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白銀あくあ、サンタクロース生活2日目。

 ベリルのクリスマスキャンペーンで愛知県に来た俺は、空港でひつまぶしを食べた後に、前日入りしてくれていたスタッフの人達が用意してくれたロケバスに乗って目的地である豊田市へと向かう。


「あくあさん、そろそろカメラ回しますね」

「はい!」


 昨日は阿古さんが同行してくれたけど、今日の俺の相棒は琴乃だ。

 琴乃はとあの元専属マネージャーだったけど、今はとあのマネージャーと統括マネージャーを兼任している。

 それもあって阿古さんが同行できない時は、基本的に俺は琴乃かしとりお姉ちゃんのどちらかと一緒にいる事が多い。

 その代わりといってはなんだけど、とあには新人の愛華ちゃんが同行していると聞いた。

 阿古さんや琴乃からの評価が高く、俺やみんなからの評判が良い愛華ちゃんは、今やってるアクアリウムのオーディションで合格したメンバー、誰かのマネージャーを担当する事が決まっている。

 あっちはあっちでどうなってるのか少し心配だが、今は自分のやる事に集中するか。


「それではあくあさん、こちらがキャンペーンの当選者からのお手紙になります」

「はい!」


 琴乃からお手紙を受け取った俺はそれをカメラに向かって読む。


「えーと……実は白銀あくあさんにお願いがあって、このお手紙を書きました。私は豊田市にある中高一貫の学校で教師をしています。12月25日、私達の学校に在籍している中等部と高等部の生徒達が町内会の人達と協力して、地元の児童養護施設の子供達や老人ホームに入居されているお年寄りの皆さんとクリスマス会を通じて交流をする予定です。よかったらそのイベントにサプライズで出演してくれませんか? 頑張った生徒達にもご褒美になればと思い応募しました。だそうです。いいですね。それじゃあ行きますか?」

「はい。それでは、その前にですね、あくあさんにはこの衣装に着替えて欲しいんですよ」

「ん? こ、これは……!」


 俺は琴乃から衣装の入った袋を受け取ると、中に入った衣装と台本を見て納得した。

 なるほどね、そういう事か……。


「わかりました。任せておいてください!」


 それから暫くして目的地である学校に到着する。どうやら、ここの食堂でクリスマスのイベントをしているらしい。

 スタッフのみんなにはロケバスから出てもらって、俺は手渡された衣装に着替えた。

 手渡された衣装がミニスカサンタだったらどうしようと思ったが、これなら問題ない。むしろ着慣れているし、しっくりくる。


「完璧です……! これなら無事もアピールできるし、暴走も抑圧できるし一石二鳥ですね」

「無事? 暴走?」

「あ、いえ、なんでもありません。コホン……こちらの話です。それじゃあ行きましょうか」

「はい!」


 俺は頭に被せたサンタクロースの帽子が落ちないように押さえつつ、今回のイベントが行われている食堂のそばまでやってくる。


「やってますね」


 俺は誰か気がついてくれないかなと、食堂の入り口から顔を出して中をじっと見つめる。

 いきなり入ってもいいんだけど……おっ! 学生服を着た女の子と目が合った。

 俺が女の子に向かって手を振ると、女の子はフリーズしたかのように俺の事をじっと見つめる。

 かわいいなぁ。中学生くらいかな? 同じツインテという事もあって、最愛の妹であるらぴすの事を思い出す。

 ああ……俺のらぴすは合宿所で周りの子達とうまくやれてるのか心配になってきた。


「え?」


 あ、フリーズしていた女の子に向かって色々とハンドサインを送っていたら、別の女の子が俺に気がついて小さく声を出した。それもあって、違和感に気がついた人達が、こちらへと次々に視線を向ける。

 よし、タイミングとしては完璧だ。俺は隠れるのをやめるとみんながいるところへと歩き出す。


「きゃあ!」

「ヘ、ヘブンズソードだ!!」

「嘘でしょ!」

「え……ヒーローショーか何かのやつ?」

「うっ、うっ、うっ……生きてた、ヘブンズソードが、剣崎が……生きてる……!」

「え? え? え? ほ、本物?」

「いやいや、流石に本物のわけないでしょ」

「本物がここに来るわけないって」


 ヘブンズソードのスーツを着た俺は言葉を発さずに手を上げて声援に応える。

 まさかみんな本物が来てるなんて思わないだろうなぁ。


「皆さん、おはようございます! 中部テレビです」


 俺の代わりに同行したスタッフのお姉さんが、みんなに向かって嘘の情報を説明する。

 地元の夕方のニュースでこのイベントを流すからという理由でカメラで撮影している事をごまかし、実はそのためにわざわざ本当に現地のテレビの人に協力してもらっているのだから本格的だ。

