白銀あくあ、意外な組み合わせ。
カノンと別れた俺は、人に会うためにバイクを走らせる。
思ってたよりも道が混んでて予定の時間ギリギリになってしまったが、なんとか待ち合わせの時間には間に合いそうだ。
俺は大通りから細い道に抜けると、人のあまりいない静かな公園の駐車スペースにバイクを停める。
ちょうど住宅街と繁華街の間にあるこの公園は人があまりいないから、誰かと待ち合わせをするにはもってこいだ。
「お、いたいた」
俺は公園のブランコに腰掛けていた目的の人物を見つけると、おーい、と声をかけた。
「久しぶりだな」
「お久しぶり……です。あくあさん」
おお! まだまだ辿々しいけど、前よりこっちの言葉が上達してる事に感動を覚える。
「3日前の夜に、こっちにきたんだって? 元気そうで何よりだよ。チャーリー」
「はい。ライブは映像だったけど、ナイトパレードは生で見ました。それとドライバー、昨日のユーオニも」
「ははっ、めちゃくちゃたくさん見てくれてるんじゃん。ありがとな!」
「いえ、全部、全部、勉強になりました」
相変わらず嬉しい事を言ってくれるぜ。
こうやってチャーリーと会うのは、コロールのファッションショーで共演して以来になるが、普段からちょくちょく電話やメールでやり取りをしているせいか、そこまで久しぶりって感じはしない。最近はモデルだけじゃなくて、役者としての練習を頑張っていると聞いてるから共演する日が楽しみだ。
「よくこっちに来れたな。渡航制限とか大丈夫だったのか?」
男性側の渡航には入国許可書と出国許可書の発行が必須だ。
俺がカノンを奪いに行った時は多くの人達の助けを借りて裏技を使ったが、チャーリーはどうやって日本に来たのだろうか。
「はい。あくあさんの活動を生で見たいって言ったら、スターズ正教のキテラ様、メアリー元女王陛下が協力してくれました」
「そっか。2人には後で感謝しとかないとな」
キテラさんとはあんま話した事ないけど、カノンの後見人を長く務めてくれてた人だから、一度ちゃんと話し合いたいというか、お礼を言いたいなとは思ってる。確か今はスターズ正教の活動のためにこっちで住んでるって言ってたから、どっかで会える時間を作れないかメアリーお婆ちゃんあたりにお願いしてみるか。
「ところで護衛は?」
「護衛の人達ならもう公園の周りに、だから、ほら、ここには僕とあくあさんしかいないでしょ?」
言われてみたらそうだ。あまり人気がない公園を選んだとはいえ、あからさまに人がいない。
よく見ると入口に工事中の看板と、誘導員の服装したお姉さんが立っていた。
なるほど、他の人達が公園に入らないようにしているんだな。
「このままここに居たら公園を使う人に迷惑になるな。どこか適当な店に入るか?」
「はい。それで……えと、僕、行きたいところがあって……」
俺はチャーリーが差し出した携帯の画面を覗き込む。
「ラーメン竹子!?」
「はい。僕も竹子さんのラ・メーン食べたいです」
「OK!」
俺はバイクの後ろにチャーリーを乗せるとラーメン竹子へと向かう。
バックミラーを見ると、ちゃんと護衛の人達が乗ってる車がついてきてた。
「それじゃ行くか」
「はい!」
近くでバイクを停めた俺は、チャーリーと一緒にラーメン竹子へと向かう。
ちょうど時間がお昼だった事もあり、竹子には多くの人達が並んでいた。
俺とチャーリーも、普通にその後ろに並ぶ。
「えっ……?」
俺たちの前で並んでいたお姉さん達が、最後尾と書かれた看板を手渡すためにこちらに振り向いた瞬間、俺とチャーリーの顔を見て固まってしまった。
一応、芸能人のお忍びっぽい格好はしてるけど、流石にバレるよな……。
「ほ……ほんもの……?」
「お姉さん、もしかしたら偽者かもよ?」
「え、あ、その声……ほっ、本物だ……!」
「ははっ、バレちゃった。内緒だよ」
もう普通に周りのお客さん達も気がついてるけど、こういう時に内緒だよって言うのは定番中の定番だ。
お姉さん達は気を遣ってくれて前にどうですかと言ってくれたけど、俺は丁重にお断りする。
チャーリーにも説明したが、ラーメンは並んでる時からもう食事なのだ。
店から出てくる香りを堪能し腹を空かせる。そうする事でラーメンと向き合い、食事をする事により没頭できるのだ。
「嘘……でしょ……」
「ぐわあああ! よ、よりにもよってガッツリラーメンの竹子に並んでる時に出会うなんて」
「私なんかいつものように、気軽な気持ちで来てたからすっぴんなんだが!?」
「ちょっと待って、あれ、後ろにいるのも男の子だよね?」
「チャーリー君じゃない? 見かけたって掲示板に情報出てたし、冬休みで遊びにきてるのかも」
「チャーリー君ってラーメン食べるんだ。もっとこう上品な料理を食べるのかと思ってたかも」
「は? ラ・メーン舐めるなよ? 今度の世界会議にも提供されるかもしれないんだぞ!」
「いやいやいや、こんな小汚い店にあくあ様が来るわけなんて……え? あるの?」
「お客様。確かに麺の量はガッツリかもしれませんが、オーソドックスでサッパリ系のラーメン竹子は常日頃から上品な味付けを心がけております。それと……従業員一同、隅々まで清掃は行き届いていますので小汚いは余計ですよ」
「あ……すみません。つい……」
ん? 俺は聞き覚えのある声に反応して、前を見る。
おお……! あ、あの富士山のように大きな膨らみは間違いない。えみりさんだ!
