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307/709

白銀あくあ、俺、拉致されちゃいました。

「白銀あくあさん、すみませんがご同行お願いできますか?」


 とある日、ベリル本社の休憩室でファンレターを読んでたら数人の女性達が部屋の中に傾れ込んできた。

 女性達はスーツを着ていて、中には警視庁と書かれたジャンパーやビブスをつけた人がいる。

 も、もしかして、俺、何か犯罪に抵触する事をやらかしちゃいましたか!?


「ベリルエンターテイメント所属、白銀あくあさんで間違いありませんね?」

「は、はい」


 俺は緊張した面持ちで答える。

 やべぇ、なんだ、俺は一体、何をやらかしたんだ!?


「それでは今から移送しますので、これをつけてください」


 目隠しとヘッドフォンをつけられた俺は、そのままお姉さんの誘導で車に乗せられたりしてどこかに連れて行かれる。

 一体どこに向かっているのだろう。途中、どこかで降ろされた時は、周りにいっぱい人がいたのかすごい歓声だった。ヘッドフォンをつけていても気がつくほどだったので、俺は手を振って応える。

 おそらくこれは何かの番組、もしくはベリルの企画のどちらかだろう。一瞬、小雛先輩が出るとか言ってたドッキリ番組かと思ったけど、あっちは阿古さんに出演NG出してた事を思い出した。

 その後、小雛先輩からなんで私の番組に出演NG出すのよ!! って、メッセージが飛んできてたから、俺の勘は冴え渡っていたらしい。よかったよかった。

 あんな人の出るドッキリ番組なんて出たら朝イチにバズーカで起こされたり、やたらと手の込んだ偽企画ドッキリとかに巻き込まれたり、どうせ碌なことにならないのは目に見えてるからな。


「はい、到着しました」


 俺がアイマスクを外すと、そこには青い空と海が広がっていた。


「どこ、ここ!?」


 辺り一面を首を振ってキョロキョロと見渡すが、いるのは俺と撮影スタッフだけだ。

 俺をここに連れてきたお姉さんの1人が手に持ったカンペを俺に見せる。

 えーと、なになに……。


「無人島脱出バラエティ……芸能人最強は誰だ。お正月スペシャルぅ!?」


 なになに? ルールは簡単、2泊3日で火おこし、水や食料の確保、寝床の建設といった4つのチェックポイントをクリアして最後は島から脱出する。最初に脱出ポイントに到着した人が優勝で、4つのチェックポイントをクリアできなかった人はリタイアと……なるほどね。


「まずは最初に、これをどうぞ」


 お姉さんから手渡されたリュックの中身を確認する。

 サバイバルナイフ、ブルーシート、鍋、糸、調味料など、どれも無人島で生活するのに役立ちそうなアイテムばっかりが入っていた。


「それでは、これより無人島サバイバル生活スタートです!!」

「おー!」


 俺はまず最初に、海岸沿いを歩いて島に流れ着いた漂流物を探す。

 するとすぐに目的のポリタンクにペットボトル、木材などが確保できた。

 人によっては仕込みじゃないのかなって思うかもしれないけど、無人島は人が住んでないので掃除する人なんて誰もいない。年単位で積み重なったゴミは溜まっていく一方なのである。


「こういうのはちょっと考えさせられるよね」


 俺はモノを拾いながらカメラに語りかける。


「みんな、ポイ捨ては絶対にダメだぞ! ゴミはゴミ箱に、俺との約束だ!!」


 俺はカメラに向かって親指を突き立てる。


「そういえばさ、俺が朝早くベリルに行く時、いつも周囲を掃除してくれているシスターのお姉さん達がいるんだよね。仕事ってわけでもないのに、ああいうの見ると凄いなって思うよ。どこの宗教か聞いても教えてくれなかったけどね」


 なぜか、同行しているスタッフのお姉さん達が引き攣った顔をしている。あれ? みなさん、どうしました?


