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夜影ミサ、私の戦う理由。

※前半は登場人物夜影ミサの視点です。後半は小早川さんの視点になります。

 剣崎総司……。

 急に私の目の前に現れてヘブンズソードを奪って行った男の名前だ。

 最初は男なんかにって思ったけど、あいつは私の知っている他の男達とは何かが違っていた。

 ムカつく奴だが、あいつの実力が本物なのは疑いようのない事実である。

 だからアイツが倒れるなんて、倒されるなんて思っていなかった。


「ケンジャキィィィイイイイイイイイ!」


 橘と神代が倒れた剣崎に駆け寄る。

 早まる心臓の鼓動、私は目の前に現れた人物を見て固まっていた。


「まずは1人……」


 エゴ・イスト……私のお母さんの命を奪ったチジョーの名前だ。

 その顔を忘れた日は一度としてない。


「お前えええええええええええ!」


 バタフライファムに変身した加賀美がエゴ・イストに飛び掛かる。

 凄まじい攻撃のラッシュ。それでもエゴ・イストは難なく全てを捌き切った。


「中々のスピードだが……怒りに身を任せた攻撃では私は倒せないぞ?」


 エゴ・イストはバタフライファムの武器を掴む。


「それに、パワー不足だ」


 槍を掴んだエゴ・イストは、そのまま槍ごとバタフライファムを持ち上げて放り投げる。

 放り投げられたバタフライファムが壁に激突すると、中の加賀美が衝撃で気絶したのか、変身が解除されて床に転がった。


「加賀美!! くそっ……! ヘンシンッ!」


 ポイズンチャリスに変身した神代がカリバーンを手に、エゴ・イストに飛び掛かる。

 無理だ……。やめろ。お前達じゃそいつには勝てない!! 私は心の中で叫び声を上げた。

 あのお母さんですら勝てなかった相手。チジョーの幹部、エゴ・イスト。

 私はアイツの強さをよく知っている。


「神代、サポートする! 変身!」


 ライトニングホッパーに変身した橘が、中距離からの銃撃でポイズンチャリスの援護に入る。

 動かなきゃ、動かなきゃ、動かなきゃ……。目の前に復讐の相手が! 倒すと誓った相手がいる!! でも、そう思えば思うほどに、お母さんの命を奪ったエゴ・イストを見て足がすくんだ。

