千聖クレア、堕落のシスター。
昨日、更新しています。
「はぁ……」
聖あくあ教本部の中にある自分の部屋に帰ってきた私は、倒れ込むようにソファに頭からダイブした。
今日も色々あったなぁ……。
あくあ君がナチュラルに女の子に対して優しくして騒ぎになったり、えみりさんがまたなんか人助けしててそれのカバーに入ったり、結婚詐欺に加担してた島田だっけ? いや、寺山だったかな? まぁ、どっちでもいいや、ソイツを再教育したり、あくあ君がピンチだって報告があって駆けつけたら、いつものように女の子を前にしてデレデレしてたり、えみりさんから本当にどうでもいいようなメールが来たり、変な野菜を使って今井だったか田村だったかを人体実験しようとした聖農婦と神絵師を全力で止めたり、えみりさんが……って、私が苦労してる原因の大半がえみりさんとあくあ君なんだけど、どうなってるのかな? でもって、残りのほとんどが十二司教絡みじゃない!
「もぉ〜、やぁ〜だぁ〜!」
私は子供が駄々をこねる様に、枕に頭を突っ伏したままソファの上で手足をバタバタと動かす。
……。
…………。
………………うん。
1人で何してるんだろ私……。
恥ずかしくなって、ちょっとだけ冷静になった。
私はソファの上に仰向けになると天井に向かって話しかける。
「今の見た?」
「……」
「気を遣わなくてもいいよ」
「……にんにん」
「やっぱいるんじゃん!!」
りんちゃんがいるのを忘れて子供っぽい真似をしてしまった。
私は羞恥心に押し負けてまた手足をバタバタさせる。
「すまないで候……」
りんちゃんは天井からシュタッと降りてくると、申し訳なさそうな顔する。
「ううん。りんちゃんは別に悪くないから謝らなくていいよ」
はぁ……なんか良い事ないかなぁ。
私がそう心の中で呟くと、携帯電話が鳴った。
ん? えみりさんからのメール? なんだろう……面倒事じゃないといいな。
クレア、お前に渡したいものがある。大広間に降りてきてくれ。
私に渡したいもの?
一体、何かな? 私はりんちゃんと一緒に大広間へと向かう。
するとそこには大勢の信者が集まっていた。
あれ? なんかまた私の知らないうちに人が増えてませんか? きっと、私の気のせいですよね?
「よくきましたね。クレア……」
え? 誰? 聖女モードのえみりさんに思わず他人のフリをしそうになりました。
えみりさんはわかってるのかな? 貴女がそんな感じだから信者という名の被害者が増えるんですよ?
「いつも仕事を頑張っている貴女に、聖女としてこのチケットを渡しましょう」
ん……? 何?
チケットをよく見ると、ベリルエンターテイメント主催クリスマススペシャルライブと書かれていた。
それも1枚だけじゃなくて2枚もある。え? 何? どういう事。
「そのチケットは、聖人ホゲーカワと聖人タシ・ナミーの尊い犠牲の末に手に入ったチケットです」
チケットをよく見ると森長メリービスケット当選枠と書いてある。
ははーん、なるほどね。つまりチケットを当てるために森川さんとカノンさんがビスケットの食べ過ぎで尊い犠牲になったと……。
「神から大きな使命が与えられた私達は、残念ながらこのライブを観客席からホゲ……ンンッ、見守る事ができません……。だから私の代わりとして、十二司教トップの貴女にあくあ様のご活躍を目に焼き付けてきてほしいのです」
「はあ……」
無料でベリルのライブが見られるのは嬉しいけど、大きな使命って何ですか? また、私が与り知らないところで変な事に巻き込まれてませんよね? 私がチラリとえみりさんの顔を見ると、何故か視線を逸らされた。まぁ目隠ししてるから本当のところはわからないんだけど、なんとなくそんな気がする。じーっ……。
「おめでとう!」
あっ、誤魔化した。
えみりさんがパチパチと手を叩くと、周りの信徒や十二司教達も手を叩いて祝福してくれる。
「おめでとうございます!」
「楽しんできてください!」
「しっかりと羽をのばしてきてくださいね!」
「日頃のストレスをベリルのライブで癒してください!」
「モウ ボタンヲ カチカチ オスノハ ヤメテネ!」
うーん、なんかとてつもなく嫌な予感がしたけど、きっと気のせいだよね。
チケットはペアだったので、私は隣にいたりんちゃんを誘ってライブに行った。
まぁ、そこまでは良かったんだよね。
なんだかんだでグッズも買えたし、展示イベントも楽しかったし、大画面で見る特別映像もすごかった。
それなのに……そう、それなのに、どうして、どうして!