よく見ると膨らんだポケットの部分に、バイトリーダー雪白えみり、免許皆伝と書かれている。
すげえ!! 竹子さんには100人を超えるお弟子さんがいるが、暖簾分けを意味する免許皆伝に辿り着いたのはわずかに3人しかいない。それなのに、ただのバイトで免許皆伝に至るなんて、えみりさんは見た目通りすごく真面目な人なんだな! 俺からの一方的な好感度も鰻登りだ!
「えみりさん、えみりさん」
「ん?」
俺は小声でえみりさんを手招きする。
「あ、あくあ様!? 昼間からこんな小ぎ……んんっ、じゃなくって、も、もしかして、ラ・メーンを食べにきたのですか?」
「はい。今日はスターズの友達も一緒ですよ」
「……コホン、それなら、ここの角をまっすぐ行って、右に曲がったところにある西洋料理店がおすすめですよ。竹子のラ・メーンなんて薄味で上品だって言ってるけど、搾りに搾った後の鶏がらスープがベースですし、使ってる小麦の質だって、産地偽……んぐぐ」
急に早口になったえみりさんの口を後ろから現れた人が押さえる。
途中からえみりさんが何を言っていのかよく聞き取れなかったけど、きっと心の清らかなえみりさんの事だから、お店を気遣うような何か優しい言葉をかけてくれたんだろうと思う。
「素が出かかってますよ。えみりさん。抑えてください」
「え? クレアさん?」
同級生のクレアさんがえみりさんの耳元で何かを囁いていた。
そういえば2人って知り合いなんだっけ。
でも、どうしてこんなところにクレアさんがいるんだろう?
「えっと……実はその、お小遣いのために、ここバイトしてて……」
「へー。そうなんだ」
えらいなぁ。
お小遣いのためだなんて言ってるけど、クレアさんも心が清らかな人だから、きっと忙しくしてるえみりさんを見かねてバイトをお手伝いしに来たんだと思う。
「えっと、そろそろ中で食事したグループが出てくると思うから、ちょっと待っててね」
「了解!」
クレアさんは周囲を警戒するように首を左右に振ると、俺の耳元に顔を近づけてコソコソ言葉で囁いた。
「あくあ君、中に知り合いが居たから気をつけてね」
知り合い? 一体、誰だろう?
もしかしたらアヤナかな? それともレイラさん? 小早川さんとか本郷監督かもしれないな。
俺がそんなのほほんとした気持ちで待ち構えていたら、ガラガラと開かれた竹子の入口から聞き覚えのある声がしてきた。
「いやー、食べた食べた。やっぱりお腹を膨らませるならここよね」
いやーの、い、辺りで反応した俺は秒でえみりさんの後ろに隠れた。
別にクレアさんの後ろに隠れても良かったが、やはり隠れるなら大きい方が……いや、なんでもない。
「やっぱりラーメン屋は小汚ければ小汚いほど美味しいわね。ほら、みてよ。この今にも潰れそうな店構え! 最近の小洒落た値段ばかり高い横文字のラーメン屋とは違うのよ。味だってシンプルな醤油しかないし、実はラーメンよりチャーハンの方が美味しいし……」
悪気はないんだよ。
いや、むしろこれは彼女にとって褒め言葉だと思ってくれていい。
でも……誰がどう聞いても、明らかに一個も褒めてないように聞こえる、というか、貶しているように聞こえるんだよなぁ。
「あ、あの、小雛先輩、あんまりお店の前で大きな声で話さない方が……」
「いいのいいの。どうせここに来る客なんてみんな同じ事を考えてるんだから。そもそも、美味しいラーメンを食べたいだけなら他に行けって話なのよ。竹子はね……もう、そういう低い次元で戦ってないの。とにかくお腹をパンパンに膨らませたい……変わり映えのしないシンプルな味でノスタルジーに浸りたい……なんとなくわかった振りのラーメン通になりたい……竹子のラーメンでお腹をパンパンにして幸せになりたい……ドヤドヤした騒がしい店で飯を食ってぼっち飯から解放されたい……そういう奴らの集まりなのよ!!」
最後の理由はあんただけだろって思わず突っ込みそうになった。
あと、お腹パンパンの理由がかぶってますよ!!
ほら、アヤナ、頑張ってそこに突っ込むんだ。
「ん……?」
首を45度傾けた小雛先輩は鼻先をヒクヒクさせる。
やべぇ、もしかして気づかれたか!?
「あくぽんたんの匂いがする……」
うっそだろ!?
