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小雛ゆかり、私がヒロイン。

 今日は日本映像協会が主催するドラマ賞と映画賞の発表日だ。

 昔はお金で賞を買ってたりした時期もあったようだけど、今から23年前に本当に良い作品を作ってる製作陣や役者達、ファンが当時の授賞式をドタキャンボイコットした挙句、同日に被せるように自分達で勝手に賞を作って授賞式を作ってやり出したのが始まりだとされている。

 この賞を受賞する事は役者としての誉だ。当時第一回の映画賞で主演役者賞を受賞した清野澄子が言った言葉を思い出す。私も同じ役者としてずっとこの賞を目指してやってきた。

 過去にドラマ賞では助演と主演、映画賞では助演を取ったことがあるけど、私はいまだに映画賞の主演を取ったことはない。だから今回は絶対に受賞したいと思った。

 それなのに今回のノミネート3作は過去最高のレベルとも言われている。何せ私の相手は、出れば100%の確率で受賞してきた雪白美洲と、その雪白美洲以外に負けた事がない玖珂レイラが相手だ。

 だから今日はいつもより気合を入れていく。


「小雛さん綺麗ですよ」

「ありがとう。やっぱり貴女に頼んで正解だったわ。最高の仕事よ」


 私は鏡に映った自分の姿を確認する。

 いつもの私なら悪女が着るような黒のドレスや相手を威嚇する赤のドレスを着てたけど、今回の授賞式だけは違う。

 私が着るのはウェディングドレスだって裸足で逃げ出すようなシンプルな純白のドレスだ。メイクもそれに合わせてやわらかなものにしてもらっている。

 だって今日のヒロインを射止めるのは雪白美洲でも玖珂レイラでもなく私だもの。最初から気持ちで負けるわけにはいかないわ。


「しゃあっ! 気合い入れて行くわよ!!」


 私は気合を入れ直してから控室から出ると会場の入り口へと向かう。

 賞にノミネートされた人は、エスコート役と一緒に会場に入るのが例年の慣わしとなっている。

 通常なら主演にノミネートされた役者は共演者や監督や脚本家と入場したりするけど、過去にはノミネートされた者同士で入場したり、他の女性にマウントを取るために男性のパートナーを連れてきたりする事もあった。

 ほら、噂をすれば早速、嫌味ったらしく賀茂橋一至(かものはしかずし)を引き連れた睦夜星珠(むつみやせいじゅ)が私を見て近づいてくる。


「あらー、ゆかりちゃんったら、今年も1人なのー?」

「はっ! この国に私の隣に並ぶだけの度胸があるパートナーがいないだけよ!」


 私が主演した映画で共演した女帝、睦夜星珠に毒を吐かれたから猛毒を吐き返してやった。

 わざわざ今年もを強調して来るあたりがイラッとさせられる。


「ふふふ、私、ゆかりちゃんのそういうところ大好きよ」

「奇遇ね。私もあんたのそういうところ大嫌いよ」

「知ってるゆかりちゃん? 大好きと大嫌いって同じ言葉らしいわよ」

「それって、あんたの脳みその辞書がイカれてるだけじゃない?」


 私はこいつとのいつも通りの他愛もない会話に明け暮れる。

 ほんの少し……そう、ほんの少しだけ今日の私はいつもの私と比べて余裕がない。

 それを多分、この女に悟られた。だからこんなくだらない会話をずっと続けている。

 どうせ、らしくないわよって言いたいんでしょ? そんなの自分が一番わかってるわよ。


「お久しぶりです。小雛ゆかりさん」

「……陰陽師見たわよ。ああいうのができるなら最初からやりなさいよね」

「はは……すみません。どうにも体が虚弱でして、色々と諦めていたのですが、なんかこう、彼といると元気になるんですよねえ」

「まぁ、元気しか取り柄のないやつだけど、共演する事があったらよろしく頼むわ」

「あのようなレベルの役者でも元気しかですか、いやはや相変わらず手厳しい」

「私が厳しくしなくて、誰があいつに厳しくすんのよ!」

「確かに……なるほど、だから彼の師匠は貴女なのですね」


 本当は他人にそんな話なんてしないんだけど、やっぱり今日の私は気負いすぎてる気がする。

 私だって緊張しないわけじゃないし、相手はあの雪白美洲と玖珂レイラだ。

 悔しい事に私は直接対決であの2人に勝った事が一度もない。

 私はそんな2人に喧嘩を売った。役者としてのあいつの未来を導く権利を誰にも取られたくなかったからだ。

 本当は今だって雪白美洲にあいつを渡すのが正しいのかもしれないって悩んでる。雪白美洲は役者として一流だし、あいつが目指すべき最終形態は私のようなタイプじゃなくて真のスター雪白美洲だ。

