那月紗奈、私がアイドルを目指した理由。
「助かったわ。ありがとう!!」
埃で煤けた白いワンピースから作業着の上着を羽織り、学校指定のジャージのズボンを履いて工事現場のヘルメットを被った私は、口にビスを咥え充電ドライバーを肩に担ぎながら大きく股を開いて脚立から降りていく。
「これで大丈夫だとは思うけど、一応プロの人にチェックしてもらってください」
「本当ありがとう!」
その昔、宮大工さんだったおばあちゃんは建築会社を営んでいて、そこに毎日のように入り浸っていた私はこの手の道具は扱い慣れている。ちなみに私が1番得意なのはかんな削りで、おばあちゃんからも上手だと言われた。
「ごめーん。誰か余ってる人いない?」
「あ、今、行きまーす!」
ここは、ベリルのコンサートが行われる東京インターナショナルフォーラム。私はオーディションメンバーの1人として、昨晩から現場を見学させてもらっている。
その後、一度仮眠を取った帰り道にスタッフさんの荷物運びを手伝った事がきっかけで、それからずっと現場を走り回っている。
「それじゃあ、重いからみんな落下させないように気をつけてね! いっせーので!」
んっ、おっも……!
4人で持ち上げた什器をゆっくりと周りに注意しながら移動する。
「周りちゃんと見て、ぶつからないように!!」
「重たいもの通りまーす!」
「カーブ気をつけて!」
「角ぶつけないようにしてね!」
何度か軽作業の手伝いで現場に行った事あるが、現場では面倒な事でも安全第一で行動する事が重要だ。
そこを蔑ろにして事故になった現場は少なくないし、実際に事故が起こってそのライブ自体が中止になる事だってある。だからちゃんとした現場ほど、みんなわかってる事でも一つ一つ声に出して意思を統一をして、安全を確保しつつ作業を行うとお婆ちゃんから聞いた。
「はい、今度は下ろすよー。指挟まないように気をつけて!!」
「ゆっくりゆっくり!」
「はい、OKです!」
ふぅ、重たかった。私は頬を流れる汗を拭うと、頭を下げてお礼を言う。
現場では感謝の気持ちを忘れたらダメだってお婆ちゃんが言ってたからな!
「ありがとうございました!!」
「こちらこそ、ありがとう! バイトの子でしょ。助かったわ!」
うん……この見た目のせいもあるけど、完全にバイトの子だと勘違いされてるな。
ついつい困ってる人を見ると声をかけてしまう生徒会長だった時の癖が抜けてないせいか、まさかこんな事になるなんて……まぁ、楽しいから別に問題ないか! ははは、細かい事は気にするなってお婆ちゃんやお母さん達も言ってたしな!
「手、空いてる人いませんかー?」
「あっ、はい! 行けます!」
駆けつけた先を見ると、ハンガーにかけられた衣装が大量にあった。
ライブでベリルのメンバーが着る予定の衣装に、私は目を輝かせる。
アイドルのステージ衣装はキラキラしててかっこいいな!