頼みます、神様。昨日は神社で自分がやる事を見ておいて、なーんて生意気な事言ってましたが、あれは嘘です。
俺を小雛先輩の魔の手から救ってください。おなしゃす!!
「んっ……あ、あああ、あくあ様?」
「あ……あの……あくあ……君?」
俺はえみりさんとクレアさんの2人を盾にしてそっと隠れる。
「お願い、しばらくこのままで……」
「じゃ、じゃあここに、急いで」
察しのいい2人は俺の意図を察して、体が見えないように近くの物置に押し込んでガードしてくれた。
って、ええっ!?
「あ……クレアさん」
「アヤナさん、どうも……」
どうやらアヤナがクレアさんの事に気がついたみたいだ。
押し込まれた物置の中から2人の会話が聞こえてくる。
その会話に小雛先輩の声が混じってきてドキッとした。
「ん? アヤナちゃん、知り合い?」
「あ、はい。同じ高校の同級生です」
「ふーん……なるほどね。あくぽんたんってさ、こういう清楚っぽい女の子好きそうよね」
「ふぇっ!?」
「小雛先輩!?」
「だって事実じゃない。あいつは基本的に清楚っぽい女の子か、どこがとは言わないけど大きいお姉さんが好きなのよ。って、そういえばもう1人のバイトは? ほら、胸がデカくて清楚っぽい見た目の……」
「あはは、え、えみりさんなら、その……買い出しに……」
「ふーーーーーん、なるほどね。まさか……私から逃げてるわけじゃないわよね?」
この、ふーーーーーんは、確実に疑ってるやつだ。
あー、もう! 目的のラーメン食ったんだからさっさと帰れと心の中で突っ込む。
俺はこの後も用事があるから、ここで小雛先輩に絡まれて拉致されるわけにはいかないんだ。
1人犠牲になるアヤナには申し訳ないけど、小雛先輩を頼んだぞ!
「あら、あんた……」
「どうも、初めまして」
くっ、小雛先輩がチャーリーの存在に気がつきやがった。
あの人、こういう時だけは察しがいいんだよな。
俺はバレませんようにと願いを込めるように手のひらに力を入れる。
「んっ……」
艶かしい女性の吐息に俺は反応する。
あ、あれ……? なんだか力を込めた手のひらがすごく気持ちのいいような。
「あ……あくあ様……」
声の方に顔を向けると、紅潮した顔のえみりさんが目を潤ませていた。
ふにふに、ふにふに……も、もしかしてこの手のひらに伝わる幸せな感覚は……!
「んっ、それ以上は……」
「す、すみません……」
はっきり言ってこれは事故だ。
そう事故だから仕方ないんだと自分に言い聞かせる。
もう一度えみりさんの方へと視線を向けた俺は、すぐに視線を戻した。
えっ……!?
えみりさんみたいな清純な女性には似つかわしくない言葉だが、この言葉以外の言葉が思い浮かんでこなかった。
縋りつくような仕草、媚びるような目線、美しい鼻筋、欲しがるような唇、少し汗ばんだおでこに張り付いた前髪、蒸れた白い吐息、乱れた着衣、男をダメにするような甘い香り、その全てが俺を動揺させる。
やべぇ……。
小雛ゆかりが一匹、小雛ゆかりが二匹、小雛ゆかりが三匹……。
俺は心を落ち着けるために、頭の中で柵をピョコピョコと飛び越える小さな小雛先輩を想像する。
ふぅ……ちょっとは落ち着いてきたぞ。ありがとう小雛先輩、想像したのが小雛先輩じゃなきゃ、どうにかなってたかもしれない。
俺が気まずさから視線を逸らしていると、えみりさんがチラチラと俺の顔を見つめてくる。
や、やめて、ただでさえ美人で清楚でどことは言わないけど大きくて甘えさせてくれそうなお姉さん、つまり小雛先輩の言う俺好みの要素が全て揃った貴女に、そんな潤んだ瞳でチラチラと見つめられたら勘違いしちゃいしそうになるんですよ。
「えみりさん、さっきは本当にごめん」
「あ、うん……わざとじゃないし、その……私の方こそ変なものを押し付けてごめんなさい」
変なもの!? それを押し付けられて喜ばない白銀あくあなんていないんですよ!!
いや、小さかったら小さかったでもいいんです。でもね、押し付けられて喜ばない白銀あくあなんて、少なくとももうこの世界線にはカケラも存在してないんですから!! って言いたかったけど、我慢した。
「そ、そうなんだ……やっぱり」
あ、あれ? もしかして声に出てましたか?
俺は素知らぬ顔をして誤魔化した。
「うーーーーん、やっぱり、なんかこの辺りに、あいつが居た痕跡を感じるのよね」
小雛先輩まだ帰ってなかったの!?
もう、さっきのやり取りの間に空気を読んで帰っててくださいよ!!
ほら、俺とえみりさんのちょっとムフフなイベントならさっき終わったんだから、もう帰ってくれていいですから。はい、もう今日の出番は終わりです!!