 完全無欠、唯我独尊、日本人歴代最強、誰も勝てないし誰も追いつけない。それが日本が誇る世界の大女優、雪白美洲だ。演技もさることながら、元からの存在感が常人とは段違いすぎる。親戚のえみりちゃんや息子のあいつを見た時、あいつの遺伝子って反則でしょって思ったくらいだもの。もちろん中身が魅力的なのは、あの子達によるものなのだろうけど、なんかこうあそこらへんの一党ってキラキラするようなエフェクトがかかってんのよね。何それって感じ。


「ゆかりちゃん、もちろん今日は勝ってくれるんでしょうね?」

「あんたに言われなくても勝つつもりがなきゃノミネートなんて辞退してるわ。はっ、それこそあんただって助演を逃すんじゃないわよ。史上初の映画賞五冠、私たちで全部総なめして帰るわよ」

「当然。そのために私が助演に回ってあげたんだから感謝しなさいよね」


 私は演技特化の役者馬鹿だけど、女優にしては童顔だし身長だって足りない。足りない元のスペックを補うために、努力と根性で賄える分だけを積み重ねてきた。私は雪白美洲に勝つために全力を尽くしたけど、それでもまだ届いてない気がして心がざわつく。それくらい雪白美洲の映画はすごかった。

 あーーーーーっ! ダメダメ、こんな事考えてる時点でいつもの私じゃない!


「あら、どうやら私はここまでのようね。あとは可愛い子達に任せておばさんは退散するわ」

「可愛い子達?」


 睦夜星珠と入れ替わるようにして、アヤナちゃんとあくあがやってきた。


「ゆかり先輩……すごく綺麗です!」

「ありがとう。アヤナちゃん!」


 あー、もう、やっぱり、アヤナちゃんが世界で一番可愛いわ。

 努力家だし、優しいし、素直だし、さっきのやつとかあくぽんたんみたいに無駄に私を煽ったりしないし! アヤナちゃんだけが私の癒しよ!

 私はぎゅーっとしたいの我慢して軽くハグする。お互い綺麗にしてるもんね。衣装やヘアメイクが乱れたらスタイリストの人に申し訳ないもの。

 アヤナちゃんはシンプルな黒のマーメイドタイプのドレスに合わせて、首元には月のチョーカーをつけていた。んんー? もう少し宝石がギラギラした感じの派手目のネックレスでもいいんじゃない? あっ、でも、アヤナちゃんってまだ高校生だからこれくらいが丁度いいのかもね。


「小雛先輩って……」

「何よ?」


 こいつも流石に今日は素直に褒めてくれるでしょ。

 私はチラチラと少しだけ期待の視線を送りながら、褒められ待ちの素振りを見せる。


「黙ってたら綺麗ですよね」

「黙ってたらは余計でしょうが!!」


 もう! こいつってば本当になんなのよ!!

 こういう晴れ舞台ぐらい、少しは気を遣って褒めたって良いじゃない! 私を褒めたってなんか減るわけじゃないでしょ! そもそも他の女の子にはすぐに鼻の下を伸ばしてデレデレするくせに、私にだけ雑すぎない!?

 そりゃ、あんたのところのカノンさんや親戚のえみりちゃんと比べたら、私はそこまで綺麗じゃないかもしれないけど、これでも一応、女・優なのよ。じょ・ゆ・う!! あんだぁすたん?


「まぁまぁ、2人とも落ち着いて」


 あー、やっぱり癒しはアヤナちゃんだけよ! もー、こいつなんて知らない!!

 あくぽんたんなんて、そこらへんのゴミ箱に頭から突っ込んでおこうかしら。


「それじゃあ2人とも、また後で」

「ああ、また後でなアヤナ」


 あれ? アヤナちゃんって今日はこいつと2人で入場するんじゃないの?

 あっ、同じeau de Cologneの2人と一緒に入場するんだ。

 へー、良いじゃない。パートナーが1人だけなんて決まってないものね。

 両手に花で入場するなんて、アヤナちゃん、ちょー強そうじゃん。芸能界はそれくらい虚勢張っとかないと舐められるからいいじゃない!


「って事は……ぷーくすくす、もしかして、あんたも余り?」

「ええ、そうですよ」


 ざまあ! アヤナちゃんに振られて、あんたも私と同じぼっちの気分を味わうと良いのよ!!

 なんなら明日から芸名も、ぼっち・だ・あくあに改名すれば?


