白銀らぴす、私のアイドル。
『えー、たった今、情報が入ったばかりの黒蝶一派のスキャンダルですが、現在、情報を整理中です。もうしばらくお待ちください』
合宿所でテレビを見ながら最後の昼食をとっていたら、突然のニュースが入ってきました。
『こちら、黒蝶家の本家の前に来ています。現在は多くの報道陣によって取り囲まれてますが中の動きは一切分かりません』
なんでもこれまで黒蝶家がもみ消してきた悪事、その全ての証拠をコピーした書類などが送り主不明で各報道機関に向けて一斉に送られてきたそうです。
『こちらは国会議事堂前です。総理や黒蝶議員と連絡が取れないみたいで現在、こちらも与野党ともに大きく混乱しているようです』
みんなが一斉に食事を止めると、黒蝶君の方へと視線を向ける。
しかし彼は気にする様子もなく、いつもと変わらずカレーを食べていました。
こういう時、山田君がいればよかったのですが、彼は合宿最終日が終わると、そのまま残る予定を変更してどこかに行ってしまったのです。
「ご馳走様でした」
黒蝶君は私達の視線を気にする素振りもなくいつものように綺麗に食事を食べ終えると、食堂のおばちゃんにお礼を言って自らの部屋へと戻っていく。
「だ、大丈夫かな? いつもと変わらないように見えたけど、やっぱり声かけたほうがよかったかな?」
「黒蝶さん、今日が本番なのにこんな事になるなんて……悪い影響がなければよろしいのですが」
キャプテンの祈さんと津島さんも心配そうです。
最初はバラバラだったチームも、津島さんがうまく祈さんのサポートに入ってくれたおかげでチームがまとまって動けるようになりました。
何よりも祈さんのパフォーマンスを前にして巴さん、星川さんの2人が、祈さんをセンターやキャプテンとして認めたところも大きかったと思います。
「あの子は大丈夫。そういうの気にしなさそうだし、パフォーマンスに影響が出るタイプじゃない」
「うん。今も本当にいつも通りだった。それにデリケートな問題だから、そっとしておいた方がいいと思う」
巴さんと星川さんは冷静に状況を分析しつつ、こちらもマイペースにカレーを食べていました。
自分にストイックな巴さんは自分と同じくらいちゃんと努力してる人以外は認めないタイプで、星川さんはあまり喋るのが得意じゃないというか、1人の時間を好む傾向にあります。
だから巴さんは合宿を通じて私達がちゃんとやってる姿を見せる事で打ち解けられたし、星川さんは自分たちから話しかけたら喋ってくれるようになりました。
「そうね。それよりも今は自分たちの事に集中しなきゃ。ね、らぴすちゃん」
「は、はい!」
私の声が上擦ってたのもあって、祈さんはリラックスリラックスと声をかけてくれました。
「緊張するな。ちゃんと今まで頑張ってきた分は報われる。練習量に勝るものなど何もないのだから」
「あ、ありがとう」
巴さん、真面目に練習する人には本当に優しいんだよね。わかりづらいけど。
あと、実力が上の人たちに喧嘩を売るというか、直ぐに勝負をしたがる癖さえどうにかれば……。
兄様に歌で勝負してくれませんかって言って、みんなを驚かせた時の事を思い出して苦笑いする。
「ほほほ、今日はそのためにカツカレーを注文しましたわ!!」
津島さん、カレー大盛りにカツ3枚ってすごい。
これだけ食べてても太ってないのもすごいけど、この栄養は一体どこに……。
私はごく自然に、その大きな山脈のような膨らみとダイナマイトなお尻へと視線を向ける。
A、B、C、D、E、F、G、H、I、J……Jなんてサイズ、この世に存在してるんですね。私は自分の胸にそっと手を置いた。
「今までやる事はやった。だから結果がどうなっても悔いはない」
「うんうん。結果は結果。みんなで最高のパフォーマンスをやろ!」
星川さんの言葉に祈さんが両手でガッツポーズを見せて同調する。
みんなで普通に食事をした後、最後の休憩時間を過ごす。
「行こっか!」
「「「「はい!」」」」
グループごとに用意されたバンに乗って移動する。
チラッとだけ黒蝶君の姿が見えたけど、どうやら山田くんとは現地で合流するのか1人でバンに乗っていた。
本当に大丈夫なのかな? チームは違うけど合宿を一緒に乗り越えた仲間なので心配になります。
「「「「「おはようございます」」」」」
オーディション会場に到着した私達はスタッフさんに案内されて楽屋へと向かう。
それぞれに用意された楽屋の中で衣装を着替えて髪をセットしてメイクをしてもらった後、舞台袖に移動して他のグループの様子を見守った。
『人生で一回限りの恋なら、君に堕ちよう』
課題曲、たった一度だけの恋をしよう。今回、審査で歌う曲は全チーム一緒です。
最初にパフォーマンスをしたチームAは、センター那月紗奈さんを前面に押し出した構成を披露しました。
『淫らに口づけを交わそう』
歌に合わせてハーちゃんとフィーちゃんの2人が、キスするんじゃないかってほどお顔を近づける。
え? 待って、2人とも私より年下ですよね!? なんか私よりも大人びて見えるんですけど!?
