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黒上うるは、クリスマスナイトパレード。

「黒上さんって、どんな男の子が好きなの?」

「うーん、よくわからないかも?」


 私は同級生の問いかけに笑顔を返して誤魔化した。


「ふーん、そうなんだ。黒上さんって、年上の男の人とか似合いそう」

「あー、わかるー!」

「いやいや、そこは年下の男の子でしょ。小学生とか……」

「あー、わか……って、それ犯罪じゃないの!?」

「ふふ」


 私は私の話で盛り上がる同級生達を微笑ましく見守る。

 確かに私は同級生の女子達と比べると少し、うん、ほんの少し大人びて見えるかもしれないけど、別に歳を誤魔化したりとかしてるわけじゃありません。

 そんな私の恋愛対象は普通に同級生の男の子で、それも元気のある人、ちょっとやんちゃな子供っぽいところがある人が好みだったりします。

 でも私がこう答えると、みなさん私が伝えたかったニュアンスとは違って、本当に子供みたいな性格の男の人とか、なんか傲慢な感じの人とかを想像しちゃって、本当に私が好きなタイプをちゃんと伝える事ができません。

 私が好きなタイプの男の子はそうじゃなくて、もっと、こう……太陽の下でも屈託のない笑顔が眩しくて、誰かに迷惑をかけるやんちゃじゃなくて、周りを笑顔にできるようなやんちゃなところがあって、あっ、あとできればちょっと……その、えっちなところもあって、異性を感じさせるような、こうドキッとした雰囲気があれば、なおいいです。


 でもそんな男の子はこの世界にはいません。


 それどころか創作の世界にだってそんな男の子はいませんでした。


 うん、ほんの一年前まではそうだったんだよね。

 だからこそ、初めてあくあ君を見た時は衝撃でした。

 眩しい笑顔はもちろんのこと、ちょっとふざけたりするところとか、子供みたいに揶揄ったりするけど、でも誰も傷つけなかったりするところとか、ふとした時にちゃんと男の子って顔をするところとか、あ、あと、それに、ぜ、絶対に私の胸を見てくれるところも、超超大好きです!!

 それこそベリルアンドベリルで他の人達とふざけあったりする姿とか、笑顔全開のライブ映像は私の宝物でもう何度も見ました。

 クラスのみんなはよくドラマの話で盛り上がったりするけど、私はどっちかというとバラエティに出てるあくあ君の方が好きです。だって、そっちの方がやんちゃでクラスにいる時のあくあ君に近くて可愛いんだもん。

 だから今日のイベント、クリスマスナイトパレードにクラス全員が招待された時はとっても嬉しかったです。


「ここね」

「近いのであとは歩いていきましょう。ココナさん、大丈夫ですか?」

「もちろん!」


 私達は食事をした後に近くまでタクシーで行くと、招待された区画で1年A組のメンバーと合流しました。


「ココナちゃん退院おめでとう!」

「ありがとう!」

「胡桃さん、ライブイベント間に合ってよかったね!」

「へへ、今日までに絶対、退院しようって思ってたんだ! だって、クラスのみんなとこのイベント一緒に見たかったんだもん!」


 楽しそうにしてるココナちゃんを見て、私とリサちゃんは顔を合わせて笑い合った。

 周りを見るともうすでに結構な人が集まってきています。

 このイベントはシークレットで、正式に告知されたのもいいですともが終わった直後でした。

 それでもすぐに人が集まったのはSNSで何かするかもしれないという情報が出回ったからでしょう。

 封鎖された道路と歩道の間には等間隔で警察や警備のスタッフさんが並んでいます。


「何するんだろうね」

「楽しみー」

「あ! なんかでた!!」


 空を見上げると、そこにはライブの映像が映し出されていました。

 AR、拡張現実の技術の進歩は凄まじく、シロくんとたまちゃんをよりリアルに近づけようと、日本だけではなく世界の多くの企業からも資金が投じられているそうです。

 また実際にシロくんたまちゃんの世界に会いに行くためにVR産業にも同じくらい力を入れられていると、この前、国営放送のニュースで森川さんがその特集をしていたのを見ました。

 ベリルが動けば、世界が動く。あくあ君の行動が世界すらも左右する。ベリルやあくあ君が世界にいい影響をもたらす一方で、ステイツを含めて一部の国からは存在を大きくしていくあくあ君とベリルに対して危機感を抱かれていると、森川さんが出てない方の真面目なニュースでやってました。