 ちなみに琴乃はファンの人にも知名度があるらしく、俺が本物だとバレるといけないという理由から、ロケバスで映像を見ながら待機している。


「今日はクリスマス会を盛り上げるために、学校の先生からのサプライズプレゼントという事で、皆さんと、生徒さん達のためにヘブンズソードに来てもらいました!!」


 俺はスタッフさんの言葉の後に、おかいつのポーズをして場を温める。


「わっ、おかいつだ!」

「ぽい! 本物ぽい!」

「中の人、おかいつ上手!」

「おかいつの完コピすごい」

「これは相当、おかいつの練習してる人だと思う」

「あー、これは7話のおかいつですね。わかります」

「これは剣崎ポイント高いですよ」

「うっ、うっ、うっ、やっぱり剣崎は死んでなかったんだ! ずるっ……」


 ぽいじゃなくて本物なんだなぁ。

 あと、おかいつの練習って何!? 7話のおかいつって、話によっておかいつ違うかったっけ!?

 サービス精神旺盛な俺は、天我先輩から教えてもらった、俺が剣崎のために考えた最高にかっこいいと思うポージングを決める。


「こんなポーズあったっけ?」

「いや……なかった気がする」

「神代じゃない? それっぽい」

「かっこいい剣崎はそんなポーズ絶対にしないよ」

「お姉さん……色々やってくれるのは嬉しいけど、ちゃんとヘブンズソードしよ?」

「普段はヒーローショーでポイズンチャリスをやってる人なのかもね」

「これがバタフライファムのポーズなら捗ったのに……」

「今のはマイナス剣崎ポイントです」

「うっ、うっ、うっ……やっぱり、剣崎は……ぐすぐす、うわぁん!」


 あれー? 俺が思ってた反応と違うんだけど……って、泣いてる子、大丈夫?

 情緒不安定になってない? 抱きしめてヨシヨシしてあげたいけど、流石にやったらバレるかな?


