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白銀しとり、お姉ちゃんがえっ……じゃいけないの?

 ベリルのオーディション番組、AQUARIUM。

 今日はあーちゃんが居ない事もあって、私はその番組の企画の一つ、アイドルオーディションの合宿をベリルの社員として視察しにきていた。


「はい! 今日はここまで! お疲れ様でした!」

「「「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」」」


 午前中のダンス指導が終わった瞬間、みんなが一斉に倒れ込む。

 チームAからE、5つのグループに分けられた競争には早くも差が出始めています。


「みんなお疲れ、水分補給しっかりね!」


 チームAのキャプテン、藤林美園さんは、指導が終わるとすぐに飲料水のペットボトルを取ってきて、他のメンバーに配りながら一言かけていく。

 藤一族の寵児と呼ばれる藤林さんは中々のやり手だと藤蘭子会長からは聞いています。


「紗奈ちゃん。もっともっと前に出ていいよ。ちゃんとみんなで合わせるから」

「OK!」

「フィーちゃんも、ダンス凄かったね。でも、もう少しだけ隣にいる紗奈ちゃんの事を見よっか。そしたらもっと綺麗にダンスが揃うと思うから」

「わかったのじゃ!」

「ハーちゃん、端っこで私の方を見て揃えるのは大変だろうけど、私達両端が綺麗に合わせられたら中の2人がもっと自由にできるようになると思うから、お互いに頑張ろう!」

「ん。わかった」


 流石、審査員の前であんな啖呵を切っただけの事はある。

 うまくチームを纏められているし、何よりも周りをよく見ていると思う。

 チーム全員の強みをちゃんと理解して、みんなの長所をよく見ているところや、常に声掛けしてるところも、誉めながらも修正点を指摘したり、20歳という年齢を考えたら中々できる事じゃない。

 藤林さんのアイドル個人としての魅力、パフォーマンスとしては他の候補者達よりも劣るかもしれないけど、キャプテンとしてはこれほどの人材は中々いないでしょう。

 なるほど……あーちゃんが彼女は目がいいから残した方が良いって言ってた意味がよく理解できました。


「さーなーおねーちゃーん、ここ、どうしたらいいのじゃ?」

「ここは、こう、バンとしてバンバンだ!」

「ほ〜、バンとしてバンバンなのじゃ?」

「そうそう、で、次が、ドンとなってパッ! パッ!」

「わかったのじゃ!」


 フィーヌース殿下は根は素直だし、物覚えが良く吸収するのが早い。

 何より感覚的な所が似ている那月さんとの相性が抜群に良いのよね。

 それに加えフィーヌース殿下の武器は物怖じしないところにある。

 いや、そういう意味なら、このグループ自体が全員物怖じしないタイプではあるのかな。

 フィーヌース殿下のキャミソールの紐がはだけたのを見たハーミー殿下が無言で直してあげる。


「あ、ありがとうなのじゃ。ハーちゃん」

「ん」


 ハーミー殿下は本当に器用だ。

 何より一度教わったこと、指導されたところを次にはちゃんと修正してくる。

 何度も同じミスをしない、繰り返さないというところも凄いと思う。

 そしてダウナー系でわかりづらいけど、結構負けず嫌いなところがある。

 これはフィーヌース殿下もそうだけど、ほんと子供なのに根性があるというかなんというか。あーちゃんが合宿始まる前に、2人は子供かもしれないけど生半可な気持ちじゃないし、下手したら1番覚悟決まってるまである。だから自分たちスタッフ側も、ちゃんとした心構えで2人に接してあげて欲しいと言っていた事を思い出した。


「よーし、もう午後からの指導が楽しみになってきたぞー! みんなー、いっぱい食べて、体力つけるぞー!!」

「おーっ! ただ、食べ過ぎはダメだからね。みんな」

「おーなのじゃ!」

「おー」


 そして最後にセンターの那月紗奈さん。

 もう彼女は合格でいいんじゃないかな。私から見てもはっきり言って圧倒的すぎる。

 まず基本スペックが高すぎるし、見た目と中身のギャップとか、キャラの濃さとか、売り出しやすさとか、向上心の塊だとか、完成度の高さとか、本人の意識の高さもあるし、デビューをさせない理由を探すのが難しい。

