白銀あくあ、全国ツアー開幕!!
1月7日、俺は三日間続く全国ツアー、そのスタート地点となる千葉県に来ていた。
車を降りた俺は運転手さんにお礼を言って、裏口からリハーサルと打ち合わせが行われるホテルの中へと入る。
「おはようございます! お世話になります!」
「おはようございます!!」
俺はスタッフの人に挨拶を交わしながら通路を抜けていく。
その途中で知り合いを見かけた俺は立ち止まった。
「あれ、徳元さんどうしたんですか?」
ベリルの営業部長を務めてる徳元香織さんが死んだような顔で佇んでいた。
「あっ……ああ……あくあ……君」
「大丈夫ですか? ゾンビみたいになってますけど、どっかの部屋で一旦休んだ方が……」
「い、いや、大丈夫だ。昨日から現地入りしててね。仕事終わりに向こうの企画の人たちと朝までオールしてたツケが今頃になって回ってきたんだ。でも、安心してくれ。この聖女堂の72時間働けますかドリンクをガブ飲みすれば、後1週間は寝なくてもいけるから。ごくごく……というわけで、私は行かなきゃ。つ、次の仕事が私を呼んでる……ははは……」
大人って付き合いとか色々あって大変なんだな。俺もこれだけ頑張ってくれてる徳元さんのような会社の人に報いるためにも頑張らなきゃと気合が入った。
俺はお仕事頑張ってねーと言って徳元さんを見送ると、角を曲がった先にあるBERYLの控え室の中に入る。
「おーっす」
「ああ、おはよう」
「おはよー」
いつものように本を読んでいる慎太郎の隣で、とあもいつもと変わらず携帯ゲームで遊んでた。
俺はバッグをテーブルの上に置くと、ポケットからスマホを取り出して自撮り写真を撮る。
【白銀あくあ@今日から全国ツアー!!
今、会場に着いた。みんな準備はいいか?
俺達はこれから打ち合わせとリハだよ!】
投稿してから数分足らずでみんなからのコメントが返ってくる。
【乙女の嗜み@今日から全国ライブツアー!
楽しみにしてます!!】
この人、いつも最初に返信してくれるんだよな。
配信の時にしてくれた投げ銭もあって名前を覚えちゃったよ。
【森川楓@向こう3年の有給が消失した。
パワー送ります】
なんのパワーか知らないけど、そんな事よりも楓の有給どうしたの!?
一体何があったというんだろう。後で、今月はデート行けそう? って聞いとこ。
【小雛ゆかり
そんなのいいからさっさと電話に出ろ】
ここはスルーしてっと……。
【月街アヤナ@eau de Cologne
お互いに全国ツアーですね。頑張りましょう!!】
アヤナにだけは返信しとこっと。
お互いに頑張りましょう……はい、送信!
【ラーメン捗る@今日もバイトです……。
お忙しい中、towitterの更新をありがとうございま
すっ!! 今日から始まるライブもいつもみたいに
いっぱい楽しんでくださいね。 あくあ様にとって
今日がいい日になりますように!】
温かいファンのコメントにほっこりした気持ちになる。
文面からきっと心が清らかで優しい人なんだろうなって思う。
バイト頑張ってくださいね。
【桐花琴乃@BERYL全国ツアーin千葉県、1月7〜9日まで。
二日目のライブチケットは第一部と第二部で分かれています。
参戦する人は日付等の確認をよろしくお願いします!!】
琴乃は本当にしっかりしてるよなって思う。
よく見たらカノンがそれをリトゥイートしてくれてた。
ありがとなー!
【鞘無インコ@強制抑留中。
監禁部屋から脱出して参戦します!!】
インコさん大丈夫かな。
例の乙女ゲーやってるって聞いたけど、クリアできたのだろうか。
いや……この様子じゃまだクリアできてなさそうだな。
でも、もう半分くらいはクリアしたでしょ。流石にね。
【千聖クレア
あんまり無理しないでくださいね。
ファンの人は普通のライブでも満足してますから】
クラスメイトのクレアさんの優しさに癒される。
よーし、クレアさんのためにもいっぱい頑張って、特別なライブにしちゃうぞ〜!
