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雪白えみり、持つべきものは友人。

 送信:あくあ様

 宛先:雪白えみり

 件名:ところで……。

 本文:デートいつ行きますか?


 シスター服を着た私は現実から目を背ける様に携帯から視線を外すと、絶望した表情で天を仰いだ。


「はは、あくあ様とのデートに行く服がねぇ……」


 くっそー、調子に乗ってオークションでロ・シュツ・マーのコートなんて買うんじゃなかった。

 カノンや楓パイセンと姐さんの4人でドライバーごっこをして遊んだりしたのは最高に楽しかったけど、それを買うくらいなら他にもっと買うべきものがあった気がする。

 流石にメアリー婆ちゃんや竹子さんとかベリルから給料前借りするわけにはいかないし、ママもパパもこっちに戻ってくる準備のためにステイツに行って今は日本にいないしなぁ。


「くっそー! なんで女ってこんなに金がかかるんだよ!!」


 私はカノンから貰ったファッション誌の先月号をパラパラと巡る。

 エステにメイクに美容院に日々のケアにジムやヨガに勝負下着に服にバッグに小物……うがーっ! こんなの金がいくらあっても足りねぇだろ!!


「よし一旦状況を整理しよう」


 とりあえず勝負下着はある。

 あるけど、あくあ様は自身がプロデュースしている下着はきっとカノンやペゴニアさん、姐さんや楓パイセン、白龍先生や結さんで見慣れてるはずだ。

 となると、やはりここは新しい勝負下着を準備する必要がある。

 さっきワンチャンなんかないかと思って自分の箪笥をチェックしたけど、普通にクタクタになったヨレヨレの限界下着しかなかった。はは、自分で言うのもなんだけど女として終わってる。


「うーん」


 私は自分の体が映った鏡と睨めっこする。

 なんだろう。なんかほんの少しだけだらしない気がするのは私の気のせいか?

 ジムに行ってる姐さんは色々とでかいけど結構引き締まってるし、ああ見えて楓パイセンはスレンダーで良い身体をしている。カノンなんか女の私がみてもすごく綺麗だ。いや、カノンは流石に別格すぎるか。

 カノンが主催する白銀あくあを囲む会。私達やアヤナちゃん、小雛先輩などを含む白銀家に招待される女性だけで構成される私設応援団があるが、そこでもカノンの身体が一番綺麗、女がなりたい理想の身体をしてるって話になった事がある。

 ちなみに私はそこで2位だったが、理由は女から見てもすごくえっ!? な身体をしているからだった。解せぬ!!


「にゃーん」

「おっと、すまねぇ。水が切れてたわ。ほら、飲め」


 私は頭をグリグリさせてきたシロに猫用に販売している謎の水をやる。

 ちなみにこいつの餌代は全部あくあ様持ちだ。毎月20万くらいもらってるから、元野良のこいつの生活は私より優雅である。

 そんなこいつの隣で私はコップに入れた水道水で喉を潤す。


「ぷはぁ! 東京の水道水は死ぬほどうめぇな!」


 うん、とりあえず、ヨガとジムは行く金がないから、移動とかを自転車から徒歩とかランニングに変えよう。

 基礎化粧品は謎の草を使った化粧水でどうにかなるとしても、メイク用品は流石に自分でどうにかするしかないか……。でも私、そういうの買った事がないんだよな。


「化粧品? え? えみり先輩って化粧品持ってなかったんですか?」

「ウン……」

「嘘だろお前、ゴリ川と呼ばれている私ですら化粧品くらい持ってるぞ」

「ウン……」

「えみりさんも大学生なんだからリップとファンデーションくらいは持っておいた方がいいと思いますよ」

「ウン……」


 というわけでいつもの奴らに相談してみた。

 するとみんなに呆れた顔をされたのは私の気のせいだろうか?

 心なしか女ならロ・シュツ・マーのコートを買うより先に、もっと大事なものがあるだろうと言われているような気がして胸が痛くなる。


「それなら買ったけど使ってないやつあげるよ。綺麗めのなら多分えみり先輩にも合うだろうし」

「ありがてぇ、ありげてぇ!」


 なんかよくわからない横文字のお高そうな化粧品をカノンから恵んでもらう。

 クンクン、クンクン、ふぁー、なんかすげぇ高貴な匂いがするぜ。

 高い化粧品って匂いからして違うんだな。ラーメンの油をリップクリームにしてる私とは雲泥の差だよ。


「じゃあ私もおっちょこちょいで間違って買った奴が結構あるからそれあげる。私だって腐っても国営放送のアナウンサーだからね。多分、化粧品の方向性は3人の中じゃ一番えみりに近いと思う」

