鞘無インコ、人を笑顔にする仕事。
私の名前は樋町スミレ。
株式会社BIRD Leaderが運営する事務所、ホロスプレーに所属しているVtuberの1人、鞘無インコの中の人をやっている。
おしゃべり好きの私にとってこの仕事は天職だったのか、気がついた時には人気のVtuberの1人になっていた。
そうしてVtuberとして成功した私は、多くの地方メンバーが本社のある東京に集結する中、いまだに関西の実家で家族と一緒に暮らしてる。
会社からはインコさんは一期メンバーなんだから、そろそろ東京に引っ越してくださいよって言われているが、生活能力のない私に1人暮らしとか絶対無理だ。
飯を買いにいくために着替えて外に出るのも面倒くさいし、かといって飯とかどうやって作るのかがそもそもわからない。それこそ私が家庭科で作ったホットケーキなんか、チョコパンケーキになってたレベルだ。
「ふぁ〜、腹減った〜」
私はめくれたタンクトップを整えると、ボサボサになった髪を整える。
とりあえず、下に行ってなんか食うかー。
おかんは5時起きやし、もう起きとるやろ。
そんな事を考えつつ、お布団から出るのが面倒くさいので携帯をポチポチする。
「すみちゃーん! ベリルからなんか届いてるわよー」
「なんやて!?」
私は掲示板を見ていたスマホを布団の上に放り捨てると、慌てて階段を降りる。
「すみちゃん! 女の子なんだからガニ股で階段をドタドタ降りちゃダメでしょ!」
「わ、わかってるて! おかん、それよりベリルからの荷物は?」
「はい、これ」
「ほんまや!!」
私はおかんから荷物を受け取ると……って、でっか!!
封筒とか小包かと思ったら、普通に段ボールやないか!
「玄関の所に置き配してて、ほんま、びっくりしたわ。もー」
「あ、あはは……」
段ボールをおかんから受け取った私は、急いで階段を駆け上がる。
「って、もうっ! また、そうやって足開いて! ちゃんと朝ごはんまでに服も着替えて髪も整えてくるのよ!」
「はーい」
生返事で部屋に入った私は、ベリルから送られてきた段ボールを……っと、その前に撮影や!!
一応、念の為に開封動画とっとこ! 私はとりあえず床のもんを全部端っこに寄せて、比較的綺麗めな場所でカメラを向ける。っと、その前に手袋つけなあかんな。
Vで実写動画作る時は、極力、生の部分は隠すようにと会社から言われてる。
準備ができた私は録画ボタンを押す。
「あかん。みんな聞いてくれ! ベリルがなんか段ボールでブツ送ってきたで!!」
私はテンションを上げると、頭の中にリスナーを想像しながら独り言で撮影を始めた。
他人から見たら滑稽かもしれんけど、動画作ってると嫌でも慣れてくる。
「とりあえず普通の箱やけど……」
私はカメラを構えたまま段ボールに近づくとクンクンと匂いを嗅ぐ。
もちろん普通の段ボールの匂いしかしない。
「いや、ちゃうねん。もしかしたらワンチャン、あくあ君の匂いがするかと思ったけどそんな事なかったわ。まー、そもそも私、あくあ君の匂い知らんしな」
私は段ボールをジロジロと観察する。
すると箱の横の部分にベリルの文字が入ってるのを見つけた。
「おい! みんな、見てくれ!! ここ……ベリルエンターテイメントって入ってる……って、これ、あくあ君のサインとメッセージやんけ!!」
よく見るとそこには、あくあ君の字で、メリークリスマスと書かれていた。
うわ、これ、ダンボール綺麗に開けよ。もう少しでいつもみたいにぐっちゃにして開けるところやったわ。
「ちょっと待ってな」
私はカメラを置くと、カッターを探すが部屋が汚すぎて見つからない。
仕方ない、ここはおかんに借りるしかないか。私はまた階段をドタドタと音を立てて降りる。
「おかん、カッターない?」
「すみちゃん、また? 普段からちゃんと掃除しなさいって私、言うとったでしょ!」
「ごめんて。それは後で聞くから!」
「そうやってこの前も後や言うて! お母さんすみちゃんに物貸すの今月だけで、もう3回目やで!」
「だからわかったって! 今、撮影中やねん」
「撮影中? あんま大きい声出してご近所さんに迷惑かけたらあかんよ! ここら辺のご近所さん、みんなすみちゃんがブイなんちゃらっての、ほら、あの可愛い子の声優さんかなんかやってるって知ってるんやさかい」
「わかってるって……恥ずかしいなぁもう」
ていうか、おかんの声が1番でかいわ! 三軒先の節子のおばさんにもおかんの声が聞こえとるで。
私はおかんからカッター借りると、自分の部屋に戻って段ボールを丁寧に開封した。
「それじゃあ開けるで!」
私はカメラを向けながらゆっくりと段ボールの蓋を開く。
するとそこには……更なる箱が入っていた。
「なんでや!」
思わず突っ込んだが、よく見るとただの箱やない。
ゲームのタイトルと4人の写真とサインが入った特別バージョンの綺麗な箱だ。
って、ゲーム!? これ、あれやん。うちの事務所が、発売前からゲーム発売したら配信できないかベリルに聞いてるやつやんけ!!