【石蕗宏昌
ライブツアーチケット外れました……。
その代わり自宅で配信見ます!】
石蕗さんにドンマイって返しとこ。
俺はそのまま画面をスクロールさせていく。
【後ろの黛君、なんの本読んでるんだろ】
【難しそうな本かと思いきや、この前は漫画読んでたマユシン君かわいい】
【とあちゃん、携帯ゲームしてるのにちゃんと目線くれてるのさすが】
【とあちゃんなんのゲームしてたんだろ】
【みんなの私服助かる】
【また天我先輩が居ない……】
【先輩どこ?】
【先輩見切れてるだけで、そこにちゃんと居るよね!?】
天我先輩は残念ながらまだ来てないんだよね。
って言おうと思ったら、足音が聞こえてくる。
「good mornig! 後輩達!」
はい、これ寝てない時の先輩のテンション。
慎太郎と俺は先輩の両腕を掴むと奥の休める部屋に先輩を寝かしつけた。
ついでに寝ている先輩を中心にして4人で写真撮って、先輩なら今、俺達の隣で寝てるよってtowitterでいっとこ。
「皆さん、そろそろ打ち合わせです。あ、天我君はそのまま寝かせといていいですよ。もう夜のうちに打ち合わせ終わらせてますから、後で変更点だけ伝えときますね」
さすがは垣内さん、先輩の扱い方がわかってる。
全国ツアーでワクワクして寝れないのに気がついて、先に打ち合わせを済ませておいたらしい。
「よろしくお願いします」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
打ち合わせのために用意された部屋に入ると、俺は阿古さんの対面、いつものポジションに座る。
そして俺の隣にはとあが座り、打ち合わせ中はあまり発言をしない慎太郎は離れた隅っこの方に座った。
「こちらが3日間の進行予定表になります。ご確認ください」
えーと、なになに?
俺は琴乃から手渡された資料に視線を落とす。
[BERYL 1st live tour 3DAYS in 千葉県]
1月7日 全国ツアー初日。
8:00〜12:00 事前の打ち合わせと部分リハーサル。
13:00〜 白銀あくあコンシェルジュ企画開始。
16:00〜19:00 全国ツアーファーストライブ。
1月8日 東京ラフォグラムランドとのコラボライブ。
10:00〜12:00 4人で地元テレビ番組の収録。
第一部
13:00〜14:00 レストランランチショーミニライブ。
14:15〜15:00 東京ラフォグラムランドとコラボしたデイパレード。
第二部
19:00〜21:00 ホテルディナーショーライブ。
21:30〜22:15 東京ラフォグラムランドとコラボしたナイトパレード。
22:15〜22:30 ベリルコラボ花火ショー(出演者なし)
23:00〜24:00 白銀あくあ、猫山とあ、黛慎太郎の地元深夜ラジオ出演。
24:00〜 天我アキラの眠れない人のためのソロラジオ。
1月9日 成人式スペシャルライブ。
〜11:00 白銀あくあコンシェルジュ企画終了
13:00〜16:00 成人式イベント
「えっ、これ、あくあ休憩ある?」
とあ、流石の着眼点だ。いいところに気がついな。
俺も今になって気がついたが、やりたい事を全部詰め込んだらとんでもない事になった。
「あくあ君、本当に大丈夫? なんなら収録とコンシェルジュ企画の方は中止にできるけど……」
みんなが一斉に俺の方へと視線を向ける。
「大丈夫です。ただ、折り返しの2日目はきつそうなんで、俺の方から少し提案があるんですけど、良いですか?」
「もちろん」
俺は手に持っていた資料をテーブルの上に置くと、全員を見渡す。
「えっと、多分1番きついのが2日目のライブなんですけど、ランチショーのMCをとあに頼みたいなって思ってます。とあは配信でMCを務める事が多いからやれると思うし、今後の事を考えると俺ともう1人、MCができる人は居た方が会社にとってもいいと思いました。それでよかったらディナーショーも半分くらいはとあにやってもらおうかなと考えてます」
「なるほどね。とあちゃんはそれで大丈夫?」
「大丈夫です。僕もBERYLでMCやってみたかったし、あくあはトーク番組でも話を振られる側に回っても面白いから、ファンの人はどっちの立ち回りのあくあでも喜んでくれるんじゃないかな。問題は僕が小雛さんや、森川さんみたいにあくあの魅力を引き出せるかどうかなんだけど……そこは頑張ります」
とあは俺の顔を一度見ると、再び阿古さんの方へと視線を向ける。
「後、その事で慎太郎とさっきあくあが来る前に2人で話したんだけど、ライブは今日だけじゃなくて3DAYSだし、全国ライブツアーは来月も再来月も、さらにその先もありますよね。だから、メインで歌うあくあの喉の負担をできる限り減らしたいなって思ってて、もう少し僕達のソロとか、あくあが歌わなくていいようなピアノの演奏のシーンとかを増やせませんか? 天我先輩もギターソロのインストやりたいって前に言ってたし、この3日間はともかくとして、これから先のライブ構成では、そこも考慮してくれると嬉しいなって思います」
とあ! 慎太郎! お前らそこまで俺の事を考えてくれていたのか……!