「ふぇっ!?」


 俺は泣いている女の子に近づくと、抱きしめて優しく頭を撫でる。

 女の子が目の前で泣いているのに、バレるかもしれないからという理由でやらないという選択肢は俺の中にない。

 俺の名前は白銀あくあ。石橋を叩かずに全力疾走で突っ切り、引いて開けるタイプの扉だって押してこじ開けるのがモットーだ。


「う、うらやま……」

「もう偽物でもいいです。女の子でもいいです。結婚してください」

「今の剣崎ポイント高いよ!!」

「あれ……? こ、これ本物じゃ……」

「いやいや流石にないでしょ」

「よく見なくても身長高いし、体格もいいし、あ、あれ?」

「待って。今、隣をすれ違った時にすごく良い匂いがしたんだけど……」

「あわわわわわ、こ、この引き締まった魅惑のヒップラインは……!」

「ヒーローショーのスーツって今、こんなにリアリティあるの?」


 やば、調子に乗ったらバレそうになってる。

 俺は女の子が泣き止んだのを見て離れると、入り口に残っていたスタッフに合図を送った。


『オトコダ オトコハ イルカー?』


 食堂のスピーカーに流れるチジョーの声。

 それに合わせて一般のチジョー達が食堂に現れる。


「うわああああああああ!」

「きゃああああああああ!」

「ヒーローショーだ! ヒーローショーが始まった!」

「しっ! こういう時は作品に出ている気持ちで、素直に一般市民役を演じるのよ!」

「助けてヘブンズソード!」

「助けを求めるのが早いって!」

「SYUKUJYOになった気持ちで参加します!」

「剣崎のお兄ちゃん頑張って!」


 あ、うん。なんか、すごくノリが良くてちょっとびっくりしたけど、楽しんでくれてるのなら素直に嬉しいよ。


『チジョー! こんなところにまで現れて、みんなのクリスマスを邪魔するつもりか!』


 食堂のスピーカーに流れる俺の声。

 12月のヒーローショーに合わせて提供した俺の音声だ。


『ヘブンズソードダ! タオセ!!』


 スピーカーから1期のOP曲であるnext roundが流れる。

 俺はそれに合わせて、即興でチジョー達と華麗なアクションシーンを披露した。

 すげぇ。みんなプロだから安心してくださいと言われてたけど、チジョーの人達は俺のアクションに合わせてちゃんと動いてくれる。これならもっと派手にしても大丈夫そうだ。


「うわぁ……」

「え? 待って、今のヒーローショーやばくない?」

「アクションがガチすぎて震えてる」

「いやいやいや、明らかにヒーローショーのクオリティじゃないでしょ!?」

「ケンジャキ、がむばれー!」

「もうこのヘブンズソードでいいです。結婚してください」

「え? え? え? これってもしかして……」


 音楽の終わりに合わせて俺はバク転して見事な着地を決める。

 それを見たみんなから大きな拍手が送られた。

 だが、即興のヒーローショーはここで終わらない。


『サスガハ ヘブンズソードダ!』


 再び入り口から見覚えのあるデザインのチジョーが出てくる。

 デカ・オンナー……久しぶりだな。

 そういえば、前もヒーローショーを手伝った時にデカ・オンナーと戦ったけど、もしかしたら人気なのか?


『シカシ コレナラドウダ!!』


 デカ・オンナーの指示で起き上がったチジョー達が、食堂にいたみんなを人質に取る。


「きたあああああああああああ!」

「最近のヒーローショー、ほんとしゅごいぃ……」

「これ、私、ヒロインになっちゃいました!?」

「朝にみんなでヘブンズソード見て、こうやってヒーローショーで人質に取られて、最高かよ」

「なむなむ……冥土の土産に良い思い出をありがとうねぇ」

「たしゅけてぇ! ケンジャキのおにーちゃーん!」


 心なしか人質に取られて嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか? 気のせいだって事にしておこう。


『卑怯だぞ。デカ・オンナー!』

『ヒキョウデ ケッコウ! サァ! ヒトジチヲ タスケタカッタラ ソノヘンソウヲトイテ ショウタイヲ ミセロ!!』

『……良いだろう。その代わり、俺が正体を見せたら、人質を解放して俺と正々堂々と戦え!』


 俺はそういうと、頭に被っていたヘルメットをゆっくりと上に持ち上げる。


「え? え?」

「待って。ねぇ、ちょっと待って!!」

「あ、あ、あ……」

「嘘……でしょ?」


 俺はヘルメットを脱ぐと、すっと横から出て来たスタッフさんにそれを手渡す。

 このスーツはヒーローショー用の借り物じゃなくて、ガチの本物だ。

 だから床にヘルメットを落とすと突起部分が破損する可能性がある。

 流石に壊したら本郷監督が泣きそうなので、ここは丁重に扱っていく。


「うぎゃああああああああああああああ!」

「ぐわあああああああああああああ!」

「本物だぁあああああああああああああああ!」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

「とりあえず拝んどこ……」

「最高のクリスマスプレゼントきちゃああああああああ!」

「え? え? 生の剣崎やばくない?」

「待って、本物カッコ良すぎる。こんなの見せられたら、身体がテレビ越しの剣崎に戻れなくなっちゃうよ……」

「あのアクションは本人が演じてますっていうの、本当だったんだ」

「顔、ちっちゃ! 本物しゅごい……」

「やはりあのヒップラインは本物。ええ、私は最初からわかってましたよ。この尻ソムリエの目は誤魔化せませんから」

「明らかにスーツのクオリティが違ってた。ええ、ドライバーヲタの自分は気が付いてましたよ」


 わかっていたのに黙ってくれていた人はありがとう。

 それにしても尻ソムリエって何? 野菜ソムリエとかならまだわかるけど、そういうのとは明らかに違う気がする。

 そういえば、楓もソムリエの資格持ってるっていってたけど、何のソムリエの資格なんだろう。今度聞いてみようかな!


