カノン、私という存在。
本日2話目の投稿です。
スターズ連合国家は世界でも有数の力を持った国です。
その宗主国の代表、女王陛下と呼ばれている母の下に私は生まれた。
「姫様は大変優秀なのでございますね」
私に何かを教えてくれる教師たちは、いつも授業の終わりにはもう何も教えることがないという。
幼い時から何事においても優秀だった私は、歳を重ねていく毎に全てのことをつまらなく感じるようになる。
10歳になる頃には私は大抵のことはもう学び尽くしてしまい、その頃には学ぶことがなくなってしまいました。
もちろん私が手に入れたのは頭脳だけではありません。
年を重ねていくにつれ、美しさまでもを手にしてしまったのです。
「ああ……貴女はなんと美しいのだ」
もし普通の女性が男性からこんな言葉を投げかけられたら、きっとその日のうちにきっと全てのことを許してしまうと思います。でも世の中の女性と違って、私にとって男性からの愛の囁きはただの日常の一コマにしか過ぎなかった。女性ならばきっと誰もが羨む出来事。でも私にとって男性とはそういうものだった。
「なんて愛おしい。ああ、本当に貴女は可愛いわね」
女王陛下である母も、その王配である父も私のことをすごく可愛がった。
そんな私にとって1番の長所は、男でも平伏すような美貌でもこの優秀な頭脳でもない。
この世の全てから愛される事である。
地球から寵愛された女。
宇宙の真理。
神からの贈り物。
運命すらも彼女の前では頭を垂れて跪く。
曰く、この世界は彼女のために存在している。
カノン・スターズ・ゴッシェナイト。
それが私だ。
愛されすぎたが故に全てがつまらない、そう思っていた矢先でした。
そんな私の世界を変えたきっかけがあります。
そう……あれは私が5歳の時。
「お婆さま……いる?」
残念ながらお婆さまは不在でしたが、私はその部屋の中、お婆さまの蔵書室へと足を踏み入れる。
図書館並みの大きさがあるお婆さまの蔵書室は、私にとっては幼い時から憩いの場所であった。
私はいつものようにお婆さまの蔵書室を訪ねると、本棚をゆっくりと眺める。
読書家のお婆さまは様々な国の蔵書を集めるのが趣味です。故にここにある蔵書はそれぞれの国の言葉で書かれた原書となるものがほとんどである。しかし、世界中の全ての言葉を、日常会話のように読み、書き、話せる私にとっては、言語が外国であるという事は造作もない事でした。
「ん……」
蔵書室の中を探索していると、一冊の本が私の目に止まりました。
「花咲く貴方へ……」
私は東方の島国のコーナーの中にあったその本を手に取ると最初のページをめくった。
確かこの形式は、漫画と呼ばれるものでしたか……。
私は何気なしに、その漫画を読み始めました。
「あら……カノン、来ていたのね」
お婆さまの声に、私はハッとなる。
私は一体、どれくらいここにいたのでしょう?