みんなの成長に俺は思わず泣きそうになった。
「確かにそうね。私達も自然とあくあ君に頼り切った構成にしてしまっていたけど、ハロウィンやクリスマスのライブでもみんな上手くやってたし、今後の構成については再考しようと思います。また、こちらとしても何かあった時のために、2日目と3日目の構成に関しては当日のあくあ君のコンディションに合わせて幾つかのパターンを用意してきました。みなさん、お手元の資料を捲って次のページを確認してください」
手渡された資料を捲ると、ライブ構成の変更案が書かれていた。
イントロを少しだけ長めに取ったり、ちょっとしたトークセッションのアイデアだったり、全員で歌う曲の別パターンで俺の負担を減らしていたり、よく見るとほんの少しずつだけど細やかな工夫が散りばめられている。
「それではイベントプロデューサーの方から、改めて一連の流れについて、ご説明させていただきたいと思います」
今日の進行の流れから始まり、明日、明後日の大まかな流れを全員で再確認しながら意見を出し合っていく。
それが終わると、次は天我先輩を起こしてリハーサルだ。
俺達はリハーサルのために用意してもらったホテル内にあるショーステージを使って、イントロのところと変更になった部分の流れを確認していく。
「それでは通しでやってみたいと思います! 5、4、3……」
激しい和太鼓の音にリハーサルといえど気合が入った。
そこにオーケストラの美しい生の音が重なる。
「ここです。どうぞ!」
タイミングを合わせて俺達はステージに出る。
俺達は声の調子を確認するために1曲目を普通に歌う。うん、問題ないな。
曲を歌い切る前に俺は1人離れると、用意されたピアノに向かってゆっくりと歩く。
1曲目が終わるタイミングに合わせて、俺は1曲目と2曲目を繋ぐピアノ演奏に入る。
「はい、OKです!!」
2曲目の最初だけでストップがかかる。
そんな感じで細かいところを少しずつステージの上で再確認していくうちに、リハーサルの時間が終わった。
「お疲れ様でした!!」
本番前のリハーサルを終えた俺達は用意された控え室へと戻る。
「それじゃあ、あくあ君以外はしっかり休んでおいてね」
「それじゃあみんな、また後でな」
俺はみんなと一緒に食事を取った後、1人、別のフロアへと向かう。
ここから先は、阿古さんが別件で忙しいためにしとりお姉ちゃんと一緒だ。
「今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします」
俺はお世話になるホテルの社長を務める丹原さん、支配人の東方さん、チーフコンシェルジュの赤嶋さん、スタッフさんの皆さん達と簡単に挨拶を交わすと、特別に用意してもらった更衣室でホテルから支給された制服に着替える。
「お姉ちゃん……事件が起こりました」
「あーちゃん? どうしたの?」
俺は更衣室から出ると、自分の状態をしとりお姉ちゃんに見せつける。
「ホテル服姿のあーちゃんかっこいい……って、あれ? 下、スカート?」
「あっ、すみません。間違えました。ズボンはこちらです」
ほっ、ちゃんとズボンがあってよかった。俺はもう一度更衣室に入ると下を履き替える。うんうん、これで違和感がなくなった。
俺はヘアスタイリストさんに軽く髪を整えてもらい、鏡で自分の姿を再確認する。
おっ、自分で言うのもなんだけど、結構似合ってるんじゃないか?
