白銀あくあ、サンタクロースやります。
12月24日 20時00分。
クリスマスナイトパレードが終わった後、俺達4人はサンタクロースの衣装に着替えてビルの駐車場で集合した。
目の前にはカメラがあり、リアルタイムではないが時間差で編集して放送される。
「それじゃあみんな、疲れてるだろうけど今日の最後の仕事に行こうか」
「了解。今日はぐっすり眠れそうだよ」
「はは、僕も帰ったらすぐに寝ちゃうだろうな」
「うむ。我らを待っている子供達のためにも頑張るぞ!」
やっぱり、とあと慎太郎は体力的にちょっときつそうだな。その一方で天我先輩は俺と同様、まだ余裕がありそうだ。
事前に阿古さんとも話してたけど、2人はできるだけ早く終わらせて、その分、俺と天我先輩に振り分けるプランにしておいたのはよかったかもしれない。
「そろそろカメラ回しまーす! 5、4、3……」
俺たちはカメラに向かって笑顔を見せた。
何気ないシーンだが、咄嗟に切り替えられるとあ達をみてみんな慣れてきたんだなと感慨深くなる。
「はい! そういうわけでね、楽しかったクリスマスイブも後少しで終わりです! そして、明日は明日でね。楽しいクリスマスが待っているんですよ! つまり……」
「「「クリスマスはまだ終わらない!!」」」
とあはカメラに向かってウィンクをする。
「みんなー!! プレゼントをもらう準備はできたかな?」
俺はとあの衣装がミニスカなのがちょっと気になったが、今更突っ込んだりはしない。
慎太郎は少し恥ずかしそうに、手でハートマークを作った。
「僕達ベリルのメンバーが、聖なる夜に、あ……愛を届けたい」
俺やとあと違って慎太郎はこんな事を滅多にしないから、ものすごくレアだと思う。
天我先輩はカメラに向かってかっこいいポージングを取る。
「今から我らがプレゼントを持って、みんなのところに行くぞ!」
天我先輩……1ヶ月前に控え室で、これだあ! って言ってたポーズは、この日に使うのを考えてたんですね。
「それじゃあみんな、事故だけはないように……あ、あと、8時超えてるから、あんまり近隣住民の方のご迷惑にならないように気をつけてね」
「あくあ、急に現実的な話になるじゃん……」
「いや、俺はともかくみんな初めてのソロで夜の外ロケだからね。ちゃんと言っておかないといけないかなって」
「わかった。気をつけるよ」
「うむ!」
スタッフさんからプレゼントの入った大きな袋を受け取った俺達は、それぞれ用意された別の車に分かれて乗った。
俺と同行するのは阿古さんで、カメラを回してくれるのも阿古さんがやってくれている。
「それじゃあ、運転手さん、よろしくお願いします」
「はい!」
ベリルの本社を出発したロケバスは最初の目的地へと向かって走り出す。
外を見ると、慌てて駅の方へ向かっている手にプレゼントを持った女性を見かけた。
今から家に帰って大切な人と一緒の時間を過ごすのだろうか。微笑ましい気持ちになった。
「それじゃあ、あくあ君。最初はどこに行くのかな?」
「はい」
俺はポケットの中から一枚のハガキを取り出した。
「えっと……はじめまして、こんにちは。わたしはまなつっていいます。おかあさんのことがだいすきな4さいです。おかあさんは、あくあおにいさんのことがだいすきで、わたしも、あくあおにいさんのことがだいすきです。おかあさんは、わたしのためによるおそくまではたらいてて、いつもつかれてたいへんそうです。そんなおかあさんに、なにかとくべつなプレゼントをしてあげたいです。はい、というわけで最初はお母さん想いのまなつちゃんですね」
俺達ベリルは森長や藤百貨店などと連携して、ベリルのメンバーから特別なプレゼントが届くよキャンペーンを開催した。
当選者には24時から5時の間に、提携した業者さんが全国各地のポストにプレゼントを投函する事になっている。
朝起きてポストをチェックした時のみんなを想像すると今からすごく楽しみだ。
それとは別に明日の朝、配送会社さんの方からベリルのメンバーからクリスマスプレゼントが届く特別な当たりも用意してある。こちらは実際に俺達が個々に選んだプレゼントとお手紙が添えられているけど、当選は各100とそんなに多くはない。
そしてこのキャンペーンの中で1番の当たりは、ベリルのメンバーが直接プレゼントを受け渡しに行く特賞だ。とはいえこれだと、直前までパレードをしている俺達が24日に遠く離れた場所に行くのは難しい。そういうわけで24日は都内近郊、25日を県外遠征と分ける事になった。
