白銀あくあ、女の子が気になるお年頃。
本日4話目です。
異変に気がついた警備隊の人達が会場に駆けつける。
しかしケンくんが模造とはいえ西洋剣を持っていた事もあって、警備隊の人達も直ぐには手が出せないようだ。
「あれでも貴重な男性ですからね」
なるほど……腐っても男だから、できれば怪我をさせたりとかはしたくないわけか。
「それに加えて、あの男が幸の婚約者でもありますしね」
えぇ……それじゃあさっき秋山さんが浮かない顔してたのってそういう事?
婚約する女性じゃない人、それも知ってか知らずか恐れ多くも他国の王女殿下を口説いた挙句、逆上して武器を振り回すとか……せっかくのおめでたい場所で、一体何やってんだよケンくん。
「幸は乗り気ではありませんでしたが、これも実家が決めたことですから」
上流階級の女の子も結構大変なんだな。
俺は後ろにいた殿下の方をチラリと見る。殿下の側には、いつの間にやらメイド服を着た女性が控えていた。
一体いつの間に……足音とか全然聞こえなかったような気がするけど、俺が目の前に集中しすぎて聞き取れなかっただけか?
メイド服を着た女性はススっと俺の前に出ようとしたが、俺はあえて前に一歩出て、2人に危害が及ばないように距離を取る。カノンとメイド服を着ていた女性はびっくりしたような顔をしていたが、ケンくんは明らかに俺の方にヘイトを向けてるし、ここは俺が対処をするのが正解だろう。何より古臭い考え方と言われるかもしれないけど、武器を持った男に対し、見た目からしてか弱い女性2人を守るのは当然のことだ。
「えぇっと、ケンくん? とりあえず武器を置いて一旦落ち着こうか?」
俺はとりあえず相手を宥めようとしたが、相手のケンくんはますます表情に怒りを滲ませた。
「うるせぇ、お前も俺に指図すんな!!」
うーん、これはまずいな。
でも、ケンくんの怒りのターゲットは完全に俺の方に向いている。
つまり俺がどうにかできればこの場はうまく収まるはずだ。
「わかったよ。ほら」
俺は地面に両膝をついて、手を頭の後ろで組む。
流石にここまで無抵抗で危険がないことをアピールすれば、ケンくんも少しは警戒を解いてくれるだろう。
しかしそんな俺の考えは甘かったらしく、ケンくんはさらに逆上する。
「くそっ! 俺のことを舐めやがって!!」
ケンくんは、手に持っていた武器を振りかぶる。
あまりにも大きなモーションだったんで、俺はケンくんが武器を振り下ろしたタイミングで、組んでいた手を解き彼の手首を掴んで捻り倒す。その勢いでケンくんは地面に転がっていった。
「ふざけやがって!!」
ケンくんはすぐに起き上がると俺に猪のように突進してくる。
俺はアイドルだ。アイドルといっても今のアイドルは歌って踊るだけじゃない。現代のアイドルはバラエティ番組にだって出るし、テレビドラマはもちろんのこと、時代劇やアクション映画に出ることだってあるのだ。
だから俺は、前世でスタントマンを使わなくてもしっかりとしたアクションシーンを撮れるようにするために、殺陣とか武道の練習を研修生時代にみっちりと扱かれている。
当時、俺に武道の心得を教えてくれたのは、大阪出身のアキオさんだった。キッチンじゃ俺は負けたことがないんだ、女の胸には気をつけろ、という言葉がアキオさんの口癖だったのをよく覚えている。武道を教えているかたわらで、本業では料理人をしていたアキオさんは、金がない研修生のみんなによく手料理を振舞ってくれた。噂では、アキオさんは元々どこかの国の軍人だったと言われていたが真相は定かではない。
つまり何が言いたいのかというと、俺はずっと余裕でケンくんの攻撃をいなし続けている。
