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しぃちゃんママ、パパといっしょ。

 12月24日土曜日、クリスマスの早朝。

 私はいつもと同じように娘のしぃより早く起きると、朝の支度を始める。


「ふんふふんふふーん」


 私はあくあ様のstay hereを鼻歌で奏でながら洗濯機の中に軽快なリズムで洗濯物を放り込んでいく。

 あっ……昨日つけてたちょっと派手目の下着が洗濯籠からポロリとこぼれ落ちた。

 私はそれを見て笑みを零す。

 ふふっ、娘のしぃができてからは下着なんて気にしなかったのにな。

 ヘブンズソードを見ていた時に、娘のしぃにお母さんは綺麗だよって言われてからは下着にも気を遣うようになったんだっけ。それがきっかけで、そういう普段は見えないところも気をつけるようになった。

 それに可愛い下着とか綺麗な下着とか、やっぱりテンションが上がるもん。


「ふふーん」


 藤百貨店で買ったあくあ様おすすめのワンピースを見て思わず頬が緩む。

 最近は外を出歩くと、皆さん前より外見に気を遣っていらっしゃるのか、綺麗な人が増えたなと思う。

 それとは別に、あの女性解放宣言以降、胸部の膨らみの綺麗さや大きさを強調したり、谷間が見えるような衣服を着る女性が増えた気がします。


「さーてと、今日の朝ごはんは何に、し・よ・う・か・なー」


 あっ、そうだ。せっかくのクリスマスだし、あの雑誌であくあ様がカノン様に作ってたお子様ランチにしようかな!

 私はキッチンに置いてあったタブレットを開くと、雑誌のHPに飛ぶ。

 あくあ様特製お子様ランチのレシピっと……あっ、これだ。

 私はお子様ランチの画像をタップして、作り方を確認する。うんうん、これなら大丈夫そう。

 最近買ったばかりのお花の柄が入った可愛い割烹着を羽織ると鏡の前で自分の姿を確認する。うーん、やっぱり私が着るには可愛すぎたかな? eau de Cologneの月街アヤナちゃんと、女優の小雛ゆかりさんがテレビの企画でお揃いで着てて可愛いなって思ってたけど私には若すぎたかも……。

 で、でも、ちょっとくらいならいいよね。どうせ家にはしぃと私しかいないわけだし!

 私が朝ごはんを作り始めてしばらくすると、小さな足音が聞こえてきた。


「おかーさん、おはよー……」

「あっ、おはよう。しぃ、1人で起きられてえらいね」

「うん……お顔、洗ってくるね」

「いってらっしゃい」


 娘のしぃは日を増すごとにしっかりしてきている気がします。

 あくあ様プロデュースのアイドルオーディションには応募できなくて悔しそうにしてたけど、大丈夫そうね。

 その代わりと言ってはなんだけど、あくあ様に対抗意識を燃やした小雛ゆかりさんが企画して越プロダクションが主催したオーディションで、しぃはなんと審査委員長である小雛ゆかり賞をもらって子役として在籍する事が決まったのです。

 ふふっ、しぃはあくあ様と結婚するなんて言ってたけど、あの小雛ゆかりさんにまで認められて、最近は本当にそうなるんじゃないかって思ったりしてるのは流石に親バカがすぎるかしら。でも、しぃが頑張ってる事だから、お母さんとしては最大限に応援してあげたいな。

 

「うわぁ、お子様ランチだ! 美味しそう!」

「ふふっ、しぃが喜んでくれるなら頑張った甲斐があったわ」

「お母さん、いつも美味しそうなご飯、ありがとう!」

「どういたしまして。こちらこそいつも美味しそうに食べてくれてありがとう」


 私はしぃの頭を優しく撫でる。


「いただきまーす!」

「はい、いただきます」


 2人で一緒にお子様ランチを食べる。

 うん、自分で作っておいてなんだけど美味しい!