「デカ・オンナー……お前にまだ未練があると言うのなら、その心残り、ここで断ち切ってやろう」


 今度は今日から使われている新しいOPの曲が流れる。

 再び派手なアクションシーンを披露しつつ、急遽手渡されたマイクで生歌も挟んでいく。

 最後はデカ・オンナーを抱きしめてフィニッシュだ。


「ん?」


 デカ・オンナーを抱きしめた瞬間、スーツの中に隠された大きなモノの感触に既視感を感じてしまう。

 スーツ越しとはいえ、この膨らみの当たり心地は知っている感触だ。

 ま、まさか、中に入っているのは琴乃か!? 外で見ていると言ってたけど、これにはちょっと驚いた。


「お母さんが……いや、剣崎総司が宣言しよう。お前のそのコンプレックスごと、俺の愛で包み込んで見せるとな」


 あれ? デカ・オンナーが急にぐったりした。

 大丈夫か琴乃? 心なしか頭から湯気が出てるような気がするけど、俺の気のせいかな?


「あ、あの、デカ・オンナーの中身って……」

「はい、姐さん死んだ。今、確実に死んだよ」

「姐さん、なもなも」

「姐さんは報われていい。おめでとう。これがホゲか捗ってる奴ならペットボトル投げてた」

「あ、あ、あ、私も178cmあるからわかる。今の言葉は確実に殺し文句」

「私も身体が大きくて、昔から男の人に馬鹿にされたけど……なるほどねぇ。この身体ごと愛してくれる人を見つけたらよかったのね。ありがとう……」

「もう剣崎は希望者全員と結婚してくれないかな。同居してくれとか、子供が欲しいとか言わないから、書類上、結婚した事実だけで生きていける」


 とりあえずサプライズは成功かな。

 俺は琴乃の復活を確認してから立ち上がると、みんなに向かって改めて挨拶をした。

 その後はみんなにクリスマスプレゼントを渡して、握手したりサインを書いたり、一緒に写真を撮影したりする。


「本当にありがとうございました!」

「こちらこそ。先生、みんなが喜んでくれてよかったですね」


 俺は依頼主だった先生にお礼を言うと、ロケバスに乗って次の現場へと向かう。


「はい。それでは次のお手紙がこちらです」

「えーと、初めまして。実は12月25日に、地元の人達が集まって年一の草野球大会をしています。実は私達のチームはライバルチームに13年負け越していて、まだ勝った事がありません。よかったら少しでいいから応援しに来てくれませんか? なるほどね」


 そういえば、ゆうおにの1話で野球やったなあと思い出す。

 あの時は自分でもホームランが出て驚いた。あれはきっと風が味方してくれたんだろうと思う。


「それじゃあ行こうか」

「はい!」


 それからそう時間がかからずに目的地に到着すると、俺は上からフードのついたジャンパーを被り、できるだけバレないようにコソコソと野球が行われているグラウンドへと近づいていく。


 おお!


 スコアを見ると9回裏で6−3だったが、2アウト1、2塁、ここで長打を打てば一打同点のチャンスだ。

 周りの人が試合に集中してた事もあって、誰もこちらに気がつく様子もない。そのおかげもあって、バレる事なくグラウンドに近づく事ができた。

 それにしてももう9回裏か、思ったよりギリギリになっちゃったな。もう少し遅かったら確実に間に合わなかったと思う。


「きゃー」

「やったー!」


 あ、打った。惜しくも相手チームのファインプレーもあって、シングルヒットになってしまったけど、それでも満塁だ。白熱してるなあ!

 俺は手紙を送ってくれたベンチの方へと視線を向けるが、何かあったのか多くの人がベンチに集まっていた。

 どうしたんだろう? 俺は何が起こっているのか確認するために、ベンチに近づいて耳を傾ける。


「くっ……せっかくここまで来たのに」

「キャプテン、もう限界です! 無理しないでください」

「さっきの守備の時に、すまない」

「謝らないでください! キャプテンのファインプレーがあったから3点差で済んだんです!」


 なるほど、次のバッターはキャプテンだけど、どうやら表のプレーで負傷したみたいだ。

 一目見てわかるほど、小指がまずい方向に曲がってる。はっきり言って、誰がどう見てもプレーの続行は不可能だ。

 ベンチの違和感を感じ取ったのか、球審がベンチの方に近づいてくる。


「すみません。大丈夫そうですか? 難しそうなら棄権という形で終わらせますが……それか、代打を出すか。本当はダメなんですけど、相手のチームさんもこんな形で終わるのは嫌だって、誰か見に来ている知り合いの人とか、試合を見てる人で打てそうな人がいたら代わりに立ってもらっていいって伺ってます。誰か、代わりになれそうな人はいますか?」


