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白龍アイコ、私のやりたい事。

「アイ……アイ……」


 私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 もしかしたらまた担当が、何か新しい仕事を持ってきたのかもしれない。


「う〜〜〜ん、原稿なら夢の中で描いてるから、むにゃむにゃ……」


 私は少しでもサボる時間を稼ごうと適当な言葉を返す。


「ははっ、アイ、それだけ喋れるなら実は起きてるでしょ?」


 んん? タントウ ノ コエ ジャナイ ?

 って、この声って、もしかして……!

 私は机にうつ伏せになっていた状態から上半身だけをガバッと起こすと、声の聞こえてきた方向へと顔を向けた。


「おはよう」


 うわあああああああああああああああ!

 なっ、なんであくあ君がここにいるの!?

 状況の理解が追いつかなかった私は、ホゲった顔であくあ君の事を見つめる。


「アイ、乙女ゲーとかのうりんの仕事とか、ライブやパレードの脚本とか、すごく忙しかったでしょ? だからね。今日は俺が甘やかしにきました。というわけで、俺に何かして欲しい事があったら遠慮なく言ってね」


 うぉっ! まぶしっ!?

 正面至近距離から見た16歳アイドル男子の笑顔が眩しすぎて、仕事用に使ってるメガネのレンズが割れそうになった。


「えっ!? 夢!? 私、夢の国に来ちゃいました!?」


 そっかー、私まだ夢の国の中にいるのかぁ……。

 あっ、夢の国といえば、ベリルワンダーランドでやりたい企画とか脚本を考えておいてって言われてたんだっけ。ちょっと、もう! 夢なんだからそういう仕事の話は出てこないでってば!!


「残念だけど夢の中じゃなくて現実だよ。お姫様」

「ふぁっ!?」


 あくあ君は私の手を取ると、自らの頬に手のひらを重ねさせる。

 こっ、この感触は、ほんものだー!


「そういうわけだから早く夢の中から帰っておいでアイ」


 うわああああああああああ!

 あくあ君の小悪魔な笑顔に耐えきれなくなって走り出した私は、押入れの奥から前にのうりんの正月イベントの時に資料用で購入していた餅つきの杵と臼を取りだす。

 なんか知らないけど急に餅がつきたくなった……というわけではなく、なんかしてないと恥ずかしさで悶え死んでしまいそうになったからである。


「アイ、お餅をつくのはいいけど、時期的に少し早くない?」

「あ、うん……」


 気がついたら目の前であくあ君が私のついた餅をこねこねしてくれていた。

 あくあ君の手を間違えてついて怪我させないために、私はペースを落としてゆっくりと餅をつく。


「お餅美味しいね」

「う、うん……」


 私が急に餅をつき始めたために、2人のお昼ご飯がお餅になってしまった。

 ご、ごめんね。私が異常行動をしてしまったせいで手間をかけて……。


「アイはどれが好き? 俺は安倍川」

「あ、私も甘いの好き! でも磯辺も好き!!」

「確かに磯辺も美味しいよね」


 うーん、あくあ君が色んな味付けを用意してくれたとはいえ、流石にたくさん作りすぎちゃったな。


「アイ、このお餅、余ったやつをもらっていってもいい?」

「あ、うん。別にいいけど、カノンさん達と食べるの?」

「あー、そうじゃなくて、年末歌合戦のリハに持っていこうかなって。琴乃も安倍川好きだから喜ぶだろうし、天我先輩も慎太郎もとあも結構餅とか団子とかおはぎとか好きだからさ」

「そっかー。うんうん、それなら別にいいよ。どうせ正月になれば食べる機会いっぱいあるだろうし……」


 あっ……そういえばあくあ君って、正月から餅つきのイベントが三つくらい入ってなかったっけ?