 なんで、どうしてという言葉が脳裏によぎる。


「ほぅ……良い剣だ。しかし、その剣に拘っているようでは……過去の栄光に縋っている臆病者では私には勝てんぞ?」


 エゴ・イストはポイズンチャリスの持っていた剣を叩き落とすと、その剣を使ってポイズンチャリスを圧倒する。

 倒れたポイズンチャリスは変身が解除されて神代の姿に戻った。

 それを見たエゴ・イストはポイズンチャリスには興味を失ったのか、持っていた神代の剣、カリバーンを神代の目の前に放り捨てる。


「さぁ、残ったのはお前だけだな」

「く……」


 ライトニングホッパーは距離を取って戦うタイプのドライバーだ。

 攻撃を回避し、弾き、近接戦にもつれ込むエゴ・イストとは明らかに分が悪い。


「橘……下がりな」


 え? 声の方に振り向くと、剣崎の側に田島司令が立っていた。

 その圧に、空気が震える。


「だが、しかし!」

「良いから下がるんだよ。そいつは……私がやる」


 田島司令は地面に膝をつくと、剣崎のベルトに手をかけた。

 剣崎の顔を見つめる田島司令が、すごく優しい顔をしていたように見えたのは私の気のせいだろうか。


「剣崎、悪いけど、少しの間だけ借りる……いや、返してもらうよ」


 ベルトを拾い上げた田島司令は、覚悟を決めた顔で橘の前にでた。

 エゴ・イストは身構えたまま、その様子をじっと見守る。

 田島司令の何もさせない。動かさせないという圧がエゴ・イストに何もさせなかった。


「ヘブンズソード。一回で良い。この子達を守るために、このボロボロの体にもう一度、力を貸してくれないかい?」


 剣崎の上をグルグルと回っていたカブトムシが、ゆっくりと田島司令の手に収まる。

 田島司令は愛しい目でカブトムシを見た後に、天を見げた。


「夜影隊長……もし、この状況を天国から見てるなら、この頼りのない後輩に少しは力を貸してくださいよ」


 田島司令が何を呟いたのかまでは聞こえなかった。

 田島司令は視線をエゴ・イストに戻すと、カブトムシをベルトに装着する。


「変身!!」


 ああ……懐かしい光景だ。


『マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード! プロトタイプゼロ!!』


 今のヘブンズソードとはほんの少しだけ違う。色だってグレーだし、ヘブンズソードより少しだけ角張ってる。

 お母さんと田島司令は、SYUKUJYOの初代ドライバーでテストドライバーだった。


「懐かしいわね。この感じ……。あの頃のように体は動かないかもしれないけど……それでも、これ以上は、この子達には指一本触れさせない!!」


 田島司令はエゴ・イストに飛び掛かる。

 エゴ・イストは一旦相手の攻撃をいなそうと回避行動を取るが、その動きは田島司令に見透かされていた。

 回避した先に田島司令の攻撃が飛んでくる。


「くっ!」


 攻撃が直撃したエゴ・イストは苦悶の声をあげる。


「あの日、あの夜……夜影先輩の命を奪ったお前の事を、一度として忘れた日はない!!」

「貴様……! そうか、お前、あの時の!!」


 凄い……。田島司令の攻撃はエゴ・イストを圧倒し追い詰めていく。

 もしかしたら倒せるんじゃないかって、そう思った。


「いくよ。ヘブンズソード」


 田島司令はベルトに装着されたカブトムシに手をかける。

 そして一瞬の隙を突いて、相手のエゴ・イストに飛びかかった。


「ドライバァァァアアアアア! キィィィイイイイイック!!」

「ぐわぁあああ!」


 田島司令の、ヘブンズソードのドライバーキックを真正面から受けたエゴ・イストは弾き飛ばされる。

 やったか!? 誰しもがそう思った。


「くっ……!」


 でも、先にふらついたのは田島司令だった。

 元より満身創痍だった田島司令は、変身を解除してその場に倒れる。


「思ったよりやる。しかし、私は耐えたぞ」


 立ち上がったエゴ・イストを見て私は絶望する。

 そんな……田島司令のあの一撃でも倒せなかったなんて、もう、どうしようも……。


『ライトニングバースト!!』


 エゴ・イストに向かってライトニングホッパーの銃撃が飛ぶ。


「何!?」


 起き上がったエゴ・イストに対してライトニングホッパーが間髪入れずに攻撃を加える。

 橘は田島司令が戦っている最中も常にチャンスはないかと探っていた。


「よく見ろ! エゴ・イストも決して浅くはないダメージを負っている!!」


 ライトニングホッパーは、橘斬鬼はもうチャンスはここしかないとフルパワーの銃撃を何度も放つ。

 それを見たSYUKUJYOの隊員達はお互いに顔を見合わせると、無言で頷いた。


「わ、私達も協力します!」

「剣崎君達を守れ!」

「みんな武器を持て! 微々たるものかもしれないが私達も加勢するわよ!!」

「田島司令の頑張りに報いるためにも!!」


 SYUKUJYOの隊員達がライトニングホッパーの攻撃に合わせて、自分たちも攻撃を加える。

 私は……臆病な私は、ただそれを見ているだけしかできなかった。


「く……トラ・ウマーいるんだろう!? 一旦、退却するぞ!」


 手負のエゴ・イストはトラ・ウマーが作り出した陰に飛び込むと、どこかへと逃げていった。


「田島司令……」


 SYUKUJYOの本部に戻ってきた私は、横たわった田島司令を見て自分の頬を殴り飛ばしたくなった。

 私は一体何をしていたと言うのだ!? 何も、何もできなかったじゃないか!!

 ずっとずっと、エゴ・イストを、母の仇を討とうとしていたのに、足がすくんで何もできなかった自分が腹立たしくなった。


「なんでよ。なんで肝心な時に私は……」


 頬に涙が伝う。

 復讐を遂げるまではと、ずっと封印してきた弱い私。それなのに私は……。

 壁にもたれかかったままずるずると落ちるように地面にお尻をつけた私は、蹲るようにして咽び泣いた。


「ひっ……ひっく……ひっ、ひっ……」


 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 私は無意識に起き上がると病室を出て、どこに向かうとも決めずに本部の通路を彷徨った。


「加賀美さん!」


 声の方向へと顔を向ける。

 するとベッドから起きあがろうとしていた加賀美を、看護隊員が止めようとしていた。 


「ダメです。まだ寝てないと!!」

「チジョーは……一度は退いたかもしれないけど、これがチャンスだって準備を整えたらきっとまた来る。ここを、SYUKUJYOの本部を潰しにくるってわかるから。SYUKUJYOの隊員である僕が寝ているわけにはいかないんだ!!」


 加賀美……なんで、なんでお前はそんなに強いんだ?

 こんな絶望的な状況で、どうしてまた立てる?

 お前だってエゴ・イストの強さはみただろ? 手も足も出なかったじゃないか!!


「だったら、加賀美さんは逃げてください!」


 看護隊員の言う通りだ。

 ドライバーが生きていればまだどうにかなる。加賀美は逃げるべきだ。


「逃げてどうするのさ? 剣崎と違って、僕じゃエゴ・イストには勝てないかもしれない。それでも、僕達が逃げたら、その間に誰かが苦しむ事になる。そんなの嫌だ!! だから、僕はもう逃げたくない! もう、この気持ちに、自分の心に嘘をついて生きたくないんだ!!」


 加賀美……お前は、お前は、私のような弱虫とは違うんだな。

 そうか、だから、バタフライファムは君を選んだのか……。君のその勇気を美しいと思ったから。

 私は加賀美からスッと視線を外すと、またふらふらと彷徨い始めた。


「ん……」


 暗い道場の中、座禅を組んでいる男が居た。ああ、神代か……。

 神代は、目の前に置いた剣を、カリバーンをジッと見つめる。


「過去の栄光に引き摺られているようでは勝てないか……」


 カリバーンは特殊な剣だ。

 ドライバーが使う武器でもないのに、カリバーンはチジョーに対して決定的なダメージを与える事ができる。

 田島司令から聞いた話だが、ドライバーシステムの元になったのもこのカリバーンだそうだ。

 だが、このカリバーンとポイズンチャリスの相性は悪い。

 ポイズンチャリスは弓を使った遠距離からの攻撃か、それを分裂させた2本の取り回しのしやすい短刀を使ったスピードと小回りの効く近接戦闘に特化している。

 あんな大きくて長い剣を振り回していては、ポイズンチャリスのその特性が完全に失われてしまう。


「カリバーン、お前は……俺の、この決断を許してくれるか?」


 神代は愛おしそうな目でカリバーンを見つめる。

 そっとしておいた方が良いと思った私は、物音を立てずにその場から離れた。


「剣崎……」


 気がついたら私は剣崎の病室の近くに来ていた。

 中をそっと覗くと、橘がベッドに横たわった剣崎の前に立っていた。


「お前ならきっと、エゴ・イストやトラ・ウマーでさえも救おうとするんだろうな。でも……俺は違う! あいつらを倒す! これ以上の被害者を増やさないためにも、それがきっと正しいはずなんだ!! だから……だから、早く目を覚まさなきゃ、俺が全部やってしまうからな!!」


 私は慌てて曲がり角に身を隠す。橘は病室を出ると、私に気がつく事なくそのまま反対方向へと通り過ぎていった。

 橘……きっと剣崎に目覚めて欲しくてあんな事を……。

 あいつも素直じゃないところがあるからな。

 私は部屋に入ると、ベッドに横たわった剣崎を見下ろす。


「早く目を覚ませよ。橘も……加賀美も、神代も、SYUKUJYOOの隊員も、それに田島司令だって、みんなお前の目が覚めるのを待っているんだ。そして、いつもみたいに変身して、私の代わりにあいつらを倒してくれよ……!」


 自分でも無茶苦茶な事を言っているのはわかる。

 田島司令が無茶をして、命をかけたあの一撃でもエゴ・イストを倒せなかった。

 それなのに次はエゴ・イストだけじゃなくて、トラ・ウマーを含めたチジョーが総力戦でここに仕掛けてくる。

 勝てない。剣崎が目を覚ましたとしても多分同じだ。そんな事はわかってる。それなのに、こいつの顔を見たら、縋りつきたくなってしまう。

 はは……勝てないってわかってるなら逃げればいいのに、私はここから逃げていく場所も無い。

 夜影ミサにはここしかないんだよ。それなのに私の心はもう折れてしまった。


「私は、どうしたらいいんだ……教えてくれよ。剣崎」


 シンとした部屋の中に、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。


『チジョーの出現を確認しました!! SYUKUJYOの隊員は一般市民の避難を最優先させつつ、これを迎撃してください!! 繰り返します! チジョーの出現を確認しました。SYUKUJYOの隊員は……』


