白銀あくあ、俺のゴールデンウィーク。
花咲く貴方への放送が始まった。
阿古さんからは、俺の歌ったカバー曲や、出演のシーンはかなり好評だったと聞いている。
本当は俺も本放送をリアルタイムで視聴したかったが、学校に加えてデビューのための準備が忙しすぎて、とてもじゃないが深夜まで起きている体力が残ってなかったのだ。
「兄様、お疲れですか?」
俺がリビングのソファにもたれかかっていると、白いフリルのワンピースを着たらぴすが話しかけてきた。
兄の俺から見ても妹のらぴすは、こういう正統派の美少女が着るようなファッションがよく似合う。
「あ、いや、大丈夫だけど、どうかした?」
らぴすはスカートの前で手を組むと、人差し指を絡ませあってモジモジとする。
心なしか、らぴすの表情を見ると少し恥ずかしがっているように見えた。
「じ、実は、去年まで着ていたスクール水着が少し小さくなってしまったので、新しいのを買おうと思うのですが……良かったら、兄様も一緒にショッピングモール行きませんか?」
俺は壁にかかったカレンダーを見つめる。
今はまさにゴールデンウィークの終盤だ。
せっかくの長期の休みなのに、俺はこのゴールデンウィークを家族とどこか遠くに出かけたり、友達とどこかに遊びに出かけたりはしていない。仕事が忙しいから仕方がないと思う反面、俺のせいでみんなが気を遣って、家族旅行にも行かないのかなと思うと、家族に対しては申し訳ないという気持ちで一杯だった。
「いいよ、それじゃあ一緒に出かけようからぴす」
「は、はい兄様!」
俺は自分の部屋に戻ると、適当な服に着替える。
もちろん適当とは言っても、流石によれよれの格好ではなくちゃんとした服だ。
俺はハンガーにかけていた少しオーバーサイズの白のパーカーを手に取る。
一応防犯対策のために、外ではフードを少し深く被れば大丈夫だろう。
「あれ?」
部屋から出て玄関に行くと、なぜからぴすだけではなく、しとりお姉ちゃんや母さんまでいた。
「ふっふっふー、らぴすと2人で抜け駆けなんてお母さんは許しませんよー」
「あーちゃんは、らぴすと2人でお出かけしてお姉ちゃんのことを置いてったりしないよね?」
前のめりな2人の後ろで、らぴすはがっくりと肩を落としていた。
らぴすもまだ中学生、お兄ちゃんに甘えたい年頃なのだろう。でもごめんな。兄ちゃんでは、母さんとしとりお姉ちゃんの勢いを止められそうにない。
俺は某映画に出てくる火星人よろしく、しとりお姉ちゃんと母さんの2人にガッツリと腕を掴まれている状態である。この状況を見て貰えばわかるように、お兄ちゃんは家族の中ではとっても無力だ。らぴすよ、こんな情けのないお兄ちゃんを許しておくれ。
「それじゃあレッツゴー! ショッピングモール!!」
母さんの車に押し込められた俺たちは、少し離れたショッピングモールへと向かう。
そういえば家族全員でどこかに出かけるのは、前世の俺を含めて初めてのことかもしれない。
なんだか少し心がザワザワとして落ちつかなったけど、このむず痒い感じを心地よく感じている自分が居た。
「とうちゃーく!」
はっきり言って、家族の中では母さんが一番テンションが高い。
静かにしていれば和風美人、それも美人だから黙っていればちょっと怖い雰囲気さえある。
それなのに家族の前で見せる子供っぽい部分が、どうにも俺の中の外見のイメージを狂わせているような気がしてならない。
「ふんふん、水着は2階で売ってるみたいね。どうせなららぴすのスク水だけじゃなくて、しとりやあくあちゃんの水着もついでに買っちゃいましょう!」
俺たちは母さんを先頭にショッピングモールの中へと入る。
ゴールデンウィークの終盤とあって、ショッピングモールの中の人混みはそこそこといった感じだろうか。
ただ、思っていたよりも空いていて良かった。
らぴすの方をチラリと見ると、やはりまだ少ししょぼくれてる。
俺はクスリと笑うと、らぴすに向けて手を差し出す。
「ほら、迷子になっちゃいけないから」
手を差し出した時、らぴすはもう中学生だった事を思い出した。
小学生ならまだしも、流石に中学生になってお兄ちゃんと手を繋ぐのは恥ずかしいか?