 確か、白銀家主催の餅つきパーティーで身内とご近所さんにお餅配るって言ってたし、ベリル本社でも餅つきするって言ってたし、町内会の正月イベントもカノンさんと一緒にお餅つくって言ってた気がした。

 うわー、ごめんね。それなのに私の餅つきに付き合わせちゃって……。


「あ、アイ。それとさ、さっきちょっと気になった事があるんだけど、手、見せてくれる?」

「え、あ、うん……」


 私はあくあ君に向けて両手を差し出す。


「これ、爪割れてない?」

「あ……ほんとだ。餅つきの時に割れたのかも」

「アイ、ネイルかなんか持ってない?」

「えっと、そういえば前にネイリストのキャラのために資料用で購入してたネイルセットが……」


 私は資料部屋の押し入れからネイル道具を取り出すとあくあ君に手渡した。

 いつかは使うだろうは、いつかは使わない。

 また使う事があるだろうは、また使う日が訪れない事を私はよく知っている。

 つまり資料部屋を漁ればなんでもあるって事なんだよね。

 あくあ君に、ものが捨てられない女だって思われたら恥ずかしいな。私は恥ずかしくてちょっとだけ視線を逸らした。


「アイのお家って面白いよね。色んなものがあって俺は好きだよ」

「ほげ〜」


 もしかして私の心、読みましたか?

 ていうか好きって、そんなもう簡単に言っちゃダメでしょ!!

 例えば私の知っている小説だと、20年近く続いた連載、その最後の最後に男の子から言われる好きを待ちに待っていた女の子だっていたんだよ!?

 それがまぁ、あくあ君は最初の5ページくらいで言ってくるもんですから、物書きとしては悶絶するレベルで鳩尾にきついのが来るんだよね。


「アイって、手、綺麗だよね」


 好きもそうだけどあくあ君の場合、綺麗もバーゲンセールなんだよね。

 というかあくあ君の手……良い! 待って、ちょっと待って、男の人の手ってこんな感じなんだ。い、今ならじっくり観察してもいいよね? じーーーーーーーーーーーーーっ。


「そんなに見つめなくても失敗しないって、ほら。はい。これでどう?」

「えっ!? あ……」


 気がついたら私の爪が綺麗になってた。

 すっご……ちゃんと甘皮も丁寧に処理してるし、執筆に邪魔にならないシンプルな桜色のネイルがグラデーションになるように塗られている。え、待って、女の私がやるより綺麗なんだけど?

 あ、あれ? そういえば、あくあ君って美的センス壊滅的だったような……え?


「あー、俺、手先はめちゃくちゃ器用なんだよ。それとシンプルな色合いなら変な事にならないだろ……」


 ちゃんと自覚あったんだ……。


「あんまり好きな色じゃなかった?」

「ううん! すごくよかった。私、こういうシンプルなの好き! それに執筆してる時、自分の綺麗な爪を見てテンション上がりそう」


 ネイルを近くで見るために指先を近づけると、なんかすごくいい香りがした。

 なんだろ、これ……お花の香りがする。クンクン、クンクン、うん、これ好きな匂いだ。

 ほのかな香りに心が癒されるというか、がんばろって気分になれる。


「それ、オイルと美容液が一緒になった商品だって、いい匂いがするでしょ?」

「へー、こんなのあるんだ!」


 って、これ、私が持ってた商品なのに、今まで気がつかなかったってシンプルに終わってない?

 あまりにもズボラすぎて、あくあ君に愛想を尽かされないようにしなきゃと思った。


「で、アイは俺にして欲しい事。他にある?」

「あります!!」


 私は自分の仕事部屋に行くと、眠りにつく前に書いていた脚本を手に取ってリビングに戻る。


「実は書いてた脚本で気になるところがあったんだよね。そ、それでさ。もし、よかったらだけど、こことか、ここのシーンとかちょっとこう、やってみてくれると嬉しいんだけど」

「なるほど……わかった。俺なりにやってみるよ」


 今、企画が進行してるとあちゃん主演のフィギュアスケートを題材にしたスペシャルドラマ。私はそれの脚本の話がきてる。

 服飾の専門学校に通う男子生徒、とあちゃんが演じる川村瑞稀は幼い時、女子に混じってフィギュアスケートをしていた。大会でもいい成績を収めたりしたけど、体が男性に近づくにつれ、競技から離れざるを得なくなってしまう。