 目の前のモニターに街に出現したチジョー達が映った。

 暫くするとそこに神代達が運転するバイクが到着する。


「いくよ2人とも! 変身!」

「俺と加賀美でエゴ・イストを抑える! 橘、トラ・ウマーは任せたぞ! ヘン……シン!」

「お前に言われなくても俺がやる! 変っ身っ!」


 ドライバーに変身した3人が戦う。

 その隙にSYUKUJYOの隊員達でも戦える隊員達は一般チジョーを抑え、普段は表に出ない裏方の隊員達が一般市民を避難誘導する。田島司令はいない。それでもみんなが自分達のできる事をしていた。

 ああ、肝心な時に私はここで何をしているんだろう……。

 それぞれの頑張りもあり最初は上手くいっていたが、徐々にチジョーの方が押しはじめる。

 決定打はエゴ・イストが連携の乱れた加賀美を狙って先に落とした事だった。


「加賀美!」


 地面に転がった加賀美を見て神代が叫ぶ。

 加賀美はまだ変身したばかりだし、怪我も負っていたし、何よりもドライバーとして他のドライバーと連携して戦ったのもこれが初めてだ。狡猾なエゴ・イストがそれを見逃すはずがない。アイツは、エゴ・イストはそういう奴だ。


「くっ、このままでは!!」


 1人になった神代だが、ここから驚異的な粘りを見せる。

 それでも届かない。神代がエゴ・イストを倒せるビジョンが見えなかった。


「私にどうしろって言うんだ……」


 勇気を出して立ちあがろうとしても、足が! 足が前に動かないんだよ!!

 ああ、私は……私はなんて弱いんだ。


【その……弱さごと自分を受け入れろ】


 剣崎の声にハッとして前を向く。

 しかし目の前の剣崎はベッドに横たわったままだった。

 幻聴なのか……?


【ねぇ、お母さんはどうして戦うの? チジョーが怖くないの?】


 過去の記憶がフラッシュバックする。

 幼い自分、その傍にはお母さんが居た。

 お母さん! お母さん、私……。


【怖いさ。誰だってきっと怖い】

【じゃあ……なんでお母さんは怖いのに戦うの?】


 お母さんは幼い私から視線を逸らすと目を細めた。


【怖いからさ】

【怖いから、怖いけど戦うの?】

【ああ……ミサや大事な人達、みんなが傷つくのを見るのは怖い。だから怖くても戦うんだ。それが私の戦う理由さ】


 お母さんは幼い私へと視線を戻すと、優しい笑顔で微笑んだ。


【ミサは、ミサの戦う理由を見つけるんだ】

【ミサの戦う理由……?】

【ああ、戦う理由があれば恐怖を乗り越えられる。ミサは、何のために戦う?】


 私が戦う理由……ずっと復讐だけが私の戦う理由だと思っていた。

 でも、エゴ・イストを前にして、お母さんの仇を討つための復讐心は、私が憧れたお母さんをいとも簡単に倒してしまった事への恐怖心に塗り替えられてしまう。

 ずっと復讐だけを心に拠り所にしてきた。それなのに、その復讐心を恐怖に奪われた私は、あの瞬間にもうその拠り所すら失ってしまった。


「ドライバー、貴様だってもう無駄だとわかっているだろう。それなのに、どうして貴様はそうしてまで何度も立ち上がる?」


 エゴ・イストはボロボロになったポイズンチャリスに疑問の言葉を投げかける。


「俺は、俺はずっと、神代の一族を滅ぼしたお前達、チジョーが憎かった。でも……剣崎と出会って俺は、チジョーの心すらも救っていくアイツの背中を見て思い出したんだよ。誇りだ……。神代家が没落しようとも俺は、神代始は、神代の誇りだけは捨てるわけにはいかない。noblesse(ノブレス) oblige(オブリージュ)。力を持った俺が戦うのは、力を持たざる者達を助けるのは当然の義務だからだ!!」


 神代は立ち上がると、再び武器を構える。

 そうか、神代は復讐心を乗り越えたんだな。

 私も、私にも、乗り越える事ができるだろうか……?


「全く、さっさと折れれば楽になれると言うのに!」

「トラ・ウマー! お前はそうやってすぐに人の心につけ込む!!」


 橘がトラ・ウマーの動きを牽制する。


「橘、お前も楽になれよ……。自分に剣崎のような力があればと、そう思った事はないか? そうすれば、俺の方がもっと効率的にチジョーを倒せるのにって、一度は考えたりしただろう? あんな非効率な戦い方で、本当は一体何が救えたんだって思うよな? 現にロ・シュツ・マーだってヤン・デ・ルーだって誰も救えなかったじゃないか」

「黙れ! お前が、お前なんかが剣崎のやっている事をバカにするな!!」


 ライトニングホッパーはトラ・ウマーに距離を詰めると近接戦闘を仕掛ける。

 最初はただヤケクソになったのかと思ったがそうじゃない。

 至近距離から銃撃、かわす事のできない攻撃がトラ・ウマーを追い詰めていく。


「確かに彼女達の命は救えなかったかもしれない。それでも剣崎は……最後の瞬間に、彼女達の心を救ったんだ!!」

「は! 詭弁もいいところじゃないか! 心が救われてそれでどうなった? 素直になれよ。お前達は誰も救えてなんかいないんだ!!」


 果たしてそうだろうか?

