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白銀あくあ、デビュー曲選考会。

「オメェさんのちゃんとしたデビュー曲だが、この3曲のどれかにしようと思ってる」


 スタジオの中に入ると、モジャさんがテーブルの上に、三つのメモリーカードを置く。

 おそらくこの中に、それぞれの曲のデータが入っているのだろう。

 それぞれに、デモA、デモB、デモCと書かれてあった。


「今日はこの3つの曲を聴いて、オメェたち2人の意見も聞かせてもらいてぇと思ってる。もちろん曲についての前情報はなしだ。作曲者がわからないフラットな状態で聴いて、どれが良かったか、どういう部分に惹かれたか、忌憚のねぇ意見を聞かせて欲しい」


 モジャさんは機械を操作して、一つ目の曲であるデモAの再生を始める。

 ポップなイントロからスタートしたA曲は、一言で言うといかにもアイドルらしい曲だった。

 歌いやすくもあり、それでいてノリもいい、曲自体の完成度が高く文句のつけようが無いほどの出来である。

 その一方で、この曲は別に俺が歌っても歌わなくても、誰が歌っても良いような気がした。


「良い曲だと思います。でも、この曲ではあくあ君の魅力を伝えるというよりも、単純にアイドルって箱の中にあくあ君を押し込んだだけというか……そんな印象を受けました」


 阿古さんは、はっきりとモジャさんの方を見て自分の意見を述べる。

 俺も阿古さんと同意見である。この曲は別に俺が歌わなければいけないというわけではない気がした。


「俺も……この曲は素晴らしいし、良い出来だと思いますが、別にこれは俺じゃなくてもって思いました」


 俺の意見に対して、2人も無言で頷く。


「そういうわけだ。こいつは有名な作曲家に作らせた曲だが、やっぱりボツだな。俺の中でもこれは、白銀あくあの曲にしては無難すぎると思ってる。何曲かやった後なら悪くないかもしれないが、白銀あくあ初のオリジナル曲に持ってくるにはあまりにもつまらねぇ」


 モジャさんはそう言うと、次のB曲の再生ボタンを押す。

 2曲目は1曲目と違ってアップテンポの曲だった。はっきり言って普通にかっこいい。

 でも……なんというか、すごく厨二病的な感じがする。ギターサウンドの癖も強いし、尖りすぎていてあんまりアイドルっぽくはない感じの曲だ。


「うーん、良いとは思うんですけど、あまりアイドルっぽくはない気がします」


 曲を聴いた阿古さんも俺と同意見だった。

 確かにこの曲はアイドルっぽくはない。俺の最初の印象もそうだった。

 けど、アイドル以外の枠組みとして考えた場合、この曲は悪くないのではないだろうか?

 少なくともこの曲は、俺の声質やら歌い方やらを考えて作られた曲であるのはすぐにわかった。

 この曲に問題があるとしたら一点。作曲家の人が、あくまでも白銀あくあの声に合わせて楽曲を用意したのであって、アイドル白銀あくあである事をミリも考慮に入れてない事だろう。


「でも、この曲はあくあ君の声質にはぴったりだと思うんですよね。この作曲家の人、あくあ君の声を理解した上で、アイドル白銀あくあとかそういうの関係なく、あくまでも自分の歌わせたい曲を作ったって感じがします」


 やはり阿古さんも俺と同意見だった。

 阿古さんの意見を聴いたモジャさんは、頭をポリポリと掻きながら大きなため息を吐く。


「はぁ……やっぱ、そうだよなぁ。こいつも相当な変わりもんでよぉ……いい化学変化になると思ったんだが、やっぱり流石にアイドルとしての曲には向いてねぇよなぁ。いくらなんでも尖りすぎだ」