「うわー、なんかもうお祭りみたい」

「あーわかる。私の地元、高知なんだけどよさこいのお祭り思い出したわ」

「あ、ののちゃん。ほら、なんか物売ってる人いるよ!」

「ベリルコラボドリンク……」

「あっ、なるほど、通りにあるお店とコラボしてるんだ」

「ちょっと私、あくあ君の初恋ストロベリーソーダ注文してくる」

「つーちゃん! 私のも注文しておいて!」

「私もあくあ君の女性解放プリン買ってきます!」

「里子ちゃん、私のもお願い〜、あ、のどかちゃんも買うって」


 あ……私もあくあ君の初恋ストロベリーソーダ飲みたいな。

 そう思ってたらリサちゃんが3人分注文してきますわと言って、店員さんの方へと向かって行きました。

 リサちゃんありがとう。こういう時、リサちゃんは行動が早いので、いつも助けられてます。

 え? 女性解放プリン!? そ、それはちょっと恥ずかしいかな。本当はちょっと食べてみたいけど……。


『えー、テステステス、こちらベリルエンターテイメント主催クリスマスナイトパレードの実行委員会の桐花琴乃です。17時のライブ終了後から封鎖された区間の中でクリスマスナイトパレードのイベントが始まります。上空の映像にはその様子が映し出されるので、目の前にベリルのみんなが来るまではその映像をぜひお楽しみください。ここはスタート地点でパレードの最後になると思います。パレードの最後には、ベリルのみんなを代表して、当社所属タレントの白銀あくあの方からファンの皆様への告知がありますので、どうか最後まで聞いてあげてください。それと注意事項ですが、絶対に周りの人やキャスト、スタッフに迷惑をかけない事、いいですね? はい、ご協力ありがとうございます。それでは、ライブの方をお楽しみください』


 声の人は有名な人なのでしょうか?

 隣の区画にいた社会人のお姉さん達が盛り上がっていました。


「姐さんに喧嘩売るバカはいないよな」

「ハハハ……せっかく楽しみにしてたイベント、死んだら意味がないし……」

「前に目があったけど魂が持っていかれるかと思った」

「私も、視線だけで喉元にナイフを突きつけられたのかと錯覚したわ……」

「いいですね? の圧だけで心臓が半分に縮んだかもしれない」


 なんか心なしか、周りが少し静かになった気がします。


「はい、うるはちゃんコレ」

「あっ、リサちゃんありがとう。これ、お金ね」


 私はあくあ君の初恋ストロベリーソーダのストローに口をつける。

 んっ、甘くてスッキリしてて美味しい……って!? 私は驚いてカップを落としそうになりました。

 よく見るとカップの蓋に、あくあ君の顔がプリントされてます。

 ま、待って待って、コレってチューなんじゃ……。

 私が顔を上げると、同じものを注文した子達とお互いに何度も顔を見合わせました。


「ゆ、油断してた……」

「さすがベリル。自然とベリってくる」

「コレ考えた人、国民栄誉賞レベルでしょ……」

「チューで赤ちゃんってできるかな?」

「え、もう私、このコップの蓋と結婚すりゅ」

「りっちゃん!? それにもみじちゃんまで!? お願い2人とも、正気に戻ってきて!」


 私は何事もなかったかのようなそぶりで、再びストローにそっと口づけする。

 あー、好き、只の絵だってわかってても、絵の選択が私好みすぎるんだよね。

 カップのデザインで採用されていたのは、ベリルアンドベリルで農作業してた時のあくあ君がカメラの方に振り向いたシーンです。もうこのシーンだけで何千回もコマ送りにしてみてるからわかるよ。


「黒上さん、余裕たっぷりって感じ、すごい」

「普通に憧れちゃう。私もああいう落ち着いたお姉さんになりたい……」

「あわあわあわ、私もう無理、カッコ良すぎてこれ以上は吸えないよぉ」

「私達、コレでも生身のあくあ君と半年以上同じ教室で過ごしてきたのに、いまだに絵だけで狼狽えててワロス……」

「仕方ないよ。コレは不意打ちすぎる」

「うんうん、だってストローに口つけたら目の前にあくあ様がいるんだもん!! そんなの普通じゃいられないよ」


 ちなみに私にもそんなには余裕はありません。

 でも……ああ、なんて素晴らしいのでしょう。

 本当にあくあ君とチュッてキスしてるみたい。嬉しいです……。


「あー、あっちにもなんかある」

「ちょ、ライブも気になるのに!」

「女性解放プリンの容器やば……。持ちやすいように横が窪んでるんだけど、そこにちょうどあくあ君の唇があるから、ここに自分のを押し当てたら……パッケージデザインが有能すぎて困る」