俺も25日には朝イチで飛行機乗って、最終便で東京に戻ってくる予定にしている。家に帰るのは夜になるだろう。
ちなみに俺は今日も帰れないので、カノンとのクリスマスはさっきのイベントで少しだけ話しただけだ……。
26日はその分、カノンとずっと一緒に過ごせるので今からすごく楽しみにしている。
「おっ、ここかな?」
都内某所、俺は周囲を確認しながらコソコソと外に出る。
あんまりご近所の迷惑にならないようにしなきゃな……。
「あくあ君、どうする?」
「一応、事前調査じゃ、この時間は帰ってきてないんだっけ?」
「そうみたいね」
「なら、今のうちに家の中に入っちゃおう」
俺はピンポンを押す。
「すみません。ベリルエンターテイメントです。まなつちゃんはいるかな?」
パタパタと小さな足音が扉の向こうから聞こえてくる。
「このこえ……あくあおにーさん?」
「まなつちゃん、ハッピークリスマス〜。当選おめでとう!」
「わあ! ほんもののあくあおにーさんだ!」
あ、なんか周囲の家から人が動く気配がする。
もしかしたら勘づかれたかもしれない。
このままここにいて騒ぎになったら大変だ。
「まなつちゃん。悪いけど、お兄さん達を家の中に入れてもらってもいいかな?」
「うん、いいよ。あ、でも、あくあおにーさんだけは、ずっといてくれていいからね!」
「ははは……お邪魔します」
俺はバレないように靴を車に残るスタッフさんに預け、まなつちゃんの案内で奥のリビングへと向かう。
数人のスタッフさんだけが俺に同行して、後のスタッフさんは車に戻ってもらった。
「おかーさん、そろそろ帰ってくるんだっけ?」
「うん!」
俺はしゃがんでまなつちゃんと同じ目線で話す。
「それじゃあ、2人で一緒にお母さんにサプライズプレゼントしよっか。まなつちゃん、お兄さんに協力してくれるかな?」
「うん、いいよ!」
いい子だなー。俺はまなつちゃんの頭を優しく撫でる。
「それじゃあ、俺とカメラさん達が隠れられる場所はある?」
「あっ、じゃあ、あくあおにーさんとカメラさんはこっち! ほかのスタッフさんは2かいのまなつのへやにいればいいとおもうよ!」
おお〜。さすがこのキャンペーンに一人で応募しただけの事はある。
まなつちゃんは4歳にしては随分としっかりした子のようだ。
打ち合わせをした俺達は、それぞれの場所へと別れて隠れる。
俺が隠れるのはクローゼットの中だ。
おぅ……。
女の人の匂いがする。
こんなところに入っていて大丈夫なのだろうか。
すごく背徳的な気分になる。
隣に置いてあるクリアボックスからは中に入ったもののレースやフリルのついたアレが透けて見えるが見ないように努力した。
まさかとは思うが、まなつちゃん、まさかこれを狙って……いやいや、まなつちゃんは4歳だ、そんな事あるわけがない。
「ただいま〜!」
「あっ、おかーさん、おかえり〜!」
おっと、どうやらまなつちゃんのお母さんが帰宅したようだ。
俺は息を潜めて外の会話に集中する。
「チキン買ってきたから、熱々のうちに食べよ。ちゃんとケーキも買ってきてるからね」
俺達が出ていくタイミングはお母さんがソファに座って、テレビを見出してからだ。
まなつちゃんの話だと、お母さんと一緒に録画した俺の映像を見ながら2人で食事をするらしい。
俺はテレビを見て油断しているお母さんの後ろから現れようと思ってる。
だからテレビの音が聞こえてくるまで、じっとその時を待った。
「きゃー! 馬に乗ったあくあ様かっこいー!!」
「まなつも、あくあおにーさんとおうまさんごっこしたいなー」
おっ、どうやらまなつちゃんとお母さんがライブの映像を見始めたようだ。
俺は音を立てないようにクローゼットの扉をそっと開けると、そろりそろりとリビングの方へと近づいていく。
よしよし、まなつちゃんのお母さんはテレビを見るのに集中しているようだな。
俺はゆっくりとした足取りでまなつちゃんのお母さんの背後へと近づく。
「カノンおねーさん、いいなー」
「ねー! あくあ様、私の所にも来て!!」
そこまで言うのなら……俺は後ろからお母さんの耳元で、そっと囁くように声をかけた。
「来ちゃった」
「えっ!?」
びっくりしたまなつちゃんのお母さんは俺の方へと振り向くと、びっくりしたような顔をした。