「忙しいのにごめんね!」
「いえいえ!」
「悪いけど、備品置き場からこれと似たようなハンガーラックで、1番しっかりしてる奴を取って来てくれるかな? このハンガーラック、ストッパーが折れてて故障してるし、グラついてて倒れてきたらいけないからさ」
「はい!」
ちょっとした事でも、それが後々何かの事故に繋がるかもしれない。だからこそ、みんな細かい所にまで、気を遣っている。中には気にしすぎじゃないって思う事でも、安全第一の方が私はいいと思う。
ステージのバックヤードから通路に出た私は、予備の備品が置いてある場所へと向かう。
えーっと、ここかな? 備品置き場でハンガーラックを見つけた私は、状態をチェックしてそれをガラガラと押していく。
「持ってきました!」
「ありがとう。ついでで申し訳ないんだけど、私、検品で忙しくって……衣装の移動、お願いできるかしら? あ、順番はそのままでお願い!」
「はい、大丈夫です!!」
私はそっと衣装を手に取る。
衣装はすごく繊細な刺繍が施されていたり、スパンコールが沢山あしらわれていたりするから慎重に移動しないといけない。もし、これが倒れて何かのパーツが飛んだりしたら取り返しのつかない大惨事になる事だってある。
「えっと、まずは最初のこの衣装で……あっ」
「ん? どうかした?」
「あ、いえ、なんでもないです」
私は何もない振りをして笑顔で誤魔化す。
この衣装、あくあ君のだ……。よく見ると元のハンガーラックに白銀あくあ様ってプレートがかかってたけど、リハで使った時に付着したと思われる残り香でわかる。こう見えて私は鼻が利くからな。
私は一つずつ丁寧に衣装を移動させていく。職人さん達にとっては作業着が仕事着だが、あくあ君にとってはこのステージ衣装が仕事をするための服装だ。だからこそ丁寧に扱わないといけないと身が引き締まる。
「白銀あくあさんのいいですともの出演、終わりました!!」
「後、少しで観客席にお客さん入るよ!!」
「みんな残り時間を頭に入れながら目の前の仕事に集中して!」
「天我アキラさん、入られます!」
「猫山とあさん、楽屋に入られました!」
「黛慎太郎さん、渋滞で少し遅れるそうです!!」
「あくあ君、どうなってるって?」
「今からすぐに車に乗ってこっちに来られるそうです。でもさっき黛君と一緒に新宿からこっちに向かってる花房さんから連絡があって、新宿方面が今、渋滞しているようなのでどうなるか……」
一瞬だけ周りに視線を向けると、数えきれないほどの人達が視界に入った。
大きな会場のレンタル料金、電気代、ステージや衣装などにかかるお金、そしてそれに携わってる人達の人件費、ちょっと考えただけでも、物凄いお金がかかっているんだってわかる。
それはつまり、あくあ君達が魅せるパフォーマンスに、この人達の生活が関わっているという事だ。
なるほど……あくあ君が自ら進んでハードスケジュールをこなすのも、いつだって完璧なライブを魅せてくれるのも、自分の両肩にこれだけの重みを背負いながら仕事をしている事をちゃんと自覚しているからか。
それってすごくかっこいい事だなって思った。
「衣装の移し替え終わりました。一応、チェックお願いできますか?」
「ありがとう!! 本当助かったよ!」
衣装さんは私の手を両手で握るとブンブンと振る。
「あ、後、ボタン一つ取れかかってました」
「どれ!?」
私はハンガーラックの中から白い衣装の裾を軽く摘む。
「この白いやつ」
「本当だ! ありがとう!!」
衣装さんは問題の箇所を確認すると、近くにいた別のスタッフさんに声をかける。
「これ、ボタン手直しお願い!」
「了解」
「戻す位置、覚えておいてね!」
「わかりました!」
私は改めて衣装担当のお姉さんにお礼を言われると、その場を後にした。
周りを見るとみんな安全を確認しながらも忙しなく動いている。
「演出班、こっち注目して!!」
声の方向に視線を向けると、大好きな本郷監督が立っていた。
「さっき確認したけど、あくあ君がこっちに到着するのは早くて1時間前だそうです! だから最終確認ほとんどできないと思うから、修正するところあったら、みんな私のところに来て!! ところで白龍先生は?」
「白龍先生なら外出中です! 次のイベントの確認に行きました!!」
「了解。それならいいや。台本は修正箇所なしだよね?」
「はい! 台本の方は問題ないって聞いてます!! あっ、でもドライバーの曲を演ってる時に、あくあ君達がアドリブ入れるかもしれないから、そこだけ注意してって」
「了解! それはこっちでも想定済みだから大丈夫!!」
ふぉぉぉおおおおおお!