2人の年齢にそぐわない色気のある表情と体の絡め方、その衝撃に舞台裏にいた全員が驚きドキドキしました。
直前の練習でも見せていなかった事から、きっとここまで隠れて準備してきたんだと思います。
その一方で藤林さんは黒子に徹しつつ、重要なポイントでチームに変化をつけていました。
『散らした花びらがポトリと落ちる。空に煌めく無数の星をひたすらに数えて過ごした』
でもそれらは全てセンターである那月さんの魅力を最大限に輝かせるためです。
高い歌唱力とダンスパフォーマンス。何よりもキラキラと輝くスター性。
ステージのスポットライト、その全てを奪ってもなおその中央で圧倒的に輝いていました。
『通じ合っても素直になれないこの気持ち。君が悪いんだって言って本当の心を誤魔化した』
楽しそうに歌う那月さんの姿に、見ている誰しもが笑顔になってしまう。
観客席でその様子を見てた人達がノリノリでペンライトを振る。
今日のオーディションは抽選で選ばれた人達が秘密厳守という条件の元、観客としてスタジオの見学に来ています。
そして観客席の人達は私達がパフォーマンスを披露する前に、まだ未放送である合宿前から合宿最終日までの映像を見ているとスタッフの人から聞きました。
『伝えたい』
ハーちゃんの声に観客席の人達もペンライトで応える。
『本当の気持ち』
ここまで見せていなかった那月さんの少し色っぽい表情にため息が出た。
『見せたい』
フィーちゃんの声に再び観客席の人達がペンライトで応える。
『素直な私』
素を見せたかのような藤林さんの自然な笑みを見た観客席の人達の心がガシッと掴まれた気がした。
『思うままに、後悔しないように、一歩を踏み出せ!!』
力強い那月さんの声に観客席のボルテージはマックスになる。
『GO! GO! GO!』
もうそこからは圧巻でした。
隙なんて一個もありません。これがこの歌の最適解で最高のパフォーマンスだと言わんばかりのものを見せつけられます。
「大丈夫、私たちも十分にやれるよ」
祈さんの言葉にみんながハッとする。
『チームAの皆さん、素晴らしいパフォーマンスをありがとうございました』
マイクを持った兄様の真剣な表情にドキッとする。
家では優しかったりお茶目なところを見せてくれる兄様だけど、仕事をしている時の兄様はすごくかっこいいです。
『まずは那月紗奈さん、圧倒的なパフォーマンスでした。高い歌唱力と豊かな感情表現、ダンスに関しても終始安定していました。私について来てというようなパフォーマンスも、全てが高い次元で余すところなく表現できているからこそ活きたと思います』
お兄様の言葉に那月さんは満面の笑みでありがとうございますと応える。
本当に最初から最後まで1番だった。という言葉に相応しいパフォーマンスだったと思います。
『次にハーミーさん。当初より卒なくなんでもこなす器用さがありましたが、感情表現の方があまり得意ではないのかという印象がありました。それを逆手に取ることで少ない変化をより効果的に見せれるのは良かったと思います。儚さを感じられる点もすごく魅力ですね』
ハーちゃんが照れた表情を見せる。すごく嬉しそう。
やっぱりカノン義姉様の妹さんというか、最初に印象じゃわかり辛いけどよく見たらちゃんとわかりやすいんですよね。
『フィーヌースさんはいつ見ても元気いっぱいで、見ているこちらが元気をもらえる。そんな感じの印象でしたが、今日はそういった部分を封印して、大人っぽさを出して来たところに驚きました。年齢的にも細かい所はまだまだ改善の余地がありますが、伸び代だけなら間違いなく1番だと思います』
ハーちゃんとは対極的にフィーちゃんは体全体を使って喜ぶ。
さっきまでの大人っぽい雰囲気とのギャップもあって、余計に可愛いなって思ってしまいます。
『最後にキャプテン藤林美園さん。個人としては今回、黒子に徹しましたが、自らのパフォーマンスでチームに幅を持たせたり、この個性的なメンバーを違和感なくリンクさせるためのパフォーマンスなどは素晴らしかったと思います』