 みんなが顔を見合わせる。

 どうしようかと悩んでいるようだ。


「ねぇ。誰かいる?」

「うちの娘はまだ3歳だから無理……」

「私のお母さんも昨日、腰やったばっかりだからなあ」

「おばあちゃんなら……」

「妹って言いたいけど、うちの妹、超絶運動音痴なんだよね」


 なるほど、どうやら代打は代打で人がいないようだ。

 ここは少し予定とは違うけど、いいかな? 俺は琴乃に目で合図を送る。

 琴乃が首を縦に振った事で許可を得た俺は、フェンスの扉を開けてベンチの方へと歩いていく。


「それじゃあ、代打、俺でいいかな?」


 俺がそう声をかけると、神妙な顔で俯いていたみんなが一斉にこちらを見た。


「え、あ……ええっ!?」

「は?」

「ちょ、ま……な、なんでここに!?」

「け、ケンジャキが生きてた!!」

「あくあ様、え? 本物? えっ……?」


 びっくりした顔をするみんなに笑顔を返すと、俺は審判さんの方に目線を向ける。


「悪いけど、相手のチームの人に、俺が代打でもいいかって聞いてきてくれる?」

「え、あ、はい……! 今、すぐに!!」


 審判の人が相手チームに聞きに行っている間に、俺は負傷したキャプテンへと近づく。


「お手紙ありがとう。応援しにくるのが遅れてごめんね」

「い、いえ! その、ありがとうございました!!」

「怪我、大丈夫……って、大丈夫なわけないか。痛いのによく頑張ったね」

「あ、う、い、痛みなら秒で吹き飛びました!!」

「ははは、無理しないで。手紙では応援して欲しいって言われてたけど、こういう形になっちゃっても大丈夫かな?」

「もちろんです!!」


 俺の存在に気がついたのか、対戦チームやグランドを見守っていたお客さん達がざわめき出す。


「すみません。お待たせしました。代打、大丈夫だそうです! その代わり、あの時の! ゆうおにの一也お兄様の時みたいに本気でやって欲しいとの事です!!」

「了解!」

「それじゃあ、コールしたら出て来てくださいね!」

「はい」


 俺はジャンバーを脱ぐと近くにいた琴乃に手渡す。


「うわあああああああああああああ!」

「本物だあああああああああ!」

「なんであー様が、こんな草野球なんかに!?」

「やっぱり剣崎、生きてたんだ……私は最初から信じてた」

「これ完全にゆうおにの1話じゃん」

「まさかの生の一也お兄様が見れるなんて嬉しい!!」


 俺はネクストバッターズサークルに立つと軽く素振りをして精神を集中させる。

 いいか。よく聞け俺。俺は誰だ? 俺はアイドル、白銀あくあだ。

 俺の憧れたあの人は、こういう時、絶対に打っていたよな。

 誰かの希望に、願いに応えてこそのアイドルだ。

 だから自信を持ってバットを振れ。バットを振らなきゃボールは前に飛ばない。

 野球は飛んでくるボールをバットで前に弾いて、走り出す競技だ。

 俺の人生だってそうじゃないか。常に前に進んできた。前に行け。前だけ見てろ。俺は打つ。絶対に打つ。

 ここで打てる奴が本物だ。俺は、本物になる。誰もが憧れたあの人みたいに、俺はみんなの期待に応えるアイドルでいたい。それが俺の理想とするアイドル、白銀あくあだ。


「えー、負傷したキャプテンに代わりまして、代打、白銀あくあ選手。代打、白銀あくあ選手です!!」


 完全にゾーンに入った。自分でもわかる。

 俺はバッターボックスに立つとバットを構えた。


「プレイ!」


 目の前のピッチャーが投球モーションに入る。

 行けるぞ。自分にそう言い聞かせて目の前のボールに集中する。

 まっすぐと伸びてくるストレート。


 捉えた!


 バットを振った瞬間にそう確信する。

 しかしボールが俺の手元で内側に切れ込んできた。


 しまった!


