白銀あくあ、俺の頭はポンコツらしい。
本日投稿3本目です。
会場に着いた俺は殿下と共に、パーティーの広間で今日の主催者と挨拶を交わした。
「殿下、それにあくあさんも……本日はお越しいただきありがとうございました」
シンプルな菫色のドレスを着た女性が綺麗なカーテシーで跪く。
彼女が今日のパーティーの主催者である秋山幸さん。
秋山さんは母さんの生徒の1人で、今年大学を卒業する予定である。
彼女はおめでたいことに、今日婚約を発表される人と卒業と同時に結婚するそうだ。
「幸さん、おめでとう」
「おめでとう秋山さん」
俺は主賓である殿下の後に続いて、秋山さんに祝福の言葉を贈った。
その後は、後ろにいた秋山さんのご両親や男性側のご両親に対しても同じように祝福の言葉を伝える。
なぜか男性の姿はなかったが、こういう大事な時でも男性は気ままな行動が許されているらしい。
パートナーである秋山さん1人にこういう事を押し付けていいのかとも気になったが、俺は部外者なので口に出して言うことではないだろう。
その後も殿下と秋山さんの2人の間だけで会話が進められ、俺は2人の会話に笑みを浮かべたりするだけに終始した。俺はあくまでも殿下のエスコート役でしかないので、時折投げかけられた会話に対して無難な答えを返すだけである。
「2人とも今日は本当にありがとう」
秋山さんは笑みを浮かべていたが、どこか浮かない雰囲気だった。いや……きっと疲れているのだろう。俺は余計なお節介をしないように自分に言い聞かせる。
俺たちは秋山さんとの挨拶を終えると、給仕の人からグラスを受け取って会場の端っこにいく。
ちなみに受け取ったグラスに入っているのはただのジュースだ。俺も殿下も未成年だから当然だよね。
「あくあ様、もしお疲れでしたら、どこかの空き部屋でご休憩なさいますか?」
殿下は薄く笑みを浮かべた。その儚なそうな色素の薄い唇にドキッとする。
周囲にいた人たちも殿下の笑顔に惹きつけられたのか、秋山さんやそのご家族と挨拶している人以外は、ほぼ全員の視線がこちらに向いていた。
殿下は視線に気が付かれたのか、俺の体にそっと寄り添うと、耳元に顔を近づけて囁く。
「ふふ、皆さんあくあ様のスーツ姿が素敵すぎて、見惚れちゃっていますね」
いやいや……どう考えても殿下の方でしょ。
殿下の方に視線を向けると、まず最初に目に入るのがその美しい胸の形だ。
大きすぎず、それでいて小さくはない豊かで美しい胸の谷間のライン、純粋な男子の俺にとっては、この胸の谷間が見えるドレスは目のやり場に非常に困る。単純に大きさだけでいえば絶対に深雪さんとかの方がでかいだろう。でも、殿下の胸はなんというか大きさよりも美しさが目を惹く。
それに加えて、小ぶりなお尻と、女性らしいくびれの腰つき。彼女の美しい体のラインを曝け出す様に誂えられたドレスを見れば、いかに彼女が完璧な体型をしているのかが一眼で明らかだ。剥き出しになった二の腕はこんなに近くで見ているにも関わらずシミもなく、傷一つついてない。
殿下の事を一言で表すとしたら非日常感。1人の女性としての魅力がある一方で、それでいてあどけない少女の可愛らしさまで同居しているその様は、妖精とか天使とか女神とかそういうレベルの美しさだ。
「そんな事ないですよ。きっと殿下の魅力に皆さん夢中なんです」
「あら……じゃあ、あくあ様も私の魅力に夢中になってくれているのかしら? そうだとしたらとっても嬉しいわ」
殿下は星が瞬くような大きな瞳で俺をジッと見つめると、雪のような白い肌の頬を薄いピンク色に染めていく。
きっと殿下は俺をからかって楽しんでいるのだろうが、こんな様子を見せられると、まるで殿下が本気で俺に気があるのではと勘違いしてしまいそうになる。あくあ、勘違いするなよと俺は自分に強く言い聞かせた。
正直、これだけ距離が近いと殿下からすごく良い匂いがする。この匂いが天然のものなのか、香水によるものなのか、それとも石鹸とかシャンプーによるものなのかもわからないけど、とにかく良い匂いしかしない。俺に理性というものが存在しなかったら、今の一言だけできっと押し倒してしまっているだろう。
「も、もちろんですよ殿下」
「嘘……本当ならちゃんと私の目を見ていって欲しいな」
さらに体を近づけた殿下の肌に、俺の指先がそっと触れる。
俺だって他の女の子の肌に触れたことがないわけではない。特にこの世界では女の子が積極的だから、同級生の女の子とか家族とのボディタッチの機会は多く、最近はそれにも少し慣れてきたところである。
でも、殿下の肌は今までにないくらい俺の肌にピッタリと吸い付くような肌だった。指先だけでこんなにも気持ちがいいのならと……そんな不埒な妄想をしてしまう。
「きょ……今日は勘弁してください」
「へぇ、今日ってことは、私とまた会ってくれるんだ。嬉しいな」
誰にも聞かれてないのを良い事に、殿下はまるで学校にいる同級生のように話しかけてくれる。
