ゆう、私の王子様。
「あくあお姉様……」
隣に席に座ったまいちゃんがポーッとした顔で前を見つめていた。
あくあお兄さんの女の子の格好、すごく綺麗だもんね。まいちゃんがそうなるのもわかるよ。
「やばい。目覚める……」
「あくあお姉様となら、お友達婚したい……」
「それお友達婚じゃないでしょ」
「くっ、女の私より綺麗だなんて……」
「はぁはぁはぁはぁ、なんかすごくドキドキしてきた」
後ろにいる看護婦のお姉さん達、みんな目が血走ってるけど大丈夫かな?
息遣いの荒いお姉さん達を見てると、何か大きな病気になってないか心配になります。
みんな、マリア先生に診てもらった方がいいかもって思ったけど、マリア先生が1番苦しそうな顔をしてた。
マリア先生、大丈夫かな? お顔は真っ赤だし、はぁはぁ言ってるし、内股で腰がガクガクになってるし、舌を出してるし、何だかちょっと嬉しそうに見えるけど、きっと、気のせいだよね……。
「あ……」
パイプオルガンを弾いていた慎太郎お兄さんがステージの中央に出てくると、その後ろに楽器を持ったお姉さん達がゆっくりと入ってくる。わわ、一曲だけじゃ終わらないんだ。次は何をしてくれるんだろう?
「ちょっと待って、あれって全裸土下座の行方議員じゃ」
「総理は、こんなところで何してるんだ……」
「佐藤議員が一瞬だけ丸太持ってるのかと思ったけど、よく見たらコントラバスだったわ」
「ん? なんか、メアリー様、後ろの辺に移動してない?」
「こいつら楽器持ってるけど、本当はただであくあ君のお歌を聴きにきたんじゃ」
「みんな忘れてると思うけど、メアリー卒とクラリス卒は音楽会やってるしそれなりに楽器弾ける人多いよ……」
うーん……楽器のお姉さん達、どこかで見た事がある気がするんだけど、ゆうの気のせいかな?
あっ! そっか、思い出したかも! お昼にやってる国会新喜劇に出てるお笑い芸人のお姉さん達だ!!
この前もテレビでドライバーのお尻のアップがどうのこうのって3時間くらい話してたっけ。
あの時に見たお姉さん達に、こんな難しそうな楽器なんて演奏できるのかな? ちょっぴりゆうは心配になった。
ゆうが心配な顔をして前を見守っていると、あくあお兄さんが少し横にずれて、センターの位置を慎太郎お兄さんに譲る。そしてあくあお兄さんの反対側には、3人のシスターのお姉さん達とカノン様が並びました。
慎太郎お兄さんはマイクを手にとると、私達に向かって喋りかける。
「みなさんおはようございます。サプライズという事もあって事情の説明もなく突然の呼びかけに、お集まりいただきありがとうございました。次の楽曲で指揮者をさせていただく黛慎太郎です」
わ、わ、慎太郎お兄さん、こんなにたくさんの人の前で指揮者をするなんてすごいすごい!!
「どうか、ほんの少しだけでいいので、僕の話を聞いてくれませんか?」
慎太郎お兄さんの真剣な言葉にみんなが頷く。
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げた慎太郎お兄さんは、ほんの少しだけ空を仰ぐように天井を見つめた。
その姿が大聖堂の神秘的な雰囲気と重なって、まるで今から懺悔を始めるようにも見えます。
「……僕は長い間、母から距離を置いていました。中学生の時に思春期になって……急に女性である母の事が怖くなったんです」
慎太郎お兄さんの言葉に、みんながつらくて悲しそうな表情を浮かべる。
思春期っていうのが何かはわからないけど、ゆうが慎太郎お兄さんのお母さんだったらって想像すると、距離を置かれたらすごく悲しいなって思った。
「本当は母が僕の事を大事にしてくれていると、愛してくれているのだと知っていたし、裏で泣いていたことも、苦しんでいた事も全部、全部わかっていた! それなのに僕は、自分の心の中にある疑念だけで、ずっと、そう、ずっと母を見ない振りをし続けていたんです」
慎太郎お兄さんは、寂しくなかったのかな?
