黒蝶揚羽、はめつのまじょ。
すみません。予約投稿ミスってました。
無事退院したので、予定通り更新していきたいと思います。
次の更新は明日を予定しております。
どうやらベリルの皆さんがクリスマスにライブをするようです。
私は何を血迷ったのか、ライブのチケットが当たる森長のキャンペーンに応募してしまいました。
ま、まぁ、たくさん応募する人がいるから当たるわけなんてないですよね。
そんな事を考えていた自分が余りにも愚かすぎて、ほっぺたを引っ叩きたくなりました。
「当選してしまった……」
当選した以上は行かないと失礼だ。
でも、なんでよりによってペアチケットなんですか……。
こういう時に私が頼れる人はあまり多くありません。
「ごめん!! 行きたいのは山々なんだけど、その日のその時間帯はちょっと……だから揚羽おねーちゃんだけでも楽しんできて!」
ガーン! えみりちゃんに断られてしまいました……。
私は携帯を握りしめガックリと項垂れる。
うう……私が頼れる人が今いなくなりました。どうしましょう?
そんな迷える私の所に、誰かが近づいてくる。
「どしたん? 話、聞こか?」
顔をあげるとそこに居たのは総理でした。
ぐぬぬぬぬ……私は心の中で葛藤する。
総理に全てを打ち明けて誘うべきか、それとも違う人を探すべきか。
はっきり言って、コミュ障で友達がえみりちゃんしか居ない私が他に人を誘えるとは思えませんでした。
仕方ありませんね。
「実は……」
私は総理にペアチケットが当たったけど、一緒に行く予定だった人が来れなくなった事を打ち明けた。
「さすがは私、まさかチケットの方からやってくるなんて、いやー、これも日頃の行いがいいからでしょうなぁ!!」
「くっそおおおおおおお! 総理め!!」
「それが大人のやる事ですか! 行方議員なんてビスケットの食べ過ぎで病院に搬送されたんですよ!!」
「佐藤議員ストップ! 流石に丸太はまずい。総理を丸太で殴りたくなる気持ちはわかるけど、国家公安委員長として流石にそれは見逃せません」
近くにいた他の議員に大人気なく自慢げに話してる総理を見て、やっぱこの人を誘うんじゃなかったと思った。
どんなに尊敬できる部分があっても……というか、こういう子供っぽい事をしなきゃ、本当に尊敬できるところしかないんですけどね。
それなのに悪ノリは過ぎるし、笑いを取ろうとわざとふざけたりするし……アレ? この人が本当に総理でいいのか少し不安になってきました。
それでもこの人が好かれるのは、そういうのが全部愛嬌として受け取られちゃうところなんでしょうね。
ええ、全くもって私とは対極的です。
「それじゃあ当日に!」
「は、はい」
「よぉーし、みんなに自慢するぞぉ〜!」
「総理、ほどほどでお願いします」
それから数日後。
私は総理と一緒に電車に乗って会場に駆けつけた。
普通に電車に乗ったのなんて、本当にいつ以来でしょうか。
変装が完璧だった事もあり、誰も私達に気が付かなかったので少しワクワクしました。
「ふっふっふ、どうやら私たちの変装は完璧なようだな!」
「総理、あまり声を出さないでください。バレますよ。仮にも一国の総理なんですから、リスクを上げるような行動はお控えください」
「わかってるって!」
本当にわかってるのかなあ……。
まぁ、ライブが始まれば少しは大人しくなるでしょう。
「うわー、ドキドキする」
「わかる。私なんてもうチケット手に入った日からドキドキしてるもん」
「ねー! 本当、楽しみ!」
「生であくあ君を見れるなんて思っても居なかったから本当に嬉しい!!」
開演まで後少し、周りの席に座っているファンの人達の反応を見て表情が緩みそうになる。
一年前のクリスマスと比べて明らかに国民達の表情が明るい気がします。
間違いなくこの国に良い流れが来ているという実感をヒシヒシと感じた。
「おっ、黒蝶議員、そろそろ始まるみたいだぞ」
「はい、総理、そのようですね」
天井に吊るされたスポットライトが両側から順番に音を立てて落とされていく。
始まる……!