「小雛先輩……お店の邪魔になるからそろそろ……」
「はぁ、仕方ないわね。それじゃあ、今日はこれくらいにしておいてあげましょうか」
ふぅ……やっと帰ったか……。
さっき、扉の隙間越しに目があった気がするけど、絶対に気のせいだよな。うん、気のせいって事にしておこう。
「クレアさん、匿ってくれてありがとう」
「いえいえ、お客様を守るのも仕事ですから」
あーーーーー、なんて良い子なんだ。
どこかの小雛先輩にクレアさんの爪の先の垢でも飲ませたい。
「後、えみりさんも、改めてごめん。それと小雛先輩が迷惑をかけてごめん……」
「あ、うん、いつもの事だし、小雛さん常連だから……」
常連なのかよ! 俺は何か迷惑をかける事があったら出禁にしてくれていいからと2人に言った。
「やっぱり小雛ゆかりルートはダメなんだ……」
「完全に乙女ゲーまんまで笑った」
「リアル乙女ゲーが始まったのかと思った」
「えっ、まって、乙女ゲー普通に正史じゃん」
「ゲームでも会えない、現実でも会えない小雛ゆかりに草生える」
「野良の小雛ゆかりって本当にいたんだ」
「野生の森川がそこの草むらから現れるんじゃないかと警戒した奴。はい、私です」
「このやりとりがタダで見れただけでも竹子に来た甲斐があった」
「こんなイベントがあるとわかったら、ますます竹子に人が増えそう」
小雛先輩が居なくなった事で、次々とお客さんが出てくる。
俺とチャーリーは、カウンター席に案内されると、ヘブンズソードコラボのラ・メーンと、白銀あくあ専用の裏メニュー、チャーシュー、味玉、海苔、メンマが倍になってる剣崎スペシャルを注文した。
「これはすごい……です。スープの奥に封じ込められた出汁の香り、慎ましい醤油の香り、今にも切れそうな細く縮れた麺、そのどれもがとても上品で、まるでこの一杯でフルコースを味わっているかのような……アメージング! これが日本のラ・メーンなんですね」
「あ……うん」
チャーリーが喜んでくれたのなら俺は嬉しいよ。
俺は剣崎ラーメンを完食すると、竹子さんに今日も美味しかったよありがとねってお礼を言った。
後ついでに、小雛先輩が失礼な事を言ったら追い出してもいいからと付け加えておく。
「あれ? えみりさん、配達ですか?」
お店の外に出たら、えみりさんがお店のバイクに跨っていた。
「えっと……バイト上がりで、今からメアリーお婆ちゃんの定期検診なんです」
「そっか、いつもありがとね」
いくら健康だと言っても、おばあちゃんの年齢を考えると家族として同じマンション内とはいえ1人暮らしは心配だ。
だから俺も一緒に暮らそって提案したけど、メアリーお婆ちゃんに、夫婦の営みを邪魔したくないからと気を遣わせちゃったんだよね。
そんなメアリーお婆ちゃんのメイドさんをやってくれているのがえみりさんだから、俺もカノンも安心して任せられる。
「あ……それなら、ついでで申し訳ないんだけど、カノンの様子も見ておいてくれない?」
「どうかしたんですか?」
「うーん、なんかお昼くらいに、ちょっといつもより元気がないような気がして……。ペゴニアさんがいるから大丈夫だとは思うんだけど、後でもし時間が空いてたら後でちょこっとだけ顔を見てきてくれませんか?」
「そういう事なら、わかりました」
単純に旅で疲れてるだけなのかもしれないけど、なんか少し引っかかったんだよな。
もしかしたら俺が昨晩ハッスルしすぎたせいか、朝からがっついちゃったせいかもしれない。
それなら非常に申し訳ない気持ちになる。
でも、朝までは普通だったんだよなぁ。昼もちょっと眠そうなのかなと思ったくらいだし、寝たら大丈夫だとは思うけど一応念には念を押しておく。俺も遅くならないようにするし、今は寝てるだろうからそっとしておいた方がいいだろ。
「さてと、チャーリー、どっか行きたいところはあるか?」
「あ、えっと……あくあさんは、何か用事とかないんですか?」
「あぁ、特にこれと言ったことは……今日はそうだな。合宿所にみんなの様子をちょっと見に行くくらいかな」
「合宿所……?」
あぁ、そっか。俺はチャーリーにベリルのオーディションをやっている事を説明する。
するとチャーリーは合宿に興味があるのか、見学したいと申し出た。
「ダメ……ですか?」
「いや、別にいいよ。それじゃあ、一緒に行こうか」
どうやらチャーリーはベリルのオーディションや、俺が選んだ子達に興味があるみたいだ。
俺はバイクの後ろに再びチャーリーを乗せると、合宿をやっている場所へと向かう。
「おはようございまーす!」
「オハヨウございます」
合宿所に到着した俺達は、入り口に張り出されていた予定表を確認して、ライブパフォーマンスの指導をしている大部屋へと向かった。
「おはようございます!」
「「「「「「「「「「おはようございます!!」」」」」」」」」」
「オハヨウございます」
大部屋に入って挨拶をすると、オーディションメンバーが一斉に俺の方を見つめる。
もう真冬手前だと言うのに、大部屋の中は熱気に包まれていた。
おおっ! みんな、ちゃんとやってるな。俺は満足そうに頷きを返す。
「おはようございます。ミスミン先生」
「あら、あくあ君、来たのね。それに、君は……」
「ドウモ、はじめまして、チャーリーです」
「ベリルエンターテイメント所属、振り付けとダンスパフォーマンスの指導担当をしている一瀬水澄です。よろしくね。チャーリー君」
「あ、ご丁寧にありがとございます」
「ふふっ、日本語上手ねぇ」
俺はミスミン先生と挨拶を交わすと、再びメンバーの方へと視線を向ける。
まず最初に目が合ったのは山田丸男くんだ。
汗を拭いながら膝に手をついて息を切らしている姿を見ると、体力的に相当きつそうな事が伺える。
隣の黒蝶孔雀君はパッと見クールで余裕そうだが、肩で息をしているところを見るとこちらも中々辛そうだ。
苦しいだろうけど頑張れよ!