前に雑誌のプロフィールで書いてたけど、慎太郎お兄さんは一人っ子だ。
しかもその思春期? それが始まった中学の時はスターズに留学してたから、お家ではお母さんと2人きりだったって事だよね? お母さんも寂しかったんじゃないかなって思うけど、慎太郎お兄さんも同じくらい寂しかったんじゃないかなって思った。
ゆうはまだ子供だけど、病院に入院してた時、お母さんが家に帰って夜1人だった時はずっと泣いてたもん。
そんな時もゆうが寂しくなかったのは、まいちゃんが居てくれたおかげだけど、スターズに行った慎太郎お兄さんやお母さんには、ゆうにとってのまいちゃんみたいな子っていたのかな? もし、居なかったとしたら、想像しただけでもすごく悲しい気持ちになっちゃうよ。
「そんな自らの過ちを懺悔したかった。そしてこの過ちを繰り返したくはない。そう思った僕はみんなの協力を得て、母への想い、そして子供たちが自分のようにならないようにと願いを込めて、自ら作詞・作曲した楽曲を制作しました」
慎太郎お兄さんはあくあお兄さんへと体を向けると、そのままぐるりと回転して、ステージの上に立っている人達、一人一人に視線を投げかける。
「今回この曲を披露するにあたって、歌唱を担当してくれたあくあはもちろんの事、コーラスに参加していただいた白銀カノンさん、シスター・エミリーさん、シスター・クレアさん、シスター・キテラさん、そして楽器の演奏を担当してくれる日星友好連盟音楽同好会の皆さんに感謝したいです」
慎太郎お兄さんの紹介の後に、みんながステージにいる人達に向かって拍手を贈った。
ゆうもいっぱい手をぱちぱち叩いて目一杯感謝する。
「流石にちょっと恥ずかしいので、歌詞は日本語ではなくスターズの言葉で、そしてコーラスの部分はアフリカ大陸の一部の地域で使用されている言語を使わせてもらいました」
慎太郎お兄さんってやっぱりすごいな。ドライバーもやって、テレビにも出て、歌詞も作って、曲も作れて、指揮者もできて、お歌も歌えるなんて……すごくかっこいい!
でも、慎太郎お兄さんがかっこいいのはすごく嬉しいけど、みんなが慎太郎お兄さんの事を好きになっちゃったらどうしよう。みんなが慎太郎お兄さんの事を好きになってくれるのは嬉しいけど、慎太郎お兄さんが好きな人が増えたら、ゆうみたいな子供じゃ絶対に相手にされないよね……。
慎太郎お兄さんがますます手の届かないところに行ってしまいそうで、すごく不安な気持ちになった。
「黛君も大変だったんだね」
「ええ、でもそれを乗り越えて……黛さんも指揮だなんてすごいですわ」
「そうね。四季折々の時もやっていたけど、きっといっぱい練習したんじゃないかしら」
私は隣の長椅子に座ってるお姉さん達へとチラリと視線を向けた。
さっきゆうとまいちゃんに手を振ってくれたお姉さん達、前に病院で見た事あるけど乙女咲の人たちだよね。
カノン様もそうだけど、乙女咲って綺麗なお姉さんじゃないと入学できないのかな?
あんな綺麗なお姉さんが周りにいっぱいいたら、慎太郎お兄さんだって好きになるお姉さんの1人や2人くらいいるかもしれない。うう、その事を考えたら、心の奥がなんかすごくモヤモヤした気持ちになる。
ゆうと同じ慎太郎お兄さんのファンが増えるのは嬉しいはずなのに、なんか心の奥がぎゅーっと締め付けられるみたいに苦しい。これって病気かな? 今度、マリア先生に聞いてみよっと……。
「あ、ゆうちゃん、始まるよ」
「う、うん」
慎太郎お兄さんが私たちの方へとペコリと頭を下げると、反対側を向いて、ゆっくりと手に持った指揮棒を上へと構える。
背中を向けた慎太郎お兄さんのスーツの皺に少しドキッとした。
『いつだって私の隣にはお母さんが居てくれた。ただ、視線が合うだけで、心が落ち着くのはきっと貴女の子供だから。私の世界にはいつだってお母さんがいた』
すごく綺麗なメロディー……。いつもテレビでふざけているお笑い芸人のお姉さん達も真剣な顔で演奏している。
どんな事を歌っているんだろうと思って、歌詞の書かれた用紙をチラチラと見ながらゆうはお歌に耳を傾けた。
『どんなに成長しても。どんなに大きくなっても。自分が母親になっても』
あくあお姉さん……じゃなかった。あくあお兄さんのお歌に、ドラムの音が重なる。
誰がドラムを叩いてるのかと思ったら、メアリー様だった。すごい……。
『Nthawi zonse ndimakhala ndi mayi anga mumtima』
幻想的で神秘的なコーラスにゆうの体がゾクゾクと震える。
『chifukwa chikondi chanu chidandidzaza』
カノン様と3人のシスターさんのコーラスに心が洗われるようです。
ここの部分の歌詞はなんて歌ってるんだろう? ゆうは歌詞の書かれた用紙に視線を落とした。
『kaya kutali bwanji』
心の中にはいつも母がいます。貴女の愛が私を満たしたから。どこまでも……。
ゆうの心の中にもずっとお母さんがいます。そういえばお母さんもよくゆうの体をギュッと抱きしめて愛してるよって言ってくれてたな……。
『君はお母さんの事が好き? 私はずっと目を逸らしていた。でもふと思い出す抱きしめてくれた時の記憶。ただ何も言えなかった』
ゆうはお母さんの事が好き。だからわかるの。
このお歌の歌詞を書いた慎太郎お兄さんも、このお歌を歌ってるあくあお兄さんも、みんな、みんな、お母さんの事が大好きなんだって。
『私と同じ過ちだけは繰り返さないで。その愛に気がついたのなら、どうか目を背けないで心を開いてみて』
お母さんと目が合う。するとお母さんはゆうの事をギュッと抱きしめてくれた。
『ただ目を合わせるだけでいい。言葉を交わし合うだけでいい。抱きしめ合うだけでいい』
ん……啜り泣く声が聞こえる。まいちゃんが泣いてるのかなって思ったら、壁際の端っこで小さくなって泣いてる綺麗なお姉さんがいた。大丈夫かな?