俺は写真を撮るととあ達にメールを送る。
すると何故かペゴニアさんから返事が返ってきた。
送主:ペゴニアさん
宛先:旦那様
件名:お嬢様の代わりに返信します。
本文:お嬢様なら私の隣で死んでますよ。
あっ、間違ってカノンに送っちゃったみたいだ。
ソファに横たわったカノンと、無表情でピースサインしたペゴニアさんが写った写真を確認する。
さっき俺が先輩にしたみたいに2人でふざけて写真撮ってるのかな?
まぁ、こっちはペゴニアさんに任せるとして、俺は改めてとあ達に写真を送る。
するとみんなから似合ってるって言葉が返ってきた。
「それじゃあ、下にいきましょうか」
「はい!!」
俺は今日お世話になるチーフコンシェルジュの赤嶋さんの後ろについてホテルのロビーへと向かう。
「緊張してる?」
カメラさんの問いかけに俺はにこりと笑う。
「少し。でも今は、ワクワクの方が勝ってるかな。自分がやった事のない事をやるのはいつだって楽しいですから」
俺はカメラに向かってそう答えた。
スタッフ専用の通路を抜けた俺達はロビーに出る。
「は?」
「えっ!?」
「ちょっと待って、あれ、あくあ君!?」
「待って待って、あくあ様がなんでこんなところにいるの!?」
「ありがとうございますありがとうございます」
「とりあえず拝んどこ。ありがたや〜」
「たしなんとかさんが見たらぶっ倒れそう」
「気合い入れた服できててよかった」
俺の存在に気がついたお客さん達がざわめく。
通路の側にあるコンシェルジュカウンターの側に立った俺は、ホテルから出ようとしたお客さんに声をかける。
「今からお出かけですか?」
「ふぁ、ふぁいぃ……」
俺はにこりと笑みを浮かべると、胸の上に手を置いて軽く会釈する
「お気をつけていってらっしゃいませ。お嬢様」
「はわわわわ……」
あっ、そこ、壁ですよ。ちゃんと前を見て歩いてくださいね。
俺はお客様の手を取って、ちゃんと外までお見送りする。
「とんでもないコンシェルジュが来た」
「さすがあくあ様、登場と同時に余裕でオーバーキルしてくる」
「そもそも嫁が耐えられないのに、私たちモブじゃ、どうしようもないでしょ……」
「悲報、私達、秒でわからせられてしまう」
おっと、タイミング良くタクシーが来たので、ベルガールのお姉さんと一緒にお客様をお出迎えした。
「いらっしゃいませ。お嬢様。本日は当ホテルをご利用いただきありがとうございます」
「えっ!? あ、あくあ君!?」
お姉さんはかけていたサングラスを持ち上げると、ポカンと口を開けて俺の顔をマジマジと見つめる。
うーん、このお姉さん、なんかどこかで見た事があるような……。って、この膨らみ、鞘無インコさん!? 俺は誤魔化すように咳払いすると、何事もなかったかのように対応する。
「はい。今日より3日間、当ホテルにてコンシェルジュを務めさせていただく、白銀あくあと申します」
俺はタクシーの運転手さんからインコさんのお荷物を受け取ると、軽く会釈して、ありがとうございますと感謝の気持ちを伝える。
「ご宿泊でしたら、このまま私がフロントの方にご案内いたしますが、いかがなさいましょうか?」
「は、はい!」
「では、お嬢様。こちらにどうぞ。お足元、気をつけてくださいね」
俺はインコさんのキャリーケースを手に持つと、カウンターの方までご案内する。
「ご宿泊のお客様です。よろしくお願いします」
「はい!」
カウンターの人の手続きが終わるまでの間、俺は立ったまま通路へと視線を向ける。
家族連れの子供には手を振って、行ってらっしゃいませと声をかけ、外から戻ってきたお客様にはお帰りなさいませと声をかけていく。
「こーれ、バイトです」
「研修中とは?」
「なんでもうこんなに手慣れてるの……おかしいでしょ」
「長年いるベテランのスタッフじゃん」
「もうこれチーフコンシェルジュどころか支配人でしょ」
「支配人の人、ピンバッジ外して手渡そうとしてるのウケる」
「ホテルで働いてる人達も口ポカーンになってるじゃん」
「あくあ様に仕事を教えようとした人達、出番がない……」
「あー様がいるだけで超高級ホテルになるのウケる」
「雪白えみりさんが働いてるだけでラーメン竹子が五つ星の高級フレンチみたいになるのと一緒だよ」
「ラーメン竹子にいた綺麗なバイトリーダーのお姉さんなら、さっきどっかで見たぞ」
「えっ? このランドやば……」
「これ、嗜みが見たら倒れるぞ」