しかしそれは俺の杞憂だったらしく、らぴすは差し出された俺の手をギュッと掴み返してくれた。
「うん!」
少ししょぼくれていたらぴすが笑顔を見せる。良かった。
え? お兄ちゃんなんかと手を繋ぐの普通に嫌なんですけど?
そんな言葉を、汚物を見るような目つきでらぴすに言われた日には、俺はもう2度と立ち直れなかったかもしれない。
「ふふっ、じゃあ、あーちゃんの左手は、お姉ちゃんが貰っちゃおっかな」
しとりお姉ちゃんは俺の空いていた左手をギュッと掴む。
俺は流石に高校生なので、大学生のしとりお姉ちゃんと手を繋ぐは恥ずかしかったけど、しとりお姉ちゃんが嬉しそうだったので、まぁ、いっか、と思った。
しかしその反面、どうにも解せぬ事がある。
「しとりお姉ちゃん、手を繋ぐのはいいけど、距離近くない?」
「んー? なんでー?」
しとりお姉ちゃんは頭にクエスチョンマークを浮かべて、わからないフリをする。
でもしっかりと俺の腕に寄りかかって、そのたわわな胸を俺の腕に押し付けてくるのだ。
しとりお姉ちゃんは、俺が健全な男子高校生だということを少しは自覚してほしい。
家にいる時も、少しだらしのないしとりお姉ちゃんは、お風呂の脱衣所で普通に下着を脱ぎっぱなしにしてたり、間違って俺のペットボトルを飲んだりと、とにかく色々と無防備なのだ。色々無防備すぎて、お姉ちゃんのブラジャーのサイズがGカップだと知ってしまった俺の気持ちもちゃんと考えてくれ!
「はは……あと、手の繋ぎ方も少し違うような気がするんだけど……」
「えー? あーちゃんの気のせいだよー」
気のせいというわりに、お姉ちゃんはしっかりと俺の指を一本一本、自らの指の間に密着させて絡ませてくる。
いくら鈍い俺でも、これが恋人繋ぎだと言われるものなのは十分に熟知していた。
「あっ! あっ! しとりもらぴすもずるい、お母さんもあくあちゃんとおてて繋ぎたかったのに!」
俺は両手を少し持ち上げて、これ以上は無理ですよとアピールする。
すると母さんは年甲斐もなく頬を膨らませて涙目になった。
「あくあちゃんのケチ」
「あはは……」
流石に可哀想だったので、帰りは手を繋ごうねと言ったら、母さんは直ぐに機嫌が良くなった。
ショッピングモールの中を歩き始めて数分、俺たちは水着が売ってあるショップに到着する。
「えーっと、らぴす、このサイズで良い?」
母さんはスク水のかけてあったハンガーラックの中から、パパッとらぴすに合うサイズを取り出した。
「一応着てみます」
らぴすは水着を手に持つと試着室に入った。
俺が試着室の前で待っていると、近くにいた水着ショップの店員さんと目が合う。
気まずくなったので笑顔を返して誤魔化したが、店員さんはびっくりした表情でフリーズしていた。
「え……男? しかもこの顔って……あのビスケットの……いや、余計な事を考えちゃダメ、ちゃんとお仕事に集中するのよ、私……」
店員さんは何かボソボソと呟きながら、ふらふらとバックヤードへと戻っていった。
大丈夫かな? 体調でも悪くしちゃったのだろうかと心配になる。
そんな事を考えていたら、目の前の試着室のカーテンが少し開く。
「兄様」
カーテンの隙間から顔を出したらぴすは、恥ずかしそうな表情でゆっくりとカーテンを開いていく。
濃紺色のスクール水着から伸びる、らぴすのほっそりとした真っ白なおみ足に目が奪われた。
それに加えて今日のらぴすは、ヘアゴムで髪をツインテールにしているからよくわかるが、中学生にも関わらず色気のある綺麗なうなじをしている。らぴすのうなじの美しさは、まさしく和服美人でうなじ美人の母さんの遺伝によるものだろう。
「綺麗だ……」
俺は思わずそう呟いた。
「えっ?」
らぴすの白い肌が、ほんのりとしたピンク色から真っ赤に染まっていく。
「あ……いや、その、だな。別に変な意味じゃなくって、うん、普通に似合ってるし、綺麗だぞ、らぴす」
「は、はい、兄様、ありがとうございます」
茹でタコみたいに真っ赤になったらぴすを見て、さらに可愛いと思った。
普通、中学2年生にもなると、妹に面と向かって綺麗だなんて言ったら、お兄ちゃんさぁ、妹の私に対してそんな気持ち悪い目で見てんの? 普通にありえないんですけど、と冷たい目線で言われたっておかしくはないだろう。
それなのにらぴすは、普通にお兄ちゃんである俺に褒められてまだ嬉しがってくれている。そんな優しい子で助かったと思った。
「あーちゃん」
らぴすの入った試着室の隣の試着室から、しとりお姉ちゃんの声が聞こえてくる。
そちらへと視線を向けると、しとりお姉ちゃんがカーテンの隙間から顔を出していた。
あれ? いつの間に試着室に入ったんだ?