俺は心の中で2人にエールを送る。
その一方で女子達はというと、まだまだ余裕そうに見える。
体力テストでトップだったなつきんぐやそれに次ぐ桐原カレンさん、祈ヒスイさん、フィーちゃんあたりは普通にあっけらかんとしているし、体力テストで下位だったにも関わらず笑顔でニコニコしてる天宮ことりさんとか、汗ひとつ見せない星川澪さんはたいしたものだ。事前審査の段階から意識の高かったこの2人からは、もうプロ精神みたいなものが見える。
だけど体力テストで最下位争いしてたにも関わらず、疲れた様子すらミリも見せないハーちゃん、それに加えて余裕で微笑みすらも見せるくくりちゃんは化け物だと思う。ミスミン先生の指導を受けた奴なら絶対にキツイってわかってるはずなのに、2人はまだ練習を始める前のように見える。
この2人に関しては、立場的なところというか、そういう環境で生まれて育った事が影響しているのかもしれないな。その一方で体力のなさそうな中学生組、うちのらぴすともう1人の妹、みやこちゃんあたりは辛そうだ。
みやこちゃんはどこがとは言わないけど、大きいから仕方ないとしても、同じ背格好のスバルちゃんと比べるとへばりの大きいらぴすとラズリーはまだまだ改善の余地がある。2人ともちゃんと走り込みはしているようだが、基礎的な部分からまだ鍛えていく必要があるだろう。
アイドルとは体力であり、体力とはアイドルの必須条件なのだから。
「ちょうどよかったわ。あくあ君、よかったら、もう1人の先生とみんなにお手本を見せてくれる?」
「いいですよ! って、もう1人の先生?」
あれ? この時間帯ってミスミン先生だけじゃ? 俺が首を傾けて頭にクエッションマークを浮かべていると、誰かが後ろから俺の肩をポンと叩いた。
「ラーメン美味しかった?」
「ヒィッ!」
心臓が飛び出たかと思った。
夏でもないのに冬にホラーは早すぎる。
声でわかってはいるけど、俺は念の為に声の主を確認するために、恐る恐る背後へと顔を向けた。
「ゲームの世界じゃあるまいし、現実の世界であくぽんたん如きが私から逃げられるわけないでしょ。あんたはそういう所が色々と甘いのよ!!」
「お、お邪魔してます。あっ……この前はお昼ありがとね」
仁王立ちした小雛先輩の隣で、アヤナが申し訳なさそうな顔を見せる。
俺はドヤ顔の小雛先輩を無視して、アヤナに話しかけた。
「アヤナ、こっちこそこの前はありがとな。今度また2人きりで食事しような。2人きりで」
「ちょっとぉ! そこは私も誘いなさいよ!!」
俺があえて2人でを強調すると、下から小雛先輩にグイグイと体を押された。
全くもう。小雛先輩は少しでいいからアヤナを見習ってくださいよ。ほら、顔を赤らめて、可愛いでしょ。アヤナは先輩みたいにグイグイ押したりとかしてこないんですって。
「で、なんで小雛先輩はこんなところにいるんです?」
「アイドルをプロデュースしようとしてるあんたのために、サプライズでアヤナちゃんを連れてきてあげたんじゃない! 女性アイドルの指導をするなら、アヤナちゃんほどぴったりな子はいないでしょ! だって女の子のアイドルの中じゃ、トップオブセンターなんだから!」
確かに……。普通ならアヤナは他社だからあまり頼れないって思ってたから除外してたけど、そもそも小雛先輩にそういう常識的な部分は関係なかったっけ。
なるほど、小雛先輩の突飛な行動も役に立つ事があるんだなあ。俺は感謝の気持ちを込めて小雛先輩の頭を撫でる。
「ふへっ!?」
「先輩、今回ばかりは助かりました。ありがとうございます」
「ふ……ふん! わ、わかればいいのよ!!」
あれ? もっと褒めなさいよって調子に乗るのかなと思ったら、違った反応が返ってきた。
「いつもそうやって感謝しなさいよね。もう」
「小雛先輩、何か言いました?」
「何も言ってない!! ほら、さっさとお手本を見せてあげなさいよ」
「りょーかいです!」
俺はアヤナが受け取った台本を覗き込む。
ふんふん、こんな感じね。
俺は身振り手振りでアヤナやミスミン先生と少しの時間でイメージを擦り合わせる。
「これ5人曲だし、私と先生、そこの子も入れて5人でやればいいんじゃない?」
「えっ……先輩、踊れるの……?」
「とーぜん。流石にセンターは無理だけど、あんま私を舐めない事ね」
まじかよ……。
ちょっと不安だけど、小雛先輩が出来るっていう事はできるんだろう。
俺は小雛先輩の仕事に関するできるは120%、いや、1000%信頼している。
チャーリーもやる気のようだし、やってみるか!!