藤林さんは胸を張って兄様の言葉を聞いていました。
なんでしょう。柔らかくなった藤林さんの表情を見て、少し違和感のようなものを感じます。
『そしてここから先はチームAの総評にもなりますが、よくぞ宣言通りにここまでチームを完成させたと思います。ベリルの方針はあくまでもアイドル主体。アイドルの子達が何をやりたいのか。何を表現したいのか。その自由を与えてくれるのがベリルなんです。鳥が空を飛ぶ時に風の力を利用するように、ベリルはアイドルを空高く羽ばたかせてくれる風なんです。だからベリルはアイドルに対して自分たちの方針を強制したりはしません。もちろん、迷った時に飛び方を教えてくれる。つまりは幾つかの方針は提示しますけど、自分たちがどっちに羽ばたいていくかを決めるのはアイドル達に委ねられているんです。チームAはセンター那月紗奈さんをメインに押し出しつつも、それぞれの個性がちゃんと見えたところも良かったと思いました。素晴らしいパフォーマンスを見せていただきありがとうございます。そしておよそ2週間近くに及ぶ合宿、本当にお疲れ様でした!』
兄様の拍手に合わせて、他の審査員や観客席、舞台袖にいたスタッフや私達オーディション組も拍手を送ります。
「チームBの皆さん! 準備お願いします!!」
「「「「はい!」」」」
チームBのメンバーはステージから降りてきたチームAのメンバーとハイタッチをしてステージ中央へと向かう。
課題曲は同じ。だからこそあの後にパフォーマンスを披露するチームBも、そしてその後に続くチームC、チームDは大変です。だからと言って最初にパフォーマンスを披露するチームAが得だとは思いません。
最初にパフォーマンスを披露するのは勇気のいる事だし、他の指標となるチームがいない中で最初にパフォーマンスを披露する事はとても勇気がいる事だからです。
『人生で一回限りの恋なら、君に堕ちよう』
くくりさんの力強くも大人びた声に一瞬でステージの色が変わる。
おそらく藤林さんはチームBが後に続くからあえて、男女関係なく誘惑するようなくくりさんの魅力を減らすために色気のある歌い方を選択したんだと思います。だけど、くくりさんはそれを逆手にとって、パワフルかつかっこいい歌声で観客に媚びない歌い方に切り替えました。
このたった一瞬ですごい高度なバトルを見た気がします。
『淫らに口づけを交わそう』
そこにチームBのキャプテン、天宮ことりさんが可愛らしい甘さをプラスする。
純然たる可愛らしさ、天然美少女でアイドル的なルックス、内面から滲み出る優しいオーラがある天宮さんだからこそ許されるテクニックです。
『散らした花びらがポトリと落ちる。空に煌めく無数の星をひたすらに数えて過ごした』
普段はガサツっぽいのに意外と器用な七瀬二乃さんは、くくりさんの歌い方に合わせてかっこよさを全面に押し出したパフォーマンスに変化させる。
『通じ合っても素直になれないこの気持ち。君が悪いんだって言って本当の心を誤魔化した』
そして桐原カレンの芯が通ったかっこいい歌声が全てを纏め上げる。
くくりさんが方向性を変えたおかげもあって、より桐原さんや七瀬さんの魅力が倍増した気がします。
『伝えたい』
かと思えばここで天宮さんが的確なポイントで甘さを入れてくる。
これはあれですね。天然小悪魔系とでもいうのでしょうか。同性の私でもクラクラと惑わされます。
『本当の気持ち』
七瀬さんもそれに続くように影のある表情を見せる。
さっきまで胡座をかいてカレーにがっついて口の周りにいっぱいご飯粒つけてた人が、そんな顔もできるんだとみんなが驚く。
『見せたい』
真剣な桐原さんの表情と立ち姿に観客席のみんなもドキッとした顔を見せる。
メアリーじゃ王子様って呼ばれてるのも納得です。
『素直な私』
くくりさんの表情にみんながキュンとする。
藤林さんといい、普段感情を表情に見せない人がここのパートを歌うのは反則じゃないですか!?