「すまねぇ。楓パイセン」


 おー、ニュース番組を意識してか大人しめの落ち着いた色とか、綺麗目を意識したアイテムが多い。

 確かにちょっと大人なデートをするならこれが一番合いそうな気がする。なんというか近所とか親戚とか、それこそ家庭教師とか身近にいるえっ……な綺麗なお姉さんが使ってそうなイメージの化粧品ばかりだ。


「私も可愛くて買ったはいいけど、自分の年齢を思い出して使わなかったものをあげます。はは……自分で言ってて少し悲しくなってきました。しかし、私は使えなくてもえみりさんの年齢なら合うかもしれません。供養だと思って、使ってあげてください」

「姐さん……ほんと、ありがとうございます!」


 姐さんって実は一番乙女だよな。ジャケット買いというか、明らかに容器買いをした化粧品ばかりだ。

 めちゃくちゃラインナップが可愛い。しかしこれ、どちらかというと私よりカノンの方が喜びそうな気がする。

 ちらっとカノンの方へと視線を向けると、私の隣で目をキラキラさせていた。お前、本当は高いのよりこういうのが絶対に好きだよな。


「でも、えみりって実際、化粧品を使うにしてもあんまり使うところないよな。すっぴんでも肌綺麗だし、唇もぷるんとしてるし、それに目鼻立ちがはっきりとしてるから、下手にいじったら逆にマイナスになりそう」

「うーん、服装とか行く場所によってちょっと方向性を変えるくらいならいいんじゃない。ほら、えみり先輩って美人だし、こんなふうに少しだけリップの色を変えて可愛く寄せるのもアリじゃない?」

「アリですアリです。それならコンシーラーも入れてこうするとか」

「さすが姐さん。それいい感じ!」

「カノン、リップの塗り方うま、私大雑把だから結構はみ出るんだよな」


 おー。確かにいつもと比べると綺麗っていうより可愛いって感じがする。

 カノンも姐さんもすげぇな。これが女子ってやつか。楓パイセンは逆に私と同じレート帯で安心した。

 ちょっと変えただけでもだいぶ印象が変わってくる。


「で、大人っぽくするならこんな感じ」

「そうですね。大人デートならほんの少しだけラメ入れてもいいかも」

「あー、それ私もよくやるわ。そして出しすぎてギラギラしすぎてやり直すっていう」


 ふむふむ、なるほどな。私は2人がしてくれた手順を完璧に覚える。

 あと、楓パイセンが化粧品のサイクルが早いって理由がよくわかった。


「3人ともすまねぇ。本当に助かったわ」


 これで化粧はどうにかなった。

 あとはやっぱり自力でどうにかするしかねぇ。


「よしっ、行くか、あそこに!!」


 というわけで私は例の日雇いバイトの斡旋所がある例の地区にやってきた。


「リラックス効果のある新しい草入ってますよ! 聖あくあ教の純正横流し品だよ!! 純度100%、体に無害、みんなでスーパーハッピーになろう!!」

「あっ、そこの綺麗なお姉さん! アクトア、トアクアの純正品、ちゃんとどっちも在庫ありますよ。ぐへへ……お家で気兼ねなくジャラジャラ、ガラガラできますよ」

「へっへっへっ、奥さん、ベリルのグッズ興味ない? この細道の奥で闇オークションやってます。もちろんちゃんと公式の商品ばかりですよ。今日はもう絶版になった去年の夏コミの時の激レア品入ってます」


 相変わらずここはスラムみたいな世紀末なヒャッハー的な雰囲気がぷんぷんしてやがるぜ。

 ただ、草の横流しと言っているが、普通に販売してる奴は聖あくあ教だし、なんなら草も普通に売ってるような無害なものだ。

 アクトアとトアクアの純正品もちゃんとした薬剤師が売ってる無害な薬だし、売ってる奴の1人を見たら厚生労働省のIDをぶら下げている。そして闇オークションなんて言ってるけど、落札金額は基本的にMAX定価で、それ以上が落札金額に設定されている場合は炊き出しとか養護施設の寄付とかに当てられてるらしい。

 うん、よく考えたら世紀末でもスラムでもヒャッハーでもなかったわ。

 でも、周りを見るとサイバーパンクみたいなコスプレしてるお姉さんとかファンキーな感じのお姉さんとか傭兵みたいな格好をしているお姉さんが多い。みんな、ロールプレイを楽しんでるなあとほっこりした気持ちになった。


「お邪魔しまーす」

「おっ、えみりちゃんやんか。ほら、飴ちゃんあるで!」

「さっきおばちゃんが焼いた餅食うか?」

「ほら、そっち寒いからこたつ入り!」


 あったけぇ。世間があったけぇよ!!