俺はフロントでカードキーをもらうと、部屋番号を確認してインコさんをお部屋までご案内する。
エレベーターの中で俺はカメラ止めてもらって、インコさんに普通に話しかけた。
「インコさん、今日はご旅行ですか?」
「あっ、えっと……はい。うち、大阪出身なんやけど、千葉県の高校に行ってる親戚の子がその、ライブチケット当選したんはええけど、それどころじゃないから自分の代わりに行ってきてって、うちにプレゼントしてくれて、その……代わりにあくあ君のライブを見に来ました」
インコさんは、バッグから取り出したチケットを俺に見せてくれた。
「えっと、七瀬二乃っていう子なんやけど……一応、ベリルさんからは親戚なら代わりに行ってもええよって聞いたそうなんですけど……」
「ああ! うちの七瀬の、そういう事だったのか。あー、びっくりした」
「はは、あっ、えっと、鞘……じゃなくって、うちは樋町スミレです。改めてよろしくお願いします」
二次元と三次元の差はあれど、鞘無インコさんが現実にいたらこんな感じなんだろうと思う。
服装は違えど樋町さんが髪を緑色に染めた事でそうにしか見えない。一部が本物より大きい事を除けば本当にそっくりだ。
エレベーターから俺はさっきまでの口調に戻す。
「あっ、お部屋の方こちらになります。どうぞ」
「ありがとうございます」
俺は部屋を開けると、カードキーをセットして樋町さんをお部屋の中に案内する。
「わっ、うち初めて夢の国にきたんやけど、ホテルからランド内が良く見えるんですね」
「はい。一般の道路と隣接している裏側は街並みや公園、海などを一望できるようになっていますが、こちらのお部屋はランド内が一望できるようになっています」
俺は荷物を置くと、軽くお部屋の説明をする。
「それでは何かありましたら、フロントの方に内線をかけてお呼び出しください」
「はい。ありがとうございました!」
部屋を出た俺は、そのまま下のフロアに戻る。
その途中で部屋の前で困ってる雰囲気のお客様をお見かけした。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「あっ、あくあ様!?」
俺はニコッと微笑むと改めて自己紹介する。
「何か困った事がおありでしたら、どうか私めにお申し付けください」
「えっと、実は、カードキーの方を無くしちゃったみたいで……ホテル内を彷徨ってた時に無くしちゃったみたいです」
「なるほど……どこか立ち寄られた場所は覚えていますか?」
「えっと、部屋を出てレストランで昼食を食べて、その後ちょっとショップに立ち寄ってからここに戻ってきたんですけど……」
「わかりました。少々お待ちください」
俺はインカムに手を当てる。
『すみません。こちらコンシェルジュの白銀あくあです』
『はい、こちら立坂、どうかなさいましたか?』
『お客様がお部屋のカードキーを無くされたみたいでして、立ち寄った場所が1階のレストランとグッズショップみたいなんですが、そちらに届いてはいないでしょうか?』
『すぐに確認します。そのままお待ちください』
俺は再びお客様の方へと視線を向けるとニコリと微笑んだ。
「一応、フロントの方に拾得物として届いてないか確認しています。もし、見つからなかったとしても、フロントの方ですぐに新しいカードキーをご準備できますから、ご安心ください」
「あっ、ありがとうございます」
待っている間、俺はお客さんの緊張をほぐすために旅行の事を話したりとか楽しい会話をする。
『白銀さん。先ほど確認したところグッズショップのレジカウンターの下にカードキーが落ちていたみたいです。お部屋番号とお客様の名前の確認よろしいですか?』
『はい、大丈夫です』
俺は部屋番号とお客様の名前をフロントの立坂さんに伝える。
『はい、確認が取れました。今、スタッフの1人がそちらに向かっているので、あと少しだけお待ちください』
『ありがとうございました』
それから1分とかからずにスタッフの人がカードキーを持ってきてくれた。
俺は気落ちしていた様子のお客様を励まして、お部屋を後にする。
「助かりました。ありがとうございます」
俺はカードキーを持ってきてくれたスタッフの人にお礼の言葉を述べる。
「いえ、こちらこそ。白銀コンシェルジュが迅速な対応をしてくれたおかげで助かりました。ありがとうございます」
ホテルスタッフさんと一緒にフロントのあるエリアに戻った俺は、コンシェルジュの業務に戻る。