 普通の男子として生活を送っていた瑞稀だけど、やっぱり心ではどこかフィギュアの事を断ち切れなかった。

 原宿をぶらついていた瑞稀は、偶然にも街中で幼馴染の女子スケーター、ニカと再会を果たす。

 それがきっかけで瑞稀は、フィギュアスケーターのための衣装を作る世界に入って行くというお話だ。


「なるほどね……。それじゃあ、行こっか?」

「え?」


 気がついたらバイクの後ろに乗せられて、都内の一番大きなスケートリンクに連れてこられた。


「ちょ!? あ、あれ!」

「待って待って、なんでこんなところにあくあ様が!?」

「いや、隣の女、誰よって言おうと思ったら白龍先生じゃん!!」

「先生! 野良のなんとかと野生のなんとかどうにかして!」

「いやいや、みんな、ここは邪魔しないようにそっと見守ろう」

「言いたい事はわかるけど、一旦落ち着こ」

「捗るも言ってたけど、もう私達は何が起こったとしても受け止める事しかできないんだよ」

「顔がホゲる準備ならもうできてる」

「ホゲるだけなら任せて欲しい」


 ちなみに私も直ぐにホゲれます。

 じゃなくって、え? 待って、何するの?


「このドラマ。最初はニカが瑞稀に衣装を作ってもらうところからスタートするけど、ニカは怪我もあって直ぐに引退してしまう。ニカとの出会いは偶然じゃなくて、子供の時に助けてもらった瑞稀を、引退する前にどういう形であれフィギュアの世界に戻してあげるって事だった。違う?」

「ううん。正解。そうだよ。それがこのドラマの前半部分」


 ちょっと待って、全然読み込んでるわけじゃないのに、私の不完全な脚本でそこまで理解したってこと!?


「そして後半部分、ニカという自らが表現できる場所を失った瑞稀。その前に現れた1人の男、ニカと双子の姉弟、ミカ。彼は世界初の男子フィギュアスケーターとして世界に打って出る。瑞稀はミカが世界でも戦えるようにと、彼が大会で使用するための衣装を制作する事を心に決めた。それでいい?」

「うん。そう……」


 あくあ君は私の前でフィギュア競技用のスケート靴に履き替える。

 私はあくあ君が、なんとなく何をしようとしてるのかわかった。


「これ、持っててくれる?」

「う、うん」


 あくあ君は羽織っていた上着と中のセーターも脱いで私に渡す。


「は、半袖だとぉ!?」

「腕の筋肉やば!」

「あかん、鼻血出てきた」

「刺激が強しゅぎりゅ」

「おかーさーん、剣崎の腕が……」

「しっ! 貴女にはまだ早いわ。お母さんがじっくりみとくから手で目を隠してなさい!」


 みんながあくあ君をみてる。というかじっくりとあくあ君を見るために、みんなリンクから上がって行った。

 あくあ君もそれに気がついたのか、360度に向かって深くお辞儀をする。


「ごめんね。みんな。ほんの少しだけ、1分、いや、5分でいいから俺にこのリンクを貸して」


 いや、もう好きに、気の済むまでご自由にお使いください。

 そんなみんなの声が聞こえてきた。


「ありがとう」


 あくあ君はゆっくりと、それでいて軽やかに氷の上をするりと滑り始めた。

 別に何かをしてるわけじゃない。ただ普通に滑ってるだけなのに、なんともいえない色気がある。

 半袖のTシャツで腕を出したから?

 それだけじゃない。表情、ちょっとした手の振り方。体の使い方。その全てが息を呑むほど美しかった。

 一瞬で魅了された観客たち……と私が、うっとりした表情であくあ君を見つめる。

 あくあ君はスケートリンクの中央で立ち止まると、私の方へと人差し指を向けた。


「これが俺の覚悟だ」


 それ、ミカが瑞稀に言うセリフ〜〜〜!

 どうしようか悩んでた瑞稀に、年下のミカが俺の覚悟を見せてやると深夜のスケートリンクに連れ出すシーンだ。

 え? まさかこのシーンを演じてくれるために、ここに連れて来てくれたって事?


 いや……違う!