 俺が打ったのはストレートではなくカットボールだった。


「ファール!」


 気持ちの入ったいい球だった。

 俺は再びバットを構える。


「ボール!」


 際どいコースに思わずバットを振りそうになったが堪えた。

 ゾーンに入り込みすぎて、気負いすぎるなよ俺……!


「ストライク!」


 次の球もカットボールだ。相手ピッチャーのカットボールは俺のバットを掠めてミットに収まる。

 自信をもって投げてきてるのを見ると決め球なのだろう。


「ボール!」


 カウントが有利だったので相手のピッチャーは際どいところを狙ってきたが、少し握りが甘かったのかストライクゾーンの外に飛んできた。


「ファール!!」


 ここで決めようと相手のピッチャーは渾身のカットボールを投げてきたが、なんとか当ててファールで凌ぐ。

 徐々にだがタイミングはあってきている。


「ファール!」


 俺の打ったボールの軌道が少し外に切れる。

 よし! 今のは惜しかったぞ!!


「ボール!!」


 カウントを追い込む。

 9回裏、2アウト満塁、フルカウント。

 さぁ、野球を楽しもうじゃないか。

 顔を上げろ。前をむけ。きついのは相手のピッチャーも同じはずだ。

 ほんの一瞬だけ、ピッチャーと目が合う。

 するとピッチャーは俺に向かって、カットボールの握りを見せる。

 なるほど……それなら俺はホームラン宣言で返すまでだ。

 お互いにこの一球に、この一打に全てを懸ける。


「あくあ様、頑張って!!」

「大丈夫! カットボールまだ捉えきれてないよ!!」

「お願い。あー様、打って!」

「あくあ君を抑えて勝とう!!」

「どっちも頑張れー!!」


 相手のピッチャーは振りかぶると、キャッチャーミットに向かって会心の球を投げ込む。

 見極めろ! 変化の幅に対応するんだ!!

 全てがスローモーションになる。

 集中の極致、相手の変化の角度を見て振り始めたバットを微かに軌道修正して、ボールにバットをぶち当てた。

 ほんの少しだが体勢が崩れる。軌道修正をした時にフォームが乱れたのだろう。


 うおおおおおおおおおおおおおおお!


 あまりカッコのいいホームランではないかもしれないが、もう、ここまできたら後はパワーで持っていくしかない。

 楓も言っていた。パワーこそが正義、パワーは全てを解決する、鍛えた腕力と筋肉は裏切らないって!!

 全てのRPGにおける答え、レベルを上げて物理で殴る。それと同じだ。多少反則くさいけど、もうここで決めるしかない。いけえ!!


「やったあああああああああ!」

「ホームランだ!」

「うわあああああああああ!」

「惜しかったー!」

「ピッチャー、顔上げてー!! 良い球投げてたから! 恥じるな〜!」

「どっちのチームも頑張った!」

「すげぇ。最後のクオリティ、草野球レベルじゃなかったぞ」


 俺はベースを回ると、出迎えてくれたチームのみんなとハイタッチする。

 はっきり言って打てたのは本当に奇跡だ。打ち取られたっておかしくない。

 今になって、本当に打ててよかったなと思う。


「ゲームセット!」


 チームのみんなに混ざって礼をした俺は、相手のピッチャーのお姉さんと握手する。


「最後のカットボールすごかったです。パワーで無理やり打ったけど、貴女の勝ちでしたよ」

「ううん。打たれたのだから私の負け。ありがとう。本気で戦ってくれて」

「こちらこそ。突然の代打だったのに応えてくれてありがとう。今日、クリスマスプレゼント持ってきてるから、よかったらそちらのチームの皆さんも受け取ってください」

「うん。わかった。みんな喜ぶと思う。ところでさ、さっきのボール欲しいんだけどいい? できればサインも入れて欲しいな」

「いいですよ」

「やった! それじゃあ川上さんへって書いてくれる?」

「もちろん!」


 俺はサインボールを書いたり、ユニフォームにサインしたり、最後は両チーム合わせて全員で写真を撮ってその場を後にした。


「お腹すいた……」

「ふふっ、お疲れ様です。それじゃあそろそろ、どこかでお昼ご飯食べましょうか?」

「そうですね」


 再び走り出すロケバス。

 お店の多い駅前に向かうために大通りにでたら、道路に立っていた看板が目に入る。


「ん? メロメロの公開収録? メロメロって、大阪の番組じゃなかったっけ?」

「あー、実は大阪の局とうちの局の共同制作なんですよ。それで年に何度かこっちで公開収録してるんですけど、今日はそこの文化市民会館でやってるみたいですね。うちのお偉いさんも行ってるって聞きました」