「あくあ君の焼きナス串ですって!? 咥えてよし! 舐めてよし! 挟んでよし!?」

「ちょ、流石にそれはアウトでしょ!」

「よく見て、あれ、非公式じゃん。ベリルのマークないし、それにシスター服着てるし絶対に怪しい人でしょ」

「スギマリ先生が聖あくあ教には勧誘されても近づかないようにって言ってたし、近づくのやめとこ」


 1年A組のみんなは周りの人に迷惑をかけないように、きゃあきゃあと盛り上がる。

 私はそれを少し離れたところから見つめながら、ライブの映像に集中した。

 それからも色々あったりしたけど、中のライブが終わりを迎えて外が一層と騒がしくなってくる。


「ワクワク、ワクワク!」

「何が始まるんだろうね!」

「うわー、楽しみ!!」


 私も同級生の女の子達と共に、ドキドキしながら目の前の建物を見つめる。


「あ」

「あっ」

「照明が!」


 周りの建物やお店から一部を除いて一斉にライトが消える。


「なんか始まった!」

「誰か、出てくるよ!!」


 太鼓の音と共に、建物の中から同じ鎧と兜を着た人たちが出てくる。

 一糸乱れぬ女騎士達の行進の迫力にみんなが息を呑みました。


 何が始まるんだろう?


 音楽のテンポが徐々にアップテンポになっていく。

 それと共に聞き覚えのある曲のイントロへと変調していった。


「Let's go boys and girls!」


 あくあ君の声にみんなの歓声があがる。

 騎士の隊列が綺麗に左右に分かれると、その間の通り道にあくあ君が1人で飛び出してきた。

 とてもじゃないけど2時間ほぼ出続けてた人の動きとは思えない。

 どこにあんな元気があるんだろう。でも、そういうところが……好き。

 あくあ君はさっき見たステージの衣装そのままで私たちのいる方向へと拳を突き出した。


「きゃああああああああああああ!」

「あくあくーーーーーーーーーん!!」

「やばいやばいやばい」

「騎士王あくあ様カッコ良すぎる!!」


 そして次は反対側の通路に向かって拳を突き出した。

 大歓声の中、あくあ君はハロウィンフェスで披露した曲を歌い始める。


『深い暗闇の中で聞こえた歌。僕達を呼ぶ声が聞こえた』


 大通りに響き渡るあくあ君の歌声。一瞬で世界があくあ君の色に変わっていく。


『苦しみの中でもがいている君がいる。傷ついた心が悲鳴をあげる』


 そのすぐ後ろから黛君が登場すると、交差点のところであくあ君と背中あわせでポーズを取る。

 あっ、なんだろう。2人って身長同じなんだなぁと思ったら、なんかすごく尊い気持ちになった。

 クラスメイトの水瀬佳穂さんは、そんな2人を熱のこもった目で見つめる。

 佳穂さんは元々、黛君の事が気になっていたのに、あくあ君に膣データを使われてからというもの、心に闇を抱えるようになってしまったみたいです。

 なんでも黛君の目の前であくあ君にされているのを想像しないとできないとかなんとか……ちょっと私は、佳穂さんがおっしゃっている意味がわからなかったので笑顔で誤魔化してたら、わかったものだとされてしまいました。


『狂っているのは自分か世界か。針の止まった壊れた時計。何が正しいかなんて誰にもわからない。でも誰かが今もこの瞬間にも泣いているんだ』


 後ろから勢いよく飛び出してきたとあちゃんは、観客席に向かってパフォーマンスをしながら2人へと近づいていく。そしてジャンプするようにして2人の後ろから抱きついた。

 それをみた数人が倒れそうになったので、近くにいた人が慌てて抱き止める。

 1年A組の中でも新野あかりさんが倒れそうになって、同じサッカー部で近くに居た畠野沙耶香さんがそっと支えていました。


『世界から光が失われていた』


 最後に現れた天我さんは、3人に近づくと、どうしようかとまごまごする。

 3人のフォーメーションが完璧すぎて、入る隙が見当たらなかったからでしょう。

 コレには観客席から、天我君頑張れーという声が飛んでいました。


『張り裂けそうな心が悲鳴をあげる。願いなんてあるんだろうか? 世界が傾いていくのを、ただ見過ごすしかできなかった』


 そんな天我さんを見兼ねてか、あくあ君がフォーメーションを崩すと、4人で背中を合わせるようにして、全方位に向かってアピールする。コレなら全方向に見れるからとてもいいと思います。

