猫山スバル、あくあお兄さんの仕事。
12月24日0時5分、東京駅の外はまだ寒くて、吐いた息が白く曇る。
オーディションの合宿に参加した私達に課せられた最初のミッションは、ベリルが行うクリスマスフェスを裏側から見学する事でした。
「あくあさん達の配信、たった今、終わりました!!」
ベリルのマネージャー陣の1人、甲斐愛華さんが息を切らしながら現場にやってきた。
そして配信が無事に終わったという報告を受けて現場から大歓声と拍手が沸き起こる。
ちなみに現場に設置してあるモニターではまだ配信中だけど、それは遅延配信を行なっているからです。
これは何かあった時に運営側が強制的に配信を落とすための措置であり、だから私たちが見ている画面の時間はリアルタイムより10分くらい遅れている。
「了解! すぐに道路封鎖して!!」
「一時期はどうなるかと思ったけど、行けそうね!」
「みんな時間ないからね。怪我しない様に気をつけて頑張ろう」
「甲斐さんありがとう。早速だけど打ち合わせしたい事があるからこっち来て!」
「みんな4時までだからねー! それ以上は封鎖できないから、それだけは頭に入れといて!」
「1班から3班までは千鳥ヶ淵側を封鎖、4班から6班は日本橋方面を封鎖、7班から9班は……」
「花房マネージャー先にそっちに行くって、聖メアリー病院大聖堂にいるBチームにも連絡しておいて!」
「みんなー! これが本番最後のリハだからねー! 気になったことがあったら遠慮なく言おう!」
「白龍先生! ナイトパレードの台本でちょっとわからないところがあるんですが確認しても良いですか?」
「ちょっと、本郷監督どこー?」
「本郷監督ならノブさんと2人で先に聖メアリー病院の確認に行ってます!!」
「モジャさんもそっち先にチェックするって一緒に行きました!」
「チームCの東京インターナショナルフォーラムがどうなってるか、誰か進展状況を確認しに行って!」
「あ、私、そっち方面行くんでついでに見てきます」
「スタイリストチーム、こっち集合! 本番のローテーション再確認するわよ!」
「警備の皆さん、あと5分ほどでキャストのみなさんが入られます! 各自、本番を想定した動きをお願いします!!」
すごい数の人達が私達の目の前を忙しなく動く。
それを見ている私達は、ただただ目の前の状況に圧倒された。
テレビとかでよくやる裏側の映像なんかも見て知っていたつもりになっていた自分が恥ずかしくなる。
ベリルだから規模が違うっていうのもあるかもしれないけど、関わっている人の多さと規模の大きさに足がすくみそうになった。
「東京駅から銀座方面まで全部封鎖とか普通はありえへんやろ……」
隣に居たチームBの七瀬二乃さんは、目を見開いて周囲をキョロキョロと眺める。
私も彼女と全く同意見です。こんな規模、それこそステイツやスターズの超有名歌手やタレントが来日したってあり得ない話だ。
「すごい。想像していた以上の規模にドキドキします」
同じくチームB、キャプテンの天宮ことりさんはクリクリとした大きな瞳をキラキラ輝かせる。
さすがはあくあお兄さんがキャプテンを託しただけの事はあります。こんな状況にも全く動じてないというか、むしろワクワクしているような雰囲気さえ感じました。
「ふむ。さすがはベリルといったところか。やはり規模が違うな」
チームB、桐原カレンさんは緊張した面持ちで前を見つめる。
物事の大きさがよくわかってるからこそ、プレッシャーを感じているんだろう。
チームBの中では1番、私と似たタイプかもしれないと思った。
「ベリルでやるって事はこういう事よ」
チームB、エースの皇くくりさんの発言にオーディションメンバーが視線を返す。
「自信がないなら辞めたっていいのよ。普通の人ならまず足がすくむのが当然だし、誰も批判なんてしないわ」
皇くくりさんは私より一個上で、おにぃより一個下なのに、大人の人達と同じくらい落ち着いて見えます。
やはり、この年で大人達に混じって華族六家のトップをやっているからでしょうか。
「意外だな」
「何が?」
桐原さんの言葉に、くくりさんは少し不機嫌そうな顔を見せる。
この人、本当にあくあお兄さん以外には取り繕う気がないんだなと思った。
ちなみにその事は、この数時間でオーディションメンバーにはバレています。
「くくり殿は他人に対してあまり興味がないのかと思っていた」
言われてみると確かに辞めたっていい。誰も批判なんてしないって発言は、少なからず私達を気遣ってくれているのかなと思った。くくりさんがもし本当に他人に興味がないのなら、そんな事をわざわざ言う必要がない。
言葉だけ字に書いてみると煽っているようにも聞こえけど、さっきの表情と声のイントネーションからしてそんな感じは一切なかったしね。