俺は手を振りながら、フリーズしたお母さんにもう一度声をかける。
「こんばんは、なつみさん。馬じゃなくてトナカイでやってきました。サンタクロースの白銀あくあです」
「え? あ……なんで?」
どうやらなつみさんは目の前の現実にまだ頭の処理が追いついてないようだ。
「実は今日からバイトで入ってまして、ここが最初のお宅訪問なんです。あっ、もしかしてプレゼント要りませんでした?」
「要ります!」
そこは即答なんだ。
俺はまなつちゃんと目を合わせると、サプライズ成功を祝って二人でハイタッチする。
「実は、まなつちゃんがベリルのクリスマスプレゼント企画に応募してくれていまして、見事それの特別賞に当選したというわけなんです」
俺はポケットの中からハガキを取り出すと、なつみさんの前で読み上げてから手渡した。
「あ……あ……」
なつみさんは涙を流しながら、まなつちゃんをぎゅっと抱きしめる。
喜んでくれたのはいいけど、せっかくのクリスマスに女の子が泣いているのは見過ごせないな。
「なつみさん、泣かないで。女の子が泣いてもいいのは、大事な人が亡くなった時とベッドの上だけだよ」
「ふぁ、ふぁい……ほんものしゅごい……」
なつみさんは泣き止んだのはいいけど、一気に顔を真っ赤にした。
「はい、それじゃあ俺からなつみさんにクリスマスプレゼント。中を開けてみて。喜んでくれると嬉しいな」
なつみさんは俺から受け取ったプレゼントの袋を開ける。
中に入っていたのは、寝そべりあくあ君を作る過程でできた一点限りの試作品、横向きに寝るあくあ君抱き枕だ!
「あ、ダメだったら、違うのに替えても」
「これがいいです」
「え?」
「これはもう、うちの子です」
なつみさんは食い気味に俺の言葉を遮ると、あくあ君抱き枕をぎゅっと抱きしめる。
くっ、抱き枕のやつめ。何はとは言わないけど、いつも押し付けられて、俺よりいい思いしやがって。
というかお母さん絞めすぎです。あくあ君抱き枕の首がすごい事になってますよ。
「そういうわけで、まなつちゃんにもクリスマスプレゼント」
「わーい! あくあおにー……サンタクロースさん、ありがとー!」
まなつちゃんに渡したプレゼントは、仰向けバージョンだ。
こちらも試作品の現時点では一点物なので大事にして欲しい。
「他に何かしたいことある?」
「え? そんなの、セッ……せっかくだから、その、写真とか握手とかサインとか……」
「いいよ」
俺はサインをして、握手をすると、一緒に写真を撮った。
なお、あくあサンタクロースはサービス過多なので、ハグして頭なでなでまでしちゃう。
決してお母さんの膨らみが大きかったからとか、可愛かったからとかじゃないぞ。
「それじゃあ、まなつちゃんもなつみさんもクリスマスを楽しんで」
「はい! 今日は本当にありがとうございました!」
「サンタクロースさん。きょうはまなつのおねがいをきいてくれてありがとう!!」
良い子だなぁ。俺は玄関先で改めて2人にハグすると手を振ってお別れした。
「あ、あくあ君だ!」
「うそ!」
「本物じゃん!!」
「サンタクロース!?」
あっ、やば。どうやら外で待ち構えていた撮影スタッフの存在で、近隣住民の方々が何かの撮影をしている事に気がついてしまったみたいだ。
「みんな。ごめんね。もう次の場所に行かなきゃいけないから!」
俺はシーっと人差し指を自らの唇に押し当てると、みんなに手を振ってさっさと車に乗り込む。
人だかりが出来て車が発進できなくなると大変だからだ。
「じゃあね。みんな、クリスマスの夜を楽しんで」
俺は車の窓を開けて手を振る。本当は一人ずつプレゼントを渡してあげたいけど、今の俺にできるのはこれが限界だ。ごめんね。
ちなみにこの近辺にも後からベリルがプレゼントを配ってくれるみたいだ。だからそれで許して欲しい。
「それじゃあ運転手さん。次の場所までよろしくお願いします」
「はい! 任せておいてください!」
ふぅ……。
俺は一旦車の中で落ち着くと、次のハガキをポケットの中から取り出す。
「私は商事会社で働いている35歳の会社員です。この前、28歳になる部下が意中の男性に告白して振られました。そんな彼女を励ますために、ベリルのキャンペーンで当選したプレゼントを渡してあげたいです。どうか当たりますように! だそうです。後輩のために何かしてあげたいと思う彼女の優しい心に、何かしらで応えてあげたいなと思いました」