 多分だけど、さっきの1年A組トリオは私達に向かってのサービスのようなものだったのではないでしょうか? 本当は違うかもしれないけど、そう思う事にしました。


『これは誰かの話じゃない。これはみんなの話なんだ』


 交差点の中央にいた4人がそれぞれ真正面を見ている方向へとゆっくりと歩き出す。

 私たちのいる区画には、あくあ君が近づいてきました。

 クラスにいる時とは違う、ライブをしている時のあくあ君を間近で見て心臓がどくどくと大きな音を立てる。

 さっきまで盛り上がってたクラスのみんなも、いつもとは違うあくあ君に目が釘付けになっていました。


『僕達に何ができる? この行動は正しいのか? そう考えている間も時間は止まらない。どこかで誰かが泣いてる声が聞こえる』


 空を見上げるとどこからともなくドラゴンが飛んできました。

 え? え? どういうこと!?

 あ、よく見たらCGでした。これもARを使った技術なのでしょうか?

 でも、本当に自由に空を飛んでいるみたいで感動しました。

 ドラゴンはビルの隙間を縫う様に飛行すると、交差点の中央へと降り立つ。


『1人で泣かないで』


 ダンスの最後にポーズを取ったあくあ君は私達の方へと手を振ると、ドラゴンを中心として右回りで反対側の歩道へと向かっていく。


『苦しむ君の姿を見て覚悟を決めた。例え間違っていても時計の針を進める。世界を変えようと決意した夜。僕らは今、閉塞感をぶち破るために走り出した』


 入れ変わるように時計回りで黛君、とあちゃん、天我さんの順番で私達の前へと顔を出す。

 あ、そういえばコレって写真撮っていいんだっけ? みんなが一旦ポーズを取って立ち止まってくれるのって、シャッターチャンスだよってことなのね。ああ、忘れていました……。誰か撮ってないかなぁ。


『涙を流した日々に別れを告げる。みんなで笑い合うために、全てを乗り越えていく』


 あっ、大きな歓声が聞こえてきたと思ったら、さらに共演者達が出てきました。

 目があったアヤナちゃんが私達に気がついて、隣にいたカノンちゃんにあそこにいるよって指を指す。

 それを見た私たちが手を振ると、それに応えるように手を振ってくれた。


『世界を優しい光で包み込んでいこう』


 後から出てきたキャストの皆さんは、ファンの人達の希望に応えるパフォーマンスを返す。

 小雛ゆかりさんは結構ファンサしてくれるっていうのは本当の話で、投げキスしてって言ってる人にはちゃんと投げキスを返してました。ただ、ファンの人の希望に応えて頭にチョップ入れるのはどうかと思いますよ。

 特に人気だったのは意外にも森川アナで、色んな人が握手を求めていました。それこそ子供から大人まで、なぜかわからないけどベリルの4人に次ぐぐらいの人気です。

 子供達のお願いとはいえ、ゴブリンのモノマネからゴリラの形態模写まで躊躇なくするところがすごいなと思いました。これがプロってやつなんですね。


『今日のこの満天の星空に、願いを込めるように、みんなで同じ景色を見たんだ。世界すらも変えると、この夜に誓う。僕らは駆け抜ける。どこまでも!』


 最後にドラゴンが再び空に向かって飛び立つと、あくあ君が交差点の中心に他のキャストを呼んで、みんなで輪を作って全員で街道に集まったファンの人達に向けて両手を振りました。

 あくあ君は歌が終わると、走ってきたスタッフさんからマイクを受け取る。


「みんなー! 今日は、来てくれてありがとう!!」


 あくあ君の声に応えるように、みんなが歓声と拍手で応える。


「もうすでにちょっと説明があったかもしれないけど、今から俺達は2時間かけて閉鎖された区画の中をパレードします! 最後に一周ぐるりと回ってここに戻ってくるので、どうかそのままで待っていてください!」