ドライバーと聞いて、私の体を流れる血が騒ぐ。
しかもあの恋愛小説家で有名な白龍先生がライブとはいえドライバーの演出するなんて間違いなく初めての事だ。一体、どうなっちゃうんだろってワクワクする。
ヘブンズソードは女の子に救いのある物語だから、白龍先生の脚本とか絶対に相性がいいと思うんだよね。
くっ、見たい……見たいけど、スタッフでもなければチケットも持ってない私に見る資格なんてない。流石にこのままスタッフに紛れているのもどうかと思うし、スタッフ証はぶら下げてるけど、そろそろオーディション組と合流した方がいい気がする。
ていうかみんなどこに行ったんだろう? 一応、邪魔にならない範囲で自由に見学してていいとは言われてるけど人が多すぎてわからない。
「ニコさん、ここの部分を再確認したいのだがいいだろうか?」
「もちろんいいよ」
聞き覚えのある声にバッと振り返る。
神代……じゃなくて天我アキラさんだ。
それに隣にいる人、ニコって言ってたけど、岩成ニコさんだよね!?
うわー、うわー、うわあああああ!
ドライバーファンの1人としてわちゃわちゃしそうになる体と心を押さえつける。
「ここでターンして右足を真っ直ぐ前に出すと、次のシーンの時に左足が出しにくいのだが……」
「そこは思いっきり前に右足を出した後、置く時に少し引いて置くと良いと思うよ。そしたら前に出す勢いはそのままで可動部にゆとりが出るから、次のアクションに移りやすくなる」
おお……ドライバーでスーツアクターを務めていたニコさんの生指導だ。
すごいな。かっこいいな。羨ましいな……!
「なるほど。ではこういう感じでいいのだろうか?」
「うんうん。そんな感じでいいと思う」
ん? どうしたんだろう?
せっかく上手くできたのに、天我さんはほんの少しだけ気落ちしているように見える。
「白銀は同じ振り付けのところでも上手くできてたな」
「うん、さすがアキラ君はよく見てるね。あくあ君は体幹が抜群に良いけど、それ以上に一つ一つの動きに変な癖がないからよく観察すると良いと思う。水澄先生も言ってたけどあくあ君ほど良いお手本の人はいないからね。あそこまでとは言わないけど、自分の体を自分が思ったように自由に使えるようにするのが今のアキラ君の目標かな」
「はい!」
うん、私もあくあ君のダンスを真似て練習していたからよく分かる。
あくあ君は、一つ一つの動作に甘えがないというか、全部がちゃんとやってるって言うのかな。彼が女の子を大事にするのと同じで、振り付けの一つ一つを物凄く大事にしてるのは、素人の私が見ててもわかる。
「今日はこういう形になるけど、これからの事を考えると関節の可動域は広げていった方がいいかもね。体が柔らかいとアクションやダンスにも幅が出るだろうし。今は筋トレと有酸素運動が中心だけど、今度からストレッチ系のトレーニングも増やしていこう。垣内さん、またちょっとアキラ君の予定を空けといてくれる?」
「わかりました。それじゃあ、1月の早い方で時間作っておきます」
「垣内さん、26日の朝は行けるんじゃないか?」
「アキラ君、26日からは実家に帰省する予定になってるよ。新幹線のチケットは15時20分からだけど」
「ああ、だから、その前にどうかなと思った。午前中ならまだ余裕があるし、ニコさんの時間が合えばだが」
「娘同伴でいいなら私は26日の朝でもいいよ」
「もちろんだ」
「じゃあ、それでスタジオに予定を入れておきます。私もご一緒しますね」
「……すまない。そういえば垣内さんも休みだったな」