「それにしてもゴミ多いなぁ。流木とかは仕方ないけど、これとか完全に俺達人間が出したゴミだし、ベリルのみんな誘って掃除しにこようかな」

「わかりました。それ番組にしましょう」

「え?」

「番組にします。私が上司に詰め寄ってでも上に通します」


 同行しているディレクターのお姉さんはすごいやる気だった。

 い、いいのかな? ただ、掃除するだけだよ? それで本当に視聴率が稼げるのか心配になる。


「っと、必要なものは確保できたので、そろそろ水を探しにいきましょう」


 俺は水場を探して島を探索する。


「ここ、ブナがあるので水場が近いですね。他にもカエルがいたりとか水場の近くにはそういう特徴があるので、それを手掛かりに探せばすぐに見つかるんですよ」

「へ、へぇ……」

「あっ、ほら!」


 湧き水を見つけた俺は、リュックの中から取り出した鍋に水を貯めて飲料用かどうかを確認する。

 俺はカメラに向かって、普通の人はちゃんと煮沸してから飲むようにとだけ注意する。

 ごくごく……うん、うまいな! 問題なし!


「これで水、ゲットです」

 

 俺は湧き水を貯めるポリタンクを設置すると、その近くで拠点になりそうな平たい場所を探す。


「ここを拠点にします!」


 俺は簡易の竈を作ると、さっき拾った乾燥した木材を使って手早く火を起こす。

 サバイバルで最も重要なのは水と火の確保だ。俺は運が良かったのだろう。すぐに水場を見つける事ができたのが良かった。


「嘘でしょ……。ここまで番組最短記録……」


 ん? 何か言いました?


「さてと次は寝床の準備ですね」


 俺はさっきの海岸と拠点を何度か往復して流木や木材を移動させる。

 大工道具があればもうちょっとちゃんとした家が建てられるし、時間があれば蔓を使って縄を作ったり粘土も自作できるけど、今回は2泊3日しかない。

 俺はとりあえず流木で支柱を作ると紐を結んでその上にブルーシートをかける。

 あとはその中に木材を敷き詰めて土台らしきモノを作った。ここに寝袋を設置してと……。よし、こんなモノでいいだろう。


「すみません。俺、ちょっと着替えますね」


 俺はブルーシートを閉じると、簡易テントの中で用意されたウェットスーツに着替える。


「ちょ、ちょっと、ディレクター、これ、もう番組終わっちゃいます」

「あうあうあう」

「あと、B班の森川アナとC班の那須川ディレクターに同行してる撮影班によると、あっちもミッションがもう終わりそうだとか」

「いやいやいやいや……え? うちの那須川とかいう化け物は別にして、森川さんはただのアナウンサーだよね!?」

「はい、あくあ君もただのアイドルです」

「え? 待って、これみんなで無人島RTA(リアルタイムアタック)やってるの? あれぇ? あくあ君ってそういう枠だっけ? 確かあくあ君って、出来ない枠で呼んでたよね? 苦労してる姿を撮って、お茶の間の庇護欲を駆り立てるって企画じゃなかったっけ……?」

「だから言ったじゃないですか、白銀あくあに常識なんて通用しないって……なんでサバイバルができないと思ったんですか……」


 ん? なんか外でディレクターさんとアシスタントさんが話合ってるみたいだけど、大丈夫かな?