 私はおこたに入って餅を食いながら斡旋所のおばちゃんに日雇いの仕事を相談する。


「それなら良い仕事があるよ!」


 私は餅を食いながらおばちゃんから手渡された用紙に視線を落とす。


【超短期・超簡単の誰でもできる仕事で即日高収入! 素人さん大歓迎! 面接なし、書類審査なし、身分証明書なしの面倒な手続き全部なし! なんなら偽名でも可、お電話もしくはメール一本、その日から採用すぐできます!!】


 すげぇのきたな。さすがおばちゃんだ。

 持ってくる仕事の次元がちげぇや。普通のなんとかワークで扱ってるレート帯じゃねぇぞ。

 私はベリルの甲斐さんに連絡して、そこでバイトをして良いかどうか聞く。


「あっ、雪白さん? 良いっすよ。そこの会社なら安心っす!」


 さすがおばちゃんのところだぜ。怪しげな雰囲気のバイトしかないけど、まともなバイト先しか扱ってないだけの事はある。

 というわけで、私はおばちゃんに感謝するとその仕事を斡旋してもらった。


「ここか」


 銀座に到着した私は、ビビりながら雑居ビルの中にある店舗の中に足を踏み入れる。

 お店の名前はクラブアルゴス。なるほど、ここが銀座のクラブって奴ですか。

 ちょっぴり不安だが、こっちにはもう時間がない。やるっきゃないと気合いを入れた。


「あ、雪白さんね。話は聞いてるよ。こっちきて」

「は、はい」


 私は担当者のママさんに挨拶すると控え室に案内された。


「あら、綺麗な子ね」

「店長この子、日雇い? もったいなくない?」

「あっ、どっかで見た事あると思ったら小ネタ王の雪白さんじゃん!」

「は? あの雪白美洲の親戚? そんなのもう勝ち確じゃん」

「えっ、えみり様!? メアリーの聖女、えみり様がなぜこんなところに!?」

「……急いでワーカー・ホリックに連絡しなきゃ」


 うわあ! 綺麗なお姉さん達に囲まれた。

 ぐへへ、なんかみんなすげぇ良い匂いがするぜ。じゅるり……。じゃなくって、今は仕事に集中しないとな。


「ほら、こっちおいで、綺麗にしてあげるから」

「たくさんお金稼ぎたいんでしょ? だったらお姉さん達に任せて」


 私は用意してくれたドレスに着替えると、専用のスタッフさん達にメイクとヘアメイクをしてもらった。

 最初はビクビクしてたけど、優しい人ばかりで良かったなと思う。さすがはおばちゃんの紹介だ。


「本物の女神様きちゃった」

「私がナンバーワンだけど、今日からあんたがこの店のエースよ!」

「え? この子、ベリル? ほげ〜」

「完全に全盛期の雪白美洲です。ありがとうございました」

「はわわわわ、えみり様、綺麗……」

「ワーカー・ホリック!」


 おー、すごいな。

 自分で言うのもなんだけど、確かにわけぇ時のおばちゃんにそっくりかも。

 せっかくだし、写真撮ってカノンに送っといてやろ。


「とりあえず困ったら適当に笑顔で相槌うってるだけでも良いから」

「は、はい!」


 私はおしぼり係としてフロアに出る。

 源氏名はゆきちゃんか。わかりやすくて助かるぜ。


「ちょ、ゆかちゃん、この子、めちゃくちゃ綺麗じゃん!」

「そうでしょ。今日限定なんだけどね。あっ、でもダメ。ハルちゃん、他の子に浮気しないでね」


 うっひょ〜。女の子同士でそんなに身体を密着させて良いんですか!?

 なんかもう今にもエロい事が始まりそうな雰囲気がある。


「もちろんだよ! ゆかちゃんは、いつだって私の中じゃ一番なんだから!!」

「もー! ハルちゃん、あ・り・が・と」


 ゆかさんは甘えた様にお客さんの身体にしなだれる。

 さすがはゆかさんだ。巧みなキャラコンでうまくお客さんを躾けている。


「ゆきちゃん、ライカちゃんとサツキちゃんのテーブルに飲み物持って行ってくれる?」

「はい。ノンアルコールカクテルの風林ボルケーノとおつまみの舟盛りですね」

「ゆきちゃんついでにあっちのテーブルにいるメルちゃんとサクちゃんのテーブルに、紫蘇の葉の高級焼酎、四・五・六の水割りもお願い。あっ、ついでに一・二・三のお茶割りもヒロちゃんのところに持って行ってくれる?」