 それに、大人になって食べるお子様ランチはとっても背徳的です。


「ご馳走様でした! お母さん、一緒に洗い物しよ!」

「うん」


 2人でドライバーの歌を歌いながら洗い物をしました。

 明日は今年最後のドライバーだから、私もしぃもすごくワクワクしてます。

 公式SNSでも12月に入ったあたりからカウントダウンを始めていて、テレビ局の公式サイトでもこの日はCMカットの特別版を放送する事がアナウンスされていました。

 一体、何があるというのでしょう?

 ネットでは連日連夜、ああでもない、こうでもないと議論が飛び交っています。

 っと、そんな事を考えている場合じゃなかった。


「しぃ、お出かけする準備をしましょ」

「うん!」


 時刻は6時30分。うん、これなら全然、間に合います。

 私としぃは30分かけておめかしすると、電車に乗って目的地へと向かいました。


「わぁ」


 国営放送撮影スタジオに到着した私達は目を輝かせる。

 今日、ここでは子供向け番組、お姉さんと一緒の公開生放送があります。

 私としぃは、運良くその公開生放送に当選しました。


「おかーさん、森川アナがローション相撲で鎖骨を骨折したスタジオだよ!」

「う、うん。そうね」


 しぃ? 例えに出すのがそれで本当に大丈夫?

 できればローション相撲なんて悪影響しかなさそうな事、お母さんはしぃには見てほしくないな。


「しぃ、なんで今日、ここに来たかわかる?」

「なんでー?」


 しぃはコテンと首を傾ける。もう、可愛いなぁ!

 私はバッグから取り出したチケットをしぃに見せる。


「じゃじゃーん! 実はね。お姉さんと一緒の公開生放送に当選しました!」

「わー! お母さん、すごーい!」


 しぃはキラキラと目を輝かせるとパチパチと手を叩く。

 よかった〜。喜んでくれなかったらどうしようかと思ったけど、しぃはすごく嬉しそうだ。


「それじゃあ、いこっか」

「うん!」


 チケットを社員の人に見せて建物に入る。

 すごー、スタジオの中ってこうなってるんだ。


「おはようございます!」


 通路を歩いていたら、すれ違った社員さんから挨拶された。

 私もすかさず挨拶を返す。


「あっ、おはようございます」

「おはようございまちゅ!」


 あっ、しぃが噛んじゃった。

 しぃは少し恥ずかしそうにしてたけど、私と挨拶をしてくれた社員さんは思わず顔が緩む。


「公開収録の方ですよね。スタジオはそこを左に曲がってまっすぐいって右に曲がったところですよ」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 今度はちゃんと言えてえらいね。私はしぃの頭を撫でる。

 えーと、まずはここを左に曲がってと、まっすぐいって……ここを右だったかな?

 あれ? ここ、行き止まりじゃない? 道に迷ったかも。

 来た道を戻ろうかと思ったら、近くの扉がガチャリと開いて、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「ううっ、せっかく楽しみにしてたお姉さんと一緒なのに……しくしく」


 あっ、この情けない声は……。

 声の方向に振り返ると国営放送の森川アナが悲しげな顔をしていました。

 その森川さんを煽るように、見覚えのある女性が踏ん反り返ったような態度で胸を叩いて見せる。


「ふふん、なんならこの私が代わってあげてもいいわよ! そんな予感がしてここまでついてきてあげたんだから、感謝しなさいよね!」

「いっ、痛み止め打ったからもう大丈夫ですー! そうやってまた私から番組を奪おうとして! ガルルルル!」


 ふふっ、お互いの表情を見るとふざけ合ってるようにしか見えません。小雛ゆかりさんって、もっと怖い人だって思ってたけど、あくあ様と一緒に共演してからは少し柔らかくなった気がしました。

 ん? 娘のしぃが私のコートの裾をくいくいと引っ張る。


「お母さん、知ってた?」

「え?」

「争いは同じレート帯の人の間でしか起こらないんだよ。とあちゃ……じゃなくって、たまちゃんが配信で言ってた」


 しぃの言葉に私は思わず笑顔が引き攣る。

 それ、間違っても2人には言っちゃダメだよ。お母さんと約束、ね?