 企画がどうのこうの言ってたけど、何かトラブルがあって撮影続行不可能とかにならなきゃいいけど……。


「準備できました」


 俺はウェットスーツを着て外に出る。


「それじゃあ飯の確保に行きましょうか」


 浜辺に到着した俺は、サバイバルナイフを手にそのまま海に潜る。

 おっ、海に入って少しすると、運が良い事にカサゴを見つけたぞ。

 俺はゆっくりとカサゴに近づくと、ナイフで突いて仕留める。これは煮付けにしたら美味いぞー。

 そのまま海で捌いて外にいたスタッフさんに手渡す。


「次はもっとでかいの捕まえてきます!」


 俺は再び海の中に潜ると次のターゲットを探す。

 おっ、カレイだ! 俺はカレイに近づくと、さっきと同じようにナイフで突いて仕留める。

 ごめんな。でも俺だって食って生きていかなきゃいけないんだ。ちゃんと美味しく料理してやるからな。

 俺はさっきと同じようにその場で捌くと、浮上して外に居たスタッフさんに手渡す。


「あともう少し取ってきます」


 俺はサザエを二つ取って、チヌを捕まえると、さらに大物を目指して海に潜る。

 おっ、真鯛だ! アレで最後にしよう!! 俺は最後の大物、真鯛をゲットすると海を出た。


「いやー、いっぱい獲れましたね。こりゃ今晩はご馳走ですよ」

「ほえ〜」


 あれ? なんかぼーっとした顔になってるけど大丈夫ですか?

 俺はディレクターさん達に疲れてるなら休んでていいよと声をかけた。


「さてと、飯を作りますか」


 まずは真鯛を捌いてお刺身にする。

 とりあえずお腹が減いたから、これをつまみながら飯を作ろう。


「うめぇ……!」

「ぐぅ」


 ん? 目の前にいたカメラさんのお腹の音が聞こえた。

 俺は真鯛のお刺身に醤油をつけると、カメラさんの方へと向ける。


「食べます? ほら、はい、アーン」


 カメラさんは真鯛のお刺身をパクりと食べる。

 おー、美味しそうに食べるね。


「それじゃあカサゴの煮付けを作りますか」


 まずは沸かしていたお湯でカサゴを霜降りにする。

 煮付け料理を作る時は、臭みを取るためにこの下処理が重要だ。

 その後はもう一つの鍋で砂糖、醤油、みりん、酒を使って、甘く煮つける。


「次にサザエとチヌを塩焼きにしてと……その間にカレイの天ぷらの下準備をします」


 よしよし、順調だぞ。やっぱ塩焼きはうまそうだな。見てるだけでお腹が鳴りそうになる。

 それにこの匂い、たまんねぇわ。そんな事を考えていると、後ろからガサガサという音が聞こえてきた。


「みんな下がって!!」


 俺はサバイバルナイフを手に持つと、撮影班のみんなに後ろへ下がるように指示を出した。


「大丈夫、俺がみんなを守るから」


 とはいえ、相手が熊だと流石に俺も無傷で勝つのは無理だ。

 時期は11月、冬眠しているかどうかと言われたら微妙なところである。


「なんかこっちからいい匂いがする!!」


 ん? 聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ほげ!?」

「か……森川さん!?」


 ホゲモンのように草むらから飛び出てきた楓を見て俺は固まった。

 どうしてここにいるの? あ……そういえば、この企画って競争だから他の人も島に上陸してるのか。

 って、事は楓もここに無理矢理連れて来られたんだな。


「あくあ君がなんでここにって思ったけど、そういう事だったんだねー」


 俺は突然の来客に料理を振る舞う代わりに、森川さんが獲ってきた魚を頂く。

 それらも一緒に調理しつつ、2人で並んでここまでの経緯を説明する。

 一応、こういうのはルール違反じゃないらしい。というかなぜかディレクターさんからもう好きにやってくれ、あくあ君と森川アナの行動が制御できると思っていた自分が愚かだったと言われた。解せぬ。