『思うままに、後悔しないように、一歩を踏み出せ!!』
チームAとは違って一体感を出すために全員でこのパートを歌い上げる。
『GO! GO! GO!』
チームBはそのままサビに入ると、2番からは本来予定していたやり方に戻して周囲をまた驚かされます。
自分達のペースに持っていくために、1番を丸々使って観客席を引き込むなんてすごいな。
『チームBの皆さん。すごくかっこいいパフォーマンスをありがとうございました』
兄様、すごく嬉しそう。前に俺は何にでも本気でやってるやつが好きなんだって言ってた事を思い出します。
『まずは皇くくりさん。その甘く愛らしいルックスからは想像できないかっこいい歌声、そして年齢にそぐわぬ大人びた歌声。どちらも本当に素晴らしいと思います。それに合わせてダンスパフォーマンスをカッコよさを重視したのも良かったと思います。本番までに準備してたのかな?』
『はい。本番までどちらに構成にしようか悩んでいたので』
『なるほど。それは功を奏しましたね』
くくりさんは笑顔だったけど、その笑顔の裏で藤林さん、貴女の考えている事なんてお見通しですよ。貴女如きが私を出し抜けると思って? と言っているように聞こえるのは、私が昼ドラを見過ぎていたせいでしょうか?
『七瀬二乃さんはムードメーカーで元気さが取り柄ですが、今回のパフォーマンスではそうじゃない新しい魅力をたくさん見せてくれました。特に影がある歌い方をした時は、こちらも思わず引き込まれてしまったほどです。チームに合わせる柔軟さと、瞬時の対応力は芸能界で活動する事においてもプラスになると思いますよ』
七瀬さんは少し照れくさそうな仕草を見せた後、それを誤魔化すように大きく喜ぶ。
その後にホッと息を吐いた姿を見ると、ポジティブそうな七瀬さんでもオーディション本番では緊張していたんだなと知る事ができました。
『キャプテンの天宮ことりさん。本当であれば貴女はセンターになれる逸材です。でも今回はチームの構成を決める段階で、この個性的なチームをアイドルとして纏められるのは貴女しかいないと思いキャプテンに任命しました。今回はチームのカラーに合わせつつ、自らのアピールポイントである可愛さを押し出せたのは、チームとしても個人としても良かったのじゃないのかなと思います』
天宮さんは少し涙ぐみながら兄様の話を聞いていました。
普段からずっとニコニコと笑っていたけど、多分、今日ここにくるまでに見えない所での苦労がいっぱいあったはずです。同じ合宿で汗を流した仲間だからこそ、心からその努力が報われて良かったと思いました。
『最後に桐原カレンさんは1番では従来のかっこいい面を余す所なく見せてくれました。そして2番ではそのかっこよさを少し変化させる事で女性らしい美しさを前面に押し出してきましたね。そこがすごく良かったと思います。桐原さんは変化の付け方に苦労していましたが、少ない変化で自分の色を変えるテクニックを持っているのは後々武器になると思いますよ』
長身の桐原さんは誇らしそうに胸を張った。
一見すると大人びて見える桐原さんだけど、可愛いものが好きで話してみると気が合うんですよね。
桐原さんはいつも憧れのえみりさんみたいにもっと女の子らしくなりたいと悩んでました。
だから兄様に女性らしさを褒められてすごく嬉しかったはずです。
今日のこの一歩が桐原さんにとってのいい一歩になればいいなと思いました。
「みんな、行こっか!」
「「「「はい!」」」」
1番前を歩く祈さん、その後ろ姿が一瞬だけ兄様と重なった気がしました。
私の気のせいかな? ほんの少しの違和感を抱きつつ、舞台袖からステージに出る。
わっ!
凄い人数の視線に呑まれそうになる。
舞台袖から見てわかっていたはずなのに、ステージの上に立った時の感覚は想定した以上でした。
それにスポットライトがすごく熱い。ううん、この熱はそれだけじゃない気がします。沸き立つような熱が私達の足元から全身を覆っていく。
私達の前にパフォーマンスしていたチームA、チームBの熱気がまだステージに残ってるんだという事に気がつきました。
『続きましてチームC、祈ヒスイさん、津島香子さん、巴せつなさん、白銀らぴすさん、星川澪さんのパフォーマンスです!!』
曲が始まる。そう思った瞬間、やらなきゃと思いました。
私だってここまで頑張ってきたんだから、たった一度きりのチャンスで余計な事を考えて後悔なんてしたくない。
『人生で一回限りの恋なら、君に堕ちよう』
え? 祈さんの歌い出しに全員の思考が一瞬だけ固まる。
それは予定されていた事をやらなかったからとか、緊張とかで思ったようなパフォーマンスができてないからじゃありません。
自分達の想定を遥かに上回る何かが来たからです。
たったワンフレーズ、たった一つの仕草、視線、体の動き、一瞬で祈さんが観客席にいた全員を持って行った事に気がつきました。
『淫らに口づけを交わそう』
巴さんと星川さんは冷静に自分のパートを歌い切る。
はっきり言って、お二人の歌のうまさはオーディション組の中でもトップクラスです。
『散らした花びらがポトリと落ちる。空に煌めく無数の星をひたすらに数えて過ごした』
ここは本来は祈さんと津島さんのパートだけど、津島さんはあえてコーラスに徹して主導権を祈さんに手渡す。
祈さんはその溢れんばかりの輝きを抑えようとしましたが、津島さんはそのまま突っ走りなさいなとすかさず目で合図を送る。みんながこのステージを成功させようと必死だった。
だったら私も……って、今までの私ならそう思ってたかもしれない。
でも、みんなのパフォーマンスが、それぞれの想いが、私の心に火をつけた。
『通じ合っても素直になれないこの気持ち。君が悪いんだって言って本当の心を誤魔化した』
本当ならここは歌の上手い巴さんと星川さんに主導権を渡して、私がコーラスに回るのが正解なんだと思います。
でも本当にそれでいいんでしょうか? 観客の人達はそれを望んでいるんでしょうか?