 再び滑り出したあくあ君は、さっきよりも早くリンクを回るように滑りながら加速していく。


 まさか……。みんながそう思った瞬間、あくあ君は左足を滑らせながら右足を振り上げた。

 時間にしてほんの一瞬、あくあ君はなんとか着氷して、無事にダブルサルコウを決める。


「と、跳んだ!」

「うわああああああ!」

「嘘、でしょ!?」

「男子のフィギュアスケートなんて初めて見た」

「何これ? 何かのドラマの撮影!?」

「ほらね。もう私達は目の前で起こってる事を受け止める事しかできないんだよ」

「顔がホゲってる時点で、受け止め切れてるかと言うとそれすらも微妙な気がする……」


 私はあくあ君が跳んだ瞬間、怖くなった。

 怪我しないかなって、あくあ君の事だからそんなヘマなんてしないんだろうけど、私は普通に心配になる。

 それなのに、あくあ君は私の心配なんて振り切るように、さらにもう一度加速していく。

 嫌な予感がした。

 あくあ君は正面を向くタイミングで左足を踏み切る。

 世界がスローモーションになる。綺麗なトリプルアクセル……とはならず、あくあ君は回転不足で着氷に失敗してしまった。


「うぎゃあああああああ!」

「きゅ、救急車!」

「救急車って110番だっけ!?」

「バッカ、それは警察だ!!」

「てぇへんだ。てぇへんだ!」

「あかん。ニューステロップ出る」

「ドクターは! ドクターはいませんか!?」


 あくあ君は少しだけ痛そうな顔をしたけど、1人で立ち上がると拳を突き上げてみんなに無事だから安心してとアピールする。

 リンクの中央であくあ君がみんなに向かってお辞儀すると、少し遅れてみんなから拍手と歓声が返ってきた。

 私の方へと戻ってきたあくあ君は、肩で息をしながら笑顔を見せる。


「はぁ、はぁ……きっつ。思ったより体力の消耗がでかい。やっぱプロの選手ってすごいな。こんなの短時間にポンポンと何本も決められないよ」


 リンクスタッフの人が怪我の確認のために空き部屋を貸してくれたので、私たちはそこへと向かう。

 私は服を脱いだあくあ君の体を目視で確認するけど、特に怪我してそうな感じはなかった。

 よ、よかったのかな? ううん、まだ見えないところが怪我してるかもしれないし、安心できない。


「ごめんね。やっぱトリプルアクセルは無理だったわ。でも、同じシーンでミカだって失敗してるし、やっぱそれくらい難しいんだろうね。やるならガチで練習しないと……」


 あくあ君……あくあ君は、私が心配してたって事、わかってる?

 ううん、こうなる事が予測できた時点で止めなかった私が悪いのか。

 でも見てみたかった。自分の描いたシーンすらも再現できてしまうのかって。だから私にそんな事を言う権利がないって言うのはわかってる。


「お前の覚悟はそんなもんかよ」

「え?」

「お前の作ったもんで俺が演る。他の誰でもねぇ。俺が演るんだ。そんで、あいつの……ニカの想いも連れてく。だから……俺にしとけよ。瑞稀」


 あ……これは、さっきのシーンの後、それでもまた結論が出せずに居た瑞稀に詰め寄ったミカが言うセリフだ。

 でも、これって……。


「あくあ君、それって……私に対して言ってる?」


 私の問いかけにあくあ君は小さく頷く。


「俺以外の誰にミカがやれるって言うのさ?」

「え、えっと、CGとかもあるし、競技のシーンはプロの人に男装してもらってやろうかなって……」


 実際にそういう案が制作スタッフの間でも出てる。

 それにこのドラマ、本当はあくあ君の演じるミカを主人公にした脚本で企画を通すつもりだった。

 でも、あくあ君には、この作品以外にも多くの作品から出演オファーが届いていると聞いている。

 そんなあくあ君を心配してというか、制作スタッフが気を利かして今の段階ならと、急遽とあちゃんを主人公にする方向でシフトしたんだよね。


「そんな周りくどい事しなくても、アイの目の前に丁度いい役者がいたりしない?」

「うっ……」


 あくあ君は私の両手をぎゅっと掴むと、まっすぐと私の方へと視線を向けてくる。

 眩しい。眩しすぎて目が潰れそう。


「話はだいたい聞いてるけど、俺は瑞稀を主人公にしたのはいいと思う。そのおかげで、ミカの出演シーンもそんなに多いわけじゃないし、これなら俺のスケジュールでも全然やれる」


 あくあ君は、私から手を離すと、ポケットの中に入っていたスマホを取り出す。

 そして自らのスケジュールを私に見せた。え、いや? 十分詰まってるように見えるんだけど……こ、これでも余裕って事?


「アイ、最初に言ったけど、今日は俺がアイを甘やかす日だから。ほら、だから俺に、お願いがあるなら、何でも言って? もしかして、最初に俺が言った事、もう忘れちゃったのかな?」


 あああああああああああ!