「って、余ってる人に言われたくないんですけど」

「さっきも言ったけど私は余ってるんじゃないの! 釣り合うパートナーがいないだけなんだから!!」


 話を聞いていた周りの人間から笑い声が漏れる。

 はーい、今、笑ったやつの顔と名前、全部覚えておきまーす。私、記憶力だけは抜群にいいし、あとで絶対に覚えてなさいよね。あんたの今日見る夢の中に出ていって暴れてやるわ!!


「なるほどね……それじゃあ余りもの同士、一緒に入場しますか?」

「へっ!?」


 ちょ! えっ? こいつ、いきなり何をいうのよ!!

 あんたってもしかしなくても絶対になんも考えずにそういう事を言ってるでしょ!!


「今の俺じゃあまだ役者として小雛先輩には及ばないかもしれないけど、出世払いってことで先に隣をキープしておいても良いですか?」


 白と黒のタキシードを着たあくあは私に向かって手を伸ばす。

 くっそ見た目がいいせいで、こうしてると本物の王子様のように見える。


「それっていずれ私に追いつくって事? 生意気ね」

「いいえ、いつか絶対に超えていきます」


 私はあくあの返しに笑みを浮かべる。

 こいつはやっぱりこうじゃないと面白くない。


「私、あんたのその反抗的なところ好きよ」

「俺は素直な時の先輩の方が好きですけどね」


 そういうあんたが私より先に素直になりなさいよ!

 ぜーーーーったいに、あんたより先に素直になってあげないんだから!

 それに、舌出してなんちゃってが通用するのは、あんたに惚れてる女だけなんだからね!!


「只今より、日本映像協会主催のドラマ賞並びに映画賞に関連した各賞の受賞式を始めたいと思います!!」


 会場から鬼塚アナウンサーの声が聞こえる。

 今日の司会は鬼塚アナ、インタビューは森川アナで、授賞式の様子が国営放送で生中継される予定だ。

 鬼塚アナは落ち着いたトーンの声で、受賞候補者とそのパートナーを1人ずつ紹介していく。

 どうやら事前にあくあが私に内緒でパートナー申請をしていたらしく、主催者の意向もあって私達を最後のコールにしてくれるみたいだ。


「小雛先輩」

「何よ?」

「もしかしてちょっと緊張してる?」


 うっ、ふいをつかれた私は、思わずあくあから視線を逸らしてしまう。

 その瞬間、やっちゃったと思った。今ので確実にいつもの私じゃないと気付かれたと思う。

 こいつ普段は鈍感な癖してこういうところだけ異常に鋭いから見逃してくれないのよね。

 

「悪い?」


 私はガルルルルとあくぽんたんを威嚇するように虚勢を張る。

 ほら、いつもみたいにふざけなさいよ!


「小雛先輩」

「な、何よ」


 ちょ、ちょっと、いつものおふざけモードはどうしたのよ!

 珍しくそんな真剣な顔をして、どうせ本当はまたなんかしょうもない事とかイタズラとか考えてるんでしょ!


「少しでいいから目を閉じて」

「わ……わかった」


 し、しまった! 私とした事が珍しく素直にあいつの言う事を聞いてしまった。

 ぐぬぬぬぬ、なんか負けた気分になって悔しさで歯を食いしばる。


「もう目を開けていいですよ」

「な、なんなのよ、もう!」


 ん? なんか頭の上に違和感が……って、何これぇ!?

 なんで私の頭にティアラが乗ってんのよ!


「それ、俺からのプレゼントです」

「ちょ!? プレゼントくれるのは普通にありがとうだけど、渡すタイミングってものを考えなさいよ!」


 それに普通プレゼントってこう、もっと可愛い袋とか綺麗な箱に入ってたりするのを渡すんじゃないの?

 普通に生身で頭の上に乗っけられて、はい、そうですかにはならないでしょうが!! 袋についたリボンを解く時のドキドキ感とか、箱の蓋を開けたりするワクワク感を返しなさいよ!!

 って、ちょっと待って、このティアラの天辺についたアクアマリンって本物なんじゃ……あんた、これいくらしたの!?


「小雛先輩はどう思ってるかわかんないけど、俺は小雛先輩に教えてもらえて良かったと思ってます」


 あくあは珍しく私に真剣な表情を見せると、まるでお姫様をエスコートするように手のひらを差し出した。


「だから、今日は俺とアヤナに最高にかっこいい大女優、小雛ゆかりの後ろ姿を見せてくださいよ。いつもみたいにね」


 こいつって本当にずるい! 何よその笑顔、顔がいいし、カッコいいからって、何したって許されるわけじゃないんだからね!!