今、目の前にいる人達が私達のライブを、ステージを見るのはこれが最初で最後かもしれません。
ああ、そっか……ライブって恋と一緒なんだ。
だったら、とびっきりの初恋を、みんなにあげたい。
私が今この瞬間、ステージの熱気に恋をしたように!!
『伝えたい』
津島さんがもうお好きにやりなさいなと優しげな笑みを浮かべた。
『本当の気持ち』
巴さんは嬉しそうな顔をしていました。強いライバルがたくさんいた方が燃えるからと言っていた事を思い出します。それと同時に、ステージの上で殴り合うような最高のパフォーマンスをしたいと言っていた事を思い出しました。
『見せたい』
本来ならばここは私のターンだけど、津島さんが咄嗟の判断でダンスを入れ替わって歌い上げる。行けと言われた気がしました。
『素直な私』
星川さんが私たちに繋ぐように完璧に歌い上げる。それと同時にウィンクでここだけは譲ってあげると言われた気がしました。
『思うままに、後悔しないように、一歩を踏み出せ!!』
私と祈さんは2人で前に出ると今できる最高のパフォーマンスを観客にいる人たちに見せる。
『GO! GO! GO!』
そこからはもうハラハラドキドキするような殴り合いのパフォーマンスでした。
私と祈さん、巴さん、星川さんの4人が主導権を奪い合うようにステージの上で喧嘩をする。
2番を終え3番に入る頃には、祈さんは更にギアをあげる。それに合わせて私もギアを上げた。
それでも最後までチームとしてのカラーがちゃんと纏まっていたのは、津島さんの完璧なフォローのおかげだと思います。
はぁ……はぁ……。
全てをやり切った後、疲れていたとしても苦しかったとしてもそれを顔に出さずに観客席に向けて笑顔を見せる。
『チームCの皆さん。楽しいパフォーマンスをありがとうございました』
これが予定していたものじゃないと兄様は気がついているのでしょう。
それでも兄様は嬉しそうに笑ってくれました。
『一つ言うとライブってね。生き物なんですよ。だからそこに正解はないんです。少なくとも私自身の考えとしては、この場でこういうパフォーマンスを見れた事に対して、とても痛快な気持ちになりました。前の2チームが完璧に用意されていたパフォーマンスを余す所なく表現していたのに対して、チームCのパフォーマンスは予定調和をぶち壊すというか、観客達に対してライブは何が起こるかわからないんだぞと言っているような、目を覚ますようなパフォーマンスだったと思います。でもこれも、ちゃんとした日々の練習の積み重ね、努力がなければできる事ではありません』
兄様はそう前置きした上で個人のパフォーマンス査定に移ります。
『まずは祈ヒスイさん。個人としては非の打ち所がない完璧なパフォーマンスでした。歌唱力、ダンス、仕草、表情、本当にどれも素晴らしかったと思います。私が見たかった祈ヒスイはまさしくこれでした』
祈さんを見つめる兄様の目が、ここじゃないどこかを見ているような気がしました。私の気のせいでしょうか?