 私の目の前でドライバーに抱かれて散っていたチジョー達、その表情はすごく穏やかだった。

 自然と掌に力が籠る。

 剣崎……加賀美……橘……神代……。

 彼らは私の知っている男性達とは、守らなきゃいけない存在だと聞かされていた男性達とは違っていた。

 私は田島司令にも、過去に剣崎や橘、神代の3人がドライバーに変身して戦う事にも苦言を呈した事がある。

 そこにドライバーになれなかった事に対しての嫉妬心がなかったと言えば嘘になるだろう。

 でもそれだけじゃない。私は心のどこかで驕っていたのだ。男性は弱いから守らなきゃいけないって。


「私の戦う理由……」


 私はモニターから視線を逸らすと剣崎の顔をじっと見つめた。


「剣崎……私、行くよ。自分に何かできるなんて思わないけど、私も戦う理由を見つけたから」


 病院を飛び出た私はバイクに乗って現場へと直行する。

 それから暫くして目的地に到着した私の前には、地面に倒れ込みながらも、抗う3人の男達が居た。

 加賀美、橘、神代……みんな、頑張ったんだな。


「エゴ・イスト、それに、トラ・ウマー! もうこれ以上、お前達の好きにはさせない!!」


 私はバイクから降りると手に持った銃で2人を攻撃する。

 しかし、エゴ・イストはいとも簡単に攻撃を弾き、トラ・ウマーは影を使い攻撃を回避した。

 そして私の後ろに回り込んだトラ・ウマーは囁くようにして私に喋りかける。


「無理をするな。時間をかけてお前に植え付けたトラウマは、そうそう振り払えるはずがないのだから」

「そうか……この恐怖心はお前が……」


 そういう事か。私は今までトラ・ウマーを追い詰めていたわけではなく、こいつに誘き出されて罠にかけられていたんだな。

 全てを理解した私は、トラ・ウマーに向けて微笑む。


「感謝する」

「はぁ!?」


 お母さんが言っていた。私の戦う理由。

 今の自分と向き合う事で、それを見つける事ができた。


「お前のおかげで私は弱い自分を認め、この恐怖心と復讐に囚われた心を、剣崎達に感じていた嫉妬心を乗り越える事ができた!!」


 私はトラ・ウマーに向けて武器を構える。


「私は……彼らと、剣崎と横に並んで戦いたい! 男だからとか、女だからとかじゃなくて、共に戦う仲間として、彼らに恥じない自分でいたいんだ!!」


 トラ・ウマーに対して攻撃を仕掛けた私は、そのまま相手の懐に潜り込んで投げ飛ばす。

 そして投げ飛ばした方向へと銃を向けて追撃する素振りを見せる。


「くっ!」

「甘い!!」


 私はあらかじめアイツが逃げそうな場所へと銃の向きを変えて、アイツが現れるより先にトリガーを引いた。


「なんだと!?」


 SYUKUJYOの武器では決定的なダメージは与えられないかもしれないけど、私1人でもトラ・ウマーを抑える事ができるはずだ。


「SYUKUJYOの隊員でも動ける者達は市民の避難を! 絶対に一般市民を守れ!!」


 私はSYUKUJYOの隊員達に指示を出すと、後ろにいる3人の仲間に声をかけた。


「加賀美! 橘! 神代! トラ・ウマーは私に任せろ! お前達はエゴ・イストを頼む! 悔しいが……私ではエゴ・イストを止められない! そいつはチジョーの幹部の中でもトップクラスに強い。そいつを止められるのはドライバーだけだ!! 頼む……! せめて一般市民が避難するまでの時間だけでいい。苦しいだろうが、私達を助けてくれ!!」


 私の言葉を聞いた3人の男達がゆっくりと立ち上がる。


「わかりました。夜影隊長……!」

「ああ!」

「任せておけ!!」


 私は再びトラ・ウマーと向き合う。

 しかしトラ・ウマーは不敵な笑みを浮かべる。


「忘れたのか? 私は用意周到なチジョーなんだ!!」


 トラ・ウマーが手をかざすと、一般人に紛れたチジョーがその姿を表す。

 バカな!? いくらなんでも数が多すぎる!!


「ははははは! これが絶望だ! さぁ、その恐怖心を思い出せ! 夜影ミサ!!」


 私は軽く息を吐くと、トラ・ウマーの事をまっすぐに見つめる。


「確かにそうかもしれない。でも加賀美は、橘は、神代は、それにSYUKUJYOの隊員達だって、こんな状況になっても誰も諦めてない!! それに、田島司令やお母さん、剣崎だって、同じ状況になっても最後のその時まで、絶対に諦めたりなんてしない。だから私が諦めるわけにはいかないんだ!!」


 珍しく苛立った素振りを見せたトラ・ウマーは声を荒げた。


「ならば更なる絶望へと叩き落とすだけだ! 行け、チジョー!!」


 襲いかかるチジョー達、私は1人ずつ的確に対処していく。

 大丈夫、やれる。そう思った時、私の影からトラ・ウマーが現れた。


「もらった!!」


 しまった! 全てがスローモーションになる。

 加賀美、橘、神代……それに剣崎、田島司令に、SYUKUJYOのみんな。ごめん。

 どうやら私はここまでのようだ。お母さん……天国で私の事を褒めてくれるかな?


「何!?」


 トラ・ウマーの攻撃が私に襲いかかった瞬間、その振り上げた右手に何かがぶつかる。

 たす……かったのか?

 私はその何かへと視線を向ける。


「クワガタ……お前」


 私とトラ・ウマーは空に浮かぶクワガタを見つめる。

 クワガタから、まだお前は戦えると言われた気がした。


「ああ、わかってる!」


 私はトラ・ウマーに向けて再び銃を構える。


「やるよ。最後の瞬間まで私は戦う。私は、チジョーの手から人々を守るSYUKUJYOの隊員、夜影ミサだ!!」


 どこからともなくバイクのエンジン音が聞こえる。


「よく言った!」


 この声は!?

 振り向くとそこには包帯を巻いた田島司令がバイクに乗ってこちらに向かっていた。


「受け取れミサ!!」


 田島司令が放り投げたものをキャッチする。

 私はそれを掴んだ左手へと視線を落とす。


「これは……」


 お母さんの……お母さんのベルトだ!


「行け! ミサ!! 今のお前ならきっと、きっと……!」


 私はベルトを腰に当てると、空に浮かんだクワガタをもう一度見つめる。


「私は弱い。それでもいいのなら、こんな私に力を貸してくれないだろうか? 今、私の後ろで戦っているみんなと共に戦わせてくれ!! 全てを救いたいと願うアイツのために!!」


 私は銃を投げ捨て、天に向かって手を伸ばす。

 すると空を舞っていたクワガタは私の想いに応えてくれた。


「ありがとう」


 私は手のひらのクワガタに向かって感謝の気持ちを述べる。

 田島司令が繋いでくれたこの想いごと私は……!