「あっ、谷さんわかりました。ナオさん、代わりにおしぼりお願いできますか?」


 ふぃ〜! さすがは銀座の老舗で人気のクラブだけあってお客さんが多いな。

 あっ、また新しいお客さんだ。おしぼり持って行かなきゃ。


「ゆきちゃん、おしぼりはいいから、あっちにあるVIPルームのテーブルに入ってくれる?」

「えっ?」

「うちの常連さんでちょっと断りづらくてね。少しで良いから良いかしら?」

「わ、わかりました。そういう事なら頑張ります!」


 平常心平常心、私は気持ちを切り替えるとママさんに案内されてVIPルームの中へと向かう。


「来ちゃった!」

「ほへ!?」


 メアリー様を中心に、ニコニコ顔の藤蘭子会長と森長めぐみ社長。それと死にそうな顔をした羽生総理と、同じく巻き込まれたくさい揚羽お姉ちゃんの5人が座っていた。

 めちゃくちゃ身内じゃねーか!


「カノンから聞いて面白そうだからみんな誘ってきたわよ! ママ、うちのテーブルの注文、全部えみりちゃんにつけておいて」

「了解です。それとえみりちゃんじゃなくて、ここじゃあゆきちゃんでお願いします!」


 その気遣いが嬉しいような嬉しくないような……。


「揚羽お姉ちゃんごめんね」

「ううん。えみ……ゆきちゃんが元気そうで良かった」

「ぐへへ、お、お触りはアリですか?」

「したら週刊誌に持っていきますよ。総理」


 総理は隣に居た揚羽さんにお説教される。

 心なしか少し嬉しそうに見えるのは私の気のせいだろうか?

 あっ、もしかして総理って結構M? なるほど、私と一緒ですね。私もあくあ様に攻められたいです!!

 まあ私はあくあ様とできるならSでもいいんだけど別に。カノンのを触るのとか、結構楽しいしな。ぐへへ。


「みんな楽しんでいってね」

「ウェーイ!」


 あそこの婆さん連中は本当にアグレッシブだな。

 ワンチャンそこらにいるバリバリのキャリアウーマンより体力あるぞ。

 私がVIPルームの一つから出ると、外にいたママに声をかけられる。


「あ、ゆきちゃん。あ、あのさ。新規のお客さんなんだけど、どうしてもゆきちゃんを指名したいって人がいるんだよね。どうしようっか? その……私も知ってるし、多分ゆきちゃんも知ってる有名な人だから大丈夫だとは思うんだけど……」


 私が知ってる人? 誰だろう?

 まぁ、誰でもいっか。ここならなんかあっても守ってくれる気がするし、これでも人を見る目はある方だ。多分!

 私はママさんにいいよって言うと、別のVIPルームへと向かう。


「遅い!」

「ひぃっ!」


 モウ カエッテ イイデスカ?

 広いVIPルームの中に入ると、ソファの中央にドンと座ったKY先輩が居た。

 えっ!? 本当になんでここにいるの?

 もしかして1人かなって思ったら、隅っこに縮まった越プロの社長さんが居た。


「ワタシハ タダノ ツキソイ デス」


 あっ、なーるほど。この人の立場は私と一緒なんだと一瞬で把握する。


「小雛先輩、どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも、あくぽんたんがカノンさんから聞いて、夜の街でえみりさんが働くなんて心配だから見にいってくれって頼まれたのよ。もー! あいつってばこの前の電車リレーの時は逃げようとした癖に、こういう時だけ甘えてくるんだから!! あと先輩どうせ暇でしょって、その一言が余計なのよ! 確かにあいつの言う通り暇なんだけど、それが余計にムカつく!!」


 あくあ様が私のために!? うっひょー、それだけでテンションマックスだぜ!!

 小雛先輩は地団駄を踏むと、ポケットの中から一枚のカードを取り出す。


「というわけで、今日は全部アイツの奢りだからジャンジャン飲むわよ!!」


 おおー、って、あくあ様のクレジットカードだけど勝手に使っていいのかな? あ、本人の了承済みだからいい? りょーかい。


「あっ、とりあえずお寿司頼んで。銀座で一番高いやつ。ほら、社長、あんたどうするの?」

「え、えっと、オ……オレンジジュースで、瓶の安いやつ」

「そんなの銀座のクラブにあるわけないでしょ! ちょっと、うちの社長にも寿司もう一つね。あ、後で阿古っちと琴乃さんもくるから4つ頼んでおくわ。どうせあの2人もご飯食べてないだろうし。それとお酒は、ここで一番高いのよろしく!!」