「……ふん、さっきの配信見てたせいで、どこかのバカのお人好しが少しだけ移ってしまったみたいね」
どこかの馬鹿……一体、誰の事なんだろう。
くくりさんがバカと言った時、柔らかな素の表情がほんの一瞬だけ顔を出した。
だから多分、くくりさんにとっては気心がしれた人なんだろうと思います。
「それに……さすがはあくあ様だわ。天宮ことり、あなたはわかってる」
「わ、私が、わかってる?」
天宮さんは自分の顔を指差すと戸惑ったかのような顔を見せる。
まさか褒められるなんて思ってもいなかったし、褒められた意味もわからないから混乱しているんだと思う。
「少なくとも、あんたはこのオーディションの本質と求められている事が1番わかってるってこと。チームCのキャプテンもわかってるみたいだけど、あっちは勝手に崩壊しそうだし、チームAは美園が今の考えのままキャプテンをしているうちは勝てないわね。ついでに言うとチームDは論外かしら」
くくりさんは私の方に一瞬だけ視線を向けるとニヤリと笑った。
これには流石にカチンと来たけど、私も今のままじゃチームDは他の3チームに勝てない気がしてるから何も言い返せない。それにこれも、くくりさんの優しさなのかも知れないと思いました。
これも普通に受け取ると煽ってるように聞こえるけど、くくりさんの立場からするとわざわざ私達のチームに足りない事がある事を指摘する必要なんてないんだから。
「お人好しついでにここにいる全員にもう一つだけヒントを教えてあげる。あくあ様は何も考えずにこのメンバー分けにしたわけじゃないわ。オーディションとあくあ様の意図、その両方がわからないうちはダメね」
くくりさんはやれやれと言うように両手を広げると、これでもかと言うくらい煽った表情を見せる。
もうこういうキャラだってわかってるから、私はあえて他の人たちへと視線を向けた。
例えばチームA、キャプテンの藤林美園さんは表情を取り繕っていたけど、心なしか少しイラついているように見える。逆に、フィーちゃん、ハーミー殿下、那月紗奈さんあたりは全く気にしてない素振りだ。と言うか確実に気にしてない。あそこ3人のメンタル強すぎない? 羨ましくなる。
チームBの天宮さんは苦笑いしながらみんなにごめんねとペコペコと頭を下げていて、七瀬さんは腹を抱えて笑い、桐原さんはくくりさんを見て少しむすっとした顔をしていた。多分、他人を煽ったりするのはあまり好きじゃないんだろうと思う。
チームCの反応も様々だ。キャプテンの祈ヒスイさんはあわあわしてて少し頼りなさそうに見える。本当にあの人がキャプテンでセンターで大丈夫なのかな? らぴすちゃんは少し俯いてて、巴せつなさんは我関せず、星川澪さんは涼しそうな顔をしていて、津島香子さんはなぜかくくりさんにドヤ顔対決を挑んでいた。あの人、ちょっと不思議ちゃんだよね。そこ張り合うところじゃないと思うんだけど……。
そして私達チームDはといえば、ラズリーさんは興味なさそうに携帯を弄ってるし、みやこちゃんは不安げな表情でオロオロしてるし、茅野芹香さん、瓜生あんこさんは思い詰めたような焦った表情をしている。うん、確かに論外だ。
やっぱり、このままじゃまずいよね。
私はらぴすちゃんに負けたくないと言ったけど、私がしたいのは足の引っ張り合いじゃない。お互いに最高のチームで最高のパフォーマンスをして、その上で私はあくあお兄さんに選ばれたいんだ。
ちなみにチームEの男性2人は対照的だ。山田丸男さんは周囲をキョロキョロと見て、黒蝶孔雀さんは落ち着いた表情で周囲をしっかりと観察している。なんかここ、もうこのままデビューできそう。あれ? もしかして男性2人のチームEが1番完成度高いんじゃ……。
「みんな、やりながらでいいからこっちに注目して!」
天鳥社長の声に反応する。
スタッフの人達も手を動かしながらもそちらの方へと視線を向けた。
「今日が本番前の最初で最後のリハになります! ぶっつけ本番で大変だろうけど、そのための準備はちゃんとしてきたつもりです。だから自分達の能力に自信をもってください。そして周りの人達のことを信頼して頼ってください。そしてみんなで最高の舞台を作りましょう!!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
これが最初で最後のリハ……そっか、いくらベリルといえど、何日も通行を規制したりできるわけじゃないよね。
あくあお兄さんはともかく、おにぃは不安になったりしないのかな? そういえば前に似たような事、ステージに立つのは怖くないかって聞いた事がある。
『ステージに立ったらわかるよ。いや、あくあの後ろから見るとよくわかるかもね』
『何それ?』
その時、おにぃは悪戯っぽく笑うと秘密と言った。
もう、相変わらず意地悪なんだから! って思ったけど、今日もしかしたらその答えがわかったりするのかな?