「「「「「待ってるー!」」」」」

「本当に? 帰ったりしたら……」

「「「「「帰ったりしたら?」」」」」

「天我先輩が泣いちゃうかも」

「「「「「そっち!?」」」」」

「うむ。我、寂しくて泣いちゃうかも……」


 泣く仕草を見せる天我さんのノリの良さに、周りからも笑い声が漏れる。


「天我先輩って結構寂しがり屋さんだよね」

「ああ、この前なんか僕と……」

「ストップ! それ以上はダメだ! ふ、封印された闇の記憶が……」

「天我先輩は何をやらかしたのさ……あくあ、知ってる?」

「いや……そういえばこの前、慎太郎が天我先輩と……」

「くっ……白銀、やめるんだ。それ以上は我の右目の封印が解けて暴走してしまうぞ!」

「先輩、この前は左目って言ってませんでしたっけ?」

「んぐっ」

「あくあ、あんまり先輩をいじめちゃダメだよ?」

「いや、先輩はあくあに構われるのが好きだから、コレはコレでちょうどいいんじゃないか?」


 ふふっ、ふふふふふっ、こういうの好き。

 あくあ君のこの先輩に甘えちゃうようなところがたまらなくいいんだよね。

 いいなぁ、あくあ君のお嫁さん達は、いっぱい甘やかしたりしてあげてるんだろうなぁ。

 私も毎日あくあ君をドロドロに甘えさせてあげたいな。

 それでね、たまにでいいから、エッチなイタズラしてくれたりしたら、もう最高。本当は毎日でもされたいけど……そこまで高望みはしません。あくあ君はクラスの女子全員を使ってたくらいだから、きっと1人の女性じゃ性的な欲求を満たせないと思うし、私はそういうところもちゃんと理解しているつもりだ。


「って、そんな事してる場合じゃなかった!」

「そうだよ。もう2時間切ってるんだから早くしないと!」


 あくあ君は私達に向かって大きく手を振る。

 それに続くようにみんなも周りのファン達に向かって手を振った。


「それじゃあ、行ってきまーす!」

「みんな、ちゃんと待っててねー!」

「行ってくる!」

「また、後で!」


 再び音楽がスタートすると、目の前の大通りにさっきライブに出ていたベリルの船と同じデザインの大きな乗り物が出てくる。おそらくは大型のトラックかバスを改造したものではないでしょうか?

 4人は用意された船に乗り込むと甲板の上に立って、全方位に向かって手を振る。

 そこからのに時間は本当に夢の中に居たような、そんな気分でした。

 4人は移動中も歌やギターのパフォーマンスをしたり、あくあ君がピアノソロパフォーマンスを見せたり、特に観客席が盛り上がったのは、明日放送されるドライバーのメドレーをやった時です。

 アドリブでチジョー役を務めた森川さんの完璧すぎるチジョーの動きには、見ているみんなが思わず大爆笑してしまいました。心なしかあくあ君も笑ってたような……。あまりにも多才すぎて、たまにアナウンサーさんだって事を忘れそうになる程です。

 また、ポイントごとに大きな交差点ではダンスパフォーマンスを披露したり、小雛ゆかりさんとあくあ君でアヤナちゃんのソロ曲をデュエットしたのもとても盛り上がりました。小雛ゆかりさんが人前で歌うのは、これが初めてではないでしょうか?

 これは関係者にもサプライズだったのか、それともアドリブだったのか、アヤナちゃんが恥ずかしそうにしていた姿が映し出された時はとても盛り上がりました。

 あとは街道にいたファン達からのリクエストコールでカノンさんとのデュエットをあくあ君が披露したのもサプライズだったと思います。その後は4人がそれぞれソロパフォーマンスを披露したりして、気がついた時にはもうすぐ近くまでみんなが戻ってきていました。


「2時間、本当にあっという間だったよね!」

「うん!」

「うわー、コレでもう終わりかー……」

「いやー、終わらないで!」


 戻ってきたみんなは船から降りると、用意されたステージに上がる。

 天我さんはアコースティックギター、パーカッションにとあちゃん、ベースのところに黛くん、そしてシンセサイザーのところには音楽プロデューサーのモジャさんが座りました。


「ラストナンバーの前に現在放送中のドラマ、RE:LATEDに提供した新曲を歌います! 聞いてください。carpe diem!」


 RE:LATEDは過去に囚われた主人公の女の子が、色々な人達との出会いをきっかけとして再び前を向いて生きる事をテーマにしたドラマです。確かこちらもそろそろ最終回だったと思いますが、私は見てないので詳しくは知りません。


『私はこの感情と、今度こそ向き合わないといけないから。だから一歩を踏み出す。この苦しみを乗り越えて先に行く』


 あ……雨。


『過ぎ行く日々に、咲き誇る花々を重ねていって。過ぎ去りし季節を愛でるように、一輪の花を慈しんでいって。手折れた花を見て、あの頃に思いを馳せる。私の中に確かにあった恋心』