「おい、みんな。ベリルからゲーム送ってきたで……」
私は震える手で段ボールからゲームの入ったであろう大きな箱を取り出す。
段ボールと箱のサイズぴったりだから取り出す時に、めちゃくちゃ気を遣った。
「それじゃあ改めていくで」
私はカメラを回しながらゆっくりと箱を開ける。
ワクワクした気持ちで箱をあげると何か大きな物が入っていた。
「なんやこれ……鞄?」
1番上に入ってたのは鞄だ。
シンプルな黒の帆布トートバッグをよく見ると、白地でBERYL ENTERTAINMENTという文字が入っている。
「って、これベリルの鞄やんけ! ほら、みんなこの紙見て。ベリルのマネージャーにだけ支給される特別な鞄やて!!」
うおーっ、最初からテンション上がってきた!
そういえばゲームの主人公って、ベリルの新人マネージャーだっけ。
次はなんだろうと私は箱の中を漁る。
「うわ、これやば……」
私は箱の中から取り出した物を勿体ぶったようにカメラに映す。
「みんな、見て! これ……ベリルの社員証とストラップ付きのケース。それもこれ……うちの顔写真と名前が入っとるやんけ。え、やば……」
もちろんうちの名前と顔写真と言っても鞘無インコの方だ。
それでもうちはもうインコとは切っても切れん関係だし、一心同体というか、もう1人の自分やから素直に嬉しい!
「他にピンバッジやろ。スタッフTシャツとジャンパーもあるやん!! うわ、これ東京の本社に行く時にジャンパー着て、他の奴らに自慢したろ!」
私はTシャツやスタッフジャンパーを広げて、見ている人にわかりやすいように撮影する。
その時に私は、Tシャツにサインが入っている事に気がついた。
「って、よく見たらこれ、スタッフTシャツにあくあ君のサイン入っとる!!」
段ボールと箱のサインは印刷だろうけど、こっちは間違いなく生の直筆だ。
しかも鞘無インコさんへって書いてある!!