「変身!!」


 クワガタをベルトに装着した私がドライバーへと変身していく。

 私はほんの一瞬だけお母さんの温もりのようなものを感じた。


『マスク・ド・ドライバー、バイコーンビートル!』


 お母さん、ほんの少しだけでいい私に勇気を頂戴。


「トラ・ウマー! ここで必ず、お前を止めて見せる!!」


 私はトラ・ウマーに向かって接近戦を仕掛ける。

 バイコーンビートルはヘブンズソードと同じ、バリバリの近接戦闘主体だ。


「くっ! ならば、これでどうだ!!」


 距離をとったトラ・ウマーが両手を広げる。

 何をするつもりだ?


「さぁ! 行け、お前達!!」


 トラ・ウマーの声と共に一般チジョー達が苦しみ出す。

 そして次の瞬間、只の一般チジョーが特殊個体のチジョーへと進化する。

 それもどいつもこいつも見た事ある奴ばかりだ。

 デカ・オンナー、シ・シュンキー、クンカ・クンカー……。

 いや、よく見ると似ているだけで私のよく知っている本物とは違う。


「そいつらは量産型のコピー品だが、これでも十分だろ! ははははは! どうだ。絶望したか!?」

「それでも私は諦めない! 彼らが諦めないのなら、私も彼らに恥じるような事はしたくないんだ!!」


 くっ、強がってはいるが、流石に数が多すぎる。

 只の一般チジョーですら数が多いと厄介なのにこれでは……!


「今度こそ、これで終わりだ!!」


 複数の特殊個体のチジョー達による連続攻撃。

 1つ防ぎ、2つ防ぎ、3つ目の攻撃を回避して、4つ目の攻撃をまた防ぐ。

 それでも限度がある、攻撃が10回を超えたところで私の動きにミスが出た。

 ここまでかと思った瞬間、何かがその攻撃を防ぐ。


「え?」


 私は空中に浮かんだカードを見て目を見開いた。

 

「ロ・シュツ・マー!」


 私を取り囲むように、複数のカードが私の周りを舞う。

 そのカードには見覚えのあるチジョー達が描かれていた。


「夜影ミサ! 私達の力を使って!」

「私たちは彼らに救われた。だから今度は私達がみんなを救う番!」

「トラ・ウマー! これ以上、貴女の思い通りにはさせない!」

「確かに私達は傷ついた。それでも誰かを傷つけていい理由にはならない」

「もうこんな事を! 誰かに私達と同じ事を繰り返させないで!!」

「トラ・ウマー……きっと彼らなら、貴女のその傷ついた心も救ってくれる」

「さぁ、今こそみんなの心を一つに!」

「私達の思いはただ一つ!」

「もう誰も不幸になんてさせない!」


 ロ・シュツ・マー、クンカ・クンカー、デカ・オンナー、シ・シュンキー、オオモリ・アセダク、ポヨポヨ、メン・ヘラー、ノウ・メーン、ヤン・デ・ルー達の声が頭の中に聞こえてきた。

 今まで戦ってきたチジョー達の想いに、ベルトに装着したクワガタが反応する。


「わかった……みんな! 一緒に行こう!!」


 私の体を大きな光が包み込む。


『チェンジ・ド・フォーム、ハイパーフォーム!』


 二つの角がさらに大きくゴツく。全体的にひと回りほど大きくなる。


『マスク・ド・ドライバー、ヘルズビートル!!』


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 私は大きく胸を張ると、その光を広げていく。

 光に飲まれていくトラ・ウマーとチジョー達。

 1人、また1人と、チジョー達が人間の姿へと戻っていった。

 剣崎や加賀美、橘や神代から受け取った想いの力が拡散して、チジョー達を救っていく。

 私だけの力じゃない。みんなで繋いだ想いの力が彼女達を救ったんだ。


「はぁ……はぁ……」


 急激に力を使い過ぎたのか、私の変身が解ける。

 くっ……周りを見るがトラ・ウマーの姿がない。逃げられたか……?


「厄介な力を使う。だが……ここまでだ。どうやらその力も一度切りのようだしな」


 私の目の前でエゴ・イストがほくそ笑む。

 その足首を加賀美が掴んだ。


「行かせない……!」

「こざかしい!」


 エゴ・イストは足下に転がった加賀美に攻撃を加えようとする。

 しかし咄嗟に橘がその左手に飛びつく。


「やらせるか!」

「くっ! 貴様!」


 今度は逆の右手を振り上げる。その手にぶら下がるように神代が飛びつく。


「まだだ、まだ!」

「ええい! 鬱陶しい!!」


 エゴ・イストは体を揺らして3人の体を振り払う。

 吹っ飛ばされた3人はそれでも地面に手をつき、再び立ちあがろうとする。


「なんだ、なんなんだお前達は!」


 エゴ・イストは声を荒げる。

 どうやら相当苛立っているようだ。


「加賀美夏希、橘斬鬼、神代始……それがそこにいる3人の名前だよ。ドライバーだからじゃない。お前達チジョーと戦う3人の男達の名前だ。そして私の名前は夜影ミサ。その3人と共に戦う女の名前だ!」


 私は生身でエゴ・イストに立ち向かう。

 はっきり言って怖い。それでも恐怖心を超える何かが私の中にあった。


「ぐっ!」


 私はエゴ・イストにタックルしてその体にしがみつく。

 しかし簡単に持ち上げられて空中に投げ飛ばされた。

 地面に体を叩きつけられた私は痛みで表情を歪ませる。


「もう終わりにしてやろう」


 私に一歩、また一歩とエゴ・イストが近づいてくる。

 そのエゴ・イストの頭に小石のようなものがぶつかった。


「あ?」


 不機嫌さを隠そうともしないエゴ・イストはその小石が投げられた方向へと視線を向ける。


「お兄ちゃんやお姉ちゃん達をいじめるな!!」


 小さな少女が足を震わせて立っていた。

 少女は落ちていた小石を拾い上げるとエゴ・イストに向かって再び投げる。


「み、みんなを守れ!!」

「SYUKUJYOは今まで私達の事を守ってくれた!」

「今度は私達がみんなを守る番だ!!」

「チジョー、ドライバー達に酷いことをするな!!」

「もうここから出ていって!!」

「それ以上、誰かを傷つけるな!」


 これは……!?