 ぽつりぽつりと小雨が降り始める。

 それでも4人はパフォーマンスを止める事はありません。

 幸いにも楽器を演奏するところは屋根がついていたのが唯一の救いでしょうか。


『無知で無垢な私の心が、誘惑という名の魔法に甘く囁かれる。華やかな舞踏会、着飾ったドレスでは表面を取り繕っただけ。貴方の目の前でわざとらしく、ガラスの靴を落とせたらよかったのに。でも私は遠くから見つめていただけ。心の奥に仕舞い込んだ目覚めたばかりの感情は私を苦しめるだけ』


 他のキャストの皆さんも雨に負けじとパフォーマンスを披露する。

 誰1人としてその場を離れる人はいません。私達もじっとみんなのパフォーマンスを見守った。


『伝えたかったこの気持ち……恋してる……切ない……愛してる。後悔しかない日々に、枯れゆく花々を重ねていって。重ねる季節を悲しむ様に、最後の花を哀れんでいって。新しい蕾を見つけて、棘の刺さった心が痛む。私の中に確かにあった恋心』


 一層と雨は強くなる。

 それでもあくあ君は濡れた髪を掻き上げ1人、前に出てパフォーマンスを披露する。


『積み重ねたこの感情に、毒を孕むのであれば。時を戻して、煤けたドレスのままで居たい。鐘の音が鳴るより前に、カボチャの馬車で帰れたらいいのに。遠くから見つめているだけでよかった』


 お願い。雨、止んで! みんなが頑張ってるから、最後まで彼らにパフォーマンスをさせてあげてと願う。

 ベリルのみんなの想いが通じたのか、それともファンの人達の願いが通じたのか、雨の勢いが少しずつ収まっていく。


『誰にも言えなかった淡い想いは私を苦しめるだけ。知らされる事のなかったこの気持ち……苦しい……大好き……耐えられない。幼い時に聞かされた童話。シンデレラになれなかった私は主人公になる』


 通り雨だったのだろうか。

 本当に嘘みたいに雨の勢いが落ちていく。


『ごめんね。臆病だった私は一歩を踏み出せなかった。だから感情が揺れ動いたその時は、今度こそ向き合おうこの気持ちに。誰かを愛した日々は、今も私の心の中。さぁ一歩を踏み出そう。今度こそ後悔しないために』


 みんなが空を見上げる。

 月のない夜、雨が止んだ夜空には星が瞬き、なんと虹がかかっていました。

 こんな奇跡、あるのでしょうか?

 そしてぽつりぽつりと雪が夜空を漂う。


「みんな! 冷えた体を温めるラストナンバーだ!! Phantom requiem!」


 あくあ君は熱を持ったままゆうおにの曲を披露する。

 小雛ゆかりさん、アヤナちゃんと作中で見せた1シーンを再現しつつ歌い上げると、ボルテージの上がりすぎた観客達からアンコールが飛んだ。

 アンコールは四季折々……私達にとっては特別な曲で、聞いてるだけで涙が出ます。

 そのままの流れで4人はさらにオマケで、女性解放宣言の時に披露したonly star!を歌い上げる。

 ああ、楽しかったライブもこれで最後です。


「はぁ……はぁ……」


 あくあ君の息遣いがマイクに入る。

 本当に全部出し切ったんだ。すごい。すごいよ。あくあ君。

 気のせいか内股になっている人が多い気がします。

 さっき雨に濡れたから寒いのかな?


「みんな、今日は本当にありがとう!!」

「こっちこそありがとう!!」

「最高のクリスマスイブだったよ!!」

「本当にありがとう!!」


 至る所からキャストの人達を労う声が聞こえてきました。

 私達も大きな声でありがとうって叫ぶ。


「これにてベリルの2022年クリスマスライブイベントは終わりです」


 会場から残念がる声が聞こえる。

 うん、みんなもっと見たいよね。そう思っちゃう気持ちはわかります。

 でも私はあくあ君を見て、ゆっくりと休んでほしいなって思いました。

 ほとんど休みなしで朝から出ずっぱりで、明らかに満身創痍です。


「でも! この物語はまだ終わりません!!」


 あくあ君の言葉にファンのみんなが沸いた。

 え? どういうこと? まだ、パフォーマンスをするつもりなのかな?

 そんな濡れた体でダメだよ。やるにしても一旦休憩しよ? ね?


「みなさん、赤坂に閉鎖された区域があるのはご存知でしょうか?」

「知ってるー!」

「確か皇家が管理してる土地だよね?」


 赤坂の閉鎖された区域といえば、色々と再開発の噂とか上がってたけど、今も更地になったままです。

 そこがどうしたというのでしょうか?