「いいのいいの。私もどうせ26日は会社に行くつもりだったから気にしないで」
なるほど……確かに関節の可動域が広いと動きにも余裕が出るし、体を使った表現も豊かになるだろう。
あくあ君のダンスを見ると足の爪先から指の爪先まで、それこそ揺れる髪ですらコントロールしているようにさえ見える。私も映像をコマ送りにして確認したからわかったけど、あくあ君はどのシーンで再生を止めても奇跡の一枚になるレベルでかっこいいんだ。
私も天我さん同様、体が硬い方だから、今回の合宿でストレッチを積極的に取り入れてもらうように合宿の指導員の方に相談してみよう。
「モジャさんどこー?」
あ……私は声を聞いて咄嗟に身を隠す。
とあちゃんだ。別に悪い事をしているわけじゃないけど、なんとなく隠れてしまった。
「おぅ、ここだ! どうした?」
「曲の繋ぎのところ、やっぱり最初に考えてた奴に戻したいんだけど」
「正気か? 本番まで後2時間もねぇし、やるならぶっつけ本番だぞ」
「それでも。妥協したくないんだよね。今日、寝る時にモヤるくらいなら挑戦したい」
「だからと言って失敗したら元も子もねえからな」
「ちゃんと練習してきたから信じて欲しい」
「……わかった。俺も前の方が合ってたと思うからな」
「でしょ!」
とあちゃんとモジャPさんはお互いに笑顔を見せる。
きっとお互いに信頼している何かがあるんだろう。そんな感じがした。
「わかってると思うが、前半飛ばしすぎるなよ。かといって手を抜けって事じゃねぇけど、体力的に休めそうな時は天我か白銀に頼れ。足攣ったらそこで終わり……ってわけでもねぇけど、ライブの後に確実に影響するからな」
「うん。慎太郎とも話したけど、楽曲のペースコントロールは僕と慎太郎が握ってるからね。その辺は任せておいて。それに後半の事を考えると、あくあもある程度温存しとかないと……もしもの時は、多分また、あくあに頼っちゃうから」
とあちゃんは悔しそうな顔を見せる。
負けず嫌いな彼の一面が顔を覗かせた気がした。
「悔しいよなぁ」
「悔しいよ。僕や慎太郎だってちゃんと体力作りはしてるのに、ついていくのがやっとだもん」
「ま、焦んなや。焦ったって世の中、いい事はねぇからな」
「モジャさん……」
「俺はな。今、この瞬間をン十年も待ってたんだぞ。全く、それなのによぉ。お前のダチは本当、超音速旅客機みたいな奴だよ」
「それも片道切符の、途中下車厳禁ね」
「あっはっは、ちげぇねえ! つまりは関わった時点で腹を括るしかねぇってこった。俺もお前さんもな」
「うん!」
数十年も待っていたというモジャPさんの言葉が心に響いた。
そっか……そうだよね。女性アイドルと違って、男性が進んでアイドルをやろうだなんて、普通はそんな事を考えたりもしないだろう。
それでも、いつかきっと、誰かが出てくるんだって、ずっと信じて待ってた人が居たんだ。
あくあ君って、女の子だけじゃないんだね。男の子達の心も救っているんだって知って、胸の奥が熱くなった。
「すみません。遅れました!」
あっ、黛君だ。渋滞に巻き込まれたと聞いてたけど、無事に到着したんだね。よかった……。
「一瀬先生、いますか?」
「こっちよ。黛君」
黛君はマネージャーの人からサクソフォーンを受け取ると、振付師の一瀬先生のところへと向かう。
「最終チェックお願いします」
「いいわよ!」
おおっ! あ、あの、動きがロボットみたいとネットでも言われていた黛君が、サックスを吹きながら軽快なリズムでステップを踏んでいる!!