 あーっ、もう!! なんか知らないけど私が負けた気持ちになって腹が立つし、緊張感なんかどっか吹っ飛んで逆になんかイライラしてきた。


「ふん! あんたって本当に趣味が悪いわね」

「センスが悪いのはお互い様でしょ。あのゆかりご飯Tシャツを喜んで着てるの俺と先輩だけですよ」


 何よそれ?

 あのTシャツの良さがわからない連中に、あんたたちのセンスが悪いのよって言っとけばいいのよ!


「いいわ。見せてやろうじゃない。あんたにもアヤナちゃんにも、そしてここにいる全員に、私が今日この瞬間、この国で一番の女優だって証明してみせるわ」

「ははっ、それでこそ小雛先輩です」


 私はあくあの差し出した手のひらに、自分の手のひらを重ねるようにそっと優しくのせる。

 言っておくけど、あんたが可哀想だからその手を取ってあげただけなんだからね。あー、私ってなんて優しんだろう。だから、勘違いして調子に乗ったりしないでよね!


「当然でしょ。私を誰だと思ってるのよ? 今日は特別席からあんたに最強で最高の大女優小雛ゆかりを見せてあげるわ。私が師匠である事を心の底から感謝しなさいよね」


 私は前を向くと、本当に誰も聞こえないような小さな声で、ありがとって呟いた。


「それでは次の入場で最後になります。日本映像協会主催、ドラマ賞主演女優賞、映画賞主演役者賞でダブルノミネートされた越プロダクション所属、小雛ゆかりさんと、エスコート役でドラマ賞の主演男優賞と助演男優賞、主題歌賞をトリプルノミネートされているベリルエンターテイメント所属、白銀あくあさんの入場になります。どうかみなさま、盛大な拍手でお迎えください!!」


 私は軽く息を吐くと、ここから先は私がヒロインよと言わんばかりに優雅に一歩を踏み出した。

 エスコート役のあくあはそれに合わせるように、余裕のあるウォーキングでこの私を華麗にリードする。

 へぇ、相変わらずいい度胸してるじゃない! この私に喧嘩売るっていうのなら買ってあげてもいいのよ。

 私達はお互いに主役だと言わんばかりに周りに手を振りながら入場する。雪白美洲や玖珂レイラ以上にこいつにだけは絶対に負けたくない。そもそもエスコート役のくせに私より目立とうとするんじゃないわよ!!


「それではドラマ賞各賞の発表に移りたいと思います」


 大きな画面に主演男優賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、監督賞、脚本賞、主題歌賞、最優秀作品賞のノミネート者一覧が映し出された。そこには私とこいつ、そしてアヤナちゃんの3人もノミネートされている。


「それではまず最初に2022年度ドラマ賞、助演女優賞の発表に移りたいと思います」


 あー、緊張してきた! 助演女優賞にはアヤナちゃん以外にも受賞が有力視されているヘブンズソードの小早川さんや、出演ドラマではちょい役だったけど強烈なインパクトを残した女帝睦夜星珠、それにはなあたで主演を務めた綾藤さんもノミネートされている。どの賞においても楽に受賞できるところなんて一つもない。


「審査委員長、九重久代(ここのえひさよ)より先に選考理由と受賞理由のご説明があります」


 確か玖珂(くが)家の遠い親戚なんだっけ。私はそこら辺はあんま詳しくないけど、女優としての九重久代は有名だ。

 銀幕の女優をやってて清野澄子や九重久代に憧れなかった奴なんていないもの。


「まず最初に、今回の助演女優賞に関しては甲乙つけ難く実は今回の賞の中で一番最後に決まりました。なんならもう先に他のやっちゃいませんか? 脚本賞と助演女優賞だけは、本当にさっきまで楽屋で他の審査員達とあーでもないこーでもないと揉めに揉めたんですよ。ねぇ、やっぱりこの賞の発表を最後にしない?」


 コミカルな仕草と喋り方と参加者からも笑い声が起きる。相変わらずね。

 しかしこの発言、裏を返せば他はあまり悩まなかったという事だ。他の賞で受賞を逃した人達にちゃんと毒を吐いて不甲斐ないと言っているところも久代さんらしいと思う。


「もちろん票だって最初は割れたのよ? 何度も演技を再確認するために映像だって見直したわ。安定感と高いレベルの演技力、彼女はいつ見ても素晴らしいわね。でも、それはいつもの彼女であって映画で見せたような凄みはなかったわ。そこでやはり審査員の話題になったのは変化と成長ね」