「お母さん、子供っぽくても一応は尊敬できる先輩だから挨拶してくるね」

「あ、待って、お母さんも行く」


 しぃは私の手を離して、トテトテと走り出した。

 その瞬間、物陰から出てきた人影とぶつかってしまう。

 あ、危ない! 後ろに倒れそうになったしぃをその人がグイッと抱き寄せて助けてくれた。


「あ、すみませ……」


 私はお礼と謝罪を兼ねて挨拶しようとした瞬間、その人のお顔を見て固まってしまいました。


「あれ? もしかして、しぃちゃん?」


 しぃを助けてくれたのは、あのあくあ様だった。

 しかもあのあくあ様が娘のしぃの事を覚えていてくれたのです。

 私はびっくりして固まってしまう。


「パパ!」

「はは……って、あれ? あの日は女装してたのに解っちゃったか」

「うん!」

「そっかー、しぃちゃんは賢いなぁ」


 あくあ様は抱き抱えたしぃの頭を優しく撫でる。

 あっ、あっ、あっ……こんなのもうパパじゃん……。

 え、まって、こんなかっこいいパパは無理、お母さん直視できないよ。


「パッ……」

「パパァ!?」


 あっ……。

 その様子を見ていた、小雛ゆかりさんと森川アナの2人が同じくらい口をあんぐりと開けて、これでもかというくらい目をカッと見開いていました。


「ちょ、ちょっと、あ、ああああああんた、いっ、いいいいいつ間に子供が……」

「あくあ君に隠し子……ちょ、ここテレビ局、まずい、マスコミから隠さなきゃ! あわわわわわわ!」

「ちょっとそこのあくぽんたん! 後で私と一緒にカノンさんに謝罪に行くわよ。大丈夫、私も一緒に土下座してあげるからありがたく思いなさいよね! これでも私、土下座の演技はうまいから、あんたは私の後ろで同じように土下座してればいいから。あっ、あと、阿古には私から言っておくから大丈夫」

「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ! あわわわわわ、姐さんヘルプミーって、姐さんにも相談できない案件じゃんこれ……」


 漫画のようにわちゃわちゃと慌てる2人を見て思わず笑みがこぼれる。

 あくあ様も2人の様子が面白かったのか声を出して笑っていた。


「いやいや、2人とも勘違いですよ。実は……」


 あくあ様は、カノン様と一緒にお忍びデートをした時の事を2人に話した。

 それを聞いて2人はその場でぐったりとした表情を見せる。


「全く、こっちを焦らせるんじゃないわよバカ! いくら男性の立場の方が強いからって、正妻に内緒で、それも結婚するより前に隠し子がいたらややこしい話になるから焦ったでしょーが!」


 ふふっ、小雛ゆかりさんがあんなにも焦った表情を見せるなんて珍しい。

 それに小雛ゆかりさんがあんなに焦るって事は、あくあ様はそれくらいカノン様の事が好きだって周りが見てもわかるくらいなんですね。なんか、あくあ様が奥さんの事を愛してあげてるんだなって解って嬉しくなりました。

 私はみなさんのいるところに近づくと改めて頭を下げる。


「みなさん、娘のしぃが話をややこしくしてしまってすみません。それとあくあ様、しぃの母の桜羽まどかです。また娘を助けてくれてありがとうございました」

「まどかさん、頭を上げてください。俺は気にしてませんから」


 あ……私なんかの事もちゃんと覚えてくれるなんて……。

 あくあ様の人気がある理由がわかります。

 ただ男の子だから、かっこいいから、それだけじゃない。

 優しかったり、こういうところが好かれるところなんだろうなと思います。

 後、その……ちょっぴり、女性に対して下心がありそうなところも……ンンッ! いえ、なんでもありません。


「しぃと私の事、覚えててくれたんですね。嬉しい」

「当然ですよ。これでも仮とはいえ、しぃちゃんのパパでしたから。それに……」


 それに……?