なんとなくだけど、そんな気がしました。
「猫山とあさん、天我アキラさん、黛慎太郎さん、入られます!!」
あ、おにぃの事を考えてたら、おにぃ達がマネージャーさんを引き連れてやってきた。
みんな思ったより緊張してない。というか、リラックスした感じでさっきの配信について笑顔で談笑していました。
そのせいか周りのスタッフさんからも笑みが溢れます。
「琴乃お姉ちゃんが来なかったらアレ本気でやばかったと思う」
「いえ、私は自分の仕事を果たしたまでですから」
「流石にあそこで全滅してやり直ししたらキツかっただろうな。本当にみんなよく頑張ったと思う」
「本当です。黛さんの最後の粘りと周囲の警戒と確認があればこそでした」
「くっ、すまない。我が、我がもっと役に立てれば……!」
「天我君、あれは仕方ないから、そんな落ち込まないで、ね」
すごいな。おにぃ、本当に家に居るみたいにリラックスしてる。
いっぱい大きなステージを経験してきて、それでちゃんと強くなってるんだと思った。
家族としては嬉しいけど、同じ舞台に立とうとしている私も負けていられないと思う気持ちが強くなる。
「白銀あくあさん、入られます!!」
あ、あくあお兄さんだ。
そう思った瞬間、周りの空気が一瞬で変わるのが肌で感じ取れるほどにピリつく。
え? え? なんで!?
私、同様に多くの人がびっくりしている。ただ1人、皇くくりさんを残して。
「おはようございます」
「お、おはようございます!」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、お世話になります!」
あくあお兄さんは丁寧に周りの人と挨拶を交わしながら、スタッフの人達が多くいるところへと向かって歩いていく。
いつもと同じで優しくて柔らかな表情、それなのに今のあくあお兄さんからは、周りの空気感を一変させるほどの何かを感じました。
「あくあ義兄様、かっこいい……!」
さっきまで携帯を弄っていたラズリーさんは、あくあお兄さんの事をうっとりとした表情で見つめていた。
確かにかっこいいとは思う。でもそうじゃないよね。もっとこう他に感じないといけない事がある気がする。
少なくともラズリーさん以外は、それを肌で感じているみたいだ。特に、いつものあくあお兄さんをよく知っているらぴすちゃんは動揺しているように見える。
そんなあくあお兄さんの元に、1人の女性が駆け寄っていく。合宿で私達のダンスを指導してくれる一瀬水澄さんだ。
「ごめん。あくあ君、一個だけ振り付け修正したいところがあるんだけどいい?」
「いいよ。ミスミン、どこ?」
わお。お兄さんがあだ名で呼ぶなんて結構気軽な仲なんですね。
一瀬先生は、持っていた分厚い台本のページを捲る。あくあお兄さんは顔を寄せて台本を覗き込む。
相変わらず、あくあお兄さんって女性の距離感がバグってるなって思う。夫婦でもそんな顔を寄せ合ったりしないでしょ。
「ここのところなんだけど、この前にこうこうするでしょ?」
「うんうん」
一瀬先生は台本を置くと、その場で軽くダンスをして見せる。
すご……一目見ただけで抜群にダンスがうまいってわかるくらいだ。
一瀬先生は説明が下手というか、オーディションの時もすごく抽象的な指示を出してきて難しかったけど、おにぃとのゲーム配信で抽象的な建築物ばかりを建てているあくあお兄さんとは感覚が合うのだろうか。うまく会話が成り立ってる気がします。
「それでさ、こうこうした後に、こうしたらちょっと変じゃない? だからこうに変えようと思うんだけど……」
「変えるのはいいけど、こうこうでこうしたら、ここがこうなって、曲のチャンチャンチャンと少しリズムずれるくない?」
「じゃあ、こうにこれをアレして、こうこうのこうで良くない?」
「あっ、じゃあそれで! こうこうのこうでいいんですよね?」
「OK!」
声だけ聞いてたら全くの意味不明だけど、お互いに意味がわかってるのか振り付けの修正が一瞬で終わってしまった。ていうか、あくあお兄さんってば、あの一瞬でもう修正した振り付け覚えたのかな? 凄すぎる……。
「すみませーん!」