 私と加賀美、橘と神代は顔を上げて周囲を見渡す。

 すると避難中だった一般市民達が私達を取り囲むようにして声を上げていた。

 田島司令や他のSYUKUJYOの隊員達もびっくりした顔を見せる。


「ここは私達の街だ!」

「SYUKUJYOだけに任せていいのか? 私達も立ち上がるんだ!」

「男の子があんなに頑張ってるんだよ。私達も頑張らなきゃ!!」

「これ以上、罪を重ねるな。チジョー!」

「チジョー、もうこれ以上はお前達の好きにさせないぞ!!」


 ああ、これがお母さんや田島司令達、SYUKUJYOが守ってきた世界なんだ。

 みんなの想いを力に変えて、私達は再び立ち上がる。


「虫ケラどもが!!」


 エゴ・イストは片足を上げると思いっきりそれを地面に叩きつける。

 地面が割れるほどの衝撃に全員がふらつき倒れた。


「いいだろう。歯向かうというのなら、全員、ここで……くっ!!」


 エゴ・イストに向かって空を飛んでいたクワガタやカブトムシ達、5体の昆虫が飛びかかる。

 そうか、お前達も戦っているのか。


「ええい! 鬱陶しい虫どもが! お前達、全員まとめてここで始末してやる!!」

「そうはさせない」


 声が聞こえてきた気がした。

 遠くから聞き覚えのあるバイクのエンジン音が近づいてくる。

 その場にいた誰しもが視線を奪われた。

 颯爽とバイクで駆けつけたその男は、何事もなかったかのように私達とエゴ・イストの間にバイクを停めると、ゆっくりとヘルメットを脱ぐ。


「剣崎……」


 剣崎は私達をぐるりと見渡す。


「みんな……後は俺に任せてくれ」


 なんだろう。剣崎の言葉に、心が包み込まれる。

 不思議な感覚だ。まるで背負っていた荷物をすっと受け取られたように体が軽くなる。


「次から次へと、本当に鬱陶しい!」


 エゴ・イストの周りを飛んでいたカブトムシが剣崎の手に収まる。

 剣崎は手のひらのカブトムシに優しい声で話しかけた。


「待たせたな相棒」


 ベルトを装着した剣崎は、窪んだ部分にカブトムシを嵌め込む。


「変身!!」

『マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード!』


 なんて、なんて、大きな背中なんだろう。

 私は目の前のヘブンズソードの背中をジッと見つめる。

 こんな大きな奴に私は並び立てるのだろうか?


「夜影、今のうちに体力を回復しておけ。加賀美も、橘も……そして神代も、お前達の力がまだ必要だ」

「あ……ああ!」


 なんなんだ。なんなんだ、こいつは!

 たったそれだけの言葉で体の奥から力が湧いてきた。

 感じた事のない初めての感情が胸を締め付ける。


「剣崎、俺の剣を使え!」


 神代は背中に背負っていたカリバーンを剣崎に向かって放り投げる。

 それをキャッチした剣崎は、真剣な表情で問いかけた。


「いいのか、神代?」

「ああ! もう……もう今の俺にその剣は必要ない! 神代の象徴たるその剣がなくても、俺の心の中には神代の誇りがある!!」


 神代は曇りのない晴れやかな表情でそう言った。

 ああ、あの時、彼が道場で自問自答していたのは、こういう事だったのか。


「わかった」


 ヘブンズソードのベルトに装着されたカブトムシが反応する。

 あれは、私の時と同じ……。


「ああ、わかっている。神代の想いの、神代家の紡いできたもののために!!」


 ヘブンズソードは両手に持ったカリバーンを構える。


『チェンジ・ド・フォーム、ハイパーモード!』


 熱い炎がヘブンズソードの体を包み込む。

 ヘブンズソードは上半身がひと回り大きく、それでいて私とは違ってよりシャープなフォームに変化する。


『マスク・ド・ドライバー、ヘブンズカリバーン!!』


 剣崎はエゴ・イストに向かって剣を向ける。


「太陽より熱く激った俺の、俺達のハートを受けとれ!」


 剣崎はベルトに装着されたカブトムシの角に手をかける。


『オーバークロック!』


 世界が加速する。

 圧倒的なスピードとパワー、エゴ・イストもそれにくらいつくが、剣崎がそれを圧倒した。


「くそおおおおおおお!!」


 叫ぶエゴ・イスト。


「私は! 私は……こんなところでやられるわけにはいかないんだ!」


 逃げられないと悟ったエゴ・イストは覚悟を決めたのか力を増していく。

 互角の戦いが続き両者が激しく撃ち合う。

 それでも今の剣崎ならエゴ・イストを倒す事は造作もないはずだ。

 でも、それを見守る私達はそうじゃないってわかってる。


「行け!」


 加賀美はいつものように剣崎に期待する。


「行け、剣崎!」


 神代は思いを剣崎に託した。


「剣崎……行け!」


 橘は剣崎がそうであると信じている。


「行け! 剣崎!!」


 私は剣崎にそうであって欲しいと願った。


『オーバー・ザ・タイム ハイスピード・アクセラレーション!!』


 ヘブンズソードに装着されたベルトのカブトムシが光る。

 さらに早く、さらに強く、再びエゴ・イストを圧倒し始めた剣崎の世界だけが加速していく。


「エゴ・イスト……俺は、今からお前を救いに行く!」


 ああ、やっぱりそうだ。それでこそ剣崎だ。


『ターン・バック・タイム!!』


 ヘブンズソードとエゴ・イスト、競り合う2人を包み込む光が強くなる。


「まさか、まさか! これは、この光は!!」


 エゴ・イストは何かに気がついたのか声を荒らげる。


「時を超えて、過去の私すら救おうと言うのか!!」

「ああ、そうだ! そうだとも!!」


 世界の法則が乱れる。周囲の世界が逆回転していく。

 それに巻き込まれた私達もまたその光に包み込まれる。


「俺を誰だと思っている? 俺の名前は剣崎総司、全てを救う男の名前だ!!」


 そうだ! お前の名前は剣崎総司、むちゃくちゃでとんでもない奴だ!!

 目の前が真っ白になる。


「一般市民を守るんだ!!」


 SYUKUJYOの隊員?

 いや、私の知っている制服とは違う。

 確かあの制服は初期の、SYUKUJYOがSYUKUJYOになる前の……。


「くっ、私達は逃げるしかないのか!」


 それにこの声……エゴ・イストなのか?