そう確信したファン達の大きな歓声が会場を包み込んでいく。
目の前に吊るされたスクリーンに、ゆっくりと文字が浮かび上がってきた。
【この世界の全てが大きな闇に包まれようとしていた】
繊細なヴァイオリンの音色にみんなが耳を傾ける。
あ……表には出てきてないけど、このメロディは間違いなく慎太郎君のものだ。
私以外にも数人のファンの人達がその事に気がつく。
【魔女達が行った狩りによって人類の大半は絶滅し、この世界に残ったのはエルフの女性達と数少ない人類を残すのみとなった】
最初は美しかったヴァイオリンの音色は徐々に力強さと迫力を増していく。
それに合わせるように、私の心臓の鼓動がどくんどくんと大きな音を立てる。
次の瞬間、スクリーンが映像へと切り替わった。
「この世界の破滅まで後もう少し……ああ! 世界が黒に染め上げられる日が今から待ち遠しくて仕方がないわ」
魔女に扮した小雛ゆかりの演技に身慄いした。
この人、なんでこんなにも悪役が板についているんだろう。
悪の女王に相応しいドレスを身に纏い、妖艶な雰囲気を醸し出すその演技は、お昼に見たいいですともの印象を一瞬で掻き消すほどだった。
なるほど……だから彼女が役者、白銀あくあの演技の師匠なのだと、私達のような素人にも一瞬で分からせてくる。
【その中でも希望を持ち続け、いつか来る未来のために必死にもがいていた者達が居る】
スクリーンには、赤子を抱き抱える女性達が映し出される。
見た事がある人がいるなと思ったら、はなあたでヒロインを務めた女優さんです。
それに、このストーリーは……私は隣にいた総理へとほんの少しだけ視線を向ける。
【彼女達のその願いと想いが一本の糸となって、途切れる事なく歴史を跨いで紡がれていった】
このストーリー、間違いなく今の世界とリンクしている。
私はすぐにその事に気がついた。
脚本は白龍先生だっけ……。私も先生の作品を愛読してるからわかるけど、ファンタジーは多分初挑戦だと思う。
スクリーンの映像では、甲冑を着て髪を三つ編みにした金髪の女性騎士が歩く後ろ姿が映し出された。
「女王陛下! 敵の軍勢がそこまで迫っています。もうここは持ちません!! 退避を!!」
彼女の顔が出た瞬間、ほんの一瞬だけ会場が沸く。
それもそのはず、エルフの姫騎士役を務めたのはあくあ様の正妻である白銀カノンさんだったのだから。
でも私にとって衝撃的だったのは次のシーンだった。
「なりません。ここで逃げたとしても、この先に私達の未来はないでしょう。ならば……私も前に出て共に戦います」
あ、あ……え、えみりちゃん!? なんでえみりちゃんがそこに!?
周りを見ると私以外の人たちも動揺した素振りを見せていた。
でも彼女達の動揺は私とはきっと違う理由です。
多くの人達は、きっとスクリーンを通して見たえみりちゃんの姿に、あの雪白美洲や、白銀あくあの演技を重ねてしまったのではないでしょうか。私もはっきり言ってびっくりしました。
元よりえみりちゃんは綺麗だけど、なんていうのかな。画面映えする子だと思いました。
「探したぞエルフの女王! ほぉ……姫騎士もここにいたか!」
次の瞬間、スクリーンが真っ二つに割れると、黒い騎士の甲冑を着た玖珂レイラさんがステージに現れた。そしてその反対側にはえみりちゃんと、えみりちゃんを庇うように前に立ったカノンさんの姿が見える。
これには会場も大歓声に包まれた。
「おっと、姫騎士……動くなよ。我らは暗黒騎士、魔女様の命によってお前達をここで根絶やしにする!」
玖珂レイラさんの後ろに続くように、後ろから同じ甲冑を身に纏った多くの女性達が現れる。
「動けばここにいる奴らの命の保証はしない。諦めて武装を解除しろ!!」
レイラさんは私達の方へと姿勢を向けると、観客席に向かって持っていた剣を振り下ろす。
あ、あ、これって、私達が人質なんだ。
私達、観客席に居るファン達もこのストーリーの登場人物なんだと気がつく。
「人質を取るなんて、卑怯な!」
カノンさんは構えていた武器を下ろすと、2人に向かって人質には手を出すなと叫ぶ。
「くっ、殺せ!」
人質を解放するために自らが犠牲になろうとするカノンさん。
え? え? これって、どうなっちゃうの?