「かしこまりました〜」


 私は外に出るとママさんにオーダーを伝える。

 それからしばらくすると阿古さんや姐さんがやってきた。

 私がビクビクしてると、姐さんに呆れた顔をされる。


「ここはベリルも接待で使ってるすごく信頼できるところだからいいけど、お金がないならないでそういう日払いでできる仕事をこっちで探すから、次からは話を通しやすい甲斐さんじゃなくて私に連絡する様に。そもそもなんで、ゆ・う・じ・んでもある私じゃなくて甲斐さんに電話をかけるんですか? 怒られるってわかってますよね? 後、天鳥社長にお願いして当面の間、えみりさんのマネージャーは私も兼務する事になりましたから」

「は、はひぃ……」


 姐さんに余計な仕事増やしてすみませんと謝る。

 そこから私は二つのVIPルームを行き来して歌ったりとか、小ネタ王でも披露した楓パイセンのモノマネとか、新ネタのカノンのモノマネや姐さんのモノマネを披露した。

 ちなみに姐さんのモノマネを本人の前でした時は恐ろしすぎてちびりそうになった。姐さんが笑ってくれたから良かったけど、このネタは私の心臓に悪いので封印しておこう。

 途中から部屋を行き来するのが面倒くさいなぁと思ってると、小雛先輩が隣の部屋に乱入するというルール違反を犯して2つのチームが合流する。なお、支払いは全てあくあ様につけるからいいそうだ。

 そこから更に羽生総理が巻き添えとばかりに他の大臣達を呼びつける。そのせいでクラブの外が黒塗りの車ばかりになってママが倒れそうになった。


「おっ、ぱ……」


 うひひ、小雛先輩。あくあ様のモノマネは反則ですって。

 やばいなこれ。次の小ネタ王あったらあくあ様や私でも普通に負けそう。


「はー、楽しかった。次にバイトする時があったらまたくるわ」

「は、はい。ありがとうございましたー」


 嵐のような時間だった。けど、みんなが来てくれたおかげで助かったよ。

 全員を見送って控室で休憩しているとママさんにもう帰っていいからと言われた。


「ごめんね。正式にうちのキャストなら歩合もっとあげられたんだけど……」

「いいですいいです。ママさんやお姉さん達にはいっぱい優しくしてもらったし、私はこれだけもらえたら十分だから」


 どうせたくさんあっても余計な事に使っちゃいそうだしな! それこそ、ロ・シュツ・マーのコート買ったりとか。次はクンカ・クンカーのグッズ集めたいなとか、雑念が湧いてきそうだし。

 はは……自分で言ってて少し悲しくなってきた。私は熱くなった目頭を指先で押さえる。


「さーてと、美容院とエステの予約もとったし行きますか!」


 デートの当日、私はウキウキ気分で外に出かけた。すると途中で見知った女の子を見かけてバイクを止める。

 ん? 着ているのは制服じゃないけど、あれって確か、いつもこの辺歩いてるJKだよな?

 ラーメン竹子の朝の仕込みに行く時、早朝部活に行く姿をよく見かけてたから知ってる。

 それがきっかけで朝に見掛ける度によく挨拶するようになったんだっけ。

 うーん、泣いてるのは気になるな。


「おーい、そこの君。って、お前、その髪どうした!?」


 ハサミでバッサリと切られたような髪を見てびっくりする。

 よく見たら着ている綺麗なワンピースにも泥がついてたりしてびっくりした。


「あ、貴女は、いつも挨拶してる竹子の……」

「ああ、うん。なんか泣いてたから気になってさ。どうしたの、その格好? 私の知り合いの森……お姉さんもよくドブに落ちるけど、もしかして足でも滑らしてどっかに落ちた?」


 髪を見る限りそんな事ではないってわかるけど、言いにくい事だったらいけないからと、さりげなくSOS出すなら助けるよって素振りで話しかける。


「えっと、実は……いえ、でも、その……」

「迷ってるならさ。話してみてもいいかもね。私は一応年上だし、関係ない私にだからこそ言える話だってあるかもよ」


 私がさりげなくそういう方向に促すと少女はポツポツと事情を話してくれた。

 あーーーーーーーーーーーーーー、イジメか。なるほどな。相変わらずしょうもない事する奴がいるなあと思った。

 メアリーも一時期そういう時期があったみたいけど、校内に野生のゴリラが彷徨くようになってからいっさいそういうのがミリもなくなったらしい。一般家庭の子だからっていじめようとしたけど人類史上最高の身体能力に加え、そのゴリラは特待生だけあって学力がずば抜けてたから、いじめようとした奴らが自分の学力はゴリラ以下だと知ってすごく真面目に勉強をするようになったのだとか。