 おそらくよっぽどの事がない限りチームAがこのままトップを引っ張っていくだろう。

 その次に続くのがチームBです。


「午後からの自主練だけど、どうしよっか。やっぱり先にダンス合わせる?」

「ことり嬢、その前に歌の方も一度チェックしてみたいのだが、大丈夫だろうか?」

「だったら最初に一度通してダンスと歌、両方やってみたいわ。個人練習をするにも誰のどこが足りてないかを把握するべきよ」

「くくり様の提案に一票、オーディション期間を考えても効率的にやった方がええで。人の時間は有限やからな。それに、そんな事やろうと思って、ダンス指導の前にスタッフの人にステージの使用許可とっといたで!」


 チームB、天宮ことりさんの提案に対して桐原カレンさんが自分の意見を述べると、それに対してくくり様や七瀬二乃さんも自ら提案していく。

 ここは基本的にキャプテンの天宮さんが何かを提案すると、他の3人達がそれぞれに意見を言っていくスタイルだ。

 はっきり言って、全員の意識が高い……というか、自分をちゃんと持ってる人達なんだと思う。だから意見を言う事に対しての躊躇いがない。


「七瀬さんありがとう! それじゃあ皇さんの言う通り、まずは一度合わせてみようか。で、それぞれに気がついた事を意見して、個人練習の方向性を決めるっていうのでどうかな? 桐原さんも、それで大丈夫?」

「ああ! 問題ない!」


 グループの最終決定権はキャプテンの天宮さんだけど、天宮さんは周りの意見をちゃんと聞いてそれもドンドン取り入れるタイプだ。一見すると藤林さんと同じように見えるけど、向こうは聞いた上で説得して自分のプランを押し通すタイプなので真逆である。

 そしてもう一つ、藤林さんとの大きな違いはアイドルとしての個人スペックだろう。

 あーちゃんも言ってたけど、天宮さんはそこら辺の地上波に出てるアイドルのセンターを張れるくらい可愛い。名前も可愛いけど、その名前にそぐうだけの正統派美少女だ。応援してあげたくなるような儚さやか弱さもあるし、相手がくくり様じゃなければセンターを張っていたとしてもおかしくない。


「私の意見を取り入れてくれた事を感謝する」


 桐原さんは一言でいうとかっこいい。女子校の王子様のような女子だ。

 この手のタイプは確実に女子需要が計算できるから売れるし、今回選んだ20人の中でこういうタイプは彼女しかいない。

 それもあってベリルの営業部からは、しとりさん、悩んだら彼女を通してくださいと言われてるのよね。

 今回の審査は表向き、審査委員長の阿古さん、特別審査委員のあーちゃん、歌唱力審査のモジャさん、カメラ審査のノブさん、本郷監督、ダンス審査の一瀬先生の6人は名前が出てるけど、それ以外にも、私や桐花マネら4人の執行部も選択権を持っている。

 だから私も今日、時間を作ってここにチェックしに来たんだよね。


「だから硬いんだって。ほらほら、カレンパイセンもメアリーならもうちょっと柔らかくならんと。OGはんも言ってたやろ。女が硬くしていいのは乳首だけやって」

「二乃嬢……あんな、メアリーの名を汚す捗るとかいう下賤な者の言葉を例に出すのはやめてもらっていいか? メアリーはもっと高潔で、淑女たる女性達が通う歴史ある厳かな学校なのだ。そう、それこそ、雪白家のえみり先輩のような清らかで心優しく、全ての淑女の鏡たる聖女のようなお方こそメアリーの代表に相応しい。あんな捗るとか、名前も出すのも穢らわしいティ……ンンッ、とかいう奴は断じてメアリーの代表ではないのだ!!」


 七瀬さんは桐原さんとタイプは逆みたいだけど、うまくやっているみたいだ。

 というか彼女の事をよく観察していると、見た目や言動のイメージと違って、しっかりと周り見て、考えてから発言しているように見える。だからなのか一見すると孤立しやすそうな桐原さんに絡んでいる事が多い。