『umawakonda amayi ako? ndimawakonda amayi anga, kuyambira pano kupita mtsogolo, kuyambira pano kupita mtsogolo, nthawi zonse』
あなたは母を愛していますか? 私は母を愛しています。これからも、この先も、ずっと……。
うん……うん! ゆうもこの気持ち、ずっと大事にするね。ありがとう。
「ココナさん、大丈夫?」
「ごめん。お母さんにはいっぱい心配かけたし、迷惑かけたなって思ったらつい……」
「ふふっ、迷惑なんていっぱいかけていいのよ。なんたって貴女は私の大事な1人娘なんだから!」
「ありがとうお母さん」
「よかったね。ココナちゃん」
ゆうはさっき気になった壁際のお姉さんの方へと視線を向ける。
お姉さんはまだ小さく蹲って泣いていた。
心配になったゆうは椅子から降りると、お姉さんに近づいて声をかける。
「お姉さん、大丈夫?」
「え? ああ……うん。大丈夫。ごめんね。びっくりしちゃったよね」
お姉さんは涙目になった目を擦る。目が赤い、多分いっぱい泣いたんだろうな。
「ね。貴女は、お母さんの事、好き?」
「うん! ゆうはね。お母さんの事、大好きだよ!」
ゆうの答えを聞いたお姉さんは柔らかな表情で微笑む。
「そっか! 私の子供も、どうやら私のことが大好きみたい!」
わわ。お姉さんってば、ゆうのお母さんより若く見えるのに、もう子供がいるんだ。
ゆうと同じくらいの歳の子かな? もし、そうだったら仲良くなれるかも!
「よかったね! お姉さん」
「うん! ありがとう」
お姉さんはスッと前を向くと、あくあお兄さんじゃなくて慎太郎お兄さんの方を見つめる。
もしかしたら慎太郎お兄さんの事が好きなのかなって思ったけど、その優しげな目は他の女の人達のうっとりとした目とは少し違って見えた。
お姉さんは後ろを向くと、近くに居たスーツ姿のお姉さんに柔らかな表情で話しかける。
「ありがとう。薫子さん。すごく……うん、すごく良かったわ」
「貴代子さん……それは、私じゃなくて慎太郎さんに直接言ってあげてください」
「ふふっ、そうね。でも、あの子、ああ見えて恥ずかしがりだから」
「確かに、そういうところ、少しあくあさんと似てるかもしれませんね」
この2人、もしかしたらベリルの関係者の人達なのかな?
お姉さんは再び私の方を見ると、私の頭をそっと撫でてくれた。
「貴女、お名前は?」
「ゆう……立花ゆう」
「あら、可愛らしい名前ね。それに立花か、ふふっ、偶然なのかしらね」
お姉さんはポケットから何かを取り出すと、ゆうの掌にそっとそれを手渡した。
「それ、あげるわ。またね」
「あ、ありがとうございます」
お姉さんはスーツのお姉さんと共にスッと通路へと消えていった。
あ、せっかくならゆうも綺麗なお姉さんのお名前聞きたかったな。
「ゆうちゃんどうしたの?」
「ううん。まいちゃん、なんでもないよ」
あ、そういえばさっきのお姉さん、ゆうに一体、何をくれたんだろう?
ゆっくりとゆうが掌を開くと、そこには、慎太郎お兄さんが演じる橘斬鬼お兄さんのお人形キーホルダーがあった。
あっ、あっ、あっ、これ、つい最近出たやつ!!
お姉さんにお礼を言おうとしたけど、お姉さんはもうどこかに行ってしまっていた。うう、大人のお姉さんは歩くの速いよ。
でも、なんとなくだけど、あのお姉さんとはまた会えるんじゃないかなって、そんな気がした。
GW後に入院して手術する事になりました。
入院前の5月6日土曜か7日の日曜まで更新して、その週の13日の土曜か14日の日曜にまた復活できればと考えています。つまり5月8日月曜あたりから12日金曜まで更新をお休みする予定です。
早かったら11日木曜か12日金曜で復活できるかもしれません。
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