 まぁ、そのゴリラは私のめちゃくちゃ知り合いだし、普通に人間なんだけどな。掲示板民は信じないだろうが、あれでも楓パイセンは全国模試で10位に入った事もあるんだぜ……。


「あの……ありがとうございます! 話を聞いてくれたおかげで、少しスッキリしました」

「話を聞くだけで良かったのか?」


 なんなら私の携帯にクラブのお客できてた文部科学大臣の電話番号も入ってるから、すぐに学校側に働きかけるように対処する事だってできるぞ!


「私、高校3年生なんです。だから後もう少しで卒業だし、多分、今日で最後だったと思うから」


 今日で最後? どういう事だろうと思って、私は更に事情を聞く。


「実は今日の夕方からプロムがあるんです。だから多分、これで最後なんじゃないかな。私、卒業後は実家のある他県に帰るし、もう卒業式以外は会う事がないから」


 彼女は逆にプロムに行かなくて済んで良かったと悲しげな表情で笑った。

 はぁ……みんな、すまねぇ!! 私は天に向かって両手を合わせると、協力してくれたみんなに心の中で特大の謝罪の言葉を述べる。

 よし、みんなには後でなんか埋め合わせするとして、とりあえずはこれでいいだろ!


「プロム、出ようぜ!」

「え?」


 確かにここでプロムに出ないってのは一つの方法かもしれない。

 でも、さっきの顔を見て、この子はここで逃げたらもしかしたら一生トラウマになっちまうんじゃないかと思った。

 BERYLのみんなの電車リレーを見てカノンと楓パイセンとメアリー様と小雛先輩とみんなで泣いた事を思い出す。

 はっきり言って選ぶのはこの子だ。だから私はあくまでも強制したりはしない。だからこの手を取るかどうかはこの子に委ねる。


「嫌ならそれでもいいと思う。それでも最後に見返してやりたいって、BERYLの子達みたいに苦しくても辛くても立ち上がりたいって立ち向かって行きたいって、そう思うなら私のこの手を取ってほしい。あ、もちろん強制するわけじゃないからね。ただ……立ち向かいたいなら私は協力する!!」


 それにこれは私のエゴだけど、この子にこれからの人生、高校行って良かったなって少しは思えるくらいに良い思い出にしてあげたかった。少なくとも私はメアリーに行って良かったって思うくらいは、楓パイセンにもカノンにも感謝してるからな。


「私……私! 本当は負けたくないです!!」

「そうか! なら決まりだ。私に任せろ!!」


 私はその子をバイクのサイドカーに乗せて予約していたサロンへと向かう。

 サロンならシャワーがあるし、軽くは拭いたけど、とりあえず体についた泥を綺麗に落としてあげなきゃな。


「あらあら。貴女こっちに来てシャワー使って良いわよ。それとワンピース汚れてるから着替えようか。替えの服ある? ないならスウェットでいいなら貸したげる」

「ありがとうございます!」

「あっ、ありがとうございます」


 ふぅ、優しいお姉さんで助かったぜ!!

 エステティシャンのお姉さんにお願いして、予約していたのは私だけど代わりにこの子をやってくれませんかと頼む。

 彼女にはこの日のために予約していた最上級のコースを施術してもらう。

 私はその間に、あくあ様に今日のデートについてメールを送る。


「おお、綺麗になったじゃないか! これならプロムでそいつらを見返す事ができるぜ!」

「は、はい。ありがとうございます。でも、お金……」

「良いって! 気にするなよ!!」

「でも、今日知り合ったというか、名前を知ったばかりのえみりさんにそんなご迷惑をおかけするわけには……」

「大丈夫、大丈夫!」


 私はなけなしの金を握りしめてお会計へと進む。


「今日、プロムなの?」

「あっ、はい」

「貴女すごいわね。あの子の親戚とか知り合いじゃないんでしょ」

「えっ!?」

「ふふっ、ごめんね。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、実は私、読唇術が得意なの」


 ほへー。読唇術ってすごいなぁ。

 あんなに離れてても何言ってるのかわかっちゃうんだ。


「そういえば、キャンペーンは昨日までだったんだけど。どうやら私の勘違いだったみたい。そういうわけだからこれでどう?」

「いっ、良いんですか?」

「ええ。私もとある人に毎日救われてるから。その代わり、彼女の事、もっと綺麗にしてあげてね」

「ありがとうございます。ありがとうございます!」


 いやー良い店だった。

 私はエステティシャンのお姉さんに、また来ますと言ってから2人で外に出る。

 次は美容院か。本当はヘアセットは最後にしたかったが、髪をこのままにしておくのは可哀想だ。

 私達は再びバイクに乗ると予約していた美容院へと向かう。


「予約していた雪白です! ちょっと早いけど大丈夫ですか?」

「あら、良いわよ。ちょうど、この時間、暇だったのよ」


 ありがてぇ、ありがてぇ!