俺らは5人で再度軽く打ち合わせをする。
やべぇ、オーディションメンバーのみんなには申し訳ないけど、この意外な5人のメンバーは俺の気分が上がりそうだ。多分、これをやるのもたった一度きりだろうからな。
それがわかっているのか、スタッフの撮影するカメラが追加で増える。気がついたらメインカメラは本郷監督が操作していた。
「それじゃあ行くわよ。みんな!」
「はいっ!」
「はい!」
「了解です」
「オーケー!」
5人で立ち位置にスタンバイすると、BGMが流れる。
『人生で一回限りの恋なら、君に堕ちよう』
普通ならダンスだけだが、せっかくなので歌のサービス付きだ。
もちろんセンターは俺である。
アヤナに譲ってもよかったが、ここのパート担当は大人びた声の人にやって欲しいから俺が担当する。
『淫らに口づけを交わそう』
俺とアヤナと小雛先輩の声が重なる。
アヤナができるのは最初から当然わかっていたが……くっそ、わかってたはずなのに小雛先輩のできるをちょっと舐めてた。
役者のくせに普通にダンスも歌もくそうめぇ。この人、なんでこれでオーディション落ちたんだよ。性格テストでもあったのか!?
『散らした花びらがポトリと落ちる。空に煌めく無数の星をひたすらに数えて過ごした』
小雛先輩は合わせるのも上手いが、ソロパートでも歌やダンスが安定していた。
その理由、ほんの少しの違和感。俺がアイドルだからこそ、気がつけたのかもしれない。
おそらく小雛先輩の反対側にいるアヤナも気がついた。
これは……アイドルをしている時の俺を完全コピーしてるのか……?
もう1人の自分なんて、似てれば似てるほど気持ち悪い。だからこそ俺は気がついた。
嘘だろ。そんな裏技ありかよ! って言いたくなったけど、バケモンに常識なんて通じない。
だが、これでこの人が審査で落ちた理由がわかった。コピーはコピー、だから本物にはなれない。それでも指導に関して言えば話が別だ。なるほど、だからできるって言ったのだと理解する。
『通じ合っても素直になれないこの気持ち。君が悪いんだって言って本当の心を誤魔化した』
こうなるとアヤナも本気だよなぁ。
何よりも同じ女性同士、コピーするならアヤナの方がいいのに、小雛先輩が選択したのは俺だ。
それは単純に、アイドルとしてコピーするなら俺の方だと小雛先輩が選択したという事である。
俺はあえてアヤナを煽るために、俺のコピーをしたのだと思ってるけど、アヤナからすれば喧嘩を売られたのも同然だ。
俺から主役を奪うように、初めて歌ってダンスする曲とは思えないパフォーマンスを見せる。
『伝えたい』
アヤナの声とダンスに、ミスミ先生とチャーリーの声とダンスが重なる。
ミスミ先生、普通に歌も上手いな。
それにチャーリーも……。ランウェイの時に悔しい思いをしてから、体力を鍛えていると言っていた事を思い出す。
役者志望だって聞くけど、ダンスや歌も……こいつは化け物かもしれないな。今の時点でもとあ達より……いや、今はパフォーマンスに集中しよう。
『本当の気持ち』
俺のソロパート。少ない言葉に感情を重ねる。
ちゃんとセンターは見てろよとオーディションのメンバーに視線を送った。
『見せたい』
アヤナとミスミ先生、チャーリーのコーラスが重なる。
『素直な私』
小雛先輩のソロパート。こちらも少ない言葉に感情を重ねた。
くっ、言葉が少なくて、ダンスもないパートだと、言葉に感情を乗せるだけだから俺よりうめぇんじゃねえか。それでも俺は仕草とか表情で上回るけど、そこもさっきのパートを見ただけでコピーしてきやがる。
『思うままに、後悔しないように、一歩を踏み出せ!!』
俺とチャーリー、2人のパフォーマンス。
歌はもちろんのこと、ダンスでもお互いの指先の動きがピタリと合う。背筋がゾクリとした。
『GO! GO! GO!』
やべぇ! すげぇ楽しい!!