「俺がまどかさんみたいな、おっ……ンンッ、綺麗なお姉さんを忘れるなんてことあるわけがないじゃないですか」


 え……? ま、まって、そんな、しぃがみてるのに、あくあ様にそんな事を言われたらお顔が女の子になっちゃう。

 えっと、その……確かここって託児所あったよね? だ、だったら、その……収録が終わった後なら大丈夫です。その……娘はいるけど、初めて……というか、男の子とは手も繋いだ事がないので、優しくして貰えると嬉しいのですが……。

 私が頭の中であくあ様とイチャイチャしていると、近くにいた小雛ゆかりさんがあくあ様を疑わしいような目で見つめる。


「今、確実にアウトな事を言いかけたわね」

「うん、しぃちゃんのお母さん、確実にGは超えてるもんね」

「はー、これだからマザコンあくあは、ママのミルクがそんなに恋しいのかしら。私のでいいのならいつだってあげるって言ってるのに、あいつってば肝心なところでシャイだから恥ずかしがるのよね」

「へぇ、そうなんですね。もー、私にも言ってくれたらいいのに」


 ふーん、あくあ様って、ママのミルクが好きなんだ。

 しぃが大きくなったから今は無理だけど、あくあ様が頑張ってくれるなら、しぃの妹ができた時に好きなだけ飲ませてあげられるのにな。


「とっ、ところで、2人はどうしてここに? あっ、もしかしてお姉さんと一緒の公開生放送かな?」


 あくあ様はわかりやすいくらい視線を泳がすと、別の話題へと振る。

 ふふっ、ひとつ思い出しました。あくあ様のこういう嘘がつけなさそうなところと、可愛らしいところも女性から好かれている部分だと思います。


「はい! それで、その……偶然にも小雛ゆかりさんをお見かけしたので、ご挨拶しておかないとって……」

「ん? 小雛先輩?」


 あくあ様は小雛ゆかりさんへと視線を向ける。


「ふふーん、何を隠そうそこの桜羽しぃちゃんは、この私が特別審査委員長として特別賞を贈った、我が越プロダクションが主催したオーディション、コシプロスカウトキャラバンを勝ち抜いた次世代のニュースターよ! ぼーっとしてるとあんたなんてすぐにぶち抜くんだから。ぼやぼやしてないで頑張りなさいよね!」

「え? 小雛先輩が特別審査委員長!? 越プロは正気なんですか!?」

「ちょっと!! なんで私が審査委員長だと正気かどうかの問題になるのよ!」


 ふふっ、あのテレビで見た小雛ゆかりの……ん? なんでしょう? 誰かが見ているような……あ、森川さんどうかしましたか? ああ! 小雛ゆかりじゃなくて、森川楓の部屋でしたね。そういえば、そんな名前の番組でした。

 とにかくあくあ様と小雛ゆかりさんは、その小雛ゆかりの部屋、そのまんまの雰囲気でした。


「って、こんな事してる場合じゃないじゃない! あんた達、生放送よ! 急がなきゃ!」

「あ、そうだった!」

「あわわわ、こんなところで油を売ってたら、また元ヤンの鬼塚先輩にどやされる!!」


 私達は慌ててお姉さんと一緒の公開生放送が行われるスタジオへと走る。

 小さなしぃが少し心配でしたが、あくあ様がしぃを抱っこしてくれていたおかげで無事に間に合う事ができました。

 あれ? そういえば、あくあ様はどうしてここにいるんでしょう?


「みんなー、おはようございまーす!」

「「「「「お、おはようございます」」」」」


 公開生放送に参加するお母さん達だけじゃなくて、子供達もびっくりしています。


「えーと、実は今日の生放送は特別に俺と森川のお姉さんが担当する事になりました! えっと、いつものお姉さんを期待してきてくれてたらごめんなさい!! あ、でも、いつものお姉さん達2人もサポートに入ってくれるから、安心してね!」


 思いがけないサプライズにみんなの歓声があがる。

 まさか、あくあ様がお姉さんと一緒に出るなんて、きっと生放送を見る人達はびっくりするのではないでしょうか?