「あっ、はい」
あくあお兄さんの方を見てたら、スタッフの人に話しかけられてびっくりした。
「4人ほどちょっと手伝ってもらいたいんだけどいいかな?」
「「「「「はい!」」」」」
「それじゃあ、とあちゃんのポジションにスバルちゃんと、天我先輩のポジションに孔雀君、慎太郎君のポジションに身長の高い桐原カレンちゃん。それと、あくあ君のポジションは……山田丸男君で行こうか。4人はこっちきて」
選ばれてしまった。まぁ、おにぃにそっくりだからそうなるよねとは思ったけど、選ばれなかった子達には少し申し訳なく思う。
私達はスタッフの人たちに連れられて、東京インターナショナルフォーラムの中に入っていく。
誰もいないホールに入ると、私達はスタッフの指示でステージの上に立たされた。
すごい……。
あくあお兄さんやおにぃって、こんなところで歌ってるんだ。
ここはキャパ5000人くらいだから、ドームとかと比べると10分の1くらいなんだろうけど、それでもすごい。
ステージの上から見る景色は、観客席で見るよりもずっと広く見えて鳥肌がたった。
「あ、本郷監督」
ヘブンズソードの本郷監督が、のうりんを執筆している白龍先生と談笑しながら入ってくる。
なに話してるんだろう。ちょっと気になるけど、2人ともすごく楽しそうだ。
「4人の位置、これでどうですか?」
「それ、最後のシーン?」
「はい!」
本郷監督は少し首を傾けると、考えるような素振りを見せる。
「うーん……あくあ君の担当は山田君だっけ?」
「はいっ!」
山田丸男さんは元気な声で返事をする。
少し緊張しているのか声が上擦っている気がした。
「山田君、もう少し前に出てくれるかな? あくあ君はノってくると前に出たがるからなぁ」
「あー、わかるかも……」
「ねー」
本郷監督と白龍先生は顔を見合わせると苦笑する。
「その上で、スバルちゃんは合わせて少し前に、桐原さんと黒蝶君は3歩分くらいワイドに開こうか。うんうん、そんな感じ。悪いけどさ、他の3人の位置それで調整しておいて、あくあ君は自分で前に出るから直さなくていいよ」
「了解しました」
「オーディションの子達、協力してくれてありがとうね」
「「「「こちらこそ、ありがとうございました!」」」」
むしろ貴重な経験をさせてもらったと思う。他のメンバーに申し訳ないくらいだ。
「せっかくだし、みんな後ろから見てるといいよ。そのうち4人ともやってくると思うから」
「「「「はい!」」」」
本郷監督の言う通り、あくあお兄さん達がスタッフの人達や、オーディションのメンバーを引き連れてやってきました。あっ、よく見ると、月街アヤナさんや小雛ゆかりさんの姿もあります。
オーディションメンバーは、何人かのスタッフや阿古さん達と一緒にホール内の椅子に座らされていました。
「みんな準備できたからそろそろリハ行くよー! あんまりやり直しもできないから、一回一回を大事にしよう!!」
阿古さんの声でバックヤードに居たスタッフの皆さんが一斉に位置につく。
さっきまでの忙しなさが嘘みたいに、みんなが呼吸の仕方を忘れたのかと思うくらい会場の中が静かになった。
あくあお兄さんは、おにぃ達と軽くタッチするとステージに出て所定の位置につく。
「リハ開始まで10秒前! コンサートが終わる前の曲から行きます!!」
私は舞台袖の機材の隙間からあくあお兄さんの後ろ姿を見つめる。
あくあお兄さんは私より大きいです。でもそれ以上に、あくあお兄さんの背中がすごく広く見えました。
最初は気のせいかな、疲れているのかなと思ったけど、すごく頼り甲斐のある背中に心が落ち着きます。
『ステージに立ったらわかるよ。いや、あくあの後ろから見るとよくわかるかもね』
あっ……。あの時のおにぃが言った言葉を思い出しました。
そっか、おにぃっていつも、この大きな背中を見て歌っているんだね。
「開始まで5、4、3……」
会場に聞いた事のないアップテンポな曲が流れる。なんの曲だろう?
いやこの感じは……もしかして、ドライバー!?
あくあお兄さんは裏にいる私達をチラリと見ると不敵な笑みを見せた。
あっ、あっ、あっ!