なんで、えみりさんがそこに居るんですかああああああああああああああああああああああああああ!
はぁはぁ……はぁはぁ……。
私は前触れもなくステージに立ったえみりさんを見て、心の中で絶叫しました。
え? 本当になんでそこに居るの?
ねぇ、えみりさん……貴女、自分の立場わかってます?
なんか気がついたらデュエットオーディションに参加してるし、どうしてそうなったの!?
私はステージ上で聖女ムーブをかましている時の他所行きえみりさんを見て、どこか遠くへと現実逃避したくなった。
「あくあ様の敵……倒しますか?」
「りんちゃんストップ!」
これはミュージカルなの。台本があるから、ね?
だからキャストの人を倒そうとしないで。うん、まずはその手に持ってる物騒なものを下ろそうか。
クナイの代わりに、ほら! このあくあ様の色のペンライトなんかいいんじゃないかな?
あっ、でも、どうせ倒すならアソコに居るエロフ……じゃなかった。エルフの女王とかいう人なら、後で好きなだけ手裏剣の的にしていいからね。
あぁ、なんかもうすごく疲れてきた。
「目的地が見えてきたぞ!!」
船に乗ってドワーフの国を目指したベリルの一行は、途中で襲撃があったり、船が故障してたりして、その度に観客を巻き込んだライブパフォーマンスを披露して、ファンと共にいくつものアクシデントを乗り越える。
イベント毎にペンライトを使って観客が参加できるシステムも面白いし、歌や楽器の構成が特別バージョンだったり、ダンスパフォーマンスに殺陣やタップダンスの要素があったりと、本当にえみりさんの件がなかったらなぁ。もっとこう純粋に楽しみたかったです。
そして4人はさまざまな苦難を乗り越え、ついに目的地であるドワーフの王国がある大陸へと辿り着いた。
「ここからはしばし分かれて行動しよう」
キャプテンアキラは船のメンテナンスのために船に残り、黛君はドワーフの王に謁見へ、とあちゃんは必要な物資の調達と市民から情報収集をするために街へと向かう。
1人になったあくあ君はというと、聖剣を修復してもらうために街のはずれにあるドワーフの一軒家へと向かった。
「どうやらここのようだな」
住民からの情報によると、ここに聖剣を修復してくれるドワーフが住んでいるみたいです。
「すまない。誰かいるだろうか?」
あくあ君が声をかけると、胸にサラシを巻いて肩やおへそを出した月街アヤナさんが家の中から出てきた。
なるほど、アヤナさんがドワーフの鍛治職人なんですね。ゆうおにの最終回が明後日だという事もあり、観客席も盛り上がる。
「何よ! 私、これでも忙しいんだけど?」
期待通りのツン要素に、観客席にいるベリルのファン達もにっこりと笑みを見せる。
うちのクラスもアヤナさんが同級生だって事もあって莉奈派の人が多いけど、きっとここにいる人達も莉奈派の人がほとんどだと思います。
私はどっちかというと沙雪さんの方が好きだけど、沙雪さんのファンはそんなに多くないんですよね。
聖あくあ教にはまだ理解してくれる人がいるんですけど、なんでみなさんは沙雪さんの事を怖がっちゃうのかな。
好きな人を監禁するって、ものすごく合理的な手段の一つなのに……。
だって、自由に放置してたら世の中、何があるかわからないじゃないですか。
それなら最初から監禁して、その人の全てを管理してお世話してあげた方が効率的で1番安全です。大事な人なら尚更そうすべきだと思うんですよ。