兄様に褒められた祈さんは、まだ自分が褒められた事を脳が理解できてないのか固まっていました。
『次に津島香子さん。個人的にはチームCのMVPをあげたい。今回チームCのライブがステージとして成立したのは、あなたのおかげだと思います。その部分もちゃんと審査員の人達は高く評価してくれると思うので、安心してください』
津島さんは観客席で見ているらしい妹さんに向かって、やりましたわー。月乃ー、見てるー? お姉様はやりましたよーと声をあげる。それを聞いて恥ずかしがる妹さんの姿がカメラに抜かれて、観客席も審査員席も苦笑いを浮かべていました。
『巴せつなさん、本当に素晴らしい歌声をありがとうございました。まず間違いなく歌唱力やテクニックだけならプロでも十分通用するんじゃないかな。正直、勝負をふっかけられた時は、ここで負けたら面子がないなと思って焦ってました。今回はその時に自分の方から指摘させてもらった感情表現の部分がすごく向上していたと思いました』
巴さんは兄様の話を微動だにせずに一言一句聞き入っていました。
きっともう次のステージ、さらなる高みへと視線を向けているのだと思います。
『星川澪さん。巴せつなさんと並んでオーディション組ではトップクラスの歌唱力だと思っています。高い感情表現能力が今回のライブパフォーマンスにすごく活かされていたなと思いました。今回は巴さんと共に苦手なダンスも頑張っていたところも良かったのですが……オーディションが終わった後に、巴さんと星川さんのお2人とは少しお話をしないといけないなと思っています』
兄様の言葉に会場がどよめく。
合格とも不合格とも言われたわけではありませんが、2人に対しては、この時点で明確に何かの道が開かれた事に全員が気がつきました。
『そして最後に白銀らぴすさん……。ここは天鳥社長、私の代わりにお願いできますか?』
兄様は寸評が身内贔屓で不公平にならないために阿古さんにマイクを手渡す。
『正直なところ今すごく驚いています。それくらい先ほどのらぴすさんのパフォーマンスは、審査員全員の予想を良い意味で裏切ってくれました。個人的にはチームAのセンター那月さん、チームBのセンター皇さん、チームCのセンター祈さんの3人と並ぶだけのパフォーマンスを見せてくれたと思います。いや、那月さんと皇さんに関しては審査員からするとわかり切ってはいたのですが、祈さんとらぴすさんのインパクトが大きすぎて、正直なところ本当にしてやられたなと思いました』
阿古さんからの最大限の賛辞に背筋がピンと伸びた。
『で、うちの特別審査委員長は、こうなるって最初からわかっていたのかな?』
阿古さんは兄様の方へと視線を向ける。
兄様はノーコメントでと言って会場を笑わせた。
阿古さんからマイクを受け取った兄様が再び私たちの方へと視線を向ける。
『チームCの総評に関して言うと、これがライブだという事を改めて分からせてくれた事だと思います。用意してきたものを完璧に表現する事はもちろん正解です。だからと言って先ほども言いましたが正解は決して一つではありません。少なくとも先ほどのパフォーマンスを見た観客の皆さんはとても満足した顔をしています。それ以上の賛辞はないと思いますよ』
私達は5人で手を繋いで横並びになると、観客席と審査員席、裏方に向かって一礼をした後に舞台袖から裏側へと戻っていった。その途中にチームDのスバルちゃんと目が合う。
「最高だった」
スバルちゃんはそう言って私にウィンクするとステージの中央へと向かっていった。
『続きましてチームDのパフォーマンスに入りますが、その前に特別審査委員の方からご説明があります』
ここで兄様の方から観客席の人達に向けて、みやこちゃんが裏方に回った事への説明がなされる。
みやこちゃんはオーディションが進むにつれ、それに伴いアイドルをサポートする裏方の人たちを見て、自分が本当にやりたいのはこっちだという事を兄様に打ち明けました。
兄様は本当にやりたい事が見つかったならそっちをするべきだと、君達の未来は無限にあると、みやこちゃんの考えを全面的に支持してくれたそうです。
『それでは鯖兎みやこプロデュース、チームDの皆さんにパフォーマンスを披露して頂きたいと思います』
チームDを勝たせたい。そのためにチームDのサポートメンバーとして残ったみやこちゃん。
そのみやこちゃんがどういう風にチームDをプロデュースしたのか、その全貌が明らかになる。
『人生で一回限りの恋なら、君に堕ちよう』
え? 可愛らしい振り付けと仕草、キュートな歌い方をするスバルちゃんにびっくりしました。
『淫らに口づけを交わそう』
それに合わせて瓜生あんこさん、茅野芹香さんの2人も今までのチームのパフォーマンスと違って、投げキッスをするようなフランクで可愛いパフォーマンスを見せる。
『散らした花びらがポトリと落ちる。空に煌めく無数の星をひたすらに数えて過ごした』
柔らかなラズリーさんの歌声と、ふんわりとした歌い方がすごく心地いい。
おんなじ曲を聴いているのにまるでそうじゃないみたいです。
『通じ合っても素直になれないこの気持ち。君が悪いんだって言って本当の心を誤魔化した』
スバルちゃんは観客席を巻き込むように、熱気のベクトルを自分達の構築する愛くるしい世界へと引き摺り込んでいく。
すごい。みやこちゃんがプロデュースする事で、曲自体の雰囲気をガラリと変えてきました。
『伝えたい』
ラズリーさんのほんわかした雰囲気にキュンとする。
『本当の気持ち』
あんこさんの暖かな歌声にキュンとする。
『見せたい』
スバルちゃんの愛くるしい仕草にキュンとする。
『素直な私』
芹香さんの包容力のある笑顔にキュンとする。
『思うままに、後悔しないように、一歩を踏み出せ!!』
何これ何これ!?