 よっしゃ! この時点で睦夜星珠は外れたのだと確信する。会場も少しどよめく。

 アヤナちゃんを含めた3人の若手に共通するのは、このあくぽんたんとはなあた、ヘブンズソード、ゆうおにで共演して大きく変化をもたらした事だ。


「あとはその振れ幅よね。作品は人気だけど彼女はまだまだこんなものじゃないと思うのよ。若手の中でもその実力は認められていたし、玖珂レイラ以来のちゃんとしたアクションのできる大型女優という事で、出てきた時から審査員のみんなも一目置いていたわ。かの作品でもそのアクションを余すところなく発揮していたけど、演技の部分ではまだこれが上振れじゃないでしょ。だって1期の最後でようやく役者としてのスタートを切れたんですもの。それも残念な事にその話は対象期間外でした」


 小早川さんが外れたのだと確信する。

 アクションに言及したり1期なんて表現をしてる時点で該当する作品がヘブンズソードしかない。

 小早川さんが変化と成長を見せたのは1期の最後、満を持して夜影が変身する回からだった。


「そして彼との共演後に大きく成長した彼女の演技は素晴らしかったわ。ただの期待の若手の1人だった彼女は、演技にも余裕が出て、もう一つ先のステージへと歩き出したわ。ただ……助演なのに、主演を食っちゃダメよね」


 会場から笑い声が漏れる。確かにあの作品、主演の女優は悲惨だったわね。彼女の成長スピードに対応できなかった。そこにもちゃんと毒を吐く事を忘れない久代さんには脱帽する。女優は叩かれて成長してなんぼなんだから、これくらい言われたっていい。だって期待してなきゃそんな事言われないもの。


「助演として周囲との調和ができないのと、作品をぶち壊してしまうのはマイナスポイントよ。まぁ、彼女自身も勢いに乗ってたし、自分が制御できなかったのだと思うのだけど、あー、私にもそんな時期があったわ。このまま主演くって私がこの作品の真の主役になるのよってね。これからのこの国を引っ張っていく彼女は、女優としてできることならこれからは助演ではなく主演を主軸に頑張って欲しいと思っています。もし……そう、もしもだけど、あのドラマが選考対象外の1月1日じゃなくて選考対象内の12月31日ならもう少し違ったかもしれないわね。ううん、それでもやっぱり結果は変わらなかったかもしれない。それくらい最後の最後には満場一致で彼女に決定したのよ」


 しゃあっ! 共演後と最初に言及した時点で、共演後のドラマでノミネートされた綾藤さんもない事が確定する。

 この時点でもう残った候補は1人しかない。会場もそれを知って拍手と大歓声に包まれていく。ここから先は受賞者だけに許されたウィニングランだ。

 あの九重久代に誉めに誉められ毒を吐かれるだけ吐かれる権利を勝ち得たのである。


「国民的なドラマに出演した将来のアクションスター、いまを代表する日本が誇る名女優の1人、そしてあの白銀あくあが初めて共演した若手のトップ女優、その3人を差し置いて助演女優賞を勝ち得た事を誇りに思って欲しいわ。貴女の演技はそれくらい素晴らしかった。最終話だけならそうは思わなかったかもしれない。一見すると今までと変わらない1話から11話までの貴女の演技、でも、最終話を観た後に見直したらわかる。あなたは1話からちゃんと変化していたのよ。最後にこうなるってわかってて、その上で1話からそれを意識して演技をした。鳥肌が立ったわ。貴女は子役の時から優れていたけど、色々とあって役者方面からはしばらく距離を置いていたのよね。だから、この言葉をあなたを贈ります。この地獄にお帰りなさい。ここにいる鬼達全員であなたの帰還を出迎えるわ。そしてドラマ賞、助演女優賞の受賞、おめでとう、月街アヤナさん!!」


 しゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 見たかコノヤロー!! これがうちのアヤナちゃんよおおおおおおおおお!


「月街さんの受賞なのに、あそこ2人が1番に両手ガッツポーズで立ち上がってるのウケる」

「ワンチャン自分の受賞より喜んでそう」

「小雛さん、白銀さん、座ってください。カメラに抜かれてますよ。シット!」


 あ……つい勢いで立ち上がってしまった。

 って、なんであんたまで立ち上がってんのよ! こういう時、私のドレスを引っ張って座るように促すのがエスコート役のあんたの役目でしょ。まぁ、気持ちはわかるんだけど……。