 有無を言わせないあくあ君のちょっとだけ黒い笑顔にドキッとする。

 やめて……この前、情報が解禁されたばかりの槙島圭吾役のあくあ君がツボすぎて悶えてた私にそれは凄く効く……。あのPVは、本当にやばかった。御曹司なのに少し荒んだ感じのする黛君といい。放送開始までまだ時間があるのに、もう今の段階から多くの人の性癖を拗らせにきてる。


「えっと、じゃあ……ミカ役、主演じゃなくて申し訳ないけど、やってもらえるかな?」

「もちろん。監督にも放送局にも、主演のとあや阿古さんにも、俺の方からもう話を通してあるから」


 それ、もう完璧に外堀が埋められてるじゃん!!

 私の意思決定必要でしたか!?

 って、そっか、放送局は国営放送だし、監督ともはなあたで一緒にやってるから連絡先を知っててもおかしくないんだね。


「あくあ君って、ずるいよね」


 あ……思わず言ってしまった。

 でも、そう言いたくなる私の気持ち、ううん、女子達の気持ちもわかって欲しい。

 だってダブルサルコウも出来てたし、失敗したけどトリプルアクセルだって半分くらいはできてた。

 いくらなんでも完璧超人すぎるでしょ。もしかして何かの漫画やアニメ、ラノベかゲームから出てきたのかな?


「はは、実はここだけの話ね」


 あくあ君はそっと私の耳元に顔を近づける。


「今日のために隠れて練習してたんだ」


 えっ……? さっき、チラッとスケジュール見えたけどさ、どこにそんな時間あったの……?


「だって。かっこ悪いところを見せたくないだろ。とはいえ、トリプルアクセルはやっぱ間に合わなかったんだけどね。ダブルサルコウだってあれ、10本やって半分も成功しないからね。だから着氷する時もちょっと乱れてたでしょ」


 いや、もう十分にかっこいいから、というか失敗した姿も十分、カッコよかったって!

 それにダブルサルコウだって、その成功率で本番? やって、一発で成功するんだからすごい事だよ!


「それでも……多くの人はかっこいいと思ってたと思うよ」

「そっか、ありがとう。でも……アイには心配かけちゃったね。ごめん」


 あ……気がついてたんだ……。


「アイが心配しなくていいくらい、次はもっともっと完璧にできるようになるよ。だからアイも遠慮せずにやりたい事書いてよ。俺たち演者はさ、脚本がなければステージで舞う事もできないんだから」

「それは私達だって一緒だよ。演じてくれる人が居て、初めて私たちの脚本は日の目を見るんだから」

「うん、そうだね。色んな人が仕事に関わっていて、その人達がやりたい事を全部やれたら、それってさ、きっと最高だと思わない?」

「うん」

「俺もとあもまだまだガキだけどさ……そこらへん、ちゃんと本気だから」


 あくあ君の本気だからって言葉にドキッとした。

 大人びてるというか、さっきのミカじゃないけど、本当に覚悟が決まってるんだって熱い想いが、心の一番深いところに伝わってくる。


「今、この瞬間だけは、役者、白銀あくあとして脚本家の白龍アイコにお願いする。遠慮するな。白龍アイコのやりたい事を全力でやれ!」

「わかった! その想い、ちゃんと受け取ったから!」


 あくあ君の差し出した握り拳に自分の握り拳をコツンとぶつけた。


「よし、じゃあ今からはまた、アイを甘やかす婚約者の白銀あくあに戻りまーす」

「え、あ……って、またぁ!?」


 あくあ君は私を俵抱きすると、スタッフの人が用意してくれた空き部屋を出てバイク置き場へと向かった。

 すれ違ったお客さんたちの視線が痛い……。

 ごめん、ほんとごめん。作者なのに主人公みたいな事されてほんとごめんなさい。

 家に帰った後、私はまたあくあ君に目一杯甘やかされた。


「じゃ、歌合戦のリハ行ってくる。アイは休みなんだから、ゆっくり休んでなよ」

「あ……うん、頑張ってね」


 私は玄関であくあ君を見送った。


「……よしっ!」


 頑張ってるあくあ君を見てると、私も頑張らなきゃって気持ちになる。

 私は担当にお礼のメッセージを送ると、しっかりと休んでリフレッシュするために、さっきまであくあ君が居た温もりが残っているベッドへと向かった。

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[一言] ×甘やかしに来た ○性癖と脳と尊厳を破壊しに来た こうですねわかりますん
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