「力だ……! 力さえあれば……!!」


 ああ、その心をつけ込まれたんだ。

 人間だった頃のエゴ・イスト、その両目を後ろから伸びてきた真っ白な手が覆い隠す。

 これがエゴ・イストがチジョーになった瞬間だった。

 力に拘るあまり、力に溺れ、そして本来の目的を忘れてしまったエゴ・イストの末路。

 もし私があのまま復讐心に囚われたままであれば、私が彼女になっていたかもしれない。


「そうか、これが私の……」


 生身の人間に戻ったエゴ・イストは、同じく生身の姿になった剣崎と向き合う。


「ありがとう剣崎。私は力に取り憑かれるあまり、本来の目的を忘れ、セイジョ・ミダラーの手に落ちてしまった」


 セイジョ・ミダラー……チジョーが崇拝する邪神。

 彼女こそが全てのチジョーを生み出した元凶だとされている。


「亡くなった人達への罪を償えるとは思わない。でも……罰は受ける事ができる。ありがとう剣崎、最後に本来の私を思い出させてくれて」


 逆回転する世界で、エゴ・イストの体が指先から粒子となって散っていく。


「気をつけろよドライバー達、この戦いはまだ終わっていない。チジョーの軍勢が、その世界からゲートを開いてこちらに来ようとしてる。頼む。私に残った最後の力をお前らに託す。だから……それを止めてくれ」


 私の体が温かな光に包まれる。

 傷ついた体が、消耗した体力が回復していく。

 そして……。


「お……かあ、さん……?」


 私の目の前に母が立っていた。


「ミサ、よく頑張った。流石は私の娘だ」


 言葉が出なかった。言いたい事、喋りたい事、たくさんある。

 でも、涙が溢れて、言葉が詰まって、何も言えなかった。


「はは、ミサは相変わらず泣き虫だな。ほら」


 お母さんは私の体を優しく抱きしめる。

 記憶の中にあるお母さんの温もりと全く一緒だった。


「お母さん! お母さん!! 私、お母さんといっぱい話したい事があるの!!」

「ああ、わかってる。私だってもっとミサと話したかった。でも……すまない。どうやら私も、もう行かないといけないみたいだ」

「やだ! 行かないで、お母さん!!」

「ミサ、聞いて」


 お母さんはしがみついて駄々をこねる私の頭を愛おしそうに撫でる。


「お母さんはずっと側に居る。ミサの心の中に」

「お母さん……!」


 お母さんの体がエゴ・イストと同じように、ゆっくりと細かな粒子になっていく。

 もうこれ以上はだめなんだってわかった。これはきっと奇跡だから。

 みんなの紡いだ想いが作り出した奇跡が、逆回転から現実の世界へと戻っていく途中で最後に私をお母さんに会わせてくれた。


「ミサ、田島に伝えておいてくれ。私の可愛い娘と、SYUKUJYOを、この世界を今まで守ってくれてありがとうってな」

「うん……! 伝えるよ。必ず、伝える!!」


 私は涙を拭うとお母さんに笑顔を見せる。

 最後に見せるお母さんへの顔を泣き顔なんかにしたくなかったからだ。


「ミサ……ありがとう。私の娘に生まれてきてくれてありがとう!!」

「ありがとうお母さん、私、お母さんの娘に生まれてきてよかった!」


 私は手のひらに残った最後の粒子を見送る。

 近くにいた加賀美へと視線を向けると目元を赤くしていた。

 橘も神代も……どうやら過去との邂逅があったのは私だけじゃなかったみたいだな。


「ありがとう……」


 世界が戻っていく。私達の居た世界へと。

 閉じていた目を開けると、空間に浮かんだ裂け目のようなゲートをこじ開けようとする巨大なチジョーが居た。

 剣崎は前に出ると天に向かって指をさす。


「お母さんは言っていた。お前にもいつか心の友と書いて心友ができると……お母さん、見ていますか? 俺はもう1人じゃない。今の俺には、自分の心を預ける事ができる友人達がこんなにも沢山いるよ」


 私と加賀美、橘、神代の4人が剣崎に並ぶように前に出る。

 私達がそれぞれの腰にベルトを装着すると、ヘブンズソード、ポイズンチャリス、ライトニングホッパー、バタフライファム、そして、バイコーンビートルが飛んできた。


「さぁ、行こう、友よ!」

「うん! あいつを止めなきゃ」

「ああ! もうこれ以上チジョーの自由にはさせない」

「俺達が力を合わせればなんだってできるはずだ」

「行こう、みんなで!!」


 私は手に持ったバイコーンビートルをベルトに装着する。

 剣崎はヘブンズソードを、神代はポイズンチャリスを、橘はライトニングホッパーを、加賀美はバタフライファムを同じようにベルトに装着した。


「変身!」

「ヘンシンッ!」

「変……身……!」

「変身……!」

「ヘンシンッッッ!」


 5人で変身した私達はお互いに顔を見合わせて無言で頷く。

 私はベルトに装着したバイコーンビートルに手をかける。


「ドライバー」


 剣崎の掛け声に全員が呼吸を合わせる。


「「「「「キック」」」」」


 ゲートをこじ開けようとする巨大なチジョーに向かって、私達が放ったドライバーキックのエネルギーが大きな一つのビームになって飛んでいく。


「ぐわあああああああああああああああ!」


 押し返されていく巨大なチジョー。

 まだだ、もっと……もっとだ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 みんなが最後の力を振り絞る。

 耐えきれなくなったチジョーが裂け目の向こうへと押し返された。

 開きかかったゲートがこじ開ける力がなくなった事で、ゆっくりと塞がれていく。

 そしてそれが完全に塞がれると、雷雲渦巻く空に光がさした。

 これで、終わったのか……?