本当は最初のサビまでって話だったが、俺たちは最後までパフォーマンスをやり遂げた。
「みんなありがとう。最高のお手本だったわ」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございます!」
「ありがとございました」
「ありがとうございました」
おい、嘘だろ、初めて合わせてこれとか……すぐにドームでできるぞ、これ……。
やってみてわかったが、やっぱりアヤナがめちゃくちゃうめぇ。
ただ単にデュエットした時とも違う。
ダンス込みになると、っていうかアイドルっぽい曲になると、アヤナの可愛さが三倍にも十倍にもなるんだ。
「はぁー、疲れた。こんなの何曲もやってるあんたもアヤナちゃんもおかしいんじゃないの?」
小雛先輩はもう一曲だけで満足したのか、すみっこの椅子にぺたりと腰掛けてぐったりとした。
「思ったよりキツかった……です。でも、いい経験になりました。ありがと、あくあさん」
「こっちこそ、チャーリーは筋がいいな。あと覚えるのが異常に早い。ほぼほぼ完璧だったんじゃないか」
俺はお茶のペットボトルをチャーリーに手渡す。
「ごめん。途中……ううん、結構最初の辺から本気のパフォーマンスしちゃった。だからあんまり参考にならなかったかも」
「いや、そんな事ないよ。トップアイドルのアヤナが生で見せてくれた本気のパフォーマンスは絶対みんなに活きるはずだ。普通こんな至近距離から見れる事なんてないからな。ありがとう。本当に助かった」
本当に本気でアイドルを目指そうっていうのなら、このパフォーマンスは脳裏に焼き付いたはずだ。
そしておそらくは一生忘れる事はないだろう。みんなそれくらい本気でやってくれた。
俺は隅っこで休憩する4人にぺこりと頭を下げる。
ありがとうございました!
俺はその後、アヤナと一緒に、みんなのパフォーマンスを見ながら個別に話しかけて指導していく。
女子たちの何人かは積極的にアヤナに指導を求めていたのはいい事だと思う。
その一方で山田丸男君はこともあろうか、小雛先輩に声をかけていた。
「あの……どうやったら俺もあくあさんみたいなパフォーマンスができますか?」
「無理よ無理。あんな化け物のコピーなんて体力いくらあっても無理だから諦めなさい」
「で、でも……」
「でも、もへったくれもないわよ。それよかあんたはまずもっと体力をつけなさい。どう考えてもそこからよ。何をやるにしても基礎、体力ができてない奴に教える事はない! 以上!!」
「わ、わかりました。ありがとうございます……!」
あのー……先輩? 山田君って引きこもりだったんですよ。もうちょっと優しい言い方とか……あっ、はい。会話してあげただけでも私って優しいでしょ。なんですね。うん、わかりました……。もう何も言いません。
「ランニング行ってきます!!」
俺はフォローのために山田君に声をかけようとしたが、山田君はそのまま走りに行ってしまう。
なるほど……どうやら彼に対しては、さっきの対応でも問題なかったみたいだ。
「なんなら人の教え方も教えてあげよっか?」
「くっ……」
何も言い返せない。小雛先輩のドヤ顔を甘んじて受け入れる。
「2人とも今日はありがとう。アヤナも小雛先輩も今日は助かったよ」
「ううん。こっちこそ今日は得難い経験ができたわ。ありがとう、あくあ」
「そうでしょそうでしょ。それがわかったら、もっとこう普段から崇めるくらい感謝しなさいよね。わかったら今度私をご飯に誘いなさいよね!!」
ここに誰かが居たらならこう言いたい。
お分かりだろうか? 健気で可愛いアヤナと小雛先輩、この違いである。
感謝したくても感謝したくなくなってしまうのは俺の気のせいじゃないよな。
「はいはい。それじゃ2人とも気をつけて」
俺は2人と別れると合宿所の中に戻る。
あれ? そういえばチャーリーは、どこ行った?
合宿所の中を見て回ったがどこにも居ない。って事は外にいるのか?
俺はミスミン先生や本郷監督やスタッフの人達に帰る事を伝えると、外に出てチャーリーを探す。
「あっ、こんなところに居たのか、って、どうした?」
「あくあさん、この子……」
チャーリーは真っ白な猫を抱き抱えていた。
「にゃー……」
ん? 声に元気がないな?
よく見ると猫は足を怪我していた。
「これは病院に連れてったほうがいいな」
俺は猫を抱っこしたチャーリーをバイクの後ろに乗せて近くの動物病院へと向かう。
幸いにも怪我はそこまで深刻ではなかったみたいでホッとする。
「あの……あくあさん、本当にいいんですか?」
「ああ。これも何かの縁だ。カノンに相談してからになるだろうけど、俺が飼うよ。ダメならダメで、ちゃんとこの子のために里親を探すから大丈夫。なっ」
実は前にカノンとAV、アニマルビデオを見ていた時に保護猫の話をして、機会があったら保護した猫と一緒に生活してみようかなんて話をしてたんだよな。
俺はチャーリーと別れると、病院でもらった猫バックを後ろに固定したバイクに乗って自宅へと帰宅する。
「ん?」
ちょうど自宅に到着すると、玄関前でまたえみりさんと出会った。
「えみりさん。様子見に来てくれていたんですね。ありがとうございます」
「あ……」
「あ?」
どうしたんだろう? ほんの一瞬だけ、心なしかえみりさんが楓みたいな間の抜けた顔をしたように見えた。
「あっ、えっと……その猫は?」
「あー実は……」
俺はえみりさんに事の経緯を説明する。
「も、もしかして、だけど……あくあ様って……何も聞いてなかったりとか?」
「うん?」
えみりさんの言っている意味がわからなくて俺は首を傾ける。
「よりにもよって1番大事な人に伝えてないとか、登場人物全員ポンかよ……くっそ、ペゴニアさんだけはまともだと思ってたのに、澄ました顔で頭の中は相当浮かれてたって事か。そういうとこちょっと可愛いじゃん」
青褪めた顔のえみりさんがぶつぶつと何やら呟く。どうしたのだろう?