 モジャさんが曲をボツだと言おうとした瞬間、俺はスッと手を上げる。

 おそらくここで俺が止めなければ、この曲は間違いなくボツになってしまうだろう。

 でも俺は、この曲をボツにするにはもったいない気がした。


「ちょっと待ってください」


 モジャさんと阿古さんが俺の方へと視線を向ける。


「……この曲なら、例の特撮ドラマのOP曲に使えるんじゃないですか?」


 俺は阿古さんへと視線を返す。


「特撮ドラマ?」


 モジャさんは俺の言葉を聞いて首を傾けた。


「はい、日曜朝の次の特撮ドラマ、主役を引き受ける代わりにOP曲も歌っていいそうなんで、この曲は合うんじゃないかなって思いました」


 俺は移動の最中、車の中で渡された新作ドライバーの資料と、最初の方の脚本を読み込んでいた。

 新作ドライバーの世界観やストーリーは、やはり記念作品だけあって気合が入っているのか、子供向けとは思えないほどの重厚感で紡ぎ出されている。

 だから俺は、あの作品にはこういう尖った曲の方が、すごくあっているんじゃないかと思った。

 アップテンポなのもドライバーのOPに合っていると思う。


「なるほど……悪くないかもしれません」


 阿古さんは一瞬思案するも、モジャさんの方へと視線を向ける。


「小林さん。この曲、当初の目的で使用するわけじゃないですけど、キープできますか?」

「いいぞ。アイツは、そういうのには拘らない奴だから問題ねぇよ。ただ、よかったら、作品の資料とか脚本、見せられるところまで見せてはくれねぇか? 基本はこれだが、曲の完成度を上げて細部を詰める必要がある」

「わかりました。後で、監督にお話をお受けする方でお返事するので、その時に脚本を見せていいか問い合わせてからお渡ししますね」

「すまねぇ、手間をかける」


 頼りになる大人たち二人の間で話が進んでいく。

 俺は意見を言って良かったとホッと胸を撫で下ろす。


「白銀、一度作曲家と会ってもらってから合わせる事になると思うが大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


 モジャさんは阿古さんとスケジュールを確認して、作曲家の人とは、近いうちに会うという事で話が纏まった。


「それじゃあ、デモAはボツ、デモBは特撮ドラマのOP曲として採用って方向で進めておく。そして残るはデモCだ。こいつが問題でよぉ……まぁ、まずは聞いてみてくれ」


 デモCの曲がスタジオの中に流れたその瞬間に、俺はこの曲だと確信に至った。

 美しいメロディラインのイントロ、それでいて心の深い所に刺さるような悲しみ。

 明るい曲調でポップな印象を受けるが、その反面で不安定な心情や強い慟哭が感じられた。

 まさにこれからスタートするアイドル白銀あくあのデビュー曲にこれ以上の曲はない。

 それにこの曲なら、資料に書かれていた月9のドラマの内容にも合うと思う。

 俺は阿古さんと顔を見合わせる。すると阿古さんも俺の顔を見つめ返して頷いた。


「私はこの曲が良いと思います」

「俺もこの曲が歌ってみたいです」


 俺たちの意見はやはりここでも一致した。


「俺もな、この曲が一番だと思うよ。ただな……」


 モジャさんは腕を組むと自慢の顎髭をさする。


「実はこの曲を作ったのは、ただの素人でよぉ。どう扱って良いのか俺も悩んでるんだ」

「なるほど……一体どういう経緯でそうなったんですか?」


 阿古さんは訝しむ。


「いやな……あまりに良い曲がなくってよ。ネットサーフィンしてたら、たまたま面白そうな動画を見つけちまってな。そいつはネットでオリジナル曲を作って上げてたんだが、こいつならワンチャン、白銀にぴったりの曲が書けるんじゃねぇかって、試しに書かしてみたんだよ。そしたら出来上がったのがこれだ」


 モジャさんは俺たちの方へと視線を向けると目を細めた。


「素人を起用するに当たって問題となるのは信頼性だ。今回みたいにテレビ番組が絡んでくる話になると、ちゃんと仕事をやり遂げることができるのかがとても重要になってくる。その点、どこかの会社に所属している作曲家とか、実績がある作曲家であればそれが信頼度になるが、この作曲家は個人で何か大きな仕事をした実績はない。それに加えて、こいつは白銀と年も近ぇ、それくらい若い奴が作った曲だ」


 俺は作曲家の年齢を聞いてびっくりした。

 こんなすごい曲を、俺と近い年齢の人が作っている。一体どんな人が作っているのだろうか?

 俺はこの曲を作曲した人物がどんな人物なのか、とても興味を惹かれた。


「この紙に作曲家の名前が書かれてる。見ろ……白銀、テメェもよく知ってる人物だ」


 俺のよく知っている人 ? 俺に作曲家の知り合いはいないはずだ。

 それとも誰か、俺の知らないところで作曲をしている人物がいるのだろうか?

 俺は、モジャさんから差し出された用紙を覗き込む。

 そして、そこに書かれた作曲者名を見て俺は固まってしまった。


 大海たま。


 とあ……ちゃん……?