そう思った次の瞬間、奥にあった新しいスクリーンに馬が走る映像が映し出された。
綺麗……銀色のような尻尾を靡かせて駆ける一頭の真っ白な馬、その上に跨る白銀の甲冑を身に纏った騎士の後ろ姿に観客席も見惚れてしまう。
みんながあっけに取られていると、会場の後ろからヒヒーンという本物の馬の声が聞こえてきた。
「え?」
「何?」
「どういうこと!?」
「お馬さん……?」
「後ろから聞こえてきたよね?」
みんなが一斉に後ろを振り向く。
それと同時に白馬に乗った本物の王子様が、後ろの大きな入場口から飛び出してきた。
「きゃあああああああああああ!」
「白馬の王子様きたあああああああああ!」
「え? 王子? それとも騎士様!?」
「え、やば……」
「これは夕迅様以来のクリティカルヒットきた……」
「あくあ様って、本当に王子様だったんだね」
「さすがは白龍先生、わかってるわ……」
「金髪あー様は反則でしょ」
なんて、ド派手な登場なんだろう。
迫力のある打楽器の音と共に、まるで映画を見ているようかのな壮大なオーケストラへと切り替わる。
隣にいた総理が、何それかっこいい。私も次の国会、これで登場しようかな、なんて不穏な事を言っていたけど、聞いてなかった事にします。私は違う党だし、総理と同じ党の皆さんは頑張って……。
「あくあ様あああああああああああ!!」
「こっち見てええええええええええ!」
「うぎゃあああああああああああああ!」
あくあ様は一気に坂道を駆け抜けると、ステージの上に飛び上がった。
すごい……。あんなに馬を上手に扱えるなんて、お馬さんごっこが得意なくくり様くらいしか見た事がない。
そういえば、えみりちゃんはしょっちゅう幼稚園児のくくり様にお馬さんをやらされてたなぁ……。
うん、とてつもなくどうでもいい情報も思い出してしまった。舞台に集中しよう。
「人……だと!?」
「誰だお前は!」
カノンさんを守るように馬を止めたあくあ様は、そのまま馬を降りて近くにいた人に手綱を引き渡す。
本物の姫と王子じゃん……。あ、いや、そもそもカノンさんは本物のお姫様だった……。
でも、その事を忘れていたのは、どうやら私だけじゃなかったみたい。
「そういえば嗜みってお姫様だった」
「くっ、嗜みがお姫様だってこと忘れてた」
「あー、そういえばそうだったような……」
「2人とも顔面つっっっよ!」
あくあ様は腰にぶら下げた大きな剣を引き抜くと天高く突き上げた。
衣装から小道具に関わるまで全てがおそらくはジョン氏によるデザインだろう。
ボタンの一つから装飾の一部に至るまで、全てがあくあ様のためだけに考えられている。その美しさは息を呑むほどで、この光景だけを1時間でも2時間でもうっとりと見つめていたくなるくらいだ。
「我が名は騎士王! この世界を侵食していく闇を祓い、全てを救うために立ち上がった!! 魔女の軍勢よ! お前達に我らが盟友であるエルフの王国を滅ぼさせたりはしない!」
あくあ様こと騎士王様は地面に剣を突き立てる。
その音と重なるように打楽器の大きな音が会場に鳴り響く。
そして音楽が始まる。
【この戦いはどこまで続くのだろうか。何も見えない霧の中、もがき、苦しみ、倒れ、それでも前に進む。何故そうまでしても人は前に進まないといけないのか】
どこまでも伸びていく清らかで美しい歌声。
嘘……でしょ……。
あの、アリア・カタリーニにも負けてない。
というかもうここまで来ると好みの問題だ。
それくらい僅差と言っても過言ではない彼女の……えみりちゃんの歌声に会場は息を呑んだ。
【ふとした時、誰かが歩みを止めた私の背中を押してくれた。私も同じように動けなくなった者に手を差し伸べる。きっとこの霧を抜けた先に何かがあると信じて】
そういえば、えみりちゃんはデュエットオーディションにも応募してたんだっけ……。
掲示板では、流石にあのアリア・カタリーニに勝てるわけがないよねって見方がほとんどだったけど、えみりちゃんはその圧倒的な歌声と歌唱力で全てを黙らせてくる。
【この戦いに勝ったとしても負けたとしても私達の人生は続くだろう。では、なぜ戦うのか……それは名誉のためだ】
あくあ様の歌声にみんなが沸く。
いつもより声が低いせいだろうか。すごく大人びて見える。
きっと大人になったらなったで、あくあ様はかっこいいんだろうなと思った。
ん?