それから車に揺られる事20分、目的地についた俺は車を降りる。
到着したのは都内ホテルの従業員専用入り口の前だ。
事前にベリルのスタッフさんが、会社の同僚達が彼女を励ますためにここで食事会を開いている事を上司の人から聞いている。
「お待ちしておりました。白銀様、こちらになります」
「ありがとうございます。忙しい時なのに、俺のために時間を割いてくれてありがとう」
コンシェルジュさんから話を聞くと、みなさん食事が始まってもうそろそろデザートの時間だという。
それを聞いた俺は良い事を思いつく。
ホテル側から許可を得た俺は、空き部屋でそれっぽいホテルマン風のスーツに慌てて着替える。
急なお願いにも関わらず聞き入れてくれたホテルの皆さんと、もしものために衣装を持って後ろから別の車で同行してくれていたスタイリストチームのみんなにも感謝だ。
「あの……同僚のみんなのためにも、写真撮っても良いですか?」
「もちろん」
ホテルの人がスマホのカメラで俺の姿を写す。
その後、俺はデザート……というか、クリスマスケーキの乗ったカートを押して、目的の場所へと向かう。
途中、個室に行く前に大勢のお客さんが食事する場所を通ったが、事前にホテル側が事情を伝えてくれていた事もあって、みんな両手で口元を押さえて静かにしてくれていた。
「失礼します。デザートをお持ちしました」
俺の代わりにコンシェルジュの人が扉の前で声をかける。
よしっ、行くぞ! 俺がカートを押して部屋の中に入るが、話が盛り上がっているのか、誰一人として俺には気がついてない。いや、唯一、ハガキを送ってくれた上司の人だけが俺の存在に気がつく。
俺はウィンクして上司の人に合図を送ると、そのままハガキに書かれていた部下の女性が座った椅子の隣にカートをつける。
「お待たせしました。お嬢様、当ホテル自慢のクリスマスケーキです」
「えっ!?」
俺は部下のお姉さん、一葉さんの顔を優しく覗き込む。
一葉さんは何が起こっているのかわからなくてフリーズした。
まぁ、そうだよね。俺だって知ってる人でも、こんな事をされたらびっくりするよ。
「きゃあ!」
「え? マジ!?」
「なんでこんなところにあくあ君がいるの!?」
「やばい。お酒飲みすぎたかも……」
「私も……疲れてるのかな?」
同僚の皆さんもびっくりした顔で様々なリアクションを見せる。
ごめんね。びっくりさせちゃって。
「どうも、お嬢様のためだけに、今日だけバイトに入った白銀あくあです」
「ふぁ〜、え? え? なんで?」
一葉さんは周りのみんなへと視線を向ける。
そこで上司の真紀さんからネタバラシだ。
「というわけで……なんと特別賞に当選したみたいです!!」
「やったああああああああああああああ! 真紀さん大好き!」
「真紀先輩……私、一生、貴女についていきます!!」
「まさか生きてるうちに、こんな近くで生のあくあ君が見られるなんて……」
「間違いなく私史上最高のクリスマスです。真紀さんありがとうございました」
「真紀パイセンカッケーわ。今年の流行語大賞はもうパイセンでも良いくらい」
先輩が流行語大賞? それだけはやめてくれ。
どこのとは言わないけど、調子に乗りそうな先輩がいるから勘弁願いたい。
「真紀先輩……」
「一葉、どうだった? 私からのサプライズプレゼント最高だったでしょ?」
「最高に決まってるじゃないですか! ありがとうございます!!」
真紀さんは一葉さんを抱き止めると優しく頭を撫でた。
「一葉ったらもう。だからね。あんな男の事なんか忘れよ?」
「はい……」
一葉さんの顔を見ると、まだ少し未練を断ち切れてないみたいだ。
そうだよな。ずっと好きだったんだから、そう簡単に忘れられるわけがない。
その気持ちはわかるよ。でもな……それを忘れさせるのも、アイドルの仕事だ。
俺は一葉さんと真紀さんにゆっくりと近づくと、二人ごとそっと抱き寄せる。
まさか自分まで抱き寄せられるとは思ってもいなかったのか、真紀さんは慌てた顔をした。
「好きだった人の事を思い出すと誰だって辛いに決まっている。そういう夜は……俺のことでも考えてろよ、一葉」
「ふぁい……ていうか、もう今、一瞬でその人の事忘れました。あ、あれ? 名前、なんだったっけ?」
え? 嘘でしょ? そんな一瞬で忘れる事ある?