目の前のケンくんも、そろそろ疲れたのか息を切らせて膝に手をつき始めた。
「よ、余裕ぶってんじゃねぇぞ!」
ケンくんには悪いけど、余裕ぶっているのではなく余裕なのである。それくらいアキオさんとの特訓は凄く厳しかった。
つまりはこれは俺がアイドルとしてちゃんと頑張っていた結果のようなもので、俺がアイドルとして頑張っていなかったら怪我をしていたかもしれないし、下手をしたら攻撃が当たって当たりどころが悪くて死んでいたかもしれない。アイドルとは、アイドルだからこそ万能でなければならないのだ。夢見る女の子達の期待を裏切るような事があってはいけないのである。だからこの状況、殿下が見守っている前で、俺が負ける事はあり得ない。アキオさんがキッチンで負けたことがない様に、アイドルの俺もまた女の子の見ている前で負ける事は許されないのであった。
「くっ……!」
俺はタイミングを見計らって、ケンくんの持っていた武器を手刀で叩き落とした後、誰もいないところに向かって足で武器を蹴飛ばす。
ケンくんは声を上げて俺の手刀が当たった場所を痛がると、痛みと疲労で地面に膝をついた。それを確認した警備隊が手早くケンくんを拘束する。
「おい、さわるんじゃねぇぞ……うっ」
ケンくんは暴れて抵抗したが、警備隊の人に注射のようなものを無理やり打たれて眠らされた。
そしてそのまま警備隊の人たちに連れられてどこかへと運ばれていく。
彼は一体どうなるんだろう……。そんな事を考えていたら下の方からか細い声が聞こえてきた。
「すみません殿下、あくあ様も、本当に申し訳ありません」
地面に膝をついた秋山さんは、青ざめた顔で地面に額を擦り付けようとした。
しかし殿下がすぐに秋山さんの肩に手を置いてその行動を諌める。
「逆上したのは彼であって幸は関係ないわ。それに……まだ正式に婚約者としては認められていないのだから、貴方がそこまでする必要はないのじゃないかしら」
殿下は他の参列者をぐるりと眺めるように視線を送る。
確かに、俺が聞かされていた話によると、この世界の上流階級の婚約は、お互いとご両家、第三者の見届け人が書類にサインをしてから初めて認められるものだと聞いた。
今回、ケンくんが遅刻したせいもあって、俺たちはまだ幸さんとそのご両家に挨拶を交わしただけ……詭弁とも取れるかもしれないが、殿下はこの場を持って秋山さんはまだ清い身だと証明しようとしているのだろう。
「幸、貴女は素敵な女性なんだから、あんな変な男と結婚しなくても、きっと他にもっといい男性がいるはずだわ」
殿下は天真爛漫な笑顔でそう言い放つと、今度は秋山さんのご両親の方へと視線を向けた。
その時の殿下の微笑はとても美しかったが、どこか底冷えのするような寒気を感じた俺の肩がぶるりと震えてしまう。あれ? もしかして風邪でもひいちゃったかな? 今日はあったかくして寝よう。
「ねぇ……確か幸には、もっと素敵な男性がいたはずだけど、あの彼はどうしたのかしら? 私、今日はその方と幸が婚約するのだと思って、楽しみできましたのに……もしかして私の勘違いだったのでしょうか?」
「……申し訳ございません殿下。どうやら少し手違いがあったようで、後日、仕切り直させていただきたく思います」
「あら、そういう事なのね。よかったぁ、じゃあさっきの男は、何一つ幸には関係ない。そういう事でよろしいのですわよね?」
「はい……全ては殿下の御心のままに」
何を話していたのかまでは聞こえなかったが、秋山さんのご両親は顔をとても青ざめさせていた。
自分の大事な娘さんの婚約者が殿下に手を出しちゃって、ご両親もびっくりしちゃったのかな?