「じゃーん」
しとりお姉ちゃんは、バッと勢いよく試着室のカーテンを開ける。
「どうかな?」
お胸様が、揺れている……だと?
しとりお姉ちゃんは、深雪さんには及ばないものの、殿下以上、母さんと同じくらいのものをお持ちである。
逆にお尻の方は深雪さんや母さんほどデカくはないが、殿下のような小尻でもない。程よい大きさのお尻だ。
らぴすの水着姿を見た後だと、ビキニを穿いたしとりお姉ちゃんの女性的な体のラインに余計に目が眩む。
「に、似合ってるよ」
「やった!」
しとりお姉ちゃんは、にあっていると言われて嬉しかったのか、その場でぴょんぴょんと跳ねる。
そのせいで大きなお胸様が、上下左右に跳ねて水着からこぼれ落ちそうになっていた。
家族をそんな目で見てはいけないとわかってはいるが、俺にとっては急にできた家族、他人ではないが、女性として意識をするなというのは少し無理がある。
すると今度は反対側、らぴすの試着室の右隣の試着質のカーテンが少し開く。
「あくあちゃん」
声の時点で嫌な予感がするが、視線を向けないわけにはいけない。
しとりお姉ちゃんといい、母さんといい、一体いつの間に試着室に入ったんだ?
俺は母さんの入っている試着室の方へとゆっくりと顔を向ける。
「どう……かな?」
母さんはお胸様が少し垂れているものの、しとりお姉ちゃんと同じくらいの大きさだ。
お尻は母さんの方が大きいし、お腹にも少しつまめるほどのお肉が乗っているが、肉が増えた分なのか、それとも年相応の色気なのかはわからないけど、しとりお姉ちゃんには無い魅力を感じてしまうのは気のせいだろうか。
照れている仕草にもグッとくるし、若作りして対抗したビキニの水着にも何故かグッとくるものがある。
「う、うん、母さんもすごく似合ってると思うよ」
俺が無難な答えを返すと、母さんは目をキラキラさせて喜んだ。
「あら、しとりのビキニも中々いいわね」
「お母さんのその水着もすごく可愛い!」
母さんとしとりお姉ちゃんは、お互いの水着を間近で確認し合いながら褒め合う。
一見すると微笑ましい家族の光景にも見えるが、それを見つめる俺の心は穏やかではない。
何故なら2人は俺の目の前で、その大きなお胸様をぶつけ合ってお相撲さんをしているからだ。
これがGとGの戦いか……!
「兄様……」
悲しそうならぴすの声にハッとなる。
「ち、違うんだよらぴす。俺は2人の水着がずれないか心配してただけで、別にポロリを期待してるとかそういうわけ……じゃ?」
声のした方に俺が視線を向けると、白いフリルのついたピンク色のワンピースタイプの水着を着たらぴすが立っていた。い、いったいいつの間に着替えたんだろう。
「やっぱり、らぴすも母様や姉様のような大人っぽい水着を着るべきなのでしょうか? でも……」
らぴすは悲しそうな表情で、自らの凹凸のない真っ平らな胸板を見つめる。
気落ちしたらぴすの顔と悲しげな視線が、俺の心に痛いほど刺さった。
おい、あくあ、お前はそれでいいのか?
俺の心の中のリトルあくあが俺に語りかけてくる。
大事な妹を悲しませて、何がアイドルだ! お前はアイドル失格だ!!
そうだ、俺はみんなに笑顔を届けたい。それなのに、家族の1人も笑顔にできないなんてアイドル失格じゃないか!