と、ともかく、元気になったみたいだからよしとしよう。
「あわあわあわ……」
顔を真っ赤にした真紀さんをみて思わず笑みがこぼれる。
ノースリーブのニットにショートカット、実は俺……この組み合わせ、結構好きなんだよな。
今日の杉田先生もこのコーディネートだったから、思わず心の中でガッツポーズした。
「真紀、これからも俺のファンでいてくれる?」
「あ、はい。もう一生、貴方しか推しません」
一生推してくれるなんてアイドルにとって最高の言葉だ。
俺は真紀さんの手を取ると、実際にするわけじゃないがそっと口付けを落とすような仕草を見せる。
「あ、もう無理……」
おっと! ぱたりと後ろに倒れそうになった真紀さんの体を支える。
俺は復活した真紀さんと一葉さんから体を離すと、持ってきた袋からプレゼントを取り出した。
「そういうわけで一葉さんに俺からのプレゼントです。はい、開けてみて」
「わ! 嬉しい!! なんだろう?」
プレゼントの中身は、試作品で作った寂しい夜もあくあと一緒というCDだ。
ひたすら俺が話しかけてるだけのCDだが、実はこれ6時間くらいある。つまりCDにして6枚組という大作だ。
与えられたシチュエーション6つの中で、適当に1時間喋ってくれたらカットするからという話で収録したのだが、予想だにしていなかった問題が起こる。収録後に同席した阿古さん、琴乃、アイ達を含めたスタッフ陣がミリもカットするところがなくて困ると言い出したのだ。
そのせいでこれの制作は途中でストップしてしまっている。果たしてこれが世に出る事はあるのだろうか。
「そういうわけで、皆さんにも同じのをご用意しています」
「やったあああああああああああ!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いやっふぅううううううううううう!」
「最高のクリスマスプレゼントきたあああああ!」
「真紀先輩、本当にありがとう……」
俺は同僚の人たちに一つずつCDを手渡しで渡していく。
その際にCDにサインを入れて、握手をしておまけでハグもして、記念撮影をするというフルコースをこなす。
「真紀も、よかったらこれ聴いてくれよな」
「聴きます。毎日……」
いや、流石に毎日とは言ってないからね!?
「それじゃあみんな、クリスマスの夜を楽しんで!」
個室から出て、他のお客さん達が食事をしている場所に出ると拍手と歓声で出迎えられた。
「みなさん、ご協力ありがとうございます! よかったら、ベリルのスタッフから、皆さんにプレゼントあると思うので、よかったら受け取ってあげてください。それじゃあ、クリスマスを楽しんで!」
「うわああああああああああ!」
「やったあああああああああ!」
俺は手を振ってその場を去る。
と、その前に……。
俺は入り口のカウンターで立ち止まるとポケットから財布を取り出して、店員さんにクレジットカードを手渡す。
「これ。今日のお客さんの食事代、全員、俺のにつけておいてもらえますか? カードはまた今度、嫁の誰かと一緒に食べに来るから、その時にでも返してもらえれば」
「え、あ……」
「あ、これ、サインレスの上限がない特別なやつで暗証番号なくても大丈夫だから安心して」
「はい!」
俺は再び空き部屋を借りてサンタクロースの格好に着替えると、地下駐車場で車に乗り込む。
もちろんその前には、コンシェルジュの人にお礼とプレゼントを手渡した。
なお、従業員の皆さんや、宿泊中のお客さん達にもベリルからのプレゼントが用意されている。
「ごめんね運転手さん、待たせちゃって」
「いえ! 大丈夫です」