「そのついでと言ってはなんだけど、主演女優賞も発表していいかしら? アヤナちゃん泣きすぎちゃって立ち上がれそうにないもの」


 会場が大きくどよめく。主演女優賞の発表なんて普通ならもっと後だからだ。


「主演女優賞、ノミネートされたけど受賞できなかった人達も、ノミネートされなかった人たちも、今回ははっきり言ってノーチャンスだったわよ? 悔しいと思うならみんな子供じゃないんだから自分でどうにかするでしょうし、落ちた人も受賞した人も総評なんて野暮な事は敢えて言わないわ。おめでとう、小雛ゆかりさん。満場一致でドラマ賞の主演女優賞は貴女だったわ」


 ふん、当然よ。

 正直なところ、これに関してはいけると思ってた。


「本当ならここでゆうおにで受賞した2人に前に出て受賞インタビューをしてもらうんだけど、このまま一気に他の賞も発表させてもらいます」


 会場が大きな歓声に包まれる。


「脚本賞のノミネートは異例中の異例で2人だけ、知っての通りゆうおにの司圭先生、そしてマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードの森石章子先生の2人ね。本来であれば完結されていない作品はノミネートされないんだけど……仕方ないわよね。だってファンからの投票でもノミネートの項目に入ってないにも関わらず、1番多く書かれていたんですもの。私たちは見てくれている人がいて初めて輝けるわ。だからその声を無視する事なんてできない。そして、それがノミネートされてしまった時点で受賞は決まったも同然でした。おめでとう。森石先生、代表してあなたが受賞するけど、今日はヘブンズソード脚本陣全員の栄冠よ。そして司先生、次のスペシャルドラマ、楽しみにしているわ」


 司先生、残念だったわね。

 これに関しては審査員でも最後まで悩んでいたという話をしていたし、おそらくだけど、最後に決めたのはやっぱりファンの一押しだと思う。そして多くのファンに推される作品は強いって事を私達はよく知っている。


「もちろんそういうわけだから監督賞も彼女しかいないわよね。本郷弘子監督、おめでとう。この世にヘブンズソードを生み出してくれた事を感謝します」


 最大限の賛辞だ。久代さんは他にノミネートされた監督達にも感謝と賛辞の言葉を紡ぐ。


「さぁ、ここまできたら残っているのは作品賞と……それ以外だと、主演男優賞、助演男優賞、主題歌賞の3つかしら?」


 今までにない大歓声に会場内も湧き立つ。

 全く、今日はあんたのファン限定ソロライブ会場じゃないのよ。

 でも、それに相応しい活躍をしたのだから胸くらいは張りなさいな。


「あなたの歌に多くの国民達は心をときめかせたわ。あなたが演じた王子様にみんなが恋に落ちたの。そして、あなたの演じるヒーローにみんなが歓喜した。おめでとう! 白銀あくあさん。ドラマ賞の歴史上、初めての個人3冠よ。これからも貴方を中心に男優陣を盛り上げていってほしいわ」


 久代さんは他にノミネートされた候補者達にも賛辞と激励を送る。

 主演男優賞を受賞したヘブンズソードの剣崎総司、助演男優賞を受賞したはなあたの夕迅ムスターファ、そして主題歌賞を受賞した乙女色の心。文句なしの個人3冠ね。文句言う奴なんていないだろうけど、いたら私がぶっ飛ばしてやるわ。


「さあ、みんなで作品賞を発表しましょう。と、言いたいところだけど、その前に受賞者の皆さん、こちらにどうぞ」


 私はあくあのエスコートで席から立ち上がると、そのままあくあにアヤナちゃんの席へと向かうようにと囁く。


「おめでとう、アヤナちゃん。もー、せっかく綺麗にして貰ったのに、泣いちゃダメじゃない」

「す、すみません。でも……でも……」

「ほら、泣くなよアヤナ。俺達と一緒に笑いに行こう」

「うん……!」


 私達は2人でアヤナちゃんに向かって手を差し出す。

 ちょっとぉ!? ここは普通に私でしょ。あんたはまたいつか機会があるんだから、ここは先輩である私に大人しく譲って隣で指を咥えていつもみたいにぼーっとしてなさいよ!

 ほら、アヤナちゃん、こいつじゃなくて私の手を取って!!


「ふふっ、もう、こんな時にまでそんな子供っぽい喧嘩しないでくださいよ」


 アヤナちゃんは両手を伸ばすと、私達2人の手を取って席から立ち上がる。

 もう、仕方ないわね。でもセンターは譲らないんだから!! って、ちょっとお! ぐぬぬぬぬ!

 わかったわよ。あんたがセンターで美女を両手に侍らせる事ができる事を感謝しなさいよね。

 え? 美女が2人? もう1人の美女は誰みたいな顔するな!! 私の事をそういう対象として使ってるくーせーに!!