「頼む。この子、今からプロムなんだ。最高に綺麗にしてやってくれ!!」

「わかりました!! 任せてください!!」


 くっそ、美容院のお姉さんかっこよすぎだろ!

 ハサミでカットされた髪を見て秒で理解しやがった。

 草津伊香保さんか……最近どっかで見たな。この名前……。


「あ、あの、お金」

「気にすんなって! これはそいつらにも負けず高校3年通った君への私からの卒業祝いだ!! それに私の方が年上なんだから素直に甘えとけって! こう見えてもお姉さんは雪白なんだぞー」


 雪白、金持ってねぇし普通にいっぺん潰れたけどな!!

 って、美容師のお姉さんカットだけじゃなくてガチで色々やってくれた。すげぇな。

 あ、待てよ。これ、お金足りるか? やべぇ。カッコつけた手前、金足りませんはクソダサい。

 私はガタガタと震えながら会計へと向かう。


「通常料金になります」

「は?」


 美容師のお姉さんは口に人差し指を当てると軽くウィンクした。


「その代わり彼女にとって最高のプロムにしてあげてくださいね」


 カッケー。美容師のお姉さん、私より全然カッケー。

 エステティシャンのお姉さんといい、世の中には良い人がいっぱいるんだなあ!!

 まぁ、私なんかでも生きるのを許されてるくらいだからこの国は本当にいいところだと思う。


「ありがとうございます!」

「ありがとうございました!」


 私はお礼を言うと彼女を藤百貨店へと連れて行く。


「すんません! 予約して取り置きしていた商品なんだけど、今日はこの子がプロムに行くための衣装を買うのでそっちにしてくれませんか!?」

「いいですよ。それにそのスウェットとヘアセット……ちょっと、待っててくださいね」


 藤百貨店のお姉さんはどこかに電話をかけると、ニコニコした顔で出てきた。

 私の気のせいかな? 心なしかお姉さんの後ろに般若とか鬼が見える。


「事情は全て把握しました。私にお任せください。さぁ、こちらへどうぞ!!」


 何故かVIPルームに通された私達は、彼女の下着から何から何まで用意してもらった。


「「おおー」」


 お姉さんと2人でイェーイとハイタッチした。

 藤百貨店のお姉さんノリいいな。まるで掲示板民みたいだ。


「どう……ですか?」

「お客様、最高に綺麗ですよ」


 私もお姉さんの隣で何度もうんうんと頷く。


「それじゃあ最後にメイクと乱れた髪のセットをしましょう」

「あ、はい。って、あ、あれ?」

「さっきぶり」

「へへ、またあったね」


 エステティシャンのお姉さんと美容師のお姉さん!? どうしてここに?

 えっ? 3人とも知り合い? スウェットとヘアセットを見て察した!?

 すげぇな。そんな事があるんだ。


「というわけで、これで完璧ね」

「ありがとうございます!!」

「ありがとうございました。で、でも、こんなにしてもらって、いいんですか?」


 女子高生の問いかけに3人のお姉さんは顔を見合わせて笑う。


「私たちは綺麗になりたい全ての女の子の味方だから」

「そうそう、そういう事。そいつらの事、ギャフンと言わせてきなさい」

「後はこれでエスコートしてくれるかっこいい男の子がいたらもっと完璧なのになー」


 伊香保お姉さんの言葉に、それは言わない約束でしょって他の2人のお姉さんが笑う。


「いますよ。かっこいいかどうかは別として、男ならここにね」

「「「「「えっ?」」」」」


 全員でびっくりして顔を見合わせると、恐る恐る声の方向へと振り向く。

 するとそこにはあくあ様と藤蘭子会長が立っていた。


「蘭子お婆ちゃん、VIPルームに連れてきてくれてありがとう」

「いえいえ、あくあ様のお役に立てるならなんだってしますよ」


 タキシード姿の超絶かっこいいあくあ様はゆっくりと女子高生へと近づく。

 こーれ、間違いなくカノンが選んだガチモンのコーディネートです。さすがは白銀あくあヲタで嫁、どうすればあくあ様が一番かっこいいか誰よりも良く知ってやがる!