 チーム、特に女の子が増えるなら、彼女みたいにうまく周りを潤滑させる女の子は必要だ。

 アイドルとして見ると確かに微妙かもしれないけど、バラエティで上手く周りを引っ張れそうなところを見ても十分に需要はある。

 それにあらかじめステージを押さえていたりとか、読みの鋭さも悪くないと思った。


「それじゃあ、私達もお昼を食べに行きましょう」

「ああ!」

「うん、そうしよう!」

「よっしゃー、たらふくタダ飯食うたるで!」


 そしてチームBのセンター、くくり様。

 はっきり言って彼女の事はなんと言っていいのか……。

 単純にルックスだけでいえばめちゃくちゃ可愛いし、でも声はかっこよくて歌も上手だしダンスの表現能力も高い。それに加えて時折見せる大人びた雰囲気はクールでミステリアス。うん、いいとは思うのよ。思うけど……華族のトップ、皇家の御当主様をアイドルにしていいのかしら? あーちゃんは、くくりちゃんがやりたい事をやらせてあげなよって言ってたけど、くくり様に対してそんな事を言えるのは、この国じゃあーちゃんくらいだよ。

 それと個人的に唯一気になるのはファッションがピンクと黒の組み合わせが多い事かしら。こういうファッションの子は性犯罪者が多いから、この業界では地雷系ファッションって呼ばれている。

 実際この前も某アイドルグループの研究生をやっていた中学2年生の女の子が、道に迷ったフリをして、会社帰りのサラリーマンの男性を個室トイレに連れ込もうとした事件があったしね。

 まぁ、それはそうとしてチームA、チームBは今のところすごく順調だ。

 その一方でコミュニケーション能力が足りてないチームC、全体的にうまくいけてないチームDの表情は暗い。

 パフォーマンスだけ見れば1番うまくいってないのはチームEだけど、こっちはCやDとはある意味で真逆なのよね。


「ぐわー、だめだ。やっぱ何度やっても同じとこでミスっちまう!」

「落ち着け山田、とりあえず俺の事は見なくていいからお前はまず通してやる事だけ考えろ。俺たちは2人しかいないんだから片方がミスれば他のチームより目立つ。だからお前がやれるだけやって俺が合わせるやり方ならとりあえず形にはなるはずだ」

「それじゃあダメなんだよ。あの人は、あくあさんは、それでうまく行っても置きに行ったパフォーマンスを見過ごしちゃくれないだろ。それに……」

「それに……なんだ?」

「俺のせいで孔雀が思い切ってやれなくて不合格になるのは嫌だ。だからお前は俺の事なんか気にせずにやれよ。孔雀のパフォーマンスなら女子達にだって負けてないし、最悪、俺達2人の動きあってなくてもお前だけは個人のパフォーマンスで合格すると思う。だから俺は俺でどうにかできるように頑張る!」


 はっきり言うと、チームEのパフォーマンスは酷い。

 根本的なところでパフォーマンスに差のある2人が、2人だけでパフォーマンスをやってるんだからできてない方が目立ってしまうのは必然の事だ。

 確かに山田君の言う通り、パフォーマンスが安定しててルックスに華がある黒蝶君は、自分の事だけに集中すれば個人では合格できるだろう。その一方で全くのダメダメだけど、山田君が合格できないかというと……私はそうじゃない気がした。

 アイドルにとって、ファンが応援をしてあげたくなる要素というのはすごく重要なんだけど、山田君はその要素を十分に満たしているんじゃないかな。実際、スタッフの中でも、陰ながら山田君を応援している子が多いように思う。もちろん彼女達もプロフェッショナルだから、表立ってそういうのを出してるわけじゃないけど、目を見ればわかっちゃうのよね。


「よし、それじゃあ孔雀君、ちょっと俺、ランニングに……」

「待て! まずはランニングより飯だ。山田、練習するのはいいが闇雲にやっても意味ない。それならそれで俺に案がある。だから飯に行くぞ」


 黒蝶君は外に飛び出して行こうとする山田君の腕を掴むと、そのまま食堂の方へと引きずっていった。

 うん、確かにパフォーマンスはあってなかったけど、こっちは最低限、合いさえすれば売れる気がするんだよね。

 そう考えたら置きに行く黒蝶君の案も悪くないのかも……。ああ、でもダメなのか。置きに行かない山田君だから人気が出るのか。もどかしい……もどかしいからこそ、やっぱ、あーちゃんはすごいなと思った。それもわかっててこの2人を組ませたんだね。


「しとりさーん! 私達も食事に行きませんか?」

「あ、うん。愛華ちゃん、一緒に行こっか」

「はいっす!」


 私は新人マネージャーの甲斐愛華さんと一緒に食堂へと向かう。


「愛華ちゃんは全体的に見てどうだった? マネージャーしてみたい子とかいる?」

「みんな良すぎて1人なんて選べないっすよ。応援してあげたくなる子が多くて、どこに配属されるんだろうって、今からワクワクしてますね」


 新人マネージャーの愛華ちゃんは、このオーディション番組が終了した後に、誰かのマネージャーになる事が決まっている。それもあって、愛華ちゃん以外の新人マネージャー達の子も、空いてる時間を見つけてはここに入り浸っているそうです。