そう思ってしまう私は、改革派の急先鋒に近い聖あくあ教や、あくあ君に近い改革推進派の総理の考えより、やっぱりスターズ正教の古典的な派閥とか、アラビア半島連邦とか、黒蝶揚羽さんの推し進める政策の方が、本来の自分の思考に近いんでしょうね。
「実は聖剣を使えるようにして欲しくて、ここにきたんだ。聖剣を修復できる優秀なドワーフとなると、君くらいしか居ないって街の人から聞いてね」
「ふ、ふんっ」
はっや……! ちょっと褒められただけなのに、もう秒でデレてるし、これは間違いなくチョロツンです。
期待通りのチョロデレを見せてくれるアヤナさんに、観客席のファンの人たちも笑顔になりすぎてだらしのない顔になる。
「しっ、仕方ないわね! ほら、見せてみなさいよ!」
聖剣を見たアヤナさんは目を伏せて首を左右に振る。
「ダメね。この錆を取るには特別な聖水がいるわ」
「その聖水はどこに?」
「ここにはないわ。この奥にあるドワーフの霊峰に行けばあるけど……そこには凶悪なオーガがいるって話よ」
「なるほど、それなら取りに行ってこよう」
あくあ君は、アヤナさんの隣を通り過ぎて、ドワーフの霊峰へと向かおうとする。
それを見たアヤナさんが慌てた様子であくあ君の方へと体を反転させた。
「待ちなさいよ!」
アヤナさんはあくあ君の袖をギュッと掴む。
「あ、あんた、聖水の湧いている場所がわかってるの?」
「いいや」
「それじゃあダメじゃない! もう! 仕方ないから私がついてってあげる」
おやおやおや? おやおやおやおや?
ここで白龍先生脚本のラブ要素ですか? 今のどこに落ちる要素があったのか私には理解できませんが、世の中の女性の9割以上がこれです。
えっと、朝、下駄箱のところでおはようって言われて……。
某クラスメイトのT.Tさんから聞いた話だと、これがあくあ君の事を好きになったきっかけだそうです。
これはまだマシな方で、聖あくあ教の某信徒さんの理由はもっと酷かった。
画面越しにあくあ様と目があったんだよね。これってやっぱり運命じゃないんですか?
思わず病院に行ってこいと言いたくなりました。
画面越しなら世の中の全員の人の目があってますよ?
それでもまだ十二司教よりマシかも知れません。
例えば十二司教の1人、調香師は藤百貨店ですれ違った時の匂いを嗅いだだけで脳細胞が侵食されたとか、粉狂いみたいにゲーム配信の時のマウス捌きで体が痙攣してキーボードのタッチ音で子供ができたとか意味不明な人も居るし、あくあ君の事が好きになる理由なんてもう考えるだけ時間の無駄なんだなと悟りました。
「大丈夫か?」
「う、うん」
足を滑らしそうになったアヤナさんをあくあ君が抱き止める。
普通逆じゃないのって言いたくなるけど、あくあ君だとこれが正解です。
男の子は守るものなんていう常識は通用しません。
あくあ君は入れ替わるようにアヤナさんの前に出ると、後ろにいるアヤナさんへと手を伸ばす。
「ほら」
「あ、ありがとう」
アヤナさんを優しくリードするあくあ君を見て、会場のみんなもうっとりとした表情を見せる。
あくあ君はそれに気がついたのか、私たち会場の方へと手を伸ばしました。
「ここは足下が滑りやすいからな。ほら、目的の場所まであと少しだ、みんなも気をつけるんだぞ」
みんなが一斉にあくあ君の方に向かって手を伸ばす。
うん、こういう事をするからまた勘違いした女性が量産されちゃうんですよ。
そしてその中でも特にずれた人が、聖あくあ教の被害者になっちゃうんです。
それだけならまだいいんだけど、ずれてればずれてる人ほどハイスペックの人が多いのはどうしてなのでしょう?