 ステージに上がったあくあは、私達から手を離すと、本郷監督、森石さんの2人とハグをする。


「おめでとうみんな。1人ずつ、今の気持ちを聞かせてもらえるかしら?」


 1番最初にマイクを手渡されたのはアヤナちゃんだ。


「ありがとうございます。この賑やかで楽しい地獄に帰ってきました。月街アヤナです」


 会場から笑い声が起きる。

 ふふっ、アヤナちゃんってば、久代さんのコメントにちゃんと切り返すなんてすごいじゃない。


「ゆうおには私を1人の役者として成長させてくれました。共演した役者の皆さん、そして監督らスタッフ陣、制作会社や藤テレビの皆さん。サポートしてくれた事務所のみんなや、快く送り出してくれたeau de Cologneのみんなには感謝の言葉を贈らせてください。そして、いつの日か、小雛ゆかりさんと主演女優の座を競えるような、そして白銀あくあさんと主演役者賞を競えるような、そんな女優になれるように日々精進をしていきたいと思います!」


 まさかの宣戦布告に会場の中も大きな歓声に包まれる。

 ちょっと! 誰よ!! いいぞー、小雛ゆかりなんて倒してしまえーなんて言ってるの!

 って、隣にいたあんたじゃない! ふざけんな!! あんたの顔目掛けて火吐くわよ!!

 私はアヤナちゃんからマイクを受け取る。


「主演女優賞を受賞できた事を嬉しく思います」


 私は当たり障りのない賛辞と感謝の言葉を関係者に送る。


「アヤナちゃんと主演女優賞を競うためにも、それまではトップに居座り続けてやろうかなと思います。何せここからの眺めは絶景ですから」


 もちろんちゃんと他の女優陣に対しても煽っておく。

 ここに座ってる連中なんて、誰1人満足してないだろうし、本当は悔しいのは過去に受賞漏れした事のある人達なら私を含め全員が知っている事だ。だから、これでいい。

 私はマイクを森石さんに渡す。


「正直、司先生に負けたと思っていました。それでもこうやって受賞できたのは、やはりファンの声があったからだと思います。ありがとう!!」


 森石さんも関係者の人達や、本郷監督、出演者のみんなに感謝の言葉を送る。

 そしてマイクを本郷監督に手渡した。


「まずはありがとうと言わせてください。そして私の盟友でもある松垣部長に一言……やりましたよー!!」


 会場から笑い声が起こる。

 もう部長と言えば彼女じゃないかってくらい、この国で1番有名な部長が彼女だ。

 本郷監督もまたスタッフや関係者、出演者やスポンサー、そして歴代のドライバーに携わった人達に感謝の言葉を述べていく。


「とあちゃん、黛君、天我君……そして、あくあ君。みんな、本当にありがとう。ありがとうって言葉だけじゃ言い表せないくらい感謝してる。貴方達は私の、ううん、私達みんなのヒーローよ!!」


 本郷監督の言葉に大きな拍手が起こる。


「さぁ、ヒーロー、最後にどうぞ!」


 本郷監督からマイクを受け取ったあくあは、マイクに向かって声を出す。

 しかし、トラブルが起こったのかマイクから声が出ない。

 ぷぷっ、晴れの舞台でそんなあり得ない事が起こるなんて普段の行いが悪いんじゃないの。

 会場からはかわいーなんて頭が腐った言葉が飛んできてるけど、あんたらは甘やかしすぎなのよ。こういうのは素直に笑っておけばいいの!


「あくあ君! 私のマイク使って!!」

「ありがとう。森川さん!」


 スポーツ選手もびっくりの瞬発力で森川さんが自分のマイクを持ってくる。


「すみません。えっと、まずは最初にそれぞれの受賞をした作品の関係者の皆さんに感謝の言葉を送らせてください」


 ニヤニヤした顔しちゃって。本当に嬉しいのね。わかるわよ、その気持ち。

 でも、あんたの場合はライバルがいないのよね。そこがネックだわ。

 できる事ならBERYLの他のメンバーとか海外の俳優陣に期待したいけど、あんたに勝てる男なんてこの世にいるのかしら。でも、女優陣にはきっと、あんたを満足させてくれる子達が多いはずよ。だから腐らずに頑張りなさいよ。


「そして最後に天鳥社長、本当にありがとう。貴方がベリルを立ち上げてくれたから今の俺があります。今日、本当は貴女と一緒に来ようと思ってたけど、それはやめました」


 え? なんで? っていうか、そうよ! あんた私なんかをエスコートなんかせずに、阿古っちと一緒に入場してきなさいよ!!