本当は歌う予定なんてなかったんだと思います。
それでもあえて私達、オーディションメンバーのお手本になるようにと、ダンス付きで歌い始めました。
その意図を汲み取ったのか、おにぃや天我先輩、黛さん達もそれに続く。
「すげぇ……!」
私の隣に居た、山田さんは子供のように目をキラキラと輝かせる。
みんなすごい。みんなすごいけど、その中でもやっぱりあくあお兄さんだけは……ううん、アイドル白銀あくあだけはずば抜けていました。
インカムの電源なんて切ってるのに、会場の端にまでしっかりと聞こえる大きな声、それも演舞に近いような激しいダンスをしているにも関わらず音程や音量が一切ぶれません。
サッカーの世界大会で知っていたはずなのに、改めてアイドルのレベルを超越した歌唱力と、一流のダンサーと遜色のないダンスに圧倒されました。どれだけの努力を重ねればこうなれるのでしょう。
私なんかが頑張っても追いつけるのかな? きっと私だけじゃなくて、他の参加者もそう思ってるのではないでしょうか?
何故か観客席に座っていた小雛ゆかりさんが、私が育てたのよと言わんばかりにドヤ顔をしていたのは気になりますが、あくあお兄さんのお歌がすごいのは最初からでしたよ?
「スバル殿、君のお兄さんはすごいな」
「えっ、あ、はい。ありがとうございます」
隣に居た桐原さんが目の前のステージを見つめながらそう呟いた。
「私が君のお兄さんなら心が折れてるかもしれん。それくらいあくあ様は圧倒的だ。でも、君のお兄さんを含めて、このステージに立ってる男の子達はみんな、あくあ様を孤高の王様にしないように必死に食らいついてる。それどころか……」
桐原さんは山田さんの方へと視線を向ける。
山田さんの目、おにぃと一緒だ。あそこに行こうとしてる人の目だって、同じくらい本気の人ならすぐにわかる。
「男の子は守らないといけないものだとお母さんとドライバーから教わった。でも……違うんだな。決して男子だからと言って優遇されてるわけでも、甘えさせているわけでもない。私はそれを知れただけでもここに来て良かったと思ってる」
うん、それはおにぃの頑張ってる姿を近くで見てる私にもわかる。
ベリルの男の人達や、そこを目指そうとしてる山田さんみたいな人達は、間違いなく本気の人達だ。
「あくあ様の意図とオーディションの意味か……なるほどな。私はその意味が、くくり殿が言っていた事が何となくだがわかってきたよ」
私は桐原さんの言葉に小さく頷く。
きっとこの答えは一つじゃない。ここにいるみんなに違った答えがあって、正解も一つだけじゃないはずだ。そしてオーディションメンバーがそれに気がつくために、ベリルの人達やあくあお兄さんはヒントを散りばめてくれている。
私は幸運にも、最初の段階で気がつく事ができた。きっと、自分が思っていた以上に私も気負ってたんだろうな。
おにぃも気負いすぎると周りが見えなくなる時があるけど、私もおにぃと同じだから、あくあお兄さんはすぐに気がついたんだろう。
ふふっ、世の中の女の子がその事を知ったらどうなるかな? だって、そんなにもあくあお兄さんがおにぃの事を理解しているなんて、ちょっとじゃなくてだいぶ羨ましいもん。
「改めてチームB、メアリー高校2年の桐原カレンだ。よろしく」
「チームD、聖クラリス中、2年の猫山スバルです。よろしくお願いします」
私とカレンさんは改めて笑顔で握手を交わす。
「メアリーとクラリス……これもまた運命。正々堂々とお互いに高め合おう」
「はい!」
パフォーマンスを終えたあくあお兄さんは、会場に向かって本番と同じように喋りかける。
それに続くように、おにぃ、天我先輩、黛さんが声を出す。
そして次の瞬間、4人がステージから飛び降りて、観客席の間を一気に駆け抜けた。
リハーサルはこの後、深夜の四時にまで及ぶ事になる。
もうこの時点でもすごいのに、あくあお兄さんは仮眠をとった後に朝の番組に出るのだから開いた口が塞がらない。
うん、あくあお兄さんなら間違いなく女の子に生まれてもアイドルで天下を取ったと思うな。
だって、文化祭の女装したあくあお兄さんの写真、クラリスやメアリーの女の子達はみんな生徒手帳の中に入れてお姉様って慕ってるもん。もしかして桐原さんも……うん、流石にそれはないか。ないよね?
私はそんな事を考えながら、スタッフの人が用意してくれた場所で仮眠についた。
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