 他の新人マネージャーの子達にも話を聞いてみたけど、自分がどの子の担当になるのか、自分ならどういう風にマネージメントしてサポートしてあげたいとか、そういうのをすごく考えていた。


「ご馳走様。私、もうボイトレ行くから」

「あ、うん」


 チームC、巴せつなさんが私の隣を通り過ぎていった。

 巴さんの武器は圧倒的な歌唱力と力強い歌声だ。でも、合わせるのは苦手みたいで、5人で歌うとどうにも1人だけ目立ってしまう。


「私もボイトレ行ってくる」

「あ……うん」


 星川澪さんも巴さんの後に続く。巴さんと並んで歌唱力ではトップクラスの彼女も、巴さんと同じで合わせるのがあまりうまくない。というか2人とも完全に歌い方がソロボーカリストなんだよね。


「はぁ……」


 祈さんは食器を返す際に、人知れず小さくため息を吐く。

 チームCのダメなポイントは二つある。一つは全員の歌唱力が高すぎて主導権争いをした結果、逆に武器になる面が揃わなくて足を引っ張ってしまっているというところだ。そしてもう一つは、歌に比べてダンスはとても良くない。

 これに関してはダンスで一番良い祈さんがみんなを引っ張っていかなきゃ、グループとしてキツイんじゃないかなと思った。


「ヒスイさん、ため息をついていては幸せが逃げてしまいますわよ」

「あ……津島さん」

「まだ始まったばかりですもの。勝負を焦っていてはチャンスまで逃してしまいますわよ」


 津島香子さん、たしかあーちゃんのクラスメイトのお姉さんだっけ。

 藤百貨店のイベントで、あーちゃんが接客したらしくて、こうこお嬢様って呼んでたから良く覚えている。

 普通に考えたら彼女がキャプテンでいい気がするんだけどな。それでも祈さんにキャプテンを託したのは、あーちゃんなりに何か理由があるんだろう。


「チームCのキャプテンでセンターはヒスイさんなのだから、言いたい事があるならもっとはっきりと言った方がいいですわよ。ここに来た時点で私達の立場はフラット、年齢なんか気にしなくてもいいと思いますわ。私も20人の中では年長者のグループ、一番年上のせつなさんが焦って個人練習に行ってしまうのも仕方ありません事よ。彼女も気を遣って、一番年上の自分やキャプテンが何も言わないのに、自分からアレコレ言ってはいけないと思っているでしょうし、歌がお上手な澪さんがせつなさんに歌で負けたくなくて、個人練習に行っちゃうのは理解できますもの」


 ふぅん、どうやら周りを見て、津島さんはムーブの仕方を変えたみたいね。それとも、あの芝居がかった高飛車なお嬢様風より、こっちの方が彼女本来の姿なのかな。祈さんとチームCをちゃんと立たせるために、彼女が祈さんのサポートに入ったのは大きいだろう。

 ダメだと思ったチームCも好転する兆しが見えてきた。


「あ……」


 隣をすれ違ったらぴすと目が合う。

 どうやら私が来ていた事に気がついてなかったらしい。

 単純に集中していたのか、それとも周りを見る余裕がなかったのか、どちらにせよいい傾向だと思う。

 クリスマスであーちゃんの仕事を間近に見て、明らかにのほほんとした気持ちが消えた。

 職業体験でも見てたはずだけど、あの時はまだお客様だったしね。

 もっと大きなステージで活躍するあーちゃんの本気を裏から表までちゃんと見せた事は、らぴすにとっては大きな影響があったみたいだ。


 頑張れ。


 直接、声をかけられるわけじゃないけど、私は視線にエールをこめて小さく頷いた。

 うんうん、私はこのチーム、らぴすがしっかりすればどうにかなると思うんだよね。

 あーちゃんは祈さんにめちゃくちゃ期待してるみたいだけど、そっちもどうかなりそうだし、チームCは少し出遅れたけどここからが本当のスタートだろう。


「午後の練習、私はチームでちゃんと合わせる練習をした方がいいと思う」

「チームで合わせるより先に、個人で解決できるところを直した方が良くない? それもできてないのに、合わせるも何もない気がする」

「それなら、チームで練習してお互いに指摘しあった方が良くない?」

「だからそれをするなら誰に合わすのって話になる。私たちのチームはそこすらまだ決まってないんだから」


 チームDのテーブルをチラリと見ると、年長組の瓜生あんこさんと茅野芹香さんの2人がお互いの意見をぶつけ合っていた。その2人の間に挟まれた鯖兎みやこちゃん、こよみさんの妹さんはオロオロとしている。