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。気がついたら会場入りする時間になっていた。
「白銀さん。そろそろ時間です」
「わかりました」
俺は業務の途中だったが、申し訳ありませんとお客様にお声がけをしてから、チーフコンシェルジュの赤嶋さんにバトンタッチしてその場を離れる。
「それでは失礼します。ありがとうございました。また後でお邪魔します」
俺はホテルスタッフさん達にお礼を言うと、更衣室で服を着替えてみんなの待っている部屋へと向かう。
「おかえりー、どうだった? 楽しかった?」
「お疲れ。不在の間にみんなで考えた事を書いておいたから後で目を通しておいてくれ」
「後輩、疲れているのならギリギリまで休んでてもいいぞ!」
「おう。ただいま、みんな! とあ、コンシェルジュの仕事はすごく楽しかったぞ。慎太郎、メモ書きありがとな。先輩、俺なら大丈夫ですよ。みんな、心配してくれてありがとな」
俺はメモ書きに目を通しながら、小腹を満たすためにサンドイッチを食べる。
「みんな、もう移動しましょう!」
「「「「はい!」」」」
荷物運搬用の地下通路に設置されたトロッコに乗って、俺たちはランドの中央に位置するお城の下に向かう。
「BERYLの皆さんが到着しました!!」
控え室に入ったみんなは俺より先に衣装を着替える。
俺は1人だけシャワールームに入ると、汗を流してから用意してくれた衣装に着替えた。
その後はいつものようにスタッフさんにヘアメイクとメイクをしてもらう。
「開演まで後15分です!!」
俺達はスタイリストさんやメイクさん、ヘアスタイリストさん達に感謝の気持ちを伝えてハイタッチする。
「行くぞ!」
「おー!」
「おおっ!」
「おぅ!」
気合を入れた俺達は控え室を出て、舞台袖へと向かった。
「「「「「よろしくお願いします」」」」
「「「「「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」」」」」
舞台袖に到着した俺達は、今回のイベントプロデューサーを務める三木さんや阿古さんを交えて今日のライブの最終確認をする。
「本番まで後5分です!」
外から俺たちの名前を呼ぶ声が聞こえる。
「ふぅ」
俺は目を閉じると、腰に両手を置いて軽く息を吐く。
ついに……ついに始まるんだ。
俺の、俺達BERYLの初めての全国ツアーが、今日ここから始まる。
この世界に転生して1年、ついにここまで来た。
「みんな、ありがとな」
俺は後ろを見ずに呟く。
慎太郎が、とあが、天我先輩が……そして阿古さんが、俺をここに連れてきてくれた。 支えてくれるスタッフや家族のみんな、応援してくれたファンのみんな、その全てに感謝の気持ちを返したい。
俺は誰だ? 俺は白銀あくあだ。昨日までの最高だった自分をイメージしろ。
でも今日の俺はそれを超える。そして明日の俺はさらに今日の俺を超えていく。
だから今日できる最高のパフォーマンスを以てみんなに気持ちに応える。
「後、1分です!!」
外でもカウントダウンが始まったのか、大きな歓声が聞こえる。
ファンの声が一つになって俺達を呼ぶ、BERYLの大合唱が聞こえてきた。
準備はいいか? なんて今更聞いたりはしない。
ついてこいなんて言わなくても、みんなは俺についてきてくれる。
俺は目を開け、後ろを振り返ると、ニッと笑った。
「みんなのところに行こう」
「うん!」
「ああ!」
「行こう!!」
ライブツアーの開幕を告げる大きな和太鼓の音が会場に鳴り響く。
俺達は所定の位置に立つと、ステージに背を向けるようにして横並びになった。
会場に流れるオーケストラの音に集中する。
3、2、1……。
曲が変調して激しいギターサウンドに変わる。
それに合わせて俺たちの後ろにあった大きなお城の扉が開く。
「「「「「きゃああああああああああああああ!」」」」」
みんなの歓声に合わせて、俺たちはステージに振り向く。
最初の曲は俺達4人にとって転機になった作品、ヘブンズソードの曲から、全員で歌える第二期の挿入歌でもある激化boisterous danceを歌う事にした。
『激化していく世界で繰り返される自問自答。正解のない答えを探して戦い続ける。いつかこの戦いに終わりが来ると信じて』
4人の声が綺麗に重なる。
会場に沸き起こる大歓声、最初からボルテージはクライマックスだぜ!!