キュンにキュンが重なってキュンが加速していきます。
『GO! GO! GO!』
めくるめくみやこワールドの開幕です。
観客席の人達も胸をおさえて悶えている人達がいました。
これには裏にいた私達、他のメンバーも顔を見合わせてやられたねって顔をします。
『チームDの皆さん。心がキュンとするパフォーマンスありがとうございました』
会場が大きな拍手に包まれます。
マイクを手に取った兄様は優しげな笑みを見せる。
『少し話は変わりますが……』
兄様は軽く咳払いすると、表情を切り替える。
『女性アイドルが成功するためには、同じ女性達からリスペクトされるというのが必須条件だとされています。わかりやすいところで言えば男性に負けないカッコよさ。女性が女性として憧れを抱くような美しさ。年下の子達や同年代が憧れを抱くような大人びた雰囲気や可愛らしさ。これらが重要だと言われてきました』
昔は男性需要のために男性に媚びるような感じが重要視されてきました。
でもここ最近で、その傾向は失われつつあります。
例えばトップアイドル、eau de Cologneのアヤナさんは、男装ができるだけのかっこよさとか、同年代や年下の子が憧れる綺麗さや可愛さがあります。フェアリスの加藤イリアさんも、普段とは違ってフェアリスのセンターとして歌ってる時はすごくかっこいいんですよね。
『鯖兎さんがプロデュースしたチームDは、今までのチームAからCが見せなかった新しい可能性について指し示してくれたと思います。応援したい。それこそがアイドルにとって重要な要素なのです。だからこのアプローチは何かこの世界に新しいものを生み出すかもしれません』
褒められたみやこちゃんがバックヤードで目に涙を溜めていました。
私はそっと近づくと、よかったねと声をかける。
『ラズリーさんに関しては少し心配していましたが、良い具合に自分のキャラクター性を活かせていたのが良かったと思います。体力テストでも最初はトレーニングについていけてなかったのに、最後はついていけるようになった事、意外と根性があるところなどは審査員の人達も評価しています』
確かに最初の頃、ラズリーさんはポワポワしてたけど、兄様達のライブとかを間近に見る事で意識が変わっていきました。
『茅野芹香さんは当初からあった焦りが消えて、本来のパフォーマンス、茅野さん自体の個性が見れたのがすごく良かったです。みやこちゃんの作り出す世界観に上手く合わせた事に関しても審査員からは高く評価されるのではないでしょうか』
茅野さんは、これまでいくつもオーディションを受けては不合格を言い渡されていたそうです。
そういう焦りが今日のパフォーマンスからは一切感じられませんでした。
『瓜生あんこさんは、みやこちゃんのプロデュースする世界観に完全にマッチしたというか、そこからの伸びがすごかったと思います。最初の頃の不安定さが全くなく、安定したパフォーマンスを発揮できていた事を嬉しく思います』
記念で応募したら受かっちゃった瓜生さんは、最初は自分がここにいていいのかって悩んでたらしいです。
でも兄様から、受かったって事はそれだけのものがあると審査員達から判断されたからだと言われてからは覚悟を決めました。
『そして最後に猫山スバルさん。素晴らしいパフォーマンスでした。それにもかかわらず、まだまだ多くの伸び代があると思います。ちなみに俺と一瀬先生の間では、オーディション参加者の中で1番ダンスパフォーマンスの評価が高かったのはスバルさんです、今日は周りとの調和のために得意なかっこいいダンスを封印してましたが、こういった感じのダンスでも十分に魅力が出ていたと思いました』
ダンスを褒められたスバルちゃんは表情には出さなかったものの、全身から嬉しそうな雰囲気がすごく出てました。
毎日毎日、夜遅くまでスバルちゃんがすごく練習していた事を、兄様がちゃんと見てくれてた事が嬉しくなります。
『それでは続きましてチームEのパフォーマンスに……っと、すみません。その前に少し休憩を挟みたいと思います』
あっ……そういえば山田君は!?