ステージを注視していると、レイラさんがあくあ君の横に並ぶように前に出てくる。
それに合わせて暗黒騎士の部下の1人と、エルフ側にいた外套を頭から被った女性がそれぞれの両端に並んだ。
つまり今、ステージの中央にはあくあ様が立っていて、その右隣にえみりちゃん、左隣にレイラさん、そしてレイラさんとえみりちゃんの両隣にエルフの女性と騎士の格好をした女性が立っている。
一体何が始まるんだろうと思っていたら、正体を隠していた両端の2人がフードと兜を外した。
その瞬間、観客席からは大きな歓声が上がる。
なんと2人の正体は、この曲の歌手である世界的なオペラ歌手のアリア・カタリーニさんが扮する騎士と、えみりちゃんやレイラさんと同じくデュエットオーディションにエントリーした世界的ソプラノ歌手のエリーカ・エヴァーミリオン、エリーカ様が扮するエルフの2人でした。
【今までの人生で積み重ねたものを全て出し切り、競い、戦い、高めあう。そうして私達の最高の戦いが始まるのだ。この戦いを邪魔する者は誰1人としていない。ここにあるのは共に戦ってきた仲間達と紡いでくれた人達の想いと魂、そして名誉だけ】
5人の歌声が重なる。
え、すご……。レイラさんも世界的なミュージカル女優なだけあって歌がすごく上手いし、え? そのレイラさん、エリーカ様、アリアさんの3人に囲まれて見劣りしないえみりちゃんやばくない? デュエットオーディションのトップ3ってこのレベルなんだ。ほえ〜……。
いや、それ以上にやばいのは、その4人と一緒に歌ってるのに明らかにリードしてるあくあ様の歌唱力ってどうなってるんだろう。うん、私は深く考えるのを諦めた。
掲示板を見ている時に見たけど、あくあ様はあくあ様だから仕方ないよねって魔法の言葉一つでどうにかなるって書いてあったし、私もそうする事にする。魔法の言葉って便利ダナー……。
【さぁ、私達の戦いを始めよう。勝利と敗北の峠を越えた先に何がある? ここに立つ、それこそがもう名誉なのだ。余計な事はもう何も考えなくていい。さぁ、戦う事を、競い合う事を、高め合う事を楽しもうじゃないか!】
最後まで歌い切ると、両脇に居たエリーカ様とアリアさんは観客席の歓声に応えるように笑顔で手を振りながら横にはけて退場する。
やはりこの一連の流れは、掲示板でデュエットオーディションのレベルに懐疑的な声が多かったから取り入れられたのでしょうか。少なくともこれを見てしまった以上は、もうデュエットオーディションに疑問を投げかける人は居ないだろう。
「騎士王だと! たった1人の貴様に何ができるというのだ!! エルフ共々ここで討ち滅ぼしてくれる!」
切り掛かってきたレイラさんの斬撃を受け止めたあくあ様はそのまま攻撃を横に受け流す。
あくあ様は続くレイラさんの攻撃を華麗なステップで交わしていく。
美しい剣舞と殺陣のアクションシーンにみんなが見惚れる。
ううん、全女子の本音を代弁すると、ただ単にあくあ様がカッコ良すぎてみんなホゲってただけだと思う。
あくあ様はそのままレイラさんを追い詰めていく。
しかし、あくあ様が剣を振り下ろした瞬間、レイラさんのマントが翻る演出と共にステージから消えてしまった。
えっ? えっ? どういう事!?
観客席が戸惑っていると、ステージの端から再びレイラさんが姿を現した。
おお〜! イリュージョンだ!
「我ら魔女の軍勢に物理攻撃は効かぬ! 騎士王、貴様は強い。しかし、それでは我らは倒せぬぞ!」
ちょっと! 物理攻撃が効かないのは流石に反則でしょ!!
脚本家でてきなさい!! って、脚本は私の大好きな白龍先生だった……。
どうしたらいいんだろう。みんなが固唾を飲んで見守る中、騎士王を助けるべく1人の男性が駆けつけた。
「騎士王よ! 闇の力を使う暗黒騎士の弱点は光だ!!」
きゃあああああ! 慎太郎君よ!
みなさん見てください!! あれがうちの慎太郎君です!!