「いやー、魚を獲るのは素手で余裕なんだけど、調理とかできなかったから助かるよ!」

「あはは……それじゃあ、天ぷらを作りながら、残った真鯛のアラとかでお味噌汁も作っちゃいましょうか」


 スタッフさんもお腹空いているだろうし、俺は完成した料理を全員に振る舞う。

 ちなみにどうやったら素手で魚が取れるかとか、そういう細かい事も聞かない。

 なぜなら相手はあの森川楓だからである。

 楓がたくさん魚を獲ってきてくれたおかげもあって、なんとか全員に料理を回す事ができた。


「それじゃあ、森川アナも頑張って」

「うん、あくあ君もねー!」


 俺は楓と別れると、朝食のために余った時間で山菜を収穫した。


「じゃ、もう寝ます。体力の回復も重要なんでね」


 2日目の朝、俺は起床すると朝のラジオ体操をして体をあっためる。

 朝食は昨日の残りの味噌汁と、山菜の天ぷらだ。朝からこんな贅沢な食事、いいんですか?


「日が昇ってきたので、また魚を獲りに行きましょう」


 そして昨日と同じようにせっせと魚を獲る。

 捕まえた魚はその場で捌いてスタッフの人に手渡していく。

 せっかくだから今日は天日干しにしようかな。自家製の干物だ。


「今日はお風呂をつくろうかな」

「えっ!?」


 あれ? どうしたんですか皆さん? 急に顔を赤くしてもじもじして……あっ、もしかしたらみんなもお風呂に入りたかったのかな? そうだよね。女の子だから匂いとか気になっちゃうよな。

 俺はみんなのためにも海岸に漂着していたドラム缶を使って、ドラム缶風呂を作る。


「それじゃあ一番風呂いかせてもらいます」


 俺はテントの中で海パンいっちょに着替える。


「ディレクター、これ、本当に放送して大丈夫なんですか!?」

「知らん! なんかあっても責任は全部那須川がとる! なんなら私達の松垣部長がどうにかしてくれるでしょ!!」

「確かに……」

「とりあえず録っといて、ダメならダメでいいじゃない。その分、私達がこの目にしっかりと焼き付けるのよ!」

「そうしましょう!! 私、くじでこの班を引いて本当に良かったです!」

「そうね……森川さんの班、フィジカルモンスターの森川さんについていくのが大変そうだったのを見て本当にそう思ったわ」

「はい、あくあ君はちゃんと周りを見てくれるけど、あっちは本当に猪突猛進だから……」


 ん? また外が少し騒がしかったけど大丈夫かな?

 森川さんが猪に遭遇したとか言ってたような……。無事なんだろうか。あとで探しに行ってみようかな。

 俺はテントの外に出ると設置したドラム缶風呂に入る。


「はー……癒される。やっぱお風呂は最高ですね」


 目の前の綺麗な夕日を眺めながら入るお風呂は最高だった。

 ベリルのみんなにも、この景色を見せたかったな。

 俺はベリルアンドベリルの撮影で、みんなと一緒にお風呂に入った時の事を思い出す。


「よかったら皆さんもどうぞ。あっ、お風呂のお湯張り替えた方が

「「「「「そのままでお願いします!!」」」」」


 あー、やっぱりみんなよっぽどお風呂に入りたかったんだね。

 男の俺の後に入るのは嫌かなと思ったけど、みんなもう今すぐにでも入りたそうにしてた。


「じゃあ、俺、皆さんが入っている間に、ちょっとおトイレ行ってきますね」


 その場を後にするとじゃんけんぽんの声が聞こえてきた。

 ほんと、みんなお風呂に入りたくて仕方なかったんだね。


「さてと、ちょっと楓が心配だし、楓が向かった方向をちょっとだけ探索してみるか」


 もしかしたら運よく遭遇できるかもしれないしな。

 歩き出して十数分、何やら水が跳ねる音が聞こえてきた。

 もしかして川か池があるのだろうか。俺は確認のために音の出る方向へと向かう。


「えっ……?」


 夕暮れ時、微かな太陽の光と、薄暗い夜の狭間で俺は湖に足を浸ける本物の女神を見た。

 なんて美しいんだろう。俺はその姿に見惚れてしまう。


「え? あ、あああああああくあ様?」


 ん? この声はどこかで聞き覚えがあるような……。

 俺は視線を少しだけ上げる。


「え、えみりさん!?」


 ちょ、ちょっと待って、えみりさんがなんでここにいるの!?