おまけに勝手に動くし、報告はしない! 連絡もしない! 相談もしない!! あー、考えてるだけでポンポンが痛くなってきました。
「ここよ!」
目的地に辿り着いたアヤナさんは、聖水の湧き出た場所へと走り出す。
しかしそこに立ち塞がったのは、2人のオーガでした。
「人族の子とドワーフの子よ。それ以上、足を踏み入れてはなりません」
2人の行手に立ち塞がったオーガの1人は、eau de Cologneの城まろんさんです。
「キシシ! もし聖水が欲しいなら、その証を示すです」
もう1人のオーガ、eau de Cologneの来島ふらんさんが悪い笑みを見せる。
あくあ様は前に出ると、まろんさんに向かって話しかけた。
「どうすればいい?」
「そうね……」
まろんさんは思案するような仕草を見せる。
「私達オーガは戦いの前に神様に歌と踊りを捧げるのが伝統よ。貴女達にそれを披露してもらいましょうか」
まろんさんの提案にふらんさんが口を挟む。
「それなら私にいい方法がありますです!」
ふらんさんは観客席に向かって両手を広げる。
「こんなにもたくさんオーディエンスがいるのです! どちらがより優れた歌と踊りを披露できるのか、勝負しようではありませんか!!」
ふらんさんの提案に観客席が沸いた。
ベリルのあくあ君と、eau de Cologneのアヤナさん、ふらんさん、まろんさんのトップアイドル同士の共演、盛り上がらないわけがありません。
「さぁ! 血湧き肉躍る歌合戦の時間です!! いざ尋常に!」
「「「「勝負」」」」
これは……eau de Cologneの曲ですね。
まず最初にまろんさんが歌い、ふらんさんがブレイクダンスを披露する。
それに対抗するように、次はアヤナさんが歌い、あくあ君も対抗するようにブレイクダンスを披露した。
初めて見る男性の、それもあくあ君のような手足の長い男性が見せる迫力のあるブレイクダンスにみんな声をあげて驚く。
曲は1分ずつのメドレー構成、歌う人、踊る人を変えつつ、途中ではあくあ君がeau de Cologneの曲を歌ったり、アヤナちゃんがあくあ君の曲を歌ったりして盛り上がりを見せる。
すごいな。eau de Cologneの3人が見せるトップアイドルとしての意地が、決してあくあ君を1人にはしないハイレベルなパフォーマンスで観客席にいるみんなを酔いしれさせる。
途中からは2人で歌って踊り、最後には4人で結婚式で披露したベリルの君は美しいという曲を披露して、そこからの流れで会場のみんなを巻き込んで幸せな時間を歌った。
「認めよう。君達の勝ちだ」
まろんさんの言葉に、あくあ君は首を左右に振る。
「いや、この戦いに勝敗などない。ここにいる全員がいたから、これだけ素晴らしい歌合を見せる事ができたのだ。もしこの戦いに勝者が居るとすれば、それは……この戦いを見ている全ての人達だと私は思う!!」
あくあ君の力強い言葉に、観客席も大歓声で応える。
「ふっ……なるほどな。いいだろう。騎士王、好きなだけ聖水を持って行くといい!」
「またいつの日か、やるです!」
オーガの2人と別れた帰り道、あくあ君とアヤナさんの2人は日が沈んだ事もあり、山小屋で一晩を明かす事にした。
まさかの展開に観客席からは悲鳴に近い声が聞こえてくる。
「これ、もしかして子供は見ちゃいけない奴ですか? そうですよね!?」
「そ、総……ンンッ、落ち着いてください!」
なんか物凄く興奮してる人がいるけど大丈夫かな?
うーん、それにしてもあそこの2人、どこかで見たような気がします。
「……」
「……」
あれ? なんか私の気のせいかな?
暖炉の灯りを見る2人から、少しいつもとは違う雰囲気を感じました。
セリフもなく2人とも黙ってるだけなのに、真に迫るような演技を魅せられて思わず息を呑む。
2人の間の空気感がとにかくリアリティがあって……エロくて、思わず私も内股になります。
わ、私だって年頃の女の子ですし、そういう事に興味がないわけじゃないですし……え? これ、どうなるんですか?