慎太郎君はいつもとは少し違う形のメガネと重厚感のあるローブ姿で、鎖のついている大きなアンティーク調の本を手に持っていました。
よく似合ってるわ!! ベリルのライブは写真撮影が自由だから、貴代子さんのためにも撮っておかなきゃ。
紫苑さん経由で私だとわからないように、どうにかして貴代子さんに回してもらいましょう。
「感謝する。君は一体?」
「私はエルフの学者、世界を覆い尽くすこの闇を祓うために、私達の一族はずっと研究を続けてきた。さぁ、今こそ世界を救う時、共に戦おう! 騎士王よ!!」
これ、ベリルじゃん!!
いつもだと大体のパターンでとあちゃんの方が先に来そうだけど、雑誌のインタビューでも最初にあくあ君がアイドルになろうと後押ししてくれたのは慎太郎君だって事実が明かされている。
それがわかってるからこそ、今、この瞬間、ガッツポーズしてるファンの人達は間違いなく慎太郎君のファンの子達だ! よかったね。慎太郎君……君のファンはこんなにもいっぱいいるよ!
『君はいつだって自由だ。その翼でどこまでも飛んでいく。誰も見た事もない景色へと。目の前は何も見えない。それでも君は迷う事なく歩いていくんだ。切り開いていく。世界すらも。Wow、Wow、Wow、Wow!』
光り輝く未来へ。慎太郎君の持ち歌だ!
しかも今回は、慎太郎君とあくあ様の特別デュエットバージョンです。
『期待と重圧で押しつぶされそうだった。逃げ出したくてもそんな勇気すらもない。諦める理由だけをずっと考えて生きてきた。でも今は向き合う事だけを考えている』
1番最初から戦い続けてきた2人の歌に涙腺が緩む。
あくあ様も、今の俺があるのは、あの時、慎太郎が背中を押してくれたからだと言っていた。
『僕は自由なんだ。どこにだって好きなところに飛んでいける。誰も見た事のない景色へと。目の前は何も見えない。それでも僕は迷う事なく歩いていくんだ。切り開いていく。世界すらも』
そんな2人だけのダンスを交えたデュエット。
最初はロボットみたいな動きでロボずみだなんて言われていた慎太郎君が、あくあ様と息の合ったダンスを魅せてくれている事に感動する。
『どこにだっていける。だって僕は自由だろう? 迷う必要なんてない。まだ見た事ない景色が僕を待っている。突き進め。未来へと。Wow、Wow、Wow、Wow!』
カメラを持つ手が震える。指先に力が入らなくてシャッターを切れない。
すると隣にいた総理がそっとカメラを手に取って、私の代わりに写真を撮ってくれた。
『もう誰かのせいにして生きたくなんてないんだ。何かのせいにして諦める事なんて何一つない。君の背中はいつだってそれを教えてくれた。僕が馬鹿だって事、君が気づかせてくれたんだ』
慎太郎君は前に出てくると観客席に向かって叫んだ。
「みんなの力を貸してくれ! みんなが持っている光の力を騎士王に!」
ど、どういう事だろう!?
私は最初どうしていいのかわからなかった。
『何も見えない今が楽しくて仕方がない。明日の道は自分で切り開いていく!』
慎太郎君の意図に気がついたファンの子が、2人の色のペンライトを取り出すと力強く振り始めた。
あっ、あっ、そういう事か!! ステージを見るのに夢中すぎて、みんなペンライトの事を忘れていた。
『僕達は自由なんだ。どこにだって好きなところに飛んでいける。誰も見た事のない景色へと。目の前は何も見えない。それでも僕達は迷う事なく歩いていくんだ。切り開いていく。世界すらも』
1人、また1人と、波及するように2人の色のペンライトの光が広がっていく。
その光景はとても素敵で、心にほんわかとした温かみが広がっていくようだ。
『どこにだっていける。だって僕達は自由だろう? 迷う必要なんてない。まだ見た事ない景色が僕達を待っている。突き進め。未来へと』
間違いなくここにいる子達の思いは一つになっていた。
私が……私達が目指した世界がここにある。
『これが正解かどうかなんてわからない。もしかしたら間違ってる事をしているのかもしれない。だからと言って諦める事なんてもうできない。みんなを笑顔にするって君が言ったあの日から』
慎太郎君の歌う歌詞が自分の事と重なって聞こえる。