「うわー。嬉しいなこれ。飾っとこうかと思ったけど、ゲームする時、これ着てするわ。いや、ジャンパーの方がやっぱええか。これ、汗かいたら洗えんし……」
私はさらに箱の中を漁る。
「手帳あるやん。それと名刺ケースも!」
手帳はベリルのマネージャーに配られる奴とおんなじ奴らしい。
名刺ケースはよく見ると中に名刺が入ってた。
「まじか。みんな見て! これ、名刺にも私の名前と写真入ってるやん。新人マネージャーやって! しかもあくあ君のマネージャーや!! うわ、これもう一緒やん。一緒の職場で働いとると言っても過言やないで」
はっきり言ってもうこれだけで満足だ。
それなのに箱の中にはまだある。
「ベリルはやりすぎや! みんなこれ見てくれ、弁当のセットやで。ランチボックスに、お箸に、スプーンに、フォークに、弁当箱入れるポーチまで付いとる。それに、これなんや……ペアのマグカップ!?」
ハート柄のペアのマグカップは鞘無インコとあくあ君のイラストが入ってる。
マグカップを回しながら撮影していると、私はとんでもない事に気がついてしまった。
「待ってこれ……え? 嘘やろ……」
マグカップを綺麗にくっつけると私とあくあ君がチューしたような形になる。
「あかん、これ、ちゅーやん! こんなん放送禁止やろ!!」
あー、これあかんかも。
「ごめん。みんな一旦な。そう、一旦、休憩するわ」
私は一旦撮影をストップすると気持ちをスッキリした。
いや、だってなぁ。これは無理や。
この箱が届いてるのはきっと私だけじゃない。
だから今頃はみんな、私と同じようにスッキリしとるで。
私は何事もなかったかのように撮影を再開する。
「はい。ね。そういうわけで撮影を再開します。ごめんなみんな。ちょっと色々あってな。うん……」
もうこれ以上はなんもないやろって思ってたら、1番奥にゲームが入っていた。
そうや。肝心のコレを忘れとったわ。
「ゲームや……。あ、なんか、紙ついてる」
私は紙をゲームに留めていた輪ゴムを外すと、紙に書いてある内容を読み上げる。
「えー、このゲームは、製品版とは異なるパイロット版ですが、製品版と同じようにゲームを最後までプレイする事ができます。おー、パイロット版やけど、体験版とは違うんや」
よかった。これで最初だけしかプレイできないとかなら、ゲームが発売するまでの間、悶々とするところやったわ。
「また、パイロット版限定の機能として、レートAからZ、全てのレートでのプレイが可能となっています!? なんやて!? えらいこっちゃになったで!! レートZとか、配信してええんか? それともこれは後に、自分1人でこっそり楽しめってか!? うわあああああああああああああああああああああ!」
部屋でドタバタしてると階段が軋む音が聞こえた。
やばい。私は咄嗟に録画ボタンを停止する。
「すみちゃん、静かにしっていうたやろ! 朝、何時やとおもてるん!?」
「ごめんて。あと、おかんの方が声でかいねん! それと、撮影中や配信中の親フラはあかんて、私、言うたやろ。Vの生身バレは御法度なんやから!!」
「そんなん言うたかて、大きな声を出したすみちゃんが悪いんやから。それに親ブラだか親フラだか知らんけど、それが嫌なら1人暮らしせえって言うたでしょ! もー、また布団ぐちゃぐちゃにして、ゴミ箱もティッシュでいっぱいやん! 昨日、燃えるゴミやから出してって言うたやない!」
「はいはい。わかってるって」
「また、そんな事いうて誤魔化そうとする。あんた、お隣の七瀬さんところの子なんかまだ16やのに、千葉の高専通うために一人暮らししてるんやで。ほら、今度ベリルのオーディションに出るって言うとった……」
「あー、もう。わかってるって!! いつもおかんには感謝してるて。な、うちが悪かったから」
「もう、あんま大きい声出したらあかんで。あと、お母さんに片付けされたくなかったら、ちゃんと自分で部屋を掃除しなさいよ」
「するする」
「してるかしてないか後でチェックするからね。もう!」
はぁ……疲れた。
なんとかおかんを1階に帰した私は、改めてカメラを回す。