 もしかして楓と同じように……いや、それはないか。


「あ、ごめんなさい。見苦しいものを……」

「いえ、全然見苦しくなんてないです!! それよりも俺の方こそジッと見ちゃってすみません!!」


 俺はすぐに顔を背ける。

 すると何かがビターンと顔に当たった。

 な、なんかの植物の葉っぱか。

 俺は顔面にまとわり付いたそれを手に取る。


「ん? 靴下?」

「そ、それ……私の」

「あっ、ごめんなさい!!」


 俺は慌ててもとあったところに靴下を引っ掛ける。


「あ、あくあ様はどうしてここに?」

「えっと、俺は番組の撮影で……」

「あ……そうなんですね。私もC班の撮影班としてバイトできました」


 確か楓はB班だって言ってたし、他にも参加している人がいるんだろう。


「そうなんですね。え、えっと、それじゃあ……俺はこれで! えみりさんも気をつけてくださいね!!」

「あ……」


 俺はえみりさんに別れを告げると、来た方向に向かって走り出す。


「ふぅ……あのままアソコにいたらやばかったな」


 俺はハンカチで額の汗を……っと、俺は間違ってえみりさんの靴下を持ってきてしまった。

 あ、そういえば靴下を木の枝に引っ掛けた時、一つしか引っ掛けてなかった気がする。


「あくあ様……?」


 俺は後ろから聞こえてきた声にびくんと反応する。


「え、えみりさん。あ、あの、これは、その……」


 別に悪い事をしたわけじゃないけど、まさかの再会に頭が回らなかった俺はしどろもどろになる。

 えみりさんは俺の手に持った靴下へと視線を向けた。


「あ……それ、私の靴下。無くなったから探してたら……あ、あの欲しいなら差し上げますけど……」

「いやいや、それはえみりさんが困るでしょ!」


 俺は手に持った靴下をえみりさんに手渡した。

 別に盗んだわけじゃなく事故だけど、俺とえみりさんの間に気まずい空気が流れる。

 というか気まずくさせたのは俺だ。

 俺は地面に膝をつくと頭を下げる。


「すみません。別に盗んだわけじゃなくて偶然なんです。とは言っても信じられませんよね。俺にできる事ならなんでもします。それで許してくれませんか?」

「あ、頭を上げてください。あくあ様。そ、その……私は気にしてませんし、それに靴下ぐらい盗まれたって無くしたりしたって別に大丈夫ですから」


 嘘だろ……この人、本物の女神かよ。


「えみりさんって女神だったんですね」

「え?」


 ありがとうございます。ありがとうございます。

 俺はえみりさんの前で手を合わせて拝む。

 もしこの世に聖えみり教なんてものがあったら俺が加入しますよ。というかもう俺が立ち上げます。聖えみり教の教祖を俺にやらせてください!!


「えみりさん……例え、えみりさんが赦してくれたとしても、俺はえみりさんにご迷惑をおかけしてしまった分、何かでお返ししたいです」

「あ、えっと、その、それって、さっき言ってたなんでもしますっていう……」

「はい! 俺はなんだってします!!」


 なんでも言って欲しい。俺はドンと胸を叩いた。

 えみりさんは顔を赤くしてもじもじと恥ずかしがる。


「た」

「た?」


 た……頼むからもう2度と顔見たくない!? そういう事ですか!?


「じゃなくって、えっと……カノンが」

「カノンが……?」


 カノンがどうしたというのだろう。


「カノンは、その……あくあ様の正妻だし、本当はやっぱり、一番最初にあくあ様の赤ちゃんが欲しいんじゃないかなって思うんです。だから、その……なんでもお願いを聞いてくれるなら、一度カノンと無理してないかって、ちゃんと話してくれませんか? って、あくあ様!?」


 気がついたら両目から涙が出ていた。

 なんて、なんて、優しい子なんだ!!