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい!」
俺はポケットの中から3枚目のハガキを取り出す。
まだポケットの中には予備のハガキが2つ残ってるけど、残念ながら時間的にはこれが最後だろう。
「そして最後のお手紙は……えー、私は今年で58歳の男性です。18の時に今の妻と結婚して今年で40年になります。恥ずかしながら、私は今まで妻に対してとても不誠実な対応をしていました。妻が何かをしてくれても、口下手な私は感謝の言葉を伝えることもせず、ただひたすらに妻に甘え続けていたのです。そんな最中に、私は白銀あくあさんが奥様である白銀カノンさんに対してアレコレしている話を知って、とても感動しました。それと同時に私は今まで自分が妻にしてきた事を思い出してとても恥ずかしくなったのです。だから、私も妻に何かをしたいと思い、せめてあくあさんのグッズが当たればと思い、おハガキを出しました。なるほどね……わかった」
俺は男性から送られてきた手紙を何度を読み返す。
この男性は今、まさに変わろうとしている。
俺達みんながやってきた事は無駄じゃなかったと、確実に男性を変えるきっかけになっているとそう思った。
「到着しました」
「ありがとう」
行くか! 俺は気合を入れると車から出て、待ち合わせ場所となっている男性のお宅にお邪魔する。
事前にベリルのスタッフがお宅を訪問して、すでに依頼主のヒロシさんとは話をしているそうだ。
「初めまして。お手紙をくれた、浩さんですね」
「は、はい!」
俺は笑顔で浩さんと握手をすると、スタッフさんから説明を聞く。
「なるほどね……それで、浩さんは俺に奥さんである久美子さんに、できれば何かして欲しいと」
「はい……」
「うん。それならそれでも良いんだけど……きっと、俺が何かをするより浩さんが何かをしてあげた方が、久美子さんは喜ぶんじゃないかな?」
「え?」
「だからさ、二人で作戦を立てよう。大丈夫、俺がついてるし、二人で協力して久美子さんを喜ばせよう!」
「は、はい……」
俺はスタッフさんにお願いして準備を整える。
久美子さんは別宅に暮らしており、後、少ししたらこちらに来るように伝えてあるそうだ。
「ほ、本当に似合っているのでしょうか?」
「ええ。浩さん、すごく似合ってますよ!」
ベリルのスタイリストチームの協力もあって、浩さんにスーツを着させて髪から全身まできっちりと整える。
そして浩さんが手に持っているのは、浩さんが唯一知っている奥さんの好きな花、薔薇で作った花束だ。
俺はポケットからハンカチを取り出すと、浩さんの着ているスーツのポケットにチーフをつける。
「それじゃあ、俺たちは隠れて近くから見てますから、頑張って!」
「はい……!」
俺達は別室で浩さんの様子を見守る。
すると、しばらくして奥さんの久美子さんが部屋の中に入ってきた。
久美子さんは浩さんの姿を見てびっくりした顔をする。そしてほんの少しだがうっとりした表情で、浩さんのことを見つめた。うんうん! これには俺もスタイリストさん達と音を立てないようにハイタッチする。
「きょ、今日はど、どうしたのかしら……?」
「あ、いや……えっと」
口ごもる浩さん。
大丈夫だ。俺がちゃんと後ろから見守ってる!!
俺は祈るように両手を握り締めた。
「あー……その、い、いつも、ありがとう!」
打ち合わせしていた時は、もっと色々と考えていたが、緊張したのか全部飛んでしまったのだろう。
でも、ちゃんと感謝の言葉を、ありがとうって事を伝えられた!
だから最初の一歩はそれでいい!!