「すまん。ちょっと取り乱したわ。そういうわけで、これちょっとマネージャーに頼んで会社の方から、ゲームが配信できるかどうかとか、規約がどうなってるかベリルに聞いてみるから。そういうわけで、じゃあ、また。あ、ベリルの皆さん、あくあ君。最高のクリスマスプレゼントありがとな!!」
ここで録画終了と……まぁ、これで10分以上はあるから動画作れるやろ。
私はパソコンを起動させて制作部に動画のデータを送信すると、マネージャーに電話をかけた。
「おはようさん。ごめん。緊急やけど、今、大丈夫? ベリルからゲーム送られて来たんやけど」
「……は?」
「そうやんな。普通は、そういう反応になるんよ。私も良くわかってないんやけど、多分、ゲーム実況者とかVtuberとかのストリーマー向けにクリスマスプレゼントとして贈ってるんとちゃうかな? だから、多分、配信はできるんちゃうかなと思うけど、細かい規定とか本当に配信していいかとか、一度ベリルに確認してみてくれん?」
「わ、わかりました。あ……ごめん。ちょっとそのままで、待ってくれる?」
「ええよ」
マウスをクリックするカチカチという音が聞こえる。
「ベリルからメール来てました」
「マジ?」
「うん。Zレートは配信サイトの規約で難しいだろうけど、それ以外は配信していいって。あとは特筆すべき規約もないみたい。今、メール送るけど大丈夫?」
「もち」
マネージャーから送られてきたメールの添付ファイルを開いて、画面をスクロールさせる。
規約はベリルメンバーに危害を加えるような発言をしないとか、そういったお決まりの類のもののみだ。
「あ、ED、スタッフロールの後の映像は映さないでくださいって書いてました」
「ほんまや。でも、そこだけやんな」
「はい。そうみたいですね。そこだけ気をつけて貰えれば大丈夫みたいですよ。あと、ED後の映像と音声は配信や動画に載せちゃダメだけど、画面真っ暗で実況者のリアクションだけならやってもいいって」
「OK! そこだけ注意しとくわ」
私は持ってた付箋にそれを書く。
配信者あるあるだけど、プロモーション系の配信とかも必要な情報、配信中に言わなきゃいけない事は、こうやって付箋のメモに書いて、これをディスプレイの枠やパソコンにペタペタ貼ったりする。
「インコさんどうします? 自宅か大阪のどっか配信できそうなスタジオ借ります? 私、新幹線か飛行機でそっちすぐに行きますよ」
「いや、なんかあった時のために今から新幹線に乗って東京のスタジオに行くわ。すぐに家を出るから、スタジオの準備と手配だけしといてくれる? 今から出たら6時過ぎの新幹線に乗って、9時過ぎにはスタジオ入りできると思う」
「了解しました。あ、電車とタクシー、領収書もらっておいてくださいね」
「わかった! ほな、また後で」
私は電話を切ると、SNSにベリルからクリスマスプレゼントが送付された事を書き込む。
配信できるのはほぼ確定だが、まだ配信までには時間があるので、コメントには配信できるかどうか聞いてみると言葉を濁した。
「よし、これで大丈夫やな」
私は電話をかけている時に準備をしていた荷物を持って階段を降りると、おかんのおる台所に入った。
「おかん。今からちょっと仕事で東京に行ってくるわ」
私は冷蔵庫を開けると中になんかないか確認する。
お! ええもんあるやんか!
私は昨日の残り物のコロッケを取り出すと、食パンの上に置いて近くにあったお好み焼きソースとマヨネーズをぶっかける。それを食パンでサンドするように折り曲げて挟んでっと……簡易コロッケパンの完成や。
私にできる料理はここまでだ。これでパンをトーストしたら確実に黒焦げ丸になるし、コロッケをレンチンしたらレンジが爆発する。私の料理のレート帯はそれなのだ。
「え? 急に? すみちゃん、お昼と晩御飯どうするん?」
「お昼は向こうで食べる。晩御飯は……わからん」
「わからんて何よ」
「食べて帰るかもしれんし、その前に帰るかもしれんし、帰れんかったら向こうで泊まるわ。もしかしたら暫くの間、向こうにいるかもしれんし、まだなんとも言えん」
「なんやのんそれ! そうやっていつも困るんは、晩御飯を用意するお母さんなんやからね!」
「ごめん」
「もう! 御飯が必要な時は、電車か飛行機乗る前に連絡するんやで。この前やって、連絡もなしに帰ってきて腹へったーって……」