いつの間にやら窓の外は夕暮れ時になっていた。
「はい。また明日、来ます」
私は慌てて本を本棚に戻すと、そそくさと自室へと戻りました。
それからというもの私は毎日のようにお婆さまの蔵書室に通い詰めます。
東方の島国の書物は大変面白く、私はその国の言語で書かれた漫画や小説を読み耽りました。
数日後、その全てを読み終えた私の中に一つの結論が導き出される。
「全ての叡智がここにある」
その国で紡がれた漫画や小説の世界には、私の周りを彩っていた常識は一切通用しませんでした。
また、その物語の登場人物に自分を投影することで、うまくいかないもう1人の自分の人生を歩む事ができたのです。何よりも漫画や小説に出てくる男性はとても魅力的で、私の知っていた男性たちとは大きくかけ離れていました。それは私にとって、とても素晴らしく得難い経験だったと思います。
「お母様、私、中学は東方の島国に進学したいと思います」
最初は少し反対されましたが、愛されている私のわがままに勝てる物などこの世には何一つありません。
私は私の望みのままに、その東方の島国の女子中学校へと進学しました。
もしかしたら漫画や小説だけじゃないかもしれない。この国だけは何か違うのではないか。そういったワクワクとした気持ちがなかったといえば嘘になるでしょう。
しかし私の小さな希望はすぐに打ち砕かれました。
漫画や小説を読むのは期待通り楽しかったです。いえ、むしろお婆さまの蔵書室以上のものに出会える事ができたと言っても過言ではありません。でも……この国の男性たちもまた、私にとってはとてもつまらない存在だったのです。
素顔を晒せば誰もが私に跪き、わざと変装して不細工に見せれば汚い言葉を投げかける、そんなつまらないものばかりでした。
もしやと思い、3年ほど頑張ってこの国の男性を追いかけてきましたが、私が好きなこの国の漫画や小説に出てくるような素敵な男性は1人もいませんでした。
「帰ろうかな……」
私が窓に向かってそう呟くと、後ろに控えていた侍女がスッと一歩前に出た。
「本当によろしいのですか?」
彼女の名前はペゴニア。私のわがままに付き合わされて、本国から遠く離れたこの国に一緒に連れてこられた可哀想な侍女です。
「えぇ……もう諦めましたから、それに……」
色々とあったけど、この国での生活はとても楽しいものでした。得難い同志たちにも出会えましたしね。
だからきっと、この国に居た三年間は私にとってとても素晴らしい思い出になってくれる事でしょう。
「貴方だってそろそろ祖国に帰りたいでしょう?」
私がそういうとペゴニアは、何も映さない右目で私のことをじっと見つめるだけだった。
男性の出生率の低下と共に戦争は無くなっていきましたが、テロ活動や小さな紛争がなくなったわけではありません。
ペゴニアはその被害者の1人で、幼い時にその右目と共に両親を亡くしました。
そういった人物に施しを与えるのもまた私のような人間に与えられた役割なのでしょう。
私は慰問先で出会った彼女を引き取って侍女にしました。
きっと彼女が私に出会う事は、偶然ではなく運命だったのでしょう。私に出会うという事はそういう事なのです。
スターズの神の愛し子は、未来さえも自分の思い通りにできる。
そんなことが囁かれるほど、世界は私に都合がいい様にできています。
だからペゴニアとの出会いも私にとっては意味があることなのでしょう。故に彼女を私専属の侍女にすることに悩みはありませんでした。母もすんなりと認めてくれましたし、雇ってみると彼女はとても有能です。だから、ほら、やっぱりねと思いました。
「それじゃあ帰国の準備を始めましょうか」
それから帰国の準備を始めた2月初旬、私はやはり自らが物語の主人公であることを世界に思い知らされたのです。
「ペゴニア……すみませんが、今日は出かけます」
「では、いつものように?」
「えぇ、お願い」
その日、私はとある事情を確かめるために、外に出かけました。
どうせいつもと同じことになる。そう思っていても、これが最後だと思うと感慨深いものがあります。