「黛君! もっと、こうでこう!」
なるほど、足元に集中しすぎないで、もっと上半身の動きを考えて動こうって事を言っているのかな。
「ふんふんふん!」
あー……多分だけど、視線と首が下がりすぎて縦の動きばかりになってるから、幅の動きを考えようってことかな。
なんとなくだけど、一瀬先生って、あくあ君に近いところがあるなって気がする。きっと、感覚とか感性とかを大事にするタイプだ。
「うん、いいと思うわ。あとは指摘したところだけ気をつけて。演奏しながらだと大変だと思うけど、きっと本番じゃ盛り上がるわよ!! ふぅ〜、イェー!」
「はい! ありがとうございました!」
黛君はとあちゃんや天我さんと一言か二言だけ会話を交わすと、マネージャーの花房さんと話しながら楽屋の方へと戻って行った。表情を見る限りはリラックスしているように見える。
どうやら黛君は後の事を考えて、ギリギリまで体力の回復に努めるみたいだ。
休める時にちゃんと休める人はすごいと思う。私が黛君と同じ立場なら、きっと興奮してじっとなんてしてられない。
「ねぇ、そこの君、手、空いてる?」
「あっ、はい! すぐに行きます!!」
時間が経つのは早いもので、気がつけば本番30分前になっていた。
あああああ、まずい。お客さんもう入ってきてるし、そろそろみんなに合流しなきゃ。
そんな事を考えていたら、入り口であくあ君を出待ちしていた桐花琴乃さんがダッシュで息を切らせながら入ってくる。
「白銀あくあさん、今、戻られました!」
あくあ君が間に合ったと聞いて、舞台裏が歓声と拍手に包まれる。
その音が少し外に漏れてしまったのか、呼応するようにステージから大歓声と大きな拍手が聞こえてきた。
「ふぅ、なんとか間に合ったわね」
「途中、小雛先輩がショートカットしようなんていうから余計に……」
「だって、仕方ないじゃない。あっちの方が空いてるように見えたんだから!」
「まぁまぁ、あくあも小雛先輩も落ち着いて、間に合ったみたいだし、ね」
天鳥社長、あくあ君、小雛ゆかりさん、月街さんの4人が並んで入ってくる。
あくあ君は本番直前だというのに、焦った様子もなく普段通りだ。
むしろ開演1時間前に迫った舞台裏の方が、みんな不安げな表情をしていたと思う。
それをあくあ君が現れただけで、みんなの表情が一瞬で明るくなった。
ヒーローが来るって、こういう事なのかな?
『ベリルの皆さんはすごいけど、それはやっぱりあくあ様がいるから。男の子4人だけじゃない。あくあ様がこのベリルって会社自体の精神的な支柱になってると思うの。だから那月さんにはあくあ様だけを見ていて欲しい。那月さんはあくあ様とタイプが近いからきっと参考になる』
見学の前に藤林さんから言われた事を思い出す。
真剣な表情と真っ直ぐ見定めた瞳、彼女が本気だってすぐにわかった。
『だから、貴女は……チームAセンターの那月紗奈は前だけ見てていい。細かいところは全部私がやるし、後ろは私が支える。私が3人を最大限に輝かせるために、後ろから全力でカバーする。私の性格はこんなだけど、このオーディションの間だけは信頼して欲しい。だから最初から最後までトップを突っ走ろう』
素直にかっこいいなと思った。
心が震えたよ。それと同時に、ここで燃えなきゃいつ燃えるんだって思った。
『わかった!』
それ以上の言葉はきっといらない。そう思った。
ふふっ、まだチームを組んだばかりだが、自分のチームが少し恋しくなってきたな。
そろそろ頃合いだろうし、みんなのところへ戻ろう。どこに居るのか知らないけど……。
そんな事を考えていたら、後ろから声をかけられた。
「あれ? 那月会長? どうしたんですその格好……」
「ドキッ!」
声の方向に顔を向けると、あくあ君が私の格好を見てびっくりした顔をしていた。
「あぁ、その子、バイトさん。さっきはありがとうね」
「私も、さっきは助かったわ。ありがとう」
「こっちも運ぶの手伝ってもらってありがとね!」
あ、あははは……な、なんか気まずい……。
私はあくあ君からそっと視線を外す。
あくあ君は周りのスタッフさんから声をかけられて察したのか、クスリと笑った。
「はは、那月会長、大活躍だったみたいですね。すみません。せっかくの見学なのに、なんか色々手伝ってくれたみたいで、代わりに俺の方からお礼を言わせてください」
「ううん。私がお手伝いしたくてした事だから。それに……色々と知る事ができてよかったよ。むしろ感謝するのは私の方だ」
実際、いろんな人と触れ合って話をして、知らなかった事を知る事ができた。
それに、とあちゃんの想いとか、天我さんの頑張りとか、黛君がしっかりしてるところとかが知れたのも良かったと思う。何よりも、他人を介して、改めてあくあ君が凄いって事を知る事ができた。
「あと、あくあ君、私はもう那月会長じゃないんだけど……」
「あぁ、そっか……じゃあ、なんて呼べばいいかな?」
「あ、えっと、じゃあ、なつきんぐで……」
あああああああああああああああああああああああああ!
