんと親密になれると思いますか? 実は俺も、あわよくば空いてる時間にデートしてみたいなって思ってるんですけど、えみりさんはガードが硬いんですよね』
「は? どこが? えみりさんなんてぺらぺらのやわやわなんですが……?」
ん? クレアさん、今、何かを言いましたか?
あと手に持ったアタッシュケースをパカパカするのやめた方がいいですよ。中に何が入ってるか知りませんが、中身が地面に落ちてどうにかなっても知りませんからね。
『もう普通に押し倒し……んぐっ!?』
あっ、警備員に両腕をガシッと掴まれて引きずられていきました。
流石にあれは仕方ありません。
『それでは以上で質問の方を終わらせていただきたいと思います』
これ以上は危険だと判断したのか、アビーさんは私達に対して車に乗るように促した。
私はあくあ様やえみりさんと一緒に手を振って用意された車に乗り込む。
「ナタリアさん、えみりさん、ありがとね」
「いえ、私は何もしていませんから」
「うんうん……」
あれ? えみりさんまたお顔が青ざめていますけど大丈夫ですか?
「それではこのまま私達は宿泊するホテルへと向かいます。ホテルの周辺には、また多くのメディアが詰めかけていると思いますので、そのつもりでいてください」
「「「はい!」」」
アビーさんの言葉に私は緩んだ気持ちを締め直す。
こうして私達の3週間近くに及ぶ短くはない旅路が幕を開けました。
◇◇◇◇◇
一方その頃……。
「はあ!? せっかくこの私から尋ねて来てやったのに、なんでいないのよ! で、いつ帰ってくるの? 明日? 明後日? は、3週間近くいないって!? その間、誰が私の面倒を見るのよ。ふざけんな!!」
などと地団駄を踏んで火を吐く大怪獣ゆかりごんが居たとか、いないとか。
「死んだ。こーれ、私、死にました」
また、雪白えみりも居ないと知って、生活能力が皆無の天鳥阿古と小雛ゆかり2人の面倒をみないといけない事が確定し絶望した某トップアイドルが居たとか、いないとか……。
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