男性のご両親に至っては、もうひたすらに土下座していた。
その後、パーティーはお開きになり、俺は殿下を控室に案内するためにエスコートする。
俺は殿下のそばにいたメイド服を着た女性の方へと視線を向けた。
「ペゴニアが、どうかなさいましたか?」
へぇ、ペゴニアさんっていうのか。
「あ、いえ……さっきも、すぐに殿下の事を助けようとしてすごかったなと……」
「ふふっ、そうでしょう。私の侍女のペゴニアはとても優秀なのです」
ペゴニアさんは一見して無表情に見えるが、うっすらと耳が赤くなっていた。
もしかして殿下に褒められて、喜んでいるのかな?
だけどその一方で、殿下は少しだけ浮かない表情を覗かせる。
俺は殿下のその憂いのある表情が気になって、思い切って聞いてみた。
「殿下、あまり顔色がよろしくありませんが、何かありましたか?」
俺がそう殿下に尋ねると、殿下は一拍置いて俺の質問の意味を理解してくれたのかゆっくりと口を開く。
「ええ、さっきも言ったようにペゴニアはとても優秀なのです。それなのに、私の我儘に付き合わせてしまったがせいで6年もの間、祖国を離れることになってしまって、それで申し訳なく……」
殿下は消え入りそうな声になる。あぁ、殿下は本当にペゴニアさんの事を気遣っているのだなと思った。
俺は思い切ってペゴニアさんの方へと話を振ってみる。
「ペゴニアさんは昔から殿下の侍女を?」
「はい、私は紛争に巻き込まれて両親と右目を失いました。病床で生死を彷徨っていた私に、殿下は手を差し伸べて助けてくださったのです。だからそんな殿下のお役に立ちたくて、いっぱい努力しました」
ペゴニアさんは一見して無表情だったが、鼻先がヒクヒクと動いていた。
きっと自分を助けてくれた殿下の事が誇らしかったのだろう。
「へぇ、ペゴニアさんは殿下の事が大好きなんですね」
「え?」
俺がそんな事を言うと、殿下がびっくりしたような表情を見せる?
えっ? だって、この表情はそうじゃないんですか?
「え? だって、そうじゃなきゃ異国に1人、仕事とはいえついてこないんじゃないですか?」
スターズくらい大きな国、それもそこの王女の侍女となれば1人ではないはずだ。
つまりペゴニアさんは、自分で立候補して他の候補者に勝って殿下についていく事を決めたのだろう。
それに今の反応を見る限り、ペゴニアさんは殿下を慕っているのは誰の目にも明らかだ。
それなのに、どうしてかはわからないがなぜか肝心の殿下が気がついていない。
「それにペゴニアさんみたいな状況で殿下に救われたのなら、俺だって殿下について行きますよ」
「いえ、ですが……私がペゴニアに手を差し伸べたのは、貴族として当然の務めを果たしただけ、それは所謂必然の事を行っただけにしかすぎません」
それってノブレスオブリージュの事だろうか。
確かに上流階級の人たちが、恵まれない立場の人に施しを与えるのは当然の義務だとされている。
でもたとえそれが義務だったとしても、ペゴニアさんを救ったのは間違いなく殿下の行動の結果なのだ。
「確かにノブレスオブリージュかもしれませんけど、ペゴニアさんに手を差し伸べたのは殿下であって他の誰でもないはずです」
「へっ?」
殿下は驚いたような顔を見せる。その表情は天使というよりも、年相応のクラスメイトの女子たちのようであった。
その殿下の後ろに居たペゴニアさんは、ジッと俺の方を見つめている。
「でも、それは……そう、運命みたいなもので」
「運命? どうして? そもそも殿下がペゴニアさんの事を助けてあげたいと思わなきゃ、ペゴニアさんは助かってなかったわけでしょう。そう考えると出会いが運命であれ偶然であれなんであれですよ。殿下にそういう優しい気持ちがなかったらペゴニアさんは助けられなかったわけじゃないですか」