「騎士王……行かないでって言ったら、ここに残ってくれる?」
「……私は騎士王として、この世界から闇を祓わなければいけない使命があるんだ」
「やだ、やだよ」
「それでも誰かがやらなければいけない事だ」
「なんで、なんで! ……貴方がそんな事をしなきゃいけないのよ!!」
「それは……俺がそうしたいからだ」
あくあ君の力強い言葉をみんなが静かに聞き入る。
「覚悟ならもう決まっている。そう、あの時、あの瞬間から……俺は命を懸けてでも為すべき事を為すためにここにやってきた」
心臓がドクンと大きく跳ねた。
なぁ、クレアってさ。あくあ様のどこが好きなんだ? ほら、お姉さんにだけ、こっそり言ってみろよ〜。
えみりさんにそう言われた時、私は笑顔で誤魔化した。
「俺はもうこれ以上、誰かが悲しむ顔を見たくない」
あぁ……。胸に置いていた手が自然と自らの大事な部分へと伸びていく。
あくあ君が時折見せる真剣な表情。
自らの使命のために世界を構築してきたシステムにすら抗おうとするその姿。
私は一眼見た時から確信しました。
きっとこの人は……この世界を乱す邪神の化身なのだと。
おそらくこの事に気がついているのはこの世界でこの私だけでしょう。
だからこそ私は、えみりさんが礎を築いた聖あくあ教を利用した。
私がどうにかすると言って、十二司教のトップに君臨して、ここまではうまくやってこれたと思う。
計算外があるとすれば、あくあ君とえみりさんがたまに私の思惑を上回る時があるくらいですが、どちらにしろいい方向に向かっている事には変わらないので問題がありません。
それ以外のイレギュラーがあるとすれば杉田先生が、聖あくあ教や聖農婦からの直接の勧誘に乗らなかった事くらいでしょうか。だからこそ私は杉田先生の事をとても信頼しているんですけどね。
ああ……。
私は体の痙攣を抑えるように捩らせる。
あくあ君のやろうとしている事は、私が信奉するスターズ正教の教えとはまるで逆の方向へと向かっています。
だからこそ、彼が何か事を起こす度に、私の心と体は張り裂けそうになる。
その快感が!
その快楽が!
この上なくたまらないのです!!
もっと私を弄んで、嬲って、オモチャにして、胎の奥からぐちゃぐちゃにして欲しい。
私の心も体も、その全てを中から散々使い倒して、ボロ雑巾を捨てるように私の尊厳を踏み躙って欲しいのです。
神よ!
悪魔に唆された一介のシスターの過ちをお許しくださいませ。
私はあくあ君と……ううん、邪神あくあ様と、この世界を、貴女が作られたこのクソ素晴らしい世界を混沌へと突き落とします。
「だから……貴女も、私を笑顔で見送って欲しい」
「そんな事を言うなんて、ずるいわ……」
おっと、ついつい気分が高揚し過ぎて、本当の自分が顔を出しそうになってしまいました。
私はワーカー・ホリック、ちゃんと聖あくあ教で仕方なく十二司教をやらされてるクレアを演じなければ……。
『熱にうなされたあの夜に見た、君の大きな背中を今でも覚えている。冷たい雫が火照った頬を伝う、震える濡れた体』
あくあ君とアヤナさんはそのまま2人で月9の曲を披露する。
『雨風が窓を叩く度に、私の心が大きな音を立てる。暗闇に灯った月明かりの雫が、君の顔を照らす』
この歌詞って、アヤナさんが書いたんでしたっけ?
うーん、なんか妙にリアリティがあるんですよね。この歌詞……。
『そっと君から視線をそらして、熾火を見ていた。だってこの気持ちに気がついたら、今まで頑なに閉ざしていた心が溶けてなくなる気がしたから。このまま、時が止まればいいのになと思った』
アヤナさんはあくあ君の方へと少しだけ視線を向ける。
やっぱり、この2人ってなんかあるような気がします。
『どうやったら君に寄り添う事ができるのだろうって、苦しむ君の顔を見て側に居たいと思う。寂しさを埋めるように、求め合うように、締め付ける心と雨音。揺らぎ、終わりを告げるクラクション』
私は素人だから演技の良し悪しについてはわからないけど、この雰囲気は絶対に恋してないと出せない雰囲気だと思うんだよね。
あくあ君が歌ってる時のアヤナさんの表情とか、同級生とか友達じゃなくても思わず頑張れって応援したくなります。
『初めて君の名前を呼んだ。確認するようにまた呼んだ。その名前を呼ぶ度に君が愛おしくなった』
あくあ君はアヤナさんの事をどう思ってるんだろう?
