白銀あくあ、ABCDEFGH……I!?
「つ、疲れた……」
俺はショッピングモールのベンチで1人項垂れる。
あのあと下着を購入する流れになったので、これはまずいと、俺は慌てて1人トイレに行ってくると逃げ出した。
もちろんトイレに行くと言っても、何かを致したりしたわけではない。
それをやってしまったら、何か取り返しのつかない事になりそうな気がする。
「さて……どうするかな」
このままここでダラダラとして時間を潰すか、それともどこか適当なショップを見るか……本屋に行くのも悪くない気がする。そんな事を考えていると、見覚えのある人物が俺の目の前を横切った。
「あ……」
思わず声が漏れる。その声を聞いて、俺の目の前を横切った人物が俺の存在に気がついてしまう。
「……白銀様?」
彼女の表情はいつもと変わらずどこか涼しげで、それでいて大人びた余裕を身に纏っている。
ただ、俺がよく知るそんな彼女と、今まさに俺の目の前の彼女はどこか雰囲気が違っていた。その原因となっているのは、彼女の服装の違いによるところが大きいと言えるだろう。彼女は何時もの軍服ではなくて、シンプルなシフォンのブラウスとプリーツの入ったロングスカートを着ていた。いつもは掛けていない赤い縁取りの眼鏡が、彼女がオフタイムである事をより際立たせている。
「み、深雪さん、偶然ですね」
俺は当たり障りのない挨拶を深雪さんに投げかける。
まさかこんな所で出会うなんて思って見なかった。そしてそれは深雪さんも同じであろうと思う。
「白銀様、お久しぶりです」
深雪さんは周囲をキョロキョロと確認すると、小さな声で俺に囁いた。
「こんな所にいて、大丈夫なんですか?」
実は深雪さんには、俺がアイドルとして活動する事を先に報告している。
だからなのか、深雪さんは心配そうな表情で俺に語りかけてきた。
「あー、実は今日、家族とのショッピングの最中でして……」
「そうでしたか」
深雪さんは俺からスッと視線を外す。
気まずくなった俺は話題を逸らすために、深雪さんに質問を投げかけた。
「と、ところで深雪さんはどうしてここに?」
幸いにも深雪さんは手にショップの紙袋を持っていた。
つまりどこかで買い物をしている事は確定なのである。
だからその会話で話題を逸らせばいい……なんて、考えていた時期が自分にもありました。
「……下着を買いに来ました」
やっちまったな……。
深雪さんが持っていたショップの紙袋は、よりにもよって下着メーカーの紙袋だった。
流石に深雪さんも動揺したのか、話が変な方向へと向かっていく。
「私のサイズになると、実物を売っている場所が少ないので……」
確かに……俺はシフォンのブラウスに包まれた深雪さんのお胸様を見つめる。
さっき、しとりお姉ちゃんと母さんの水着姿を見たばかりだが、やはり深雪さんの胸はその2人よりも間違いなく大きい。ということはGよりも上、つまりはHカップということか……ごくり。
「すみません、白銀様もアイカップの胸なんて気持ち悪いですよね」
なん……だと……? A、B、C、D、E、F、G、H……I……アイカップ!?
俺の脳裏にジト目のらぴすがちらつく。
情けないお兄ちゃんでごめんな、らぴす……いくらお兄ちゃんといえど、アイカップのお胸様の前ではどうしようもなく無力なんだ。
「そんなことありませんよ、深雪さんの胸は、男の俺から見てもすごく魅力的だと思いますよ」
俺は一体何を口走っているのだろう。
幸いにも周囲には人があまりいなかったおかげで、ひそひそ声の俺たちの会話は誰にも聞かれていない。
「魅力的……」
深雪さんはそう呟くと、再び視線を逸らして押し黙ってしまった。
や、やっべー、これじゃあ完全にセクハラだ。
俺が、謝罪しようとした瞬間、深雪さんは俺の方へと視線を戻しキッと睨みつける。
あっ……これは間違いなく怒られるな。そう覚悟していた俺に対して、深雪さんはあらぬ方向へと話を持っていく。
「コホン……ところでですが、今月は施設の方には、いつ来ていただけるのでしょうか?」
「あ……えっと……」
俺は携帯のメモ帳を確認する。次の休みはっと……月末のあたりか、遠いな。
それくらい俺の予定は詰まっていた。それでも学校に行けたり、こうやって偶には休日を挟んでくれたりするのも、阿古さんがしっかりと俺のスケジュールを管理してくれているおかげだろう。やはり阿古さんには感謝しかない。
「月末あたりになると思うのですが、大丈夫ですか?」
俺がそういうと、深雪さんは前屈みになって、座っている俺の耳元へと顔を近づける。
「あ、あの……白銀様がよろしければ、今、採取をすることも可能ですが」
「え?」
びっくりした俺は、深雪さんの方へと顔を振り向ける。
すると至近距離で深雪さんと目が合った。
「あ……」
その声はどちらが発した言葉なのか、どちらもが同時に声を出したのかは定かではない。
ほんの数秒間、俺たちは至近距離で見つめあったままの状態で固まってしまう。
深雪さんは小さな声でついてきてくださいと囁いた。
それから1時間後……。
「あくあちゃん、大丈夫? ぽんぽん痛いなら病院行く?」
「あ、いや、大丈夫だよ。母さん」
俺は深雪さんと会っていたことを家族には内緒にした。
心配してくれている家族には申し訳ないが、恥ずかしくて言えるわけがない。
妹のらぴすに、兄様、不潔です……って冷めた目で言われた日には、しばらくは立ち上がれなくなるだろう。
幸いにも母さんとらぴすはチョロ……素直なので、俺の簡単な説明で納得してくれた。
「ふーん」
その一方で、しとりお姉ちゃんは俺の説明に納得できなかったのか、懐疑的な視線を向けてくる。
まさかとは思うが気がついてなんかいないよな? ……うん、大丈夫、きっと大丈夫だと俺は自分に言い聞かせた。