ただ、一つ違うのは、自分がやろうとしている事は決して正しい方法じゃないって事が自分でわかっている事です。
それでもえみりちゃんと違って、不器用な私にはこの方法しか思いつかなかった。
『僕の笑顔を君達に届けたい。この気持ちを伝えたいんだ。そのために僕は手を伸ばし続ける。どこにだっていける。だって君と僕は自由だろう? 一緒に行こう、同じ未来へと』
例え自らの未来を捨てても、私には為さねばいけない事がある。
全てはみんなが同じ未来に向かって羽ばたくために。
スポットライトの一つがステージを照らす。それに合わせて闇の軍勢は一歩、また一歩と後退していく。
『みんな自由なんだ。どこにだって好きなところに飛んでいける。誰も見た事のない景色へと。目の前は何も見えないかもしれない。それでも僕達と一緒に歩いていこう。切り開いていく。世界すらも』
それほどまでに私の一族は業を背負いすぎた。
だから、誰かで帳尻を合わせなきゃいけない。
それが私の役割だというのなら、私はおとなしくその裁きを受けよう。
『どこにだっていける。だって僕達は自由だろう? もう迷う必要なんてない! まだ見た事ない景色にみんなを連れていく。ゆっくりでもいい。明日に向かって』
歌い終わった2人に対して大きな拍手が贈られる。
この国は今まさに転換期、ベリルと共にみんなが明るい未来へと歩き始めた。
だから黒蝶のようなやり方はここで終わらせなきゃいけない。
でも……私にほんの少しでも自由があるのなら、引導を渡してくれる人物だけは自分で選びたい。
白龍先生ほど上手じゃないかもしれないけど、この脚本は君たちのために描いた脚本だから、どうか受け取って欲しいな。
「これが、これが、ずっと私達の待っていた未来なんだ……」
「総理……」
真剣な総理の横顔を見て、久しぶりにこの人の素を見た気がした。
ふふっ、いつもそうやってればもっと支持率だって高いのに、でも、たまにしかこういう姿を見せないから、この人は好かれてるのかもしれないなと思った。
ずっと気を張りっぱなしじゃ倒れるぞって、前に言われた事を思い出します。
「くそ、光の力が!! 退却だ! 退却するぞ!!」
光の力によってステージの端っこに追い詰められたレイラさん率いる魔女の軍勢が退場する。
「人の子よ。助けられました。貴方ならこの世界を覆い尽くす闇を祓ってくれるやもしれません」
えみりちゃん本当綺麗……。カノンさんの隣にたっても見劣りをしないというか、この2人の見栄えと醸し出す特別な空気感はあくあ様の隣に立っても見劣りがしません。
「学者よ。エルフの代表として騎士王の旅に同行しなさい」
「はい。女王陛下!」
こうしてあくあ様と慎太郎君の2人は、エルフの国から外の世界へと旅立っていった。
スクリーンにストーリーの説明が映されている間に、後ろのセットが一瞬で転換する。
衣装を旅人風に変えた2人は森の奥深くへと入っていく。全ては闇を祓う聖剣を手に入れるためだ。
しかしそんな2人の行き先に、新たなる刺客の魔の手が迫る。
「人の子、騎士王……そしてエルフの学士よ。お前達の旅もここまでだ!」
新たに現れた暗黒騎士が2人の行手を遮る。
暗黒騎士を率いていたのは、ドライバーで共演している小早川優希さんだ。
これにはドライバーファンの人たちが笑みを見せる。
かっこいい系のレイラさんもそうだけど、長身の小早川さんもすごく甲冑が似合ってた。
2人とも女子校時代はモテモテだっただろうなぁ……。
「騎士王! 光の力を!」
「いいですとも!」
その掛け声はどうなの!? って思ったけど、観客席はあくあ様のアドリブに大喜びだった。
うん、さっきまで出てたもんね。多分、テレビで見ている守田さんも大喜びしてると思う。
「何!?」
あくあ様は剣を突き上げるが、スポットライトの光が広がっていかない。
それどころかステージの足元に漂うモヤがより一層広がっていく。
どうやら深い森の木々に光が遮られている演出のようだ。
一転してピンチに追い込まれるあくあ様と、慎太郎君。
ファンのみんなも私も総理も必死にペンライトを振るが、その光も届かない。
「く……」
「どうした騎士王! 人族の騎士の力は、こんなものか!」
うわああああん! あくあ様と慎太郎君がピンチだよ!