「あくあおにーさん、ゆかりおねーさんも出るの?」


 参加する1人の無邪気な子供の発言がきっかけで、全員の視線が一瞬だけ小雛ゆかりさんへと向く。


「あれ? 小雛先輩、まだいたんですか? お疲れ様でした! 帰りはあっちですよ」

「ちょっと! そのネタはさっき配信でやったでしょ! じゃなくって、私はさっきの配信で、そこのバカが肩が痛いっていうから……って、また、私の体を押して!」

「はいはい、話は後で聞きますから。ね?」

「そんな事を言って電話にでない癖に!」

「はいはい、次は出ますよ、うん」

「本当に? じーっ」

「本当、本当、うん……」


 あ、目を逸らした。

 放送前だというのに、みんなから笑い声が漏れる。

 全く何をやっているんでしょう。でも、子供達の緊張がいい具合にほぐれてていい感じです。

 意外と、小雛ゆかりさんって、子育てとか向いてそうな気がするんですよね。

 家事とかはダメそうだけど、子供がいたら頑張っちゃいそう。母としての勘でしょうか。なんかそんな気がしました。


「もう! わかってるってば、でもなんかあったらいけないから、そこで待機しておくわ」


 小雛ゆかりさんはすごすごと自分でスタジオの端っこへと歩いていく。


「本番まであと30秒です!」


 森川さんがスタート位置に立つと、あくあ様はカメラの入らない場所へと移動しました。

 しぃは大丈夫かな? 様子を伺うようにしぃの顔を見ると、いつもと変わらずにリラックスした様子です。

 凄い。テレビに出るしぃより、親の私の方がまだ緊張してるかも。


「本番まで5、4、3……」


 生放送の開始を告げる赤いランプが点灯する。


「みんなー! もう起きてるかなー? おはようございます! 国営放送の元気担当、アナウンサーの森川楓です! 今日は特別な放送に合わせて、お姉さんと一緒のお姉さんを努めさせていただく事になりました。今日は楓お姉さんと一緒に頑張ろうね。それでは今日もよろしくお願いします!!」


 さすがは国営放送のアナウンサーさんです。喋りがうまいなぁと思いました。

 ん? なんでしょう。1人のスタッフさんがプロデューサーさんの方へと近づいていく。


「プロデューサー、クレームです」

「な、なに……?」


 え? まだ始まったばかりですよね?

 今のどこにクレームを入れる要素があったんだろう。


「森川の担当は元気じゃなくてパワーだろという苦情が入ってます」

「……そういうのはもういいから。うん。森川関係は基本無視して」

「了解しました!」


 なんかこう、いろいろと大変なんですね……。

 私はもう一度視線を森川さんの方へと向ける。


「はい。そういうわけで、今日はもう1人、スペシャルなゲストが来てくれています。一体誰でしょう?」


 森川さんは耳に掌を当てるとカメラの方へと向ける。

 なんか、森川さんってやたらとこういう小ネタが多い気がします。

 よく見るとスタッフさんから早くしろというカンペが出されていました。


「え? そういうのはもういいからさっさと行けって? はいはい、わかってますよ。そういうわけで、今日のゲストはこの方です!!」


 あくあ様は画面の外から勢いをつけて走り出すと、側転しながらカメラに入ってくる。

 そして途中で片手で一回ひねるとそのままバク転してカメラに向かって決めポーズを見せた。

 ふぁ〜、しゅごい……。疑ってたわけじゃないけど、ヘブンズソードのあのアクションシーンは本当だったんだぁ。

 私を含め、お母さん方やスタッフの皆さんが内股になるのもわかります。

 あくあ様にしかできないであろうダイナミックな登場を見て、みなさん乙女のような気持ちになってしまったのでしょう。

 私は家を出る時に何かあったらいけないと対処してきていたので何とか助かりました。


「みんなーーーーー! ベリルエンターテイメントのアイドル、白銀あくあです! もう目は覚めたかな? 朝の挨拶は元気いっぱいに! おはようございます!! 今日はお兄さんとして、楓お姉さんと一緒に頑張るから、みんな、よろしくね!!」