 周りを見るともう周囲にチジョーはいない。


「おーい! みんなー、無事かー!!」


 こちらに向かってくる田島司令の姿を見て、みんなが笑みをこぼす。

 私達はなんとかチジョーの軍勢を押し返す事ができた。

 でも、これはまだほんの序曲にしか過ぎなかったのである。

 私達の戦いはまだ始まったばかりだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 目の前のテレビに5人が揃ったOPが流れる。

 夜影ミサ役を務める私、小早川優希は余韻を味わうように流れるテロップをジッと見つめた。



 主演


 剣崎総司/ヘブンズソード 白銀あくあ

 神代始/ポイズンチャリス 天我アキラ

 橘斬鬼/ライトニングホッパー 黛慎太郎

 加賀美夏希/バタフライファム 猫山とあ

 夜影ミサ/バイコーンビートル 小早川優希


 出演


 三島正子/エゴ・イスト 山岸リョウ

 橘月子/トラ・ウマー 淡島千霧

 真島真尋/ロ・シュツ・マー 高野舞

 鶴野スミレ/クンカ・クンカー 堀口美桜

 鳥谷琴香/デカ・オンナー 神岡絵麻

 堂上佳純/ハン・コウキー 森渚

 野沢菜々/オオモリ・アセダク 香椎穂乃果

 草野伊織/ポヨポヨ 面上ひまり

 久保飛鳥/ハナ・ゲゲゲ 島谷梨花

 市川優奈/シ・シュンキー 奏イチカ

 柚木理乃/エゴ・サーチ 斉藤朱里

 名波色葉/ハブリ・ハブキ 中島早江

 小坂美晴/アイ・パッチ 加藤空

 城之内実里/シガ・ラミー 近藤桜

 伊藤言葉/メン・ヘラー 鈴木沙羅

 堀綾女/ノウ・メーン 岩成ニコ

 灰谷光/クセッケ 長谷川風夏

 望月芽衣/ヒッキー 泉世奈

 百瀬香/ヤン・デ・ルー 苺野モカ


 田島市子/プロトタイプヘブンズソード 阿部寛子

 夜影サキ/プロトタイプバイコーンビートル 藤木葉


 伍代ジョウ

 松田蓮

 氷川純

 綾乃亜希

 北上睦月

 渋江伊吹

 徳山奏

 中村悠

 竹田音

 森川楓

 雪白えみり


 小林大悟/モジャP 声のみ


 スーツアクター


 伊東心

 押見文乃

 徳川永子

 永瀬希

 渡辺潤

 文屋藤

 本岡嗣子


 アクション指導


 岩成ニコ 


 原作


 森石章子


 脚本


 井口敏子


 音楽プロデューサー


 モジャP/小林大悟


 音楽


 後期OP

 [elementum]


 作詞:橘斬鬼/黛慎太郎

 作曲:加賀美夏希/猫山とあ

 編曲:神代始/天我アキラ

 歌:剣崎総司/白銀あくあ


 後期挿入歌

 [激化boisterous dance]


 作詞:本郷弘子

 作曲:小林大悟

 編曲:小林大悟

 歌:剣崎総司、神代始、橘斬鬼、加賀美夏希


 チーフプロデューサー


 松垣隆子/旭日テレビ


 監督


 本郷弘子/ベリルエンターテイメント


 制作


 マスク・ド・ドライバー ヘブンズソード製作委員会


 スペシャルサンクス


 全てのドライバーに携わった人達と、全てのドライバーファン



 曲が終わると、映像が夜の街に切り替わる。

 Cパートだ。おそらくはほとんどの視聴者が今頃、口をポカンと開けながら画面を見ている事だろう。

 そこに追い打ちをかけるのが本郷弘子という監督なのだ。


「うぅ……」


 雨の中、1人の女性が倒れる。

 それを見つけた1人の男が駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


 黛慎太郎君が演じる橘斬鬼だ。

 橘は女性を抱き上げる。すると女性は安心したのか気を失った。

 画面が暗転すると、右下にnext roundの文字と雨の音だけを残してCパートが終わる。


「お前はこのスピードについて来れるか?」


 剣崎の声と共に、これからのヘブンズソードを示唆する映像が流れる。


「加速していく世界、激化していくチジョーとの戦いの中で俺たちは生き残れるのか?」


 もはやこの映像を見ている人達は理解が追いついているのだろうか。

 最近話題のホゲラー波が飛んできてないか心配になる。


「マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード! 2nd ROUND!」


 画面にデカデカと文字が出るとすぐに切り替わる。


「戦いは次の舞台へ! 再来週より放送再開!!」


 右下に次週はお休み、ごめんね、みんなと両手に看板を持った猫山とあ君の姿が映る。

 うむ! とあ君は今日もかわいいな!

 画面が切り替わると、剣崎総司役を務める白銀あくあ君が画面の前で見ている私達に向かって微笑む。


「みんなも来週は俺達と一緒に、駅伝を応援しようぜ!!」

「僕達ベリルエンターテイメントは女子駅伝を応援しています」

「さぁ、栄冠を掴むのは誰だ! 手に汗握る戦いが君を待っている!」

「みんな、無理はしても怪我だけはしないようにがんばろ!!」


 うん、これはきっとベリル側からの配慮だろうな。そうじゃなきゃ、暴動起きそうだし……。

 どっちにしろスケジュール的にもここで一度休みがないと、制作スタッフが大変だろうから仕方のない事だ。


「さてと……」


 私は立ち上がるとシャワーを浴びに向かう。

 申し訳ないが私は彼に……白銀あくあと出会うまで男性の役者を舐めていた。

 実際、これまでの現場でも何度、男性のキャストに失望させられたか数えきれない。これは役者をやっている女性ならほぼ全員が経験している事だろう。

 それなのに彼と、彼の連れてきた天我アキラ君、黛慎太郎君、猫山とあ君は、みんな最初は辿々しかったものの向上心があって成長できる尊敬に値すべき役者仲間だと思った。

 その中でも最初からずば抜けていた白銀あくあ君は、間違いなく役者として私以上だろう。小雛ゆかりさんが熱を入れるのもわかる。

 この素晴らしい作品に関われて良かった。

 私は素直にそう思う。だからこそ頑張らなければいけないと思った。

 今後も彼らのような素晴らしい役者と共演するために、私も努力し続けなければいけない。


「よし!」


 私はシャワーから出るとその勢いのままでランニングに行こうとした。

 しかし玄関先で自分がとんでもないミスを犯している事に気がついて、すごすごと自分の部屋に戻る。

 あ、危なかった。自分で言うのもなんだが私は役者をしている時以外は抜けてる。

 もう少しで外を出歩いてはいけない格好で闊歩して、正月のニュースになるところだったぞ。

 せっかくの素晴らしい作品を、私がチジョーになって汚すわけにはいかない。


「ふぅ」


 私は改めて服を着ると日課のランニングのために家を出た。

 ちなみにその後、鍵を持って出るのを忘れて家の中に入れなくなるのだが、それはまた別の話である。

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― 新着の感想 ―
[一言] しれっと捗るスタッフロールにいたということはやはりラスボスは(ry しかし結局天剣ロス対策は出なかったか先送りかー まあ現実番組でもこれだけ人気あったら止められんわな
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