「あー……えっと、とりあえず、猫ちゃんの方は私が預かります。だからその、あくあ様は、カノンに会ってきてあげてください」
「あ、うん、ここ自宅だし、そのつもりだけど……え? 猫、預けるの?」
「はい。責任を持って私が預かるのでご安心ください」
猫を預かる理由がわからなかったが、俺はえみりさんに猫を預けて自宅へと戻る。
も、もしかして、カノンに何かあったんじゃ……!
俺は慌ててカノンの部屋に入る。
「大丈夫か! カノン!!」
「あ、うん……」
心なしか、カノンがいつもより疲れているように見える。
「くっ……わりぃ。俺がちゃんと側にいれば……!」
「あ、うん。でも病院に行くときに、ペゴニアとかえみり先輩が居てくれたから大丈夫だよ」
「病院!?」
俺を心配させないように気丈に振る舞うカノンを見て胸が苦しくなる。
やっぱり、病院に行ったって事は、何か重大な病気にかかってるんじゃ……。
くっそ、しっかりしろ。白銀あくあ!!
きっとカノンの方が辛くて苦しいんだ。お前がドンと構えて受け止めてやれよ!
俺は自分にハッパをかける。
「そっか……大変だったんだな……」
「あくあ?」
「でも、大丈夫。俺がそばにいるから」
俺は優しくそっとカノンの手を掴む。
「俺ならもう覚悟はできてるから」
「あくあ……ありがとう」
カノンの目から涙がこぼれ落ちる。
その時、勘が鋭い俺は、これはきっとものすごい大変な病気になってしまったのだと感じ取った。
「だから言ってくれ、カノン」
「へ?」
「俺なら大丈夫。どんな事があっても支えるから」
「ちょっと待って、あくあ?」
「カノン、ほら、言ってごらん。何があったのか。大丈夫。俺が居る」
「え、あ、うん……赤ちゃんができました」
「そうか……赤ちゃんが……ん? え?」
俺は隣に居たペゴニアさんに視線を向ける。
「コント乙」
知ってるなら最初から言ってくれよおおおおおおおおおおお!
って、そんな連絡聞いてないんだけど!?
いや、もう、そんなのはどうでもいい。
「ありがとうカノン!!」
俺はカノンの頭を抱き寄せてギュッとした。
「あ、うん。私、頑張るね」
カノンとペゴニアさんから一連の話を聞く。
どうやら2人とも突然の事に喜びすぎて、俺への連絡を忘れていたそうだ。
あー、うん……ごめんな。むしろなんか、ごめん。
「というわけで、えみりさん、ありがとうございました」
俺はメアリーおばあちゃんと少し話すと、猫を預かってくれてるえみりさんの部屋に行く。
「えっと……この猫ちゃん。私が飼いましょうか? 少なくとも、カノンの子育てが落ち着くまで私が預かった方がいいと思う」
「あ、うん。それは助かるけど……それなら俺もたまにここに来るわ」
「えっ?」
「あー、いや、えみりさんが迷惑じゃなければだけど……」
「迷惑じゃないです」
即答だった。本当に? って聞こうとする前に、迷惑じゃないです。ともう一回言われた。
うん、それなら甘えちゃおうかな。
「これに関しては俺が養育費も払うし、空いてる時間に俺もちょくちょく面倒見に来るよ」
「わかりました。それならこれ……」
俺はえみりさんから、部屋の合鍵を貰う。
い、いいのかな? 独身のこんな綺麗で清楚なおっぱいの大きなお姉さんから合鍵なんてもらったら、大抵の男子高校生はいけない妄想をしてしまいそうだ。
ま、まぁ、大丈夫だよな。
「それじゃあ、またちょっとカノンのところに行ってきます」
「うん、それなら私も事情の説明のためにもう一度カノンのところに行きます。念の為に猫ちゃんの事とか言っておいた方がいいだろうし」
「あーうん、そうですね」
俺とえみりさんは部屋を出ると、カノンのいるところへと戻った。
すると何故か琴乃に叱られてる楓がいたけど、またなんかやらかしたのかな?
え? 国営放送の人に妊娠がバレた?
あー、うん。それなら別にいいよ。どうせどっかで言わなきゃいけないだろうし。
どのみち、国営放送で記者会見くらいはするだろうなと思ってたしね。
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