みんなが黒蝶君の方へと振り向く。
黒蝶君は歯を食いしばり、どうしてと呟いていた。
「山田君、まだ見つからないの?」
「甲斐さんが探しに行ってます!!」
「確かチャーリー君のところに練習に行くって言ってたよね」
「チャーリー君からもう出たって……」
「どうしよう。このまま来なかったから……」
スタッフさん達はお互いに顔を見合わせると、黒蝶君の方へと視線を向ける。
黒蝶君は顔を上げると、スタッフさんに近づいて頭を下げた。
「すみません! あいつは絶対きます!! だからもう少し待ってくれませんか? あいつは馬鹿かもしれないけど、何も言わずに逃げ出したりとか放り出す奴じゃないんです!!」
「うん、それはわかってるよ。でも……」
私たちオーディションメンバーは顔を見合わせると、みんなでこくりと頷いて黒蝶君のそばに駆け寄る。
「私たちからもお願いします!」
「山田君は絶対にきます!」
「少しでいいから待ってくれませんか?」
「我儘だって事はわかるんです。それでもここまで一緒にやってきた仲間だから!!」
「お願いします!!」
「どうか、少しだけ、後少しだけでいいから!」
「こんな最後なんてあんまりです。山田君、すごく頑張ってたのに!!」
「私達はチームは違うかもしれないけど、同じ合宿を過ごしてきた仲間なんです!!」
「どうかチームEにも2人揃ったパフォーマンスをさせてください!!」
みんなの思いは一つ。全員でスタッフさんにお願いして、頭を下げました。
スタッフの人たちだって都合があるし、言われたら困るかもしれない。
それでもこんな最後は嫌だって思いました。
「待ちましょう」
そう言ってくれたのは、ステージの審査員席から舞台裏に戻ってきた兄様でした。
兄様はスマートフォンの画面を確認すると、上着のポケットに戻して改めてスタッフさんへと視線を向ける。
「責任は全部俺が取ります」
隣の阿古さんが、責任ならちゃんと私が取るわよと言う。
兄様は黒蝶君に近づくと、肩をポンと叩きました。
「大丈夫。あいつは絶対に来る」
「はい……!」
黒蝶君は今までに見せた事がない不安そうな顔をしていました。
あ……今更ながらに私は今朝のニュースを思い出す。
黒蝶君は至って普通そうにしてたけど、ずっと一緒に暮らしてきたお母さんがスキャンダルの中心に居て、自分もその黒蝶家なのだから普通でいられるわけがありません。
きっとずっと不安だったんだ。それを隠して気丈に振るまっていたのに、山田君もこなくて、そう考えるとずっと辛かったんだと思います。兄様達と違ってずっと側に居たのに、どうして気がついてあげられなかったんだろうと悔やみました。
「でも、収録の時間が……」
「それなら気にするな。だって、ここに時間を稼ぐスペシャリストがいるだろ?」
兄様は自分のお顔に向かって親指をクイっと立てる。
それと同時に何やらステージの方から大きな声が聞こえてきました。
向こうで何かあったのかな?
「黒蝶孔雀。お前が最高のパフォーマンスをするために、俺が……いや、俺達がお前の抱えてる不安、今からそれを全部、吹き飛ばしてきてやるよ。だからお前はチームEとしてステージで最高のパフォーマンスをする事だけを考えろ。それが仲間に報いるって事だ」
カノン義姉様が言っていました。兄様はずるいって。だって本当にずるいんだもん。
いつもみたいに女の子にデレデレしてたらいいのに、なんでこういう時にちゃんとかっこいいんですか!
こんな状況でも兄様がなんかしたら、全部うまくいくんじゃないかって思わせるのはずるいです。
「阿古さん。悪いけど、後輩と大事な人のお願いのためにちょっとカッコつけてくるわ」
兄様は阿古さんに上着を手渡した。
そしてスバルちゃんが持っていたマイクを受け取ると、ステージの方へと向かってゆっくりと歩きだす。
兄様は入り口の前まで来たところで、私たちの方へと振り返った。
「アイドル白銀あくあ行ってきます!」
兄様がアイドルである事を宣言する。
それはつまり、誰かを救ってくるという事です。
兄様は手を挙げると、ざわめく向こう側へと足を一歩踏み入れる。
たった1人でステージに向かう兄様の後ろ姿に誰しもが見惚れ心を奪われた。
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