私のバカ、馬鹿! 普通に紗奈って呼んで欲しいって言えばいいのに、なんでよりにもよってなつきんぐなんだよ! 私は小学生か!!
「わかった。それじゃあ、なつきんぐ、助けて貰ったお礼をさせてよ」
「え?」
「オーディションメンバーはこっから先はこの舞台裏に入れないけど、特別に近くで見てていいよ。阿古さんには俺から言っとくから」
「い、いいの?」
「もちろん。その代わり……俺だけ見てろよ? なーんちゃってね」
「うん、わかった」
「え? あ、別に慎太郎とか、とあとか、天我先輩とかも見てていいからね。うん」
「ふふっ」
慌てるなら最初から言わなければいいのにと思ったが、そこもまたあくあ君らしい。
それに大丈夫。言われなくても、ずっと君を見ている。
藤林さんに言われたから……だけじゃない。
何故なら私がなりたいと思った理想のセンター像が君だからだ。
「それじゃあ、ちょっと行ってきます」
「うん。私は見る事しかできないけど、あくあ君の姿、しっかりと目に焼き付けるよ」
あくあ君は拳を突き上げると、みんなのいるところへと向かっていった。
ブルルルッ、ブルルルルルッ。
ん? メッセージ? 誰からだろう?
あ、もしかして私が居なくて心配した藤林さんから連絡があったのかも。
私はスマートフォンを起動させると、メッセージアプリを開いた。
【紗奈ちゃんへ】
あっ、もう1人のお母さんからのメールだ。
【1月1日、あくあ君からの紹介でいいですともに出る事になりました! 羨ましいでしょ〜? 紗奈ちゃんもオーディション、頑張ってね!!】
みんなには黙ってるけど、私のお母さんに生殖細胞を提供してくれたもう1人のお母さんは、この国の総理大臣をやってる。
それもあって私は幼い時から生徒会長をやってみようと思った。どんなに苦しくても、辛くても、それでも人の上に立つってどんな気持ちなんだろう。多くの人達の希望と期待、責任を背負って、それでも先頭に立って切り開いていくって事を知りたいと思ったからだ。
そこで私は、自分のために多くの人が支えてくれているという事を知る。それと同時に、人が多ければ多いほど、どこかで割り切らなきゃいけない部分もあるんだって事を、ヒーローみたいに全員を救えないって事を知ってしまった。
乙女咲の大学に進学して、そのまま議員さんになる道も考えたけど、私はもう1人のお母さんみたいに全てを割り切れるだろうか。その事がずっと頭の中にあった。
そんな悩める私の前に、彗星の如く現れたスター。それがあくあ君だ。
本物のヒーローみたいに多くの人の心を余すところなく救っていく彼を見て、私もアイドルになったら誰も諦めずに救う事ができるのかも知れない。私も彼のような理想のヒーローになれるかも知れないと、そう思った。だから、ベリルのオーディションの告知が出た時は迷わなかった。
「……よしっ!」
私は頬を叩いて気合を入れる。
こんな近くであくあ君を見れる機会なんてそうない。
だから私がここで何かを掴んでチームAに還元する事ができれば、それはきっとチームAにとっての武器になる。
藤林さんはチームで勝つと言ってくれた。だからセンターの私は、キャプテンのその言葉を信じる!
そう心に決めたから、この一分一秒を絶対に無駄になんかしてやるものか!
「開演まで後60秒!」
ステージの幕が開く。
その瞬間を見逃すまいと、私は目を見開いて見守った。
GW後に入院して手術する事になりました。
入院前の5月6日土曜か7日の日曜まで更新して、その週の13日の土曜か14日の日曜にまた復活できればと考えています。つまり5月8日月曜あたりから12日金曜まで更新をお休みする予定です。
早かったら11日木曜か12日金曜で復活できるかもしれません。
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