うーん、表情を見る限りは分かりません。演技としては優しげな表情を向けていますが、アヤナさんとは少し違う気がします。
『そっと抱きしめた君の体を見ないように、熾火を見ていた。この熱は夏のせいだろうか。それとも二人の体温なのかな。重ねた身体、触れ合った肌、心が溶け合って一つになる。ゆっくりした時間の中で、本当は君のことを見つめていた』
2人は手を取り合うと、そっと体を寄せ合った。
観客席から小さな悲鳴が上がる。
『揺らめく炎が』
『暖かな火が』
『顔を照らした』
『顔を照らす』
『心が揺れる』
『心が揺れた』
『側にいて』
『側にいたい』
『あと少し』
『ほんの少し』
『こうしてていい?』
『こうしていたい』
みんながうっとりとした顔でステージを見つめる。
さっき五月蝿かった近くの席に座っている2人も静かに見守っていた。
『二人きりの夜、誰もいなかったあの世界。今も大事にしている記憶と、触れた掌の熱』
あくあ君はそっとアヤナさんから体を離す。
『そっと唇を重ねた私たちを、熾火だけが照らしていた。夏の終わりに始まりを感じた気がした。ゆっくりと溶けていく心が、自分の恋心を自覚させる。抱きしめられた腕の中で幸せな夢を見た』
最後はその手を離して、歌が終わりを迎えた。
騎士王は止まらない。こんなに心を通い合わせていても彼は行ってしまうんだとみんなが確信する。
「ありがとう。世話になった」
「うん……こっちこそ、ありがとう。貴方に会えて本当に良かった」
アヤナさんも最後は笑顔であくあ君を見送る。
観客席からは所々で咽び泣く声が聞こえてきた。
特に近くにいた2人がめちゃくちゃ泣いてて、そっちの方が気になってしまう。
「さぁ、行こう!」
再び集結した4人は目的地である闇の発生源へと向かう。
もちろんそこで待ち構えていたのは魔女の軍勢です。
「ここから先へは行かせない!」
最初はとあちゃん、そして次に天我さんと暗黒騎士たちとの戦闘を繰り広げる度に仲間が倒れて離脱していく。
その代わりと言ってはなんだけど、暗黒騎士の役を務めた小早川優希さん、玖珂レイラさん達も最後は救われて魂が解放されていった。
「最初の頃を思い出すな」
「ああ……」
残された騎士王のあくあ君と、エルフの学者である黛君は、みんなの想いを継いでたった2人だけで前を進む。
しかしその途中で崖が崩落して、あくあ君が聖剣を残して谷底へと転落してしまう。
「うっ……」
谷底で横たわるあくあ君へと誰かがのそりのそりと近づいていく。
あれ? なんか見たことあるような……。
「ウヘヘ……」
あっ、あのだらしのないスケベ顔は聖人ホゲーカワさん! じゃなかった、森川アナだ!
森川さんの登場に、会場からクスクスと笑い声が漏れる。
登場だけで笑いが取れるなんてある意味ですごい。
「だ、誰だ……!」
あくあ君がむくりと起き上がると、森川さんはお猿さんのような動きで物陰へと隠れる。
うっま。猿の動きの形態模写がうますぎて、逆にどう反応していいのかわからないです。
「わ、私はここに住んでるゴブリンね……」
ゴブリンと聞いて近くにいた人が吹き出した。
もう、ちょっと、静かに見てくださいよ!
まぁ、確かにちょっとっていうか、だいぶゴブリンが板についてる気がするけど……。
「そうか。すまないが……闇の発生源がどこにあるか知らないか?」
あくあ君が優しく問いかけると、森川さんは驚いたような顔を見せる。
「私、ゴブリンなのに、貴方は何も思わないのね?」
「ああ。だって君が本当に悪いやつなら、俺が寝てる間に襲ってただろ?」
あくあ君、そのゴブリン、別の意味で襲いそうになってましたよ。
おそらくその場にいた全員がそう心の中で突っ込んでたと思う。
「そう……なのね」
森川さんは奇妙な動きで反対側へと一気に駆け抜ける。
すっご、あの変な姿勢でよくそんなにも早く走れますね。別の意味でみんなが驚いて拍手した。
「こっちね! 私が案内するのね!!」
森川さんとあくあ君の2人は歌いながら頂上を目指す。
うん、森川さんってお姉さんと一緒でもそうだったけど、お歌も結構上手だし、さりげにハイスペックだよね。それなのに、なんで……こう……なんか、ちょっと……ううん、ていうかだいぶ残念な気がするのは私だけでしょうか?