『理想と現実の間で燻り続ける葛藤』
『終わりのない戦いの中で俺達は何を見る?』
『加速していく世界は止まらなくて』
『巻き戻せない過去と悲しみを乗り越えていく』
俺、天我先輩、とあ、慎太郎の順にセンターを入れ替わりながら歌い上げる。
自分でも信じられないくらい最高のコンディションだ。
いや、俺だけじゃない。とあも慎太郎も、天我先輩も今日のこの日のために仕上げてくれている。
それが嬉しかった。
『俺が!』
天我先輩が声を張り上げた。
『僕が!』
それに続くようにとあが声を張り上げた。
『目指した』
慎太郎が俺に繋ぐ。
『現在を掴み取れ!』
再び全員の声が! 気持ちが! 重なる。
『激化していく世界で繰り返される自問自答。正解のない答えを探して彷徨い続ける。本当にこれでいいのか』
俺と天我先輩が背中合わせになる。
『力だけでは何も解決しない』
とあと慎太郎がセンターに立つ。
『想いだけじゃ誰も救えない』
最後は4人で並んで声を揃える。
『激化boisterous dance!』
俺たちはバラけると観客席にいる一人一人に向けて視線を送る。
1人でも多くの人達に、俺たちの感謝を伝えるために!
『どんなに願ったとしても、悔やんだとしても』
『失ったものが帰ってくる事はない』
『心の隙に差し込む悪魔の囁き』
『俺はこの弱さを乗り越えられるのか?』
天我先輩、慎太郎、とあ、俺の順番で歌い上げる。
作中のキャラクター達が見せたポージングなどを取り込んだダンス。
一瀬先生とニコさん、それに天我先輩と俺の4人で考えたダンスに、みんなが熱狂してくれた。
『疑うな!』
『迷うな!』
『俺たちの』
『理想を貫け!』
慎太郎と俺が連続で声を張り上げると、天我先輩が繋いでとあがシャウトする。
『やると決めたら決して後ろを振り向くな。前だけを見続けろ。もう俺達には進むしかないんだ』
会場の全てに俺たちのこの熱いハートを届かせるように声を張り上げた。
俺は慎太郎と向かい合うようにして歌う。
『それでも理想は捨てたくはない』
とあと天我先輩も同じように向かい合って歌う。
『そうだとしても現実を見捨てたくない』
4人の声が重なる。
『葛藤Ambivalent heart』
全員でステージの中央に向かう。
『俺は乗り越えなければならない』
ほんの少しだけ影の差した慎太郎の声に、ファンの子達がうっとりした表情を見せた。
『例えこの世界の針を止められなくても』
天我先輩の真剣な表情に、ファンの子達は飛び跳ねた。
『挫けるな!』
『立ち上がれ!』
『突き進め!』
『理想を掴み取るために!』
とあ、俺、天我先輩、慎太郎の順にシャウトした。
『この先の未来に何が待ち構えていたとしても』
とあの色気のある歌声に、ファンの子達がよろめいた。
『そこに希望があると信じて前を向いて歩いていく』
今の俺が出せる全力の歌声で、会場をさらにヒートアップ……いや、激化させた!
『何が正解かなんてわからない。それでも俺たちは1人じゃない。共に歩む仲間がいる!』
4人の声が最高の状態で揃う。
やっぱりこの曲を最初にして良かったと思った。
天我先輩と慎太郎が拳を突き合わせる。
『理想を追い求めろ』
それに合わせてとあと俺も拳を突き合わせる。
『現実と戦い続けろ』
最後は全員でシャウトする!!
『激化boisterous dance!!』
俺は3人とハイタッチすると、1人ステージの先端に設置されたピアノへと向かう。
みんなの大歓声が俺を包み込む。
2023年1月7日……俺達BERYLの全国ツアーはこうしてスタートを切った。
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://mobile.twitter.com/yuuritohoney