「へぇ〜。それならちょっとご飯食べる前にお礼しに行こうか。見知った顔も出演しているみたいだしね」

「え?」


 みんな、本当にって顔してたけど俺は本気だ。

 ロケバスを裏口につけてもらった俺達はそのまま建物の中に入ると、スタッフの人にアポイントメントを取ってもらって楽屋のある区画へと足を踏み入れる。

 すると番組のプロデューサーの人が、こちらのテレビの偉い人と一緒に立っていた。


「あの……もしよかったらですけど、あと20分くらいしかないんですが、少しでいいんで、このまま生放送に出て貰えませんか? 司会の海沼さんが、あくあさんの強烈なファンなんですよ……」

「あ、いいですよ。ってこれは俺が判断する事じゃないか」

「ふふ、いいですよ。あくあさんがしたいのなら、私達は止めませんから」


 というわけで許可が出たので、俺は舞台袖からそっとステージを覗く。

 すると司会の海沼さんと視線が合った。

 海沼さんは一瞬だけギョッとした顔をしそうになったけど、俺が唇に人差し指を当てた事でグッと堪えてくれる。


 おっ、いたいた。


 知り合いを見つけた俺はしゃがんでセットの物陰に隠れるようにしてステージに入る。

 俺は海沼さんとタイミングを合わせるようにして立ち上がると、彼女の目を両手で塞いだ。


「きゃっ!? 何、何!?」


 可愛い反応だ。これがどこかのKY先輩だと、ぎゃーって汚い声で叫んでるんだろうな。

 そんなKY先輩と仲がいいのはいいけど、頼むからああいう先輩には似ないで欲しいと心から願う。


「うわあああああああああああああ」

「ぎゃあああああああああああああああ」


 突然、俺が現れた事でステージを見ていた観客席が大きくどよめいた。

 それに対して、司会の海沼さんが静かにしなさいと一喝して黙らせる。

 流石大御所、一瞬で静かになった。


「だーれだ?」

「えっ、あ……この声は、あくあ!? なんでここにいるの!?」


 俺は彼女の顔から手を離すと、笑顔で話しかける。


「元気?」

「元気? じゃないわよ! こんなところで何やってんの!?」


 ははは、相変わらず、アヤナはかわいいな。

 ドッキリ成功だと俺はスタッフに急遽渡された看板を持ち上げる。

 俺はそのまま隣の席に視線を向けると、直接面識があるわけではないけど挨拶をした。


「あ、葉さん。どうも今朝ぶりです」

「ああそうだね。今朝ぶりか。と言っても、あのシーン、共演したわけじゃないんだけどね」


 この番組は、初代ドライバー役の藤木葉さんがレギュラーを務めている。

 狙ってたわけではないが、まさかのミラクルに会場が沸く。


「テレビの前の皆さん見てますか? 初代と今のドライバー、なんと両方います! この番組、大丈夫? まさかもう来年の制作費、全部使い込んだんとちゃう!?」

「あるある。気がついたら私達のギャラが10分の1くらいに目減りしてたりしてね。実は今日の仕事のギャラも手羽先一本でるかでないかなんですよ。さっきもね。控え室に鰻重があって喜んだら、それはお偉いさんやプロデューサーの弁当で、私たちのは海苔弁だって言うんですよ! せめて味噌カツ弁当くらい食わせてくれたっていいじゃないですか。まぁそのおかげで、あくあ君が来てるんならいいんですけどね」

「ええんかい! まぁ、あくあ君の出演費賄うためなら、この人の出演費はいくらでも削ってもらって大丈夫ですから」

「ちょっと待ってよ。私だけ? そこは2人で折半にしようよ〜」


 司会2人の掛け合いに会場がドッと笑う。

 俺はその間に横から出てきたスタッフさんが用意してくれた椅子に座る。

 今頃これを見た阿古さんがご飯噴き出してないといいなあと思いつつ、俺は会場に来ているお客さんに向かって笑顔で手を振った。

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