助けてえみりちゃん。カノンさん!!
絶望的な状況で天から声が降り注ぐ。
「諦めちゃダメ、騎士王」
あ……この声は……。
「とっ、とっ、とあちゃん!?」
「とあちゃあああああああん!」
「うわあああああああああああああ!」
「きちゃああああああああ!」
何人かの人は叫びながら薬をがぶ飲みしていた。
だ、大丈夫かな? それ一応、国の未承認薬ですよ〜。
「誰だ!」
小早川さんが天を見上げる。
すると一筋の光に包まれて妖精の服装を身に纏ったとあちゃんが地上に降りてきた。
え? え? 空中に浮いてる? よく考えたらワイヤーを使った演出なんだろうけど、ふわふわと舞い降りてくるその動きはワイヤーである事をミリも感じさせない。それほどまでに自然な感じで地上に舞い降りてきたとあちゃんは、騎士王の前に立つ。
「妖精族か……森に引きこもって居れば良いものを!!」
「そうだね。確かに君のいう通り、僕はずっと引き篭もっていた……。でも、それじゃあダメだって気がついたんだ。だから、僕も彼らと共に行く!!」
だからそれもベリルじゃん!!
誰なのよこの脚本書いたの! って、私の大好きな白龍先生じゃん!!
「さぁ、立ち上がって騎士王! 僕がその剣に光の力を込めるから」
スポットライトの光が2人だけを包み込む。
『流れた星は海に落ちる。夜空に手を伸ばせば、ミンナの希望が瞬く』
とあちゃんの白黒の世界だ!
しかもこれはベリルの夏コミで見せたアカペラスタートバージョン!
『僕は今、白黒の世界の中』
アカペラのターンが終わるとオーケストラによる迫力のある演奏に切り替わった。
打楽器の音に合わせて、あくあ様はタップダンスを組み合わせた剣舞を披露する。
『こぼれ落ちた涙の雫、伝えられなかった僕の嘘』
この曲をやるのはこれで3度目だったかな。
私のような素人が聞いても明らかにどんどん良くなっている。
「あっ、あれ!」
「たまちゃん!」
「それにシロ君も!」
天から舞い降りてきた2人の天使、たまちゃんとシロくんの2人がとあちゃんの周りをぐるぐると回る。
なんかもう可愛い。何が可愛いって全部が可愛いんです。
それなのにさらに追い打ちをかけるように、新しい天使が2人舞い降りてきました。
あ、あ、あれって、Vtuber部門に追加されるって言ってた中身が誰かわかりきってる2人のスキンですよね!?
うわー、ここで初お披露目なのかぁ!! 慎太郎くんのVtuberデビュー楽しみだな。
『恐怖で冷え切った僕の心、それを貴方の優しいぬくもりが溶かしてくれる』
うわあああああ。飛んだ! 飛びました!!
とあちゃんは空に飛ぶと、私たちの上をぐるりと回る。
何人かが下からパンツを覗こうとしてたけど、そういうのはやめましょう。
ちなみに必死にパンツを見ようとしてた隣の総理は私が全力で止めました。
鉄壁のショーパンから見えるわけないんだから諦めましょうね。
『たとえこの思いが伝えられなくても、この大きな宇宙の下で僕と君は繋がっている。僕のこの想いは胸の奥を甘く締め付けるけど、全ては白と黒の世界の中に静かに沈んでいく』
とあちゃんの歌が終わると、騎士王あくあ様は雄叫びと共に天高く剣を突き上げる。
スポットライトの光の広がりと共に、床を覆い隠すほどの霧が晴れていく。
「くっ、ここまでか!」
小早川さん達、魔女の軍勢は2度目の撤退をする。
さぁさぁ、これで3人揃いました。
あくあ様達は、森の奥にあった聖剣を見つけますが、聖剣は長い年月を経て錆び付いていたのです。
これでは使い物になりません。
一行は聖剣を使えるようにするためにドワーフの国に向かう事になりました。
しかし、ドワーフの国がある大陸へと行くために船が出ている近くの街に寄ると、既に魔女の軍勢によって船を壊されてしまったために船が出せないみたいです。
完全な手詰まり、諦めるしかないのでしょうか……。
誰しもがそう思った時、ステージの奥から巨大な船がゆっくりと姿を現しました。
これにはみんなが驚きの声をあげる。
「フハーッハッハッ!」
そしてその船の先端に立った1人の人物にみんなが視線を向ける。
「とう!」
飛び降りた彼はカッコよくポーズを決める。
「待たせたな!! 七つの海を股にかける男、キャプテン・アキラとは俺の事だ!!」
なるほど……なんとなく色々とわかってきました。
この脚本、ところどころ厨二っぽいところがあるのはきっと、うん、そういうコトなんでしょうね。
でもファンのみんなも私も大満足なんで何も言いません。
「さぁ、行こう!」
船に乗り込んだ4人は楽器を奏で楽しげに歌いだした。
『君は光だから、月のない夜空に一際輝く道標だから。そんな君の周りで輝いてみたいと思った』
ついに4人が揃ったんだ……。
闇に閉ざされた世界を、4人の乗った船が切り開いていく。
『君は光だから、月のない夜空に一際輝く道標だから。光の届かない深い場所さえも君は明るく照らしてくれる』
船の後ろがスポットライトで照らされる事で、4人が通った後の航路が光に包まれている事がわかる。
これはベリルだ……。っていうか、よく見たら船の横にBeryl Enterpriseって書いてある! 芸が細かい!!