「わかってるて。今度は連絡するから」
私は自作のコロッケパンを早食いすると、近くにあったお茶で一気に流し込む。
もちろんその間にスマホのアプリで近場のタクシーを手配した。
「それじゃあ、行ってくるわ!」
「すみちゃん気をつけるんやで。ほら、最近、東京は物騒やって、お昼の国営放送のワイドショーで、あのホゲ川さんていうちょっと綺麗めのおもろい芸人の女の人がおるやん。あの人が言っとったし。駅とか歩いてたら、何たら教の信者とかが、神に拝みませんか? って声かけてくるらしいで」
「森川さんな。それと宗教なら縦縞教で間に合っとるって言うから大丈夫や」
「ほんまやで、後、東京でオレンジ色の服を着た連中にだけは注意しときや!」
「わかってるって、ほな、タクシーのお姉ちゃん来てるし、もう行ってくるわ!」
家を出た私は迎えにきてるタクシーに乗り込むと、運ちゃんに目的地を伝える。
「駅までお願いします」
「あいよ。旅行ですか?」
「ちゃうねん。クリスマスに仕事や」
「ほんまかいな。クリスマスに仕事って、お姉さん大変やなあ」
「そんなんいうたかて、お姉さんやて仕事やん。それもこんな朝早くに、ほんまご苦労様です」
「ありがとな。そう言ってくれると嬉しいわ〜」
ちなみに私とお姉さんは初対面だが、これが関西の当たり前である。
私は駅に着くまでの間、お姉さんとの世間話に花を咲かせた。
「昨日の夜どうやった? お客さん少なかったんとちゃう?」
「あー……夜は少なかったみたいやな。でも、ベリルの放送が終わってから、ちょいちょい街に出る人おったみたいですわ。それでもまぁ、例年に比べると少なかったらしいな。私も家におったし」
「そうかあ。それは商売あがったりやったな」
「ええんや。その分、今日は人、動きそうやし、私もクリスマスに仕事するよりベリル見たかったしな」
「わかるわそれ」
「せやろ? お客さん、昨日のあくあ様、見た?」
「見たわ。見てないやつなんか非国民やろ」
「いや、ベリルは非国民も見とるがな。ほらスターズの人とか」
「ほんまや! なら、見てないやつは真面目に働いとったお姉さんみたいな偉い人か、地球人ちゃう人やな」
「せや。それで昨日のあくあ様なんやけど、私、あれ見て、ほんまに王子様っておるんやなって……あ、お客さん、こっちなー、いつもこの時間、運送のトラックで混んどるから左に曲がって迂回するけど、ええ?」
「ええで」
「こっちの方が、はよつくからな」
私が頷くと、お姉さんはウィンカーをカチカチさせて左の通りに抜ける。
「わかるわ。大阪にはあくあ君みたいな、シュッとした感じの子なんておらんもんな」
「お客さん、そうやねん。黛君も天我君もシュッとしとるんやけど、あくあ様はなんかもう外国の王子様みたいなんですわ。私らの世代はな、そういうのが好きなんや」
「夕迅様やな」
「それよそれ。大阪のおばちゃんで夕迅様に惚れんかったおばちゃんなんておらんがな」
「わかるわー。うちのおかんも、冷蔵庫に夕迅様のポスター貼ってるもん」
「一緒や! 私も冷蔵庫に自分で引き延ばしたやつやけどな、夕迅様の顔写真、貼ってんねん」
「ほんまかいな。まぁ、ベリルアンドベリルでこっち来た時も、みんなそれで騒いどったしな」
「そうや。あ、今晩、ベリルアンドベリルの続きやで!」
「せや……それがあったん忘れとったわ。うわー、夜までに仕事終わるかな……」
「お客さん、なんか大変そうやな。なんの仕事してるん?」
もちろんここで、うち、Vtuberやってんねん。なんて言えるわけがない。
だから私はこう聞かれた時、いつもこう返すようにしている。
「人をな、ほんの少しだけ幸せにする仕事をやってんねん。まぁ、そんな大層なもんやないんやけど、毎日の仕事や勉強とかで疲れた人とか、対人関係や家族の事で辛い人が、ちょっとだけでもホッとできるような、そういう人が笑顔になれるような、そんな時間を提供しとるんよ。だから、うちはこの仕事が好きなんや」
「ほーん。なんかよくわからんけど、すごい仕事やってんのやなぁ。それこそ人を幸せにさせるって、あくあ様と一緒の仕事やがな」