「えっと、実は色々な人の協力があって、俺達ベリルは……そこに……」


 あくあ君のもったいぶった言い方に、みんながざわめく。


「来年! そこにベリルをテーマにしたテーマパーク、ベリルワンダーランドが建設されます!!」


 えええええええええええええええええええええええええ!

 あくあ君の発表に、驚いたみんなが叫んだ。


「またテーマパーク内には、土地の所有者でもある皇家の人達が経営する帝都グループの新しいホテルが入ったり、藤百貨店とベリルがコラボしたショッピングモールとかも入る予定です。働いてる人の制服やキャストの衣装も全部ジョンがデザインをやってくれて、会場に流れる曲も天我先輩やとあ、慎太郎やモジャさんが作ってくれたりとか、ポスターとかも全部ノブさんが作ってくれたり、森長さんとコラボしたスイーツショップだったり、とあと俺が初めて雑誌に載った時の出版社さんが、ベリルワンダーランド用に小冊子を作ってくれたりとか、あといつき先生とか白龍先生とか本郷監督がイベントの脚本とか演出をしてくれてたりとか、本当に今まで俺達、ベリルを支えてくれた人達が協力してくれて、ファンの人達がめちゃくちゃ楽しめるように考えて作るテーマパークなんで、絶対に! 絶対に! みんな来てください!!」


 あくあ君、とあちゃん、黛君、天我さんは横並びにになるとみんなで手を繋いで深く頭を下げた。


「「「「よろしくお願いします!!」」」」


 そのまま4人は少しずつ角度を変えると、全方位に向かって頭を下げた。

 個人的にびっくりしたのは、自分には関係ない事なのに、キャストの1番後ろで小雛ゆかりさんが誰よりも長く頭を下げていたところでしょうか。

 本当にあくあ君の事を大事にしてるんだなと思いました。


「みんな、改めて本当に今日は来てくれてありがとう! 俺たちは次に行くよ」


 次? え……もしかしてまだ何かあるの!?


「だって……まだ、クリスマスの夜は終わってないだろ?」


 街の全てを包み込むほどの大きな歓声が沸く。何をやるとは言わなかったけど、ベリルのみんなはまだ何かをやるみたいです。


「みんな、この後のクリスマスも楽しんでくれよな!」

「またねー! みんな帰ったらお風呂に入って! 風邪ひいちゃだめだよー」

「雨が降る中、最後まで聞いてくれて本当にありがとう!」

「気をつけて帰るんだぞ! キャプテンアキラとの約束だ!」


 4人は手を振りながらステージを降りると、私達の近くを通りかかった。


「みんな来てくれたんだ。ありがとー!」

「とあちゃーん! 今日も最高だったよ!」

「来てくれてありがとうございます」

「黛君、サックスパフォーマンスすごかったよ!」


 2人の後に続いて、アヤナちゃんとカノンさんが私達の前を通る。


「みんな、楽しんでくれた?」

「うん! ライブの時のeau de Cologneパフォも、ちゃんとここから見てたからね!」

「雨の中ごめんね。来てくれてありがとう」

「カノンさん出るなんてびっくりした。すごく良かったよ! 女騎士さんすごく似合ってる!」


 玖珂さん、小早川さん、森川さん、エルフの女王役の人と次々と私達の近くをキャストの人達が手を振りながら通り過ぎていく。その中で、私達に気がついた天我さんと小雛ゆかりさんだけは、一瞬だけ歩みを止めると、ちゃんと姿勢を正して小さくお辞儀をしてくれました。