 あくあ様はカメラを前に笑顔で元気よくカメラに向かって手を振る。


「みんなー、おいでー!!」


 あくあ様が手を広げると、子供達が一斉に走り出す。

 しぃ、すごい! 完璧なコース取りと、隙間をぬるっと入っていく動きで、あくあ様の隣をしれっと普通にキープしました。


「さすがは越プロの次期エースね。私が推薦しただけの事はあるわ」


 なぜか壁にもたれかかった小雛ゆかりさんが、腕を組んでうんうんと頷いていました。

 あ、生放送中だから喋らないでくださいって、スタッフさんに怒られてる。


「それじゃあ、最初にお兄さんと一緒に朝の体操をして目を覚まそうね!」


 画面の前にいる子供達の眠気覚ましも兼ねて、子供達があくあ様と一緒に歌を歌いながら軽い体操をする。

 わー、なんかいいな。子供達も楽しそうだけど、それを見ているお母さん達の目が1番キラキラしてます。

 うん、わかる。お母さんならみんなきっと、自分の夫があくあパパで想像しちゃうよね。


「じゃあ、次はお母さん達と一緒に運動しよっか! お兄さんがピアノを演奏するから、楓お姉さんと一緒に運動してみてね!!」


 あっ、今度は私達の出番だ!

 他のお母さん達と同じように、私もカメラの前に出るとしぃの近くへと行く。


「それじゃあ、今度は楓お姉さんと一緒に踊ろうね!」


 あくあ様の声とピアノの音色が優しすぎて、体の奥の辺りががモゾモゾします。

 んっ、だめ、体操に集中しなきゃ。他のお母さん達も必死に堪えて頑張っています。

 はぁはぁ……こんな中でもパワフルな動きを披露してる森川アナってすごい……。

 って、さっき、痛み止め打ってるって言ってたけど大丈夫かな? それ、後で痛み止めが切れた後に、また痛くなったりしません?


「はい、素敵な演奏とお歌でしたね。あくあお兄さん、ありがとうございました!」

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

「こちらこそ、みんな、聞いてくれてありがとねー!」


 あくあ様の笑顔を見て、みんな自然と笑顔になります。


「それじゃあ、みんなで文字遊びをしよう! 4文字の食べ物、何があるかなー? テレビの前のみんなも、お母さん達と一緒に考えようね!!」


 あ、ラーメン……なんででしょう。昨日の配信を見ていたせいか、ラーメンがすぐに思い浮かびました。


「ラーメン!」

「ラ・メーン!」

「ラーメン捗る!」

「捗る!!」


 ちょっと、最後の子、それ食べ物じゃないよ?

 捗るって言った女の子に、お母さんがそんなものを食べたらお腹を壊すからやめなさいと言っていた。


「え、えぇっと、それじゃあ、次の文字に行こうかな。スズキ、この言葉から1文字無くして2文字にしてみよう! みんな、なんだかわっかるっかなー?」


 子供達が一斉に顔を見合わせてうんと頷く。

 あれ? しぃも含めて、みんなが一回りくらい大人びた顔をしていたような気がするけど、気のせいかな?


「「「「「あくあお兄ちゃん、スキーーーーー!!」」」」」

「わぁ! ありがとうみんな。お兄ちゃんも、みんなの事が好き……ううん。大好きだよー!」


 うちの子は天才かな? 親同士が一斉にみんなで顔を見合わせました。

 それにしてもなんという威力でしょう。あくあ様の大好き……あ、ダメダメ、あくあ様にこんな至近距離で好きって言われたら耐えられない。


「頑張るのよみんな!」

「ええ、このご褒美に耐えてこその淑女、ママとしての威厳が保たれるのよ」

「くっ、卑怯なチジョーが耳元で囁いてくるわ」

「セイジョ・ミダラーに唆されてはだめよ」

「トラ・ウマーめ!」


 えっと、今回に限ってはトラ・ウマーは関係ない気がするな。

 子供達が頑張ってる一方で、お母さん達も自分の心の中で、もう1人の自分と戦っているのでしょう。

 わかります。私も同じですから……。


「それじゃあ、次のコーナーに行こうか!」


 その後も定番のコーナーが続いていきます。

 歯磨きのためのお歌だったり、お着替えのためのお歌だったり、途中に簡単な人形劇があったりしました。

 人形劇では、着ぐるみを着たお姉さんとあくあ様の絶妙なコンビネーションはすごかったです。

 あの人は一体……あれ? そういえばさっきまで後ろで腕組みをしていた小雛ゆかりさんがいないような……もしかしたらスタッフさんにつまみ出されてしまったのでしょうか。大丈夫かな?