 猫山スバルちゃん、とあちゃんの妹さんは、そんなみやこちゃんの様子を見て、年長者2人の会話に割り込む。


「合わすなら私にして欲しい……と言いたいところだけど、センターが決まってるのなら、そっちに合わした方がいいと思う。仕方なくだけどね。とにかく、現状じゃうちのチームが一番出遅れてるから、何が正しいとかじゃなくてやれる事は全部やって行くべきじゃない?」


 なるほどね。こっちが折れたか。

 チームDはラズリー・アウイン・ノーゼライト、私の腹違いの妹がセンターを担当している。

 スバルちゃんは本音を言うと自分がセンターに立ちたかったんだろうけど、他のチームとの差やみやこちゃんの苦しむ姿を見て一旦自分の気持ちに蓋をしたのかもしれない。


「あ、うん。じゃあ、そういう事で……えっと、後でどこか使えるとこ探して、みんなで一度合わせてみよっか。えっと……ラ、ラズリーちゃんはそれでいいかな?」

「うん。別にいいんじゃないかな。私はお兄様に近づければ、後はどうでもいいから」


 ほんとこの子は……。言い方ってものがあると思うんだけど、元は外国の人だって考えたら言葉に齟齬があるのかもしれないから、むしろちゃんとこちらの言葉を流暢に喋れてる事を褒めるべきなのかもしれない。

 それに、ベクトルが全部あーちゃんに向いてるだけで、パフォーマンス自体は普通にちゃんとしてるし、語学にしても歌にしてもダンスにしてもやる事をちゃんとやってるのよね。

 だからみんなも何も言えない。そこがまたこのチームDが歪なところなっている。

 スバルちゃんがちゃんとラズリーちゃんに勝っていればこうはならなかったんだろうけど、隣に立つと半歩、いや、後一歩が確実に足りないっていうのがわかってしまう。だから、あーちゃんもセンターをラズリーちゃんにしたんだろうと思った。


「それじゃあ愛華ちゃん、午後もみんなを見て回ろっか」

「はいっす!」


 私は同じように午後もみんなを見学して回った。

 チームA、チームBは順調、チームCもディスカッションがスムーズに行き始めたし、チームDもとりあえずは方向性が決まった分、以前よりかは好転したと言えるんじゃないかな。チームEは相変わらずだったけど、ここはこれでいいと思った。


「ただいま」


 私は合宿の見学を終えると、会社には戻らずにストレートに家に帰ってきた。


「おかえり、しとりお姉ちゃん」

「あーちゃん……!」


 お出迎えしてくれたあーちゃんを見て思わずギュッと抱きしめる。

 どんなに仕事で疲れていても、あーちゃんが笑顔でお出迎えしてくれたらお姉ちゃんはいくらでも働けそう。って、あれれ? あーちゃん、なんで今日、ここにいるの?


「いや、たまには母さんとしとりお姉ちゃんを、甘やかしておこうかと思って……」


 もー! そんな事ならちょっと早めに帰ってきてたのに!!


「あっ、しとりちゃんおかえり!」

「うん、ただいま」


 リビングに入ると、お母さんがソファの上でぐだぐだになってた。

 ふーん、これはもう十分にあーちゃんに甘え切った後ね。

 良く見たらお風呂上がりだし、全体的にホカホカしてる。


「しとりお姉ちゃん、今、ちょうど晩御飯の下拵えしてるところだから、先にお風呂入ってきなよ」

「うん!」


 私はお風呂に入るとすぐにリビングに戻る。

 するとあーちゃんが出来たてホカホカの温かい食事を用意してくれていた。


「はい、しとりお姉ちゃん、あーん。どう、美味しい?」

「うん。美味しい!」


 私はあーんする時にわざとらしく谷間を作って見せつけた。

 ふふっ、ちゃんと見てる見てる。


「あくあちゃん、ママも!」

「はいはい、母さんも、あーん」


 あーちゃんは恥ずかしがって、お母さんにはそっけないけど、ちゃんと見てるところは見てるんだよね。

 もしかして、あーちゃんって女の子達がそれに気が付いてないとか思ってるのかなあ? あー、もう、そういうところが可愛すぎるよぉ!