「ほんまや……! でもまぁ、うちの仕事はどっちかというと笑いの方が強いからな。どっちかというと森川さんの仕事に近いかもしれん。ほら、みんな森川さんみたら、笑顔になるやろ。ベリルとは違う意味で」
「はは、お客さん、昨日のホゲ川さん見ました?」
「見たわ。なんやねんあれ、関西の芸人より芸が細かいやんけ。あの人、ほんまはこっちの出身ちゃうの? ほら、よく黄色い服着とるし」
「そういえばそうやったな。確かにホゲ川さんはイエローのワンピ着てたり、黄色が多い気がするわ。猛虎魂かもしれんな。おっ、お客さんラッキーやね。こっちやっぱ混んどらんかったわ」
「ほんまやな。ありがと」
私は携帯で時間を確認する。
この分だと予定していたより一本早い便に乗れそうだ。
「あ、でも森川さん、前に燕の球団の始球式にいっとったわ」
「お客さん。そっちならええんですわ。オレンジじゃないんやったらええ」
「そういえばあの時の森川さん、すごい球、投げとったな〜」
「思い出したわお客さん。ノーコンやったけど、あれ150km近い球投げとったな」
「150は盛りすぎやろ! 星さんの球より早いやんけ。でもまぁ140はでとったかな。タテジマーズは変な外国人取ってくる前に森川さんにオファー出した方がええんとちゃうか?」
「わかるわ。ほら、あのグリーンなんちゃらっていう芝生っぽい名前の外国人おったでしょ」
「おったな〜」
「神のお告げで帰国したやつより森川さんの方が全然使えるやろ。ホゲ川さんパワーありそうやし……はぁ、来年もまたなんか聞いたこともない外国人取るらしいけど、タテジマーズはほんま大丈夫かいな」
「あかんやろうな。この前に来た外国人も見た目だけは打ちそうな顔してたけど、間違ってスカウトが通訳だったか用具係にオファー出してたし、うちのスカウトのレベルはそんなもんよ」
「かーっ、こりゃ、来年も優勝は無理かー」
「それはそれでええんや。うちの婆ちゃんが言っとったけどな。タテジマーズの優勝を3回見ると4回目見るまでに死ぬらしいで……」
「あかん、お客さん……うち、もう2回も見とるわ。これ、リーチや……」
「大丈夫大丈夫、20年に1回くらいしか優勝せんし、まだ先やろ」
「せやなあ。それに勝たんかったら勝たんかったで、今年も生きとったなって喜ぶ事にするわ」
「うんうん、それに期待せんかった方が勝った時に嬉しいやろ」
「わかるわ。馬でもそうや。あ、お客さん、今日、ありますね」
「うちお馬さんはやってへんのやけどな。お姉さん、どうです?」
「いやー、もう負け負け負けカチ負け負け負けカチや。だからほら、クリスマスでもこうしてあくせく身銭を稼ごうと必死に働いてるんやけどな」
「勝っとんやったらええやん」
「お客さん、ちゃうんすよ。カチは勝利の勝つやなくて、負けが込んで冷えすぎてカチッと凍っとるのカチなんですわ。タテジマーズと一緒やねん。年越す前に、こっちは財布の中身が冷えすぎて死にそうですわ……」
「そうかー。やっぱ人生、コツコツ働くしかないんかなぁ」
「お客さん、それが正解ですよ。私もね、20年宝くじ買ってるけど、300円以上当たったの未だに見た事ないですわ」
「流石にそれはないやろ。うちのおかんでも1万当たっとったで」
「そら、ラッキーですわ。あ……もう着きますよ」
「おっ、おおきに。ほな、ちょっと1番近い時間に出る新幹線のチケット買いますわ」
私は財布を取り出すと、スマホで電車のチケットを購入する。
あ、念の為に荷物の忘れ物がないかチェックしとかんとな。
肝心のゲームも持ってきてるし、うん、とりあえずこれさえ持ってきとけば大丈夫やろ。
そうこうしていると、タクシーが駅に到着した。
「はい。お客さん、5300円になります」
「お姉さん、じゃあ、これ。あ、お釣りはええで」
私はお姉さんに万札を渡した。
「え? お客さん、ほんまに?」
「うちからのクリスマスプレゼントや。お釣りでお馬さんのチケットでもこうてな!」
「まいど、おおきに! お姉さん、人を笑顔にさせる仕事してるって言ったの本当やったんやな。助かるわ!!」
「メリークリスマス! ほな、また!」
「お仕事頑張って!」
私はタクシーを降りると、駅の中へと駆け込んだ。
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