 越プロの人に、暇なのかここで油を売ってますって言っておいた方がいいかも。


「さぁ、最後のコーナーに行く前に、みんなでシルエットクイズをしよう! さぁ、誰かなー?」


 人影のようなものが見えます……誰でしょう。心なしかすごくカッコイイポーズをしているような気がしました。


「みんなわからないよね? じゃあ、次のヒント、いくよー!」


 わ、人影が2人に増えました。眼鏡をクイっとしているような感じがします。

 はっきり言って、1人目の人の独特なポージングで誰なのか、みんな気がついているけどそんな事はいいません。

 子供達もみんな空気を読んでます。


「仕方ないなぁ。最後のヒント、いっくよー!」


 はい、かわいい。3人目はもうシルエットだけでかわいいってわかります。


「それじゃあ、テレビの前のみんなも一斉に答えを言おうね! はい!」

「天我おにーちゃん!」

「TENGAちぇんぱい!」

「黛くん!」

「シンちゃん!」

「とあちゃーん!」

「とあお姉ちゃん!」


 一斉に幕が降りると、3人が流れるように入ってきた。

 3人ともどこにいたのでしょう。クイズの答えはわかってましたけど、4人とも来るなんてびっくりです。


「実は、来月からお姉さんと一緒のお歌がお兄さん達のお歌になります!!」

「「「「「わー!」」」」」


 子供達もお母さん達も大喜びです。


「この曲は、しいたけと言って、しいたけが嫌いなみんなのために作りました!! それじゃあ、お兄さん達が歌うから、みんなで踊ってお別れしようね!」

「「「「「はーい!」」」」」


 あ……心に染みるようなノスタルジックなイントロに、自分が子供だった時の事を思い出しました。


「坂道、駆け上がる。山道を越えた森の奥深く、日の当たらないところでひっそりと、今日もぐんぐんと育っている。ビタミン、食物繊維、みんなの体に必要な栄養素〜。今日はどの子の食卓に並ぶのかな? いっぱい食べて、大きくなろうね。元気な子供になってと願いを込めて〜。おいしくなーれ、おいしくなーれ、みんなと同じように、たくさんの願いが込められたしいたけ。きっと美味しいから、勇気を出して食べてみよう」


 その後も2番、3番と続いていきます。

 みんな、天我さんのクネクネ棒ダンスを真似て楽しそうに踊っている。

 その一方でとあちゃんの周りではみんなで手を繋いで輪を作ったり、黛さんは隅っこにいた子供のところで座り込んで一緒に体を左右に揺らしていました。

 あぁ、なんてすごいんでしょう。こんな光景が見れるなんて、スタッフの人たちは皆さん泣きながらカメラを回していました。こんなことがあるなんて思っていなかったのでしょう。

 みんなが幸せになる。やっぱり、あくあ様ってすごいなって思いました。


「それじゃあ、みんな、今日は一緒に歌ったり踊ったりしてくれてありがとう!! 今日はクリスマス。家族や友達のみんなと一緒に笑い合って過ごそうね! じゃあねー! バイバーイ!!」


 みんなでカメラに向かって手を振る。

 生放送を知らせる赤いランプが消えた。


「みなさん、今日は本当にありがとうございました!!」


 あくあ様達と森川アナ、そしてなぜか着ぐるみの人までペコリと頭を下げていました。

 ベリルの関係者の人かな?