浩さんは立ち上がると、手に持った薔薇の花束を久美子さんに手渡した。
久美子さんはサプライズに最初は戸惑っていたけど、実感が湧いてきたのか泣き崩れてしまう。
オロオロとする浩さんだったが、勇気を出してそっと妻の背中から抱きついた。
本当はこのまま2人にしてあげて退散するのもありかと思ったが、浩さんが困ってそうだったので俺は2人のいるリビングへと向かう。
「久美子さん、クリスマスおめでとう!!」
「……え?」
びっくりした久美子さんは俺の方を見つめる。
俺は浩さんの背中をポンポンと叩く。
「浩さん、よく頑張ったよ!」
「あ、でも……台詞を忘れてしまって……」
「それでもいい! ありがとうって、伝えたかった言葉を伝えられたんだから。それが、心の底から浩さんが久美子さんに伝えたかった事でしょ?」
「はい……!」
俺は改めて久美子さんに事情を説明する。
浩さんがキャンペーンに応募した事、そして俺じゃなくて浩さんが自分から感謝の気持ちを伝えたかった事、2人で久美子さんのために考えてた言葉、そして、本当に浩さんが久美子さんに感謝してるって事を伝えた。
「ありがとうございます。本当に……まさか浩さんと、あくあさんからこんな素敵なサプライズがあるなんて。一生の思い出になります」
「私の方からも、改めてありがとうって言わせてください……! 妻に、久美子に、自分の口から感謝の気持ちを伝えられて、本当に良かったと思います」
俺はソファに座った2人の前で跪いた状態で、涙ぐむ2人の肩をポンポンと叩きながら話を聞いた。
「それじゃあ、俺から2人にとっておきのクリスマスプレゼントを渡そうかな」
俺はポケットの中からカードケースを取り出すと、俺のサインを書いた藤蘭子会長の名刺を2人に手渡す。
「結婚40周年を記念して、俺と藤蘭子会長から結婚指輪と特別な結婚式プランを用意してます。だから、今度は2人で藤百貨店にデートに行ってみようか。自分達の好きな結婚指輪とやりたいプランを選んでくれたら俺も嬉しいな」
これが俺の考えた、この2人にできる最高のプレゼントだ。
あ、あとオマケで、今度あるライブの特別チケットもつけてある。だから是非とも2人で見に来て欲しい。
奥さんとデートなんか何回したって良いからね。俺も本音を言うと、カノン達とデートしたくてたまらない気持ちになっちゃった。
「ほ、本当に……何から何まで、ありがとうございました……!」
「浩さん。これからも頑張ってね」
「はい!」
俺は久美子さんに聞こえないようにして、浩さんの耳元で囁く。
「あと……次は愛してるとか、好きだよとか、そこを目指して頑張りましょう。大丈夫、久美子さんに感謝の気持ちをちゃんと伝えられた浩さんならできるよ!」
「……はい!」
うん! 顔を見る限り、浩さんはもう大丈夫だと、そう確信した。
「それじゃあ2人とも、良いクリスマスを!」
俺はそう言って2人に別れを告げると、車に乗り込む。
ここで2時間、ちょうどタイムリミットだ。
だけど俺にはどうしても気がかりな事がある。
「みんな。時間がまだ大丈夫なら……この2件のおハガキのところにも行きたいと思ってる。でも、無理そうなら遠慮なく言ってほしい。俺はみんなにも無理させたくないから」
ハガキを送ってくれたのは高校生と大学生の女の子からだ。
本当は予備のハガキだから行かなくても良いのだが……今まで、みんなが喜んでくれた姿を目の前で見て、行きたいってそう思っちゃったんだよな。
「あくあ君ならそう言うと思ったわ。私は大丈夫、でも、みんなはもう帰っても良いわよ」
阿古さんがそう言うと、運転手さんが後部座席の俺たちに向かって親指を突き立てる。
「了解! 運転なら任してください!」
助手席に座ったベリルのスタッフさんが慌てて電話をかける。
「私も、2人に電話かけて時間外になったけど、サプライズイベントやれますって伝えます!」
ロケバスに乗った他のスタッフさんの方を見ると、自分達も協力すると言ってくれた。
俺は座りながらだけど、みんなに向かって頭を下げる。
「みんな、本当にありがとう!!」
俺が頭を下げたのを見て、みんなが笑みを見せる。
「良いんですよ。私達は好きでやってるんだから!」
「そうそう、これがやりたくてベリルに入ったんですから!」
「あくあさんがやりたい事を叶えるのが私達の仕事です!」
「さぁ、みんなを幸せにしに行きましょう!」
みんなの熱が籠った言葉に、俺の目頭も熱くなる。
「行きましょう。これが本当のベリルエンタープライズ号よ! なんちゃって……ね!」
珍しくおちゃらけた阿古さんにみんなが苦笑する。
「行きましょう。俺たちを待ってくれてる人がいる。その人達のために!」
実は俺にはこの後、もう一つだけやらなきゃいけない事がある。
だけど俺は、この件を片付けずにその人の元に向かう事はできない。なぜならそんな事、きっとその人だって望んでないからだ。だから、それまで俺の事を待っててくれ。必ず俺が迎えに行くから。
俺達の乗ったロケバス……もとい、ベリルエンタープライズ号は、白銀あくあを待っている人達の元へと走り出した。
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