『弱って翳る時もあれば、雲に遮られる日があってもいい。そんな日があっても誰も君を責めたりなんてしない』
天我くんは大きく手を広げると、私たちに向かって話しかける。
「勇敢なるベリル号の乗組員達よ! オールを漕ぐのだ!! 目的地に向かって、我らと共に旅に出よう!!」
アキラ君は両手に剣を持つと空中でくるくると回す。
いや、よく見ると片方の手は鉤爪になっていた。うん、そういうの好きそう……。
観客席にいる人達をストーリーに巻き込む事で、ベリルのみんなとファンの間により一層一体感が出てくる。
『だってこの真っ暗な世界で、君は誰よりも輝き続けているのだから』
みんなで両手にペンライトを振り上げてくるくると回す。
実際にその動きに合わせて船の側面に取り付けられたオールがクルクルと回り出した。
もしかしてペンライトの光の動きをトレースして、それに合わせて回転してる? すご……。
『君は光だから、月のない夜空に一際輝く道標だから。君とならどこまでだっていける気がする』
いいのかな?
私がこの船に乗っても……。
『夜空が暗くなるほど君はますます輝いていく。そんな君の周りでみんなが輝きを増していくんだ』
黒蝶のせいで不幸になった男の子達はたくさんいる。
そんな私が、彼らと一緒に行く事は許されない。
『弱って翳る時もあれば、雲に遮られる日があってもいい。そんな日があっても誰も君を責めたりなんてしない』
ペンライトを振っていた手の動きが自然と止まる。
罪悪感で胸が圧し潰されてしまいそうになった。
『だってこの真っ暗な世界で、君は1人輝き続けていたのだから』
自分が本当に情けなくなる。
覚悟を決めたはずなのに、今だってこうして現実逃避をしているのだから。
もう子供じゃないのに、本当の私は中学生の頃から何一つ変わってない。
『君と出会えた奇跡に感謝する』
曲の盛り上がりと反比例するように、私の心が暗闇へと引き摺り込まれていく。
『君と出会えたこの運命にありがとう』
黒蝶という柵が決して私を離してはくれない。
だからこそ私はこの柵ごと海の底へと沈んで行こうと思った。
『君は光だから、月のない夜空に一際輝く道標だから。あぁ、なんて素晴らしい景色だろう』
そうよ……私が王子様を待ち望んではいけない。
『君が照らした世界はこんなにも輝いている。君が照らした光でみんなが世界の美しさを知る』
歌が終わるとホールの中が大歓声に包まれた。
でも、私の心が浮上する事はない。
私は黒蝶、この国の男性を苦しめた魔女の一族、黒蝶家の当主、黒蝶揚羽なのだから……。
そう、この時の私は全てがわかってたつもりになっていた。
この世界で彼の突飛すぎる行動を読める人なんて誰1人としていないのに。
だから、私はこの少し後に知る事になる。
白銀あくあが、この世界を救いにきた本物の王子様だって事を……。
黒蝶に囚われた私が救われるその日まで、もう2週間を切っていた。
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://mobile.twitter.com/yuuritohoney
fantia、fanboxにて、本作品の短編を投稿しております。
https://fantia.jp/yuuritohoney
https://www.fanbox.cc/@yuuritohoney