まぁ実際に同い年なんだけど、その高貴な立場故に俺は一歩引いていた。
だから距離を詰められると、ただの同い年の女子だと思えてきて、指先に残ったさっきの感触がとても生々しいものに感じられてしまう。
「え……えっと、すみません、ちょっとお手洗い行ってきます」
いくらなんでも距離感が近すぎて、これ以上は男として冷静でいられそうになかった。
「うん、良いよ。あ……少しくらいは遅くなっても大丈夫だからね。男の子はきっと大変でしょうし」
殿下はピンク色に染めた頬に両手を添えて、俺の方を何度もチラチラと目配せする。
い、いやいやいや、こんなところでそんな事しませんから! いきなりの殿下の下ネタに俺もびっくりだ。
俺は心の中でツッコミを入れる。おそらく殿下は、俺が意識している事に気がついて弄んでいるのだ。
「す、すぐに帰ってきますから!」
トイレに駆け込んだ俺は、鏡を見て大きなため息を吐く。
殿下の距離の詰め方に対して、俺はその場凌ぎの対応でなんとか逃げきることしかできなかった。いや、そもそもエスコート役の俺が逃げ出して良いのか……。
「はぁ……戻るか」
お手洗いを済ませて会場に戻ると、殿下が誰か知らない男に絡まれていた。
最初は知り合いかとも思ったが、殿下のそっけない態度を見る限りそうではないのだろう。
「なぁ、良いだろ?」
どうやら男の方が殿下を口説いているようだ。男は卑しい視線で殿下の体を舐め回すように見つめる。
あの男、自分が話しかけているのは、スターズの次期女王候補だという事には気がついているのだろうか?
男性が女性を口説くなんて多分この世界では滅多に見られない光景だが、俺にとっては呑気に観察している場合ではない。これはまずいと思った俺は、慌てて殿下の方へと向かった。
「すみません。どうかされましたか?」
俺は殿下の元へ戻ると絡んでいた男に話しかけた。
「あぁ? って、お前……っ!」
男は俺の顔を見た途端、目を見開き怒りを露わにした。
俺は単純にどうかしたのかと聞いただけなのに、男に最初から敵意を剥き出しにされて困惑する。
その敵意の原因は、俺が殿下のエスコート役だから、話しているところに割り込まれただからとかの理由ではないような気がした。
男の怒りの理由がわからずに戸惑っていると、男は癇癪を起こしたように語気を強めた。
「おい! 俺の事を忘れたとか抜かすんじゃねぇだろうな!!」
うーん、うーん、うー……んっ? あぁっ!!
俺は記憶を振り絞るように遡っていく。そのおかげもあって、俺は男の事を思い出す。
そういえば以前、喫茶店で足りなくなったものを買いに出かけた途中、具合を悪くしていた女の子と、その子を介抱してあげていた女の子を見かけた。その時、その女の子たちに絡んでいた男が、今、俺の目の前にいるこの男だったことを思い出す。
「あーあの時の」
男は俺が今思い出したの知ってか、ますます顔を真っ赤にした。それも尋常じゃないほどに……え、大丈夫? 怒りすぎて血管切れちゃうよ? 流石に心配になった俺は男に声をかける。
「大丈夫ですか? 気分が悪いなら近くの控え室で休んだほうが良いですよ」
俺が心配そうな目で男を見つめると、なぜか男はさらに怒りで目をぐるぐると回し始めた。
「ふふっ」
隣にいた殿下は、笑いを堪えるのに必死で、お腹と口を押さえて体を震わせていた。
そういえばあの時、具合の悪そうな女の子を介抱していた女の子の声と殿下の声が似ているような……まぁ、気のせいだろう。流石に殿下のような高貴な立場の女性が、護衛もつけずに1人で外をうろうろするわけないよな。
「ケンくん、やめて」
こちらの騒ぎに気がついたのか、主催者である秋山さんが青ざめた顔で駆け寄ってくる。
そしてケンくんと呼んだ男を諌めるように、俺たちとの間に入った。
しかしそれが気に食わなかったのか、彼は秋山さんに向かって暴言を吐く。
「うるせえ、黙れブス! 俺に指図するんじゃねぇ!」
イライラがピークに達したのか、ケンくんは秋山さんを両手で突き飛ばした。
これはまずいと、俺は秋山さんが床に倒れないように彼女の体を後ろから受け止める。
「あ……ありがとうございます、あくあさん」
秋山さんは申し訳なさそうに、消え入りそうな声で俺に謝る。
俺は気にしなくて良いよ、それよりも大丈夫って秋山さんに声をかけた。
その様子を見たケンくんが声を荒げる。
「クソがっ、男のくせに、女なんかにいい顔しやがって!!」
いやぁ……それさっき、殿下の前で鼻の下を伸ばしていた貴方が言うセリフじゃないのでは?
俺はそんな事を思ったが、それを言ってしまったらますますケンくんが逆上してしまいそうだったから口を噤む。
「痛い目に合わせてやる!!」
ケンくんは会場に飾っていたフルプレートの置物に近づくと、飾り付けられていた模造の剣を手に取った。
いやいや、流石にそれはまずいでしょ!
さっきまで和やかだった婚約披露宴の会場は、参加していた人たちの悲鳴に包まれた。