目的の場所へと向かう途中、私は繁華街の路面で具合を悪くされた女性を見つけました。
見た目からして、おそらくは高校生くらいでしょうか? もしかしたら中学生くらいかもしれません。
彼女は誰がどう見ても顔色が悪く、放って置けませんでした。
「大丈夫ですか?」
きっとこれも神のお導き、彼女は私に助けられるのが運命だったのでしょう。
「あ……はい、多分、いつもの……だと思うので、どこかで少し休めば」
私は彼女の体を支えて、座って休めることができる近くの公園のベンチへと連れて行こうとしました。
その道すがら、前から歩いてきた1人の男性が私たちに因縁をつけてきたのです。
「邪魔なんだよブス、どけ!」
はぁ……この国の、いえ、世界のあらゆる生身の男性に絶望するのはこれで何度目でしょうか。
私は外出する際には安全のために変装をしています。いつもであればどんな男性も、私を美しいと言って跪きますが今回はそういうわけにはいかないでしょう。それほどまでにペゴニアが施してくれた醜いメイクと変装は完璧でした。
「すみません。彼女、具合が悪いみたいなの、だから……」
少し離れたところにいた何人かの女性たちがこちらの様子を窺っていましたが、助けてくれそうにはなかった。
仕方ありません。ここはとりあえず一旦、横にはけて素直に道を譲るしか手はないでしょう。しかしその男性は、私たちの動きが遅くてイライラを募らせたのか、具合の悪そうな彼女の方へと手を伸ばして突き飛ばそうとしました。
「うるさいな、いいからどけよ!」
幸いにも少し離れたところに、ペゴニアがついてきているのですぐに駆けつけて止めてくれるでしょう。
かといって間に合わない可能性もあるので、何かがあってはいけないと私は彼女を庇うように間に入った。
……。
しかし一拍しても、私の体が誰かに突き飛ばされる事はありませんでした。
私は突き飛ばされた衝撃に備えて、先に閉じていた瞼をゆっくりと開いていく。
「悪いけど……それはちょっと見過ごせないかな」
細身だけど、それでいて服の上からでもわかる少し筋肉質な背中。
私たちを助けるように庇ってくれた男性の背中は、私が漫画で読んでいた、ここは俺に任せて先に行けと言っていたかっこいい男性の背中そのものでした。
その彼の少し低い声が、私の頭の天辺からつま先までを貫いたかのように響きわたる。
気がつけば心臓の鼓動が、ジェットコースターに乗った時のように高鳴っていました。
「な、なんだよお前!」
すらりと伸びた手、でもシャツから見える手首や手の甲は私たちの女性のものと違って、少し骨張っていて血管が見える。
しっかりと、それでいて堂々とした立ち姿、美しく整った顔は優しげな笑顔を浮かべつつ、目には怒りのような熱い感情が見て取れました。
「具合の悪そうな女性を突き飛ばそうとするなんて、普通に考えて許せないよね」
「うるせぇ! 女なんだし別にいいだろ!!」
私たちを助けてくれた男性は、スッと間に入ると因縁をつけてきた男の手を掴んだままそっと道の端っこへと誘導していく。
そして背中に回した手で、ここは任せて先に行ってと合図を出してきた。
私はその男性に申し訳ないと思いつつも、軽く会釈して女性を連れて近くの公園へと向かう。
その公園の中の空いていたベンチに彼女を座らせると、私は彼女に家族の連絡先を聞いて代わりに連絡を入れます。
「落ち着きましたか?」
「はい、ありがとうございました。本当に助かりました」
しばらくすると彼女も落ち着いたのか、ほんの少し顔色が良くなった。
ちょうどその頃に彼女の母親が迎えにきてくれたので、車に乗れるところまで連れ添う。
必死にお礼を言う親子に、いいから気にしないでといって私はその場で別れた。
私は彼女と別れた後、ほっと息を吐く。時間を見れば目的の場所の閉店時間を30分も過ぎている。
残念だけど、行こうと思っていたお店はもう閉まっているだろうし……もう、帰ろうかな。
ふと、私の脳裏にさっきの光景が思い出される。
そういえばあの男の人は大丈夫だったのでしょうか?