「やば、先輩連中かっこ良すぎでしょ」

「ちゃんと私達がクラスメイトだってわかって頭下げてたよね」

「あーいう大人になりたい……です」

「たまに小雛ゆかりさんがベリルの事務所だって勘違いしそうになる」

「私も。でもこの前、絶対にうちだけには来ないでくださいね、先輩は天我先輩だけで間に合ってますからってあくあ君が言ってたよね」

「うわ、なんかちょっとだけ小雛さんの事が可哀想になってきた」

「でも、あくあ君の言葉に目をキラキラさせて感動してた天我先輩見たら、うん、仕方ないよねって感じ」


 色々な人が通り過ぎて行き、最後に来たのはあくあ君だ。


「みんな今日はありがとう。胡桃さん、雨、大丈夫だった?」

「大丈夫! すぐにスタッフの人たちが傘配ってくれたから、みんな思ったより濡れてないよ」

「そっか。鷲宮さんも、せっかく綺麗に髪をセットしてたのにごめんね」

「その分、とても素晴らしいパフォーマンスを見せていただきましたわ」

「黒上さんも……って」


 あくあ君はいつものように一瞬だけ胸を見ると、すぐにマントを脱いだ。


「よかったらこれ体に巻いて」


 え? あ……雨でちょっとだけ下着が透けていました。

 コートのチャックが途中で壊れて閉まらなかったのを忘れていたから、自分でも気が付かなかったです。


「あ、これ、どうしたら……」

「休み明けに返してくれたらいいから。それじゃあ!」


 あくあ君は私の大好きな笑顔を見せると、そのまま走って行きました。

 あったかい……。マントにはまだあくあ君の温もりが残っていて、すごくドキドキします。


 その日、私は家に帰った後も夢を見ているような気持ちでした。


「うるは、話があります」


 お風呂から出た後、お母さんが真剣な顔をして座っていました。

 どうしたんだろう? 私はお母さんの目の前に正座します。


「これを見なさい」


 お母さんが持ってきたのは、お見合いの写真でした。


「黒蝶の親戚筋からお見合いの話が回ってきました。おめでとう。私からのクリスマスプレゼントよ」


 最初、お母さんが何を言っているのか理解できませんでした。

 私は渡されたお見合いの写真を見る。

 45歳……すごく年上の人だ……。


「うるは、こんなチャンス滅多にないわ」


 お母さんの言うとおりだ。

 お見合いの機会だってそう多くない。お見合いできるだけでも凄く幸運な事です。

 でも私は、あまり乗り気にはなれませんでした。


「でも……貴女が受けたくないのなら断っても良いのですよ」

「お母さん?」


 私が意味がわからないという表情をすると、にっこりと微笑んだ。


「だって、あくあ君の方が百万倍もいい男なんですもの! お母さん、文化祭で接客された日からもう一目で好きになっちゃった!!」


 あ……そういえば、そんな事もあったような。

 あくあ君に会わせるとお母さんが堕ちる。当時、学校内で保護者キラー、人妻堕とし、マダム狩りの白銀あくあと呼ばれていた事を思い出しました。


「だって、相手の男の人、あんまいい噂聞かないし、どうせ黒蝶から回ってくるのなんてろくなのじゃないんだから……って、そうじゃなくて、はい! これが本当のプレゼント!!」


 お母さんは黒蝶から送られてきたアルバムを遠くにポイっと放り投げると、さっきと同じようなアルバムを私に手渡した。


「さ、開いて見て開いてみて!」


 中を開いて私はびっくりしました。

 そこに書かれていたのは、あくあ君のお見合い相手として、書類審査を通過した事が書かれていたからです。

 え? 私、書類なんか送ってないんだけど? って、お見合いて、いつの間にそんなの開催してるの!?


「お、お母さん、これ……?」

「ふっふっふっ」


 お母さんは不敵な笑みを浮かべると大きく仰け反った。


「お母さんのコネを生かしてね。お見合いの候補者の中に、うるはの書類をこっそりとねじ込んでもらったのよ!!」


 ええええええええええええ!?


「お見合い候補者は白銀カノンさんを中心に、メアリー様、まりんさん、藤蘭子会長などしっかりした人達が、ちゃんとした筋から秘密裏に選定してるみたいよ」


 そ、そうなんだ。

 確かに、これが公になればとんでもない大騒ぎになる。

 おまけにあくあ君は律儀だから、公にやると億を超える書類に自分から目を通すと言い出しかねない。

 そうなるとあくあ君の時間をたくさん使ってしまうし、何よりも選定にものすごく時間がかかるだろう。

 だから、あくあ君の好みを知り尽くしているだろうカノンさん達が、ある程度の数に絞り込むやり方は間違ってない。どのみち、側室になるのだから、正妻のカノンさんと仲良くできない人はダメでしょうしね。


「そういうわけだから、ここから先は手伝ってあげられないけど、頑張ってね!」

「お母さん……ありがとう」


 お母さんからの最高のクリスマスプレゼント、本当に今日こんなにずっと幸せでいいのかな?

 私はベッドの中でも穴が空くほど、送られてきた書類を見つめる。頑張ろう。

 それと抜け駆けしちゃう事になる、リサちゃんやココナちゃんにも謝らないと、それからそれから……。

 気がついた時には、私はそのまま眠りについてしまっていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ベリルワンダーランド…なんかクソゲーオブザイヤーを受賞したバランワンダーランドを思い出してまう(笑)
[一言] ウ゛ッ・・・あくとあ飲まなきゃ・・・
[一言] やはり変態と天才は紙一重というか同一存在 それはそれとしてそろそろボーナスステージ終わった本来非モテ野郎が暴発しそう
感想一覧
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