 俺はえみりさんがお金で苦労している事を知っている。

 だからえみりさんから頼まれたら全財産だって差し出すつもりだった。

 それなのにこの子は、えみりさんは、自分の事よりも親友のカノンの事を想って……くっ! ここに本物の女神様が居たんですね!!


「わかりました。その願い。必ず叶えて見せます! それと、これからはなんでも言ってください。俺はえみりさんがして欲しい事なら今後、無制限でなんだってしますから!」


 きっとこの子は、えみりさんは変な事を頼んだりしない。

 だから俺はえみりさんを信頼してそう言った。


「な、なんだってします!? それに無制限で!?」

「はい!」


 俺は驚くえみりさんの手を取る。


「あくあさーん!」

「どこですかー!」

「居たら返事してくださーい」


 あっ、うちの撮影班の声が聞こえてきた。いいところだったけど、こればかりは仕方ない。

 俺がテントに居なかったから探しにきたのだろう。


「す、すみません。俺は、これで……」

「は、はい……」


 俺はえみりさんに別れを告げると、探しにきた撮影班と合流した。

 こうして俺の無人島生活、二日目が終わる。


「というわけで、今日が脱出日ですが……どうしますか?」

「このまま泳いで帰ります」

「「「「「はあ!?」」」」」


 これは自らの戒めでもある。煩悩を振り払うためにも、俺は泳ぎで帰る事を決めた。


「獲れる魚、生息する植物や昆虫、潮の流れ、太陽の位置、そしてここから見える対岸の形状……ズバリここは瀬戸内海ですね?」

「あ、当たってる」


 それなら泳げない事はないと思った。実際、小豆島から本土に向かって泳ぐレースとかもあるしね。

 俺は海岸に到着すると泳ぐために、準備運動を始める。


「ディレクター! B班の森川アナ、C班の那須川Dも泳いで帰るとか言ってるみたいです!!」

「責任なら誰かが取るから大丈夫! もう私は知らん。好きにしろ!!」


 また揉めてるみたいだけど大丈夫かな?

 まぁ、後はもう帰るだけだ。さーてと、行きますか!!


「ありがとう無人島! さようなら!! また来るからなー!」


 俺は無人島に別れを告げると海に飛び込んだ。

 泳ぎ始めてから1時間が経っただろうか。同じように無人島から泳いで本土に向かっている森川さん達に遭遇する。

 最後デッドヒートになりながらも俺は一位で本土に帰ってきた。

 遥か遠くから小雛先輩の声が聞こえてきた気がするけど、きっと気のせいだろう。うんうん、筏の上で必死に漕いでたように見えるけど、俺は何も知らないし見てない。

 俺はさっさと荷物をまとめて、カノンが待っている家に帰った。


「まさかその夜のアレがなぁ……」

「ん? どうかした?」


 俺はカノンのお腹を優しく撫でる。


「いや、ちょっと、この時の撮影の事を思い出しただけ」


 俺は自分が出た番組が映ったテレビから視線を逸らすと、近くにいたえみりさんへと顔を向ける。

 えみりさんは俺からの視線に気がついたのか、俺の方へと振り返った。

 目が合った瞬間、向こうもあの日の事を思い出したのか、顔を赤くする。


 えみりさん。あの時のなんでも権。まだ有効ですからね!


 俺は声を出さずに口パクでえみりさんに語りかけた。

 えみりさんは俺の言った事を理解したのか、恥ずかしさでプイッと顔を背ける。

 俺はそんなえみりさんを見て、可愛いなと思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >同行しているスタッフのお姉さん達が引き攣った顔をしている。 全員シスターかい! (;'-')っ彡
[良い点] 靴下になってるところ [一言] ずっとどうなるか気になっていたので良かったです
[一言] こーれは発禁ですわ(゜д゜)
感想一覧
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