ありがとう。俺の心の中のリトルあくあ。
「らぴす」
決意を新たにした俺は、らぴすの両肩にそっと手を置いてその場に跪く。
「らぴすはそのままでいいんだ」
「……でも、兄様はさっきから母様と姉様の胸ばかり見つめていました」
いきなり図星を突かれた俺は、胸を痛めてその場に崩れ落ちそうになった。
しかし、らぴすのためにも、そして何よりも自分のお兄ちゃんとしての威厳を保つためにも、ここで倒れるわけにはいかない! 俺は足の裏に力を入れて、しっかりと地面を踏み締めて耐え忍んだ。
「そ、そうだな、うん、まぁ……それは仕方ないというか、そういう事もある。だが、しかしだな。俺はそのらぴすの控え目な胸も同じくらい良いと思ってる。これは別にお世辞なんかじゃないぞ。本当に心の底からそう思ってるんだ」
正直、今だってかなりグッときてる。
らぴすの胸は完全に真っ平というわけではなく、ちゃんと少しは胸が膨らんでいるのだ。
男の子として、どうしても大きな胸に目が行きがちなのは仕方のない事とはいえ、俺はらぴすの胸も好きだし、そのうなじや足の美しさにもすごく惹かれている。
もし……そうだな、例えばの話、らぴすに足を舐めろと言われて、舐められるかどうかと聞かれたら、俺は余裕でぺろぺろできると思う。それくらいらぴすの足は綺麗だ。
確かに、成長過程のらぴすはまだまだ幼児体型なところもがあるが、体つきだってちゃんとした女性の丸みを感じられる部分があるし、何より家族ではなく1人の男として、フラットな視点から見ればらぴすは普通に魅力的だと思っている。
「兄様は、らぴすの胸でも、ちゃんと劣情を感じてくれますか?」
「あ、あぁ、もちろんだとも、家族じゃなければ触ってみたいくらいだ」
ここで言葉を濁してごまかすこともできたかもしれない。でも果たしてそれでいいのか?
らぴすの兄として、アイドルあくあとして、妹らぴすの悩みに真摯に応えるべきだと思った。
俺が真剣な眼差しでそう述べると、らぴすは顔から湯気が出るのではないかと思うほど、目をぐるぐるとさせる。
「兄様が私のを……う、嬉しいです」
何か俺は勢いに任せて、とんでもない事を口走ってしまった気がしたが、らぴすの笑顔を見ていたらそんなことはどうでも良くなった。妹の笑顔以上に、気にすることなど何一つない。
少し落ち着きを取り戻したらぴすは、俺の耳にそっと顔を近づけると、吐息のかかる距離で誰にも聞こえない小さな声で囁いた。
「兄様、もし……もし、らぴすの体を触りたくなったら、いつでも言ってくださいね」
俺はらぴすの言葉に固まった。
そんな俺に対してらぴすは更なる爆弾を落としていく。
「で、でも、兄様、そういう事をする時には、気をつけてくださいね」
「そ、そういうこと……?」
「兄様、らぴすの体はまだ小さいかもしれませんけど……もう赤ちゃんだって産める体ですから」
らぴすは恥じらいを感じつつも、俺の方をチラチラと見つめる。
「そ、それとも兄様は、らぴすのことをママにしたいんですか?」
俺は慌てて首を左右にブンブンと振った。
「らぴす、お兄ちゃんはまだ、らぴすにはそういうのは早いと思うんだ」
らぴすを諭すように、俺は優しい口調と穏やかな表情で言葉を投げかけた。
無心……それすらも超えた明鏡止水の心で、俺はらぴすを説得する。
「え……でも、らぴす、もう初潮だって……」
「それはいいんだ! ただ……ただな、俺はまだまだらぴすには可愛い妹でいて欲しいんだ!!」
俺はらぴすの言葉を遮るように、あえて語気を強める。
「可愛い妹……」
らぴすは目を見開く。
「兄様は可愛い妹のらぴすが好きなんですか?」
「ああ、そうだ! 俺は妹のらぴすが好きなんだ!」
俺は自分に言い聞かせるようにして、更に語気を強めた。
らぴすにはずっと妹でいてほしい。そうじゃないと今すぐにでも俺がらぴすの事を女の子だと強く意識してしまいそうになる。だからここで絶対に阻止しなければならない。そうしないと俺は今晩、らぴすのことばかりを考えてしまう。それはダメだと俺の理性が警告音を発している。
「そう……ですか。わかりました」
よかった、わかってくれた。
俺はホッと息を吐いて、胸を撫で下ろす。
「じゃあ、らぴすが兄様とする時は妹感強目でいっぱい頑張りますね!」
そうじゃない……そうじゃないんだよ、らぴす。
しかしらぴすの満面の笑みをみた今、俺にはもうどうすることもできない。
俺は全てを諦めてその場に項垂れた。