俺の話に、殿下の後ろにいたペゴニアさんは何度も首を縦にふる。
首を振りすぎて首がもげるんじゃないのかと思うくらいの速度だ。
「運命ではなく、私が自分でペゴニアの事を……?」
「殿下の優しい気持ちがペゴニアさんを救ったんです。たとえもし神様が違うと言ったとしても、俺が言い返してやりますよ。ペゴニアさんを救ったのはお前じゃない、殿下の優しい心だってね」
俺がそういうと殿下は俯いて一言も言葉を発しなくなってしまった。
もしかしたら俺はまた何か余計な事を言ってしまったのだろうか……。
その一方で、殿下の後ろに控えていたペゴニアさんは、俺の方に拳を突き出して親指を立てていた。
おい……この人、無表情に騙されそうになったが、本当は結構感情が豊かだろ……。
今も、いいぞ、もっとやれ、そこだ、面倒だからもうそこの空き部屋で押し倒せ、などというふざけた看板を両手に持っている。もちろん殿下はそんなペゴニアさんの様子に気がつきはしない。
それにしてもあの手に持っている看板は、いったいどこから出てきたんだろう。俺は苦笑いを返して誤魔化した。
するとペゴニアさんが両手に持っていた看板の文字が、ヘタレ、童貞、という俺を卑下する言葉のものに差し代わる。ど、ど、童貞ちゃうわ! おい、誰かあの人を止めろ。
「あくあ様……」
殿下は何を思ったのか、通り道にあった誰もいない小部屋の中へと俺を引っ張り込んだ。
周囲を見るとところどころに埃を被ったものが置かれてある。おそらくここは物置の代わりにでも使っている部屋なのだろう。
俺はまさか自分がこんなところに連れ込まれるとは思ってもいなくて焦った。
「あくあ様、今日はありがとうございました。幸と……私の事を助けてくれて」
誰もいない部屋の中で、殿下は俺にそっと抱きついた。
お互いの吐息が触れ合うくらいの距離感、潤んだ殿下の瞳は艶かしくて、瑞々しい唇が俺の視線を奪う。
「よかったらまた今度、私と2人で会ってくれませんか?」
1人の男として、殿下のような魅力的な女性からのお誘いは嬉しい。
その一方でアイドル白銀あくあとして、女性と2人で会うのはいけない事なのではと思った。
いや……流石に2人きりはないだろう。ペゴニアさんもいるだろうし、それに、一国の王女の誘いを断って良いのかとも考える。
むにゅり……。
しかし悲しいかな、俺もやはり1人の男なのだ。
自らの胸板に押しつけられた二つの果実の柔らかさに、思考力だとか理性だとか大事なものが吸い取られていく。あぁ、これも全ては俺が童貞だから仕方のない事なのだと心の中で言い訳を並べ立てる。
「あ……はい、俺でよければ」
この間、わずかに0.1秒。男なんて所詮、女の子の胸を前にしたら無力なのである。
俺だって男の子、女性の胸は好きだ。深雪さんやしとりお姉ちゃんのような大きいのはもちろんのこと、殿下のような程よい大きさの美乳も、らぴすのような小さいものにもそれぞれの魅力を感じている。それぞれが違って、それぞれが良い。女性の胸に貴賤なしというのが俺の考えるところだ。もちろん俺は胸だけじゃなくってお尻も同じくらい好きなのである。深雪さんのような大きなお尻もいい、殿下のような小ぶりのお尻も良い。つまり何が言いたいかというと、ただの1人の男として、殿下の胸に触れてみたいと思った時点で俺の負けなのである。
俺はふと、頭の中に師であるアキオさんの言葉を思い出した。
「いいか白銀、女の胸には気をつけろ」
アキオさん……俺は師の残してくれた言葉を強く噛み締めた。
どうしようかと思ったけど、前話で切れるよりこっちの方がいいよね。