「あーちゃん、今日はどうするの?」

「今晩はこっちに泊まっていくよ。今日は琴乃や楓、えみりさんとお泊まり会するんだって。女の子同士じゃなきゃ喋れない事もあるだろうし、俺が邪魔しない方がいいでしょ」


 カノンさんに子供ができたと聞いて、私とお母さんも慌てて駆けつけたっけ。

 すごく嬉しそうなあーちゃんを見て、本当に良かったなって思った。

 私があーちゃんの引きこもるきっかけを作っちゃった時、すごく申し訳ない気持ちになったんだよね。

 でも、私がした事は姉として普通の事だし、洗濯カゴから自分のが盗まれてたりしたら同意のサインだって雑誌に書いてたり深夜テレビでも言ってたもん。

 それに、私だって馬鹿じゃないから、それだけの事なら行動に移さない。

 あーちゃんはお姉ちゃんがお出かけしてる間に、クローゼットから新品の下着を盗んだりもしてたし、勝手にお姉ちゃんの制服で何かした形跡があったりとかしたし、どう考えてもお姉ちゃんの事が好きとしか思えなかったんだよね。

 私がした後もそういう事は続いてたし、多分きっとあーちゃんは恥ずかしがり屋さんなんだと思う。だから恥ずかしがらずに、あーちゃんがお姉ちゃんの事を襲ってくれるまで待とうって思った。

 そうしたら事故があって、あーちゃんは昔のあーちゃんとは別人みたいに素直になっちゃったんだよね。

 私はそれが嬉しかった。今のあーちゃんは恥ずかしがらず私の事を女の子の事を見る目で見てくれるし、相変わらずお姉ちゃんの体には興味津々だし、って事は、中身が変わってるとも思えないんだよね。

 だったら今のあーちゃんで私は嬉しい。というか、その事がある前のあーちゃんと今のあーちゃんと同じ感じだったし。

 きっと、これは神様が与えてくれた再チャンスなんだ。だから、今度はもっと上手くやらなきゃ。アプローチはするけど、最終的にはあーちゃんに襲われる方向に持っていかなきゃって思った。


「あーちゃん」

「しとりお姉ちゃん、どうしたの? まだ甘え足りない?」


 私はお母さんが先に眠っちゃった後、あーちゃんの胸にそっと自分の体を預けた。


「あーちゃんは大丈夫? 不安だったりとかしない?」

「あー……確かに自分が親になるって思ったら、嬉しさの後からすごく責任重大だなって身が引き締まったけど、今はそれ以上にやっぱり嬉しい気持ちの方が込み上げてきてる。それに、カノンの方が不安だろうから、俺がもっとちゃんとしておかないとな」

「そっかー、あーちゃんはえらいね」


 私はソファに座り直すと、今度はあーちゃんをギュッと抱き寄せて頭をよしよししてあげた。


「でも、困った事があったら私やお母さんに相談するんだよ? 頼りないかもしれないけど、これでもお母さんはちゃんと子育て経験があるし、私だってあーちゃんのためなら、なんだってしてあげるんだから」

「うん……ありがとう。しとりお姉ちゃん」

「ふふっ、いい子いい子」


 私はそっとあーちゃんの耳元に顔を近づける。

 するとあーちゃんは何かを察したのか、そっと私から距離をとった。


「ご、ごめん。しとりお姉ちゃん、お、俺も、お風呂に行ってきまーす!」


 あ、逃げた! もう! 絶対にイケる流れだと思ってたのにー!

 私は近くで狸寝入りしていた母さんを起こすと、寝室へと押していく。

 様子見てていけそうだったら混ざろうと思ってたでしょ?


「てへっ、バレちゃった!」

「もう、それなら母さんも協力して後ろからギュッとしてよ」


 はー、仕方ない。でもまだチャンスはあるだろうし、ここは我慢我慢。

 ほらほら、お母さんも、あーちゃんがゆっくりできるように私たちは部屋に帰りますよ。

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[良い点] しとりお姉ちゃんが有能すぎて捗る (*´д`*)
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