「天鳥社長には最高の景色を見せるって約束したから、俺が貴女をエスコートするのはまだ先になると思います。でもいつか、そう遠くない未来に、映画ドラマ賞を俺が総舐めする時に、貴女をエスコートしてこの会場に連れてきたいと思います。だからそれまでの間、待っていてください。必ず、俺が貴女をここに連れてきます」


 かーーーーーっ! なんだこいつ! 最後にカッコつけて! もう!!

 しかもそれって私への宣戦布告よね!? はっ! いいじゃない。アヤナちゃん共々纏めてかかってきなさいな。正面からパワーで弾き飛ばしてやるわ!!

 って、あれ? こいつもしかして共演者の私にだけ感謝してなくない?


「あと……そうですね。会場や視聴者の皆さんには申し訳ないんですが、もう1人だけ、後ですごく文句言われそうだから感謝の言葉をほんの少しだけ贈ってもいいですか」


 会場から失笑や苦笑の声が漏れる。


「小雛先輩」

「何よ」

「ちょっと、喋らないでください。こっちはもう、さらっと言って終わろうと思ってたんですから。って、誰ですか、この人にマイク渡したの!?」

「はあ? そんなのそこに居たスタッフから予備のを奪い取ったに決まってるじゃない」


 私達の言い争いに会場から笑い声が聞こえる。


「2人とも、ここは森川楓の部屋じゃないんですよ! しかもそれ他局です!!」


 森川アナ、そういうあんたの声もピンマイクに入ってるわよ。

 スタッフすらも我慢できずに至る所から笑い声が聞こえてくる。


「まぁ、いいわ。ほら、感謝しなさいよ。受け取ってあげるから」

「いやいや、おかしいでしょ。感謝しなさいよって、普通感謝される人が言うセリフじゃないですって」

「細かい事はいーじゃない! それよりもほら、さっさと言わないと時間が押してるわよ!!」

「それは、小雛先輩が喋るからじゃないですか!」


 私は手をクイクイさせて、ほら、褒めなさいよという仕草を見せる。


「やっぱりやめた」

「へ?」


 感謝の言葉をやめたなんて、そんなのあるの?

 これには耐えきれなかったのか、睦夜星珠や玖珂レイラが大爆笑していた。

 それどころか普段はおとなしい賀茂橋一至ですら腹を抱えて笑ってる。


「恥ずかしいので2人の時に言います」

「はあ!? それ、絶対に言ってくれない奴でしょ。もう! 仕方ないわね」


 もう! あんたが恥ずかしがるから最後グダったじゃない。


「ふ、ふふふ2人きりの時に!?」

「いいなー。正直、主演女優賞より羨ましい」

「あくあくんと自然に2人きりになれるとか、それ自体がやばい事なのに本人は気がついてなさそう」


 あくあはマイクを久代さんに返す。


「受賞者の皆さん、ありがとうございます。そして改めて受賞おめでとう。さぁ、ドラマ賞の最後を飾るに相応しい作品賞をみんなで発表しましょう!! 2022年度、最高の作品は!」

「「「「「「「「「「マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード!!」」」」」」」」」」


 後ろのモニターにその文字が表示されると、頭上から紙吹雪が舞った。

 本来であれば完結した作品ではないヘブンズソードがノミネートされる事はない。

 それでもやはり、その常識をぶち壊すくらいの作品がこのヘブンズソードだったのだ。


「おめでとう、あくあ君。おめでとう、森石さん。おめでとう、本郷監督!! さぁ、ステージの中央にどうぞ」


 このタイミングであくあは手を挙げて参列席からとあちゃん、黛くん、天我くん、そして小早川さんと阿部さんを呼び寄せる。

 これには観客席からも大きな拍手が起こった。


「本郷監督、あの時の約束を果たさせてください」

「あくあ君……! それに、とあちゃんや天我くん、黛くんも……小早川さん、阿部さん、本当にありがとう!!」


 ドライバーのレギュラー陣全員によるエスコートで本郷監督と森石先生の2人がステージの中央へと向かう。


「みんな、本当にありがとう!!」


 全員を代表して感謝の言葉を伝えた本郷監督に大きな拍手が沸き起こる。


「監督、本当におめでとう!」

「みんなのおかげだよ。もー! 本当にありがとう!!」


 抱き合って喜ぶ8人に、私とアヤナちゃんも大きな拍手を送る。

 会場に来ていたすべての人が立ち上がって拍手を送っていた。

 満場一致の受賞とはこの事である。誰1人として不満なんてなかった。


「さぁ、それではこの流れで映画賞の発表もしましょうか!!」


 ここからが私にとっての本番だ。席に戻った私は静かに心の中で気合を入れ直した。

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