 あまりにも衝撃的だった。

 確かにとあちゃんは、あの後も配信したり動画を上げたりして個人勢のVtuberとして活動を続けている。

 その活動の中で有名曲をカバーして歌ったり、オリジナルの曲を作ってあげている事も俺は知っていた。

 でも……でも……この曲は、明らかに俺の知っているとあちゃんのオリジナル曲とは雰囲気が違う。


「驚いただろ? まさか、そうくるのかと俺でさえ度肝を抜かれたくらいだ。たまにいるんだよ。そういう想像の斜め上どころか、予想もつかない着地点を見出してくるような傑作を作っちまうような奴がな。それに……その曲は、間違いなくアイドル白銀あくあを理解してデザインされた曲だ。あわねぇはずがねぇ」


 とあちゃんがネットに出してる歌は、基本的に可愛い感じのキュートな曲が多い。

 だから、大海たまを知っていれば知っている人ほど、この曲とたまちゃんが繋がっているなんて想像すらできないだろう。

 だから俺は面白いと思った。とあちゃんと一緒に仕事が出来ることも嬉しかったが、それ以上にこの曲と作曲家であるとあちゃんを、世に出せるお手伝いができるのだと思うと心がワクワクする。


「大海たま個人との取引が難しいっていうのなら、うちの事務所が引き取ってもいい。それも本人からは了承済みだ。ただ、できるなら、そっちの事務所に所属させてやって欲しい」

「私の方としてはそれで問題ありません。一応形的にも事務所に入っていれば信頼に繋がりますし……あくあ君はそれでも大丈夫ですか?」


 阿古さんは俺の方へと視線を向ける。


「この事務所は元々、アイドル白銀あくあの個人事務所として設立した事務所です。大海たまさんを入れるかどうか判断は白銀様にお任せいたしますが、どうしましょう?」

「俺はかまいません。むしろ阿古さんこそ、一人で大丈夫ですか?」


 ただでさえ阿古さんは俺一人の仕事で手一杯なのに、これ以上仕事を増やしても大丈夫なのかと心配になった。


「私は大丈夫。ありがとう、気を遣ってくれて。あくあ君が問題ないのでしたら、その方向で話を進めたいと思います」


 阿古さんは両手を体の前に出すと、軽くファイティングポーズをして見せる。


「事務所の問題はそれで良いとして、問題はそれだけじゃねぇ。この曲を使うに当たって、向こうから条件が二つあるそうだ。一つは作曲家として活動する場合、大海たまじゃなくて本名の猫山とあで活動してぇらしい。これも問題ねぇと思う」


 阿古さんも俺も頷く。

 とあちゃんは作曲家としてのお仕事と、Vtuberのお仕事を切り離して活動したいのだろう。


「重要なのはもう一つの方、この歌につける歌詞だ。本人は歌詞が満足できないと、世に出したくないとさえ言っている」


 モジャさんは、いくつかの紙を取り出すと俺の眼の前に並べた。

 隣にいた阿古さんは、用紙に書かれた作詞家の名前を見て、すごい、有名な人ばっかりと呟く。


「俺の知ってる作詞家、それも厳選した10人に依頼したこの歌の歌詞だ。残念なことにどれも跳ねられちまったがな」


 俺と阿古さんは顔を見合わせる。


「まぁ、猫山が跳ねなくても、俺もこれじゃあダメだと思ったがな。一つは自分の願望を垂れ流し、もう一つは型にはめるだけ。これなんか無難に仕事をしてるだけだ」


 モジャさんは、どこがどうダメだったかを指摘していく。

 俺も実際に心の中で、さっきのメロディーラインに渡された歌詞を載せていくがどれもしっくりとはこなかった。

 難しい問題に、みんなが頭を悩ませる。

 そして次の瞬間、モジャさんは俺に向かってとんでもない提案をしてきた。


「そこでだ……白銀、どうだ? お前、いっその事、自分で作詞やってみねぇか?」


 俺はモジャさんからの突然の提案に、固まってしまった。

 有名な作詞家の先生たちでもダメだったのに、素人の俺の作詞でいいのか?

 いや……この曲を世に出す事ができるなら、そのためにできる努力は全部やってしかるべきだ。

 俺は自らの心を叩くように、自身を何度も鼓舞する。


「わかりました。モジャさん……俺、やってみます!」


 そうだ、今ならなんだってできる。

 俺は自信満々で作詞した。

 自分でも完璧だと思う出来の作詞を書き上げ、それをモジャさんに提出する。

 後のモジャさん曰く、この時の俺はかなりのドヤ顔だったらしい。


「うん、やっぱダメだな。もしかしたらと思ったが、俺の思い違いだったわ」


 モジャさんは、俺の作った作詞をあっさりと切って捨てた。

 その場で項垂れた俺を阿古さんが慰めてくれたが、それが余計に羞恥心となって返ってくる。

 あああああ……できることなら数分前の自分に戻りたい。せめてドヤ顔なんてしなければと後悔する。

 こうして俺のデビュー曲の完成は、完全に暗礁へと乗り上げてしまった。

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