「ねぇ、君」

「は、はひ」

「俺、実は今日ちょっと用事があったけどすっぽかされちゃったんだよね」


 すんませんすんません!!

 私はあくあ様に誠心誠意拝み倒す。


「だから、この後暇なんだけど、よかったら俺にエスコートさせてもらえないかな?」

「えっ、あ、う、あ、あくあくあくあ様が私のエスコートぉ!?」


 あー、うん。彼女が驚くのも無理はない。

 私だってメールでデートのお断りと事情を説明したけど、まさか本人が来るだなんて知らなかった。


「ダメかな?」

「ダメじゃないです! よろこんで!!」


 うん、まぁそうだよな。断るメスなんているわけがない。

 はは、まさかここにきて最強の男子が来るなんて聞いてないぞ。



 白銀カノン

 どう? 私の旦那様は最高にかっこいいでしょ?


 雪白えみり

 知ってる。あと、お前も最高に良い女だって事もな。助かったぜ嗜み!!



 私は親友にメッセージを返すと、アプリをそっと閉じる。

 あくあ様は伊香保お姉さん達のそばへと向かう。


「お姉さんたちもありがとね」

「い、いえ……」

「ふひぃ」

「ふへー」


 あれ? さっきまでクソかっこよかった大人のお姉さん達が、ポンコツ掲示板民みたいに見えるのは私の気のせいか?

 私は心の中でがむばれーと3人のお姉さんにエールを送る。


「3人とも前にライブ来てくれたよね?」

「えっ!?」

「知ってるんですか!?」

「はい!! 行きました!!」


 えっ? あくあ様、そんなことまで覚えてるの!?

 普通にすごくない?


「当然でしょ。俺は来てくれたファンの子達には全員視線を返してるからね。それともまさかあの時、俺と視線が合ったの忘れちゃったのかな?」

「覚えてます!」

「忘れるわけがありません!」

「ごめんなさい。自分の勘違いかと思ってました!!」


 あっ、すげぇ。これ、ガチのガチだ。

 やっぱり、最強のアイドルは別次元だったわ。

 私がやってたパチモンのアイドルとは違いすぎる。


「あくあ様、ありがとうございます」

「えみりさん……」


 私が頭を下げると、あくあ様は謝らなくて良いよって耳元で囁いてくれた。

 やべぇ。一瞬、耳が孕んだかと思ったけど、大丈夫そうだな。よしっ!


「でも、そうだな。申し訳ないって思うなら、その代わり一つだけ俺のお願いを聞いてくれる?」

「はい、何なりと聞きます! 一や十とは言わず、千でも万でも聞かせてください!」


 あくあ様は、流石にそれは多すぎでしょと笑った。

 ふぁーっ、その笑顔がもう反則なんだよな。


「だったら、今度その埋め合わせでデートしてよ」

「え、あ、でも……」


 でも、さっき、お金を全部使っちゃったしなぁ。と思った。

 トホホ、みんな、ごめんなぁ。せっかく私のために協力してくれたのに他の事に使っちゃって。


「じゃあ、えみりさんとデートに行くためのデートに行こうか」

「へ?」


 デートに行くためのデートってどういう事!?

 この世にはそんなものが存在しちゃってるんですか!?


「デート服がないなら俺に贈らせてよ」

「え、あ、でも……」

「俺は、俺のプレゼントした服を着たえみりさんを見てみたいな。だめ?」

「はい、よろこんでぇ!」


 そんな究極の殺し文句を言われたら断るに断れない。

 小雛先輩の、あいつは自分で自分の顔がいいのをちゃんとわかっているという言葉を思い出した。


「じゃあ、その時にヘアカットやエステもしてもらおうか」

「は、はひ」


 あくあ様はその場でエステとヘアカットの予約も入れる。

 良かった。伊香保お姉さん達が嬉しそうな顔をしているのみて、私も嬉しくなる。


「それじゃあ行こっか」

「はい!」


 あくあ様は改めて3人のお姉さんにお礼を言うと、女子高生を連れてプロムへと向かった。

 私は女子高生に頑張れよ!! と、声をかけて見送る。

 残念ながら私がついていけるのはここまでだ。あとは私達みんなのヒーローあくあ様に全てを託した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >えみり先輩って化粧品持ってなかったんですか? 逆に言うと、これまでずっとすっぴんであの美貌である。 雪白の遺伝子はチート。
[一言] ヒーロー気質は遺伝かこれ ……と思ったが大本のポンぶり考えたらないわー(゜д゜)
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