先ほどのことを思い出して私の胸の奥が熱くなる。
まさかあんな男性がいるなんて、思いもよりませんでした。
今日の目的を果たすことはできませんでしたが、この国に来て3年間、最後にいい思い出ができたのではないでしょうか。私が感傷に浸っていると、後ろから誰かの足音が聞こえてきました。
「あ! さっきの!」
私は声の聞こえた後ろへと振り向く。
するとさっき私たちを助けてくれた男性が、紙袋を大事そうに抱えながら息を切らして私の方へと駆け寄ってきた。
そのシーンはまるで、私が子供の頃に見た漫画の一コマのようで……彼の足音が少し、また少しと私に近づいてくる度に私の心臓が跳ねた。
「はぁ……はぁ……さっきの人、大丈夫でしたか」
「あ、はい、さっきご家族の方にお預けしました」
「そっか、良かったぁ」
彼の顔を見ると、本当に心の底から良かったと思っている表情だった。
男性の笑顔に釣られて、繕っていた私も自然と表情を崩してしまう。とはいえ、この見た目ではそう意味はありませんが。
「あ……それならこれ」
彼は大事そうに抱えていた紙袋を私に向けて差し出す。
私はそれを受け取ると、閉じていた口を開けてそっと中身を覗き込んだ。
「実はさっきの具合悪そうな人にどうかなって、急いでお店に戻って作ったんですけど……せっかくだから、よかったら貰ってくれませんか?」
中にはいくつかの常備薬と共に、テイクアウト用のカップに入ったお水の他にも、ミントが浮かんだミントティー、シンプルなアイスティー、レモンティーと四つもの飲み物の容器が入っていた。
飲み物をこんなにもいっぱい持ってこなくてもと思ったけど、おそらく彼は本当に彼女の事を思って、気を利かせて色々な種類を持ってきてくれたのでしょう。香り付きの方が気持ちが落ち着いていいのかな、それともシンプルにお水がいいのかな、いや、口の中がさっぱりしたのがいいのかも……。そうやって彼が試行錯誤する姿が思い浮かぶ。ホットティーを飲んだわけでもないのに、男性の優しさが私の心をほんわかと温かくしてくれました。
「あ、それなら、お金……」
「あー……それくらい別にいいですよ」
「でも私にはこれをいただく理由が」
「……実はこれ、お店に出す予定の試作品なんです」
そう言った時の彼の目は少し泳いでいた。
あぁ、きっと彼は嘘を言えないタイプの人間なのでしょう。
そんな彼の優しい嘘が、私の心にグッとくる。
「お店?」
私がそう尋ねると、彼は花を咲かせたような笑顔を見せる。
「あ、はい! 実は俺、そこの喫茶店でバイトしてて、本当はコーヒーが専門なんですけど、オーナーの入れるコーヒーはすごく絶品なんです!」
楽しそうにお店の事を語る彼を見て、私はとてもとても楽しい気持ちになった。
今までどんな男性と話しても揺れることのなかった心が、今こんなにも華やいでいる。
お婆様の蔵書室でこの国の漫画を初めて読んだ時のように……ううん、もしかしたらそれ以上かもしれない。
「あの……お店の名前……」
私は勇気を出して彼にお店の名前を尋ねる。
「あ……俺、そこの喫茶トマリギでアルバイトさせてもらってる白銀あくあです」
頭が一瞬で真っ白になった。
何故なら私が今日、外に出た理由が彼に会うことだったからである。
はっきり言って、それから後の事はあまり覚えてはいない。
私は彼と……あくあ様と別れた後もどこか夢見心地な気分で、家に帰った後も窓の外を見つめてはぼーっとしていた。
「ペゴニア……ごめんなさい」
あれから数日が経った。
私はどこかに控えているであろう私の侍女に向かってそう呟く。
「お嬢様、私の仕事はお嬢様に対して誠心誠意お仕えすることでございます。既に手配の方は済ませておりますのでご安心くださいませ」
やはりペゴニアは優秀だ。
だから余計に私の我儘に付き合わせている事が申し訳なく思ってしまう。
そんな彼女に対して、私は何かをしてあげられることはあるのだろうか。
せめてお給金くらいはと思ったが、それを提案したら逆に機嫌を悪くさせてしまったし、休日を増やせば3日は口を利いてくれなかった。だから私は、彼女に感謝を述べることしかできないのである。
「そう……いつもありがとうね」
私はペゴニアに感謝の言葉を述べる。
そして久方ぶりにノートパソコンの電源を入れた私は、お気に入りからいつもの掲示板のページを開いた。
検証班◆010meTA473
私は久方ぶりに、自らのトリップを使って掲示板にコメントした。
気がつくかなと思ってたけど、もし気が付かなかった人がいたらすみません。
皮はこれなのに掲示板の時の中身はあれなんです……。
小話をすると、深雪は誰にも愛されませんでしたが、逆に誰かも愛されたのがカノン=嗜みです。
意図的に対極的に描かれたこの2人、仕事上のパートナーである阿古さん、そして傍観者的な視点のアヤナさんを基にヒロインを追加していった形になります。作者はもう最初の相手を誰にするかは決めましたが、そこに関しても楽しんで頂ければ幸いかなぁと……あ、ちゃんと全員幸せにしますから、その点はご安心ください。