「みんな、最後のダンス、よく頑張ったな! えらいぞー!」


 本当にテレビに出てた時と何も変わらないように、ベリルの男の子達は子供達、お母さん達、そしてスタッフの人たちとハイタッチして笑顔で言葉を交わしていく。


「あくあ君、そろそろ……」

「あっ、そっか、ごめんなみんな時間が来たみたい」


 子供達が一斉にえー、行かないでー、と、声を出す。

 それを聞いたあくあ様が困ったように笑う。

 みんな気持ちはわかるけど、あくあ様はきっと忙しいから、ね。

 お母さん方が子供達を優しく嗜める。


「それじゃあ、行くか慎太郎。もちろん今日も準備はできてるだろうな?」

「当然だ。任せろ、あくあ。僕は……これをやろうって話してた時からずっと準備をしていたからな」

「ふっ、それでこそ慎太郎だ。頼りにしてるからな」

「ああ!」


 あくあ様と黛さんはお互いの握り拳の甲をコツンと当てる。

 え、やだ、何、あのやりとり、すごくかっこいい……。

 何人かのお母さん達とスタッフさんの腰が砕けました。


「あくあ君も黛君も曜日間違えてない? 今日は土曜日だよ?」

「日曜じゃん、これ日曜の朝じゃん」

「ドライバーありがとうございます。ありがとうございます!」

「顔がかっこいいだけじゃないんだよ。なんかもう、ちょっとの行動がカッコ良すぎる」

「くっ、急に動悸が……」

「私のアクトアあげようか?」

「なんなら私がトアクアもってるよ?」

「みんなありがとう。でもこの動悸にそのお薬は効かないみたいだから……」


 そういえば最近、新種の動悸が出てきてると聞きました。

 私も注意しないといけないかもしれませんね。だって、しぃがあくあ様と結婚するところを見逃すわけにはいかないんですから。ふふっ、そんな事、ありえないってわかってるけど、母親なんだから、それくらいは妄想したっていいよね。


「お母さん! 今日はありがと!」

「うん、こちらこそ、いつもお母さんに元気をくれてありがとう!」


 私はしぃをぎゅっと抱きしめる。


「あ、そうだ。お母さん、携帯電話かして?」

「うん、いいけど……」


 しぃは私の携帯の画面をポチポチと押すと、私に画面を開いたまま返してきた。

 一体どうしたというのだろう? 私は画面を見て目を見開いた。


「小雛先輩に無茶な事言われたらかけてきていいよって、パパが連絡先を教えてくれたの!」


 私は思わず卒倒しそうになりました。

 あわあわあわ、私の携帯にあくあ様の電話番号が……え? これ……本当に?

 娘のしぃが嘘をついているようには見えませんでした。


「お母さん、しぃ、頑張るからね。だから、お母さんもずっときれいなままでいてくれると嬉しいな。あ、でも、しぃより先にお母さんがパパと結婚してもいいからね」


 うぇええええええええ!? おっ、お母さんがパパ……じゃなかった、あくあ様と……。

 そんな事、絶対にありえないってわかってるけど、心臓がバクバクしました。

 ふぁ〜、違う意味で動悸が凄いです。


「絶対に、お母さんのなら落ちると思うんだよね」

「ん……? しぃ、何か言った?」

「ううん、なんでもないよー。それよりお母さん、早く藤百貨店行こ!」

「うん、そうね」


 私はしぃと手を繋ぐと、百貨店にケーキを受け取りに向かった。

 あくあ様コラボのクリスマスケーキ、藤百貨店は本当に商売がうまいなと思います。


「それじゃあ、せっかくだし藤で色々お買い物しよっか」

「うん!」


 その日のクリスマスは最高でした。

 親子でお揃いの帽子とワンピースを買ったりして、夜はしいたけのステーキに、茄子ソテー、それにクリスマスケーキを食べて、お風呂に入って、ふたりで一緒にベッドに入る。

 夢の中、ウェディングドレスを着たしぃが、あくあ様と一緒に手を振っていました。

 あれ? なぜか私もウェディングドレスを着ています。

 起きた時には綺麗さっぱりと忘れてたけど、ただ、幸せだった余韻だけが心の中に残っていました。


「しぃ……」


 私は隣で眠っていたしぃの頭を優しく撫でる。

 頭の上のクリスマスプレゼント、喜んでくれるといいな。

 ふふっ、そんな事を考えながら、私は今日もいつものように朝の支度へと向かいました。

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