「ここね!」
目的地に辿り着くとそこには魔女、小雛ゆかりが待ち構えていました。
「来たわね。騎士王! さぁ、最後の戦いを始めましょう!!」
「魔女、どうしてこんな事をする!」
「そんな事、ここまで世界を旅してきた貴方ならわかっているのではなくて?」
後ろのスクリーンに今までの旅路が映される。
「闇の力で男達が減って、世界は戦争から解放されたわ!! ほら、女性ばかりの世界はとても平和だったでしょう?」
「確かにそれも一理あるのかもしれない! だが、女性達の表情はどうだ! みんな笑顔だったと言えるのか!!」
今まで出会ってきた女性達の浮かない顔が映し出される。
それがあくあ君達と出会って、笑顔に変わっていった。
「ふ、ふん! そんな事を言って今までたくさんの女性を誑かしてきたんでしょうけど、私には効かないんだから!」
物語はクライマックス。オーケストラの壮大な音楽と共に、あくあ君と小雛ゆかりさんがド派手な殺陣を見せる。
すっご……あくあ君がすごいのはもう当たり前として、小さな体なのにそれを感じさせない、ううん、それどころかあくあ君でさえも上回るかのような、小雛ゆかりさんのアクションシーンにみんなが釘付けになった。
どこまでも私はずっと貴方の上にいてあげるとでも言いたげな表情は魔女の余裕を醸し出し、悔しがるあくあ君の表情は騎士王が劣勢であることを滲ませる。
なるほど、だからあくあ君の中で彼女は特別なのですね。
「どうして聖剣を持っていないのかは知らないけど、これで終わりよ!」
小雛ゆかりさんの攻撃があくあ君の喉元に迫る。その瞬間、今まで物陰に隠れていたゴブリン……じゃなかった、森川さんが小雛ゆかりさんの体にタックルした。
「お前に騎士王はやらせないのね! 騎士王は他の人達と違って、私のこともバカにせずに対等に接してくれたのね!!」
これには観客席もヒートアップする。
「いいぞーゴブ川!」
「頑張れゴブ川!!」
「ゴブ川! ゴブ川!!」
「頑張れホゲリン!」
もうホゲリンとか原型も残ってないじゃないですか。
「騎士王!!」
あっ、そのタイミングで聖剣を抱えた黛君がやってきました。
「お前の聖剣だ! 受け取れ!!」
黛君が放り投げた聖剣をあくあ君が片手でキャッチする。
もちろん会場は沸いた。
「魔女よ……」
あくあ君は剣を構えて振り上げる。
「やめろ! やめなさい!」
誰しもがあくあ君は小雛ゆかりさんを攻撃すると思った。
しかしあくあ君は、そのまま剣を上に払うと闇の発生源だけを霧散させたのである。
「……どうして?」
小雛ゆかりさんのそばに近づいたあくあ君は剣を置いて、そっと彼女の手を取った。
「俺は最初から言っていたはずだ。闇を祓いに来ただけだと、魔女を倒すとは一言も言ってない」
あ……そういえば、最初の時からそうだったような……。
これには私も気がつきませんでした。
「ふふ……なるほどね。だからあの子達も……そうか、そういうことだったの。わかったわ。私の負けよ」
手を取り合ったあくあ君と小雛ゆかりさんが立ち上がると、あくあ君はstay hereを熱唱した。
全ての元凶である魔女すらも助けようとする。いかにもあくあ君らしいです。
その後は、今までに登場してきた主要人物が全員ステージの上へと出てきて、ベリルの4人が前に出てbeautiful right? を披露した。まさしく世界を変えるきっかけとなった曲へと最後に繋げるところがいいですね。
こうして世界は平和に包まれました。
もう終わりかな?
楽しかったライブもこれで終わりかとみんながそう思いました。
「さぁ、行こうみんな!! 世界に光を届けに!!」
次の瞬間、前に出た4人がそのままステージから飛び降りた。
「きゃあああああああああ!」
「あくあ様!?」
「うぎゃあああああああ!」
「え? 何? 何?」
あくあ君達4人は観客席の奥にある出入り口へと一斉に駆け出すと、そのまま会場の外へと飛び出していった。
みんながポカンと口を開いていると、前のスクリーンに外の映像が映し出される。
ベリルのクリスマスフェスの第二幕となるシークレットイベントが始まった。
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://mobile.twitter.com/yuuritohoney
fantia、fanboxにて、本作品の短編を投稿しております。
https://fantia.jp/yuuritohoney
https://www.fanbox.cc/@yuuritohoney